「…う、うう…」
それから幾許かして、ネヴァーダイズは重々しく目を開く。
「!」
そして、絶句した。
何故か。それはーー
「ネ…ネヴァー…無事…かい…?」
己の父が全身から夥しい量の血を垂れ流し、自分に覆い被さる形となって自身を庇っていたためだ。
「お…お父…さん?」
状況を飲み込めず、目を白黒させる彼女。
見慣れた家具が、柱が燃えている。かつての我が家はーー今や火の海と化していた。
そして、台所であった場所に視線を動かす。
そこにはーー
「お母…さん…?」
力なく倒れ伏す、母の姿があった。
「ハァーッ…!ハァーッ!」
瞬間、ネヴァーダイズの呼吸は一層荒くなる。
段々と、今の状況を理解しつつあった故だ。
そんな彼女の耳に、声が響く。
「イイヤーッ!」
アビスのシャウトだ!
彼は父親の背に乗った燃える柱を蹴り飛ばすとすぐに背を向け、身を屈める。
「ネヴァー!乗れ、逃げるぞ!」
「でも、お父さんが…!」
膝をつく血塗れの父親とアビスを交互に見ながら、涙を流す彼女。
「お父さんのことはいい…お前だけでも…逃げるんだ…!」
父の言葉に続きーー倒れ込んでいた母が顔だけを上げ、息も絶え絶えに言った。
「日本…へ…行き…なさい…そして…しあ…わ…せに…」
「嫌だ…二人を置いてなんて!」
拒絶の意を見せるネヴァーダイズ。
そんな彼女を、アビスは強引に背へ乗せた。そして、駆け出す!
「ええい、ゆくぞ!」
「お父さんっ!お母さんっ!」
ネヴァーダイズは必死に手を伸ばすが、その姿はみるみるうちに炎の中に消えてゆくーー
「イヤーッ!」
アビスは戸を蹴破り、外へ出る。
そこではーー
「生き残りはっけぇーん!」
「ヒヒヒ…」
ナムアミダブツ!
棍棒やナイフを手にしたヨタモノが家を取り囲んでいるではないか!
アビスの頬を冷や汗が伝う!
そして冷静に状況判断を行いーー背のネヴァーダイズへと告げる!
「走れるか!?」
「ハ…ハイ」
「よし…ならばワシが道を拓く!オヌシだけでも逃げるのだ…!」
そう言うと、アビスはネヴァーダイズを背から下ろす。
そして懐から携帯端末を取り出して素早く操作を行ったのち、ネヴァーダイズへと手渡す。
アビスは更に叫んだ。
「よく聞け、ネヴァー!コレを持ち、逃げよ!そしてワシの弟子と合流するのだ!」
「嫌だ、センセイもーー」
「ならぬ!」
縋るネヴァーダイズを一喝し、彼女を守るように前に立ち、構えるアビス。
「スッゾオラー!」
「イヤーッ!」
「グワーッ!」
振り下ろされた棍棒が届く前に、アビスの拳がヨタモノの腹へ突き刺さる!
「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」
迫り来るヨタモノは次々と薙ぎ倒され、次第に道が作られてゆく!
そしてアビスは一層強く叫んだ!
「ゆけぇーーーっ!」
それに呼応するように、ネヴァーダイズは一気に駆け出した!
みるみるうちに加速するネヴァーダイズ!
この一年近くで育て上げられたウマ娘身体能力に、ただの人間であるヨタモノ達は触れることすら敵わない!
幾許か距離を離したのち、ネヴァーダイズは背後を見やった。
師はーーアビスは襲いくるヨタモノを次々に吹き飛ばしているがーー次第に囲まれ、振り上げられた棍棒のシルエットと共に姿を消した。
ネヴァーダイズは再び前を向き、走る。
彼女のニューロンに、次々と今までの思い出が浮かび、消えてゆくーー
「あああ…ッ!あああーーッ!」
いつしか激しい酸性雨に変わった空の下、彼女は慟哭する。
おお、三女神よ!寝ているのですか!?
年端もいかぬこの少女が、一体何をしたというのだろうか!
何故、このような試練を与えるのであろうか!
彼女は傷ついた身体を無理矢理に動かしながら、ただーー駆けた。
♢♢
それからーー何時間が過ぎただろうか?
ネヴァーダイズはもはや走る力も無くし、トボトボと歩いていた。
彼女の目の前には海。
「日本へ行きなさい」ーー母の遺言が、彼女のニューロンに響く。
「お母さん…でも…もう…ダメ…かも」
程なくして、ネヴァーダイズは砂浜に力なく倒れ込んだ。
前へ進もうと手を伸ばすが、それも虚しく砂煙を起こすばかり。
次第に、彼女の意識は薄れてゆく。
そしてーー彼女の目は閉じられた。
♢♢
「…っ、ハッ!?」
ネヴァーダイズは目を開き、反射的に上体を持ち上げた。
彼女が辺りを見回すと、そこは清潔なアトモスフィアが漂う部屋であった。
遅れて独特の匂いが彼女の鼻へ届く。
薬品の匂いだった。
ここが病院であることを、ネヴァーダイズは理解した。
己の腕を見やると、点滴が繋がれている。
しかし、一体誰がここまでーー?そう彼女が思った、その瞬間であった。
ガララ、と引き戸が開き、一組の人影が部屋へと入ってきたのは。
一人は、右手に手袋を装着し、白髪で左目を隠したスーツ姿の男。
もう一人は、帽子を被った、橙の長髪をなびかせる少女。
少女は己らを見つめるネヴァーダイズの視線に気づくとーー口を開いた。
「安堵ッ!どうやら意識は戻ったようだな!」
「あの…あなた方…は…?」
困惑しつつ、問うネヴァーダイズ。
今度は、男の方が口を開いた。
「俺は赤影…しがない新人トレーナーだ。そしてこちらの方は秋川やよい理事長ーートレセン学園の最高責任者だ」
「トレセン…学園…!?」
まさか、といった表情になるネヴァーダイズ。
そんな彼女に、赤影と名乗った男は頷く。
「ああ、ここは日本の病院だ。君が師匠からーーアビス・リュウゲンから持たされた端末の信号を辿って君を見つけ、連れてきた」
アビスの名を聞き、ネヴァーダイズのニューロンに師の言葉が駆け巡る。
「では、貴方がセンセイの…?」
「そうだ。俺は師匠から、自分に何かあった時、君のトレーナーになるよう言伝を受けている」
「そう、なんですか…ッ!」
身体を抑え、ネヴァーダイズが悶えた。
「まだ傷が痛むか?なら、今はしっかりと身体を治さないと、だ」
「…ハイ…」
ネヴァーダイズはゆっくりと横になり、天井を見つめた。
(お父さん…お母さん…センセイ…)
心の内で、そう反復しながら。
♢♢
それから数ヶ月経ち。
世間には、すっかり春の景色が広がっていた。
桜並木を行くのは、新しい制服に袖を通したニュービーウマ娘や、進級生が殆どである。
臙脂に近い鹿毛を靡かせるウマ娘ーーネヴァーダイズもまた、その一人であった。
彼女は虚な、血の色に近い赤を湛えたその瞳でーー校舎を見つめていた。
全てを失いしウマ娘、ネヴァーダイズ。
彼女の進む道に、果たして何が待ち受けているのであろうか?
その答えはまだ、誰も知らず。
[デイブレイク・オブ・ネヴァーダイズ]完