桜吹雪舞う昼下がりのトレセン学園。屋根に取り付けられた蹄鉄めいたオブジェの頂点に立ち、彼女はーーネヴァーダイズは佇んでいた。
学園の大部分を一望できるそこで彼女の目に映るのは、友と話しながら行き交う者たちや、トレーニングに勤しむ者たち。
ネヴァーダイズはそれらをただ、見つめる。
彼女の目に涙はないーーあの日、とうに枯れ果てた。
しかし、吹き付ける春の穏やかな風を肌で感じーーふと感傷に耽る。
この優しい風を、母は、父は、師はーーもう感じる事がないのだと。
血の色めいて暗く濁る瞳で、青く澄み渡る空を見上げた後、彼女は懐から携帯端末を取り出した。
SNSやインターネットが発達し、もはや生活と切って離せないものとなったこの日本で暮らしてゆくために、現在のトレーナーである赤影から渡された物だ。
彼女は慣れない手つきでサイドボタンを押すと、ディスプレイに光を灯す。そして画面を確認し頷くと、それを懐にしまいこみーー跳んだ。
臙脂色の髪と尻尾がなびき、赤黒い影が舞い降りる。
その光景を偶然目にしたウマ娘ーーセイウンスカイは一拍遅れて手すりから身を乗り出すと、目をパチパチと開け閉めして呟いた。
「に・・・ニンジャだぁ」と。
♦︎♦︎
一方、トレセン学園内部ーートレーナー室。
師であるアビス・リュウゲンからこの部屋を引き継いだ新人トレーナー赤影は、師が遺した資料に目を通しつつーー物思いに耽っていた。
(ネヴァーダイズ・・・ほんの一年程前からトレーニングを始めたばかりとは考えられん伸びだな。リュウゲン導師の手腕か、彼女の才か・・・いやーー両方か)
彼は壁にかけられたカレンダーを見つめ、赤く丸がついた日付を見つめると心の中で頷く。
(これならば、デビュー戦も安泰か)と。
(いや)しかし即座に、彼はその言葉を己で否定する。
その故はーーネヴァーダイズのトレーニングを行っている際に感じた、ある疑問のためだ。
(彼女に足りんのはーー何だ?)
ネヴァーダイズのトレーニングを始めた当初、赤影は彼女の態度からあることに気がついた。
それはーー『練習に身が入っていない』ということだった。
トレーニングをサボるという訳ではない。
むしろ、彼女は至って真面目に取り組んでいた。
だがしかし、それとは裏腹にーー彼女はどこか、空虚なアトモスフィアを醸し出していたのだ。
赤影は当初、両親と師を亡くしたことに起因する心の傷が原因だと考えていた。
だが最近になって、それだけではないと思うようになってきたのだ。
しかしながら、未だ解明には至らず。
(このままではデビュー戦にも支障が出かねん…よしんば勝てたとして、その後のレース人生への悪影響が出る事は確実だ)
先の事を思い、赤影は皮の手袋を着けた右手の指を眉間に何度か当てる。
金属めいた硬い感触を覚えつつ、幾許か時が経った後ーー携帯端末のアラームが鳴り響いた。
「…っと、こんな時間か」
赤影は時間を改めて確認すると、道具を持ってトレーナー室の扉を開けた。
(心苦しいが…本人に直接聞く他ないか)
そんな事を考えつつ。
果たして、ネヴァーダイズは何を語るのであろうか。
それを受け、赤影はどう動くのか。
思い悩む二者は、その足を同じ方向へと進めてゆくーー
[ラン・フォー・フー]
#1 完