Ω×Λ -distortion:AMAZONZ- 作:イチゴころころ
いくつもの綻びが繋がる世界で生きるアマゾン・
ある日、玉虫色に光る不気味な存在と接触した彼は、己の中にある悲しい記憶を引きずり出されて暴走してしまう。
名状しがたい光に導かれた先で待ち受けていたのは見知らぬ風景と、ヒトならざる人影の群れ。
そして、同じくアマゾンに変身する謎の男の敵意だった――。
《D・D・Dive! To the bottom...! 》
爆炎の中から姿を見せたのは、暗い青色の体表に身を包むアマゾン。
黄色く吊り上がった両目と、両手両脚から映えるシャープな刃。その背には大きなヒレを背負っている。
アマゾン。同族であると同時に、それは敵を意味する。
健二――ウルフアマゾンの中で再び激情が膨れ上がった。
『グゥゥアアアアアーーーーーッ!!』
床を蹴り、一息で青いアマゾンへと肉薄する。
それは一瞬だった。己の巨躯が空気を切り裂く音も、青いアマゾンが息を呑む音も追い越して――その勢いのまま、彼は爪を目の前の敵へと突き立てた。
『がっ……!?』
『アアアアアア“ア”ア“ア”ア“ア”ア“――――!!!』
両者の体格の差は歴然だ。人間態のときと比べて2倍ほどの体躯を持つウルフアマゾンに対し、青いアマゾンの身長は変身前とさほど変わらない。体格差は即ち純粋な力の差でもあり、腹部に直撃したオオカミの腕はそのまま青いアマゾンの身体を軽々と持ち上げる。爆炎の余熱も冷めやらぬほどの刹那の間に、両者の勝負はついてしまった。
――ように、思われた。
『いやあ……さすがにびっくりしたよ』
『――!』
腹部を貫いたかに思われたオオカミの爪はギリギリのところで、それでいてしっかりと受け止められていた。青色の右手と左手で一本ずつ、自身の腕と同じくらいの太さを持つ爪を握りしめ、たったそれだけでウルフアマゾンの一撃の威力を完全に殺している。本能的に悪寒を感じ取ったウルフアマゾンはすぐさま飛び退き、距離を取った。青いアマゾンは『おっとっと……』と気の抜けるような声と共にたたらを踏むが、その全身から放たれるプレッシャーは一層増しているように思える。
『順番が前後したけど名乗らせてもらおうか。……俺はアマゾンラムダ。ああ、この街では――“仮面ライダーアマゾンラムダ”って、そう呼んでくれるヒトもいるかな』
『ウウウウウゥゥゥ……!!』
『お陰様で、ガチでやらなきゃマズそうってことがわかったよ。それじゃあ改めて……勝負といくかァ!!』
『ウォォォォオオオオオオオア“ア”ア“ア”ア“ア”ア“――――!!!』
前哨戦はこれまで。オープニングアクトは終了――。言外にそう告げるかのように、互いの気迫が膨れ上がってはぶつかり合い、空気を震わせる。そうして彼らは、今度は同時に床を蹴った。
『ハアッ!』
『ヴゥア!!』
ウルフアマゾンの爪とアマゾンラムダの腕の刃がかち合い、甲高い音を鳴らす。正面からの激突では圧倒的にウルフアマゾンが有利。しかしながらアマゾンラムダは器用に体重を移動し、全身を使って衝撃を吸収しながら後退した。端から見たら一方的に吹っ飛ばされたように見えるかもしれないが、この一局においても互いのダメージはゼロのままである。
力業では有効打になり得ないと悟ったウルフアマゾンは、今度は真上に跳躍。防護服の人影たちを蹂躙したときと同様に、爪を突き立てて天井にぶら下がった。そしてそのまま四肢を使って天井を駆け出していく。
『まじかよ……器用なマネしてくれるねぇ!』
一歩ごとに爪を食い込ませ、蹴る瞬間に爪を引き抜く。字面としてはひどく走りにくそうなその挙動だが、重力を無視したかのように天井を駆け抜けるそのモーションは驚くほどにスムーズで、息を呑むほどに美しい。
『っ!?』
しかしそれだけでは終わらない。ウルフアマゾンは天井から再度跳躍し、アマゾンラムダを通り過ぎるようにして彼の背後の壁に“着地”する。そうして
まさしく縦横無尽。未だに両の脚を床につけたまま身構えるだけのアマゾンラムダに対し、三次元を掌握したウルフアマゾンは確実に敵の視界を撹乱していく。
『やるじゃん……っ!』
小さく舌を鳴らしたアマゾンラムダは床を転がると、夜空を映した窓を背にして構え直す。
窓――それは天井や壁すらも己のフィールドにしたウルフアマゾンが唯一“着地”できない筈の場所である。爪を突き立てて踏みしめる以上、脆い窓の上はどうしたって走れないからだ。その窓を背にするとは即ち、少なくとも背後は取られないということ。
しかしながら、それは背後“だけ”をカバーしたに過ぎない。さして大きくもない直方体であるこの部屋を形作る、6つの面のうちのひとつを潰しただけなのだ。残りの5面を自在に、そして凄まじい速度で跳び回るウルフアマゾンは現に、アマゾンラムダの動体視力を振り切りつつあった。そしてついに――
『あっ』
『――グアアアァァァァァーーーーーッ!!』
その視線がモノクロに彩られた影を捉えきれなくなった瞬間、ウルフアマゾンは満を持して攻撃動作に入った。方角にしてアマゾンラムダの斜め左。ヒビの入った壁を全力で蹴り、対象を轢殺せんと一直線に飛びかかる。まんまと視線を切られた青色のアマゾンは、その攻撃を捉えることができない。
『グゥ!?』
しかし、大きく振りかぶったウルフアマゾンが漏らしたのは疑念の唸り声だった。目の前のアマゾンラムダはこちらの姿を捉えられていないまま、あろうことか真後ろ――窓ガラスの方を向いてしまったのだ。まるでどこから攻撃が来ようが“こうする”と、最初から決めていたように。
『さあ、浴びときな!』
彼はそのまま直方体の1面を覆い尽くす大きな窓――そこに縦に奔るフチへと裏拳を叩き込んだ。絶妙な力加減で殴りつけられたフチはガラス全体に衝撃を伝播し、一瞬にして窓を粉々に粉砕、その破片を
『ヴオォォォォォオオオオンンンンンンン!!』
『あ?』
だが彼は逆に吠えた。勝ち鬨を上げるように、もしくは怒りの炎を噴き上げるように。
自分に灯った激情にどんな背景があったかなんて、健二の自我が限りなく薄まった今の彼にはもう理解できない。だが確かなことは、己が背負った悲しみは、怒りは、こんなちゃちな嵐ごときに遮られるほど脆弱ではないということだ。
『ウワアアアアアアーーーーー!!!』
ガラスの破片が剥き出しの皮膚を、大きく開けた口の中を、見開いた眼球を切り裂いていくのがわかる。小さくとも鋭い痛みが全身に降り注いでいく。……だがやはり及ばない。大切なものを失ったときの痛みは、こんなものではない……!
『う、ぎっ!?』
大きく振り抜かれた右腕がアマゾンラムダに直撃、その体躯を今度こそ吹き飛ばす。深海の捕食者を模した彼の身体は反対側の壁に激突し、大きな亀裂が放射状に広がった。
身を震わせ、全身に突き刺さったガラス片を振り落とすウルフアマゾン。だが彼も気づいている。ガラスの嵐は確かに、ほんの少しだけ必殺の一撃の威力を抑えていたと。それゆえ、たった今直撃した拳も敵を倒すに至っていないのだと。
『ふー……。あんた、相当
コンクリートが零れ落ちる音の中に、背ビレを携えた黄色い吊り目がゆらりと浮かぶ。渾身の一撃を受け止めたと思しき彼の左腕はぶらんと垂れていて、恐らく握っては開いてを繰り返そうとしているのだろうがその五指は小さく震えるだけとなっていた。
『まだ痺れてる……。こんなのは初めてだよ。とんでもないパワーだなあんた。なんだか自信をなくしそうだよ』
あくまで飄々とそう告げるアマゾンラムダ。最初から言葉は通じていないが、その余裕そうな声色はウルフアマゾンの激情を余計に煽っていた。
『もう
『アァァァアアァアアーーーッッ!!』
もう何度目になるか、目の前の敵に躍りかかるウルフアマゾン。姿勢を落として繰り出した全力のタックルは崩れかけの壁ごとアマゾンラムダを吹き飛ばし、両者は部屋を飛び出す形で閑散とした廊下に着地する。その一撃は当然の如くと言うべきか、アマゾンラムダの駆使する右腕でブロックされていた。
『ふっ……!!』
もはや小細工は不要とでも言いたげに、ウルフアマゾンは前進しつつ左右の巨腕を連続して振り下ろす。対するアマゾンラムダは片腕を使ってその一撃一撃を往なし、受け止め、振り払い――後退しながらギリギリのところで掻い潜っていく。片腕のみというディスアドバンテージを感じさせない鉄壁ぶりだが、同時に彼は反撃ができないでいる。これは言うなれば“負けはしないが勝てない”という状態だろう。そして……その状態も長くは続かない。
『グゥァアッ!』
『おっと……!?』
彼の右腕がウルフアマゾンの左腕にむんずと掴み取られたのだ。打撃に対して効果的な防御というものは、得てして組み技には無力でしかない。ウルフアマゾンには……いや、健二本人にだって武道の心得があるわけではない。しかし幾多の戦いの果てに研ぎ澄まされた戦闘技能は、本能と激情に呑み込まれてもなお健在。敵を叩き潰すのに最適な戦術を常に採択し続けるのだ。
『グワァァァアアアアァァァァ!!!』
ガラ空きになったアマゾンラムダの首元を今度は右腕で掴み、ウルフアマゾンは廊下を駆け出す。その勢いのまま廊下の突き当たり――満月を映し出すくすんだ窓ガラスに叩き付けたと思えば、両者はもつれ合うようにして窓の外の夜空へと飛び出していった。
片腕と首元は完全に押さえつけてあり、踏ん張りのきかない空中では力の向きを受け流すことはできない。どう転んでもウルフアマゾン側が体勢有利のままで、数秒後には地面に激突して押し潰すことができる。この状況において、パワーで劣るアマゾンラムダに切り返す術はない。
『――結局のところ……力の使い方が大事って話だよな』
しかし彼は涼しげな声でそう言うのだった。言葉の意味はわからないまま、ウルフアマゾンは思わずその両目を細めてしまう。
『正義とか悪とか、そんな説教臭いことを言いたいんじゃないよ? あくまで文字通り、ただの方向の話さ』
『――』
運動の向きが変わる。重力に引っ張られるまま、組み合った両者は下へと落ちていく。それがやけにスローに感じられるのは、ただの気のせいだろうか。
『怒りだろうと悲しみだろうと、全方位に撒き散らしてたんじゃあ、本当に大切なところに届かない。俺は力ではあんたに勝てないけど……ずっとこの方向を向いていた。
『……ッ!?』
ウルフアマゾンの視線の先、遥か眼下の、地面があると思っていた方向。
そこには
『大事なのは指向性だ。そこを見誤るなよ、お友達』
『グ――』
ウルフアマゾンの咆哮は、水面を突き破る音にかき消される。
同時にすべての感覚が、柔らかくも重苦しい暗闇の中に呑み込まれて遮断される。
両腕で確かに掴んでいたはずの敵の感触も、いつの間にか消えてしまっていた。
『……! ――――ッ!! ~~~っ……!!!』
実のところ、先ほどまで戦っていた建物は『ナミキ製紙』という名の工場の跡地であり、たった今着水した場所はその貯水プールであったのだが……訳の分からないままこの場所に飛ばされてきたウルフアマゾンはそんなことなど知る由もない。
しかし本能だけだったとしてもわかることがいくつかあった。
それは先ほどから殺し合っている相手……アマゾンラムダが果たして何の生物を模したアマゾンであるのかということ。そして――その生物が本来、水中をテリトリーとする捕食者であるということだ。
『……ッ!?』
水流の蠢く音が聞こえた。泡の弾ける音が聞こえた。ただでさえ重苦しかった周囲の水が、何倍にも引き締まったような錯覚を覚えた。
“来る”とわかった。しかしそれしかわからなかった。人狼を覚醒させる月の光はもう届かず、周囲は暗闇のまま。濁った水は全身を余す所なく抑えつける枷のよう。さらに言うならここは6面どころの話ではない、全方位の全距離が攻撃の選択肢だ。そんなもの、どうして捉えられようか。
『――終いだ』 / 《
蠢く水流がウルフアマゾンの腹部に突き刺さる。防御も回避もできないまま、彼の巨体は浮力を振り切り、再び水面を突き破る。
『ガッ、アアァァァアアアアッッ!!』
無数の水飛沫と共に宙を舞ったウルフアマゾンは、貯水プール横の湿気った地面に倒れ伏した。一方でアマゾンラムダはしなやかな挙動で着地。全身から水を滴らせながら、回復した左拳を握りしめる。
『ひとつ、聞いておきたいんだけどさぁ……』
そうして相対する者を見つめ、苛立たしげに低い声を響かせた。
『アマゾンってのはみんな……
彼の黄色い吊り目の先に、尚も立ち上がるウルフアマゾンの姿が映っていたからだ。
『グ、ウゥゥゥウウウゥゥ……!』
『チッ、ほんとさぁ……。いよいよ自信をなくすぞ、これ……』
彼の声は、もうウルフアマゾンに届いていない。謎の存在によって煽られた激情は、やはりこの程度では収まらない。恐らく世界のすべての敵を殺し尽くしても、この悲しみが晴れることはない。杉山健二という命が尽きるまで……この激情は止まらないのだ。否、むしろ止めたくないとさえ思っていたのかもしれない。それが健二の想いなのか、この人狼の想いなのかは、もう誰にもわからないのだが。
『……グゥ?』
『ん……?』
だがそんな彼の視線は、突如割り込んできた存在に奪われることとなった。
視界の先にいたアマゾンラムダ。彼の後方にある、ひしゃげた配水管。本来なら貯水プールに突っ込まれていたはずのそのパイプは中ほどで折れ曲がり、割れた断面が鋭く尖ってしまっている。――その鋭角の先端から、紫色の煙が噴き出してきたのだ。
『なんだ……?』
紫の煙はアマゾンラムダを通り過ぎ、一直線にウルフアマゾンへと飛来する。そうして瞬く間に彼の全身へ纏わり付いた。
『グッ!? ガァ!?』
がくりと、両脚から力が抜けるのを感じる。咄嗟に振り払おうとするも、実体のないその紫色の塊には触れることもできない。この感覚は……そもそも最初に健二を襲った“玉虫色の光”に近いように思えた。
『グゥ!? アアァ! ウッ、うわあああぁぁぁあぁああぁぁーーーっ!!』
『おい、あんた……!?』
何かを
『あああああ!? うぐっ、あああ!? や、め……ああああああーーーー!?』
やがてその煙は満足したように、空気に溶けるようにして消えていった。同時にウルフアマゾンの変異も解け、大量の冷気を放出しながら元の姿――杉山健二の姿へと戻っていく。
「はあっ! はあっ……! ぼ、くは……!?」
胸に手を当てる健二。先ほどまでの戦いも、戦いで受けたダメージも忘れ、今し方奪われていった“何か大事なモノ”を探すように己の内面を見つめようと試みる。
しかし消えていく何かに意識が届く直前、健二の全身からは完全に力が抜けていった。伸ばした手は空を切り、ただただ喪失感を抱えたまま、彼の意識は闇に落ちるのだった。
『はあ……何が何やら、だなぁ』
呆気にとられたまま、ことの成り行きを見守った彼――アマゾンラムダは、ゆっくりとその変身を解除した。地面に広がった氷の膜に、両腕から滴る血が染みこんでいく。
「……で? 手を貸してくれても良かったんじゃないかな? 割と俺、我がアマゾン生でトップクラスの絶体絶命だったって思ってるんだけど」
目の前で気を失った少年から目を離さないようにしながら、彼は背後に不満げな声をかける。
「趣深くてつい、じゃないよまったく……。“君らしい”で片付けるのも限度ってもんがねぇ……」
男の目が鋭く細まった。倒れた少年――服装からして高校生だろうか――の腰に、自分と同じ変身装置が巻かれていることに気づいたからだ。……なるほど確かに、今までにない展開だ。と、男は思った。彼は短く息を吐くと、肩越しに振り返ってにへらと笑うのだった。
「それじゃあ、運ぶのは手伝ってくれるよね?」
* *
『――■■くーーーん!』
声が聞こえる。思わず心が温かくなるような、そんな声だ。
『昨日■、■■■くれてありが■う!』
途切れ途切れではあるが、僕にはわかる。その声がどれほど大切だったか。それは――
『■■■んはみ■な■■じ……』
――あれ?
『■■■■■……■■■――……』
なんだったっけ?
『■■■■■……■■■――……』
内容が思い出せないのは、問題じゃなかった筈だ。大事なのは、その声の主が何て言っていたかじゃない。その声の主と、どんな時間を過ごしたかだ。
『 』
じゃあどうして、わからないんだろう?
思い出せない
僕は――何をなくしたんだろう?
「――うわあぁあ!?」
飛び起きて最初に知覚したのは、頬を撫でる生暖かい風。視界に飛び込んできたのは一面の星空。端の方が白んでいるのは、夜明けが近いからだろうか。
「僕の、頭の中のこの“声”は……」
直前までに見ていた光景を思い出そうとするが、それは意識の隙間をすり抜けるようにして遠ざかっていってしまった。本当に“声”を聞いたのかすら、もう曖昧になってしまっている。
そして代わりに思い出されたのは、引きずり出された激情のままに暴れ回ったという確かな実感だった。
「くっ、何が……? それに僕は、また暴走を……!」
「よう。起きたね」
「……!」
声に振り返ると、やや離れたところにしゃがみ込む男の姿。薄手のジャケットを羽織り、寒そうに両手を擦り合わせている。
誰……? と訊ねようとした瞬間、健二の脳裏にまたひとつ記憶が舞い戻ってくる。それはウルフアマゾンとして行動した時の記憶だ。節々は未だおぼろげなままだが、目の前のこの男はアマゾンラムダ本人であり、本気で殺し合った相手に違いなかった。
「――っ!!」
「あー! 待って! やめやめ! もうごめん
降参!とでも言うように両手を挙げる男。袖から覗く手のひらには包帯が巻かれている。しかしそんな態度に騙されるほど、健二も甘くはない。
「……わざわざ屋上に僕を寝かせて、距離を取って監視しておきながら、敵対する気はないって言うんですか?」
「あー……ははっ」
自分たちが今いるのは、まさに雑居ビルの屋上と言えるような場所だった。アマゾンという名の異形がその気になればベルト無しでも変身できる特性を持っている以上、目覚めと同時に戦闘再開という可能性も充分にあり得るのは言うまでもないだろう。そういう意味では合理的な措置ではあるのだが……そんな状態で『平和的にいこう』みたいな態度を取られても『はいそうですか』とはなりようもない話だ。
「あなたは一体……。それに、ここは――」
「あー、っと。その前にひとつ、いいかな? どうしても先に、こっちから聞かなきゃならないことがあるんだ」
健二の疑問は男の声に遮られる。その小さくも確かな圧を孕んだ声色に、思わず口をつぐんでしまった。
「――逆に、ここはどこだと思う?」
「はい……?」
探るような、男の言葉。それは決して、健二を試すでも馬鹿にするでもなく、本当に疑問に思っているから聞いたかのような、重みを含んだ言葉だった。
「どういう――」
「申し訳ないけど君の素性は調べさせてもらったよ。いや……“調べようとした”、が正しいかな。本当は所持品を全部預かって調べたかったんだけど、それは不誠実だってうちの上司がね……。変なところに拘りがあるからね、あの人」
「な、何を……、言っているんですか……?」
話が見えない。だが健二の中に、得体の知れない予覚だけは確かにあった。何としても話を見つけなければならない、この男の言葉を一言たりとも聞き逃してはならないと、そんな予覚だ。
男は懐から小さなバッジを取り出した。桜の花を象った土台に、大文字のMとJが組み合わさったようなマーク――それは校章だ。健二の通う学園の校章で、裏面には生徒の名前が刻まれている、彼にとって馴染み深いバッジだった。
「だからこれだけ、調べさせてもらった。その結果、
「…………え?」
「杉山健二くん、だよね。――
健二に突き刺さる警戒の視線。その警戒はあと一歩で、再び敵意へと昇華するだろう。否応なしにそう感じさせる、鋭い視線だった。
「なに、を……僕は……! ――え?」
息をするのも忘れそうな緊張感の中で、健二は気づいた。屋上から見渡せる景色の向こう、地平線の先から顔を覗かせた朝日が街を照らす様を見て、ようやく気づいたのだ。
――“タワー”がどこにもないことに。
健二のいる街を見下ろしていた、混沌の象徴。当たり前のようにそこにあった、天を貫く巨大な柱。その姿がどこにもない。
「お前は……どこから来た?」
続いてぶつけられた言葉に、健二は答えることができない。息を荒げたまま、頭の中を掻き回す混乱を吐き出すことしか、今の彼にはできない。
「わ、からない……! 僕は、いったい……! ここはっ、ここはいったいどこなんですかっ!?」
男の顔から表情が消える。それは果たして満足のいく返答を得られたからなのか、それとも逆なのか、判別がつかない。
しかし、健二の疑問に答える声は彼の背後から投げかけられる。抑揚のない、それでいて澄み渡るような、女性の声だった。
「――ここは
振り返った先にいたのは長身の女性。
吹き抜ける風に長髪をなびかせ、朝日に照らされた両目は左右で異なる色を反射している。コートの袖から覗く細い指は手袋で隠されていて、後頭部には変わった形の髪留めが添えられている。
どことなくでこぼことした装いの彼女は、しかしながら整然とした佇まいを携えていて、その美しさはまるで造り物かなにかのよう。
「歓迎するわ、杉山健二くん」
小さく微笑みかけてくる彼女。
一見生物的な息吹を置き去りにしているようにも見える彼女の両目からは、確かに芯の通った“意志”が垣間見える気がした。
【 NEXT DISTORTION 】
――俺たちは街を守る……んー、ゾンビハンターってとこかな
――この紫の煙……あの時の……っ!!
――単刀直入に言うわ。あなたが元の世界に戻る手助けをさせなさい
――ヴォオアアアァァ!! ア“ マ” ゾ“ ン” ッ ッ ! !
「scene3 ENCOUNTER:廻る者と織る者」