Ω×Λ -distortion:AMAZONZ-   作:イチゴころころ

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 いくつもの綻びが繋がる世界で生きるアマゾン・杉山健二(すぎやまけんじ)
 ある日、玉虫色に光る不気味な存在と接触した彼は、己の中にある悲しい記憶を引きずり出されて暴走してしまう。そして見知らぬ廃墟にて、現れた謎のアマゾン・ラムダとの死闘の果てに意識を失った。

 目が覚めた健二に突きつけられるのは、衝撃の事実であった――。





scene3 ENCOUNTER:廻る者と織る者

 

 

 男――目白一織(めじろいおり)はアマゾンである。波妃(なみき)学院大学卒、現在24歳。つい数ヶ月前まではアルバイトを転々とするだけのフリーターであり……2年前までは“ただの人間”だった人物だ。

 

 2年前、“神さまごっこ”に巻き込まれた一織は人喰いの異形・アマゾンになった。いくつかの絶望や現実逃避の果てに彼は再起し、“神さま”探しを開始。そうして数ヶ月前のとある運命的な出会いをきっかけに、戦いに身を投じるようになった。ついでに就職もできた。

 

 ある夜、一織は上司と共に町外れの廃墟を探索していた。これは言わば“後始末”の一環であり、先の戦いで敵が残していった置き土産の処理のため『ナミキ製紙』跡地を訪れていたのだ。先の戦いに関してはひとまず割愛。

 重要なのは、一織がその探索の最中に“同族(アマゾン)”の気配を察知したこと。それは彼にとって初めての経験だったが、その気配は間違いなく()()()()()()同族だと文字通り本能で理解できた。上司の制止を振り切り、割とウッキウキで突入した部屋の中で――彼は杉山健二とまみえたのだった。

 

 

 

「――と、言うわけで安心なさい杉山健二くん。確かにこの男は初めて同族と出会うという事実に興奮して無駄に胡散臭いことをのたまったり、なんかいい感じにカッコつけた結果無駄に悪者臭を漂わせてあなたの闘争心を煽ったりしたかもしれないけれど、別に悪者ってわけでもないし、そもそもそんなに大した人物でもないから」

「そこまでボロクソに言う必要あった?」

 

 親指で雑に指さされ、“目白一織(めじろいおり)”と紹介された男は唇を尖らせる。

 健二は「は、はあ……」と答えながらおぼろげな記憶を辿ってみた。ウルフアマゾンとして暴走していた時の記憶は相変わらず曖昧なままだが、この男と邂逅した直後の一触即発というか……“喰うか喰われるかの運命(さだめ)”みたいな空気感はかなり鮮明に思い出せる。実際――今はちゃんと眠っていて大人しい――自分の中のウルフアマゾンも、彼を『敵だ』と見なしていたわけだし。それが目白一織のお茶目から始まったすれ違いだったとは、申し訳ないけどやるせなさを覚えずにはいられない健二だった。

 

「申し遅れたわね、わたしは霧島廻(きりしまめぐり)。こっちの目白くんの雇い主であり、一応この喫茶店の店長でもあるわ」

 

 廻と名乗った女性は居住まいを正して軽く会釈をしてきた。その所作が妙に上品だったため、健二もつられて頭を下げる。

 

 健二が目覚めた雑居ビルの屋上から降りること1階層。ビルの2階に陣取る小綺麗な喫茶店の店内で、彼らは会話をしていた。ひとまず今すぐ争い合う必要がなさそうと判明したためだ。奥のソファにでーんと腰掛ける一織と、店内にも関わらずコートを羽織ったまま窓際の椅子に腰掛ける廻に挟まれ、バーカウンターの丸椅子に座る健二は出されたお冷やのコップに視線を落とす。

 

「わたしたちはここを拠点に、この街でちょっとした人助けと調べ物をしているの。そんな調べ物の最中に、暴走する貴方を見つけたというのが昨日の顛末よ」

「暴走……」

 

 その言葉を反芻する健二。変身装置を正しく起動せずに変身したのはいつ以来になるだろうか。アマゾンとしてそれなりの経験を積み、もう暴走はしまいと心のどこかで思っていたようで、彼はその事実に少なからずショックを覚えていた。

 

「もう一度確認するけど、自分がどうしてあの廃墟のあの部屋に来たのかはわからないんだよな?」

 

 続く一織の問いに、健二は暗澹とした思考を振り払って頷く。

 

「僕は……いつも通りの日々を送っていた筈でした。でも、急に“声”が聞こえて、ギラギラとしたものに包まれて……」

「“声”? 何かを話しかけられたということかしら?」

「だった、と、思います。よく憶えていないけど」

 

 確かに“何か”に話しかけられた。そして“何か”を見せられた。そこは憶えている。そしてそれらの体験こそ、己を無理矢理暴走させた要因だったこともわかる。だがどうしても内容が思い出せない。

 

  ――『       』

 

 ついさっき見た夢にあった――いや“あった”という表現も妙だが――記憶の断片。どこか抜け落ちただけの穴を見ているような感覚。それが何なのか……ともすればこの現状以上に気がかりな部分ではあるのだが、健二は口をつぐむ。目の前で首を捻っている廻と一織もどうやら何もかも知っているわけではなさそうだ。状況をさらに混乱させるのは得策ではないだろう。

 

「まあ、なんにせよだ。あの廃墟に突然現れた……波妃町で2体目のアマゾンこと杉山健二という存在。それから君の証言・リアクションに、“存在しない”学園の制服――。これらを総合して、俺はとある仮説に辿り着いた」

「ちょっとカッコいい感じでわたしの台詞を取らないで。仮説を立てたのはわたし」

「杉山健二ぃ、なぜ君が――」

「“違う世界から連れてこられた”からよ」

 

 得意満面で宣言しようとする一織の前に立ち、廻は彼を視覚的にも台詞的にも遮った。その言葉に、健二の両肩が強張る。

 

「僕が……?」

「ええ。こことは異なる平行世界――いや、もしくは平行すらしていない異世界から、何らかの形で連れてこられた。だからわたしたちは貴方の通う学園のことを知らないし、貴方の街にあるのだという“タワー”についても知らない。逆に貴方は波妃町のことを知らない。これで全部説明がつく」

「なる、ほど……」

「その答えはただひと――あれぇ?」

 

 視界の端でチラッチラしていた一織が素っ頓狂な声を上げる。尚も何かを言おうとした彼だが、廻の左右で色の違う瞳に制されておずおずと下がっていった。

 

「筋は通っていると、思います。その仮説」

「………驚かないのね」

「え?」

「それか一蹴されると思っていたのだけれど」

「……」

 

 探るような廻の視線だが、健二は特に怯むこともなく首を横に振った。

 

「僕だって混乱していますよ、これでも。ただその、“異なる世界”とか、“世界が繋がる”とかそういうのには慣れているというか、馴染みがあるというか」

 

 健二は“自分のいた街”のことを思い出した。そもそもあのタワー然り、あの街にいたヒーロー然り、その他諸々然り……そういった現象の延長であることは確かだった。件の“声”やら玉虫色の光やらに関してはまったくの未知ではあるのだが。

 

「むしろ……あなたたちの方こそどうなんですか?」

 

 顔を見合わせていた一織と廻に向かって、今度は健二が問いを投げかける。

 

「一応僕は納得しましたけど、その“仮説”は客観的に見ると少し飛躍している……ように思えます」

 

 彼らはこちらの証言を鵜呑みにしすぎていると、健二は自分のことながらそう感じていた。気づいたら知らない廃墟にいて、暴走していた。知らない街にも来ていた。そして前後の記憶はあやふや……我ながらここまで信用できない証言もないと思う。それこそ一笑に付されても文句は言えまい。存在しない学園の制服だってコスプレである可能性も――だいぶ滑稽な話だが――なくはないだろう。

 

「それでもおふたりは、僕が“違う世界から来た”んだって、その仮説に真っ先に辿り着いた」

 

 飛躍していると言ったのは、何も『そんなの有り得ない』と一蹴するためではない。実は飛躍なんてしていないという可能性を掘り下げるためだ。幾分か落ち着いてきた健二は、散々質問攻めにしてきたふたりに切り返すように言葉を続ける。

 

「あなたたちの方こそあるんじゃないですか? “慣れ”とか、“馴染み”とかそういった、異なる世界に関する知識が」

「…………ひとつ、訂正をさせなさい」

 

 健二の気迫に、静かに目を閉じていた廻がそう溢す。その佇まいと怜悧な表情に、場の空気が引き締まったようだった。

 

“仮説”を立てたのはわたし。『おふたり』ではなくてわたしよ

 

 引き締まった空気の中を走り抜けたのは、(無駄に)よく通るそんな声だった。

 

「…………はい?」

 

 “言ってやった”みたいな表情で止まる廻。健二は思わずつい一瞬前の記憶を掘り起こすが、どう考えても彼女は別に“何も言っていない”。とは言え目の前の女性の圧倒的な“言ってやった”感は己は絶対に間違っていないむしろおかしいのは周りだと言わんばかりの威光を放っている。自分は実は落ち着いてきた気がしているだけで、暴走と戦闘による疲労がまだ結構残っているんじゃないかと本気で心配になってきた。

 

「“はい?”とは何かしら。何か言いたいことでも?」

「い、いや……僕は別にそういうわけでは……」

「……? まるで“無駄にカッコいい感じだけでまったく中身のない台詞を聞いた”ような表情ね。いま目白くんは特に何も喋っていなかったと思うけれど……おかしいわね」

「流れるように俺に責任をなすりつけようとしないで」

「えっと……そう言えば廻さん、屋上で『深淵の屍が嗤う街』がどうとか言ってましたよね。あれもまったく意味がわからな――」

「杉山くん今だけはそこ突っ込まないであげて!」

 

 険悪(?)になりかけたふたりの間に割って入ってくる一織。彼は妙な空気を切り替えるように咳払いをすると、健二の方を向き直った。

 

「はあ……。まあ、お察しの通りだよ、杉山くん。俺たち――じゃない、この霧島さんには仮説を立てるだけの根拠がある。“異なる世界”、“繋がる世界”をすんなりと受け入れられるだけの根拠がね」

「それは……」

「ここで話すのもなんだ、現場で説明しようじゃないか。霧島さんも、それでいいよね?」

 

 振り返る一織。不機嫌そうに小首を傾げていた女性は「元よりそのつもり」と言って頷く。

 

「現場、ですか?」

「ついでに腹ごしらえもしていこうか。お腹空いてるだろ、“お友達”?」

「……」

 

 どうやら今度こそ核心に迫る話題のようだ。そのことを肌で感じ取った健二は、静かに椅子から立ち上がった。

 

 

 

  *  *

 

 

 

 波妃町(なみきちょう)

 太平洋に面した海沿いの街で、人口約6万人。温暖な気候と豊富な海産物が有名。

 大都市と言えるほど栄えてはいないものの駅前を中心に開発が進められていて、駅併設の波妃ビルは地上40階を誇る一大ランドマークとなっている。風間川上流にある九重峡谷や、別荘地帯であるみかどヶ丘など、観光地もそこそこ豊富。ちなみにランドマークの一角を担っていた青嵐スタジアムは数ヶ月前から大改装工事が始まっていて立ち入りできないのだとか。

 

 健二はこの街のことを知らない。だが健二は別に、日本中の市区町村すべてのことを知っているわけではない。たまたま知らなかっただけの可能性も充分にあったのだ。しかしながらどうやらこの波妃町、東京都まで鈍行で1時間ほどなのだという。西側の山をひとつ越えれば我が国の首都に辿り着く……筈なのだが、西の空を何度見上げても“タワー”は見えない。その事実は否応なしに、『ここは違う世界の見知らぬ街』という実感を健二へ叩き付けてくるのだった。

 

「素朴な疑問なんですけど」

 

 アイスピックみたいな鉄串の刺さったハンバーガーを頬張る一織に向かって健二がそう問いかけると、彼は行儀良く呑み込んでから「どうした?」と答えた。

 

「どうしてわざわざここで昼食なんですか? アクアリオも喫茶店なんですよね?」

 

 アクアリオ(acquario)、というのはさっきまでいた彼らの拠点の店名だ。現在、健二たちは目的地付近の寂れた喫茶店で食事を摂っている。なにやら一織にも廻にも特に思い入れのない、なんなら初めて入るお店なのだとか。拠点から特段遠いわけでもないので、わざわざ食事代のかかる外食を選んだのはなんでだろうと、そう考えてしまうのは学生ゆえの倹約思考からかもしれない。

 

「ああ、アクアリオって所謂ペーパーカンパニーだからね。6月に開店して以来、営業したこと1日たりともないし」

「ええ……」

「一応、お店の冷蔵庫には俺が買いだめした携帯食料とか入ってるけど。いやあせっかくの“お友達”にそんなご飯を振る舞うわけにもいかないかなってね」

「その“お友達”って呼ぶの、やめてもらえませんか……」

「ごめんごめん、えっと……」

「下の名前でいいです。みんなそう呼んでくれるので」

 

 そんな言い方をすればどうしても学園の同級生たちのことを思い浮かべてしまう。つい昨日まで会っていたはずなのに何故か懐かしい感じがするのは、“異なる世界”に来たという実感が少しずつ湧いてきたからだろうか。

 

「じゃあ、健二。正直に言うと俺は今日めちゃくちゃテンション上がってる。なにせ初めてのアマゾン仲間ができたんだからね」

「仲間って……。そう言えば、この世界のアマゾンってどんな感じなんですか?」

「え、知らない。ずっとひとりだったからね」

「ええ……」

「ぼっちのアマゾンなんだよ、俺は」

 

 切なげなことをどや顔でのたまう一織。昨日初めて対峙した際もそんなことを言っていたような気がするな、と健二は思った。

 

「健二はオオカミのアマゾンで合ってるよね?」

「ええ、まあ一応」

「まずそれがビックリなんだもんね。アマゾンって水棲生物由来のヤツしかいないって思ってた」

「いやいや、なんでまたそんな……」

「だって『アマゾン川』が名前の由来なんじゃないの? 絶対そうだと思ってたんだけど」

「…………アマゾン川にサメっているんですかね」

「…………いなそうだね。普通に考えて」

 

 そんなことを掛け合いつつ、言われてみればこの人工生命体の名前の由来は何なのだろうかと考える健二。まあ“神さま擬き”の思考など考えても詮無きことではあるのだが。

 

「ちなみに健二は自分以外のアマゾンに会ったことってあるの?」

「あり……ますけど」

「おお! どんな感じだった??」

 

 まるで同好の志でも見つけたようにぐいぐい来る一織だが、健二にとっての同族とは、ほとんどが殺し合う対象だったためにやや返答に困った。僅かに逡巡したのち、彼はおずおずと口を開く。

 

「えっと……。カラスのアマゾンとか」

「カラス?! 鳥類もいるのか。飛べたりするの?」

「飛べないとは思いますけど、すごく身軽です」

「へーーー。他には」

「……バラ、とか」

「うそ!? 植物もいるの!? アマゾンってすげー!」

 

 目の前の男の語彙はもはや終了しつつあるようだった。だがここまで新鮮な反応を繰り返されると、健二としては困惑よりも疑問が勝ってくる。

 

「あの、一織さん。本当に自分以外のアマゾンに会ったことないんですか? 本当に、僕が初めての同族?」

「そうだよ。この波妃町に……いや、たぶんこの世界に、俺しかいなかったんじゃないかな」

「なぜ……ですか?」

 

 それは“なぜそうなのか”という疑問符であり、“なぜそんなことが分かるのか”という疑問符でもあった。だが一織は静かに首を振る。その微笑みはほんの少しだけ寂しそうに見えた。

 

「それは後々説明するよ」

「は、はあ……」

 

 とにかく、本当に彼は唯一のアマゾンということらしい。仲間なんて大げさな、とにわかに感じていた健二だったが、どうやら親愛的な意味ではなく“同じ穴の狢”としての『仲間』だったようだ。だが、そこまで考えると今度はまた別の疑問が浮かんでくる。

 

「じゃあ……一織さんと廻さんは一体、なにと戦ってきたんですか? ……なにを、している人たちなんですか?」

 

 廻は先ほど、『ちょっとした人助けと調べ物』と言っていたが……。

 

「俺たちは街を守る……んー、ゾンビハンターってとこかな」

「ゾンビ、ハンター……?」

「あ、やめてそんなドン引きみたいな顔! 異世界云々の話はすんなり受け入れてくれたじゃないか!」

「あ、ごめんなさい。流石にちょっと、馴染みがなかったから」

 

 乾いた笑いを浮かべると、健二は「あっ」と言って何かを思い出す。厳密に言えば聞き覚えはあった。数時間ほど前に聞いただけなのだが。

 

「『深淵の屍が嗤う街』……」

「出た」

「どういう意味なんですか」

「え、知らない。霧島さんがなんかカッコいい感じで適当なこと言っただけだと思う」

「ええ……」

 

 ちなみに現在店内で食事をしているのは健二と一織だけで、件の彼女は『食事は抜く派だから』とかいう割と意味不明な理由と共に席を外している。あの女性はどことなく冷たい印象を与える佇まいだったが、思ったよりマイペースで天然な人なのかもしれない。

 

「ただまあ、あの人もテンション上がっちゃって妙な言い回しをしただけであって。的は射ていると思うよ?」

「つまり本当に……ゾンビを狩っている、ということですか? この街にはゾンビがいると」

「……暴走してたときのこと、どのくらい憶えてる?」

「えっと――あ」

 

 アマゾンラムダと交戦する直前。複数の防護服の人影と戦ったのを思い出した。既に暴走していた健二は彼らを蹂躙し、悉く葬り去ったのだった。一瞬、ヒトを手にかけたのかという猛烈な不安がよぎるが……。

 

「あれが、ゾンビ……?」

「ああ、だから安心していい。君はヒトを殺したわけじゃない。既に死んでいるヒトを……そうだな、解放してあげたんだ」

「…………」

 

 立ち上がった一織が健二の肩に手を置く。しかし彼の表情は晴れないままだった。

 

「――その通りだけれど、およそ食後にする会話とは思えないわね、ふたりとも」

「うおっ、びっくりした」

 

 いつの間にか立っていたいた廻に、ふたりの顔が上がる。彼女はこれまたいつの間にか持っていた伝票をひらひらさせ、「会計は済ませておいたわ」と告げた。

 

「もうすぐ目的地に着く。突っ込んだ話はそこでしましょう」

「だね」

「あ、えっと……ごちそうさまです」

「礼には及ばないわ。目白くんの給料から差し引いておくだけだから」

「本当に礼に及んでないよ」

 

 

 

  *  *

 

 

 

 そうして歩くこと十数分。山間の小道に差し掛かる頃から健二は何となくその空気を思い出していたが、果たして辿り着いたのは『ナミキ製紙』――。つい昨夜、健二がわけも分からないまま連れてこられた場所であり、アマゾンラムダと戦った場所だ。

 

「かつて、この街にはとある悪意が根付いていた」

 

 先頭を歩きながら、廻はおもむろに口を開いた。殿(しんがり)を務める一織は何も喋らない。この話は彼女に任せた方が良い――いや、任せるべきだとでも言うように。

 

「わたしたちはその悪意を“教団”と呼んでいたわ。教団はこの街に潜み、その平穏を蝕んでいた。とある女は家族と人生を奪われた。とある男は人喰いの異形にさせられた。多くの住民が……教団の悪意に晒されたわ。被害者も、犠牲者も、数え切れないほどにね」

 

 建物の内部に入る。昼過ぎということもあり、灯りがなくても問題のない程度には屋内も明るい。しかしながら健二は得も言われぬ圧迫感を覚えていた。

 

「ここはそんな教団が、拠点としていた場所のひとつ。彼らの身勝手な悪意を実現するために、吐き気を催すような非道な実験が繰り返された場所」

「……っ」

 

 圧迫感の理由がわかった。その“教団”とやらが具体的になにを行ったのかはわからないが、要はこの廃墟はそんな彼らの実験場だったということだ。

 

「3ヶ月前、わたしたちは教団を打倒した。けれど万事解決、大団円なんてものは所詮物語の中だけのお話なのよね。失われた命は戻ってこないし、人間を辞めさせられたヒトも元には戻れないし、謎は謎のままだし……奴らが()()()()()()()()はそのまま残り続ける」

 

 じゃり、と健二の足が何かを踏みしめた。おぼろげな記憶によると、防護服の人影は倒されたら砂のような何かになって消えたのだった。今踏みしめたのは果たして、ただの砂溜りなのだろうか。

 

「ついたわ」

 

 瓦礫を乗り越えると、そこは健二が初めて訪れた部屋だった。アマゾンラムダが叩き割った窓も、ウルフアマゾンがぶち抜いた壁も記憶のままだ。そして昨日はまったく意識していなかったが、部屋の一角には割れたガラスのカプセルがあった。

 

「これは……」

 

 記憶を辿る。玉虫色の光に導かれた先で、健二は防護服の人影を“ガラス越し”に見た。そしてガラスを突き破りながら、彼らに襲いかかったのだ。つまり視線の先に佇むカプセル――ちょうど大きめの動物が丸々入りそうなサイズのそれには、自分が入っていたと思われる。

 

「……廻、さん。僕は、一体……」

「魔法陣の跡……やっぱり。間違いなさそうね」

 

 健二の疑問に、廻はさらに不穏な言葉を返してきた。

 魔法陣? 目をこらしてもそんなものは見えないし、今度こそ話が飛躍したような気もする。

 

「教団が一体何の実験をしていたのか、教えてあげるわね。……それは“()()()()()()()()()()()()()”」

「……!」

 

 振り返った廻と目が合う。間違いない、ここが彼女たちの“根拠”だ。

 

「『銀の鍵』と呼ばれる魔法陣を使って、この世界と別の世界を繋げる実験を、彼らは繰り返していた。目白くんの扱う『アマゾンズドライバー』も、そもそも彼に植え付けられた『アマゾン細胞』も、もともとはこの世界に存在していない輸入品なの」

 

 息が上がるのを感じる。健二は悪寒を覚えていた。心臓を鷲掴みにされるような、そんな感覚がした。

 

「そうやって別世界のアイテムや技術を自分らのものにして、大きな野望を成し遂げようとしていたのよ。……そう、アイテムや技術“だけ”。わたしの知る限りこの魔法陣の機能にはそんな制約があった」

 

 強調された言葉。その意味を健二は悟る。

 

「そして昨夜、杉山健二という名のアマゾンがこの場所に――いえ、このカプセルの中に現れた。ここでふたつ、疑念が浮かんでくるわ。ひとつは『壊滅した教団の残党がいるのかもしれない』ということ。もうひとつは――」

 

 割れた窓から風が吹き込む。砂埃を巻き上げ、廻の髪が揺れる。

 

 

 

「――『どうして生きたままのアマゾンが、「銀の鍵」を通過してこの世界に来ることができたのか』ということよ」

 

 

 

 一織に支えられ、健二は我に返った。どうやら無意識のうちによろめいていたらしい。

 

「単刀直入に言うわ。あなたが元の世界に戻る手助けをさせなさい」

「……っ、僕、が……?」

「ごめんなさい。ショックを受けているのはわかるけれど、こちらもあまり余裕がないの。教団を打倒してから3ヶ月。この街には彼らの置き土産であるゾンビが蔓延っているだけだった。でもこうして『銀の鍵』が開かれた跡がある以上、奴らの残党が動き出したことは明白」

 

 廻は再び壁を向き、割れたカプセルを眺める。その表情は見えないが、その声色は幾分か重たくなったように思えた。

 

「それも、3ヶ月前よりも“酷い”ことになりかねない。その鍵を握るのは貴方。生身の生き物、それもアマゾンが連れてこられたのは恐らく偶然ではないわ。『残党』はきっと、他の誰でも良かったわけじゃない。“杉山健二”じゃなくてはならなかった理由がある。そのために、また多くの人が犠牲になるかもしれない」

「……っ!!」

 

 健二の胸の奥がぎりぎりと締め付けられた。

 自分のために他の誰かが犠牲になる……このフレーズに酷い嫌悪を覚える。冗談じゃないと健二は思った。これではまるで……自分というアマゾンを中心に繰り広げられ、大切な同級生たちを巻き込んでしまったかつての戦いと同じじゃないかと。どこに行っても、それこそ別の世界に行っても、こうなる宿命なのかと。

 

「おい、健二」

「すみません。少し、……」

「……わかった。いいよ、外の空気でも吸ってきな。足場悪いから気をつけて」

「はい、すみません……」

 

 一織の手を弱々しく振り払い、健二はその場を後にした。

 

 

 

 廻は腕を組み、立ち尽くす部下を睨み付ける。

 

「一応、見張っておいた方が良いと思うのだけれど。ゾンビがまだいないとも限らないわよ?」

「まあ大丈夫でしょ。仮にそうだったとしても彼、ゾンビ程度には負けたりしないよ」

「随分高く買っているのね。……昨夜負けそうになったから?」

「茶化すなよもう」

 

 一織はため息を吐くと、廻に向き直る。その表情はやや強張っているように見えた。

 

「健二は強いよ。悔しいけど、俺よりずっと」

「……驚いた。そんなに素直に認めるのね」

「単純な力とかスペックの差だけじゃない、何というかこう、“深さ”が違う。たった2年前にアマゾンになったばかりの俺とは、根本的な“深さ”がね」

 

 一緒に昼食を摂ったときのことを思い出した。ヒトの姿をしたアマゾンというものは基本的に、常に飢えている。主食が人間の肉である以上、人間社会で生きていく上でその主食にありつけるシーンなど皆無と言っていい。特に激しい戦闘の後は空腹が酷くなる。……なにぶん他の同族を知らない以上完全な主観ではあるのだが、一織はアマゾンという生き物についてそう認識していた。

 

「健二は別に、食事に執着してなかった。いや、ちゃんと食べていたんだけど、そうだな……普通の人間の空腹って感じだった」

「……」

「かといって、誰かを食べたとも思えないんだよね。人柄もそうだし、そもそも人肉を食べて完全に覚醒したらあんな風にヒトの姿を保つことも難しくなるだろうから」

「何が言いたいのかしら」

「つまり……あいつは普通のアマゾンじゃないかもってこと。普通のアマゾンを禄に知らない俺が言うのもアレだけどね」

 

 健二が去った方角を再び見やる一織。返事の代わりに、吹き抜ける風の音がした。

 

 

 

  *  *

 

 

 

 朽ち果てた屋内をぼんやりと歩きながら、健二は思考を巡らせていた。

 

「やっぱり、思い出せない……」

 

 ――『         』

 

 記憶の奥底で、自分を呼ぶ言葉。今やすっぽりと抜け落ちてしまって、それが言葉なのかはたまたただの表情なのか、判別もつかなくなっていた。

 

「……なにを、考えているんだ僕は」

 

 悪の教団の残党によって、この街に連れてこられたかもしれないということ。そしてそのせいで、多くの人が巻き込まれるかもしれないということ。それだけでなく、健二に突きつけられた真実はあまりにも多すぎた。そんな膨大な情報や事実を整理するために部屋を出てきたはずなのだが……結局巡り巡って行き着くのは抜け落ちた空白の記憶だった。

 

「僕はどうしたら……うん?」

 

 立ち止まり、肩越しに振り返る。

 健二の思考を遮ったのは小さな物音と、確かな敵意。

 

「――」

 

 体ごと大きく振り返り、アマゾンズドライバーを装着する。廊下の先には複数の、『深淵の屍』とやらの影。

 

「うッ……!?」

 

 心臓が大きく跳ねた。ドライバーの装着と共に乱暴に叩き起こされた“もうひとりの自分”が暴れ出そうとしているのがわかる。

 

「くっ!? ふう……ふう……!」

 

 昨日の今日でと言うべきか、自分の中にいる獣は相も変わらず言うことを聞かないままだった。ドライバーをつけただけで、“彼”の中で膨れ上がった激情に呑まれそうになる。

 

「うううッ、ウウウゥゥゥゥゥゥゥーーーー――」

 

 激情が記憶の空白を撫でていく。まるでその空白を埋めようとするように、その空白の向こうに、手を伸ばすかのように。

 

「立ち止まっていても、仕方がない……! もう二度と、この細胞のせいで誰かを傷つけないように!」

 

OMEGA(オメガ)

 

 グリップを捻る。ドライバーが待機状態になり、自分の奥底で暴れ回る“彼”に対して強引に鎖を巻き付けていく。

 

 分からないことは多い。心細くないと言えば嘘になる。欠けてしまった記憶に恐怖を感じないといえば嘘になる。それでも――!

 

 

 

「ヴォオアアアァァ!! ア“ マ” ゾ“ ン” ッ ッ ! ! 」

 

 

 

 鮮やかな緑の爆炎が灯る。変異したアマゾン細胞が肥大化し、ドライバーから発されるパルスど共鳴して一定の指向性を帯び始める。

 アマゾンズドライバーとは兵器だ。しかしながらそれは、アマゾン細胞を強化する代物ではない。むしろドライバーを介さずに変身した状態より、身体機能は制限される。

 

《EVOL・E・EVOLUTION...!》

 

 一織の言葉を借りるなら、ドライバーの役目は指向性を持たせること。無軌道に力を振るう(アマゾン)から、装着者の意志のある方向に力を集約させた(ライダー)に。

 

『アアアアアアア“ア”ア“ア”ア“ア”ッッ!!』

 

 炎が収束し、なぞるのはスリムなシルエット。黄色い大きな複眼と、緑色の体躯。四肢には漆黒の突起が光る異形の獣。

 

 “アマゾンオメガ”――かの人狼と並ぶ、健二のもうひとつの真の姿だ。

 

『ッグ! ウオオオオオオァァァァアーーーー!!』

 

 床を蹴り、異様な前傾姿勢のまま廊下を駆け出すアマゾンオメガ。ゾンビたちの隙間を高速で駆け抜けつつ、腕部に生えた鉤爪をそれらの首筋に、正確に叩き込んでいく。群れを成す屍は急所を瞬く間に切り裂かれ、次々と砂になって消えていった。

 

『ハッア“ァ! ウァァァァァアア!!』

 

 健二を振り落とそうとするウルフアマゾンを、僅かに残る理性で抑え込む。アマゾンオメガはよろめきながらも、続いて現れたゾンビに躍りかかっていく。

 

『(やっぱりそうだ。今の僕には、何かが欠けている……! でも、それは何だ?!)』

 

 健二はなにも考えずに変身したわけではない。この事実を確かめるためだったのだ。『銀の鍵』とやらを通じてこの世界に連れてこられてから、彼はずっと形容しがたい虚無感を覚えていた。記憶の空白がまさにそれだ。それはあまりにもあやふやで、ともすれば最初から何もなかったかのようだった。

 

『(……僕は何かを奪われている! それも、大切な“何か”をだ! そして、それを奪ったのはきっと……)』

 

 教団の残党。どういうわけか健二を選び、こちらの世界に連れてきた張本人。

 戦うべき敵は、そいつで間違いない。

 

VIOLENT(バイオレント) PUNISH(パニッシュ)

 

 肥大化した鉤爪を振るい、周囲のゾンビを一息に両断した。

 呼吸を整え、変身を解こうとする健二だが……その動きが止まった。

 

『あれは……』

 

 視界の先、崩れた天井の瓦礫の角。鋭角に尖った瓦礫の端から、()()()()()()()()()()()()()()

 

『この紫の煙……あの時の……っ!!』

 

 無理矢理の変身を通して、健二が戦うべき敵を認識した直後のこのタイミングで。

 

『(そうだ、どうして今まで忘れていたんだ僕は!? もう()()()()()のか!)』

 

 今の今まで忘れていたのは、きっとその煙が記憶そのものに干渉する力を持っているからだろうか。

 

『お前が……教団の残党、なのか……!』

 

 再び膨れ上がる激情。自分の中の“もうひとり”が叫ぶのがわかった。それを絶対に許すな、逃がすなと、健二を焚きつけているようだった。

 

 空を切る拳。鉤爪も虚しくすり抜ける。

 一直線に飛び込んできたその紫の煙に、アマゾンオメガはまたもや呑み込まれてしまった。

 

『お前は……ッ! 一体、誰なんだ!?』

 

 

 

  *  *

 

 

 

「まずい、かもしれないわ」

 

 カプセルに繋がれていた装置を解析しながら、廻はそう呟いた。装置はとっくに壊れている様子だったが、彼女は事もなげに解析を進めている。

 

「なにが?」

「やっぱり無理なのよ、『銀の鍵』で生身の人間を連れてくるのは。……あ、彼は人間じゃないっていうツッコミはやめてね」

「わかってるって。でもなんで?」

 

 一織の問いに、彼女は小さく首を振る。

 

「そもそも生身の人間が時空を飛び越えるのには、いくつものリスクがあるらしいわ。そのひとつに、とある“ペナルティ”がある。時空の壁、時間の壁を越えてしまった生物に課される“ペナルティ”が」

「……」

「それは禁忌を犯した存在をどこまでも追いかけ、精神に直接食らいついて搾り取る“ペナルティ”。鋭角より現れ、地の果てまでも対象を追跡する存在。その在り方から『猟犬』と呼ぶと、ここの資料には記されているわ」

「……健二を探しに行く」

「あ、ちょっと!」

 

 駆け出す一織。廻も追随しかけるが、ふとその足を止める。

 

「……」

 

 窓の外を見る。そこには風に揺られる木々があるだけだった。

 

「(教団の残党……なにをしようとしているの?)」

 

 一瞬だけだが、確かにそこには視線があった。まるでこちらを……連れてきた健二とその周りを観察するかのような視線が。

 

「(なぜ彼を……杉山健二をこの街に連れてきたの?)」

 

 

 廻の問いに応えるものはいない。

 抜き抜ける風がただ、彼女の髪を揺さぶった。

 

 

 

 




【 NEXT DISTORTION 】

――『翠風祭(すいふうさい)』へようこそ! 楽しんでいってくださいね!

――本来その世界にいないはずの者を執拗に追いかけ回して、なかったことにするための存在、みたいだよ

――…………なにしてるんだろ、僕

――とりあえずさ、案内してもらって良いかな? あと接客も
――帰れ(はぁと)


 「scene4 FESTIVAL:偽りの少女と直感の少年」


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