昨年頒布した同人誌からお母さまの引退レースのお話を公開することにしました。
折角のゴールデンウィークということで、毎日一話ずつ公開していこうと思います。全八話です。
最後までお付き合いいただけますと幸いです。
「貴女さえいなければよかったのに」
涙ながらの悲痛な友人の叫びが、今でも心の深いところへ突き刺さって、抜くことも許されずにいる。
競技ウマ娘として、貴重な青春時代の決して短くない時間を費やして来た。
レースの世界に、いいことなんて一つとしてなかった。思い出せることは辛いことばかり。周りの人間がどれだけ輝かしい言葉を並べようと、望外の拍手で喝采しようと、私の心が晴れることはない。称賛、羨望、憧憬、そういう一握りの輝きの裏に、幾千幾万と積み上げられているものの正体を私は知っている。
レースの世界とは、大多数の夢と才能を奪ってすり潰す、そういう残酷な場所だ。特別な才能。唯一無二の才能。他に代え難い才能。そんなものは誰しもが持っている。だからこそ、才能と才能のぶつかり合いに、絶対的な力の差などない。どれ程優れた才能を持ち合わせていようと、たった一つのボタンの掛け違いでいとも容易く砕かれてしまう。そういうものなのだ。
レースで一着になれるのはたった一人だ。たった一人だけが、自らの才能を証明することができる。たった一人だけが、自らの才能を広く認めてもらうことができる。残りのほとんどの才能は、そしてその才能に懸けた夢は、ことごとくが否定されることになる。
残酷な話だ。どうしようもなく単純明快で、それ故誰一人覆すことのできない冷酷非道な話。レースの世界に身を置き続ければ、否応なくその現実を突きつけられる。勝てない者の居場所なんて、あの世界には用意されていなかった。
……去り行く者を見た。同期として入学した子も。先輩も後輩も。同じクラスの子も。同じチームの子も。寮の同室の子も。一緒に併走した子も。一緒にレースに出た子も。……仲の良かった友人も。何人も、何人も、レースの世界を後にして、そして決して戻ることのない者を見た。私より脚の速い子だっていた。私より努力している子だっていた。私にはない才能を持っていた子もいた。けれど彼女たちは、最後には涙も枯れ果ててレースの世界を後にした。「走る」という、ウマ娘にとって本能に近い欲求に対して、決して癒えることのない苦痛を植え付けられて。
私は、そんな彼女たちを、ただ黙って見送るだけだった。未練がましく背中を見つめ、けれど手を伸ばすこともできずに、立ち尽くしているだけだった。
……一度だけ、手を伸ばしてみたことがある。入学してから長らく親交のあった同期の友人が、私とのレースを最後に学園を去った時のことだ。
一体何を言ったのか、よくは憶えていない。「何もやめることはないんじゃないか」と、要約すればそんな意味合いのことを言ったような気がする。ともかく浅はかで余計なことを言ったのだということは、彼女の瞳から零れた涙を見てすぐにわかった。
「貴女さえいなければよかったのに」
涙ながらの悲痛な友人の叫び。絞り出すように放たれたその言葉が、心の深いところへ突き刺さって、抜くことも許されずにいる。
……いいえ、少し違う。心へ突き刺さって抜けない棘があるとすれば、それはむしろその後に友人が口にした言葉の方だろう。
ごめん。そうじゃない。そんなことが言いたいわけじゃない。涙を袖で拭いながら直前の言葉を謝罪し否定した友人は、最後には笑顔を見せて私を抱き締めた。未練と後悔を多分に見せながらも、反対に大きなものから解放されたような、どこか清々しささえある笑顔だった。
「今までありがとう。レースは辞めちゃうけど、貴女のことずっと応援してる。……私の分まで、頑張ってね」
友人はそう言って背を叩いてくれた。
……突き刺さった棘というのなら、その言葉をこそ棘と言うのだろう。
「これからも頑張ってね」、「離れていても応援してる」、「いつまでもずっと走り続けて」、そういう言葉を辞めていく子たちから何度も聞かされた。夢を追い続けることができなかった才能が、レースの世界を去る最後に残した言葉。敗れた輝きが私へ託した想いは、途方もなく重いものに感じられた。
……私は。私は幸運にも勝つことができていた。その勝利は友人含め多くの敗者の上に成り立っている。たくさんの夢と才能を踏み潰して私は走ることができていた。共にレースを走って来た彼女らの内、一体何人がまだ走っているのか、私には知る由もない。
一つ確かなことは、私には責任があるということだ。私が犠牲にしてきた才能を背負うこと。私が負かして来た夢の続きを描くこと。私に託されたたくさんの想いに応える義務が私にはある。
彼女たちの分まで、私は走り続けなければならない。彼女たちの分まで、私は勝ち続けなければならない。それは勝者としての私の義務であり責任であり誓約だ。
思えば、私にとって走ることは、そして勝つことは、いつだって義務だった。「光輝なる一族」に産まれ、幼い時からレースでの活躍を期待されて育てられてきた。勝つことは、「サイアー」――競技ウマ娘の育成支援団体として名を売る一族にとって責務だった。ウマ娘の育成に注力する一族と関係者の誇りが私の肩に乗せられていた。一族が支援する多くの幼いウマ娘たちは、私の背中に夢を見るのだと教えられてきた。……初めから、私という競技ウマ娘は勝たなければならなかったのだ。
やることはこれまでと変わらなかった。ただ、背負うものが増えただけ。走る理由が増えただけ。勝利という義務の重さが増えただけ。
勝つことの喜びなど、当の昔に消え失せた。勝つことは当たり前で、特別なことじゃない。私は私の義務を果たすためにレースへ挑み、そして勝つことで責務を全うしていた。勝つことは褒められるようなことではなかった。だからこそ、反対に負けた時は申し訳なさで一杯だった。義務を果たせなかった、期待に応えられなかった、夢の続きを示せなかった。私がただ見送ることしかできなかった何十何百というウマ娘の顔が過った。その全てから責められている気がして、目を逸らしてしまいたくなった。
……いつからだろうか。走る度に、この両の脚が重く、鈍く、まるで鉄の枷でも嵌められてしまったかのように感じるようになったのは。勝つことが、レースに出ることが、走ることが、嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で堪らなくなった。もうやめてしまいたい、そう思うのに、背負ったものが大きく重く多すぎて、初めから私の意志でやめることなど叶わないと悟って絶望に打ちひしがれた。
レースの世界は残酷だ。それは何も敗者に限った話ではないのだと、ようやく理解した。例え勝ち続けたとしても、「走る」というウマ娘の本能的な喜びに、絶望的な感情を抱いてしまう。勝ち続け、走り続けるほどに、たくさんの去っていく者を見送ることになるのだから。彼女たちの絶望を目の当たりにし、そして託された期待に応えようとするほどに、自らもまた絶望していくことになる。
レースの世界に幸せなどありはしない。希望の見出せない、絶望への暗い一本道だ。
……だからこそ、正直に言ってしまえば、この身に新しい命を授かったと知った時、ホッとしたのだ。この子を身籠ったという喜びよりも、ああこれでもう走らなくて済むという安堵の方がずっと強かった。まったく、ひどい話だ。
産まないという選択肢は、私には初めからなかった。
結婚にも出産にも大反対したお母さまとは縁を切り、出走登録をしていたレースも全て辞退した。妊娠を発表すると、出産後に復帰を希望する声が上がった。過去に例が無い訳ではないことは知っていたけれど、私にそのつもりはなかった。出産を終えればどこかで正式に引退を発表しようと、漠然と考えていた。
そこからしばらく、不思議な時間が私の中に流れた。物心ついた時からレースの世界に触れ、それ以外のことなど何もしてこなかった私にとって、人生で初めてのレース以外の時間。私がその新鮮味と不可思議とに高揚と微かな違和感を覚えている間に、お腹の子はすくすくと大きくなっていった。
出産は予定日よりも一週間早かった。朦朧とする意識の中、私は初めて我が子と――キングヘイローと名付けた私の娘と、対面した。