【完結】キングヘイロー/zero   作:瑞穂国

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六話目です。過去回想のお話はこれで最後。
お母さまに憧れてトレセン学園にやって来た、一人の後輩ウマ娘のお話です。


眩しい笑顔をまた見せて

――ずっと、憧れてきた先輩がいた。いつも見ていた背中に、美しい鹿毛をはためかせる、一流の競技ウマ娘だった。

 

 

 

 先輩に初めて会ったのは、私がまだ小学生だった頃、所属していたクラブチームでのことだった。当時、先輩はすでにトゥインクル・シリーズ有数の実力者で、知らない人などいない有名人だった。

 聞けば、私の所属していたクラブチームに、先輩の実家――「光輝なる一族」と呼ばれるサイアーが支援をしているらしかった。先輩は時折、支援しているクラブチームやちびっこレースを訪れ、一緒にトレーニングをしたり、レースを観戦したりするのだという。サイアーの一族に産まれた者の義務だそうだ。

 もっとも、そういう難しい話は、当時の私の頭にはこれっぽっちも入っていなかった。ただただ、自分も知っている有名人が目の前に現れたという、芸能人でも見たようなミーハーな気持ちがあった。

 先輩は華やかな人だった。とは言っても華美に走っているという話ではなく、先輩自身の持っている雰囲気の話だ。ひとを惹きつける魅力を「華」と言うけど、先輩はそれを持っている人だった。お嬢様育ちらしい落ち着いた佇まいが、さらにその華を際立たせていた。華のある人というのを直に見るのが初めてだった私は、黄色い声ではしゃぐチームメイトたちの中で一人息を呑んでいた。どこか近寄りがたいものに思えたからだった。テレビの画面越しに見ていた時と同じ、決して触れることのできない見えない境界が私と先輩の間にあるような気がした。

 

「ごきげんよう。今日は一日、トレーニングに参加させてもらうわ。――私と共に汗を流す権利をあげる!」

 

 テレビで見たことのある不敵な笑みを先輩は浮かべていた。

 でも、ひとたびトレーニングが始まると、私の感じていた壁は先輩自身の手ですぐに取り払われた。ウォーミングアップや柔軟、基礎トレとメニューが進んでいく間、先輩はチームのコーチたちと同じかそれ以上に熱心に、積極的に私たちに声をかけてくれた。上手くできれば褒めて、もう少しなら激励し、直すべきところに助言をする。休憩中には、小学生の稚拙で他愛ない話にも付き合ってくれた。何より、すぐに私たちの顔と名前を憶えてしまって、まるでずっとチームメイトだったかのように、自然に私たちの輪に溶け込んだ。今を時めく競技ウマ娘という印象よりも、少し歳の離れたお姉さんという印象が強くなっていた。

 本格的に走り込むトレーニングが始まると、先輩に併走を申し込む子が次々に現れた。もちろん私も手を挙げた。今正にトゥインクル・シリーズで活躍している競技ウマ娘と走れる機会を、みすみす逃す手はなかった。

 トレーニングコースを走り出した途端、チームメイトとは比べるべくもない、先輩の実力を理解した。流麗なフォームは乱れることなく、常に同じリズムを刻み続ける。それゆえ、長く滑らかな髪が規則正しく風に揺れていた。こちらがどれだけ加速しても、ぴたりと併せてくる。それでいて、汗の一つも流していない。涼しい顔は、全力疾走する私を観察する余裕すらあった様子だった。

 自己ベストを更新した私より、先輩は一バ身先にゴールの位置を駆け抜けた。足に疲労が溜まって、ゴールで倒れ込みそうな私をよそに、先輩はオーバーランしながらゆるりと速度を落としていた。膝に手をつき、肩で息をしながらその背中を見つめていた。陽の光を受けて燦然と輝きを放ちながら揺らめく鹿毛が、こちらの目を奪うほどに綺麗だった。先輩は、その美しい髪と尻尾を惜し気もなくなびかせ披露しながら、こちらを振り向いた。例の不敵な笑みに一筋だけ汗を流していた。

 

「いい走りね。磨けばもっと光るわ」

 

 よく冷えたスポーツ飲料を差し出す先輩にそう言われた時、飛び上がるほど嬉しかった。でも全力疾走後の体はそれを許してくれず、私はまるで告白されたばかりのようにか細い声で返事をするだけだった。そんな私の頭を先輩はポンと撫でてくれて、そしてそのまま次の子との併走に向かって行った。

 先輩の言葉が何度も頭の中で響いていた。磨けばもっと光る。それはどこで? どうやって? 答えなんてわかり切っていた。

 

「先輩!」

 

 トレーニングを終えた後、コースから去ろうとする先輩を呼び止めた。

 

「私、中央トレセンにいきます!」

 

 振り向いた先輩は短く「そう」とだけ答えて、でも愉快そうに微笑んで力強く頷いた。「待っているわ」とでも告げているようにこちらを見据える瞳に、私はさらに胸の内を叫んだ。

 

「だからその時は、同じレースで走ってください! 同じレースで勝負してください!」

 

 あの日できたばかりの夢を、かすかな緊張と爽やかな疲労で脚を震わせながら、先輩にぶつけた。大それたことを言い始めた後輩のことを、先輩は笑わなかった。いや、最終的には笑ったけど、それは呆れや嘲りでなく、挑戦を真っ向から受けて立つ王者の高笑いだった。

 

「いいわ。待っていてあげる。――いつでもかかっていらっしゃい」

「――はいっ」

 

 勢い込んで返事をし、頭を下げた私のことを、先輩はもう見ていなかった。踵を返すと、ふわりと鹿毛を揺らしながらコースを後にした。その背中は遥か遠く、決して手の届かないものに思えた。

 その背中に憧れた。強く強く憧れた。そして眩いその背に追いつきたいと思った。大きなその背に手を伸ばせるようになりたいと思った。

 走って、走って、勉強もして、また走って。テレビに映る先輩を応援しながら、私もまた夢に向けて邁進した。そして季節は巡り、春が来て、私は晴れて中央トレセンの門をくぐった。

 

 

 

 私のメイクデビューが決まったのは、同期たちの中でも比較的早い時期だった。「本格化」はまだ途中だったけど、クラブチームに所属していた経験のおかげで「十分戦っていける」とトレーナーが賛同してくれた。私としては、早くデビューできればそれだけ先輩と走れる可能性が増えるわけで、願ってもないことだった。

 でも、メイクデビューを勝利で飾って少しして、私は盛大に溜め息を吐くことになった。高等部三年になっていた先輩が、大学部へ進学する来年からドリーム・トロフィー・リーグへ移籍することを発表したからだ。その頃には私はまだクラシック級のレースを走っている訳で、シニア級の先輩と同じレースを走ることは叶わない。トゥインクル・シリーズで同じレースを走るという夢は、早くも潰えてしまったわけだ。私が、あの日宣言した夢を叶えるためには――憧れの背中に追いつくためには、ドリーム・トロフィー・リーグへ進む以外になくなった。

 そうは言っても、ドリーム・トロフィー・リーグへの移籍は、トゥインクル・シリーズで走ることよりもはるかに難しいことだった。移籍にはいくつか条件があって、中でもトゥインクル・シリーズのレースで相応の結果――最低でも重賞で勝利する必要があった。さらに、GⅠ級競走での勝利か重賞五勝を挙げると、反対にオファーが来るらしかった。トライアルレースに臨むという手もあるけれど、そちらは確実性に欠ける。

 私は、ともかく競技ウマ娘としての実績を着実に積み上げていくことにした。幸いにして私には才能があった。それは先輩みたいに傑出したものではなかったかもしれないけど、でもGⅠでだって十分通用するものだった。

 ジュニア級の内に重賞への出走資格を得ることができた。クラシック三冠にも挑戦したけれど、どれもあと一歩届かなかった。でもコツコツと勝利を重ねて、シニア級を迎えるまでに重賞を二つ勝った。そしてシニア級の秋、ついにGⅠのタイトルを手にすることができた。

 有頂天になった私は、早速ドリーム・トロフィー・リーグへの移籍をトレーナーに打診した。トレーナーは苦笑いしながらも、「それが君の夢だったね」と了承してくれた。私は晴れて、シニア級二年目からドリーム・トロフィー・リーグの所属となった。これでようやく先輩と走れる、そう思った。

 とはいえ現実はそれほど甘くはなく、ドリーム・トロフィー・リーグ内でも相応に結果を残さなければ、最高峰のレース――各季節ごとに開催されるドリーム・トロフィー・レースには出走できなかった。トゥインクル・シリーズでの実績がGⅠ複数回勝利であればいきなり出走することもできるそうだけれど、一回しか勝っていなかった私はすぐには出走が叶わなかった。結果、先輩が出走を表明していたスプリング・ドリーム・トロフィー――SpDTには間に合わなかった。

 トレーナーと相談した結果、私の目標はサマー・ドリーム・トロフィー――SDTということになった。ドリーム・マイル・トロフィー――DMTという選択肢もあったけれど、じっくりと実戦を重ねてドリーム・トロフィー・リーグのレースに慣れることを第一とした。

 移籍後最初の春シーズンで三戦して二勝。負けた一戦も掲示板内には残せた。実績十分と判断された私は、晴れてSDTへの出走権を得た。もちろん、同じレースに先輩も出走登録していた。

 いよいよだ。いよいよ、待ちに待った先輩とのレースだ。初めて会ったあの日に憧れた背中と、競い合うことができるのだ。レース前から興奮を抑えきれず、私はいつも以上に張り切ってトレーニングに打ち込んでいた。やっぱり、トレーナーには苦笑いされた。

 

 

 

 ……けれど、私の夢はまたしても叶わなかった。レースを直前にして、先輩が出走登録を取り消したのだ。それから数日後、妊娠の報告と、出産と育児に伴う長期休養が発表された。

 残念な気持ちはあった。でもそれ以上に、寿ぐべきだと思った。それに、何も引退するわけではないのだし、また走れる可能性だってあると思った。実際、出産を経てなお現役を続けたウマ娘の前例はあった。

 そんな時だった。学園内でたまたま先輩を見かけたのだ。遅い時間帯でトレーニングコースを使った帰り道だったから、薄暗くなり始めた夕焼けの中だった。

「先輩」と呼んで駆け寄った私に、先輩はチラリとだけ目線を向けて緩慢に振り返った。初めて会った時から変わらない艶やかな鹿毛が夕焼けを反射して、とにかく綺麗だった。思わず息を呑んで、私は先輩の目の前で脚を止めた。

 何を言ったのかはいまいちよく憶えていない。咄嗟に声をかけただけだったから、言葉も何も用意していなくて、テンパってしまった。そもそも、先輩に声をかけること自体が入学してから初めてのことだった。あんまり眩しすぎて目も合わせられなくて、指先を弄りながら視線をあちこち泳がせていたのは、相当挙動不審だったはずだ。ただともかく、自分のことを名乗り、お子さんへのお祝いの言葉とか、先輩が憧れだったこととか、SDTでは先輩の分まで頑張りますだとか、そんなようなことを言った気がした。

 私の話を黙って聞いていた先輩の返事は、とても短かった。

 

「――そう」

 

 それがどうしたというのだ。冷たくあしらうみたいな言葉に肩が竦んだ。頭が真っ白になった私は、その日初めて先輩の目を見た。明るく眩く、夢と希望を映し出していた栗色の瞳にすっかり影が落ちていた。光を一切受け付けない瞳は、ともすればぽっかりと空いた穴のようで、急に怖くなって悲鳴を上げそうになった。

 先輩はそれ以上何も言わずに踵を返し、歩き去ろうとした。その場で動けなくなっていた私は、慌ててさらに言葉を重ねた。引き留めなければ、先輩はそのまま戻ってこないような気がした。

 

「先輩と走りたかったです」

 

 包み隠さない素直な感情をぶつけると、先輩はぴたりと脚を止めて「ごめんなさい」と言った。

 

「あなたのお願いを叶えてはあげられない。――私はもうレースの世界には戻らない」

 

 背中越しの言葉がぐさりと私の深いところへ突き刺さった。

 なんで、と尋ねた。どうして、と問いかけた。第一線で活躍し続ける先輩が、レースを辞める理由が見つからなかった。駄々を捏ねる子供みたいな私に、先輩は苛立ちを隠しもせず、吐き捨てるように言った。

 

「走り続けても、いいことなんて一つもなかった」

 

 一刻も早くレースから身を引きたかった。子供を授かったのは好都合だった。これでようやく、走ることを辞めることができた。目の前の先輩が随分と遠くの方で喋っているように思えた。

 

「でも……先輩は強いウマ娘で……私の憧れで……」

「強いからなんだというの」

 

 途切れ途切れに食い下がる私の言葉を、先輩はにべもなく切り捨てた。もう、それ以上言葉は出てこなかった。

 

「私はたまたま勝ち続けただけ。今の今まで走り続けられただけ。なのに……私がいたせいで、走るのを辞めた人がいる。私がいたせいで、夢を叶えられなかった人がいる。……私さえ、いなければ」

 

 先輩の言葉はもう、私には向いていなかった。細い肩を一層縮めるようにして、両の腕で自らの体を抱いていた。やっぱり言葉はかけられなかった。テレビに映る時はいつだってシャンと立っていた背中が、見る影もなかった。

 

「私は勝たなければいけなかった。踏みにじった夢の分まで、流れた涙の分まで、去って行った人たちの分まで。……それは……私の、義務だったのに……」

 

 もう、いやよ。先輩は最後にそう呟いて私を振り向いた。苦悶に歪む表情に涙は伝っていなかった。けれど光のない両の目は確かに泣いていた。ただ、流すべき涙は、当の昔に枯れ果ててしまったようだった。

 

「もう嫌なの。誰かの夢を踏みにじるのも。誰かの夢を背負い続けるのも」

 

 先輩はそれだけ言い残して去って行った。小さくなっていく背中を追い駆けることは、私にはできなかった。先輩にかける言葉なんて、どこにも持ち合わせていなかった。

 

 

 

 それからも私は走り続けた。初挑戦のSDTこそ敗れたものの、その後も結果を出し続け、ファンからも実力派として評価を受けていた。

 ただずっと、先輩の言葉の意味を考え続けていた。そして少しずつだけれど、先輩が言いたかったこと――何に苦しんで、何に追い詰められていたのか、その意味が理解できて来た。

 ……同室だった後輩が、学園を去ることになった。入学時から注目されていた子で、実力も折り紙付きだった。デビューも早くて結果も出していて、所属したチームのトレーナーやメンバーからも期待されていた。本人もその期待に応えようと、一生懸命トレーニングに励んでいた。けれどそれが祟ったのか、クラシック級を迎えた矢先に脚を怪我してしまった。程度は軽かったけれどリハビリには相応の時間を要し、クラシック級のスタートに出遅れた。本人も焦ったのだろう、何とか結果を残そうと意気込んで、けれど結局それが空回りして、また脚を怪我した。クラシック級をすっかり棒に振ってしまい、シニア級でも結果を残せず。かつての明るさが嘘のように憔悴しきった顔で、学園を辞めることを私に告げた。

 ……周りを見回してみれば、同期だった子はすでに四分の一も学園に残っていなかった。ある者は引退して学園を去り、ある者は地方トレセンへと挑戦の場を移し、ある者はデビューの機会すら与えられず公式記録も残されていなかった。怖くなって必死に学園の記録を漁った。あのレースで一緒に走った子はどうしたのか。同じ教官にトレーニングしてもらった子はどうしたのか。共に併走トレーニングをした子はどうしたのか。知れば知るほどに、レースという世界の残酷さを思い知らされた。大多数の子は一勝すらできず、満足に表舞台に立つこともなく、学園から去って行った。例え勝てたとしても、オープンクラス、さらには重賞クラスで結果を残せているのはほんの一握り――いや、一摘まみだ。その一摘まみの夢すらも打ち破った先にGⅠやドリーム・トロフィーという頂がある。先輩の言った通り、私は夢を叶える一方で、私以外の多くの夢を踏みにじってきた。

 ……同じチームの先輩が、レースを引退することになった。ながらくチームを支えてくれた先輩で、トレーナーも特に信頼を置いている人だった。それは他のチームメイトも同じで、かくいう私もよくトレーニングを見てもらったり、自主トレや勉強のことまで相談していた。高等部を卒業して、大学部へと進学した後もコツコツと走り続けていた人だったけど、能力の衰えが見え始めたこと、就職活動に本腰を入れたいことから、引退を選んだそうだ。重賞の勝利経験はトゥインクル・シリーズの頃に一度だけ。その後も掲示板には入り続けたけれど、勝利はなし。ドリーム・トロフィーでは結局一勝もしていなかった。チーム皆で手渡した引退記念の花束を笑顔で受け取った先輩は、最後に私の手を取って言った。

 

「レースは辞めてしまうけど、これからもずっと応援してるわ。――私の分まで頑張ってね」

 

 繋いでいた手がズシリと重くなったように感じた。

 一度だけ、私と先輩でワン・ツーフィニッシュを決めたことがあった。最終直線で猛追してきた先輩を半バ身退け、そのレースでは私が勝利した。私にとっては二度目のドリーム・トロフィー制覇だった。けれどもし、あのレースに私がいなければ。先頭でゴール板を駆け抜けたのは、先輩だったはずだ。あの時、「ドリーム・トロフィーで優勝する」という先輩の夢を、私は確かに払いのけた。私がいなければその夢は叶っていたのに。優しかった先輩の夢を踏みにじった者として、私には責任がある。そんな気がした。

 ……そうしたことは、レースの世界にいれば必ず起こり得る、当たり前のことだった。ただ私が気づいていなかっただけ。……いいえ、気づいてはいたけれど、見えていないふりをしていただけだ。憧れた人を追いかけ続けて、それ以外のことが目に入らないようにしていただけだ。けれど……憧れという目標を失って、私は否応なく現実の残酷さを見せつけられた。それも、涙も枯れ果てた憧れの人が、去り際に残した言葉で、ようやく。

 走れば走るだけ、夢破れて去って行くウマ娘を見た。勝てば勝つだけ、敗れた夢が託された重責となって肩にのしかかった。勝てば勝つだけ、負けるわけにはいかなくて、やめるわけにはいかなくなった。そして負ければ、不甲斐ない自分に腹が立った。

 あの日、一体先輩は、どれだけの重荷をその肩から降ろしたのだろうか。私よりずっと強く、結果も残して来た先輩だ。踏みにじった誰かの夢も、託された誰かの夢も、ずっとずっと多かったはずだ。それを全て背負って走っていたのだとしたら。そこへ、かつての私がそうだったように、先輩に憧れる小さなウマ娘たちの期待まで背負っていたのだとしたら。その重荷は、私には想像し難いものだった。

 これでようやく。そう言った先輩の気持ちが、少しではあるけれど、理解できた気がした。

 

 

 

 三年以上の時間が流れた。私はいまだにレースの世界で戦い続けていた。なぜ走っているのかは、自分でもわからなかった。ただ辞めることも叶わず、託された夢と期待に応えるためだけに、ターフに立ち続けていた。望みなど、当の昔に消え去った。

 一つだけ、決めたことがあった。長期休養中の先輩がドリーム・トロフィー・リーグの登録を抹消した時には私も引退しよう、と。どういう訳か、走るのは辞めると言った先輩は、いまだに競技ウマ娘としての登録を抹消していなかった。もっとも、トレーニングを再開したという情報もなく、無事に女の子を出産した直後にレース復帰を示唆する報道が一部でされて以降、これといって動きはなかった。世間もすっかり先輩のことは忘れ去っていた。先輩の登録状況なんて、気にしているのは私くらいのものだった。

 淡い希望に縋っていた、と言われれば否定のしようがない。先輩の引退は、言ってしまえば暗黙の了解だった。世間の誰もが先輩は引退したものとして受け入れ、扱っていた。先輩は過去の人だった。ただ一人私だけが、「そんな事実はない」と小さな声で駄々を捏ねていた。ただ、それだけのことだ。

 レース以外であれば、先輩に関わる大きな報道が少し前にあった。先輩のトレーナー――旦那様が亡くなられたのだ。秋シーズンに向けて調整を始めた、暑い夏の盛りのことだった。先輩を筆頭に多くの実力あるウマ娘を世に送り出していたこともあり、追悼の特集記事などが組まれたりもした。でもそれだけで、葬儀はご家族だけでひっそりと執り行われ、先輩が大々的にインタビューを受けたりすることもなかった。

 夏が過ぎ去り、オータム・ドリーム・トロフィー――ADTを三着で終えて。次の目標を予定通りウィンター・ドリーム・トロフィー――WDTへ定めてトレーニングを再開した頃。衝撃的な報道が飛び込んできた。先輩がレースへの復帰と次走での引退を表明したのだ。

 私がその報道を知ったのは朝のニュース番組だった。学園が斡旋するアパートで一人暮らしだった私は、作り置きした朝ご飯を食べようとしていた箸を取り落とした。

 ……恐ろしく冷静な自分がいた。なぜ今更戻ってくるのか、というのが私の辿り着いた感想だった。そのまま引退すればいいのに、そう思った。少し考えればわかる話だ。先輩には三年以上のブランクがある。そんな長期間の休養を挟んで復帰した例など、過去にはない。出産後もレースに出続けた例は過去にもいくつか――それこそ、私も一緒に走ったことのあるオークスウマ娘とか――あるけれど、そのブランクもここまで長くはない。それに、大きなレースで好走した例もない。どう考えたって、ドリーム・トロフィーという最高峰のレースで勝てる要素がなかった。

 見たくなかった。先輩が無残に敗れる姿なんて見たくなかった。どれだけ考えても先輩が勝てるところなんて想像できなかった。私の背後で息も絶え絶えに膝をつく先輩の姿を想像してしまうたび、真っ暗な絶望が私の内に広がっていった。

 お願いです。もう、走らないでください。これ以上、私を絶望させないでください。敗れた先輩を見てしまったのなら、私はまた背負わなければならなくなる。

 けれど、逃げることはできなかった。WDTを二着で終えた私は、否応なくSpDT――先輩が引退レースと定めた一戦への出走を求められた。出走を回避する選択肢など残されていなかった。

 淡々と用意されたトレーニングをこなしていった。ただ普段よりほんの少し、気合いと力が入った。それは自分でも自覚があったし、トレーナーにも気づかれた。平静を保とうとする私に、トレーナーは「そのままでいいんじゃないか」なんて、呑気に無責任なことを言っていた。

 

 

 

――やがて季節は移ろい、春が来て。いよいよ、SpDTの当日を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 地下バ道を抜けてウィナーズサークルの脇へ出てくると、抜けるような青空が一面に広がっていた。昨日の雨が嘘のような、雲一つない晴天。暖かさを増した春の陽射しの下へ私は一歩を踏み出した。

 一際大きな拍手と歓声が私を出迎える。振り向いて見遣った観客席を埋め尽くす人、人、人。声援という声援が今は私に注がれている。

 

「頑張れー!」

「今日も頼むぞー!」

「先輩かっこいいー!」

 

 口にする言葉は人それぞれだ。この時ばかりは、私も自分の内側へ闘志が宿るのを実感する。冷え切っていた心と体へ、温かなものが広がった。応援の声を素直に嬉しいと思える瞬間だ。

 握った右の拳を高々と天に突き上げる。出走前の、お決まりのパフォーマンスだ。それを見たファンの方たちが、さらに応援のギアを上げる。人々の声が快晴のレース場に轟いた。

 

「応援ありがとうございます! 期待を裏切らないよう、精一杯頑張ります!」

 

 観客席へ一礼をしてからコースへ駆け出していく。踵を返した時点で、意識はレースへと切り替えた。一つ息を吸いながらバ場に足を踏み入れ、「返し」へと移っていく。

 数歩踏み締めたところで、バ場のコンディションはある程度把握できた。昨日の雨の影響で、あまりいい状態とは言えない。午後の段階では不良から重へとわずかに回復したものの、全体的に湿り気の強いままだ。踏み込んだ足がバ場へ沈みこむ。走るためには普段以上に力がいりそうだ。幸いにして、私は力のいるバ場を得意としていた。

「返し」の速度を上げて走る感触を確かめながら、改めて今日のレースの情報分析をする。事前にトレーナーとは綿密に情報整理はして、何パターンかに作戦の方針は決めてきた。そこへバ場の状態と、直前までのレースの内容を加味していく。いくつかの作戦方針はここで切り捨てた。最終直線で重バ場の苦手なウマ娘に巻き込まれないためにも、展開予想と位置取りの想定も欠かせない。幸い枠もよかったから、自分の思った通りにレースを運ぶことは十分可能に思えた。

 その時、背後から大きな拍手が聞こえてきた。チラリと振り返ると、丁度最後の出走ウマ娘――先輩が地下バ道から姿を現したところだった。観客席を見上げる先輩に大きな拍手が送られている。レース直前の高揚した雰囲気には似つかわしくない、とても穏やかで暖かな拍手が響いた。チラホラと「おかえりなさい」という声が観客席から聞こえてくる。かつてレースの世界を盛り上げた女傑の帰還を、誰もが祝福し喜んでいた。

 ……でも、それは期待ではない。私にでもわかったその事実は、ずっと期待の拍手を向けられてきた先輩には、火を見るよりも明らかなことだったろう。事実、今日のレースにおける先輩の人気は高くない。かつての栄光は最早残っていない、それが観客から先輩への評価だった。

 しばらく観客席を見つめていた先輩は、優雅に一礼をすると踵を返し、ターフへと踏み出した。足元の感触を確かめるようにして軽く走り、それから少しだけ速度を上げた。そういえば、先輩は重いバ場を得意とするウマ娘だったなと、今更そんなことを思った。

 

「頑張れー!」

 

 観客席のどこかからそんな声が聞こえてきた。多分だけど、タイミング的に先輩を応援する声だった。先輩なら勝てると、そう応援している声。雲霞のごとき人だかりのどこかに、少なくとも一人はそういうファンがいたということだ。

 気づくと緩んでいた頬を、慌てて張って引き締めた。少し嬉しくなっていた自分に戸惑う。恥ずかしさで熱い頬を、自分で張ったせいにして、私は意識を「返し」に戻した。

 一通りバ場の状態と自身のコンディションを確認し終え、走る速度を落とした。軽いランニング程度に脚を動かし、今走って来たコースをゲート裏へと戻っていく。丁度、後から「返し」に入った先輩とすれ違った。チラリと窺った横顔は、私がテレビにかじりつき、あるいは実際のレース場で応援し憧れていた頃と変わらなった。最後に言葉を交わした時のような、何もかもを吸い込みそうな絶望は見えない。ただひたむきにレースへ向かう、まるでまだレースの残酷さを知らない無垢なる少女のような、そんな表情に見えた。

 

「……なんで、そんな顔ができるんですか」

 

 ぽつりと呟いて「返し」を続ける背中を見送った。

 設置された発バ機の裏には、先に「返し」を行ったウマ娘から順にやって来て、発走時刻を待っていた。皆見知ったウマ娘ばかりだ。トゥインクル・シリーズからのライバル。ADTで負かされた後輩。WDTで叩き合った先輩。普段の学園生活では言葉を交わすこともある。ともに併走や模擬レースを行ったりもする。でも一度レースになれば、お互いがゴール板を駆け抜けるまで基本的に言葉は交わさない。全員がゴールすることにだけ意識を向けている。ゆえに、ゲート裏はいつも至って静かだ。客席の喧騒をBGMに、準備運動をする衣擦れの音や深呼吸の音だけが聞こえてくる。そうした微かな音で場の空気が張り詰めていくのがわかった。

 その、引き絞られた弦のような空気の只中へ、最後に加わったのが先輩だった。

「返し」を終え、緩やかに減速した先輩は、息を整えながら枠入りを待つ私たちの輪に加わった。何人かはチラリと先輩を見遣る。今回のSpDTに先輩と走ったことのあるウマ娘はいなかった。言ってしまえばひとつ前の時代を築いたウマ娘であり、初めて芸能人を目にしたかのような反応を皆している。一方の先輩は、それを気にする素振りもなく、自身もまた軽く体を解していた。

 

「おかえりなさいっ。一緒に走れて光栄です」

 

 勇気があるというか、考えなしというか、一人の後輩が先輩に話しかけた。逃げの戦術を得意とする彼女らしく、この場の誰よりも先んじた形だ。話しかけられた先輩は微かに笑って「ありがとう」と答え、差し出された拳に戸惑いながらグータッチを返していた。

 それに続くように、何人かのウマ娘が先輩に声をかけた。滾る闘志の中に憧憬と尊敬の心を見せる。敬意には感謝を、挑戦には勇壮をもって、先輩は一人ひとりに応えていた。

 そんな彼女たちの一番最後に、私も先輩の前に立つ。でも彼女たちのように、久しぶりにターフへ姿を現した先輩へ、ただ「おかえりなさい」と言葉をかける気にはなれなかった。

 

「……先輩」

「……あなた」

 

 私が話しかけると、先輩は少し驚いた様子だった。鮮やかな栗色を嵌め込んだ双眸をわずかに見開き、けれどすぐに落ち着き払って私を見つめる。それだけで私のことを憶えていてくれたのだとわかった。嬉しい気持ちが込み上げかけて、けれどすぐに思い直す。先輩に憧れていた、純真無垢で無邪気な、世間知らずで現実から目を背けてばかりの少女はもうここにはいない。

 居住まいを正した先輩に、心を落ち着かせる一息を挟んで私は尋ねた。

 

「どうして今更戻ってきたんですか。どうして――」

 

 ああ、ダメだ。一度口を開いた瞬間、言葉も気持ちも止まらなくなるのを感じた。三年以上の時間、心の奥底に押し込められていたものが一時に溢れ出す。自分ですらもう蓋はできなかった。

 

「どうしてまた走るんですか。もうレースは辞めたって、走り続けたっていいことなんか無いって、そう言ったじゃないですか。なのにどうして今日、先輩はここへ出てきたんですか。どうして今更また走ろうとしているんですか」

 

 問いかける声が責め立てる響きになっていく。ダメだダメだ。こんなことが言いたいんじゃない。ただ私は知りたかっただけなのに。どうせ絶望するのなら、せめて先輩が戻ってきた理由が知りたかった。あれだけ全てを諦めた目をしていたのに、今再び私の憧れた輝きを取り戻せているのはなぜなのか。けれど知りたい答えを待つこともできず、私は心の内にあるものを吐き出し続けた。

 

「復帰レースが引退レースって、何考えてるんですか。ただの思い出作りならふざけないでください、バカにしてます。ここはそんな生易しい場所じゃない。先輩だってよく知ってるでしょう」

 

 私の言葉を先輩はただ黙って聞いていた。真っ直ぐな視線は一瞬たりとも私から逸らされない。栗色の瞳は息を呑むほどに綺麗で、先輩が誠心誠意私の言葉を受け止めてくれていることがわかった。反対に、その瞳に映り込む苦しそうな自分が情けなくて、余計に腹が立つ。私はちっともいい後輩ではなかった。

 食い縛ろうとした歯の合間から、まだ言葉が溢れる。

 

「今更戻ってこられたって嬉しくありません。先輩は過去のウマ娘なんです。もう皆先輩のことなんか忘れてたんです。……今更思い出させないでください。復帰なんかしないで、先輩は大人しくそのまま引退していれば――」

「――おしゃべりなお口ね」

 

 最早どうしようもなく、誰一人として止められなかった私のひどい言葉を、けれど先輩はそのたった一言で止めてしまった。息を呑んだ私の唇に、手袋をした先輩の人差し指が触れる。まるでおしゃべりな幼子の口を封じるような仕草。やや凄みのあった言葉とは裏腹に、私を見つめる瞳は優しさそのものだった。微かに細くなった双眸に射竦められ、体が固まる。思わず見惚れてしまった私は、数瞬遅れてその事実に気づき、心臓を高鳴らせた。

 

「まずは落ち着きなさいな。それから深呼吸を。――あなたが走れなくなったら、それこそもったいないわ」

 

 言われた通りに数度深呼吸をして、熱くなった体を冷やし、早鐘のような心臓を落ち着かせた。先輩はそんな私を見守り、それでよし、と言うように頷く。ふと、初めて先輩と会った時のことを思い出した。

 あの日憧れた眩い一流ウマ娘が、あの日と同じように私を見つめていた。あの日と違うのは……お互いに、夢と希望溢れる少女ではなくなったこと。現実という泥にまみれ、苦難と絶望を味わったこと。

 目の前の先輩は――一度戦うことをやめたはずのウマ娘は、どういう訳か今再び現実と戦おうとしているように見えた。

 

「――それで。私が戻ってきた理由、だったわね」

 

 そう言った先輩は、ほんの少し申し訳なさそうな表情に見えた。けれどそれは一瞬のことだった。輝く栗色の瞳に覚悟の炎が宿る。引き締めた唇と吊り上げた眉に決意の色が浮かぶ。確かに闘志を滾らせる一人の競技ウマ娘がそこには立っていた。

 

「あんな中途半端な終わり方、してはいけないと思ったのよ」

 

 固唾を飲んで先輩の言葉を聞く。

 

「私は一流のウマ娘。ずっとそう名乗ってきたし、そうあろうとして来たわ。――でも、私は逃げた。レースを投げ出した。そんなの……ちっとも一流じゃないじゃない」

 

 そんなことない。言葉は喉まで出かかった。今ならわかる。逃げたなんて言わせない。投げ出したなんて言わせない。先輩に対してそんなこと、きっとここにいる誰も言わせない。けれど他でもない先輩自身が、そんな過去の自分を許せないようだった。

 

「私はやっぱり一流でありたい。私を信じてくれた人のためにも。私の大切な人のためにも。私と競ったライバルのためにも。私を慕ってくれた後輩のためにも。――だから、私は今日、走るわ」

 

 先輩は堂々としてそう言い切った。スラリと二本の脚でターフに立ち、自信たっぷりに胸を張って、どんなウマ娘にだって負けないと凛々しく笑って。

 もしかしなくても、先輩は勝つつもりなのだ。思い出作りなどではない、先輩は本気で、心の底から、このレースに勝つつもりなのだ。

 自分の理性とは隔絶されたところで血潮が湧いた。こんな感覚はいつぶりだろうか。けれどあくまで、思考は冷静に保った。私はようやく、閉じていた唇を慎重に開く。

 

「……勝つつもりなんですか。最高峰のウマ娘が集う、このレースで」

 

 震える私の問い掛けに、先輩は迷うことなく頷いた。そのまま言葉が続けられなくなった私に、先輩は両の目を細くして尋ねる。

 

「……勝てない、って思っている?」

 

 自分の眉間に皺が寄るのがわかった。私も同じように、迷うことなく頷く。感情論を抜きにして、客観的な分析をする者がいれば、誰もが私と同じ答えに辿り着くはずだ。

 

「……絶対に無理です。三年ぶりのレースで。しかもぶっつけ本番の、SpDTで。勝てるはずがありません」

 

 それこそ、バカにしている。なめるな。腹の奥底から低く唸るような声が出た。

 一人ひとりが得難い才能を持ったウマ娘たちだ。多くのウマ娘を負かし、数多の屍を踏み越えてなお走り続けている者だけが、この舞台に立っている。打ち砕いてきた夢を、踏みにじってきた希望を、背中で誰かが流した涙を、それぞれに受け止め背負って走る。託された夢と希望に違わぬよう、努力と研鑽を積んできたウマ娘のみが走ることを許される、それがドリーム・トロフィーだ。

 三年もレースから離れていたウマ娘が――それが例え、かつて一流と呼ばれたウマ娘であろうと――易々と勝てる相手だと思われているのなら心外だ。

 

「そうかもしれないわね」

 

 先輩は私の言葉を否定しなかった。それでも、その表情から自信が消え去ることはなかった。気高く、優雅に、凛々しく、先輩は笑っている。かつて一流と呼ばれた――今なお一流を名乗り続ける誇り高いウマ娘が、そこへ威風堂々と立っていた。

 

「でも、よくお聞きなさい。――無理かどうかは、私が決めるわ」

 

 先輩はそれだけ言って、なお真っ直ぐに私を見つめ続けた。言葉を無くしていた私は、なおも言い募ろうとして口を開きかける。しかしその瞬間、観客席から一際大きな拍手が聞こえてきた。見ればゲートの向こうにスターターが現れて、スタンドカーへと歩を進めているところだった。まもなく、発走時刻を告げるファンファーレが鳴り響くだろう。

 これ以上の会話はご法度だ。そもそも先程から、私たちのやり取りを遠巻きにスタッフが観察している。レースに支障があると判断されれば、声をかけられていただろう。最悪出走取り消しもあり得た。先輩は何度か目配せで「大丈夫」と告げてくれていたらしかった。

 透き通る青空へ向けて、管楽器によるファンファーレが奏でられる。観客たちの手拍子を聞きながら、口をつぐんだ私はしばらく先輩を見つめていた。そんな私を、先輩も静かに見据えている。これ以上語るべきことはお互いにない。残ることは全てレースで――授かったこの二本の脚で走り、ぶつければいい。

 踵を返して自分の枠へと向かう。ウマ番が八番だった私は、奇数番のウマ娘がゲートへ入るのを待って枠入りとなる。ファンファーレが鳴り止んでスムーズにゲートインが進む中、自分の番を待つ。

 内枠から偶数番の出走者が収まり始め、私もゲートへと入った。後ろ扉が閉まったのを確認して、深呼吸を一つ。狭いゲートの中に、出走直前の緊張感が一杯に詰まる。それに微かな心地よさを感じながら、大外十五番の先輩が最後に収まるのを待った。

 そして最後に先輩がゲートへと足を踏み入れた。ゲートイン完了。出走準備が整った。固唾をのんで見守っていた観客席から拍手が送られる中、十五人のウマ娘が一斉に身構える。

 刹那の静けさ。ターフに吹く青い春の風。雨露含んだ芝の薫り。

 そして、今――

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