めっっっっっちゃ怪しいカードの精霊が契約契約って騒がしい   作:「めっ契」製作委員会

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演目1:契約履行

『──契約成立』

 

 声がする。

 視界を不思議な光が満たし、世界が色を失っていく。底の見えない光の中から手が伸び、そっと頬に触れた。

 どこか懐かしいような──不思議なような──体が浮くような感覚が脳を満たす。

 上下が無くなり、前後が不覚になる。まるで、自分がこのまま世界に溶けていってしまうような──

 

「……はっ!?」

 

 不意に目を覚ます。九月のしつこい残暑が肌にまとわりつき、どこか遠くで鳴いている蝉の声をぼんやりと聞きながら、我妻(あづま)遊介(ゆうすけ)は公園のベンチに座り込んでいた。

 

「……?」

 

 周囲には誰もいない。今、何か──誰かと話をしていたような──考えがまとまらない頭を振りながら記憶を洗うが、一向に思い出せない。

 

「なんだろ……最近……疲れてるのかな」

 

 頭を振り、立ち上がる。暑さにあてられたのか、少々のめまいを感じる。

 

「最近変な夢をよく見るし……ぼーっとする……熱中症にでもなったんじゃないだろうな……あ、そう言えば今何時……」

 

 腕時計を見ると、その針は八時前を指していた。それを見ると遊介の顔から色が失われて行き、傍の鞄を担ぎ上げると一目散に駆けだしていった。

 

***

 

 日本某所、とあるスタジアム。

 無数のカメラが向けられ、その視線の先にある光景を中継している。

 

「……『クシャトリラ・アライズハート』の効果を発動」

 

 陽光が照らされた男が告げた。同時に、決闘盤(デュエルディスク)にセットされた黒いカードが威圧的な雰囲気を放つ。それに応じて、男が静かに告げた宣言に眼前に映し出された立体映像(ソリッドビジョン)がゆっくりと動き出す。

 

「このカードの(エクシーズ)素材を三つ取り除き、フィールドの対象カード一枚を除外する! 除外するのは……『白銀の城のラビュリンス』だ!」

 

 赤い鎧に身を包んだ若武者のようなモンスターは猛ると、手にした鉾を獰猛に振るう。するとそこから放たれた赤いエネルギーが相対するモンスター──見事な純白のドレスを来た悪魔の姫を消し去らんと迫る。

 

「く……!」

 

 ラビュリンスの後方に控えていた女の決闘者(デュエリスト)が渋面する。

 スタジアムの中心で対峙した二人の決闘者。彼らは国内でも有数のプロデュエリストだった。そんな二人の一挙手一投足に観客は興奮したように歓声を上げる。

 

「……罠発動! 『巨神封じの矢(ティタノサイダー)』! 『クシャトリラ・アライズハート』を対象に、攻撃力を0にしてその効果を無効にする!」

 

 瞬間、ラビュリンスの後方から一筋の光の矢が飛び出し、エネルギー波をかき消す。さらにそのままその先、アライズハートに着弾し、膝を突かせてしまう。

 

「まだよ! 通常罠カードが発動したことで、『白銀の迷宮城』の効果が発動する! 私は墓地から……前のターン破壊された『迷宮城の白銀姫(レディ・オブ・ザ・ラビュリンス)』を特殊召喚!」

 

 相対する二人はそれぞれ前回王者と準優勝者。クシャトリラデッキを駆る男の王座防衛となるか、それともラビュリンス擁する女のリベンジ達成か、と観客は決闘(デュエル)の展開を固唾を飲んで見守っていた。

 

TURN:3

クシャトリラ LP:4000

場:『六世壊=パライゾス』(フィールド魔法)/『クシャトリラ・アライズハート』

手札:4 伏せ:2

 

ラビュリンス LP:4000

場:『白銀の迷宮城』(フィールド魔法)/『白銀の城のラビュリンス』/『迷宮城の白銀姫』

手札:1 伏せ:2 

 

「ならば手札から『クシャトリラ・ライズハート』を特殊召喚! そのまま効果を発動する! デッキから『クシャトリラ・オーガ』を除外し……お前のデッキを三枚削らせてもらう!」

「再び罠発動! 『悪魔の技(デーモン・グリッチ)』! 『クシャトリラ・アライズハート』を破壊し……デッキから『白銀の城の火吹炉(ラビュリンス・ストービー)』を墓地に送るわ!」

 

 両者がそれぞれのカードの効果を宣言する。ライズハートが軽く腕を振ると同時に罠カードから飛び出した二人組の小悪魔が素早くアライズハートに斬りかかる。さらに二人のデッキからそれぞれ一枚カードが飛び出し、片方は墓地に吸い込まれ、もう片方は力なく地面に落ちた。

 

「……『白銀の城のラビュリンス』の効果発動!」

 

 一瞬の静寂の後、先に動いたのはラビュリンスだった。

 

「『悪魔の技』でアライズハートが場を離れたことにより、あなたの手札、もしくは場のカードを一枚破壊する! 破壊するのは『クシャトリラ・ライズハート』よ!」

「くっ! しかし──」

「まだよ! さらに通常罠カードが発動したことで、『迷宮城の白銀姫』の効果も発動する!」

「!」

「通常罠カードが発動したことで、そのカードとは異なる通常罠カードを一枚デッキからセットするわ! 私がセットするのは……『絶対不可侵領域』!」

 

 ラビュリンスの猛攻が止まらない。女はデッキから一枚の罠カードを抜き出し、決闘盤にセットする。さらにそれを見るとラビュリンスが優雅に笑い、手にした杖を一振りする。刹那、激しい閃電が走り、ライズハートを撃ち抜いた。

 

「ぐっ!」

「私はまだやれるわ! 前回のように行かないと思わないことね!」

「ふ……そうだ、そうでなければな! 勇士の戦いはこうでなければならん!」

 

 しかしそれでも男は不敵に笑って見せた。堂々と胸を張り、手札を切る。

 

「まだやれるのはこちらも変わらん! 俺は手札から『クシャトリラ・バース』を発動!」

「ッ!」

 

 女が渋面する。男はまだ展開札を隠し持っていた。

 

「そのまま効果発動! 俺は墓地から、『クシャトリラ・ユニコーン』を特殊召喚する!」

 

 ソリッドビジョンによって映し出された荒野に颯爽とモンスターが舞い降りる。頭部から鋭い角を生やした一角獣のような戦士だった。

 

「『クシャトリラ・ユニコーン』の効果発動!」

 

 男の宣言に合わせてユニコーンが剣を構える。

 

「デッキから『クシャトリラ』魔法カードを手札に加える! 俺が選ぶのは……『六世壊他化自在天(クシャトリラ・パーピヤス)』だ!」

「罠発動!」

 

 男の辿ろうとしている展開ルートを読み取ったのか、女が鋭く宣言する。

 

「墓地の『嗤う黒山羊(ルンペル・トイフェル)』の二つ目の効果! このカードを除外し、宣言したモンスターカードの効果をこのターンの間封じるわ! 私が宣言するのは──『クシャトリラ・シャングリラ』!」

「何!」

「これでシャングリラは封じたわ。お得意の場封鎖もこれではできない!」

 

 男は少し顔をしかめ、思案するように数秒黙る。が、すぐに思考を切り替えたのか手札に指を走らせる。

 

「だからどうした! 俺は『六世壊他化自在天(クシャトリラ・パーピヤス)』を発動! デッキから『クシャトリラ・オーガ』を特殊召喚する!」

 

 男の戦意はまるで衰えない。致命傷でないにしろ、『クシャトリラ・シャングリラ』が封じられたのは痛手のはずだ。それでも男は一切の弱みを見せずに、まるで進撃するかのように展開を続けていく。

 

「『クシャトリラ・オーガ』の効果! デッキから『六世壊根清浄(クシャトリラ・ビッグバン)』を手札に!」

「往生際が悪いわね」

「往生際ではないからな。まだ終わらんぞ! 『クシャトリラ・バース』の効果で手札から『華信龍-ノウルーズ・エリーズ』をリリース無しで召喚!」

「!」

「我が進撃の途上にどれだけ罠を張ろうと関係ない! 俺はそれら全てを踏み潰して進んでやる!」

 

 男がそう叫ぶと、不意に墓地から一枚のカードが飛び出し、地面に落ちる。

 

「墓地の『クシャトリラ・アライズハート』を除外し、手札からこのモンスターを特殊召喚!」

 

 不意に女に影がかかり、見上げると空から巨大な赤い獣が舞い降りてきた。質量を持たない立体映像でありながら、それが着地する様子は地響きを響かせるようだった。

 

「『スケアクロー・クシャトリラ』だァ! さらに! 場の『クシャトリラ・ユニコーン』と『華信龍-ノウルーズ・エリーズ』でオーバーレイネットワークを構築!」

「!」

「“灼熱が生みし黒翼の龍王よ、天を駆け、地を征し、王の威光を果てまで満たせ”!」

 

 男が天を指さすと、そこに巨大な光の渦が現れる。それを見ると、二体のモンスターはそこへ飛び込んでいった。一拍置いて、激しい光と共に一体のモンスターが場に降り立つ。

 

「エクシーズ召喚! ランク7! 『黒溶龍騎ヴォルニゲシュ』ッ!」

 

 光が晴れると、そこから白銀の鎧を纏った魔獣に跨った龍騎士が姿を現した。ヴォルニゲシュはゆっくりと威厳ある動きでラビュリンスを見下ろして見せる。

 

「く……罠発動! 『強制脱出装置』! 『黒溶龍騎ヴォルニゲシュ』をEXデッキに戻すわ!」

「甘い! ヴォルニゲシュの効果発動! X素材を二つ取り除き、『白銀の城のラビュリンス』を破壊する!」

 

 ヴォルニゲシュを包み込むようにドーム型の機械が現れ、“脱出”させようとするが、射出される刹那、ヴォルニゲシュが剣を地面に突き立てる。そこから放たれたエネルギーは地面を伝い、ラビュリンスの足元で破裂する。爆発に巻き込まれた悪魔の姫は、悲鳴をあげながら光柱の中へ消えていった。

 

「く……」

「さらに! この効果でモンスターを破壊した場合、自分フィールドのモンスター一体の攻撃力を破壊したモンスターの元々のレベル・ランク×300アップできる! 猛れ! オーガ!」

 

『クシャトリラ・オーガ』ATK:2800 → 5200 

 

「攻撃力……5200……!?」

「まだだァ!」

「!」

 

 男は駄目押しと言わんばかりに手を決闘盤に走らせる。

 

「罠発動! 『クシャトリラ・プリペア』! 除外状態のモンスターを帰還させる!」

 

 男の足元に落ちていたカードが浮かび上がる。瞬間、天から激しい赤雷が場に何本も降り注いだ。

 

「うっ!」

「再び現れろ──『クシャトリラ・アライズハート』!」

 

 その赤雷と共に──あの若武者が姿を現した。

 

 ***

 

『アライズハートでダイレクトアタック! これで幕引きだッ!』

『きゃああーーーっ!』

 

 それから少しして。何度かの応酬を制し、勝利を得たのはクシャトリラの側だった。モニターに映し出されたスタジアムには悠々と降り立つアライズハートが映り、実況は男の王座防衛を何度も叫んでいた。やがて決闘(デュエル)は終わり、スタジアムの中央で固く握手を交わす両者を讃える歓声に場は満たされていった。

 そして──そんな映像が映し出されている国内のどこか、巨大なモニターの前。

 

「手札から『ヒーローアライブ』を発動!」

「罠発動! 『神の宣告』! 無効だ無効!」

 

 そこでは画面の向こうのプロデュエリストに負けじと気合の入った学生たちが決闘(デュエル)に興じていた。

 ここは私立袖花(そでばな)高校。西日本某県に属する地方都市に建つ私立高校である。もとより生徒数は多い学校ではあったが、今日は特に人が多い。校舎の窓には色とりどりの装飾が踊り、校庭は朝礼台やサッカーゴールが撤去され、代わりに複数の白いテントや、プロの決闘(デュエル)を中継している巨大なモニターが設置されていた。

 今日、袖高(そでこう)では文化祭が催されていた。地域の住人や他校の生徒たちが学校を訪れ、各学級や部活の出し物、活動発表に足を止める。先ほどから校庭で大規模に展開されている決闘(デュエル)ブースもまたその一環だった。

 そんな校庭の賑わいからは少し離れ、校舎の隅に申し訳程度に設けられたような狭い空き教室の中。そこに遊介の姿はあった。

 

「……では、この中から一枚のカードをお選びください」

 

 教室の扉には「マジック同好会」と書かれた薄汚れた木の札がかかり、さらにその隣にペンキで綺麗に塗装された段ボールの看板に「文化祭特別公演」と書かれている。通常の教室の半分程の広さの室内には数人の観客がおり、遊介はそれらに向かい合うように長机に着いていた。

 不潔感の無い程度には長い前髪の下から涼し気な視線が覗き、それが向かいに座った一人の少女を見据えている。陰気さと清涼感が同居し、独特で不思議な雰囲気を放っていた。そうして遊介は慣れた手つきでカードの束をシャッフルし、少女へ恭しく差し出す。

 

「いいですか? そのカードを覚えておいてください。今からそのカードをデッキの中から喚び出してみせます」

 

 遊介が展開するカードマジックにはトランプではなくデュエルモンスターズのカードデッキを使うという特徴があった。少女は遊介の言葉に何度も頷くと、デッキにカードを戻した。それを見ると遊介は見せつけるように再びデッキをシャッフルし、カットし、曲芸のように操ってみせる。

 

「ふぅ~む……そうですねぇ……」

 

 やがてまた一つの束になったデッキを机上に置き、息をつく。前髪を一房指に巻くようにいじり、わざとらしく考え込んで見せた。

 

「あなたが引いたカードは……魔法ではありませんね?」

 

 少女が頷く。

 

「罠でもない?」

 

 再び少女が頷く。

 

「ならばモンスター! なるほど、一番探しやすい。知っていますか、デュエルモンスターズのカードには魂が宿っているそうです。そしてその魂は……時に私達の声に答えてくれる。そう……」

 

 そう言いながら遊介はデッキを軽く指で叩いた。そして一番上のカードを優しく手に取り、少女に差し出す。

 

「こんな風にね。あなたが選んでくれたカードは……こちらでしょうか」

 

 アンビシャスカード。遊介の得意とするカードマジックの演目だった。

 トリックは完璧。少女の手に渡ったカードは間違いなく彼女が選んだカードだ。遊介は微笑を崩さず、少女の反応を待った。

 しかし──

 

「……違うよ?」

「え」

 

 少女はきょとんとした表情でそう言い放った。

 一瞬表情が強張った遊介は自身が差し出したカードを受け取り、それを確認する。

 そこにあったのは──

 

幻惑の(ナイトメア)……魔術師(マジシャン)?」

 

 “幻惑の魔術師(ナイトメア・マジシャン)”と記されたモンスターカード。相変わらず少女はこれから正しいカードを出すんでしょうと言わんばかりの顔で遊介を見つめ、他の観客も同じように怪訝な表情をしている。

 少女が嘘をついているわけではない。それは確実にわかる。何故ならこの──黄色い衣装を纏った魔術師が描かれたモンスターカードを──遊介はデッキに入れた覚えがなかったからだ。なんなら幻惑の魔術師というモンスターの名前すら初めて見た。

 

「えっ……と……」

「?」

「あの、えっと……そう、ですね」

 

 にわかに遊介の挙動が怪しくなる。それまですました様子だった顔には冷や汗が流れ始め、言葉が続かなくなってくる。穏やかな笑みはなんとか維持しているが、それでも顔色はどんどん悪くなっていった。

 

「……と、見せかけて!」

 

 不意に声がする。その場にいた者が振り返ると、教室の後方に一人の女子生徒が立っていた。

 学校指定のブラウスにスカートを着用し、一本の枝毛もない長い髪の下に不敵な笑顔を浮かべている。

 

「お嬢ちゃん、キミが選んだカードはここにあるよ!」

 

 そのまま女子生徒は胸ポケットからカードを一枚引き抜き、少女の前に歩み出た。そうして芝居がかった仕草でカードを渡すと、それは確かに少女の選んだカードだったようで、少女の表情が明るくなる。

 

「イリュージョーン!」

 

 教室が拍手で満たされる。そのまま遊介から進行役を引き継いだ女子生徒は公演の終了を宣言し、教室からぞろぞろと出ていく観客たちを遊介と女子生徒は笑顔で手を振りながら見送った。

 やがて教室には二人だけが残され、女子生徒は入口の看板をしまい込むと、扉を閉める。

 

「……ありがとう梓実(あずみ)、助かったよ」

「うん。それにしても失敗しちゃうなんて珍しいね」

 

 その瞬間、遊介が机に突っ伏した。

 

「うあ゛ーーーーっ! 恥ずかしい……!」

「うお」

 

 頭を抱え、耳を真っ赤に染めながら額を机にこすりつける。その姿は先ほどまですまし顔でマジックを行っていた遊介とは完全に別人だった。

 まるで人が変わったかのような豹変ぶりだが、梓実はそんな遊介を見ても特に驚く様子もなく、椅子を引いて傍に座った。それを遊介が上目遣いに見つめ返す。その瞳は先ほどまでの涼し気なものでは既になくなっており、自信も威厳も何も感じられない、怯えた小動物のそれに変わっていた。

 

「相変わらずすごい豹変ぶりだね~。役に入ってるときはカッコいいのに」

「うう……」

 

 兎河(とがわ)梓実(あずみ)──。

 袖高の生徒会長を務める才女にして、遊介の幼馴染である。幽霊部員ばかりでもはや遊介しか所属していないような現状のマジック同好会が存続していられるのは彼女が他の部と兼部して部員数を確保してくれているところが大きい。

 

「どうせ俺は役に入りきらないと人前に立てないような男ですよ……」

「卑屈だなぁ」

「……そういえば梓実、さっきのマジック、よくカードわかったね」

「後ろにいたから見えてただけだよ。あの子が選んだカード、私も持ってる汎用カードだったから。ちょうどついさっき使ってたしね」

 

 そう言って梓実は腰のポーチからデッキケースを取り出して見せた。

 

「デュエル部のエースは今日もデュエルですか」

「そ。ウチも一応文化部だしね~。展示決闘(デュエル)は大盛況です。まぁ、理由があるんだけど……」

 

 そう言って梓実はちらと校庭に視線をやる。釣られて遊介もそちらを見やると、校庭ではその半分以上の面積を決闘(デュエル)ブースが占めていた。

 

「……流石に多くない? 文化祭とは言え……いや校外の人も結構いるな。実質非公認大会じゃんこれ」

「知らない? デュエル大会の話」

「なにそれ」

「おやおや我妻殿はアンテナが低いようで……」

 

 振り返った遊介の顔面にいきなり何かが貼り付けられる。驚いた遊介がなんとかそれを剥がし取ると、それは一枚のポスターだった。街の西部にある大きなスタジアムと、そこで決闘(デュエル)する決闘者達の写真が印刷されている。

 

「“袖花決闘杯(デュエルカップ)”?」

 

 シンプルな書体で書かれた説明文に目を走らせる。どうやらこの街で大規模なデュエルイベントが開催されるらしい。

 

「そ。昨今の決闘(デュエル)ブームに乗って袖花でも大々的に大会を開こうって話になったみたい。かつてのバトル・シティみたいに派手なのをやるんだってさ」

「そんな童実野町じゃあるまいし、ここでそんなことできるの?」

「まがりなりにも地方都市だよ? まぁ流石に本家みたいに街全体貸切って……っていうのは無理だろうケド。ほら、西町のあたりに大きなスタジアムがあるでしょ? あそこでやるのが現実的な落としどころじゃないかって言われてるみたい」

「ふーん」

「……で! 本題はここから」

 

 突然梓実が身を乗り出し遊介に顔を近づける。二人の視線がぶつかった。

 

「これ、遊介も出るよね」

「え? いや……俺はいいよ」

「えーっ!? 出ないの!?」

「出ない」

「なんで」

「なんでって……柄じゃないよ」

 

 遊介が梓実の視線から目をそらすと、その視線の先に梓実が回りこんでくる。

 

「えーっ、CS常勝、地区大会は総ナメ、あんまりにも強すぎて袖花の決闘王(デュエルキング)って言われた遊介はどこにいっちゃったのさ!」

「梓実」

「当時はもう遊介と戦ったってだけでステータスになってたんだよ? まぁ強すぎて何軒かお店出禁になっちゃったのは事実だけど。あ、まさかとは思うけどそれで自信なくしちゃったなんて言うんじゃないよね?」

「梓実」

「最近遊介がデュエルしてるところ全然見ないよね。手品もデュエルもどっちも上手だったのに、最近じゃ決闘盤をつけてるところすら見ないよ。あたしにデュエルを教えてくれた遊介師匠の姿が最近お見えにならないようですが……」

「梓実!」

「おっと」

「……恥ずかしいって」

 

 遊介は耳を赤くして視線をそらす。それを見て梓実はいたずらっぽく笑った。

 

「……昔の話だよ。それに俺は今こっちの方が好きだし」

 

 そのまま遊介は傍にあった長机からシルクハットを手に取る。が、その下から飛び出した花束に驚いて転んだ。

 

「俺なんて……キャラ作ってないと人前に立てないし、ちょっと失敗したらすぐおろおろしだすし……ショップ大会ならまだ出れるけど……そんな大きい大会は無理だよ……」

 

 そう言いながら声がどんどん小さくなっていく。声と一緒に縮こまっていく遊介の姿勢を梓実が無理矢理正した。

 

「相変わらずものすごいネガティブ思考……なんで手品師やれてるのさ……マジックも大会もそんなに変わらないって。いーじゃん、あたし遊介とデュエルしたいよ、師匠~」

「もう俺が教えたときより強いでしょ君は……」

 

 実は、もう一つ理由がある。他でも無い梓実の存在だ。

 昔は常に一緒にいた幼馴染ではあるものの、今や梓実は生徒会長を務め、さらにはデュエル部のエースまで兼任し校内の人気者。それに対して今や自分はこの通りの冴えない“その他大勢”。

 卑屈さは褒められたものではないと認識している遊介ではあったが、いつの間にか開いてしまっていたこの差を思うと、彼の繊細な心には──敢えて繊細な心と言うが──居心地の悪さを感じさせるのだった。どうやら梓実にとって遊介はいつまでもデュエルの手ほどきをした「遊介師匠」のままのようだが、遊介にとって今の梓実は雲の上──とまでは言わないものの、よっぽど格上の存在。そんな相手に期待を向けられて奮起するほど遊介は積極的ではない。むしろ萎縮してしまう。

 

「……あ、やば」

 

 不意に梓実が呟く。同時に窓の外から声が上がった。見ると、グラウンドで決闘(デュエル)に興じていた生徒たちが窓越しに梓実を見つけたのか、声を上げこちらに向けて手を振っている。

 

「ごめん遊介、あたし逃げる」

「いいじゃん付き合ってあげなよ」

「あの子たちいつまでも離してくれないんだもん! もう今日は文化祭楽しみたいよ~!」

「あぁなるほど。どこに行ったかは知らないって言っておくよ」

「ありがと!」

 

 言うなり梓実は廊下に飛び出していった。

 再び一人になる。梓実がいなくなった部室は急に静まり返った。

 

「しかし……」

 

 机の上に置かれたデッキに手を伸ばす。デッキトップのカードを一枚めくると、それはやはり『幻惑の魔術師』だった。

 

「どこで混じったんだこのカード……俺はこんなカード入れた覚えないぞ……ていうかそもそもこんなカード知らないし……」

 

 手に取り、カードイラストを眺め、カードを検めてみる。何の変哲もないカードではあるが、遊介にとっては身に覚えが一切ないカードであるのが不気味だった。

 誰かにデッキを貸したか? いやそんな相手はいない、前回手品をした時に混じったか? 前回は今と同じ場所でやった予行練習だ──と、一人でぶつぶつ呟きながら思案するが、どこから来たのか一切わからない。

 

「……怪しい。めっっっっちゃ怪しい」

 

 誰かがいたずらで入れたのならいいが──いや良くはないが──なんだか嫌な感じがする。そもそも出所不明のカードがいつの間にか自分のデッキに紛れ込んでいたなどあまりにも不気味な話だ。

 カードイラストをじっと見つめる。そこに描かれていたのは、金色の衣装を纏い、赤い輝きを発しているうさんくさい魔術師。表情を読ませない銀の仮面や、陽気に踊っているようにも見えるポージングからは底のしれない不思議な雰囲気を感じさせる。

 

 ──契約は果たされた──

 ──いつか、 時が来たら代償をいただきに参上する──

 

「……あ」

 

 瞬間、頭の中に声が響く。同時に記憶がフラッシュバックした。

 最近よく見る不思議な夢。どこまでも続くような光の中から手が伸びてくる。その時言葉と一緒に伸びてくる腕は──この魔術師の腕──?

 不気味だ。

 再びイラストに目をやると不思議な感じが強まっていく。まるでイラストの中の金色の大男はこちらを見ているような──そんな不思議な感覚が──

 

「!」

 

 不意に扉の向こうに気配を感じた。目の前のカードに対して気を張っていたからだろうか。遊介は手に持っていたカードをまたデッキに戻すと立ち上がり、扉へ向かった。恐らくは梓実の後輩が訪ねてきたのだろう。足止めも兼ねて少しもてなすか──などと考えながら扉に手をかけ、開く。

 

「あー、梓実はさっきどこかに……って」

 

 扉の先にいたのは無関係の生徒だった。遊介の前を何も言わずに横切っていく。

 

「……」

 

 ドアノブを握ったまま固まる。再び遊介の顔面が真っ赤に色づいていった。

 

「……ん」

 

 と、何かに気づいて廊下の向こうへ歩いていく猫背気味の男子生徒を見やる。

 彼は確か──遊介のクラスメイトだ。一学期の頭にクラスで見かけたきり不登校になってしまって姿を見せなくなっていたが。

 何か心変わりがあったのだろうか──と思っていると不意に視線の先を二人の生徒が塞いだ。

 

「我妻先輩!」

「うわっ」

「兎河先輩どこ行ったか知りません!?」

「え? あ、あー……わかんない。あっちの方に行ったとは思うけど……」

 

 そう言って反射的に先ほど梓実が飛び出していった方向とは反対の方向を指さした。ちょうど、先ほどの男子生徒が歩いて行った方向だ。梓実の後輩たちは慌ただしく遊介に礼を言うと、そのまま廊下の向こうへ走っていこうとする。

 が、その先に何か見つけたのか微妙な表情をすると踵を返して反対方向へ行ってしまった。

 

「あ、ちょっと……って」

 

 何を見つけたのか──と見ると、遊介もその先にいた“彼”を見つけてしまう。

 

「おい、そこの下級生、廊下を走るな!」

「げ、風紀委員長……」

 

 廊下の向こうから新たな男子生徒が歩いてくる。学校指定の制服に赤い風紀委員の腕章を身に着け、ショートカットの下に気難しそうな表情をしている。

 

「や、やぁ……(あきら)……」

「あぁ」

 

 晶と呼ばれた男子生徒はよりにもよってマジック同好会の部室の前で足を止めた。走り去っていく後輩を見て不機嫌そうに息をつくと、遊介に声をかけてくる。

 

「巡回だ。何かトラブルは無かったか?」

「い、いや……特に……何も……」

「そうか。教室点検もしておく。入るぞ」

 

 言うなり晶は遊介の通って無遠慮に教室に入ってきた。教室内を見渡し、貸出機材を確認すると手に持っていたクリップボードに何かを書き込んでいく。

 気まずい──教室には遊介と晶のみ。晶は独特の威圧感を放っており、すっかり遊介は気圧されてしまっていた。居心地の悪さをごまかすため、遠慮がちに晶に言葉を放った。

 

「あ、あぁ……そうだ。そういえばさっき、男子とすれ違わなかった? ほら、ちょっと猫背気味の……」

「ん? あぁ、いたな」

「いやぁほら、彼ウチのクラスのなんだけど、久しぶりに学校来たんだなって……何かあったのかな、はは……って……」

「知らん」

「あ……そう……はい……」

 

 絞り出した話題はにべもなく流されてしまう。

 

「……異常なし。また午後巡回に来る。問題は起こさないようにな」

「……はい……」

 

 すっかり萎縮してしまった遊介は弱々しく返事をすることしかできなかった。

 袖高の恐怖の風紀委員長、(にしき)(あきら)。文武両道、成績優秀で仕事ぶりも真面目な理想の風紀委員長──ではあるのだが、いかんせん普段の言動がこの通りぶっきらぼうで素っ気ない。文化祭の準備などでどういうわけか度々顔を合わせることの多い相手なのだが、遊介にとっては苦手な相手だった。

 

「活動発表は盛況か」

「えっ」

「人は入ってるのかと聞いている」

 

 ふと、晶が遊介に言葉をかける。

 

「あ、あぁ……えと、うん。いい感じ、です」

「そうか」

 

 ぶっきらぼうな返事が返ってくる。それきり晶は窓の外に視線をやり、黙ってしまう。

 

 ──えっ、なにこの間。

 

 晶は窓の外の校庭を見つめている。てっきり次の質問が来るものだと構えていた遊介は困惑する。真意を探るため──というより、沈黙を破るために遊介は勇気をふりしぼり会話を切り出してみる。

 

「いや……なんか意外だね、ウチの活動に興味持ってくれてるの──」

「伏せろ!」

 

 いきなり晶が叫んだ。次の瞬間、その場に組み伏せられる。

 その瞬間。

 校庭から大きな音が響き、教室が激しく揺れた。

 

「うわわわわわ!」

 

 棚から手品道具が転げ落ち、あちこちから弾けるように花束が飛び出し、鳩が窓から飛び立っていく。晶に組み伏せられた遊介は散らばったカードや手品道具を頭から被りながら絶叫した。

 

「なんだ、今のは……?」

「痛たた……」

 

 振動が止むと、晶が立ち上がり窓辺へ走り寄る。それから少し遅れて遊介もそれに続く。

 

「……は?」

 

 巨大な双瞳と目が合う。校庭には巨大なドラゴン型のモンスターが降臨していた。それが窓越しにこちらを覗き込んでいる。

 校庭ではデュエルが行われていた。恐らくこのモンスターはソリッドビジョンが見せる投影映像のはず。だが、その瞳に見入られた遊介はその威圧感に気圧され、体が動かなくなってしまう。

 何かがおかしい。

 何かおかしなことが起こっている。

 さっきの、大きな衝撃は──。

 

「違う、これは……ソリッドビジョンじゃない!」

 

 瞬間、怪物は校舎にタックルを仕掛けた。

 

 ────

 ──

 ─。

 

「……う」

「……う~ん……あ……」

 

 頭が痛い。無意識に頭に手をやるが、そこに赤い何かが付着することはなく、ゆっくりと身を起こした。同時に少しずつ感覚が覚醒していき、耳に遠くから悲鳴と喧騒が届き始める。

 

「いったい、何……が……」

 

 そうして横を見やり、言葉を失う。

 教室の壁が半壊していた。

 窓辺には窓ガラスの破片やコンクリートの瓦礫が散らばっており、遊介はそこから少し離れたところに寝かされていた。

 近くに晶の姿はない。今まで気を失っていたところを見るに、あれから時間が経っているのか?

 

「とにかく……避難しないと……」

 

 ふらふらと立ち上がり、廊下に目をやる。その瞬間、崩れた壁の向こうから凄まじい咆哮が響いた。今度はそちらに目をやると、校庭で先ほどのモンスターともう一体現れた巨大な蛇龍が戦っていた。広大な校庭が狭く感じられる程の巨体が組みつき、のたうっている。その度に衝撃と轟音が響き、校舎を危なっかしく揺らした。

 見れば、校庭のあちこちで実体化したモンスターたちが暴れており、モンスター達を率いる決闘者とそれをなんとか抑え込もうと別の決闘者が決闘(デュエル)を行っていた。廊下からも悲鳴と破壊音が聞こえるあたり、校庭だけでなく校舎全体でそんな状況になっているらしい。

 

「なんだよこれ……なんだよこれ!」

 

 理解が追いつかず、吐き捨てるように叫ぶ。見れば暴れている決闘者達は正気を失っているように見える。実体化したモンスターたちは主人の狂気にあてられたかのようにやたらめったらに暴れまわっていた。それら一体一体が全て実体化しており、あちこちで破壊活動を行っている。

 なぜ、モンスターが実体化している?

 なぜ、彼らはこんなことをしている? 

 なぜ、自分はこんな状況に置かれている──?

 考えても頭が働かない。考えがまとまるまえに形を失い、絡まった糸のように理解不能になる。

 そうこうしていると、ふとどこからか煙を立ち込め始めた。ぎょっとした遊介が足元に目をやると、先ほどの衝撃で床に落とした謎のカードから発生していた。

 

「ふふふ……」

「何……なんだよ、今度はなんだよ!」

 

 煙はもうもうと立ち込め、どこからともなく男の笑い声が響く。それに伴い煙が少しずつ人の形を取り始めた。

 

「ふふふ……はははははは……!」

 

 やがて煙ははっきりと人の形になり、その密度がある一点に達すると、突如金色に煌めき爆発するように雲散する。

 

「はァーーーーーーーーーーーーーーーーーーッはッはッはァ! やぁ戻ったぞユースケ! なにやら大変なことになっているなぁ!」

「誰ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」

 

 そこから現れたのは、あのめっっっっちゃ怪しい金色の大男だった。

 

 

 

 




遊戯王OCG基本パック「INFINITE FORBIDDEN」本日発売!
こっちもがんばってくぞー。

修正情報
2024/4/28
デュエル描写を一部修正しました。
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