めっっっっっちゃ怪しいカードの精霊が契約契約って騒がしい 作:「めっ契」製作委員会
──遊介と鬼原の
繁華街の喧騒から少し離れた山の中腹。街とそれを囲む山々との境に立つように、洋風の大豪邸が建っていた。
広い敷地を贅沢に使った邸宅は日本の地方都市には溶け込まず、遠くから見ると明らかに浮いている。しかし決して成金趣味の下品な構えではなく、貞淑な空気が漂うそれは、そこに住まう者達の品格を無言で語っていた。
「戻りました」
玄関の扉が音をたてて開く。扉を開けて玄関に足を踏み入れたのは晶だった。
ここは錦家の邸宅。袖花屈指の名士である錦家はこの通り街を一望できる場所に大げさな屋敷を構え、常にその威光を示し続けていた。
「おかえりなさいませ」
と、そんな屋敷内に足を踏み入れた晶を一人の男が迎え入れる。高級そうなタキシードに身を包み、恭しく晶を迎えるが、険しい仏頂面は神経質そうな印象を受ける。
「……遅くなったか」
「仰っていた時間を三分過ぎています。時間にはもっと几帳面になられますよう」
表情から機嫌が良くないな、と察した晶が問うと、男は銀の懐中時計を見ながら告げる。その言葉に晶は適当な返事を寄越しながら長い廊下を歩き始めた。
「頼んでいた件はどうなった」
「例のカードについては今だ調査中ですが……一週間前に情報が寄せられていたカードについては進展が」
大きな飾り窓を過ぎる。
「何がわかった」
「所持していたのは市内の高校生。それを無力化したのは同じく高校生だと……」
階段を昇る。その先にはまだ長い廊下が続いていた。
「まさか……」
「はい、我妻君のようです」
廊下を進み、突き当たりの部屋の前で足を止める。
「あいつか」
「この間の件を気になされているのですか」
「その件は解決済みだ。関係ない」
扉を開くと、そこは晶の自室だった。広々とした清潔な部屋に置かれた豪勢なソファに腰を下ろし、テーブルの上に置かれていた報告書に晶は目を通す。
「カードの出所については」
「流石にそれはまだ……」
「わかった、引き続き警察と協力して調査を続けろ。僕の方でも探っておく」
「承知しました。しかし……さしでがましいようですが」
「なんだ」
「この件について、旦那様は既に手を引くよう仰っています。晶様のお気持ちもわかりますが、ここまで熱を上げられることもないのではないでしょうか」
晶が溜息をつく。それを返事と受け取った男はまた頭を下げた。
「……我が家がこの街に対してどれほどの影響力を持っていると思っている」
「は」
「これほどの事態を前に錦の名を持つ者が傍観を決め込むなど許されない。父さんがなんと言おうと必ず事態を収集させろ」
「……承知いたしました」
そこで二人の会話は途切れる。晶は再び報告書に視線を落とし、男は三度頭を下げて部屋を後にした。
***
「おっすー、調子どう?」
一方その頃。袖花市内某病院。
市内唯一の総合病院であるここには、先日の袖花高校での一件で怪我を負った生徒たちが入院していた。その一角、生徒会に所属する生徒の元に梓実が訪れた。
「おかげさまでそろそろ退院だって。学校の方はどう?」
「復旧は進んでるらしいけど、今月はたぶん無理だろうなぁ、しばらく授業もオンラインだと思うよ」
「そっかー……しかし悪いね、何度もお見舞い来てもらっっちゃって」
「あぁいいのいいの。あたしが好きでやってるんだから。あ、これ今日の授業のプリントね」
そう言って梓実は鞄からプリントの束を取り出し、友人に手渡す。その時、病室のテレビがニュースを読み上げ始めた。
「……先日の袖花市での爆発事故に関してですが、警察の調べによりますと、事件の前後で不審者情報が増えているとのことです……」
「不審者情報?」
文化祭の一件は袖花では既に過去になりつつあったが、ローカル局のニュースには変わらず取り上げられ、テレビでこの話題を見ることも珍しくなくなっていた。デュエルモンスターズのカードが実体化したなど信じられないのか、爆発事故と報じられるようにはなっていたが、それより梓実は今しがた届いたニュースのある一点に意識が向いた。
「不審者情報?」
「あれ、知らない? 文化祭の時、学校の近くで不審者情報が出てたんだって」
「何それコワ~……」
「まぁ、とにかく梓実も気を付けてね、この話以外にもなんだか物騒だからさ最近」
「そうだね、気をつけるよ」
それじゃ、と軽く言葉を交わして梓実は病室を後にする。そしてその先、階段近くの談話スペースにいる“連れ”に声をかける。
「終わったよ、お待たせ──」
「よく見ていてくださいね? これを……この通り、しっかり結び合わせます」
声がした。見ると、梓実の視線の先で遊介が少女の前でハンカチを結び合わせて見せていた。
「しっかり結ばれていますね? これに……おまじないをかけると、ほら。一瞬でほどけてしまいました」
スリップノット。二枚のハンカチを結び合わせ、それを一瞬で解いて見せる手品である。それを見た少女は遊介からハンカチを受け取り、不思議そうに交互に見やっていた。
「よっ、一流マジシャン」
「あぁ、梓実」
やがて少女と遊介が別れたのを見計らって梓実が声をかける。それに気づいた遊介はいつものように柔らかく笑う。
「知り合い?」
「いや、長いことこの病院に入院してる子なんだって。少し話をしただけだよ」
「ふーん……」
そういうことは気軽にやってのけるのにな──という言葉を梓実は飲み込み、ソファに座っていた遊介の隣に腰を下ろす。
「そっちはどう?」
「問題なし。このままいけば来週あたりには退院だってさ」
「そっか。それはよかった」
二人はこの日、それぞれの友人の見舞いに訪れていた。何か特別示し合わせたわけではないが、偶然同じ時間にここを訪れたのでせっかくだからと一緒に見舞いに行ったのだった。
「そっちは?」
「全然ぴんぴんしてたよ。もはやただのサボりのレベル」
「はは……あ、そうだ。そういえば遊介、この間の文化祭の件なんだけど……」
「うん?」
ふと、梓実が話を切り出す。話題はもちろん、先ほど聞いた話だった。
「不審者?」
「そう。あの時にもいたんだって……」
「不審者の話は聞くけど……そっか、あの時にもいたのか……」
「……遊介?」
「え? あ、あぁ、なんでもないよ」
少し考えこむような表情をした遊介の顔を梓実が覗き込む。
「そういえば、梓実はこの後どうするの?」
「テスト近いし、塾で自習かな……七時くらいまで」
「そっか。それならそろそろ出よう」
不審者の話には心当たりがあった。だが梓実に話すようなことではない。遊介は少々強引に話を変え、立ち上がった。
梓実もそれ以上追及することはなく、そうだねと軽く返して続いた。廊下を進み、階段を降り、出口へ向かう。特に何があったというわけでもなく、そのまま二人は別れた。
「……梓実!」
不意に遊介が梓実を呼び止める。
「?」
「あ……その、気を付けてね、最近どうも物騒みたい……だから」
「うん。遊介もね」
そう言って手を振り、今度こそ梓実は歩いて行ってしまった。
──まぁ、公園で正気を失った
「ユースケ」
「うわでた」
隣にいきなり幻惑の魔術師が現れた。
「さっきの兎河嬢の言葉……聞いたか」
「不審者の話?」
「うむ。この間の番長が言っていただろう。“よくわかんねぇやつからよくわかんねぇカードを押し付けられた”と。おそらくはその不審者のことだろう」
「……」
遊介は黙り込む。否定しなかったのは、彼自身もそう思っていたからだった。
「文化祭にもそれがいた……とあれば。やはり一連の事件は何者かの手によって引き起こされていると見ていいだろう」
「それをどうにかしろって言いたいの?」
少しうんざりしたように言うと、傍のベンチに腰かけた。
「そうだ」
それを見た幻惑の魔術師は当然のように遊介の隣に腰を下ろし、話を続ける。
「君は晶君と番長、二人の
「でもなんでそれを俺がやらなきゃいけないの……」
「ま~だそんなこと言っているのかね君は! 気づいた者がやる! 学校でもそう教わるだろう!」
「そういう次元の話じゃなくないこれ?」
***
数時間後──
「と……結構遅くなっちゃったな……」
袖花市中央。繁華街で梓実が空を見上げながら呟いた。腕時計に目を落とすと既に二十時前。さっさと帰ろう──と自転車に跨り走り出す。
商店街を抜け、大通りを横切り、海沿いの道に出た。梓実の通う塾は繁華街の中にあるが、彼女の自宅は街の外れにある。帰宅するにはどうしても人通りの少ない地域を通らなければならない。道自体は何度も通った慣れた場所であるが、夜にこのあたりを通ることには僅かな忌避感を覚える。というのも、梓実の脳裏には数時間前に聞いた不審者の話がよぎっていたからだった。
あの時──久しぶりにカードを握った遊介によってその場は収められ、市外の人々には爆発事故として受け入れられたようだが、明らかな超常現象が起こっていた。あれが誰かによって引き起こされたものなのだとしたら──と、薄気味の悪いものを感じていた。
「夜にここ通るのは怖いな……早く帰ろ」
不意に胸騒ぎを覚えた梓実は身を乗り出し、ペダルを漕ぐ脚に力を込めて加速していく。
視界のすみにちらほらと人が映る。路地で楽器を演奏しているストリートミュージシャン、ぼんやり海を眺めている者、仕事帰りと思しき作業着を着た男──
「……ん?」
その時、梓実の視界の先に妙なものが映りこんだ。
決闘盤を持った若い男──と、それと話し込んでいるフード。オーバーサイズのパーカーを着て、フードですっぽり頭を隠しているので男か女かすらわからない。
とにかく、そんな二人がまるで人目を避けるかのように話し込んでいる。それを見たとき、不意に不穏なものを感じ取る。
元よりこのあたりは人通りが少ないだけあって、時々怪しい者が現れる場所ではある。単にそういう姿をしているだけだろう、と梓実は自身に言い聞かせ、自転車のハンドルを切る。
どちらにせよ関わらないに越したことはない。そう思い梓実は道を変えたのだが──
「契約成立」
夜風に乗って、そんな一言が梓実の耳に届く。
何故だか、その言葉を聞いた瞬間体が勝手に動いた。好奇心か──それとも何か奇妙な力が言葉に宿っていたのか──なんにせよ、梓実はその言葉に引っ張られるように自転車を止め、振り返った。振り返ってしまった。
「……!」
あのカードだ。
文化祭の一件で、晶が手に取ったあのカード。見た目は普通のカードと何も変わらないが、何か嫌な感じがするあのカード。間違いない。フードが男に手渡しているカードは、あのカードだ!
「あいつが……!」
どうする。例の不審者が目の前にいる。すぐに視線を戻し、考えた。
警察に通報するべきか。何と説明する?
遊介──そうだ遊介ならどうする? 何と言う?
梓実は混乱しきった頭で、スマートフォンを取り出した。とにかく、誰かにこのことを伝えなければ。画面に指を走らせ、遊介に電話をかけ──
「おい」
背後から声。
振り返ると同時に、腕を掴まれた。
「な、何……」
「さっき、見てたよな。俺たちのこと」
そこには、カードを受け取った男が立っていた。
***
「……」
一方その頃。遊介は自室で机の上に手品道具を並べていた。一つ一つ丁寧に手入れをし、仕掛けの試運転をする。それが終われば、新しく用意した道具を引っ張り出し、一人で手品の練習を始める。
「ほう、見事なものだな」
「……」
背後から声が飛ぶ。遊介はその言葉に返事をよこさない。
「私が初めて君の手品を見たときよりずいぶん上達したようだ。嬉しいぞ遊介……こんなに成長して……」
「存在しない記憶で勝手に感動するのやめてくれない?」
うんざりしたように言うと道具をたたみ、背後の幻惑の魔術師に向き合う。
「……本当にさ、俺は君のこと知らないんだって。なんだかちょっと気の毒になってきたけど、君の思い出には付き合えないし、契約の代償だって渡せないよ」
「構わんさ、ゆっくり思い出してくれればいい」
「噛み合わないな……」
「時にユースケ、先ほどから思っていたのだが」
「何?」
「少々集中を欠いているようだな。時折時計を気にしているように見えるぞ」
「え? あー……」
驚いたような顔をする。どうやら無意識だったらしい。
「時間を気にするようなことがあったか? いや……ふむ、兎河嬢のことだな?」
「え?」
「彼女は十九時頃まで塾で勉強すると言っていた。そろそろ帰路に着くころだろう。しかし君は数時間前に不審者の話を聞いたばかり。彼女の身に何かあったら──と無意識に不安に思う心が君の集中を欠いた。どうだね?」
「そんなわけないだろ」
「どうだろうなァ……ユースケ、前々から思っていたのだが君は少々兎河嬢に対して過保護ではないかね」
「過保護って」
「いや、過保護というのは正しい表現ではないな。だが君は彼女が絡むと少々冷静さを欠くように見えるぞ。さては君……」
「違うって、そういうのじゃ……ないよ」
幻惑の魔術師の言葉を遮り、そのまま遊介は視線を切る。その姿を見た幻惑の魔術師は大げさに肩をすくめてみせた。
と、その時。突然遊介のスマートフォンが着信音を奏で始めた。
「……電話?」
「噂をすればじゃないか」
見ると、発信先は梓実だった。愉快そうに言う幻惑の魔術師をひと睨みすると、画面を触り端末を耳に当てる。
「もしもし、梓実? ……もしもーし……」
しかし電話の向こうから返事は帰って来ない。風の音のような、ぼそぼそした音が聞こえるのみである。
遊介が怪訝な顔をしていると、そのまま電話は切れた。
「……何?」
「何の電話だったのだね」
「いや、何も……切れちゃった。かけなおしてくるかな」
しかし、それきり電話は再びかかってくることはない。
「……」
「ユースケ、兎河嬢の家はどのあたりにあるのだね」
「ここからちょっと離れた……街のはずれのほうだけど」
「彼女はあの後塾に向かっている。そこから彼女の自宅に帰るとして……人通りの少ない道を通ることは」
「ある……けど……」
そこまで答えたあたりで、遊介の顔色が悪くなっていく。
日は沈んだ時間、人通りの少ない場所を避けられない帰路、そして少し前に聞いた不審者情報──
「まずいぞユースケ……彼女が危ない!」
***
「離して!」
梓実が男の腕を振り払おうとする。しかし男はにやにやと笑うだけでその手を離そうとしない。
「俺たちを見てどこに電話かけてたんだ~? 怪しいモンじゃねぇって、信用ねぇなぁ」
男は見たところ梓実に年は近そうだが、年上に見える。梓実自身、十代後半の少女としては長身な方ではあるが、そんな梓実よりさらに背が高い。
ふざけたような態度を取る男を梓実は睨みつけるが、もしこのまま乱暴でもされたらたまったものではない。
なんとかしなければ──なんとか、この場を切り抜けなければ──と、必死に思考を巡らせる。その時、梓実の視界に男のもう片方の手に握られたカードが映る。
「……ねぇ」
「ん?」
「
梓実が鋭く言う。その言葉に男は怪訝な顔をする。
「いいもの貰ったみたいじゃん。カードを持ってるってことは、あなたも
ハッタリをきかせ、不敵に笑いながら言う。男が乗ってくるかどうかはわからないし、そもそもこいつは
その結果は──、
「……はッ」
男が口元を歪める。
「はッ、はははッ! い~いだろ! 受けてやってやるよォ!」
男はそう言うと梓実の手を払い、愉快そうに笑いだす。
「なんだよお嬢ちゃん決闘者か! いやァ悪い悪い! そんなら
「……」
男に離された手をさすりながら、梓実は鞄から決闘盤を取り出す。
「俺さ、今すげぇ機嫌がいいんだよな。だから人を疑ってかかったことはゆるしてやるよ」
「……そう。それは……ごめんなさい」
「昼間に大負けしちまって機嫌最悪だったんだけど、ついさっきいいもん貰ったんだ!」
そう言って男は左手に持ったカードを見せつける。
それは間違いなく、例のカードだった。特に霊感などがあるわけではないが、それでも何かそのカードを視界に入れていると嫌な気持ちになってくる。カードを見せびらかしてくる男の瞳には狂気が宿っており、あの時の晶と同じ目をしている。明らかに正気ではない。
「約束は守ってよ」
「もちろん。俺の名前は
「兎河梓実」
「よォし! じゃあ梓実ちゃん、いい決闘にしようや!」
国定は酒に酔ったかのように、楽しそうに
「
人通りの少ない通り、その夜空の下に二人の宣戦布告が響く。
「俺の先攻!」
梓実は山札から引いた手札五枚に目を落とす。
──問題ない、戦える手札だ──
自分の手札は問題ない。次は、相手の出方。
どう動く。
そもそもどんなデッキだ。
フードから貰ったカードは、どんなカードだ──
「俺は手札から──」
国定が手札に指をかける。
「『天盃龍 パイドラ』を召喚!」
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