めっっっっっちゃ怪しいカードの精霊が契約契約って騒がしい 作:「めっ契」製作委員会
今から三千年前。
アフリカ大陸北西、ナイル川流域。
エジプトと呼ばれる地でのできごと。
「進め!」
平原に雄叫びが轟く。槍を携えた者、盾を持つ者、馬上にある者が一様に叫び、敵に向かって突撃していく。地平線の向こうから、同じように一団が走り込み、両者は激しい殺意をぶつけ合った。
物理的に集団が激突する。先陣を切った者達が刃に切り裂かれ、槍に貫かれ、馬に轢き潰された。しかしそれでも止まらない。互いに決して引かず、自分たちが全滅するよりも先に敵を殲滅すれば言いと言わんばかりの捨て身の攻撃が繰り出される。
「引くな! 王都を守れ!」
次第に、エジプト側の戦力が押され始める。装備は敵より優れているように見えるが、数と練度の点で劣っているのだろうか。
「このままでは……!」
「えぇい引くな! 勝機は必ず来る! それまでの時間を稼ぐのだ!」
指揮官と思しき男がそう叫ぶと、兵士たちは雄叫びを上げ、再び攻撃を繰り出す。少しずつ前線は後退しつつも、まるで兵士たちは何かの為に時間を稼ぐかのように踏みとどまっていた。
そして、その時は来る。
不意に太陽が雲に隠れ、周囲が暗くなる。エジプトの兵士たちはこれから何が起こるのか理解しているのか、一切の動揺を見せずむしろ士気が上がっているように見える。そんな異様な光景に敵兵たちは違和感を感じ、身構えた。
「!」
雷光が走り、王宮に落ちる。しかし王宮はどこも破損することなく、堂々たる佇まいを保っていた。代わりに──
「来た!」
敵兵たちが気づく。雲の向こうに何かがいる。
巨人か、怪物か、神か。どのような姿形、大きさなのかはわからないが、はっきりとその向こうに、何か偉大で大いなる存在が降臨したということだけはわかった。
その姿にエジプトの兵は歓声を上げる。一方の敵兵は、困惑する者、何が現れたのかを理解して膝をつく者、恐怖の叫びを上げて逃げ出す者などが現れ、総崩れに陥ってしまっていた。
「■■■■■■■■■■!」
どこからか叫びが響く。それに合わせ、雲の向こうの力が強まった。
何かが、来る。緊張感、気配、威圧感。そういったものが爆発的に増していき、臨界点を越える。
「……」
一人の兵士がそれを見る。その視界の先で、雲のヴェールの向こうで、その力が最大まで高まり──そこから、敵兵に向かって眩い光が放たれた。
──
────
──────。
「……というのが、昔々のお話」
「それから……その国はどうなったの?」
「さぁ……? 私が聞いているのはそこまでだ」
病室の一角。カーテンに遮られ、淡い光しか届かない個室で、ベッドから上半身を起こした少女が問う。
問われた相手は窓の側に置かれた丸椅子に腰掛け、深く被ったフードの奥から、少女に視線をやる。
「……そう」
「面白くなかったかな」
「わかんない」
そう言うと、少女は再びベッドに転がる。
「私……外のことよく知らないから。外国の話なんて、言われても……」
少女は幼い顔に、年不相応な物憂げな表情を浮かべる。ふと、そんな少女の眼前にフードが移動する。
「では、見に行かないか。外の世界を」
「できないよ。私、病気だから」
「いいやできるさ」
そう言ってフードは一枚のカードを取り出す。そしてそれを少女の手の甲に乗せた。
「海を見に行こう」
***
国定の一件から一夜が明けた。あの後遊介は驚くほどあっさり解放され──というより事情聴取すらされず──日常に戻った。文化祭での一件から一週間が経ち、学校の方も色々と整理がついたようで、本日から校舎での授業が再開していた。
「……」
そんな教室の一角で、昨夜例の倉庫で拾った鍵を見つめる。本来なら警察に届け出るべきだが、事情聴取らしいものも受けず、名前だけ聞かれて半ば現場から追い出されるように家に帰らされたので、それは今だに遊介の手の中にあった。
「結局持ち帰ってしまったな」
そんな遊介の背後から幻惑の魔術師が現れる。
「うん」
「それを君はどうするね」
「どうするって……警察に届けるしかないでしょ。今日の放課後にでも行くよ」
「そうか」
「……次はあると思う?」
「あるだろうな。鬼原、国定の件であのカード……もう便宜上呪いのカードとでも呼んでしまうか。とにかくあれを意図的に配っている者がいるとわかった以上、そいつを叩かなければいくらでも続いてくるだろう」
「だよねー……」
鍵をぐっと握り込み、思案する。
とは言っても、ただの高校生である遊介にできることなどたかが知れている。どうにか──どうにか、事件解決のために力を借りれる者はいないか──、
「おい」
不意に声をかけられる。顔を上げると、そこには晶がいた。
「何を一人でぶつぶつ言っている」
「えっ、あ、あぁ……いや、なんでもないよ」
周囲には幻惑の魔術師の姿は見えないし声も聞こえない。遊介はさきほどの真剣な表情はどこへやら、焦ったような顔でごまかした。
「っていうかなんでウチのクラスにいるの。君の教室隣だろ」
「お前に用があってな」
「俺に?」
「そうだ、昨晩の件で話がある。放課後、時間を作っておけ」
「昨晩の……?」
当然、国定の件だ。そこまで理解し、ふと遊介は気づく。
そうだ、晶がいた。
市内有数の名士であり、警察にパイプを持つ晶なら、少々いけすかない相手だが協力者としては申し分ないはずだ。
「……わかった、ちょうど俺も話がしたかったし」
そう言って遊介は手に握っていた鍵を晶にそっと見せる。
「……これは?」
「ゆうべ、あそこで拾ったんだ。今日の放課後警察に持っていく。それからでいい?」
不意に晶の目の色が変わる。そして、遊介の手を握り込ませた。
「えっ何」
「先にこっちに持ってこい。警察には持っていくな」
「なんで?」
「理由はその時話す。とにかく今はあまりこれを人目につけるな。いいな」
それだけ言って晶は足早に教室を出ていく。遊介は、それをただ見ているだけだった。
***
「ここが……」
放課後。遊介は晶に招かれ、袖花市北部の錦邸を訪れていた。遠巻きに見ることはあっても実際に訪れることはなかっただけに、目の前の光景はとても同級生の自宅とは思えなかった。遊園地やテーマパークに足を踏み入れたかのようだ。
広すぎる庭を通り、玄関の扉を叩く。ややあって、扉がゆっくりと開いた。
「お待ちしておりました」
扉が開くと、そこには気難しそうな顔をした若い男が立っていた。タキシードに身を包んでいることもあるだろうが、すらりと伸びた長身から見下ろされているように感じ、意識しなくても緊張してしまう。
「ど、どうも……」
「晶様はこちらでお待ちです。どうぞ」
執事と思しき男は丁寧な所作で廊下の奥にあった部屋の前まで遊介を連れていく。そして、扉をノックして返事を聞くと、過ぎるほどに丁寧に扉を開き、遊介を中へ招き入れた。
「来たか。そこにかけろ」
中は豪勢な応接室になっており、晶はその中央に置かれたテーブルに書類が置かれている。その前で晶は難しい顔をしながらソファに腰かけていた。友人の自宅へ訪れただけだというのに、厳粛な雰囲気に背筋が伸びる。
晶は執事を退出させると、遊介を向かいに座らせ、いきなり話題を切り出した。
「さて、昨晩の件だ。海沿いの倉庫街でまたカード絡みの事件があったことと、現場にはお前達がいたことまでは把握している。何があったか詳細に聞いておきたい」
「……警察からはどこまで聞いてる?」
遊介が質問で切り返した。警察の捜査資料を所持していた程の男だ。詳細な話を聞いていないはずはない。むしろ、ことによっては自分より詳しい可能性だってある。
──が。
「今言ったこと以外は何も。そもそも最近はあてにならなくなってきた」
何でもないように晶が言う。どういうことだ? と言わんばかりの表情を遊介がしていると、情報の不足を理解したのかさらに言葉を続ける。
「文化祭の一件の頃と比べると明らかに捜査にやる気がない。先日新聞記事にもなっていたが、件の不審者についてもろくに調べずにあそこにはいなかったと結論づける有様だ」
「そんな! あそこには──!」
「いたんだな?」
晶が視線を上げ、鋭く言う。まるで射すくめるような視線に、遊介は責められているわけでもないのに緊張する。
「……あそこには、確かに変なのがいた。梓実が
「特徴は」
「わかんない……ぶかぶかのパーカーを着て、フードを被ってたってことくらいで……」
「やはりな」
晶が息をつく。
「どうにもおかしい。そもそも不審者の存在に初めに辿り着いたのは警察だった。それがこうも消極的になるとは……」
「……誰かが裏で何かをしている?」
「陰謀論か?」
「そういうことを言いたいんじゃないけど……でも、そう考えちゃうよ」
「まぁ、そうだな」
「……何か手がかりは掴んでないの」
「今朝方掴んだ」
そう言って晶は遊介の鞄を指さす。
「この鍵……何かわかるの」
「見覚えがある。少し見せろ」
そう言われた遊介が鍵を取り出し晶に見せると、それをしげしげと晶は見つめる。裏返し、刻印を読み、記憶を漁るように眉間に指をあてる。
「……やはり……」
「……」
不意に晶が顔を上げる。
「この後、時間はあるか」
「え……? いや、あるけど……」
「この鍵は、ウチで数年前まで使われていた倉庫の鍵だ」
「え?」
「ここにウチの会社の刻印がある。このロゴは数年前にデザイン変更がされる前のものだ。どのあたりの倉庫かは概ね見当がつく。これが奴の持っていたものだとすれば、そこに何か──」
と、その時晶が素早く鍵をポケットにしまいこんだ。遊介が不審な顔をすると、扉が開いた音がする。
「お茶をお持ちしました」
女性の声。遊介が振り返ると、そこにはクラシカルなメイド服を身に纏った女が盆に乗せたティーカップを運んできていた。
「そこに置いておいてくれ」
「承知しました」
女は黒髪のショートカットの下からちらと遊介を見やり、その前にカップを置く。一瞬、その視線から何か品定めされるかのようなものを感じ、遊介の身体が緊張する。
「……?」
と、同時に、何か妙なものを感じる。二人の視線がぶつかった一瞬、何か妙な緊張感のようなものが二人の間に走った。
何だ──この人は──
何か、言葉が口をついて出そうになる。何か──何かこの人には、ひっかかるものがある。
「乾」
「は」
と、二人の緊張は晶の言葉で切れる。乾と呼ばれたメイドは視線を晶に移し、向かい合った。
「またティーバッグで淹れたな。僕は茶葉を指定しているはずだが」
「申し訳ありません、間違えました」
「週に一回は間違えないと気が済まないのか」
そう言われてバツの悪そうな顔をしている乾の様子を見て、今しがた感じた感覚はなんだったのか──と、遊介は気の抜けた顔をした。
***
「ここだな」
それから一時間後。遊介と晶はまたあの倉庫街に戻ってきていた。梓実と国定が
「うわ汚ったない」
「もう年単位で使われていない場所だからな……開いたぞ」
汚れや錆びまみれの劣化した南京錠は鍵が刺さると思っていたよりあっさり回った。二人が引き戸を引くと、扉は重厚な音を立てて開いた。
「見た目の割に錠も扉もあっさり開いたな……やはり最近まで誰かが使っていたのか」
「やっぱり誰もいない……流石に逃げられちゃったかな」
「相手は鍵を落とすような間抜けだ。何かしらの痕跡は残っている可能性が高い。探すぞ」
そう言って二人は倉庫をくまなく探しはじめる。
既に使われなくなった倉庫というだけあり、何か動くたびにそこかしこに埃が舞う。それを吸い込み、激しくせき込んだことでさらに埃が舞った。
「うるさいぞ」
「……マスク持ってくるんだった」
「誰かやってこないとも限らない。手短に済ませるぞ」
そのまま二人は倉庫の中を物色し始める。可能性としては低いだろうが、きっと何か手がかりが残っているはずだ。
「……」
何か、何かないのか。無造作に置かれた荷物をどかし、中を検め、怪しいものが無いか探す。
「……」
と、そんな遊介の姿を幻惑の魔術師は傍を漂いながら見つめる。いつものやかましい態度とは打って変わって神妙な様子だ。
「……何」
「いやなに……随分この件に関して前向きになってくれたのだなと思ってな。どういう風の吹き回しだね」
「別に……俺が思っていたより厄介な事件みたいだし。解決してくれないと、たぶんずっと繰り返す」
幻惑の魔術師はそう言いながらも、遊介の視線が動いたのを見逃さなかった。無意識に動いたその視線──昨晩梓実
「そうか。わかってくれて嬉しいぞ」
「こんなことになったなら最後までやるよ。まぁ絶対人違いだと思うけど」
「なぁユースケ」
「何」
「あそこ、怪しくないか」
そう言って幻惑の魔術師が指さす先には、埃を被っていないアタッシュケースが積み上げられていた。
***
「……怪しいな」
晶を呼び寄せ、ケースの前に立つ。これだけ埃っぽい倉庫の中にあって、まるで埃を被っていない。最近ここに運び込まれたか、頻繁に中身を出し入れしているかのどちらかだ。
持ち上げようとすると重たく、取っ手を介して重量が伝わってくる。間違いなく何かが入っている。遊介と晶は顔を見合わせた。
「当たりだったかもしれないな」
「……開けるよ」
手をかける。そろそろと開くと、その中には──
「これは……っ!?」
その中に入っているものを理解する。いや、理解したくなったが理解してしまったと言うべきかもしれない。
一度その瘴気にあてられている晶なら。
二度もそれらと戦っている遊介なら。
わかってしまう。
周囲とは違い、埃を被っていないそのアタッシュケース──その中には、不審者が配ってまわっていた、あの呪いのカードが規則正しく詰め込まれていた。
「……!」
二人は言葉を失う。
「どういうことだ」
露骨に口調からいつもの冷静さがうしなわれた晶が次のケースを乱暴に開く。そこにも同じようにカードが詰め込まれている。
見た目はただデュエルモンスターズのカードが詰め込まれているだけだ。しかし、そこから放たれる異様な雰囲気を感じ取れる二人にとってはそれがとんでもないものだということがわかる。
「……この倉庫って、君の家のものなんだよね」
「ウチが関わってると?」
「流石に決めつけるつもりはないよ。でも、ここを使えたってことは」
「ウチに近づける人間の犯行か……」
晶が思案するように息をつく。ややあって、いきなりアタッシュケースを一つ持ち上げた。
「とにかく、これは持ち帰って調査する。一つ持っていくぞ。お前はどうする」
「……もうちょっとだけ探してみる」
「そうか」
そう言って晶はそのまま出口へ足を向けた。
「……協力感謝する」
最後にそれだけ言うと、既に暗み始めている空の下へ消えていった。
「……」
「行かせてよかったのか」
不意に、幻惑の魔術師が現れる。行かせてよかったのかというのはもちろん晶のことだ。
「たぶん……彼のことは信用してもいいんじゃないかな」
「思っていたよりはっきり手がかりが出たな。もし彼の家が噛んでいるのなら厄介だぞ。ここの名士なのだろう? あそこは」
幻惑の魔術師が言うこともまた道理だ。袖花市は実質的な企業城下町だ。市内で錦家が持つ権力は見えにくいがかなりのもの。警察が捜査にやる気を見せないのも、裏に錦家がいると考えれば説明がついてしまう。
「でも、だからこそ晶は信用できると思う」
「もし彼が敵ならここまでしないと言いたいのか?」
遊介が頷く。そして近くの柱に背を預け、思案を始めた。
晶は味方と考えていい。というより、彼が味方でいてくれないと頼れる相手がいないのでどのみち手詰まりだ。敵だったら、という想定はするだけ無駄。彼が持ち帰った手がかりから彼が何を見出すかだが、その間に自分がやっておけることは──
「──」
顔を上げる。
視界の隅に、人影が映った。
「ユースケ!」
「ッ!」
とっさに鞄に手をかける。その中にある
「え」
そこに立っている人間を認め、遊介の口から息が漏れた。
「海──」
一人の少が立っている。
色素の薄い肌に、純白の長い髪。さらにどこか遠くを見つめるような瞳には、宇宙が広がっている。
「なんで……君が……」
「ユースケ、彼女の手を見ろ!」
少女の手には、カードが握られている。間違いない。
──次だ。
そんなことはわかっている。むしろこの状況で次がけしかけられないはずがないと思っていた。覚悟はしていた。
遊介の呼吸が荒くなる。
──巻き込んでしまった。また、巻き込んでしまった。
「どうしたユースケ!?」
「あの子は……あの子は……」
──よく見ていてくださいね? これを……この通り、しっかり結び合わせます──
昨日、病院へ向かった際に遊介が手品を披露してやった、あの少女だった。
お待たせしました。一週間ほどお休みをいただきましたすみません……。
ぼちぼち話を動かし始めていくよー。