(ジュリア視点)
私がシーラ様に出会ったのは運命なんて大層な言葉じゃない。
ただの偶然だし、神様とかが決めた事じゃなくて、シーラ様が私を見つけてくれただけの事だ。
そう。この世界に神様は居ないのだ。
居るのは私を助けてくれたシーラ様と、私と同じ様にシーラ様に救われた人たち。
後はそれ以外の人たちだ。
「ジュリアちゃん。そろそろ離してくれませんか?」
「え~? もう少しだけ。だめぇ~?」
甘える様にシーラ様の小さな胸に顔を押し付けた。
それだけで甘い匂いが顔いっぱいに広がって、思わず笑顔になってしまう。
そしてそんな私をシーラ様はしょうがないですねぇ。なんて言いながら許してくれるのだ。
後頭部に感じるのはシーラ様の小さな手が私を撫でる感触で、私は嬉しくて思わず強くシーラ様を抱きしめてしまった。
「あいたっ! いたっ! 痛いですよ! ジュリアちゃん」
シーラ様の焦った様な声に、私はハッと自分を取り戻して、力を抜いた。
「ふぃー。助かりました」
「シーラ様! ごめんなさい! ジュリア……悪い子だよね」
私はいつかの時、シーラ様が私の上に乗っかっていた人を冷たい目で睨みつけていた事を思い出し、嫌われてしまうと震えながらシーラ様に謝った。
しかし、シーラ様はそんな私に怒る事なく、大丈夫ですよと頭を撫でてくれるのだった。
いつも変わらない笑顔で。
「良かったぁ」
「よしよし」
「えへへ」
私はシーラ様と二人でいる時間が好きだ。
他の人たちは他の子よりも大きな私の事を大人みたいに扱うけど、シーラ様は他の子と同じ様に扱ってくれる。
子供として、甘やかしてくれる。
それがただ嬉しかった。
しかし、そんな至福の時間も、孤児院に来客が来た事で終わってしまった。
ちょうど、他のみんなや植物採取で疲れており、来客の対応が出来なかったのだ。
だから仕方なく私が出る。
「シーラ様。ジュリア、行ってくるから、待ってて?」
「え? いや、私が出ますよ」
「いーの! これはジュリアのお仕事だから!」
「そうですか?」
「うん。だからね。帰ってきたら、いーこ、いーこして?」
「えぇ。それくらいはいくらでも」
シーラ様にご褒美を貰う約束をして、私は玄関へと向かった。
大きな扉を少し開き、客人の姿を確認する。
どこの誰だろうかと思っていたら、少し前のシーラ様が助けた冒険者の人だった。
「あぁ、ジュリアちゃんか」
「うん。オジサン、無事に帰れたんですねぇ」
「まぁね。シーラ様に助けられた以上、何がなんでも無事に帰るさ」
「そうですかぁ」
私はオジサンの言葉に安心しながら息を吐いた。
そう。オジサンは……いやオジサンだけじゃないけど、冒険者の人たちはよくシーラ様に助けられているのだ。
森で魔物に襲われてどうしようもない人を見つけると、シーラ様はこっそりと魔法で助けて、その報酬なのか、魔物の体を持って帰っていく。
勿論命のお礼が魔物だけで良いと思う人なんてこの町には居なくって、助けられた人はこっそり人助けをしているシーラ様の気持ちを考えて、こっそりとお返しにくるのだ。
シーラ様が大切にしている孤児院の子供たちに。
「今日は冒険者組合で、甘いお菓子を貰ってね。是非みんなで食べてくれ」
「うん。ありがとーございます!」
「いやいや。じゃあシーラ様にもよろしく伝えてくれ」
「うん。じゃあ、お気をつけてー!」
「あぁ」
お菓子を渡すだけ渡して去っていく冒険者さんに手を振りながら、私は貰ったお菓子の中から一つを食べてみた。
確かに言っていた通り、甘いお菓子だ。
とても美味しい。
思わず私はもう一個袋から取り出して食べようとしたのだけれど、その行動に待ったを掛ける人が現れた。
そう。孤児院に来てからの親友。エミリーちゃんだ。
「ジュリア! 何持ってるの?」
「え? あ、これは、その。えと。甘いお菓子」
「へぇ。誰かの贈り物?」
「えと、いや、拾い物?」
「何で疑問形なのよ。どうせ貰い物でしょ。それで? 何処の誰?」
「……」
「言わないつもり? ふぅーん。そっか。そっかぁ。ジュリアは悪い子になっちゃったんだね。これはシーラ様にも伝えないとなぁ」
「ち、違うの! シーラ様にはちゃんと言うつもりだったよ!? でも、その……美味しかったから、二人で分ければ良いかなぁって」
「もー! ジュリア! 駄目でしょ!? 他の子だって美味しいお菓子は食べたいんだから独り占めしたら。シーラ様だって幸せはみんなで分かち合いましょうってよく言ってるじゃない」
「それは、そうだけど」
「まったくしょうがない子なんだから。ほら、黙っててあげるから、すぐにシーラ様の所へ持って行こう? それでみんなで分ける。良い?」
「……うん」
「はいはい。いじけないの。どうせ今日助けた冒険者さんから貰ったんでしょ? なら、一番頑張ったジュリアが多く貰えるから。ね?」
「……うん」
「まったく。しょうがない子だなぁ。ジュリアは」
ケラケラと笑うエミリーちゃんに甘えた後、私は甘いお菓子を大人しく献上した。
そして、みんなで食べながら、シーラ様と二人だけの味にしたかったなぁ。と少し思うのだった。
でも、きっとその願いを叶えると、悪い子になっちゃうから、シーラ様に嫌われてしまうし。難しい問題なのであった。
夜になり、嫌な夢を見てしまった私は、何となく孤児院の屋根に上って、星空を眺めていた。
星空を見ていると、あの時の事を思い出す。
シーラ様と出会った時の事を。
目を閉じればいつでも思い出す事が出来るけれど、こうしてあの時と同じ様に寝ころびながら星空を見ていると特別鮮明に思い出すことが出来た。
母親だった人の金切り声と、父親だった人のうめき声。そして、私を買おうとした人の苦しむ声。
そして……私を汚そうとした人を打ち抜いたシーラ様を。
「誰かと思ったら、ジュリアちゃんですか。いけない子ですね。こんな夜遅くに屋根の上で遊んでいるなんて」
「シーラ様?」
「はい。見た目は子供、頭脳は大人! して、その実態は……! ただのエルフ! シーラですよ」
「クスクス。面白い冗談だね」
「えぇ!? 冗談を言った覚えは無いのですが!? もしかして同じ子供だと思われてますか!? 私はこんな見た目ですが、ちゃんと立派な大人ですからね!?」
「うん。分かってるよー」
「そうですか? それなら良かったです」
シーラ様は安心した様に笑うと、私の横に寝ころんで、私と同じ様に空を見上げた。
私もシーラ様の声が聞こえてから起こしていた上半身を再び横にする。
しかし、空を見るつもりにはなれなくて、横に居るシーラ様を見てしまうのだった。
「……」
「シーラ様は、私と初めて会った時の事、覚えてる?」
「えぇ。当然じゃないですか」
「そう、なんだ」
「忘れませんよ。ジュリアちゃんが私の子供になった大事な日ですからね」
「そっか」
「だから、そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。ジュリアちゃん。私はジュリアちゃんの名前を忘れたりはしませんし。ジュリアちゃんの事を捨てたりもしません」
「……」
「だから、たまにはさっきみたいに、仮面を被ってないジュリアちゃんとお話したいですね」
「えっ、あっ、私……! あ、ちが。そのジュリアは、ジュリアだから、そのね?」
「大丈夫。怖がらなくても、私はジュリアちゃんに酷いことはしません。無理して子供らしくあろうとしなくても、いつまでだって、ジュリアちゃんは私の可愛い子供ですよ」
あぁ、駄目だ。
あの時と同じだ。
笑って、手を握って、優しい言葉をくれて、私が私らしくいれば良いと言ってくれる。
本当にシーラ様の子供として生まれる事が出来たのなら、どれだけ幸せだっただろうか。
なんて、意味のない考えを私は振り払って、シーラ様の子供として、シーラ様に抱き着いて甘えるのだった。