(ジェイク視点)
ある日、面白い話を聞いた。
かのエルフ。シーラ様が村々を移動しては、畑に豊穣の魔法を使っているという話だ。
しかも「これは奇跡ではないし。私が何かをやった訳でもない。しかし何度も起こす事は出来ない」と言っていたそうだ。
まぁ言っている事に色々と矛盾があるが……。これはどういう事だろうな。
「うーん。それは誰かがシーラ様に入れ知恵をしたのではないでしょうか?」
「入れ知恵?」
「はい。土地を生き返らせたのがシーラ様の魔法というのはまず間違いないです。そして、それを隠したいのはおそらく、シーラ様の意思でしょう」
「前半の部分ですね」
「そうです。そして後半の何度も奇跡が起こると思うなというのが、シーラ様に入れ知恵をした人物の言葉でしょう。頼まれれば、願われれば、シーラ様は何度だって奇跡を起こすでしょうからね」
「つまりそれを抑制したい奴が居たと」
「はい。ただ、そう悪い人間ではない様に思えます。悪人であるならば、何かしらの要求をしたでしょうし。土地を生き返らせるなんて金にならない事はしないでしょう。やるならもっと別の事をしますよ」
「それもそうだな」
俺はふむ。と頷きながら報告書を机の上に置く。
そして、最近めきめきと力を付けているオリヴァーを見据えた。
ウィルベン王国に来た時はまだまだ幼い子供であったというのに、たった数年の間に見違える程に成長したオリヴァーは、既にウィルベン王国どころか近隣諸国でも、勝てる者は少ないだろうと思われる実力を身に着けた。
おそらく後数年で、俺さえも超えていく筈だ。
「……なるほど。俺もまだまだ若かったな」
「何を言ってるんですか? 団長。貴方はもう年ですよ」
「そうそう。そろそろ引退して。俺に席を譲ってください」
「生意気言うな! 俺はまだまだ引退せん。やる事があるからな」
「はぁ。やる事ですか?」
「あぁ、嫁探しとかですか? 確かにそれなら地位と金の両方があった方が良いですね」
「そういうんじゃねぇよ! ったく。お前ら。俺団長だぞ? 何言いたい放題言ってんだよ」
「そう言えば、団長って団長でしたね」
「私もすっかり忘れていました。団長は騎士団の団長でしたね」
「……お前ら、自分が言っている言葉に矛盾を感じないのか? まったく。しょうがない奴らだ」
ひとしきり笑ってから俺は真面目な騎士団長モードに切り替えて、口を開く。
「オリヴァー」
「……! はい」
そして、オリヴァーもその空気を感じ取ったのか、先ほどまでのふざけた様子はなく、真剣な表情で俺に視線を返した。
「お前に命令を下す」
「はい」
「明日の早朝にここを発ち、ムイゼンへ向かえ」
「……」
「そして、騎士として。シーラ様を御守りしろ」
「ハッ!」
姿勢を正し、敬礼をするオリヴァーに頼もしさを感じながら、俺は続いて共有しなくてはいけない事項を話してゆくのだった。
そう。これはシーラ様がムイゼンで活動をする様になってから始まった動きであり、これからシーラ様の周りで何かが起きる予兆でもあった。
「シーラ様の護衛をする上で、お前に共有しておく事がある」
「……」
「シーラ様の活動時期と合わせて、ムイゼンの周辺地区で魔王の活動が確認された」
「まさか!?」
「あぁ。そのまさかだ。魔王の狙いはおそらくシーラ様と思われる」
「しかし妙ですね。魔王とエルフは歴史的に見てもそれほど親しい間という訳でも、敵対関係という訳でもありませんが」
「物事に例外というのは付き物だ。そもそもからして、シーラ様は人に近しいエルフだろう? ならば、そんなシーラ様に興味を持つ魔王が現れたとしても、それほどおかしな話でも無いだろう」
「それは確かにそうですね」
「という訳だ。オリヴァー。対魔王戦も意識しつつ、ムイゼンへ向かえ」
俺はそうオリヴァーへ命令し、反応を待っていたのだが、どうもオリヴァーの反応が悪い。
「どうした? オリヴァー。怖気づいたか?」
「あ、いえ。対魔王戦装備とは何だろうかと考えてました」
「そりゃお前。気合いだよ。気合い」
「気合ぃ~?」
「魔王ってのは人知を超えた存在だからな。生半可な覚悟じゃあ魔王と戦う事すら出来ん」
「まぁ、それはそうですけど」
「魔王が、現れ戦闘を行うと、魔物がその強大な魔力から逃れる様に大移動を始め、その大移動に巻き込まれると町や都市が壊滅すると言われています」
「いやいや。そんなのどうしたら良いんですか。何か対策は無いんですか?」
「ない! 魔王に対して有効な武器も無いし。奴ら、例えその体を完全に破壊したとしても、時間が経てば復活してしまう。故に、魔王への有効な攻撃手段などはないのだ」
「……それじゃあ人類には勝てないのでは?」
「あぁ。そうだろうな。だからこそ、魔王と戦う際には気合が必要だと言っている」
「はぁ……まるで参考にならないですね」
「神話の化け物だからな。そういうモンだ。まぁ、どうしても嫌だというのなら、お前以外の人間を選定するが? シーラ様の護衛など、例え確実に将来死ぬとしても希望者多数だろうからな」
「いえ!! このオリヴァー! 謹んで任務を受けさせていただきますっ!!」
「よろしい。では準備をしてこい」
「承知いたしましたァ!!」
俺の言葉にオリヴァーは執務室を飛び出して行った。
そして残った俺は、副団長であるベンジャミンに次の話をするのだった。
「それで、だ。ベンジャミン」
「はい」
「すまんが、今から行かなきゃいけない所があるから、後は頼めるか?」
「お断りします」
「何故!!?」
「いや、だって貴方。これから意味もなく街の花屋に行くつもりでしょう?」
「意味は、ある!」
「ほう。聞かせて貰いましょうか?」
「それはな」
「それは?」
「クラリスの愛を得るためだっ! 後は頼んだぞ!」
俺は執務室のベランダから外に飛び出すと、街へ向けて全力で走り出した。
後ろからベンジャミンの声が聞こえてくるが、当然無視である。
これは俺の人生が掛かった大事な仕事なのだ!
国内最強の男に恥じない速度で走り続けた俺は、おそらく街の中で最も華やかな場所に辿り着き、息を整えた。
汗だくなのもみっともないし、持ってきたタオルで見えている場所の汗を拭う。
そして、改めて息を整えてから店の中に入った。
「し、失礼します」
「はい。いらっしゃいませ! あっ! ジェイクさんじゃないですか」
「え、えぇ! ほ、本日はいい天気ですね!」
「そうですね」
俺の言葉にクラリスは嬉しそうに笑う。
その姿はとても美しく、俺の心に透き通る様な心地よさを与えた。
「じ、実はですね」
「はい」
「本日は……」
「……」
言え! 言うんだ俺!!
「あー。その。実は騎士団の待機所が少々華やかさに欠けましてな! 今日はクラリスさんの大切なお花を買わせていただけないかと!」
「はい。分かりました。少々お待ちください」
「はい! いくらでも待ちますとも!」
俺はクラリスさんの美しい所作を見ながら背筋を正し、待った。
そして、さほど時間を掛けずに出来上がった花束を受け取り、代金を支払う。
「では! また!」
「はい。今度は期待しておりますね」
「え? あ、はい! 承知いたしました!」
今度はって、なんのことだろうか。
まぁ、良いや。とりあえず今日もクラリスさんと話が出来たし。
また明日頑張ってデートに誘うとしよう。