(エミリー視点)
これは試練だ。
奴は私の前に立ちはだかる壁。そう壁だ。
思えば最初に出会った時から気に入らなかった。
ちょっとシーラ様と出会うのが早かったからって、シーラ様に信頼されている。
確かに? 剣の腕はそれなりにあるみたいだけど。それがどうしたという話だ。
こっちはシーラ様の手を取ったその日から、毎日毎日。死に物狂いで鍛え続けてきたのだ。
絶対に負けん。
決死の覚悟で、挑み、そして粉砕する。
最期に勝つのはこの私、エミリーだ。
そしてシーラ様に。
私が本当に愛していたのはエミリーだったんです。あんな男は気の迷いです。
と、言われ、祝福の鐘の中で永遠の愛を誓うのだ。
その為にも、別のトーナメントブロックに居るあの男に勝ち、優勝し、私はシーラ様と永遠の夜を過ごすのだ!!
「はい。そこで止まって。ルールの確認です。武器の使用はあり。ただし、殺害は駄目です。良いですね? 負けたなと思ったら敗北宣言をする事! いいですか?」
審判の声を聴きながら、私はとりあえず目の前に居る一回戦目の相手に集中する。
「……殺す殺す殺す殺す殺す」
「へへへ! 女ァ! 俺ァ女を刻むのが大好きなんだァ! お前を今宵の生贄にしてやるぜぇ!」
「殺す殺す殺す殺す殺す」
「大丈夫かな……まぁ、良いや。試合、始め!!」
審判の声を合図として、私は武器を構えた。
そして汚らしい笑みを浮かべながら突っ込んできた下品な男を切り捨てる。
一応殺してない。
……多分。
「勝者ァァアア! エミリーィィィイイ!!」
それから私は次々と襲い来る敵を倒し、倒し、倒し続け、遂に本戦まで勝ち残る事が出来た。
ここに来るまで様々な苦労があったが、勝った今となってはどうでも良い話だ。
そして、ここから先はたった四回勝つだけで、シーラ様と永遠を誓う事が出来る。
しかし、敗北すれば全てを失う。
そう。あの男に、シーラ様を奪われてしまうのだ。
思い出しただけで苛立つ。
先日の冒険者組合で、シーラ様の小さくて可愛らしい手に触れ、図々しい言葉を掛けていたあの男を!!
「……殺す」
そう私が今日。やるのだ。
気合十分で始まった第一回戦。
相手はどこぞの地方で冒険者をやっているという男だった。
「ここまで勝ち残ってきたという事は、かなりの使い手とみた。よろしく頼むよ」
「……はい」
私は目の前に立つ男を見た。
軽装の鎧は、小さな傷が多くあり、顔にも大小様々な傷があるという事は、それなりに修羅場を歩んできたのだろう。
しかも、おそらくは利き腕ではない方の腕に付いている傷の付き方から考えるならば、誰かを庇って付いたような傷だと思われる。
無論、この人が迂闊でついた傷という可能性もあるけれど。
応援席でこの人の応援をしている人が多い事から考えると、それだけ慕われているという事になる。
なるほど。
でも駄目!!
全然ダメ!!
だって髭を整えてないし、髪だってぐちゃぐちゃ!
とてもじゃないけど、シーラ様の隣に立つ相手として相応しくない!!
シーラ様はあんなにもお綺麗なのに、その隣がこんな見るからに山で生きてます。みたいな人では釣り合わない。
だから……人としては良いかもしれないけど、私が気に入らないから不合格だ。
「……倒します」
私は武器を構えて、飛び込んだ。
一回戦目の男は非常に強く、上手く私の攻撃を受け流すが、途中からハッキリと弱点が見えた。
そう。なるべく私を傷つけない様にしているのだ。
無理に一歩踏み出しても攻撃しないし、その攻撃が私の体を傷つける可能性があるのなら、遠ざけてしまう。
そうなれば、どれだけ実力差があろうとも、勝てるわけがないのだ。
結果、彼は破れ。辛くも私の勝利となった。
「私の負けか」
「貴方が手加減をしていなければ、私が負けていました。ですが、その甘さは、シーラ様を危険にさらします。そんな人を勝たせる訳にはいきません」
「……そうだな。私には覚悟が足りなかった様だ。今日は実に楽しかったよ」
「一応確認ですが、貴方は勝って、何を求めていたんですか?」
「いや大した事は無いんだ。ただ、私の弟子がね。昔シーラ様に助けられたという事で礼を言いたいと、な。ただ、シーラ様に近づくのは難しくてな、こうしてトーナメントに参加しただけさ」
「そうですか。では、私の方からシーラ様に話を通しておきます。トーナメントが終わってから学園にある孤児院に来てください」
「良いのか?」
「はい。貴方は甘い人でしたが、強く正しい人でしたから」
護衛じゃないから別に良い。
護衛だったら色々と駄目だけど。
そして私は冒険者の人と別れ、次に進んだ。
次なる相手は、流石というべきか。ムイゼンの最強。ジャックさんだった。
しかし、ジャックさんとの戦いは戦いにならない。
「私は遠慮しませんよ」
「……してくれ」
「嫌です! だって、ルールには反してませんからね!」
そう。私はジャックさんの弱みを握っているのだ。
まぁ、別にジャックさんだけじゃないけど。
「何度も言っているが、あれは偶然だったと言っているだろう!!」
「分かっていますよ」
「なら!」
「しかし、写真はただその場にある光景を絵にして残すだけですから、どの様な真実があろうと関係ないんです」
「くっ!」
「そう。どこからどう見ても、シーラ様の下着を手に掴んでマジマジと見ているジャックさんの絵! これだけが真実なんですよ」
「良いのか? 俺に勝ってもオリヴァーが勝ったら全ておしまいだぞ!」
「問題ありません! 次の相手はおそらくダンさんになるでしょう。対戦相手を見ましたが、あんな優男にダンさんが負けるはずがありませんからね。そして、ダンさんにはレオニーさん以外の人から迫られている写真があります。まぁ、真実はすぐに断っているのですが、写真を見るだけだとノリノリで受けようとしている様に見えるんですね。これをレオニーさんに見せられたら大変でしょう。奥さんは怖い人ですからね」
「悪魔か」
「勝つためにやっているんです! シーラ様の隣に立つのが許されたのは私だけ!」
「それで? オリヴァーはどうする」
「あぁ、あの人のは特に強烈ですよ? 何せお風呂を覗こうとしている姿ですから。まぁ、真実はシーラ様の悲鳴が聞こえて駆け寄っただけですし、風呂だとすぐに気づいて顔を逸らしていましたが、写真では今まさに忍び寄ろうとしている様に見えますからね。くっくっく。これを見せればシーラ様からのお気持ちなど全て消えてしまうでしょう! そして私という真実の相手に気づく訳です!」
「恐ろしい女だな。しかし、まぁ良いだろ。そこまで策があるのなら、俺から言う事は無い。俺の負けだ」
「ふふ。これで全て完璧です」
しかし、私の予測は外れ、ダンさんはあっさりと相手に負けてしまった。
しかもそれだけじゃなく、再起不能とまでは言わないが、かなり痛めつけられてしまったのだ。
ギリギリの意識の中で、ダンさんは私に棄権する様にと言った……が、逃げる訳にはいかない。
そんな危険な相手なら、シーラ様に近づけるわけにはいかないのだから。
こういう時の為に、私は強さを求めてきたのだから。
そして、始まった準決勝。
私の相手は何てこともない優男であったが、戦ってすぐにこいつが危険だという事が分かった。
そう。目が。
かつて、魔王の影響を受けていたアイヴィにそっくりな目をしているのだ。
「ようやく男以外と当たったか。しかし、既に純粋さは失われているな」
「……」
「やはり、私にはかの乙女しか居ないようだ」
ねっとりと、ねばりつく様な視線を観客席に居るシーラ様へ向けているのをみて、私は審判の合図も聞かず、武器を構えて突っ込んでいた。
反則だとかルールだとか関係ない。
こいつはここで排除しないといけない。そう感じたからだ。
しかし、私の攻撃はあっさりと受け止められ、まず武器が奪われた。
そして口を手で塞がれたまま、魔法か何か分からないが、薄い刃で全身を切り刻まれる。
「脆いものだな。人間。本来であれば悲鳴の一つでも楽しみたい所なのだがね。敗北宣言をされてしまえば、この遊びも終了だ。だからせめて楽しませてくれ」
私は悪趣味な男に向かって握りしめた拳で殴り掛かった。
しかし、その手は容易く受け止められて、ゆっくりと曲がらない方向に力を入れられてゆく。
折れる……!
私は恐怖から逃げ出そうとした。
しかし、力では勝てず、腕は踏みつけた小枝の様になってしまった。
痛みが全身をめぐるが、いくら声を出してもそれは音となる事は無かった。
「そ、そこまで!!」
「ん? なんだ。審判。それはどういう意味だ?」
「いや、彼女はもう戦える状態じゃあ」
「おいおい。まだこの女は敗北宣言をしていないだろう。それとも君には聞こえたのかね?」
「それは」
「なぁ、まだ戦うだろう? どうする? 敗北するか?」
熱を出して寝込んでいた時の様に、全身が熱く痛みに支配されていた私は敗北という言葉を聞いて、このまま終わる事が出来ると頷こうとした。
そして、いつかの時の様に、シーラ様が枕元で私の頬を撫でて、「無理はしないで下さい」と言っていた事を思い出し……。
「まぁ、お前が終われば、私はあの乙女を自由に出来る訳だからな。実に楽しみだ。そう考えれば、ここで続ける意味も……」
瞬間、怒りで意識がハッキリとして、魔力の刃で私を捕まえている奴の首を狙った。
しかし、それは外れ、優男の皮膚をわずかに切るだけであった。
「っ」
「ふふ。どうやらまだやれるようだ。しかし」
優男は私を浮かせ、わき腹に強い衝撃を与えた。
おそらくは蹴ったのだろう。
そして、その勢いで私は闘技場の中を転がる。
「私の体を傷つけた罰だ。苦しみながら逝くと良い。大会とやらのルールがあるからな。夜明けに合わせて死ぬ様にしてやろう」
優男は右手を上げ、魔力を集めてそれを私に向かって振り下ろした。
既に体は動かない。
逃げる事は出来ない。
あぁ、私はここで死ぬのか……。
「それなら、最期にシーラ様に、会いたかったな……」
そして、魔法がぶつかり、周囲は閃光と爆炎に包まれるのだった。