(ナルシス視点)
奇妙な感覚だった。
父上や母上。マクシム君に感じる様なモノとは違う。
また、シーラ様に向けている様な感情とも違う。
レナにだけ向いているよく分からない感情があった。
「……はぁ……はぁ」
辛そうに息を吐いて、寝ているレナを見て、何だか胸の奥が苦しいのだ。
どうにかして、その辛さを取り除いてやりたいと考えてしまう。
そして、その感情のままに水で冷たくしたタオルを額に乗せるのだった。
かつて私が熱を出して倒れた時、シーラ様がやってくれた様に。
レナの手を握り、一人ではないのだと教えてやる。
それだけで私は救われたから。
「……しーら、ちゃん」
「あぁ、シーラ様ではないが、私はここにいる」
握りしめた手の感触で、柔らかく笑うレナを見ると、気持ちは落ち着くが、胸の奥で鼓動は強く高鳴った。
奇妙だものだ。
「レナ。君はこの鼓動の意味を知っているのだろうか。もしくはシーラ様なら」
「……」
「答えは無い。か……まぁ、当然だな」
私はレナの手を握ったまま額の汗を拭って、再び冷やしたタオルを乗せた。
どれくらい時間が経っただろうか。
私はすっかり眠ってしまっていたらしく、壁に寄りかかった状態で意識を取り戻した。
レナはどうなったのかと視線を向けてみれば、繋いだ手の先で、何やらパンを食べているレナが居る。
「ん? 起きた? おはよう」
「あぁ。もう大丈夫なのか?」
「まぁね」
何でもないと言うように笑うレナを見ながら、私はふと自分の右手がレナの手を握ったままである事に気づいた。
その事実が酷く恥ずかしくなり、私は急いでレナから手を離すのだった。
「す、すまない!」
「んー? 何が?」
「いや、手を、だな」
「あぁ、繋いでたって事? 別に気にしなくても良いよ。多分私から繋いだんでしょ? ごめんね」
「……構わない」
「そう? なら良かった」
あっけらかんとそう言うレナに私は、何とも言えない気持ちを感じる。
思い通りにならない事への苛立ちというか。相手にされていない悔しさだろうか。
だから、私はその感情の動くままにレナの手を握った。
「っ!? なに? 私の手。汗で酷いから」
「私は気にせぬ!」
「……いや。私が気になるんだって」
「私は気にせぬのだ!」
「話を聞かない王子様だなぁ」
しょうがないな。とでも言いたそうな顔でクスリと笑うレナに鼓動がさらに高鳴った。
痛みすら覚えているが、それすら心地よく感じる。
私は何かおかしくなってしまったのか!?
「その、だな! 私はおかしくなってしまったのだ! 目が合うだけで胸の奥で鼓動が激しくなる!」
「突然何の話。って、そりゃ恋してるんでしょ」
「恋? 恋だと」
「そう。恋。その見てる相手の事が好きで好きでたまらないんだよ」
言われた言葉に私はレナを見据えた。
シーラ様の事を独占しようとする悪女である。
しかし、それと同時に酷く優秀で、性格さえ良ければ聖女と呼ばれる可能性すらある才女だ。
そして、先ほどの戦闘では私の事を庇った恩人である。
だが!
「違う!」
「いや、そんな勢いよく否定されても困っちゃうんだけど。どう考えても恋でしょ」
「違う! そんなはずはない! ライバルだ! ライバルなのだ!」
「ライバルにだって恋する事くらいあるでしょ!」
「お、お前はあるのか? 恋をすることが」
「まぁ、まったくないとは言えないんじゃない?」
「しかし、お前はシーラ様の事が好きなのだろう?」
「うん。好きだよ。恋してる。愛してる。でも、その気持ちだけが絶対に正しくて、永遠に続くとは限らないって話だよ」
「そんな……で、では私の中にあるこの感情も、いつかは消えるのか?」
「そりゃ分からないけどさ。ナルシス君が残したいと願うなら、残ってくれるんじゃない?」
「レナはどうなのだ」
「私ぃ!? なんで、私。いや、意味分からないけど、まぁ、私だって大切な想いはいつまでも続いて欲しいって願ってるよ」
「そうか」
私は少しだけ安堵して、レナの手を離して岩肌に寄りかかる。
冷たいそこが熱くなっていた私の気持ちを少し落ち着かせるのだった。
それから私は周囲を見てくると言って出て行ったマクシムが帰ってくるまでレナと色々な話をした。
かつて私が落ちこぼれと呼ばれていた事。
そして、マクシムと共に二人で完璧な王になろうとしている計画の事。
「二人で王様ってどうなの? それ。周りは納得するの?」
「さぁ、どうだろうな。やってみなければ分からん」
「えー」
「仕方ない。未来は誰にも分らぬのだ。しかし、私はより善き未来を諦めたくはない。私もマクシムも互いに足りぬ所がある。それを補い合えば、キッフレイ聖国はより素晴らしい国へと変わるだろう」
「ふぅーん」
「そう! 周りの者たちはマクシムをやれ臆病者だ。逃げ腰だとバカにするがな。何も考えず前に進むばかりの私とは違い、マクシムは私の背中を守ってくれるのだ。マクシムが居なければ私こそ臆病者になっていただろう」
「ま。確かにマクシム君ってそういう所あるよね。周りが気づいてない事にも気が向いてて、ここぞっていう時にそっと手助けしてくれる感じ」
「分かるか! なんだ。ここにも見る目のある者がいるではないか」
「まぁね。私の目はシーラちゃん譲りだから」
「ふふ。ならば当然か」
「そ。シーラちゃんは凄いからね」
私はレナと話をしているのが楽しくなり、いつまでも終わらない会話を楽しんでいるのだった。
しかし、そんな最中、突如としてレナが私の胸の奥を貫いた。
「でもさ。私はナルシス君も凄いと思うよ」
「っ! と、突然なんだ。褒めても何も出んぞ」
「別にそういう訳じゃないって。正直さ。私にここまで食らいついてきた人。ナルシス君が初めてだから」
「……シーラ様が居るではないか」
「シーラちゃんは違うよ。特別。だって、私にとってシーラちゃんは私に全てを与えてくれた人だもの。お母さんの次に大切なの。だから戦うとかはあり得ない」
「そうか」
「……昔さ。私、お父さんが居ない事で、色々な人にバカにされてきたの。お父さんが逃げたのは、私が出来損ないだったからだーとか。お母さんが浮気してたからだー。とかね。そんなハズ無いのに」
「……」
「だからさ。そんな全てから私とお母さんを守ってくれたシーラちゃんは、私にとって世界なんだよ。出来る事ならシーラちゃんの為に生きたい。シーラちゃんの傍で」
「……レナ」
「なーんて。なんかしんみりしちゃってごめんね。私「お前なら、出来る」……え?」
「私はここまで努力し続けてきた。どんな日も、常にだ。だからどんな才能をもっている人間にも負けはしない。しかし、お前には一度も勝てなかった。何故か分かるか?」
「ううん」
「お前もまた、努力し続けてきたからだ。故にお前は強く。お前はどんな夢も叶える事が出来るだろう。私が保証する」
「……」
レナは間の抜けた顔をしてから、笑う。
そして笑いながら、一筋の涙を流した。
「そんな真剣な顔で言わないでよ。ビックリしちゃう」
「レナ」
「でも、ありがとう。嬉しいよ。ナルシス君」
涙を流しながらも、綺麗な、思わず見惚れてしまう様な輝く笑顔に私は思わず呼吸を止めてしまうのだった。
そして、理解する。
これが、恋なのかと。