(レナ視点)
私は、恋という感情を理解しようと色々やってみたが、その成果はあまり無かった。
ナルシス君たちに対して想う感情があるのは確かなのだ。
しかし、何かが違う。
しっくりこないという言葉が一番合うだろうか?
ヤスミンに対する気持ちとそれほど違いが無いように思うのだ。
お母さんに向けていた気持ちともそれほど違いが無いようにも思う。
家族に向けた気持ちだ。
たった一人のお母さんへの気持ち。
それは決して軽い物では無いだろう。重いはずだ。
であるならば、それと同じくらいの気持ちを向けているのだから、これは大事な気持ちだ。
なら、これが恋で、この気持ちの為ならば私は何でもできるのだろうか。
空の向こうにだって行けてしまうほどだろうか。
星の彼方を目指したくなるほどだろうか?
そう考えると、違うと思う。
思ってしまう。
だから、私は出ない答えを求めて、一人星空を眺めていたのだけれど……。
「レナちゃん」
「……シーラちゃん?」
「はい。こんばんは」
シーラちゃんが現れる。
昔本で読んだ天使様みたいに、子供の姿で微笑んで、空から舞い降りる。
「うん」
「どうですか? 恋は」
「やっぱり良く分からないや」
シーラちゃんは全部分かっているという様な顔で、微笑みながら、そんな意地悪な事を聞いてきて。
私は何だか悔しくなってシーラちゃんに意地悪をいう事にする。
「ふふ。ここは年上で頼れるお姉さんの意見が聞きたくなってきたんじゃないですか?」
「……どこにいるの? そんな人。いないよ」
「ここに居るじゃないですか!」
「冗談。冗談だよ。そんなに怒らないで」
「むー」
シーラちゃんは不貞腐れた様に、私の隣に座って、私をジッと見つめた。
その瞳からは何も悪い感情は見えなくて、ただ私への親愛だけが見える。
その気持ちが嬉しくて、抱き着きたい衝動が生まれたけど、それを誤魔化す様に私はシーラちゃんの頭を撫でた。
「忘れてるかもしれないですけど、私の方が年上なんですよ?」
「知ってるよ。でもシーラちゃんはシーラちゃんだから」
「むぅ」
「ごめんって。心配して来てくれたのにね」
私はシーラちゃんから手を離して、おどけた様に笑った。
そんな私にシーラちゃんは困った子だとでも言いたげに小さく笑う。
「……」
「何かさ。困ったなぁ。って感じ。気持ちには応えなきゃって思うのに、やっぱり何度考えても良く分からないの。恋って何なんだろう」
「これは聞いた話で、私の話では無いんですが、恋をした経験というのは色々とありまして」
「うん」
私は嫉妬も羨望もなく、ただ星の向こうを見つめる様に遠くを見るシーラちゃんを見つめながら、話を聞いた。
シーラちゃんは昔から何も変わらない。その姿で、私の知らない記憶を語る。
「例えば、寂しい時に傍に居てくれたとか」
そういえば、お母さんが亡くなった時、世界と一緒に体が引き裂かれたみたいに悲しくて、苦しくて、どうしようも無かった時に、抱きしめてくれて、傍に居てくれたのはシーラちゃんだった。
何も世界は変わらないのだと。どれだけ悲しくても明日は来るのだと教えてくれた。
「危ない! って時に助けてくれたとか」
昔から私の事を見守ってくれていて、怖い魔物に襲われても、怖い人に襲われても必ず助けに来てくれる。
でも、それは怖い事だけじゃなくて、こうやって私が困ったと助けを求めても来てくれる。
シーラちゃんは救世主なのだ。
「何となく一緒にいる事が当たり前になっていたんだけど、ふとした時に、見た事のない表情を見た時、とか。だそうですよ?」
そう言って微笑みながら月を背にして微笑むシーラちゃんは、見た目とは違って酷く大人びて見えた。
ずっと知っている人なのに、私が一番よく知っている人なのに。
違う。まるで初めて会った人みたいで……。
私はトクンと胸の奥で鼓動が跳ねるのを感じた。
何だろう。この気持ち。
ナルシス君たちに感じていた物に似ているけど、違う。
それよりもずっと強くて、重くて、心地よくて……少しだけ怖い。
何でも出来る勇気が湧いてくるのに、この気持ちがふとした拍子に消えてしまいそうで、ただ怖かった。
「……シーラちゃん」
だから私はシーラちゃんにこの気持ちを聞こうと思って、シーラちゃんの服を掴んだのだが、次の瞬間にシーラちゃんに押し倒された。
「っ!? し、しし、シーラちゃん!?」
「何の用ですか? しかもいきなり攻撃だなんて」
私は突然の事で、焦った様にシーラちゃんの名前を呼んだのだが、シーラちゃんは私の方は見ておらず、真っすぐに離れた場所を見ている。
何だろうと、シーラちゃんと同じ方を見てみれば、知らない女の人が立っていた。
笑っている。
笑っているのに……何故か、怖い。
「別に。そこまで大した用事じゃないですよ。ただ、酷く気持ちが悪い気配を感じまして」
「気持ちが悪い気配……?」
「そう。そこのガキが、私の先輩を寝取ろうとしている様な気配を、ね」
次の瞬間、景色が変わり、私はシーラちゃんに抱きかかえられながら、星空の海を泳いでいた。
そして、流星の様に流れる魔法の攻防が目の前で行われる。
シーラちゃんも、現れた女も私とは比べ物にならないくらい強くて、魔法闘争で魔法を止める隙すら存在しない。
ただ、速く、ただ鋭い。
それが互いの体を傷つけてゆき、終わりのない殺意に満ちた光を互いに放ってゆく。
私が知る限り、シーラちゃんはどんな相手にも負けたことがない。
いつだって強くて、いつだって勝ち続けてきた。
傷を負った所すら見たことが無い。
しかし、シーラちゃんを追い詰める女は強く、少しずつだが、シーラちゃんが追い詰められている様に見えた。
「先輩。分かっているんでしょう?」
「はぁ……はぁ……何がっ!」
「その子を捨てないと、死にますよ?」
「だとしても、子供を捨てる様な大人にはなりたくないので」
「悲しい事ですね。この世界でも先輩を亡くす事になるなんて……」
女は視界の全てを埋め尽くす様な魔法を放った後、転移して逃げたシーラちゃんの背後に転移して左肩を打ち抜いた。
シーラちゃんは急いで転移して逃げたけれど、体勢は安定せず、私は地面に激しく転がるシーラちゃんから転げ落ちて、地面を転げまわった。
しかし、覚えたばかりの転移で、シーラちゃんのすぐ傍に転移すると、シーラちゃんの傷を治すべく意識を集中して癒しの魔法を使うのだった。
「れ、な……ちゃん、逃げて」
「逃げる場所なんて無いよ! どこへ逃げたって私じゃ殺されちゃう。だから! ここでシーラちゃんを助ける方が大事だ!」
「あらあら。そう。貴女がこの世界の聖女だったのね。それで先輩が。なるほど」
私は余裕な表情で歩いてきた女に怯えながらそれでもシーラちゃんの治療は止めない。
しかし、どうやらその女はこれ以上の攻撃をするつもりは無いようだった。
その理由は分からないけれど、良くない事だという事は分かる。
「これは、思っていたよりも面白い事になるかもしれないわね。ふふ。先輩。聖女ちゃん。今日の所は見逃してあげる。じゃあね」
そして、意味も分からないまま女は消え、私はシーラちゃんの傷を治しながら、いつまでも周囲を見渡し続けるのだった。