(ヤスミン視点)
とんでもない事が始まった。
私は体育館で叫ぶ人々を見ながらふとそんな事を思った。
多分、この体育館に居る人の中で普通の人間は私一人だろう。
私以外の人は暴走し、熱狂し、叫んでいる。
正直、ちょっと帰りたい。
私の家は、どちらかと言うとのんびりしたタイプの人ばかりで、お父様もお母様もお兄様もマイペースでのんびり屋だ。
そんな家だからか、使用人の人ものんびりとした人が多くて、下級貴族という事もあり、和やかな空気が流れている様な家である。
だから、か。
強くて凛々しくて、格好良くて。自分で道を決めたらどんどん進んでゆくレナに憧れて友達になったのだけれど。
まさか、こんな風になってしまうとは。
群衆の前で拳を突き上げて、叫ぶレナを見ていると、なんか思ってたのと違うな。という感想が胸を過る。
そう。そうなのだ。
ほんのちょっと前まで、格好いいレナが女の子として目覚めそうになっていて、とても可愛らしい顔をしながら、恋ってなんだと思う? なんて乙女の質問をしてきていたのに。
今は倒せ、滅ぼせ、前に進めと、過激な騎士みたいな事を口にしている。
いったい何があったんだろうか。
私たちの部屋に飛び込んできたシーラ様はレナが聖女だって言ってたけど、聖女ってこういう人じゃなかった気がする。
暴れる魔物を大人しくさせたっていう伝説もあるけど、それは聖女の心の清らかさに魔物の中に心が芽生えて……。とかそういう伝説のハズだ。
今のレナはどちらかと言うと、力で魔物を制圧して、言う事を聞かせている様な感じだろう。
イメージと違う。
こんなの、私が子供の頃に憧れた聖女様じゃない。
そう。そうだよ。
どちらかと言うと、レナは戦乙女って感じじゃない。
前に出て、卑劣な敵と戦ってさ。強くて美しくて、凛々しい。
そんな姿はまさにレナという感じだ。
うんうん。そんなレナが恋に悩むのも、かなりアリだ。
でも、そう考えると、聖女様の位置を誰にするかが悩ましいよね。
王道なら、同じ部屋の私だけど、私は聖女なんで柄じゃない。
どちらかと言うと、聖女様の伝説を広める語り手だ。
趣味で書き物もしてるしね。
そうなると……。
「聖女様は、シーラ様?」
うーん。しっくりくる。
エルフだから神秘性も高いし、可愛いし。
レナとは昔からの知り合いだし。
最適かな……。と、妄想の海に沈んでいた私は気が付いたら、周りの人が私を見ながら黙り込んでいる事に気づいた。
「え?」
「聖女様はシーラ様?」
「シーラ様は聖女様?」
「シーラ様が、聖女様!」
「シーラ様が聖女様だったんだ!!」
「あ、いや、ちが」
「シーラ様は聖女様だ!!」
私は自分が間抜けにも呟いてしまった言葉がすごい勢いで広がってゆくのをみて、どうにかそれを止めようとしたが、無理だ。
止まらない。
加速的に広がっていく私から始まったデマは、瞬く間に体育館全体に広がってゆく。
「しかし、俺はあの子が聖女だと聞いたぞ?」
「確かに」
「私もそう聞いたわ」
「いや、しかし、あの勇猛果敢な姿を見ろ。あれはどう見ても聖女ではない」
「そうよね。聖女様ってもっと静かで、気高くて、優しくてって感じだもんね」
「つまり、どういう事だ?」
「もしかして、あの少女は聖女ではない……?」
「ならなんで聖女だなんて噂を流すんだよ」
「決まっているだろう! シーラ様が真実聖女様だからだ!!」
「っ! そ、そうか! 敵の狙いはシーラ様! そして、シーラ様はシーラ様である以上に聖女様だから、狙われた!」
「つまり、あの少女はそんなシーラ様を守る為に、自らを聖女だと言い、囮になろうとしていたのか!」
「なんという気高い少女だ!」
「私、知ってるわ! お婆ちゃんから聞いた昔話! 前に聖女様が現れた時、聖女様をお守りして、生涯乙女として仕えた従者が居たって! 戦乙女、戦乙女よ!」
「おぉ! 戦乙女レナ! そして聖女シーラ様!!」
「なんてこった! 俺たちは今、伝説の中に居るのか!!」
「うぉぉぉおお!! シーラ様万歳! レナ様万歳!!」
「……」
やったー!!
やらかしたー!!
お母様に、貴女の妄想癖はいつかとんでもない事をやらかすわよ。と言われ続けて十七年!
遂に娘はとんでもない場所で、とんでもないやらかしをしましたー!!
親友であるレナに何という事を……を?
ふと、私は壇上に立っているレナを見ていたのだが、聖女ではなく、戦乙女だと呼ばれているのに……喜んでいる様に見える?
そんなバカな。
いや、だって聖女様だよ?
全乙女の憧れ聖女様だよ?
そんな聖女様より、戦乙女の方が良いなんて、そんな事。
『ふ、ふふふ。バレてしまってはしょうがない!! そう! 私は聖女であるシーラちゃんを守る為に生まれた運命の相手! 戦乙女レナ!!』
あー。分かった。分かっちゃったー。
あのニマニマした笑顔。完全に酔ってるわ。
シーラ様と特別な関係になれるっていう空気に酔ってる。
なんて締まりのない顔なんでしょう。
拡声魔法に隠しきれない笑いが混じってますよ。
そして、流石にこんな発言をシーラ様がゆるすはずもなく、止めようとしていた。
が!
レナはシーラ様を抱きかかえ、口を塞ぐという暴挙に出て、さらに言葉を重ねる。
『皆さん! 敵の狙いは聖女です。そして聖女を手に入れる為に私は邪魔な存在となるでしょう。しかし、優しいシーラちゃんは、私を守る為に否定するのです! 私は戦乙女では無いと! 聖女なのだと! そうする事で私を守ろうとしているのです!』
「流石はシーラ様だ」
「なんてお優しい方なの!?」
「……」
もうノリノリだね。レナ。
今、凄く輝いてるよ。
多分この学園に入ってから、私の知っている限り、一番輝いてるんじゃないかな。
いや、親友としてはレナが楽しそうで何よりだけどさ。
『レナちゃん! 違いますよ! 皆さん! レナちゃんが本当の聖女なんです! 守るべきはレナちゃんですよ!』
『シーラちゃん。ありがとう。そんなにも私を想ってくれて。でも、私。負けないから』
「良いぞ! 戦乙女レナ!」
「私たちが二人とも守るから安心してください! シーラ様!」
『ちが! 違うんですよ! 皆さん! 信じてください!!』
「大丈夫ですよ! シーラ様。シーラ様がその子を守りたい事はよく分かりました」
『そうなんですけど! そうではなくてですね!』
「任せてください! 敵は全部倒して、その子も守れば良いんでしょう?」
『それはそうなんですけど! いや、でも聖女はレナちゃんで!』
「みんな! そういう訳だ! 聖女シーラ様と戦乙女レナを守れ! そして、魔王の魔法なんぞに負けた惰弱な連中を倒すぞ!!」
『……もう!』
シーラ様は悔しそうに地団太を踏みながら叫ぶが、みんな可愛いなという目で見ている。
駄目だ。まるで言葉が届く気がしない。
しかし、真実を知る私はどうするべきか。
「シーラ様! 聖女シーラ様!!」
「シーラ様! 聖女シーラ様!!」
「……まぁ、良いか」
私は一人で出来る事に限界を感じて、諦めるのだった。
まぁ、誰も不幸にはなってないし。