一言で言うなら、どうしてこうなった、だ。
キッフレイ聖国へ行った時、レナちゃんが聖女だとバレて、私が責められて……正直ちょっと興奮してた。
いや、別に罵られるのが好きな訳じゃないよ?
ただね。そう。私なんかが聖女であるレナちゃんを独占している事が許せない人たちが居るって事が嬉しかったんだ。
ほら、これまでの日々は何かおかしかったからさ。
みんなシーラ様、シーラ様って私を持ち上げて。なんか正直怖かった。
けど、違う。
これからは違う。
ちゃんと聖女であるレナちゃんがみんなから慕われて、好きになって貰って、それで世界の中心になっていくんだって思ってた。
ナルシス君たちだって……って、まぁ、ナルシス君はもう知ってたんだけど。
トリスタン君やルイ君だって、レナちゃんの事が好きだったのに、聖女様だって知ったらもっと好きになるって思った。
守ってあげなきゃって思うって。
そう思っていたのに。なんか少しずつ世界がズレて行って、気が付いたら取り返しのつかない事になっていた。
「学園を防衛拠点とするッ! 敵の規模は分からない。けれど、私たちのシーラちゃんへの愛があれば、例え世界が敵だとしても負けは無いッ!」
「うぉぉおおお!!」
「いいぞー! 戦乙女!!」
「レナ! レナ!!」
違う! こんなの私が好きだった『春風に囁く恋の詩』の世界じゃない! 間違ってる!!
……でも、そうやって私が叫ぶ事もおかしいんだよね。
だって、今の状態はこの世界の人がそうなって欲しいと考えて、変わっていった結果なんだから。
みんながこう変わる事を願って、世界は少しずつ変わってしまった。
なら、私はどうなんだろう?
私はどうなるべきなんだろう。
この世界に本来存在しない人間で、でもこの世界を大きく変えてしまった私は……どうあるべきなんだろう。
世界を正しい姿へ戻すべきなのか。これもこの世界に生きる人が選んだ答えだからと全てを受け入れるのか。
その答えが……分からない。
いっそレナちゃんが聖女だと知られ、全てが正しい在り方に戻ってくれれば良かったんだろうけど。
それももう叶わない夢だ。
このまま争いが始まれば、どうなっても世界は原作の世界から大きく外れてしまうだろう。
なら、私は……。
「シーラちゃん」
「……レナちゃん」
「駄目だよ。こんな所で一人で居ちゃ。危ないよ」
私は学園を見下ろせる塔の上に座りながら、考え込んでいたのだが、階段を昇ってきたレナちゃんが私を見て笑う。
夜の闇の中にあっても、レナちゃんは輝いていて、眩い光を背負っている様に見えた。
「どうしたの。こんな所で。みんな探してたよ」
「……」
「シーラちゃん?」
「レナちゃんは、本当に今の状態で楽しいですか?」
「んー? シーラちゃんが何を聞きたいのかよく分かんないけど。私は楽しいよ」
レナちゃんは私の隣に座って、笑顔でそう口にする。
その笑顔を見ていると、これで良いのかと思ってしまいそうになるが、良くはない。
だって、レナちゃんの大切な物が私に奪われているのだから。
「私は、今の状態が間違っていると思っています」
「間違ってる?」
「だって、本当なら聖女ってみんなに慕われているのはレナちゃんで、みんなに好かれているのもレナちゃんで、世界の中心に居るのもレナちゃんだったんです」
「うーん。その本当なら。って何を言っているのか分からないけどさ。私にとっての本当は今この瞬間、ここにある世界だよ」
「……レナちゃん」
「私が居て、シーラちゃんが居て、ヤスミンが居て、ナルシス君やトリスタン、ルイ君が居て。今は学園に集まるみんなで一緒に戦おうって騒いでる。この瞬間が凄く楽しい」
「そう、ですか」
私の言葉を最後に、私とレナちゃんは無言になってしまった。
しかし、レナちゃんはクスっと笑うと私の手を取って、話し始める。
「昔さシーラちゃんが言ってたじゃない。聖女には役割があるって。あれについて、教えてもらっても良い? 聖女って何が出来て、何をしなきゃいけないの? 傷を癒すだけ?」
「違います。傷を癒すというのはレナちゃんがそれしか知らないからです」
「うん?」
「聖女の魔法とは、すなわち祈りを魔法という形に変える事です」
「……ごめん。よく分かんない」
「つまり、レナちゃんがこうなったら良いな。という頭の中に浮かんだ願いを現実にする事が出来るんです」
「えっ、それって凄い事だよね?」
「はい」
「じゃあ、じゃあ……シーラちゃんが私を好きになって、私だけをずーっとずっと好きで居てって願って魔法にしたら」
「叶いますよ」
「あっと! じゃあ今のなし! なしなしなし! 魔法になってたら消えてー!」
「ふふ。叶えたい願いなのでは無いですか?」
「叶えたいけどさ。そういうのは魔法じゃないの。私が自分でやらなきゃ」
「……」
私は世界を照らす様な明るさで笑うレナちゃんを見て、目を細めた。
本当に、レナちゃんが聖女で良かったと思う。
レナちゃんは誰かを好きになっても、自分の欲望で力を使わない。そう信じることが出来る。
でも、結局はそこでだからこそ。という話になるのだ。
私という存在がこの世界のノイズに思えてしょうがない。
「もし私に何かあってもレナちゃんが居るのなら、安心ですね」
「え? そんな事無いと思うけど」
「え?」
「だって、私シーラちゃんが居なくなったら何をしてでもシーラちゃんを私の前に連れ戻すもの」
「え」
「もし、シーラちゃんが消える事が正しい事なんだって言われても、私はそれを捻じ曲げると思うよ」
「いや、え? いや、だって、さっき!」
「それは。シーラちゃんが生きて、ここに居て。自分で考える事が出来る状態だから。って話でしょ? それを誰かが取り上げるなら、私は世界のルールを捻じ曲げる。それだけだよ」
自信満々にそう言い放つレナちゃんに私は『春風に囁く恋の詩』のシーンを思い出していた。
ナルシス君が王としての正しさに悩んでいた時、正しさも大事だけど、人を愛する気持ちが大事なのだと語ったシーン。
トリスタン君が自身の歪んだ愛に悩み、苦しんでいた時、どんなに歪んだ愛でも、相手を幸せにしたいと願っているのなら、それは正しいと叫んだシーン。
復讐に血を染めた自分は憎しみの中で死ぬのだと慟哭するルイ君に、笑いかけ、その手をとって、貴方の手はこんなにも温かいのだから、愛に溢れているのだと寄り添ったシーン。
そのどれもが、レナちゃんの心にある確かな光を彼らに、そして私に見せていた。
闇の中に居る人間に光を与える。
それが聖女なのだと私は思い知ったのだ。
私も確かにレナちゃんに救われていたのだ。
「分かりました」
「シーラちゃん?」
私は塔の上で立ち上がり、レナちゃんに笑う。
「私もレナちゃんと戦います。最期の瞬間まで」
「シーラちゃん」
「ふふ。こんな事を言うと、死亡フラグだって私の居た世界ではよく言うんですが」
「しぼーふらぐ? って、なんの」
私はレナちゃんの手を引っ張って立ち上がらせてから、レナちゃんを真っすぐに見て口を開いた。
この胸の内に秘めた想いを。
「レナちゃん。この戦いが終わったら……っ! え?」
「駄目ですよ。先輩。その言葉は。私だけの物でしょう?」
私は背後から聞こえた声と、胸に生えた金属の棒を見ながら血を吐いて、意識を失うのだった。