(レナ視点)
ゆっくりと倒れてゆくシーラちゃんを見ながら必死に手を伸ばして、抱きとめる。
何も出来なかった。
シーラちゃんと森で一緒に居たとき、私たちを襲った奴が現れて、剣でシーラちゃんの胸を貫いた。
頭の中で、剣に付いたシーラちゃんの血を舐めている女の行動を言葉にすると、余計に苛立ちが増える。
どうして、私は動くことが出来なかったんだ。
「ん、ぁあ。おいしい。おいしいですよ。先輩。前と同じなんですね」
「……どうして!」
「ん?」
「どうしてシーラちゃんを傷つけたの!? 貴女は、シーラちゃんの事が好きなんでしょ!?」
「好き。なんて言葉で片づけて欲しくないですね。私の感情は愛。愛です!」
「違う! そんなのは愛じゃない! シーラちゃんを傷つけて……」
「愛ですよ。この愛の素晴らしさが分からないなんて、貴女。可哀想な子ですねぇ。そう! 愛。これは愛。この胸が張り裂けそうな痛みこそ、愛なのです!」
「何が!」
「それよりも。良いんですか? このままじゃあ先輩。死んじゃいますよ?」
「っ!」
私は女の言葉で、急いでシーラちゃんに癒しの魔法を使う。
しかし、シーラちゃんの傷は少しも癒えなかった。
「なんで!?」
「ぷっ、アハハハ。アハハハハハ!! いい顔。いい顔をしていますよ。あなた」
私はシーラちゃんから顔を上げて、女を見る。
心には既に恐怖が強くのしかかっていた。
「先輩には永遠の魔法を使いました」
「えい、えん?」
「そう。永遠の魔法。今の状態で体が固定され、不変となる魔法。だから……! 死ぬことも無いけれど、私の愛が消える事も決してない!」
「うっ!」
私は女に蹴られ、シーラちゃんを手放してしまう。
そして、女はシーラちゃんの傷口に触れるとそこをかき回した。
「ぅ、ぁぁああ!」
「痛い? 痛いですか? 先輩。先輩。その痛みは私と先輩が愛し合っている証拠なんですよ」
「シーラちゃんを、離せ!」
私は魔法を女に向かって放ったが、女は容易くそれを弾き、私に向かって魔法を放った。
「うるさいコバエですね」
「っ! しーら……ちゃん!」
私は逃げる事も、受け止める事も出来ず、両手を前に突き出して、それを受け止め様としたが、次の瞬間には空に浮いていた。
景色が急に変わった事で動揺したが、私の背中に触れている手の感触に、私が転移したのだと理解する。
「大丈夫?」
「貴女は! エミリーさん!?」
「私だけじゃないわ」
「……あれは!」
私に向かって放たれた魔法の影響で崩れ始めた塔の中を一筋の光が駆け抜けて、シーラちゃんを抱える女に剣を振り下ろした。
そう。オリヴァーさんだ。
現存する人類の中で最も強いと言われる人は、閃光の様に駆け抜けると、女の腕を切り落とし、シーラちゃんを抱えてこちらに飛ぶ。
「エミリー! シーラ様だけでも」
「言われなくても」
「……俺もか? 悪いな」
「貴方ならここから地面に落ちても無事でしょうけど。今は戦力が欲しいからね」
「そうだな!」
私はエミリーさんからシーラちゃんを託され、しっかりと抱えながら、私の前に並び立つ二人の背中を見る。
遥かな昔にシーラちゃんと出会い、そして今日まで研鑽を続けて来た、おそらくはシーラちゃんがこの世界で最も信頼している二人だ。
例え、あの危ない女が相手でも何とかなるだろう。
なら。私は私のやるべき事をやらなければいけない。
そう。シーラちゃんを助けるのだ。
シーラちゃんさえ元気になれば、あんな変な女に負けるはずがない!
「っ、お願い! 治って!!」
私は精一杯魔力を注いで魔法を使うが、シーラちゃんは苦しそうに血を吐くばかりで一向に治ってくれなかった。
私に治癒の力が無くなったのか? と自分の腕に出来た傷に魔法を使うが、アッサリと治る。
つまりは、シーラちゃんにだけ使えないのだ。
おそらくはあの女が言った通り。
私は悔しさに歯噛みしながら、女を睨みつけた。
「ふふ。まぁ、良いでしょう。今日はこんな所で終わってあげるわ」
「逃げるつもりか!?」
「逃げる? 違いますよ。全てを終わらせる為の準備をしに行くんです。先輩が私の愛を無視して、こんな世界を見るから。先輩が悪いんですよ」
「……!」
「今からちょうど一日後。この学園に世界中の人間たちが武器を持って押し寄せるでしょう! そしてあなた達は……死ぬ! 彼らには先輩を奪い合い様に命令しているから、ここで最後の一人になるまで殺し合いが行われるわ。そして、私は最後の一人を消して。先輩を永遠の物にする」
「そんな事! 出来るはずがない!」
「出来るはずがない? 何を言っているのかしら。あなた達は知っているでしょう? それを可能にする魔法を」
「傀儡魔法か! しかし、あの魔法は!」
「人形遣いの魔王だけが使える魔法……ですか? でも残念ながら私には使えるんです。何故なら、あの魔王の力を奪ったので」
「奪った……だと!?」
「そう。そして永遠の魔王も私が力を奪って殺した。もう誰にも先輩の魔法を解くことは出来ない。傀儡魔法は解けても、結局近くの人間に殺されるから無意味。ふふ。あなた達はこの状況を先輩無しでどう切り抜けるのかしら」
「おのれ!!」
「所詮は物語の登場人物。先輩無しじゃあ出来る事なんて何もない。そうね。ふふ。アハハ。アハハハハハ!!」
女は高笑いをしながら消え、私たちは星空の浮かぶ夜に、絶望だけを抱いてその消えた空間を見つめ続けるのだった。
敵が消えた事で、エミリーさんは私たちを地面に降ろしてくれ、私はとにかくシーラちゃんを寝かせようとベッドに降ろした。
血は流れていない。
苦しそうにしているが、それだけだ。
おそらくはどれだけ放置しても死ぬことは無いのだろう。
だが、それだけだ。
たったそれだけだ。
シーラちゃんを苦しめて、楽しそうに笑っている女の事を思うと、悔しさと怒りと悲しみがこみ上げてくる。
しかし、私にはどうする事も出来ないのは事実だった。
「貴女。確か、レナでしたっけ」
「はい。そうです。エミリーさん」
「そう……。貴女が聖女なのね」
私はシーラちゃんとの契約で頷く事が出来ないが、何とか肯定を返そうとした。
が、出来ない!
「そうです!」
「……ヤスミン!」
「大丈夫。レナ。あんたの気持ちは分かってるよ」
「そう。何となく事情は察したわ。でも、そう。貴女が聖女……そうなのね。なら、これは運命かもしれないわね」
「運命?」
「そう。私はね。永遠の魔法を使う方法を知っているわ」
エミリーさんはそう言いながらナイフを取り出して、私をジッと見つめた。
その瞳の奥には冷たい色が見え隠れしている。
「エミリーさん……?」
「シーラ様が居なければ、世界は救われない。この世界は滅んでしまう。だからしょうがない事なの」
「エミリー! お前!」
「逃げて! レナ!」
「……私は」
「だから、恨んでくれて、構わないわ」
そして私の視界は赤に染まった。
最後に見えたのは、私に向かって手を伸ばすヤスミンとオリヴァーさん。
そして、悲し気に笑うエミリーさんだった。