(ヤスミン視点)
突然レナの前でナイフを抜いたエミリーさんに私もオリヴァーさんも思わず手を伸ばしたが、次の瞬間、エミリーさんはレナを傷つける為にナイフを……振るう事はなく、自分の手のひらを切って出て来た血をレナの顔に浴びせていた。
「え?」
「うぇ!? ぶぇ! な、なに!? 何も見えない!」
「次。行くわよ」
「あいたっ! 痛い! 何で頭叩くのっ!?」
「今貴女の頭に直接魔法を叩きこんでるから」
「叩きこむってこうやって直接やる事じゃないと思うんですけど! いだっ! 思うんですけどねぇ!?」
レナは怒りで顔を真っ赤に……あ、いや。あれはエミリーさんの血か。
まぁ、とにかく怒りで大声を上げながら騒いでいた。
「う、うぇ……なに? これ、なんか変な記憶が」
「それが永遠の魔法よ」
「これが……オエー」
私は咄嗟に近くにあったバケツを持って、レナの傍に走り、夕ご飯と感動の再会をしているレナの背中を撫でる。
「大丈夫?」
「む、むり……ウェー」
「人体に害はないのか?」
「無いわ」
「今! うっ、目の前で! うぅ、害が! 起こってるんですけどねぇ……うぷっ」
「レナ。今は無理しないで」
「はぁ……はぁ……ありがと。ヤスミン」
私は呼吸を荒くしながら、バケツと親友になっているレナを励ましつつ、オリヴァーさんとエミリーさんの話に耳を傾ける。
「しかし、永遠の魔法が使えるなら、お前が使えば良かっただろう。エミリー」
「私じゃ使えないのよ。使う前に体の中から魔力が全部なくなって死ぬわ。だから無理」
「そうか」
「まぁ、私でも使う方法はあったんだけどね。レナちゃんを見てたら、それも出来なくなっちゃった」
私はエミリーさんを見上げながら、その寂し気に揺れる瞳を見る。
「レナちゃんが聖女じゃ無かったら。いえ。レナちゃんを知る前に聖女だって知ってれば未来も変わったかもしれないけどね」
「……そうか」
「はぁ……はぁ。ヤスミン。ごめん。コップちょうだい」
「うん」
「それと、エミリーさん? もう血は拭っても良いんですか?」
「えぇ。その様子じゃあもう永遠の魔法は覚えたんでしょう?」
「お陰様で」
レナちゃんは自分の顔を水の魔法で濡らして血を拭ってから、私が持ってきたコップにも同じ様に水の魔法で水を注いで口の中をゆすぐ。
最後にペッと、バケツの中に口の中の水を吐き出した後、顔をハンカチで拭って、エミリーさんを睨みつけた。
「これが永遠の魔法ですか。なんかとんでもないデメリットがあるんですけど?」
「えぇ。だから言ったでしょう? 恨んでくれて、構わないわって」
「チッ」
「いや、レナ。ガラ悪いから舌打ちするの止めなさいよ」
「だって、エミリーさんが! 酷い事するから」
「酷い事って?」
私の問いにレナちゃんは唇を尖らせて黙り込んだ。
そして、ややしてから口を開いて、寝ているシーラ様を見つめながら語る。
「永遠の魔法を使うと、私も永遠の中に囚われる事になる」
「え? どういう事?」
「つまり、さ。人間を止めなきゃいけないって事」
「……」
「どれだけ時間が経っても変わらない人間なんて、人間じゃないもの。シーラちゃんはエルフだし。みんなの為にって働いてたから良いけど。私は違う。世界を歪める事が出来る特別な力を持ってて永遠に生きる人間になるんだ」
「もし、そうなったらどうなるの?」
「さぁ? 良い事にはならないだろうね。最悪は人類の敵だって追い回されるんじゃない?」
「いや、でも、だって。聖女様なんでしょ!? レナちゃんは。なら」
「それが問題なんだよ。私みたいな人間はちゃんと人間の寿命で死ぬから良いの。私がどんな人間でも、いつか終わりは来るからね。でも、永遠の存在になったらそうじゃない。私が人類と敵対する道を歩んだら、それが永遠に続くんだ。誰だって怖いでしょ? そんなの。町の中に居て欲しくないって思うよ」
レナちゃんの言葉に、私はムカムカとお腹の中が暴れまわるのを感じた。
これは、怒りだ。
「ちょっと。レナちゃん」
「なに?」
「それはレナちゃんの事をよく知らない人の話でしょ」
「いや、まぁ。どうだろ?」
「そうだよ! そうなの!!」
「は、はい」
「だから、私は関係ない! そうでしょ!?」
「え、はい。そうですね」
「もし、レナちゃんが世界の敵になっても私は味方だから! それにシーラ様だって絶対にレナちゃんを見捨てない。そうでしょ!?」
「……うん」
私はそこまで叫んでハッと気づいてしまった。
これじゃ、レナちゃんに早く魔法を使えって言ってるみたいだ。
違う。そんなつもりで言った訳じゃないのだ。
「レナちゃん」
「分かってるよ。ヤスミン。シーラちゃんに永遠の魔法を使う。そして助ける」
「いや、それは少し考えても良いんじゃないかなって」
「必要ないよ」
「いや、でも」
「だって、どんな事になっても、ヤスミンとシーラちゃんが居てくれるんでしょ? なら、私はそれで良い」
柔らかく微笑むレナちゃんはとても可愛らしい女の子だというのに、何故か酷く格好良くも見えて。
私の情緒はぐちゃぐちゃにかき回されてしまうのだった。
思考回路が! 乙女だから!
「じゃあ、やろうか」
「レナ」
「はい」
「永遠の魔法はとにかく魔力を使う。だから私の魔力も使って」
「……ありがと。エミリーさん」
「わ、私も! 大してないけど!」
「俺も協力しよう」
「ありがとう。二人とも。じゃあ、行くよ!!」
レナちゃんはそう言うと、両手をシーラ様に向けて魔法を使う。
エミリーさんはレナちゃんの左肩に手を乗せ、オリヴァーさんは右肩。
私はどうすれば良いか迷った挙句、腰にしがみつくのだった。
直後、部屋いっぱいに光が溢れる。
多分だけど、その永遠の魔法という奴と、癒しの魔法を両方使っているんだろう。
「っ!」
そして、レナちゃんは崩れ落ちる様に地面にへたり込んでしまい、私はそんなレナちゃんを何とか支えるのだった。
「レナちゃん。大丈夫?」
「うん。何とかね……エミリーさん。シーラちゃんはどうですか?」
レナちゃんの問いに、エミリーさんはベッドの上に寝ているシーラ様を覗き込んで、笑った。
「うん。もう大丈夫だね」
「……はぁー。良かった」
レナちゃんは体の力が抜けて、そのまま私の方に倒れて来た。
しかし、私はレナちゃんよりも体が小さいし、力も無いしで、支える事が出来ず、何とか座った状態でレナちゃんの頭だけを足の上に乗せるのだった。
「大丈夫? レナちゃん」
「うん」
「辛くない?」
「ちょっと怠いかな。でも、ヤスミンの足が柔らかいから、へいきー。へへ。スリスリ」
「ちょ! 止めてよ!」
「シーラちゃんとは違った良さがあるよね。ふへへ。ぷにぷに」
「や、やめてったら!」
「スンスン。なんか良い匂いが……」
「止めてって言ってるでしょ!!」
私はレナの顔を思いっきり叩いて、レナの格好いいイメージを守ろうとした。
しかし、その代償は大きく、レナは私の一撃で気絶してしまうのだった。
「え? あれ? レナ?」
「とりあえずこっちはこれで大丈夫だな」
「えぇ。そうね。後は防衛について。シーラ様には後で決まった事を話しましょう。じゃ、ヤスミンちゃん。また後でね」
「え? え?」
そして、エミリーさんとオリヴァーさんは出て行ってしまい、私は一人残される事になってしまうのだった。