(レナ視点)
この世界に救いはない。
全てが闇に包まれて、暗黒の世界におちていくのだ。
「ふ、ふふ、ふふふ」
「ちょっとレナ! 壊れてないでよ! 早く逃げないと!!」
「あー、もー、全部どうでもいー」
「良くないって! ほら、シーラ様以外にも素敵な人はいっぱい居るから」
私は腕を掴みながら引っ張るヤスミンに怒りの声をぶつけた。
「居ないもん!! シーラちゃん以外に私が好きになる人なんて! 居ないもん!!」
「だったら、それはそれでさっさと逃げるよ! こんな所に居たら、何も残らないよ!」
「……分かった」
私はエルフの里で起こっている大戦争から逃げる様にヤスミンと一緒に走り始めた。
敵のエルフは……あー、よく分からないな。
みんなポンポンポンポン転移してるし、放つ魔法も、森とか里に影響がないようにって基本空に向かって放たれてるけど、威力が大きすぎて、世界の終焉を見ているようだ。
「……でも、なんかおかしくない?」
「何が!? ここ最近はおかしな事ばっかりだけど!」
「そうじゃなくて、シーラちゃんの味方をしてる人が居る様に見える」
「そ、そうなの? 私にはさっぱり分からないけど」
「うん。何人か……でも、なんで」
「それはまぁ。みんなシーラの事が好きだからだねぇ」
「っ!? 貴女は」
「どうもー。エルフのリーンだよ。初めましてだねぇ。人間さん」
「は、初めまして」
「うんうん。挨拶は大事だね。良くできました。挨拶が出来なかったら滅ぼしてた所だよ」
「え」
私はリーンさんの言葉に凍り付き、そのニコニコと楽しそうな笑顔から一歩逃げる。
「そんなに怯えなくても。別に国を二、三個滅ぼしただけなんだからさ」
「いや、だけって規模じゃないと思うんですけど」
「そう? でもまぁ、しょうがないよね。コミュニケーションの基本が出来てなかったんだもの」
「そう、ですか」
「あ。まだ勘違いしてるでしょ。んー。しょうがないなぁ。ちゃんと説明してあげる」
「ありがとうございます」
「うんうん。そう。あれはね。私がまだ若かった頃の話。二千年前くらいかなぁ。森で人間の本を拾ってさ。その本は人間の社会を描いた物だったんだけど。その中に居た女の子がね。何か事件を解決する度に、ごきげんよう。って言いながら去っていくっていう話でさ。その挨拶で物語が締めくくられるんだよ。格好いいなぁー! って思ってね。私も事件を探しに人間の世界に行ったんだ」
「……はい」
「それでさ。戦争をしている国があったから、その争いを止めて、みんなが止まったなって思ったから、『平和が良いですよ。では、ごきげんよう』って言ったの」
「それで」
「本の中だったら、『ごきげんよう』って帰ってくるか。『あぁ、ありがとう。美しき君。貴女に会えて光栄だった』みたいな感じに帰ってくるのにさ。エルフが何の用だ! とか、また我らに害をなす気か! とか、私の話全然聞いてくれないからさ。とりあえず、ていってやったのね?」
「てい……ですか?」
「うん」
手を横に振りながら、てい、てい。と繰り返すリーンさんを見て、私は何が起きたのかを何となく察し、これ以上は聞くのを止めようと話を先に進めてもらった。
「えと、それで」
「あぁ、そうね。ていってやった後にね。もう一度、『挨拶はちゃんとしないと駄目ですよ。ごきげんよう』って言ったの。そしたら今度は魔法を使ってきてさ。そんなに私と挨拶するのが嫌なのかー! って思って全部消しちゃった」
とんでもない話だ。
話のスケールがおかしい。
しかし、今シーラちゃんが相手にしているのがそういう人だという事が分かって、良かった。
あ、いや、良くはないな?
「あ、でも、そのさっきの話なんですけど。どうしてエルフの方々にシーラちゃんの味方をする方が居るんですか?」
「それはまぁ、さっきも言ったけどさ。みんなシーラの事が好きなんだよ。千年ぶりくらいの子だからね。そりゃみんな可愛がるって話で」
「なるほど」
「だからさ。久しぶりに帰ってきたシーラが、なんか人間の世界で恥ずかしい目にあったって事で、みんなイライラしてて、そんな事をやった奴は全身の血を抜いて、森の餌にしてやるって思ったけど。何だかんだシーラも楽しそうだったし。シーラが楽しそうなら良いかなぁって思って、半分くらいはシーラの味方をしてるんだよ。もう半分はシーラを溺愛し過ぎて、里から出したくない連中だから、まぁ争いはしょうがない」
「……ちなみに、シーラちゃんを恥ずかしい目にあわせた人間も、許されたんでしょうか」
「あはは。そんな訳ないでしょ?」
笑っているのに、目が全然笑ってない。
私は背筋が寒くなるのを感じた。
このままでは殺される。いや、待て! 待て! 冷静になれ! 良い案がある!
「そ、そういえば、噂! あくまで噂なんですけど! シーラちゃんに恋人が出来たという話がありまして」
「あぁ、その事? まぁ良いんじゃない? 私はそういう経験も必要だって思うね」
「ですよねぇ~」
「うんうん」
「だから恋人同士がする事をシーラちゃんがしていても、その結果ちょっと恥ずかしい事が起こっても、まぁ普通ですよね」
「ん?」
「え?」
「恋人同士でする事? 手を繋いだり」
「あぁ、まぁそれもそうですね。後はほら、その手を繋ぐ先というか、何というか」
「先? まさかそれは口づけの話をしているんじゃないだろうな?」
リーンさんの気配が変わった。
怒りを身にまとっている。触れるだけで消滅しそうなほどに濃い魔力もだ。
「シーラに口づけはまだ早い!!」
「え」
「まだシーラは赤子の様なものなんだ! 当然だろう!!」
「いや、でも、ほら……恋人同士が想いを伝えあう必要はありますよね?」
「そんなもの。手を繋げば良いだろう。それで十分だ」
「……あの」
「なんだ」
「可能性の話なんですけど、あくまで! 仮定の話なんですけど。その、裸になって、触れ合って、抱き合うというのは」
「人間にはそういう事を考える者が居るという事か」
「まぁ、ゼロではないかと」
「分かった。では滅ぼそう」
「え」
「その様な危険分子を残しておくわけにはいかない。消滅させる」
「っ! だ、大丈夫ですよ! あくまで仮定の話ですから! その様な事をする者が人間に居るはずがありません!!」
「そうか。なら良いがな」
私は何とか危機を脱する事が出来たと心底安堵した息を吐くのだった。
この里はあまりにも危険が過ぎる。
「ちょっとレナ。どうするの」
「どうもこうも。これまでの事は全部黙ってるしかないでしょ。伝えたら私ごと世界が滅ぶ」
「だから気を付けなさいって言ったのに」
「しょうがないじゃん。目の前にしたら止まれなかったんだから!」
「何が止まれなかったんだ?」
「あっ! いえ! その、シーラちゃんがあまりにも可愛くて、その、見て! 愛でる事が止められないなと」
「そうか。だが、あまり見てやるなよ。シーラは恥ずかしがり屋なんだ」
「……分かりました」
私は後ろからツンツンと背中を付いてくるヤスミンに、止めてと心の中で叫びながら何とか危機を乗り越えるのだった。