(レナ視点)
今、私の前には人生における最大の危機が存在していた。
壁。そうそれは大きな壁である。
シーラちゃんの胸ほど可愛くも無いし、小さくも、柔らかくもない壁だ。
「それは……でも、レナちゃん、この前、止めて下さいって言ったのに」
「わかった! 今度からは絶対に無理言わないから! お願い~!」
シーラちゃんにしがみつきながら、絶対に離さないぞとばかりに喰らいつく。
ここで離せば二度と戻らないかもしれないのだ。それはもう必死になるというものだ。
「はぁ……もう、しょうがない子ですね。レナちゃんは」
「シーラちゃん?」
「分かりました。レナちゃんの事を信じます。もう意地悪しないで下さいね?」
小さなシーラちゃんが首を傾げながら言った言葉に、私の理性は一瞬で吹き飛んだが、何とか踏みとどまる。
踏み出してはいけない。ここから先へ向かえば、待っているのは、またシーラちゃんの居ない生活だ。
「と、当然だよ」
「もう限界みたいだけど」
「黙っててよ! ヤスミン!!」
「はいはい」
「本当に大丈夫ですか? レナちゃん」
「あ、あぁあぁ当たり前じゃん!!」
「そうですか。なら良いのですが」
「くぁ!!」
シーラちゃんが私を誘っている!!!
気のせいかもしれないけど! 気のせいじゃないよ!!
だって、ちょっと疑う様な顔しながら横目で私を見てさ!!
エッチすぎる!
「シーラちゃん」
「はい?」
「今私はね。凄いよ。本当に、もう凄い状態」
「我慢、出来ませんか?」
「……シーラちゃんが意地悪しなきゃ大丈夫だよ。意地悪しなきゃね」
「ふふ。分かりました」
いたずらっ子みたいに笑いながら私から離れるシーラちゃんから目を逸らし、大きく呼吸を繰り返して心を落ち着かせる。
とにかくもう二度と同じ失敗をする訳にはいかないのだ。
「ほら! 大丈夫だよ。ね? どっからどう見ても、そうでしょ? だから結婚しよう。早く!」
私はとにかく事実が欲しいとシーラちゃんの手を握りながら、そう訴えるのだった。
そして、三日後。
何とか説得を繰り返して、シーラちゃんの同意を得た私はエルフの魔法で準備されてゆく結婚式の会場を見ながら、何とか平静を保っていた。
「レナ。顔。顔!」
「へ?」
「ニヤニヤしないの」
「し、してないよ?」
私は顔を触りながら、キリっとした顔を作ろうとしたが、それがどういう風になれば良いのか分からず、意味もなく顔を触るばかりであった。
「今のレナを見たらどんな恋も消えるでしょうね」
「えぇえええ! ヤダー! どうすれば良いの!? ヤスミン!」
「さぁ?」
「ちょっと! もっと親身になってよ! 人生最大のピンチなんだよ!?」
「それは大変ね」
私は適当な言葉を投げるヤスミンの肩を掴んで揺らすが、何か解決策をくれるという事は無いのだった。
しかし、私は諦めずヤスミンへ訴えかける。
と、そんな風にヤスミンとじゃれていた私であったが、エルフが話しかけてきた事で、遊ぶのを止め、エルフの方へと向き直る。
「人間」
「何? エルフ」
「私にはセリアという名前があるんだ! 人間!」
「ふぅん。私にもレナって名前があるけどね。エルフ」
「だからなんだ!」
「相手を敬おうっていう気持ちもない人を名前で呼ぶと思う?」
「……レナ」
「何ですか? セリアさん」
「お前は何故シーラを求める。お前は人間なのだから人間と結ばれれば良いだろう。シーラを選ぶ理由がない」
「愛しているから。それ以上の理由がありますか?」
「シーラはエルフだぞ!」
「関係ないですよ。愛があれば」
「愛だと!?」
「そうです」
エルフのセリアさんは、奇妙な物を見る様な目で私を見てから、首を傾げ、腕を組み、悩む。
そして、しばらくそうして考えていたのだが、少ししてから口を開いた。
「それは奇妙な話だ」
「何がですか」
「人間はエルフと子を成す事が出来ないだろう」
「だから何ですか」
「いや、子を作れなければ愛を持つ意味など無いだろう」
「関係ないですよ! 子供が欲しいから愛するんじゃない! 愛してるから子供が欲しくなるんですよ。考え方が逆!」
「そうなのか」
「そうです! まぁ、子供は欲しいですが、出来ないのなら出来ないで諦めますよ。孤児院に子供も居ますからね。シーラちゃんと子供と一緒に過ごす事は出来ます」
「……」
「セリアさん。私はエルフの事は何も知りません。でもシーラちゃんの事はよく知ってます」
「そうか」
「幸せにします。確実にね」
「分かった……任せるぞ。とは言えないが、意思は理解した。今はとりあえず納得しよう。今回の式にも、お前にもな」
「それはどうも」
「だが! 忘れるな! あくまでとりあえず! だ。完全に許した訳じゃない! 認めた訳でもない!!」
「はぁ」
「何かあればすぐにでもシーラを里に戻すからな!! 良いな!? ……フン!」
セリアさんは怒りをその身に宿しながら、私に背を向けて去って行こうとした。
しかし、私はその背を捕まえて、言葉を掛ける。
「待って下さい!」
「ん? なんだ」
「あ、いえ。一つお聞きしたいんですが、エルフの人たち皆さん怪我を負ってたと思うんですけど」
「そんな物。体に魔力を通せば簡単に治る。まぁ無論時間は掛かるがな」
「それ!!」
「ん?」
「それ、シーラちゃんにも教えてあげて下さい。シーラちゃん、ちょっとした怪我も治せないし、この前なんて酷い怪我をしてたんですから」
「なんだと!!? それは本当か!? レナ!!」
「え、えぇ。こう胸を剣で貫かれて」
「どうやって助かったんだ!!」
「いや。私聖女なので……人の怪我とか病気とか癒せるんですよ」
「そうか。分かった。ならば教えてくるとしよう。それと……だな。お前の事に関しては皆に伝えておく。少しは批判も減るだろう」
「え? あ、それはどうも」
私は言葉ではなんか良い感じの事を言いつつ、やっぱり睨みつけながら歩いていくエルフを見て、心の中でメンドクサ! と呟くのだった。
そして、さっきの話は何だったのかとばかりに、嫌味を言っていくエルフは何人も居て、しかし嫌味は言うけれど準備だけは進めてくれるのであった。
「随分と綺麗な服だねぇ」
「そうね。何かエルフの子が結婚する時に着る正装みたい」
「って事は、認めてくれた……?」
「どうかな」
私は未だこっちを見てブツブツ言ってるエルフを見ながら苦笑する。
まぁ、シーラちゃんは末っ子の可愛い子だからしょうがないんだろうなぁ。
しかし、どれだけ文句を言おうが、結婚さえしてしまえばこっちのモンよ!
「……」
そして、私は奇跡を目の当たりにした。
「……はわ」
「レナちゃん?」
私は私と同じ様な服を着て現れたシーラちゃんに呼吸の仕方を忘れた。
「エルフの正装って和服みたいなんですね……っ!? レナちゃん!?」
「っ! ごめん。シーラちゃん。もう、可愛すぎて、止まらない」
「……もう。しょうがないですねぇ」
シーラちゃんは笑いながら私の背を撫でて、それから少しの間そうしていた。
そして、私は落ち着いてからシーラちゃんから少し離れて目線を合わせる。
「シーラちゃん。良い?」
「……はい」
私はシーラちゃんと少しの間見つめ合ってから、誓いの口づけをかわすのだった。