呪術廻戦の世界にTS転生しました!
呪術廻戦を読んだことのある人間が、そのような事実に気が付いたとして、いったいどのような行動を取るのだろうか。きっと大半の人間は、東京。特に渋谷周辺に訪れることは、非常に忌避するようになることだろう。
なんなら日本に住んでいる時点で、何をされるか分からないため、自己防衛のためにも海外に移住する選択を取るはずだ。…たぶん。
まぁ、他の人がどうするかなんて知らないが、少なくとも私はそのようにしたかった。
そんな逃走願望とは裏腹に、今の私は東京。しかも渋谷の病院で、ほとんど身動きの取れない寝たきり状態である。
なんなら渋谷駅より程近い場所だ。病室の窓から駅前を見下ろせてしまう。渋谷事変が起これば、間違いなく巻き込まれる圏内であった。
前世、こんな立地に入院施設付きの病院など、なかった気がするのだけれど。まぁ、きっと私の転生が関係している…いわゆるご都合主義というやつなのだろう。詳しいことはよくわからないけれど。
「どうせなら沖縄とかで入院していたかったなぁ…」
窓の外。渋谷駅にせわしなく出入りする人たちを眺めながら、そう漏らす。無論、有言実行なんてできはしない。
現状、私の体力では呪力で肉体を強化したとしても、半日も活動していられないだろう。病弱属性を持った美少女なんて、なんてありきたりな設定だろうか。
今更受けないよ、そんなの。…いや、そうでもないかもしれないな。
「蠅頭くん、君はどう思う?」
指先で蠅頭…木端の呪霊を弄り回しながら、問いかける。
返ってくるのは、如何ともしがたい悲鳴だけだ。酩酊呪法によって方向感覚を失ったそれは、さながら尻尾を追いかける犬のように、同じ場所を回り続けている。
そうやってごちゃごちゃ考えながら、蠅頭相手に独り言を続けていると、不意に病室の戸がノックされた。
窓の外から音のほうへ視線を移しながら、蠅頭を握りつぶす。そして、向こう側にいる誰かに「どうぞ」と伝えると、ガラガラと戸が横にスライドして、見慣れた看護婦さんの笑顔が現れた。
「麗奈ちゃん、点滴入れ替えますねー」
「おねがいします」
見た目、まだパックの中身は潤沢に見えるけれど、定期交換ということなのだろう。
前世でさんざん貧乏根性を身に着けてきた人間としては、残った薬液が勿体ないように思えるが、仕方のないことだ。
「今日はハロウィンですねえ」
「そうですね、今晩は仮装をしている人がたくさん見られそうです」
「渋谷駅、見下ろせますからねえ」
特徴的な間延びした語尾がおちつく。
前世と比べて人と話す時間が凄まじく少ないから、こうして適当な世間話をしているだけでも、なんだか楽しく思えてくるものだ。
……しかも彼女、相当な美人さんなのである。なぜか年齢を感じる振舞いをすることがあるけれど、見目は二十台半ば。それに胸が大きい。
そんな素敵な婦女と会話をして、つまらないわけがなかった。そんなことを考えながら言葉を交わす最中にも、看護婦さんは手際よく点滴の管を入れ替えて、パックの交換を終える。
「2018年もあと一か月で終わりですか。もう七年目。人生の半分をここで過ごしたことになりますね」
「…もう、そんなに経つんですねえ」
少々言葉に詰まりながら、彼女は相槌を打つ。
きっと私をかわいそうだと思ったのだろう。いつも穏やかな笑顔で固定されている彼女の眉尻が、少し下がって悲しそうな表情を映したのだ。
良い人だ。性格が良い美人の、物憂げな顔は魅力的である。
もっと困らせていきたい。
「これからもお世話になりそうです、よろしくお願いしますね?」
「こちらこそ…でも、早く元気になったほうがいいですからねえ」
そうこう言っているうちに、どうやら後片付けも終わったらしい。
諸々纏めたものをキャリーに乗せると、看護婦さんはこちらを見下ろす。
「また来ますねえ、それとこれ」
彼女は自らのポケットから、黒飴を取り出した。そして、それを渡そうとこちらに手を伸ばすが、私はそれを「あぁ、待ってください」と言って止める。
困惑する看護婦さんを前に、咳ばらいを一つ。
「トリック・オア・トリート、ですよね?」
「あらあら、それじゃあ改めて、お菓子をどうぞ」
手渡しで、黒飴を受け取る。
それを開けて口に含めば、黒糖の優しい甘さが口いっぱいに広がった。
「おいひいです。…でも看護婦さん、14歳の子供に黒飴は、がっかりされちゃいますよ」
「そうですかねえ」
病弱な私は、就寝時間も相応に早いものである。時刻は7時を少し過ぎたあたりだろうか。
もはやぐっすり寝込んでいたところ、突如として病室の戸が開けられた。
強烈な勢いを感じさせる、乱暴な開扉の音によって目を覚ますと、意識もまだ朦朧とする中、焦ったような看護婦さんの声が飛んできた。
「麗奈ちゃん、逃げ」
目をこすりながら、そちらを向く。
ぼやける視界。電気を消した部屋の向こうは、どうやらまだ明るい。廊下はまだ消灯前らしい。
眩い光源が部屋に差し込み、目をくらませる。
その状態でなお、しっかりと視界に映り込む異常。そこにはおよそ人とは思えない、何か大きなシルエットが佇んでいた。
「看護婦、さん…?」
それが、看護婦さんな訳が無い。確信しつつも、問いかける。
返事は来なかった。彼女が私を無視することなんて、今まで一度もなかったというのに。
視界が明るさに順応してくると、自ずと病室前で伏せている身体を捉えてしまう。
床に力なく崩れ落ちた看護婦さんの姿には、そこにあるべき頭部が見当たらなかった。
「―――――――――?」
不明瞭で不気味なささやきが響いた。
扉前に立つシルエットの正体は、どうやら屈んで扉を潜ろうとしている怪物だったらしい。
それは、腕の4つある男が、まるまると太ったような姿をしていた。達磨を彷彿とさせる死んだ魚のような丸い瞳が、じろとこちらを睨みつけており、口元は歯を剥き出しにした…まるで食いしばるような、それでいて笑顔のようにも感じる、悍ましい表情を浮かべている。
―――呪霊だ。
認識と同時に呪力を迸らせる。
それは敵だ。私を殺そうとしている。…そのような認識が、漠然と身体を動かしたのだ。
「酩酊呪法…」
生得術式、酩酊呪法。
効果は相手を泥酔状態にするというものだ。この術式による効果は、例えば呪霊のような毒物が効くか怪しい相手にも、十分な効果を与えられる。
発動条件は目視、かつ対象が約10M圏内にあることだ。
「―――――――――!?」
呪霊の身体がぐらつき、看護婦さんの亡骸を踏んだ結果、滑るようにして転倒した。
そして、それは俯せの姿勢のままうめき声を漏らすばかりで、これ以上動くことをしない。
酔って良い気分にでもなっているのだろうか?
私は点滴の針を抜くと、呪力で肉体を強化して立ち上がる。
久々に地面に足を付けた気がする。酷く冷たく、また硬い感触が、なんとも不快だ。歩き方も、いまいち覚えていない。
それでもなんとか、覚束無い足取りで呪霊の下まで訪れると、それの頭に向かって拳を振り上げた。
「えい」
結論から言うと、あれは呪霊じゃなかった。
殺しても形が残り続けたから間違いない。呪霊は死んだ時、何処ぞへと消えてしまうはずである。…となると、おそらくはアレは真人の改造人間だ。
渋谷に改造人間が放たれるタイミング。…それを考えると、これが呪術世界にありふれた、呪霊を原因とする怪死事件ではないということは明白である。
端的に言うと、もう渋谷事変が始まっている。
「つらみ…」
今日がその日だったのかと嘆くも、もう遅い。行動を始めなければ命はないだろう。
渋谷事変は終結するまで、どれくらいの時間が掛かるだろうか?…よく覚えていないが、たしか日は明けていなかったはず。
それならば希望はある。
自己分析だが、特級クラスの相手との戦闘を避ければ、おそらく明日。夜中の三時頃までは、まともに戦闘ができる状態でいられるはずだ。
……だが、ただ逃げ隠れしていては、今後生き残ることに無理が生じるだろう。
問題はいくつかある。
まず宿儺と魔虚羅の戦闘、および伏魔御廚子の展開。あれは範囲内にいては避けようがない部類の災害だ。巻き込まれれば無事では済まない。
このため前提として、虎杖や伏黒の付近に居るのは避けるべきである。
また、私は集団戦や長期戦に極端に弱い。二級にも満たない呪霊でも、三体以上との集団戦…あるいは、一時間以上戦いが連続すれば、息切れを起こすだろう。そうなれば負けは確実だ。
なんならとどめを刺されずとも、発作を起こして病死するだろう。
たしか渋谷事変は、羂索が東京中に呪霊をばらまいているはずだ。つまりこの『集団戦』『長期戦』は、容易に起こり得る状況ということである。
この場所では、ある程度の強者に守られる必要があるだろう。
更に言うと、今後の展開…死滅回遊を生き残るためには、物語と関わりを持ったほうが良さそうに思えるのだ。あれは石流のような強力な術師や、特級クラスの呪霊が頻繁に出現するイベント。
耐久力のない私が単体でいれば、まず間違いなく死ぬだろう。マトモな倫理観を持った人間の庇護に入る必要がある以上、一番情報のある主人公陣営に付くのが安泰だ。
それらの問題をクリアするためには、渋谷事変への参戦が必須となるだろう。
死滅回遊の回避方法や詳細。渋谷事変の戦況。これらを把握していない私が取る行動となると、ある程度絞られてくるものがある。
『虎杖・伏黒と関わらない』『主人公陣営に恩を売る』『一級術師クラスの人間と行動を共にする』…このあたりだろうか。
補助監督と遭遇できれば、保護してもらえる可能性もあるが…今を生き残れても後が無い可能性が高いので、この手は避けるべきである。
「…考えるのも、大概苦手なんですけどね」
後先を深く考えて策を練ることは、疲れるので苦手だ。それならば呪力に酔って、惰眠を貪っていたい。
看護婦さんも死んでしまったし、本当につまらない展開になってしまったと思う。もし渋谷事変前に健康になれたのなら、彼女を誘って旅行とかにも行ってみたかったな。…流石に難しいかな。
憂鬱を誤魔化すべく、窓から見下ろした渋谷の町並みは、ハロウィンの夜にしては異様な程に人が少なかった。
そろそろ行かなきゃだめかな。
今がどのタイミングかは分からないが、少なくとも宿儺は起きていない様子である。…であれば、まず探すべきは釘崎野薔薇になるだろうか。
彼女がまだ補助監督のあの人。新田…なんだっけ。名前は忘れてしまったが、プリンヘアーの彼女と行動を共にしている時点であれば助かるのだが。
受胎より変異した特級呪霊・陀艮の戦闘は、現状、酷く劣勢の様相を呈していた。
特別一級呪術師、禪院直毘人に行動の起こりを潰され、そこに一級呪術師・七海健人、四級呪術師・禪院真希による追撃が入る。
言ってしまえば、直毘人単騎に蹂躙されているといった具合だが、残る二人が与える攻撃も決して無視をできるものではなかった。
明らかに格上であるはずの陀艮が、少しの行動も許されず攻撃を受け続けるという構図は、正しくリンチそのものであろう。
三方より襲い来る攻撃から逃れるべく、印相を結んだ彼は、あたりに水を撒き散らしながら上へと跳ねる。
その回避行動に、真先に反応したのは、やはり禪院直毘人であった。
「滞空出来るんだもんなぁ」
声の位置は…陀艮の上方。
手印を結んだまま上に逃れた彼は、まだ行動を起こす準備ができていない。
「俺でも上に逃げる」
「…っ!」
陀艮のさらに上を取った直毘人は、彼に無慈悲な上段蹴りを食らわせた。
吹っ飛ばされた陀艮は、一度地面に打ち付けられてなお威力を殺せず、さらに遠くへ跳ね飛んでゆく。その先には、先回りしていた老人…禪院直毘人の姿。
体制を立て直すことはおろか、僅かな動作すら起こす間もなく、地面へと叩き沈められる。
(術式が、発動できない…!!)
動きのすべてを潰されて、動くことができない。攻撃、防御、逃げ…あらゆる行動を阻止される。
現状大したダメージはないが、このまま続けていれば負けるのも時間の問題だろう。
(早い!おそらく、漏瑚よりも!!)
…しかし、いくら早かろうが、奴らは漏瑚には遠く及ばない。
この不利な盤面をひっくり返す打開策を、陀艮は持っているのだから。
彼は再び手印を結ぶべく、動作した。
「させんよ」
無論、直毘人がそれを見逃すわけはない。
水の防壁が無ければ、呪術師最速たる彼にとって、陀艮の印相…軽く腕を動かすコンパクトな動作ですら、止めることは容易であった。
そうして動けない呪霊を前に、彼は術式を用いた高速ラッシュを仕掛ける。果てしない速度で繰り返される拳は、並大抵の呪霊ならば即座に祓われてしまう程度の火力はあった。
それでも陀艮を祓うには到らない。
「!」
ラッシュの最中、直毘人は気付く。
呪霊の腹部に浮かび上がった紋様…宝袋に。それは呪術的に、印相に勝るとも劣らない術式出力の向上をもたらすもの。
直後、領域が発動した。
「領域展「領域展開…!」」
ただし、最終的に展開されたのは、陀艮の領域ではなかった。
彼の声を遮るように、少女の声が駅構内に響き渡る。
一瞬だけ展開された砂浜の景色。それを上書きするように、あたりを満たすは酒の匂い。そして降りしきる雪と、まん丸の満月が浮かぶ夜空。
予想外の事態に、動揺が走る。
領域は、より洗練された領域により、上書きすることができる。
つまり乱入者は、呪術の力量…技量、もしくは術式の出力において、この特級呪霊を遥かに上回る実力者であるということだ。
「私は内村麗奈…フリーの呪術師です。どなたか存じ上げませんが、助太刀いたします」
内村麗奈
口で言うほど渋谷から逃げたがってはいなかったりする。
『成功する可能性がとても高い大変な行動』と『失敗する可能性が高い何もしない』だと、前者をやりたいと口で言いつつ後者を実行するタイプ。シンプルに怠け者。