シーン1 ――黒森峰にて――
「…例えばですが、同じ戦車、同じ練度の編隊を率いて戦った場合、やりたくない相手などはおりますか?他の高校の隊長の方々などから、ぜひ」
黒森峰を率いる隊長・西住まほへのインタビューの中で、唐突にそのような質問が一人のインタビュアーから発された。
このインタビュアーの質問は、黒森峰は戦車も充実し練度も高いために勝利している、といったニュアンスの回答が多かった西住まほへの意趣返しのようなものであった。
黒森峰の隊長としてではなく、ひとりの人間として、あなたは自分自身がどの程度の指揮能力を有していると思いますか?また、指揮能力が高いと思う他の高校の隊長は誰ですか?
そのように言い換えてもいいこの質問は、捉えようによっては侮辱にもあたるものである。
……とはいえ、この質問を咎める人間はその場にはいなかった。
パパラッチというものは所詮、話題性のあるものに飛びつくハイエナのようなもの。そこに相手を労わる、思いやるなどというものは存在していなかった。
それに、純粋にこの質問に対し、黒森峰の隊長、西住流の時期家元候補である西住まほがどのように答えるのか興味があった。
当然のように「西住流が最強」と答えるだろうか。それとも、別の高校の隊長の名前を挙げるだろうか。
もし他校を上げるならば、どこだ?サンダースか?プラウダか?聖グロリアーナ?
それとも…今年戦車道が復活し、そこの隊長を務めているという、元黒森峰所属の実の妹か?
記者たちの興味は絶えなかった。
「……」
この質問を受けて辟易したのは西住まほである。
当然である。西住流を継ぐものとして、ここで弱気な発言などできるはずもない。
だが――――だが、先ほどの条件を適応させたとして。
同じ戦車、同じ練度の部隊を率いて戦った場合。
自分が最も苦戦するであろう相手に――――強烈に思い当たる人物がいるのも、事実だった。
「…西住流は戦車道にて最強。故に、私は部隊の条件が同じでも、誰が相手でも負ける気はしません…し、やりたくないといったこともありません。正面から打ち破るのみ、です」
記者相手によく使う威厳を感じさせる声色を意識して使いつつ、憮然とした表情でまずそのような答えを返した。
質問をした記者も、周りの記者群も、おお、と感嘆とも合槌ともとれる声を漏らし、手元のメモに何か記している。
西住流として、黒森峰の隊長として、一応の正しい回答を返しただろう。
…まほは、ちらりと横目で、壁に掛けられた時計を見た。インタビューの時間はもう間もなく終了するところである。
おそらく次の質問はないだろう。この質問で最後だ。
この長かった、面倒な仕事からも解放される。毎月のように取材は来るが、その度に肩筋を張り神経を集中させて答えるのは、いくら西住流の後継者と言っても、まだ18の女の子には疲れるのだ。
そんなつらい時間ももうすぐ終わりだ。また戦車に乗り、今日の練習に戻ることができる。ようやく、だ。
………そんな、圧迫された空気から解放されるのが目前に迫っていたことが、この後に続けて口に出してしまった言葉を生み出したのかもしれない。
「………ただし、苦戦は必至だろうと考えられる他の高校の隊長ならば、心当たりはありますが」
ざわ…!
と、記者団の空気が変わったことをまほは感じ取った。
しまった。
口を滑らせた。
記者たちに、余計な期待を抱かせるような発言をしてしまった。
そのまま自信満々に、目でも閉じて憮然とした態度でいれば、インタビューは終了しただろうに。
強烈にまほに襲い掛かる自責の念。
自分の失敗を感じて内心で自己を叱責したが、興味を持ち始めた記者からはそんな内心も知らずに、当然の質問が返された。
「では、西住まほさんの考える、強敵と思われる他の高校の隊長は!?」
鬼の首でも取ったかのような、興味と好奇心に彩られた表情をした記者の質問で、まほは背水に自身が立っていることを痛感する。
…だが、ここまで記者からの直接の質問を受けてしまえば、答えないわけにもいかない。そもそもが自分の漏らした一言が原因なのだ。
ええい、ままよ。もやは投げやり気味な思考を纏い、西住まほは答えを返す。
自分が最も恐れ、そして信頼している、一人の隊長の名前を。
その答えは、記者団が答えるであろうと思い描いていたいくつかの人物とは、全くかけ離れたもので。
翌週発刊の『月間戦車道』の一面を飾ってしまう、戦車道を震撼させた一言であった。
「………アンツィオ高校の隊長、安斎千代美…さん。彼女と戦うならば、私は全身全霊を以て勝負に臨む必要があるでしょう」
※ ※ ※
シーン2 ――アンツィオにて――
「…ん?なんだぁ?今日は妙に活気があるような…?」
アンツィオ高校の隊長、アンチョビこと安斎千代美は、普段の三つ編みをほどいてリボンを結んでツインテールに変身し、ドゥーチェ・ファッションに着替え、今日の練習に参加しようと隊長室を出たところで、みんなが集まっているはずのグラウンドが妙に騒がしいことに気づいた。
普段であればおやつの話とか料理の話とか、本当に時々戦車の話とかをしながら、それでもここまできゃーきゃー騒いでいることはない。
まさかみんな、とうとう戦車道へのやる気を出してくれたのか!?と一瞬思ったが、ありえなさすぎる想像だったので頭の片隅へおいやった。
とにかくグラウンドに急いで、何があったのが確かめねば。
ただ何事もなく騒いでいるならばまだいい。もしかしたら、誰か貧血で倒れてたり、戦車で事故があったりしたのかもしれない。
「……まさか、だよな?」
最悪の光景を思い浮かべようとする頭をぶんぶんと横に振り、それに合わせて激しく動くツインテールを邪魔だと感じつつも、足は小走りになっていた。
そして、安斎千代美がグラウンドに到着したとき……そこには彼女が全く想像していなかったシチュエーションが広がっていた。
「…ではペパロニさんは、戦車道も初めてまだ二年経っていないということなんですね?」
「いや~そうなんッスよー。ドゥーチェにしつこく誘われたから、料理付きってのも気にいったんで始めてみたんスけど、これがすッげぇ楽しくて!」
「なるほどなるほど…では、その短期間で努力を積み重ねたということですね。何か練習で心がけていることなどありますか?」
「心がけ??んー、そりゃー楽しい料理と旨い飯!これに尽きるッスよ!」
「……はぁ」
「…カルパッチョさんは子供のころから戦車道を修めていたということですが、当時のライバルなどはどなたかおりますか?」
「えーと、少しずれた答えなのかもしれませんが……大洗高校に進学した友達がいて。今年から、彼女も戦車道を始めたと聞いたので。その人がライバル…と言えるのでしょうか?今は違う高校ですけど…昔からの親友です」
「ふむ、大洗高校は今年から戦車道を復活させたと聞きますが…不思議な縁ですね。よろしければ、何かそのお友達にメッセージなどありますか?記事に乗るかもしれませんので」
「え、本当ですか?困っちゃうな…それじゃあ、『たかちゃん、お互い頑張ろうね。ずっと一緒だよ』…って、感じでいいでしょうか…?」
「…………なんだこれは」
グラウンドに到着した安斎千代美は、開いた口がふさがらないという人生初の経験を噛み締めていた。いや、口は開いたままなのだが。
グラウンドにいたのは、人、人、人。アンツィオの戦車道履修生徒全員どころではない、その1,5倍ほどの人。
さらに言えば、生徒の中にちらほら目につくのは大人だ。肩からカメラや手帳などを下げており、腕章をつけているところを見ると、どうやら記者のようだ。
…だが、おかしい。アンツィオに取材が来たことなど、これまでに数えるほどしかなかったはずだ。
その内容も、「料理がおいしい」や「美人が多い」など、学校の特色を挙げたものが多数で、戦車道に関しての取材など、大会に参加が決定した時に来た一人の記者に「抱負を一言」と聞かれた程度なのだ。
安斎千代美も、本当は記者などを読んでアンツィオを売り出し、評判を上げて隊員確保やスポンサーなど…と考えてはいたのだが、いかんせん実績がない。
今年の夏の大会でこそ勝利し、実績を積んだ上で動くべきだ。と、そう考えていたので、まだ記者などに呼びかけることなどはしなかった。
なのに、なんだ。
この記者の大群は。
「あっ、ドゥーチェだ!おーい、ドゥーチェ~~~~!!ドゥーチェへの取材にー!記者の皆サン方、来てくれたみたいッスよ~~~~!!!」
そして目ざとく我らが隊長を見つけたペパロニが、大声で叫びながら笑顔とともに手を振ってきた。
同時に、その場にいた記者たちの目がザッ!!と安斎千代美を射抜く。
さらに、隊長がいなかったため他の生徒の取材に精を出していた記者たち、ほぼ全員取材を切り上げて安斎千代美に駆け寄ってきたのだ。
「うわっ、ええー!?ちょ、ちょっと!なんだこれは!?」
流石にこの異常事態に、安斎千代美も少しおびえて後ろに下がった。
だが、こうして取材に来てくれたのならばむしろ自分たちにとっては喜ばしいことではないか。
取材をしてくれるというのであれば、願ったりかなったりだ。
……が、理由もわからずに、こうして数十人の記者に囲まれると、流石に肩身の狭い思いがする。
だが、これでも自分はアンツィオの隊長、ドゥーチェ・アンチョビだ。胸を張って取材に答え………
「…アンツィオ高校戦車道の隊長、安斎さんですね!わたくし○○の記事を書いております…」
「…隊員の皆様からは敬意をこめて『ドゥーチェ』と呼ばれているようですが、その経緯を…」
「…『アンチョビ』というあだ名はご自身ではどう思われて…」
「…アンツィオ高校では料理に力を入れていると…」
「…戦車道を始めたきっかけを…」
「…黒森峰の西住…」
「ちょ、ちょっと待ったーー!!!スタゥプ!フェルモ!!ナン・チ・プロヴァーレ!!!」
ワッと質問を津波のようにぶつけられて、安斎千代美は自分の使える語彙すべてを使って記者たちの質問をいったん止める。
落ち着け。私はドゥーチェであっても聖徳太子ではない。複数人からの質問に同時に答えるのは無理なのだ。
それに、だ。まずは質問を受ける前に、こちらから質問を投げかける必要があるのだ。
とりあえず順番に記者さんたちから名刺を受け取ってはお礼を言って、ある程度落ち着いた雰囲気になってから、小さく深呼吸して、一言。
「…で、その。なぜ、皆さんは急に我がアンツィオへ取材に……?」
…我ながら情けない声だと思った。
他の高校の同級生や後輩たちの前ならば、ドゥーチェとして親しまれる元気な態度もたやすいものだが。
さすがに大人の、しかも取材に来た記者たちの前であの尊大な態度をとるわけにもいかず。あまり使い慣れていない敬語で喋る必要があった。
あとでカルパッチョに敬語の使い方を教わろう。そんなことを頭の片隅で思いつつ、記者たちに投げかけた、一つの質問。
……なぜ、ウチに取材に?
これがわからなければ、これから答えるであろう取材にもうまく答えられない。
どういった原動力で、アンツィオ高校の戦車道に取材に来てくれたのか?
知名度や実績など何もない。今のところ、ノリと勢いしかなく、それすらも夏の戦車道大会が始まっていない今は人前で発揮できたわけではない。
安斎千代美には、こうして取材に来てくれたパパラッチが、なぜここにいるのかまったくもって理由が思い当たらなかった。
そして、安斎千代美のその質問に対して、まるで意外という風に記者たちがざわめきだした。
えっ、何そのリアクション。私たちが注目されるのが常識みたいなそれはなんだ!?と安斎千代美がテンパりだす寸前、一番近くにいた一人の記者が、腰のポーチから一冊の冊子を差し出した。
「あ、どうも。えーっと、なになに……」
お礼を言って、差し出された冊子を受け取る。月間戦車道、今月のものだ。背表紙を見ることで、安斎千代美はそれと判断することができた。
では問題の部分はどこなのか、と冊子を開く必要すらなかった。
……表紙にでかでかと印刷されている、中学時代のライバルであり友人、西住まほ。
そして、そこに重ねて印刷されている見出しの文字。
『衝撃!!黒森峰の真のライバルはアンツィオ高校!?』
『「私のライバルはアンチョビだ」そう語る西住まほ!!!』
「……………にぃぃしぃぃずぅぅみぃぃぃぃぃぃいいいい!!!!!」
ドゥーチェの慟哭がアンツィオに木霊した。
そしてその後、およそ3時間にわたり記者団からのドゥーチェへの質問攻めが続いた。
取材攻めに会うなど安斎千代美にとっては初めての経験だったため、受け答えは大変拙い様子で、カルパッチョは心配そうに、ペパロニは腹筋が攣るのをこらえつつ、見守っていた。
――――西住まほさんとはどのような関係なのですか?
――――いや、関係って言われても、あいつとは中学のころ一緒に戦車道してただけの友達で…
――――アンツィオ高校の戦車道についてお聞かせください。
――――ノリと勢いで、すべてぶっ潰す!…み、みたいな?
――――今年の夏の大会、勝算はありますか?
――――なければ参加しないだろ!?
――――アンツィオ高校の実力を軽視する高校もいくつかあるようですが…
――――アンツィオは弱くない、いや、強い!…って、言われたいなぁ。
――――アンツィオの隊員たちの練度について、一言ありますか?
――――みんなすごくいい子たちだぞ…じゃない、いい子たちです。ただ、食事へのやる気がもう少し戦車道に向いてくれればと…。
――――ところでそのヘアスタイル、大変お綺麗ですが…どこのメーカーのウィッグをご利用なのですか?
――――じーーーげーーーだーーーー!!!
……そして、翌週発刊された『月間戦車道 特集号』。
その表紙には、明らかに写真慣れしていないとわかる安斎千代美、いやドゥーチェ・アンチョビの決めポーズをセンターに、アンツィオ高校の戦車道の隊員たちの集合写真が飾られていた。
特集号に記された記事の内容から、アンチョビのキャラクター性やアンツィオ高校の陽気な戦車道に一定の評価を持った人間もおり、アンツィオの戦車道にも少ないながらもスポンサーなどが付き、そのお金で新型の重戦車を購入したのは、特集号が発刊されてからすぐのことであった。
※ ※ ※
シーン3 ――大学選抜との試合後、夕焼け――
「………おい、西住」
「…安斎か」
大学選抜と大洗女子の試合が大洗女子の勝利にて幕引きし、その後の挨拶やそれぞれの高校同士での試合後の感想、交流なども終わりが見え始めたころ。
妹との会話が終わったところを見計らい、安斎千代美は西住まほに話しかけた。
「言いたいことは死ぬほどあるけど、まずは一言。……よかったな、西住みほの――妹さんの学園艦、廃艦にならなくて」
「ああ…そうだな。本当によかったよ。集まってくれたみんなのおかげだ。もちろん、みほやその仲間たちも相応の努力をした結果だが」
ニッ、と笑顔を見せるドゥーチェ・アンチョビの格好をした安斎千代美と、それに合わせてふっ、と笑みを漏らす西住まほ。
西住まほを上辺のみ知るものならば誰もが驚愕するであろう、表情の変化…小さいながらも笑顔だ。
この表情を見て驚かない人間は、二人。
西住まほの最愛の妹、西住みほと。
西住まほの最大の友、安斎千代美。
「私も重戦車が直ってればもっと活躍できたんだけどなぁ…スポンサーの奴ら、夏の大会の二回戦で私たちが負けたとたんに手のひら返しやがって」
「ふむ、そうなのか。大変だな」
安斎千代美の声もまた、誰も聞いたことがないような穏やかさと気安さに満ちていた。
それは、高校に進学してドゥーチェとしての仮面を被ったアンチョビのテンションではなく。彼女本来の声色であった。信頼できる友と話す時の、落ち着きを持った雰囲気であった。
…そして、安斎千代美は話を核心へと移す。
「で、だ。それはそれとして…西住。なんでだ?」
「……なんで、とは?」
西住まほは、心底何を言っているのかわからない、と言った風に言葉を返した。
それに対し、激高するでもなく、変わらぬ声のトーンで安斎千代美が続ける。
「月間戦車道6月号。なぜ、私を名指しした?他にも強い高校なんていくらでもあるし、強い隊長なんていくらでもいる。プラウダのカチューシャでも、サンダースのケイさんでも、グロリアーナのダージリンでも、継続のミカでも、…大洗の西住みほでも、だ。なぜ私だったんだ?」
「…ああ、あれか」
ようやく合点がいった、という風に西住まほはそっと目を閉じる。そして次に浮かぶのは、口元の笑み。
ほころんだ、と表現してもよいだろう。それは気の置けない仲である安斎千代美の前だからこそ見せる表情だった。
「実はな安斎。あれは私のミスだ。記者団にあまりにも言い寄られるものだから、こぼしてしまった本音に過ぎない」
「…はぁ?どういうことだ西住。お前、記者からの取材なんて慣れたものだろう?」
私のミス、という、聞きようになってはナイフにもなる言葉も。
こぼしてしまった本音、という、まほの本心からの言葉も。
すべて理解した上で、呆れた顔を作る安斎千代美。
「そう、なんだがな。おかげで母にはこっぴどく叱られたよ、西住の名を冠する人間が弱気とも冗談ともとれる発言をするな、とな。あんな弱小高を、と口にされたときは流石に言い返したが」
肩をすくめて冗談めかした口調でいう西住まほ。
その言葉の内容は、西住まほの母親、西住しほを知るものであれば思わず同情してしまいそうなほどの叱責の場であったことは想像に難くはない。
もちろん、安斎千代美も西住家の事情はある程度把握している。
…そのうえで、こうして苦笑いをお互いこぼしながら、会話をできる仲。
それが、安斎千代美と、西住まほだった。
「はぁー…ま、いいけどさ。なんか変な裏でもあったのかと思っただけだから、それが聞ければ。おかげでうちはちょっと名前が売れて、一応重戦車を買うこともできたわけだし」
「そうか。正直なところ、お前に迷惑をかけていやしないかと心配だったが…そう言ってくれると、うん。すまないな」
「いいって言ってんだろー?西住が意外とおっちょこちょいなのはよく知ってるよ」
安斎千代美は柔らかな笑顔とともにひらひら、と手のひらを振った。
…ほかにもいろいろ聞きたかった事はあったが、お互いの言葉の裏にすべて溶かし、充分な納得を得られた。
うん、充分だ。
西住まほとは、お互いへの疑問を根掘り葉掘り話を掘り起こして会話しなければならないほど、関係は浅くはない。
記者の取材のときは、こっちこそテンパってしまい、ろくなことを言えなかったが…親友だと思っているし、向こうもそう思ってくれているだろうという実感はある。
中学のころから、西住まほに追いつこうと、肩を並べていたいという思いの元、西住まほ以上に真剣に戦車道に取り組んだ。
そして、西住まほとは違う、奇策も用いた軽いフットワークと情報戦を主とした戦略を編み出した。
高校では、学園自体の力量も大きく離れていたことで、結局一度も試合を組むことはなかったが…それでも、彼女とは違う戦車道を、自分なりに習熟し成長している実感はあった。
最も、安斎千代美本人としては、西住まほに自分の戦略が届いているという実感はなかったが。
そして、そんな安斎千代美を、誰よりも冷静に、そして誰よりも深く理解しているのもまた、西住まほだった。
西住まほは中学時代に安斎千代美と出会い、今日に至るまで、常に抱えている思いがあった。
安斎千代美の奇策とも言うべき戦略。これは、西住流にとって天敵ともいえるものであると。
また、彼女自身の戦車の扱い、車長としての能力も、卓越したものであり…自分と比較してもひけをとらない、むしろ分野によればはるかに凌駕しているものであると。
例えば今回の大学選抜の試合を例にとってみよう。
西住まほはティーガーⅠに乗車。その上で、試合全体の活躍を見ると、西住みほとコンビを組んだ最終局面以外は、実は大きな戦果を挙げていたわけではない。
むしろ、隊長機としては初手から味方を危機にさらしてしまったという見方もできなくはない。つまり、最後まで生き残ってはいたが、常に活躍していた、というわけではなかった。勝利という決着にたどり着けたからいいものを、実にふがいなく思っている。
それに対して、安斎千代美の駆けるCV33。こちらは最後まで生き残りはしなかったものの、カール撃破に貢献、遊園地戦闘での敵全体のGPS役、西住みほの迷路戦での的確なタイミングの指示、ジェットコースター上での敵の誘導からの援護、最後に戦車による水切りまで見せた。
怒涛の活躍と言っていいほどの戦果を挙げている。
そもそもがティーガーと比較しても火力はほとんどない豆戦車だ。しかし、そういった戦車だからこそ、搦手に有効であるとも言える。
さらに言えば、搦手を使わせて安斎千代美の右に出る者はいないのだ。
ほとんど豆戦車で構築された部隊で、戦車道大会の1回戦を突破しているという事実にこそ、感嘆を覚えるべきなのだ。
…そのように、西住まほは考えていた。
…そんな、西住流の体現しかできない自分に比べて、とてもまぶしく輝く存在。
それが、安斎千代美であった。
安斎千代美と友人という立場にある自分を誇れるし、そんな安斎千代美だからこそ、あの時の記者の質問で、すっと頭に思い浮かんだ。
口に出してしまい、迷惑をかけてしまったとも思ったが…そういう自分の心配すら、彼女は晴らしてくれるのだ。
「……ふふ」
「…ん?どした?」
誇れる友人を前に、なぜだか急におかしくなり、西住まほから笑みがこぼれた。
それを訝しげな目で見る安斎千代美。ん?と言葉に合わせて首をかしげて、ツインテールがふわりと揺れた。
「いやなに、その髪型も似合っていると思ってな。中学の頃には見たことがない」
「おまっ、お前な!これはアンツィオの隊長の伝統的なヘアスタイルなんだぞ!いや、私も気に入っちゃいるけど!」
馬鹿にされたような気がして、ぷんすかと怒り出す安斎千代美。もっとも半分は演技だ。西住まほが人の髪形を馬鹿にするはずがないし、実際に西住まほも素直に似合っているとふと思っただけであった。
気安く素の自分を晒しあえる友人関係が、そこにはあった。
…だからだろう。西住まほも、息をするかのように自然と、次に続く言葉を紡ぐことができた。
「…なぁ、安斎」
「だからなんだよ、さっきから…。私の疑問は消化できたから、何もなけりゃ私も帰るぞ」
「私と一緒に、大学の戦車道で暴れてみないか?」
「………は?」
なんだって?
安斎千代美は、一瞬我が耳を疑った。西住まほの言葉をかみ砕くのに、少し時間を要した。
一呼吸する程度の時間をおいて、ようやく内容を理解した。
それはつまり、
「…お前の進学する大学に、私も来いって?」
「そう言っている。…なに、さっきは妹に同じようなことを誘ったのだが、断られてな。次の女、というわけだ」
「お前……お前なぁー…?」
「…本気だ」
西住まほが真正面から安斎千代美をとらえる。
空気が変わったのを感じ取り、安斎千代美も居を正した。
「…私は西住流の体現者だ。だが、何かが足りない。その何かの不足が、今年の戦車道大会の敗北にもつながったのだと思う」
「……西住」
「…私はその何かを、安斎の戦車道の中に見出している。私と安斎で力を合わせれば敵はいないと考えているんだ。島田流すら凌駕する、新しい西住流の完成のために…それに」
「………西、住…」
「…何よりも、お前と共に戦車道をしたい。中学時代も、高校時代も叶わなかった私の夢だが。…今度こそは」
「……………」
「……どうだ?安斎。私と共に、戦車道をやらないか?」
自分の内心をすべて吐露し、安斎千代美に向かって手を差し出す西住まほ。
真剣な目で、西住まほの目を、そして差し出された手を見る安斎千代美。
安斎千代美の答えは――――――決まっていた。
「…なぁ西住」
「…うん」
「私はアンツィオに入学したのは、アンツィオの戦車道を復興するためだ。そのために引き抜かれたのは…知ってるよな」
「……うん」
「私は三年だから今年はもう卒業だけど、後輩たちを育成して、私の戦術や技術を少しでも叩き込まなきゃならないんだ。私はアンツィオが大好きで、アンツィオのドゥーチェだからな」
「………うん」
「……だから……」
そこで安斎千代美は言葉を区切り、小さく深呼吸をした。
まるで告白する前の乙女のような心境だ。
目の前の、今にも泣きだしそうな表情を見せる親友に対して、放つ言葉は…
「…だから、私が入学できそうな大学にレベルを合わせてくれよな!私はお前と違ってあんまり成績が良くないんだ!戦車道一本だったから!」
「…え?」
「あーいや、推薦の枠をいっぱい持ってくれてる大学でもいいな!一応戦車道大会二回戦まで進んだチームの隊長なら、推薦で入れるかもしれないしな!」
「…安斎、それは、その…」
「……あーもう!お前ってやつはなんでわからないかな!一緒にやるに決まってるだろ!私だってお前と会った時から、ずーっと一緒に戦車道やりたかったよ!!」
叫ぶように安斎千代美は想いを伝えて、今にも戻そうとしていた西住まほの意外と小さい手を、がしっと両手でつかんで、自分のほうへ引き寄せた。
思いがけない熱烈な返事を受けて足元がふらついたか、西住まほの体が揺れて安斎千代美によりかかるような態勢になる。
だがこの間合いはドゥーチェの間合いだ。
そのまま片手で腰を支えるように引き寄せて、西住みほにも――彼女の妹にもしたように、頭に手を添えて両頬をすりすりとこすり合わせる。
まるで馬が信頼した相手にするような、アンツィオ流の親愛のアクション。
西住まほは、初めて受けるアンツィオの肉体言語に、自分の顔が熱くなるのを自覚した。
こんな表情は誰にも見せられない。自分の肩越しに安斎千代美の顔があってよかったと思った。
ゼロ距離を超えたこの位置ならば、今の表情は安斎には見られないだろう。
赤面しながら、泣きそうなくらい嬉しさがこみあげている、今の顔を。
「私たちは友達だろ?これからもずっと、な。大学の戦車道、二人で荒らしまわってやろうぜ」
「……安斎。ありがとう………お前がいてくれて、よかった」
親友から送られる感謝の言葉に、西住まほに負けず劣らず真っ赤な顔をした安斎千代美は、相手に伝わるように、しっかりと大きくうなづいた。
※ ※ ※
シーン4 ――翌年、大学戦車道大会――
その年の大学一年生の中に、奇跡のコンビと呼ばれる二人がいた。
静の西住。動の安斎。
この二人が入学した大学は、昨年までの低迷を見事吹き飛ばし、戦車道大会初優勝を飾ることになった。
4連休で最終話まで投稿します。
1日4回行動。