【完結】西住安斎大学受験物語   作:そとみち

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西住安斎卒業壮行試合 3

 

 

 試合開始の午前9時からおよそ1時間が経過した午前10時。

 戦車による公道レースからの宇都宮城址公園内での初交戦を終え、紅軍隊長の西住まほは今後の隊の編成について考えていた。

 

 

「…今ある戦力を3分割するより、今ある2つのままで行動したほうが結束が強い。何か別の意見はあるか?」

 

「私は隊長の意見に賛成です。黒森峰とグロリアーナそれぞれで動いたほうが敵との交戦では有利かと」

 

「よろしいんじゃなくて?無理に戦力を小分けにするのは彼女相手には得策とは言えないし…戦車数の多い黒森峰が主力、索敵と攻撃に分かれているグロリアーナが搦手で」

 

 

 

 西住まほの出した草案に、黒森峰中隊長の逸見エリカ、グロリアーナ中隊長のダージリンが同意する。

 自分の出した案に、目立つ反対意見がないことで、西住まほは今後の動きを練ることにした。

 

 だが、その前に一人、連絡をしなければならない人間がいる。

 西住まほは、タコマイクの周波数をその戦車の無線に合わせて通話を試みた。

 

 

「……聞いていたな、ノンナ」

 

 

「…Да(はい)

 

 

 そう、プラウダの唯一の生き残り、ノンナだ。

 彼女は宇都宮城址公園内での戦闘を終えた後、敵軍を追うように北門から北上していってしまった。

 気持ちはわかるが、単騎で吶喊して容易に勝てるような相手でもない。

 早急に本隊と合流する必要があった。できれば彼女にはグロリアーナ中隊に混ざってほしい。

 

 

「ノンナ、気持ちはわかるがここは一度退け。敵に囲まれたら一巻の―――」

 

「――まほさん」

 

 

 西住まほの言葉を遮るようにして、ノンナが名前を呼んだ。

 その声は、いつもの彼女以上に低く、しかし妙に澄んだ声だった。

 ――西住まほは、その声に異様な寒気を覚えた。

 

 

「…まほさんは言いましたね、試合を楽しめと。やりたいことがあったら、どんどん言ってくれ、と」

 

「あ、ああ…言ったが、だがここは状況を見れば単騎で突出するのは流石にまずい」

 

「大丈夫です。今の私なら―――大丈夫」

 

 

 ぞく、と更に強い寒気を感じる西住まほ。

 なんだこれは。今まで他人と無線を交わすだけで、寒気を覚えるようなことがあっただろうか。

 それほどまでに、無線から響くノンナの声は、低く、深く……確かな意思を秘めた声だった。

 

 西住まほは、その寒気に見覚えがあるように感じられた。

 それはかつて、妹のみほと共に島田愛里寿と対峙したあの時のような。

 かつて、戦車道大会決勝戦で妹の西住みほと対峙したあの時のような。

 かつて、練習試合で継続高校のミカと対峙したあの時のような。

 かつて、中学時代に一番最初に安斎千代美と戦ったあの時のような。

 

 

「私は遊撃隊になります。まほさん、申し訳ありませんが自由にやらせてください。そんな気分なのです」

 

「……だがしかし、危険だ。プラウダの別の車輌が随伴しているわけでもない、お前ひとりでは――」

 

「―――今は、私が『プラウダ』です」

 

 

 西住まほは、ノンナのその言葉を聞いて、何を言っても彼女の意志は曲げられないことを悟った。

 意固地になっていると言えばそうかもしれないが――それ以上に、今のノンナは何かが違う。

 カチューシャが撃墜された恨みか。それともカチューシャがいなくなり、純粋に単騎で戦うことによる副作用か。

 寒気と共に、心の芯から妙な期待が膨らむのを、西住まほは感じ取った。

 

 ……任せてみるか。

 そもそも合流したところで、グロリアーナの攻撃部隊が1輌増えるだけだ。

 合流する時間もかかるし、その隙を安斎に狙われてしまえば元も子もない。

 

 ……ある意味では賭けだ。

 ノンナのこの動きが、紅軍にとって吉と出るか凶と出るか。

 今の時点ではまったく予想がつかない。

 

 だが―――リスクを負わず、安斎千代美に勝とうなどという甘い考えはとうに捨てたはずだ。

 

 

「…わかった、単騎での攪乱を任せる。ただし敵車輌を発見した時にはすぐに伝えてくれ。単独行動と言えどチームの勝利は忘れるな」

 

 

Да(はい)。私がこの試合の台風の目となりましょう。すべてを巻き込むほどの暴風雨に」

 

 

 西住まほの言葉を最後に、ノンナ側から無線を切られ、ツー、と電波音が西住まほのタコマイクからは流れた。

 

 

「…よかったのですか、隊長?」

 

 

 副官の逸見エリカが、心配そうに隣を走る車両から体を出して生の声で問いかける。

 西住まほは、いつの間にかかいていた冷汗を、逸見エリカにばれないように手でそっと拭った。

 

 

「ああ…安斎との試合に限り、できる限り不確定要素は増やしておいたほうがいいと考えたまでだ。私自身にも読めない動きをする味方がどう働くか…」

 

「…こんな格言を知ってる?『気まぐれな女神は、常に強い意志を秘めたものに味方する』…ノンナさんの活躍に期待しましょう」

 

 

 西住まほの言葉に続くようにして、ダージリンも同意を込めた格言を送る。

 とりあえず、ノンナの単独行動について反対の声は今のところ挙がらなかった。

 …というよりも、無線のノンナの声色に気圧された者が多かった、というところかもしれないが。

 

 

「いいさ、賽は投げられた。私もここからは全身全霊で勝負を獲りに行く。…では、今後の作戦を伝える」

 

 

 紅軍20輌…否、19輌と1輌が、二度目の接敵のため…北上を開始した。

 

 

 

※    ※    ※

 

 

 

「イヤッフゥ!!最初の戦闘は上々の結果だったわね!」

 

「だなー、まさかレオポンさんチームがあそこまで頑張ってくれるとは…」

 

「まさかの二度目のモーター全開だったもんねぇ。ありゃーツチヤちゃん整備大変だぞー」

 

 

 こちらは白軍、宇都宮城址公園の戦闘を終えてさらに北上を続けている最中であった。

 白軍は現在22輌が生存。めぼしい人員としては安斎千代美、ペパロニ&カルパッチョ、角谷杏、西住みほ、ケイ、ナオミ&アリサ、西だ。

 ケイ、安斎千代美、角谷杏の各学園3年メンバーが先ほどの戦闘の勝利についてそれぞれ感想を零した。

 

 

「この調子で次の戦闘も行きたいところですけど…安斎さん、次の作戦はどうします?」

 

「そうだなぁー…正直なところ、あまりにいい戦果だったんでちょっと迷ってる」

 

 

 西住みほが隊長である安斎千代美に次の作戦について確認するが、安斎千代美から返ってきたのは戸惑いの言葉だった。

 …先ほどの勝利に不満があるわけではない。

 最初に予想していたよりも、大いに戦果を挙げることができたのだ。

 23対23くらいになれば上出来か、と思っていたが、予想以上に相手の車輌を削れた。

 

 安斎千代美は思案する。

 今の両軍の状態ならば……リスクの少ない戦略で組み立てたほうが、勝利に近づくのではないだろうか。

 最初はリスキー&リスキーな戦略を繰り返し、その中からハイリターンを回収できれば良いと思っていた。

 だが現在の戦車数を見る限り…常道、定石の正着打を繰り返すことで、数で押し勝つことができるのではないだろうか。

 

 安斎千代美らしくないといえばらしくない、しかし戦車戦をする上では至極まともな思考で、安斎千代美は次の作戦を考える。

 …最初はかなりハイリスクな作戦を次も考えていたが、自重しよう。

 いま白軍にいるメンバーはそれぞれが優秀な戦車乗りだ。定石でも、負けることはないだろう。

 変にリスクを負わせて、捨て石をより増やすことで利をかすめ取ろうという戦略は…自重するべきだ。

 

 

「よし、決めた!次の作戦を伝える!よく聞くように!」

 

「お、いいねえチョビ子ー、なんでもやるよー?なんでもするよー?」

 

「我々知波単学園、全力で安斎隊長の指示に従います!どうぞご命令を!」

 

 

 安斎千代美は無線マイクを手に、白軍全体に作戦を伝える。

 

 

「いいかー、次の戦場は…栃木県庁の敷地内と、その北に位置する八幡山公園だ!そこでやつらを迎え撃つ!」

 

「八幡山公園かー、渋いっスねー姐さん!初詣に来たのが懐かしいっスねー」

 

「楽しかったねー、屋台もいっぱい出てたし。焼きトウモロコシおいしかったね」

 

「ちゃーんーとーきーけー!!」

 

 

 自分の後輩たちから緊張感に欠けるセリフが出てしまい、安斎千代美は叱りを飛ばす。

 その様子に、他の学園の車輌から笑い声が漏れていた。

 先ほどの快勝もあってか……緊張の糸が若干のほつれを見せている。

 そしてそのことに、当事者たちは気づくことはない。

 

 

「ほらー笑われてるだろ!もう…。さて、それじゃあ作戦の全貌を伝えるが…まず前置きとして、今回はガッツリ戦わない。相手の斥候を潰すのが主な目的だ」

 

「…ローズヒップたちの、クルセイダー部隊ね」

 

「HA!あいつらネズミみたいにちょこまかと動き回ってウザったいったらないわ!早めに潰すのが吉ね」

 

「言ってることはわかるけど、もっとオブラートに包みなさい。相手も必死なだけよ」

 

 

 ナオミの言葉に続くようにして、アリサが敵意を露わにする。そしてそれをケイが諫める。

 同じ学年同士で通じるものもあるのだろう。ライバル意識がそうさせていることを、ケイは理解していた。

 

 

「あのよく動く目さえ潰せれば、私の作戦もより効果が発揮される。だから…まずはクルセイダー部隊を、栃木県庁敷地内までおびき出す!……西ちゃん!」

 

「はっ!お呼びでしょうか安斎隊長!この西、どんな命令でもこなして見せますっ!」

 

「うん、それじゃあ『味方とはぐれてしまったけれどもとりあえず合流しよう、でも土地勘がないから方角だけ頼りにして北西に進んでいます』って感じで栃木県庁敷地内に向かって走ってくれ。できればゆっくりと」

 

「…はっ?」

 

 

 西絹代は、自分に命ぜられた作戦のあまりの情報量に、脳がオーバーフローを起こした。

 しかし、安斎千代美は続ける。

 

 

「うん、とりあえずさっき私の言った事をよーく考えながら、でも質問せずに西ちゃんと知波単のみんなで県庁に向かって針路を取ってくれ!出来れば今すぐ!」

 

  

「は、はい!理解(わか)りませんが了解(わか)りました!知波単小隊3輌、県庁に向けて吶喊します!」

 

「ゆっくりだぞー!ゆっくり!!」

 

「了解であります!では行くぞ!ゆっくり吶喊!」

 

 

 了解、と知波単の九七式中戦車が3輌、編隊を伴い、宇都宮駅前大通りに南北に交差するバンバ通りを駆け上がり、大通り、パルコの横を通り過ぎてゆっくりと北西に進み始めた。

 

 

「しかし…先ほどの安斎隊長の指示がよくわからない…ここは聞き直すべきか…いやしかし質問はするなと言っていた…このままでいいのだろうか…いやよくない…いやいい…」

 

 

 安斎千代美の指示をうまく理解できないまま、悶々と、ふらふらと進む知波単の3輌。

 その姿は、まるで「味方とはぐれて合流したい」が、「迷子でよくわからないからとりあえず北に進もう」といった感じの…安斎千代美が求める戦車の走りそのものであった。

 そして、その走りは……敵から見れば。『迷子になっているのでここで潰してしまおう』と思わせずにはいられない、頼りない走りだった。

 

 

 

 

※    ※     ※

 

 

 

「…これでよし」

 

「……中々に人使いが荒いわね、アンチョビ」

 

「言わないでよケイさん、気にしてるんだ。…さて、それじゃあ本隊だけど」

 

 

 続けて安斎千代美が、本命である今回の作戦の肝を全体に繋ぐ。

 今回の作戦の鍵になるのは…3輌。

 

 

「ナオミに華、そんでもって角谷。この3人に主に頑張ってもらう」

 

 

 安斎千代美に名前を呼ばれた3人は、それぞれに言葉を返した。

 

 

「…私か。いいだろう、狙い打とう」

 

「わたくしとナオミさん、という人選で何をするのかはだいたいわかりますけど…」

 

「…ねーぇチョビ子ー、なんでそこに私の名前が入ってんのかなー?」

 

 

 3人目、角谷杏からのみ、疑問の声があがる。

 だが、既に最初の2人の人選の時点で、何を安斎千代美が狙っているかは部隊の全員が理解できた。

 

 ――――八幡山公園からの、狙撃。

 狙うは八幡山から見下ろせる、栃木県庁の敷地内。

 知波単部隊で誘い出したローズヒップ小隊を、3人で狙撃し撃墜する。

 

 

 …だが、それならばなぜ角谷杏の名前が呼ばれたのだろうか?

 ナオミと五十鈴華は理解る。

 彼女たちは狙撃のプロフェッショナルだ。

 たとえ1km以上離れていても、狙撃を成功させる腕前だ。

 県庁と八幡山の間隔はおおよそ500m。朝飯前だろう。

 

 では、なぜそこに角谷杏が?

 白軍の部隊員、主にサンダース学園のシャーマンで構成された部隊の面々は、疑問を抱いた。

 

 …しかし、それとは別に。

 角谷杏がそのメンバーに指名された理由について、明確に理解できている者たちがいた。

 角谷杏をよく知る大洗のメンバーと、彼女の才能を感じ取っているケイ、そして古い付き合いの安斎千代美。

 彼女らにとっては、角谷杏の抜擢の理由はもはや自明の理であった。

 

 

「なんでって……お前にも狙撃してもらうからだよ。2人だけだと5輌いるクルセイダー部隊の殲滅には心もとないだろ?」

 

「いや、だからなんで私なのかなーって……」

 

「…謙遜はほどほどにしときなさい、アンジィ」

 

 

 角谷杏が反論を返そうとしたところで、ケイが言葉を遮るように口を出す。

 

 

「貴女の狙撃の腕は、華やナオミに劣らない腕前だと思うけど?――『本気』さえ出せば」

 

「うむ、ケイさんに全面的に同意だ。お前ほどの才能を生かさないのはもったいない」

 

「……いやー、何ていうかちょっと過大評価っていうかー、私そんなに大した人間じゃないっていうか…」

 

 

 二人に自分の腕前を指摘されれば、さらに自分の評価を下げんと口を動かす角谷杏。

 …本当は、自分を選んでくれたのは光栄だと思っている。

 だが、角谷杏という人間の性は、本気を出さないことなのだ。

 さらに、楽をすることに走りがちな面がある。それを角谷杏は自覚している。

 まだ、私は本気のスイッチが入っていない。

 角谷杏は、自分の状態をそう評価した。

 

 

「だからさー、私がいても邪魔になるだけだと思うぜー?外しちゃったら本当申し訳ないし…いやマジでさ、ホント…」

 

 

 角谷杏は、止まらない自分の口をふさぎたくなる衝動に駆られる。

 違う。本当はこんなことを言いたいんじゃない。

 でも駄目だ、一度否定的な言葉を口に出すと、どうしても止められなくなる。

 自分への評価が、自分の中で低すぎるのだ。

 

 大洗の戦車道を興した時も大したことができていない。大洗騒動でもみんなの力を頼るしかなかった。

 私は、無力なんだ。

 そんな自己評価が、どうしても自分の中で覆らない。

 普段は飄々とした雰囲気を纏ってはいるが、自分の中の澱み、闇を感じずにはいられない。

 

 …そんな角谷杏の口車に、しかし歯止めは利いた。

 

 

「…角谷」

 

「ん、…なにさ、チョビ子」

 

「勝ちたいんだ」

 

 

 角谷杏の台詞を、安斎千代美の言葉が止める。

 その一言は、とても真摯に、想いを載せて放たれた。

 

 

「どうしても勝ちたいんだ、西住に。そのためにはお前の力が必要なんだ」

 

「……チョビ子…」

 

「お前が妙に自己評価が低いのも知ってる、本気を出したがらないのも知ってる、面倒くさがりなことも知ってる。でも、私はお前を信じてる」

 

 

 安斎千代美は連ねる。

 友に対し、自分の想いを。願いを。

 

 

「だから、私の頼みを聞いてくれるって信じてる。お前なら…八幡山からの狙撃を成功させるって、信じてる」

 

「……」

 

「…安斎さんの言う通りです、会長」

 

 

 口を紡いだ角谷杏に、安斎千代美の言葉を継ぐように話し始めたのは、大洗学園の隊長である西住みほだ。

 

 

「私たちは会長がいたからあそこまでやれました。会長が本気になったら…絶対に、信頼に応えてくれるって、私たちはわかってます」

 

「西住ちゃん…」

 

「そうですよ会長殿!西住殿と会長殿がいたから、大洗はやれたんです!」

 

「会長の抜擢があったから、私と華も戦車道始めたわけだしね~」

 

「そうですね、最初の頃は少し印象も違いましたが…今では一番、頼りになる先輩です」

 

「大洗騒動の時も、いろんなところに掛け合って、結局は事態を動かした…しな」

 

「…みんな…」

 

 

 西住みほに続くように、あんこうチームのメンバーが思い思いに、重い想いを口にしていく。

 角谷杏は、褒められる恥ずかしさと共に…心の内から、やる気がむくむくと頭をもたげてくるのを感じた。

 プラウダ戦であんこう踊りを踊る西住みほを見た時のように。マウスに突撃した時のように。大洗が廃艦になると告げられた時のように。

 今、角谷杏のやる気に、火が灯った。

 

 

「会長、紅軍に見せつけてやりましょう、我々生徒会チームの、カメさんチームの雄姿を!」

 

「会長が本気で狙いをつけて、外した的はありませんから。私たちも白軍の勝利のために頑張りましょう」

 

 

 最後に、角谷杏の戦車の中にいる、最も強く結びついた二人から。

 振り返りながら、『行くんでしょ?』とでも言わんばかりの笑顔を見せつけられれば。

 

 

「……しょーがないなー、私はほんとこういうのに弱いんだからなー。…チョビ子、わがまま言って悪かったね」

 

「気にしてないよ。角谷ならいつもの事だし、そういうとこも含めて、信頼してた」

 

「そか。…そんじゃ、本気出してみますか。チョビ子、指示を頂戴」

 

「……おうさ!それじゃーよく聞け!我々は今から、八幡山を目指すっ!!三段撃ちだー!」

 

 

 狙撃の名手、ナオミと五十鈴華。

 そして、真の天才角谷杏の3人による、高高度からの狙撃。

 安斎千代美の作戦は、万全に進められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――かのように、見えた。

 

 

 

※    ※    ※

 

 

 

 

「………一度舐めた辛酸を漱ぐために、濃い紅茶でも飲みたくなりますわね…勿論、ストレートで」

 

「カチューシャ……見ていてください…」

 

 

 

※    ※    ※

 

 

 

 白軍が配置についた。

 場所は八幡山中腹、そこにナオミ、五十鈴華、角谷杏がスタンバイしている。

 狙いは当然、栃木県庁の敷地内、広く舗装が施されたコンクリートの路面上。

 今からそこに、西絹代率いる知波単小隊がローズヒップ率いるクルセイダー部隊を釣り上げて、連れてくるはずだ。

 

 

「西ちゃーん、状況はどうかなー?」

 

「はっ、安斎隊長!!現在我々は敵のクルセイダー部隊に発見され、猛追撃を受けています!まもなくやられてしまいそうであります!」

 

「超頑張れ!そのまま県庁の中に入ったら、すぐに建物を遮蔽物にして北西に逃げてくれていい!狙撃部隊でクルセイダーをやる!」

 

「了解であります!全車県庁に向けて吶喊!それまで耐えろ!」

 

 

 安斎千代美は、双眼鏡を覗きながら無線マイクを片手に通話していた。

 八幡山の南側斜面中腹に狙撃部隊は配置した。

 そしてフラッグ車の安斎千代美とケイ率いるシャーマン部隊…主力部隊は、山の西側中腹に佇んだ。

 万が一、敵の急なアンブッシュがあった時、狙撃部隊を掩護するためだ。

 ペパロニとカルパッチョは、八幡山の南側平地、県庁の東にあたる場所で索敵を行わせている。

 敵が攻める気配を見せたら、狙撃部隊と共にすぐに撤退できるよう構えていた。

 

 

「…今んところ狙い通りか。狙撃部隊、準備はできてるかー?」

 

「OKだ」

 

「いつでもいけますわ」

 

「がんばるよー」

 

 

 安斎千代美が狙撃隊に確認を取り、そしてそれぞれから返事が返ってきた。

 既に砲口は県庁南側入り口を向いている。

 敵車輌が一歩でも入れば、3発の砲弾により3輌の撃沈が確認できるだろう。

 

 すべて万全。

 狙い通り。

 

 …なのだが、安斎千代美の脳裏には、不安が色濃く残った。

 

 

「…索敵部隊が前に出ていても、本隊は気にしないだろうし…クルセイダー部隊5輌で知波単3輌を潰せると読むのも常道。西住なら本隊はもう少し遅らせてくるはず…」

 

 

 西住まほの思考をトレースしても、敵主力部隊が未だ見当たらないことに疑義はない。

 こちらはクルセイダー5輌を速やかに撃墜し、すぐに戦場をまた移動すればいいだけのはずだ。

 なのに、妙に不安になる。

 

 

「…似合わない普通の戦略なんて取ってるからかな。相手をキルゾーンにおびき出して狙撃、なんて」

 

 

 ふ、と安斎千代美は自嘲の笑みをこぼす。

 そうさ、普段の私ならもっと2重3重に罠を張り、同時にリスクを上げる戦術をとる。

 今回は珍しくまともな戦術なんて使っているから、少し緊張しているだけだ。

 安斎千代美は、自分の心境をそう理由づけ、肩の力を抜いた。

 

 

「お、来た来た…もうすぐだな、よし」

 

 

 しかし、安斎千代美はそこでもう少し、悩むべきであった。

 最初の勝利に緊張感が薄れ、さらに戦車の数で利を得るという今までにない状況に陥ったからこその隙。

 相手への侮りが、無意識のうちに漏れた結果。

 

 

「よし、じゃあ各員、私の合図とともに砲撃を開始してくれ。もう目の前だ…信じてるけど外すなよ」

 

 

 安斎千代美は、気づくべきだったのだ。

 思い至るべきだったのだ。

 定石の戦略を用いた戦い。それこそが、西住まほが最も得意としてる戦略であったことを。

 

 

「……西ちゃんが県庁に入った!よし、カウント行くぞ、5、4、…」

 

 

 そしてより鋭敏に感じ取るべきだったのだ。

 八幡山に蔓延している、殺気に。

 押し殺し、しかしそれでも殺しきれていない、尋常ならざる気配に。

 目先の戦略に、相手に気を取られている暇などなく――すぐそこに、危機が迫っていることに。

 

 

「3,2,1――――撃」

 

 

 そして、砲弾は放たれた。

 

 

 

※   ※    ※

 

 

 

「……うわぁ!?」

 

 

 悲鳴が県庁から上がる。

 その悲鳴は――――知波単小隊の先頭車輌、九七式中戦車に乗っていた三年生から発せられたものだった。

 的確に履帯およびその車軸に命中したその徹甲弾は、車体を跳ね上げ、その場で横転させた。

 そして、その結果。

 

 

「……きゃあ!?」

 

 

 すぐ後ろを走っていたもう1輌の九七式を巻き込むように車体同士が衝突し、さらなるクラッシュを起こす。

 2輌目の車輌が1輌目の車輌に吶喊してしまう。

 すさまじい衝撃と共に、当然の結果としての物理法則、反作用によって2輌目が弾かれる様に後退する。

 

 

「な、何事だこれは!?回避ー!!」

 

 

 後方からの砲撃ではなかった。

 クルセイダー部隊からの砲撃ではなかった。

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 西絹代の脳裏にそんな疑問が生じ、そしてそれが致命的な隙となった。

 全力で進軍、いや逃走していた3輌の先頭がクラッシュし、続けざまに衝突した2輌目が後退してきたそれを。

 西絹代の乗る戦車は、回避することができなかった。

 直撃し、さらに砲身が車体に当たりへし曲がってしまう。

 砲身の歪みは白旗判定の上では致命傷となる。

 

 

「……南無参!!」

 

 

 急激にブレーキを利かせたものの、2輌目の車体に強くぶつかる西絹代の戦車。

 パシュ、パシュ、パシュ。と続けて音が鳴り、3輌すべての戦車から、白旗が上がる。

 

 

 …1発の砲弾で、知波単の戦車3輌が撃墜された。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

「な、なんだ!?私はまだ砲撃指示を出していないぞ!?」

 

 

 安斎千代美は、自分の命令よりも先に放たれた砲弾にまず驚く。

 そして、さらにその砲弾が知波単の戦車に当たり…3輌を巻き込んで一撃で撃破したという事実を目視し、震えた。

 

 

「安斎さん!上です!私たちより、さらに山の頂上のほうから弾が…!」

 

 

 砲撃の射出位置を、狙撃部隊として配置されていた西住みほは見逃さなかった。

 自分たちが構えているよりもさらに後方、山の頂上付近から放たれたそれ。

 安斎千代美はその報告を受け、砲弾が放たれたであろう山の頂上のほうを振り向く。

 

 そこに、鬼がいた。

 

 

「………なん、だと…!!」

 

 

 そこに見えたのは紅軍の戦車。

 紅軍の中でも、最も紅の色が強い車輌。

 紅の色とは血の色。

 プラウダ高校の校章の色。

 

 ノンナの駆るIS-2が、そこにいた。

 

 

「―――嘘だろ」

 

 

 ナオミは先ほどまで構えていたスコープから目を離し、ノンナの位置を確認した。

 現在自分たち狙撃部隊がいる場所よりも、さらに後方500m。

 県庁までは約1kmほどの距離の位置に、ノンナはいた。

 ……倍の距離を。さらに急な高低差も計算に入れて、ノンナは撃ったのだ。

 

 通常、戦車の砲弾は山なりを描いて飛ぶ。

 平地での狙撃であれば、山なりの軌道の癖をとらえることで、狙撃の成功率は高い。

 逆に言えば、高低差のある場所への狙撃は、狙撃の難易度が格段に跳ね上がる。

 ナオミたちの倍、いや数倍は難易度の高い狙撃を――しかしノンナは驚異的な精度を以て成し遂げた。

 

 ナオミは、ぶるりと自分の体が震えたのを自覚した。

 これは恐怖か、それとも敬意からくる武者震いか。

 

  

「―――битком()

 

 

 ノンナが構える砲口から、さらに唸りを挙げて砲弾が飛ぶ。

 その装填速度は尋常ではない。精密さも。

 フラッグ車である安斎千代美のP40に向けて正確に放たれたそれは―――

 ――しかし、事態を察知したサンダースのシャーマンが盾になる形で、受け止めた。

 

 シャーマンからすぐに白旗が挙がる。

 これで白軍は4輌を失った。

 既に両軍の残存戦車数は逆転していた。

 

 

「…なんだ、これは…!!」

 

「…う…この感じ…前にも愛里寿ちゃんと戦った時に…」

 

「…あっちゃー、やっべー…!」

 

「…虎の尻尾を踏んだかしら!?」

 

 

 西住みほ、安斎千代美、角谷杏、ケイは、皆一様にして敏感に感じ取った。

 先回りして自分たちの頭上を取り、地の利を得たノンナの気配を。

 

 アレは―――尋常ではない。

 正面から戦って、勝てる相手ではない。

 そう感じ取れるだけの気迫を、隊長格の4人は共通認識として受け取った。

 

 

「……くっ!」

 

 

 安斎千代美は一瞬で思考する。

 この先の指示について。

 ――撃墜か、撤退か。

 

 いや、何を考えている。

 撃墜に決まってる。1対17だ。戦力差は17倍だ。

 ここでノンナを撃墜しておかなければ、後々に確実に脅威になりうる。

 1輌で突出した今の状況こそを、好機ととらえなければ―――

 

 

『姐さん!!アンチョビ姐さん!!ヤバいっス!!急いで逃げてくださいっ!!』

 

 

 と、安斎千代美が今にもノンナ撃墜の指示を部隊に出そうとした時、ペパロニから通信が入った。

 今度は何だ、とノンナの砲口がまたこちらを向き始めるのを後退しながら目に捉えつつ、通信を取る。

 

 

「どうしたペパロニ!こっちもヤバい、狙撃作戦は一時中止して…」

 

『そんなこと言ってる場合じゃないっス!!今、八幡山の南から紅軍の全部隊が向かってます!!ウチらを全滅させる気っスよ!!』

 

「―――なにー!?」 

 

 

 安斎千代美は、何度目かしれぬ血の気が引く感覚をまた味わった。

 まさか。

 …いやしかしだ。

 こちらの動きが、ノンナからすべて筒抜けになっていたとすれば。

 あの西住が、この好機を逃すはずがない。

 

 

『私たちはすみません、西に逃げてやり過ごしたんで後で合流しますが…とにかく早く逃げてくださいっ!!』

 

「………全軍撤退!!八幡山の北西へ抜けて競輪場通りを西へ逃げろ!!」

 

 

 ノンナの再度の砲撃を回避しつつ、安斎千代美は白軍全体に叫んだ。

 安斎千代美の作戦は、ノンナと――もう一人の活躍により、完全に看破されたのだ。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「…ヘイ!逃げるぞアリサ、分が悪い!」

 

「はぁ!?何言ってるのよ、まだ紅軍は来てないじゃない、狙撃は可能だわ!」

 

 

 アリサは、撤退指示が安斎千代美から通達されても、すぐには戦車を動かさなかった。

 ナオミはアリサの言葉を聞いて、その言葉の意図を読み取ってすぐに砲座のスコープを覗きなおす。

 

 

「さっきまで狙いをつけてたローズヒップのケツをひっぱたくくらいはしてから逃げてもいいはずよ!県庁前まで来てたんだから!」

 

 

 アリサは照準を再度確認するナオミに叫んだ。

 まだ南に黒森峰の戦車は見えない。

 もう間もなく来るのはわかっているが―――それでも、逃した魚にもう一度トライしてから逃げてもいいだろうと。

 そう考えた。

 

 ローズヒップは県庁前まで知波単の戦車を追って爆走していた。

 あの勢いならば、今頃は県庁の中に入っているはずなのだ。

 それを狙撃せしめてから、撤退しても遅くはない。

 アリサはそのように判断を下した。

 …しかし、ナオミからくる次の言葉はその甘い思考に冷水を浴びせるものだった。

 

 

「…ダメだ、アリサ。…奴ら、既に撤退に入ってる」

 

「WHAT!?知波単を撃破するために突撃してたんじゃないの!?」

 

「逃げる動きに迷いがない。…囮だったんだ、私たち狙撃部隊のための」

 

 

 ナオミが覗き込む県庁前の様子…既にクルセイダー部隊が、踵を返して撤退していく様子が見えていた。

 急いでその進路の先に照準を合わせなおすが……間に合うか。

 

 

「アイツら全部知ってた上で、こっちの策に乗ってるフリをしてたっていうの!?あの猪突猛進なスピード馬鹿が!?」

 

「そういうことだ…もう栃木会館の陰に隠れる、撃つ!」

 

「……FU○K!!」

 

 

 脱兎のごとく並んで逃げる5輌のクルセイダー部隊の内、最後尾を奔る車輌に狙いを定めてナオミが引鉄を引いた。

 県庁前の南に位置する栃木会館の陰に隠れる寸前に、その砲弾は敵戦車に着弾し、撃破判定を出すことに成功した。

 1輌撃破。

 …本来は、この5倍の戦果が挙げられるはずだった。

 

 

「…間違いなく、ローズヒップの戦車じゃないだろうがな」

 

「あの野郎…!私たちをコケにしやがって!!もう一発――」

 

「アリサ、落ち着け!もう撃つ時間はない、ここは撤退―――」

 

 

 ズドン、と。

 口論を交わす二人の耳に、砲撃音が飛んだ。

 そして次の瞬間、盛大に車体が揺れると同時に爆炎を上げる音がして、ナオミとアリサが駆る車輌は横転し、白旗を挙げた。

 

 

「痛ぁっ!?…もう来たっていうの!?紅軍が!?」

 

 

 もうもうと煙の上がる中、覗き窓から南方を目視する二人。

 そこには、黒森峰の戦車10輌と、グロリアーナの戦車4輌が、砲撃を開始しながらこちらに来るのが見えた。

 二人は狙撃に固執するあまり、退却の機を見失ったのだ。

 

 

「…サノバビッチ!!こんなことになるなら県庁に入る前に撃っておくべきだったわ!」

 

「言うな。…ローズヒップの釣りに引っかかった私たちが悪い。ノンナさんの砲撃タイミングも見事だった」

 

「それでも悔しいものは悔しいわよ!!…次の戦車道大会では見返してやるんだから!!」

 

「……そうだな、私たちにはまだ次がある。…私もこの悔しさを忘れない」

 

 

 白旗が挙がったシャーマンの中で、憤慨するアリサをナオミがなだめる。

 そして、その横を紅軍の戦車が走破していった。

 

 ……狩りが始まる。

 

 

 

※    ※    ※

 

 

 

「…正直なところ、安斎がここまで素直な戦術を立ててくるとは思っていなかったがな…」

 

 

 西住まほは、紅軍の全車輌を引き連れて八幡山を侵攻していた。

 …最初の時点では、このように軍を動かすつもりは毛頭なかった。

 今こうして白軍の混乱に乗じて攻め込めているのは、ひとえにローズヒップとノンナの報告のおかげだった。

 

 

 

※    ※    ※

 

 

 

『西住隊長。…今しがた知波単3輌の部隊をパルコ前で発見しましたが、妙ですわ』

 

「…妙とは?」

 

『明らかに戦意がありませんの。一目見た感じでは迷子といった様子ですけど…絶対に違いますわ。誘っているようにしか見えませんの…わたくしには』

 

 

 ローズヒップから入った最初の報告を受けた西住まほは、その内容に吟味する必要を感じた。

 単純に迷子であれば、クルセイダー5輌をもって追撃、撃破するべきだと判断したからだ。

 

 

「そう判断した理由は何だ?」

 

『行き先が明確です。迷子であれば細い道を使うはず…ですのに、大通りを通ってさらに今、県庁前のイチョウ通りに入りました』

 

「…あの太い直線か」

 

『ええ。まるで、「クルセイダー部隊が追いかけるのに好都合な道」を選んでいるかのよう』

 

 

 …確かに、クルセイダー部隊の性質を知る者ならば、太く直線の道は選ばず、狭くうねった道を選ぶだろう。

 気持ちよく走らせて誘いこむという目的がなければ、その道は選ばないはず。

 西住まほは、ローズヒップの意見が直感ではなく直観、観察に基づいた確かな根拠があるものだと判断できた。

 

 

「県庁におびき出すつもりだとすれば……定石では八幡山あたりからの砲撃が一番くさいところだが。だが安斎がそんな単純な戦術を取るか――」

 

『―――まほさん。どうやらその読みで間違いないようです』

 

「っ、ノンナか、今どこにいる?」

 

『八幡山の頂上で身を隠していましたが、今白軍のほとんどの車輌が登ってくるのが見えています。どうやら中腹あたりから狙撃を行うようですね』

 

「……………なぜ、そこで待っていた?」

 

『勘です』

 

 

 西住まほは、ノンナから入った情報を加味し、相手の戦略を読み切った。

 しかしその上で、そこに先回りしていたノンナに理由を問い、『勘』と言い切られ…味方ながら空恐ろしいものを感じた。

 

 なるほど、どうやらノンナは今、色々と覚醒した状態にあるらしい。

 敵でなかったことを感謝しつつも、西住まほは相手の戦略にかかる思考と布陣を思い描き―――対抗するための作戦として、指示を飛ばす。

 

 

「了解した。敵部隊はクルセイダー部隊撃破のため、県庁におびき出して八幡山より狙撃する戦略のようだ」

 

「…罠はないでしょうか?あの人なら、そう見せる為だけに部隊を動かす可能性も――」

 

「エリカの言う事も無いとは言い切れないが…私はノンナの勘を信じることにする。ノンナ、その位置から県庁を狙撃することはできるか?」

 

『可能です。今の私ならば、3輌全て撃墜することも』

 

 

 あっさり全車輌撃破を宣言するノンナに、しかし西住まほはある種の確信をもって信頼することにした。

 今のノンナならば、本当にやるかもしれない。

 その程度には期待が持てる。

 

 

「…任せる。敵の砲撃が始まる寸前に砲撃することで敵部隊に混乱を招いてくれ。ローズヒップ、お前たちのクルセイダー部隊は――」

 

『――知波単を追いかける、と見せかけて県庁に入る寸前に反転、脱兎のように逃げろとおっしゃるのでしょう?狙撃部隊、および敵部隊の目を引くために』

 

「……そうだ、理解が速くて助かる。決して県庁には侵入するな、撃たれないとも限らない」

 

 

 同じくローズヒップに指示を飛ばそうとして、相手からこちらの思考を見透かされたかのような返事が返ってきた。

 …こちらはこちらで、いい感じにギアが上がっているのだろう。

 自動車部とのバトルでの敗北が、いい方向に影響したか。

 

 

『解っておりますわ、西住隊長。ではおおよそ2分後に、そのように』

 

『こちらは知波単の3輌が県庁に入ったら撃ちます。その後は…』

 

「ああ、こちらから攻勢に移る。他の全部隊は全速力で進路を八幡山公園南側に!ノンナの砲撃の後、白軍を攻め立てる!」

 

 

 了解!と黒森峰全車、およびグロリアーナの攻撃部隊から返事が返ってくる。

 こうして、ノンナとローズヒップによる奇襲ののち、紅軍全体にて敵軍を蹂躙するという、西住まほの戦略が成り立ったのだった。

 

 

「…奇策を使わぬ安斎など安斎ではない。全軍、突撃!!」

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

 紅軍の部隊が八幡山を侵攻しながら、白軍の車輌へ砲撃の雨を降らす。

 14輌によるその攻勢に、しかし17輌から成る白軍は、撤退を余儀なくされていた。

 

 

「撤退!撤退だー!!ナオミとアリサも早く…ってああー…!」

 

 

 再度狙撃の構えを見せていたナオミとアリサの乗るシャーマンに呼びかけるも時すでに遅く、紅軍の一撃により撃墜されるのを安斎千代美は後ろ目に見た。

 他の2輌、あんこうチームとカメさんチームは撤退指示と同時、いやむしろその前に反転し北西へ走り出していたが、経験の差か。

 今のこの状況の恐ろしさを、理解できているかいないか、の差。

 すなわち、ここで一手でも間違えると、瞬く間に敗北するであろう事実への理解度の差。

 

 

「…頂上のノンナがヤバいからね!ここは撤退よ!あんなの見たことないわ!!」

 

 

 シャーマン部隊を率いるようにして撤退するケイにも、現在の状況のヤバさが明確に理解できていた。

 …普通に14対17であれば、悪い勝負ではないだろう。

 だが、ここに3点の要素が混ざることにより、絶対的な白軍の不利が明確になる。

 

 

 まず1つ目。

 頂上にいる1両の敵戦車、ノンナの状態がすさまじいことになっているという点。

 

 カチューシャを撃墜された恨みか、それともカチューシャから何かを託されたかは知らないが、恐らく現在この八幡山にいる戦車の中で一番気合が入っている。

 1発目の狙撃を見ても、尋常でないほどみなぎっているのがわかる。

 それと紅軍14輌による挟み撃ちともなれば、こちらの戦線は乱れてしまうであろう。

 

 

 次に2つ目。

 こちらの戦略が完全に読まれており、混乱に乗じて紅軍が襲撃してきたという点。

 

 唐突なノンナの狙撃によるアンブッシュから、まだ白軍はその衝撃から立ち直れないでいる。

 特に狙撃に集中していた3輌にとっては寝耳に水な状況である。

 狙撃の作戦を続けるか、ノンナを撃墜するために動くかと言った状況で…さらなる侵攻を重ねられれば、混乱の分でこちらの分が悪い。

 

 

 そして最後に、3つ目。

 もしかすれば、これが最も重要となる不利な点。

 ――――お互いの隊長の、得意とする戦術の差。

 

 白軍の安斎千代美は、知る人ぞ知る奇襲の天才、アンブッシュの申し子である。

 逆に定石の戦闘、多数対多数の戦車戦においては得意としていない。

 人並み以上に部隊を動かすことはできるだろうが…それだけで、そこまでだ。

 

 紅軍の西住まほは、それこそ西住流を体現した存在であり、多数対多数の戦車戦こそ真価を発揮する人間である。

 3輌程度の…今はナオミがさらに撃墜されたため2輌の差であるが、その程度は西住まほにとって障害となりえるであろうか。

 否。

 

 

 …それらの点を強く理解していた西住みほ、角谷杏、ケイ、そして安斎千代美は、腹が煮えくり返るような悔しさを噛み締めつつも、即座に撤退を行うことができたのだ。

 

 

「…しかし、本当にヤバいな、これ…!!」

 

 

 安斎千代美が、北西に進む自分の戦車、フラッグ車から身を乗り出して後ろを眺めつつ愚痴る。

 敵戦車14輌。その砲撃の、進撃の密度が半端ではない。

 今もまた黒森峰の…おそらくはエリカだろうか。そちらの砲撃によりシャーマンの1輌が撃破され、またノンナの砲弾は正確にフラッグ車に狙いを定めてくる。

 蛇行運転によりなんとか回避しているが…すぐ傍を通る爆音が恐ろしい。

 安斎千代美のツインテールは、いつの間にか爆風でほどけたのか、片方のリボンを失い左右対称ではなくなっていた。

 

 

「…こらえろ!!ここで敵と対峙して戦闘したらおしまいだ!なんとか競輪場通りまで出て、そのまま西の日光街道まで逃げるんだ!!」

 

 

 悲痛に叫ぶ安斎千代美の声に、しかし応答の声を返せる余裕のある車輌は存在しなかった。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「…華さん、7時方向で突出してる敵車輌を撃って!優花里さん装填急いで!麻子さん、出来る限り蛇行しつつも出せる全速で後退してください!」

 

「みぽりん、また1輌やられちゃったよ!シャーマンC車!」

 

「沙織さんは戦況の把握をお願いします!現在の八幡山の戦力比は!?」

 

「えっと…白軍14輌、紅軍13輌!今、華が撃墜したので紅軍12に…あっ、シャーマンが2輌やられて白12!やばいよみぽりん並んだよ!」

 

「…くっ…」

 

 

 

 あんこうチーム内に指示を飛ばす西住みほは、武部沙織の報告を聞いて苦渋の表情を浮かべた。

 ……白軍の戦車の減りが速い。

 撤退しながら交戦しているので、こちらから撃墜するのは難しい。

 五十鈴華ほどの技量がなければ、敵戦車を落とすことはできないだろう。ケイや角谷杏も頑張ってはいるが、いかんせん紅軍の侵攻力が強い。

 このままでは……撤退が完了するまでに、致命的な被害をこうむることになる。

 

 既に今の時点で、クルセイダー部隊4輌を合計して紅軍が16輌、ペパロニ達のセモヴェンテを合計しても白13輌。負けている。

 さらにこのままこの八幡山で被害を受けてしまっては……フラッグ車の撃墜すらあり得る。

 西住みほはこの戦況に……かつて、同じような状況に心当たりがあった。

 

 

(…似てる。プラウダ高校との戦車道大会で、大洗学園が陥った状況に…)

 

 

 あの時も、自軍の数が少ないという状況で、敵の包囲を突破するという無茶な作戦を敢行した。

 包囲の突破と、撤退の完遂という相違はあるが、状況は大きく違わない。

 ようは、敵の部隊を一度振り切る必要があるという事実。

 

 

(あの時は…会長が囮になってくれた)

 

 

 プラウダとの戦いで大洗の戦車たちが生き残れた理由は一つ。

 角谷杏率いる、カメさんチームが囮として敵の包囲を突破してくれたからだ。

 1輌を犠牲にして、他の部隊を生存させた。

 あれは西住みほから言い出した戦略ではなかったが。それでも、誰かに求めていたものだった。

 それを会長、角谷杏が察し、自分から申し出てくれた犠牲だった。

 

 そして、きっと。

 安斎千代美は言わないが、今、同じ役割を誰かが担ってくれるのを求めてる。

 

 

「…沙織さん、華さん、優花里さん、麻子さん!提案があります!」

 

 

 その言葉に、あんこうチームの面々が西住みほを見る。

 西住みほは自分の決死の作戦を、殿として他の皆を逃がす役割を買って出ようと提案する後ろめたさを抱えたまま親友たちの顔を見て――

 

 ――しかし、一様に笑顔を見せるみんなの様子に、驚いた。

 

 

「わかってるよ、みぽりん」

 

「あの時の会長殿のように、私たちも務めを果たしましょう!」

 

「会長はあの時、敵戦車を2輌撃破しました。同じくらいは、わたくしもやって魅せなければ」

 

「履帯、ちぎれるほど飛ばすが…構わないな」

 

 

「……みんな…」

 

 

 西住みほは、それぞれから返ってくる言葉に、そして迷いのない表情に。

 泣き出しそうになる気持ちをぐっとこらえて、表情を引き締めた。

 迷いはない。

 あの時は活かしてもらった。今度は、私たちが会長たちを、3年生たちを生かす番だ。

 

 

「…ありがとう!では、反転して特攻に出ます!麻子さん、進地旋回で大きく弧を描きながら―――」

 

「―――西住ちゃーん。聞こえるー?」

 

 

 しかし、西住みほから特攻指示が出る寸前、角谷杏の声が無線に割り込んできた。

 

 

 

 

※    ※    ※

 

 

 

「…会長!?」

 

「聞こえちゃってさー。なんつーか、その役どころって私たちの持ち味だからさー、奪わないでほしいな?」

 

「そんな、奪うなんて…!今度は私たちの番です!」

 

 

 西住みほは角谷杏の発言の意味を捉え、理解した瞬間叫んでいた。

 …もう、会長に無理をさせたくないんです!

 それに、これは3年生のための壮行試合。犠牲になるのは、極力3年生以外がいい。

 私たちは…会長のために、お世話になった3年生のために、この試合を組んだのだから。

 

 しかし角谷杏から返す言葉は、肝が冷えるほど冷静な言葉だった。

 

 

「違うよ西住ちゃん、番とかそういうんじゃない。私らとあんこうチーム、どちらかが生き残った時…どっちがチームの力になれるかって話でさ」

 

「それはっ…!それは、もちろん会長たちです!!」

 

 

 西住みほは、角谷杏の言葉に一瞬、思考した。

 思考してしまった。

 私たちあんこうチームの戦力と、カメさんチームの戦力を、戦車道をする上で西住みほが常に心掛けている冷静な判断力で、思考してしまった。

 ……結論として、あんこうチームが生き残る方が、その後の戦闘にて有利なことを、思考してしまった。

 

 

「いいって、お世辞は。さっき聞き飽きたしね…そう、さっきはチョビ子やおケイたちに、色々言われて私もやる気出たんだけどなー、作戦がおじゃんになってやる気の行き場に困ってたんだよねー」

 

「会長、そんなことをおっしゃらないでください!!今度は私たちが会長の力になりたいんです!」

 

 

 カシュン!と敵の砲弾があんこうチームの戦車、4号戦車の履帯をかすめた。

 黒森峰戦で増加装甲を施したシュルツェンの片側が吹き飛び、煙を上げる。

 走行に支障は出ないが……これ以上の口論は、危険だった。

 すぐに角谷杏を説き伏せ、突撃する必要があった。

 

 

「会長、私たちの戦車もダメージを受けています!ここで皆さんのために時間を稼がないと、いずれやられてしまうんです!」

 

「…ダメージならうちのほうがひどいよ。何せ、片方の履帯が外れかかってる。長く持ちそうにないんだよ」

 

「っ…!!」

 

 

 その言葉に、またしても西住みほは思考を伸ばしてしまう。

 まだ十全に走れるあんこうチームよりも、カメさんチームにここで囮になってもらう方が、チームのために―――

 

 ―――違う!!

 違う、違う!!!

 私はそんな考えを捨てたはずだ。あの時、6輌の戦車を幅跳びしてウサギさんチームを助けた時に、捨てたはずだ!

 

 

「会長、会長は生き延びてください!履帯は直せばいいんです、その時間を私たちが――」

 

「―――ねぇ、西住ちゃん。楽しかった?」

 

 

 泣きそうな声でタコマイクに呼びかける西住みほに、とても穏やかな…優しい声色で、角谷杏からの言葉が響いた。

 

 

「この1年、さ。無理やり戦車道に引き込んじゃって、隊長をお願いして、優勝しないと廃艦なんて責任負わせて…廃艦撤回にも頑張ってもらって」

 

「…会長……」

 

「正直、私は一生西住ちゃんに頭が上がらないと思う。それでも聞いておきたいんだ」

 

「………………」

 

 

 あんこうチームのすぐ後ろに、カメさんチームが軽くドリフトをしながら近寄ってきた。

 背中合わせに、あんこうチームの盾のように敵に正面を向いて佇むカメさんチーム。

 履帯が切れそう、という言葉は本物だったのだろう。

 ヘッツァー仕様38t戦車の車輪から煙が上がっている。履帯が緩んでいるからこそ敢行できたドリフトだった。

 西住みほはその様子を上部ハッチから確認して…この戦車の寿命が、長くないことを悟った。

 

 

「……西住ちゃんはさ。この一年、楽しかったかな?」

 

「――――――はい、今までの人生で、一番楽しかったです……!!」

 

 

 西住みほは、涙を零しながら返事をした。

 角谷杏は、その返事を受けて涙を零した。

 

 

「――ああ、よかった。これで心置きなく…いけるね。…西住ちゃん、白軍を、チョビ子を頼んだよ。あんなだけど、私の昔からのダチなんだ」

 

「……はいっ…!」

 

「…私も、色々あったけど…楽しかったよ。西住ちゃんと一緒にやった、最後の1年が本当に楽しかった。ありがとね」

 

 

 その言葉を最後に、ヘッツァー仕様38t戦車が走る。

 敵部隊に向かって、奔る。

 高校生活最後の戦車戦へ、疾る。

 

 西住みほは、あんこうチームのみんなは、その様子を背中越しに見送った。

 みんな、涙をこらえて。

 こらえきれず、零して。

 それでも、声を合わせて。

 

 

「「「「「……会長(殿)!一年間、お世話になりました!!」」」」」

 

 

 にぃ、と角谷杏が。

 ふふ、と小山柚子が。

 フン、と河嶋桃が。

 笑った。

 

 3匹が、往く。

 

 

 

 

※    ※    ※

 

 

 

 

 壮行試合、戦車戦の2回目。

 安斎千代美率いる白軍は、西住まほ率いる紅軍に作戦を裏をかかれ、かなりの被害を受けた。

 

 1回目の交戦を終えた時点でのお互いの残存車輌は紅軍20:白軍22だった。

 2回目の交戦を終えた時点でのお互いの残存車輌は紅軍14:白軍12である。

 

 ……白軍の撤退戦の最後。

 殿として紅軍に突撃したヘッツァー仕様38t戦車、カメさんチームは履帯を故障しながらの吶喊であったにもかかわらず、敵2輌を道連れにし、白軍の撤退という任務を完遂した。

 その戦車の様子を見ていた観客からは、ヘッツァー仕様38t戦車の偉大なる活躍に大喝采が上がった。

 

 そして同時に、観客たちは薄々と感じ始めた。

 …試合の決着が、近づいている。

 白軍が撤退した後に進む先、日光街道を北上したところにあるゴルフ場、宇都宮カントリークラブで。

 

 ―――おそらく決着がつくであろう。

 

 ますます高まる期待感に充てられたか、井頭公園の大型スクリーン前は、さらに強烈な盛り上がりを見せていた。

 

 

 

 





パルコは死んだ!もういない!!(涙目)
栃木会館は建物すらない!!!(嗚咽)
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