現在時刻は12時を過ぎたところ。
壮行試合は、佳境を過ぎ、終着点へ向けて走り始めていた。
ここで改めて両軍の状況を整理しておこう。
まず紅軍。
現在の残存車輌数は14輌。
内訳は黒森峰6、グロリアーナ7(内4輌はクルセイダー部隊)、プラウダ1。
主な生存はフラッグ車の西住まほ、逸見エリカ、ダージリン、ローズヒップ、ノンナ。
軽微な損害を受けている車輌が1輌あるが、走行に支障はない。
次に白軍。
現在の残存車輌数は12輌。
内訳は大洗1、アンツィオ2、サンダース9。
主な生存はフラッグ車の安斎千代美、西住みほ、ペパロニ&カルパッチョ、ケイ。
西住みほ率いるあんこうチームの車輌、車輪部分に損害があるが、走行に支障はない。
現在は交戦2回目の八幡山決戦を終え、白軍が北西へ脱出し、ペパロニと合流して逃げながら態勢を立て直している。
それを追う紅軍は、ノンナを部隊に加入させつつ、14輌すべてを1つにまとめて白軍を追いかける。
白軍は日光街道を北上している。
お互いの距離はおおよそ3km。
――決戦は、近い。
※ ※ ※
「……してやられたわね」
「……」
並走する安斎千代美に、ケイが戦車から顔をのぞかせて話しかける
安斎千代美は、その言葉にうつむいたまま無言を返した。
…悔いていた。
先ほどの、自分の浅はかな思考を。
一度目の勝利に酔い、短絡的かつ楽観的な思考で、単純な作戦を選んだことを。
西住の事は自分が一番よく知っている。
あいつと相対してまともな戦術を取るなんて自殺行為にもほどがある。
数の有利のみに目が行き、自分の相手がどれほど強いかを全く考えていなかった。
そのせいで―――白軍は、壊滅的な打撃を受けた。
「向こうは14、こっちは12。正直なところエース不足も否めない」
ケイが冷静に両軍の状態を整理した。
安斎千代美はその内容に何も言葉を返せない。
レオポンさんチーム、西絹代率いる知波単学園、そしてカメさんチーム、ナオミとアリサがやられた。
現在こちらに残っている戦力で…頭一つ抜きんでているのは、ケイと西住みほのみ。
対して相手は、まだダージリン、ノンナ、逸見エリカ、ローズヒップなど曲者が残っている。
―――絶体絶命と言えた。
「……」
「……」
うつむいた安斎千代美の横顔を眺めつつ…しかし、ケイはまだ絶望の色に染まっていなかった。
ケイもまた、知っているからだ。
西住まほの恐ろしさ以上に、安斎千代美の、追い詰められてから発揮するしぶとさを。
極限の状態に陥るからこそ練り上げる奇策を。
その1点に賭ける。
その1点しか賭けるものがない。
ならば
ケイは、安斎千代美から次の作戦指示が出るのを静かに待った。
「…………」
安斎千代美が、うつむかせていた顔を上げ、大きく深呼吸した。
頭の中で、次の策が決まったのだろう。
瞳をゆっくりと開ける…その眼には、確固たる意志が、覚悟が見えた。
「…ええい、うっとうしい!」
安斎千代美はほどけた左側のテールが風になびくのを嫌い、右側のリボンを一度ほどき髪を下ろした。
そして、全ての髪を後ろ手にまとめ、高めの位置でポニーテールにまとめた。
安斎千代美の長い髪が一まとめにされ、ふわふわと風に揺れた。
同時に、安斎千代美の印象が大きく変わる。
ツインテールの時は少女的な雰囲気を纏ったそれだったが…ポニーテールに変え、目つきも鋭く強い意志を秘めたその姿は、どこか大人びて見えた。
「…全軍に告ぐ!――まずは謝らせてほしい」
無線のマイクを手に、安斎千代美は言葉を紡ぐ。
「さっきの戦いは私の判断ミスだ。西住に対してまともな戦法でいった私が悪かった。油断をつかれた。…すまなかった」
――そのせいで、大切な仲間を失ってしまった。
そう続ける安斎千代美の言葉に、いくつかの車輌は気落ちを隠せなかった。
…このまま、負けるのか。
そんな思考を必死に脳内で否定する味方部隊に…しかし、安斎千代美は続けて言葉を放つ。
「だから、次にやるのはまともな戦略じゃない。私の今できる手をすべて打って、最大のリスクで最大のリターンを得る作戦で行く。…失敗したら一瞬で終わる作戦だが、成功すれば…絶対、勝つ。」
勝つ、というその迷いの色が見られない強い言葉に、白軍の全員が、息をのんだ。
あきらめていない。
まだ我々の隊長は、全く諦めていない。
「ただ、みんなにリスクを負わせるのは…もう飽きたから。だからリスクを負うのは私一人でいい。みんなは作戦にのっとって敵車輌を思い思いに撃破してくれ」
では今から作戦を伝える!という言葉の後、安斎千代美から最後の作戦が白軍全体に伝えられた。
※ ※ ※
…その内容を聞いた白軍から上がった言葉は以下のとおりである。
「…安斎さん。本当に賭けですね、それは…」
「下手すりゃ一瞬で終わりっスね、これ。流石姐さん、ネジぶっとんでるぜ!」
「でも、成功すれば確実に敵フラッグ車を撃破できる。…ドゥーチェの読み通りに、事が動けば」
「もう
西住みほ、ペパロニ、カルパッチョ、ケイ、それぞれが聞いても、いまだに耳を疑うような作戦だった、
悪い目が出れば一瞬で敗北だ。
だが、すべて決まれば勝つ。
全員がそのリスクとリターンを理解し、そのうえで―――死に物狂いで。『全身全霊』で、やろうと決意した。
「私ができる戦車道を、全部見せてやらないと西住に悪いからな。…頼む、みんな。この作戦、本当に最後の賭けになるけど…絶対に成功させよう!」
「「「了解!!」」」
「――アーヴァンティ!!『コンパス作戦』、開始だ!!」
安斎千代美の最後の願いの言葉に、白軍12輌全てから、大きな了解の返事が返った。
※ ※ ※
「…西住隊長。敵車輌はどうやら宇都宮カントリークラブ…ゴルフ場を目指すようですわ」
「そうか。…そこを最後の決戦の場とするか、安斎」
西住まほは、部隊の先頭を行くローズヒップが望遠鏡で確認した敵の進路を聞き、最後の作戦を立てようとしていた。
現在紅軍は、日光街道を北上する白軍のおおよそ後方3kmほどの距離を全車輌で追いかけている。
そこには斥候部隊であるローズヒップたちのクルセイダー部隊も、先ほどまで単独行動をしていたノンナもいた。
前のほうからクルセイダー部隊、黒森峰部隊とノンナ、後衛にグロリアーナ各車だ。
部隊を一まとめにしているのには理由がある。
(…数の有利を取った以上、多数対多数の力推しならば絶対に安斎には負けない。この状態ならばアンブッシュがどこから来ても全軍で対応できる…たとえ囲まれても、な)
西住まほが先ほど全軍に説明したこの配備理由について、他の隊員もみんな一様に理解を示した。
ノンナすらも、ここで単独行動をするよりも、全員で纏めて押しつぶしにかかったほうが得策であると理解した上で合流している。
ただし、その思考の上、一部の隊員の中では、もう一つの共通認識があった。
「…追い詰められた敵の隊長が、最後にどのような作戦に出るのか。そこだけが懸念点ですね…」
「敵をこちらで勝手に大きく捉える必要もないけれど…あの人は、真に窮鼠の強さを理解しているから…怖いわね」
「先ほどはクソ珍しくまともな手でございましたけど、それで失敗をした以上次は尋常じゃない作戦で来そうですわー!」
「…痛みを知ったからこそ、強くなる人もいます。安斎さんも、まず間違いないでしょうね」
逸見エリカ、ダージリン、ローズヒップ、ノンナとそれぞれ副官レベルの中隊長が思い思いに口にする。
他の隊員は現在の戦車比率、および先ほどの大戦果で既に勝利を意識し始めていたが、この4人は別だった。
――――追い詰められた安斎千代美が、事を為す時間を与えてしまっている。
その事実を、そして危険性を、深く理解していた。
「…気を緩めるな。そして、気負いすぎるな」
勝利を目前にして気のゆるみが出そうな部隊を一括し、さらに上官4人の不安も和らげる一言を西住まほが放つ。
「確かに、できれば先ほどの八幡山で決着をつけたかった。だが、すでに生き延びさせてしまったことは変わらない。あれは角谷が見事だった」
先ほどの八幡山公園での死闘。
最後に、白軍から殿として飛び出してきたヘッツァー仕様38t戦車の気迫と覚悟に、紅軍の脚は止まった。
結果、白軍を逃がしてしまう事となった。
「…それでも、6輌の損害で相手の10輌を撃破できた。十分な戦果だ。有利なのは…我々だ」
そして現在の布陣。
それぞれの車輌が気を緩めなければ、どの方向から攻撃が来ても対応できる。殲滅できる。
一番シンプルで、一番有効な配置。
「気を緩めなければ…絶対に勝てる。各自、意識を集中しろ。今、この時からは正念場だ」
西住まほの鼓舞に、他の隊員からは了解の声が鋭く返ってきた。
現状を説明された上で、気の緩みが敗北につながることを理解した隊員たちは気を貼り直し、部隊全体の集中力が回復した。
「安斎は…きっと、最後にすさまじい奇策を出してくるだろう。それでも、それを打ち破り我々が勝利する」
西住まほは、味方部隊へ激励をかけながら…しかし、心の奥底で、一抹の寂しさが浮かんでくるのを感じた。
…勝ちたい。けど、勝ったらこの試合が終わってしまう。
そんな、思春期の乙女のような甘ったるい思考に気づいて……意識して、胸の中にしまい込んだ。
「……全軍突撃!目標、ゴルフ場内の敵戦車!発見次第、すべての戦車で応戦だ!全身全霊で、勝ちに行くぞ!パンツァー・フォー!」
「「「了解!!」」」
※ ※ ※
13輌を率いて、西住まほは前進する。
試合の決着に向けて。
安斎千代美に勝利するために。
そして、そこで見る。
安斎千代美の、『全身全霊』を。
後に語り継がれる、奇跡の3分を。
※ ※ ※
『―――同じ戦車、同じ練度の編隊を率いて戦った場合、やりたくない相手などはおりますか?』
『―――苦戦は必至だろうと考えられる他の高校の隊長ならば、心当たりはありますが』
『―――西住まほさんの考える、強敵と思われる他の高校の隊長は!?』
『―――アンツィオ高校の隊長、安斎千代美…さん。彼女と戦うならば、私は全身全霊を以て勝負に臨む必要があるでしょう』
※ ※ ※
「…白軍、発見しました!およそ600m先、フラッグ車もいます!…フラッグ車を含めて10輌!」
「全車輌、停止!」
宇都宮カントリークラブ内、北側にグリーンが配置された南北に長く伸びるコース上に、安斎千代美率いる白軍が待ち構えているのを発見し、西住まほは全車輌に停車を命じた。
左右に森林が広がり、一本道で構成されているコースを2つまたいだ先。
双眼鏡から、ポニーテールでこちらを見据える安斎千代美の姿が見えた。
「…まほさん、敵車輌はフラッグ車も含めて、どうやらエンジンを止めているようです。―――撃ちますか?届きますが」
「……いや、待てノンナ」
周囲には紅軍が起こしているエンジン音しかなく、確かに双眼鏡から見える目の前の白軍10輌は振動もなく、エンジンの排気もしてないようだった。
ただ、安斎千代美の右横に位置する戦車の履帯付近から煙が上がっているのだけが確認できた。
あれはあんこうチームのⅣ号戦車だ。
確か先ほどの戦いで増加装甲に被弾していたはずで、恐らくはその際の損傷によるものだろう。
西住まほはそれを確認したうえで、既に狙撃準備に入ろうとしていたノンナを止める。
今の状態の彼女であれば、難なく標的に徹甲弾をぶちかませるだろうが…2つの理由により、西住まほはそれをよしとしなかった。
まず1つ。これはすぐに口に出し、周囲に理由を伝える。
「10輌しか見えない…残り2輌、どこかにシャーマンが潜んでいるはずだ。それを見極めてからでも遅くはない」
「…Да。確かに…今のところ、前の10輌が動き出す気配もありません」
そう、今こうして停止している敵戦車は、フラッグ車の安斎千代美を含めて10輌。
白軍は12輌が生存していたはずなので、残り2輌がどこかに潜んでいるはずだ。
どういった策かはわからないが、何かをしているのだろう。
そして、もう1つの理由。
これは口には出さなかったし、自分でもはっきりと自覚したわけではない。
ただ、西住まほの奥底で願った理由。
――もう少し、安斎千代美と戦っていたい。
その誘惑が、西住まほの心の中にあったことは、誰も、本人ですら気づかなかったが。
だが、確かにあった。
さて、どうするか…と西住まほは思案する。
…順当に白軍の次の手を読めば、左右の森林に潜ませて、こちらが突撃するところを横合いから奇襲、といったところだが。
流石に単純すぎるか、と考えて苦笑を零す。
あの安斎が、そんな単純な作戦を、今度こそとるものか。
西住まほはそれ以上安斎千代美の策を読むことを諦めた。
実際に事が起きてから対処に当たればいい。
車輌数の有利により、それくらいの余裕が自軍にはある。
変に先読みして裏をかかれるよりは、策に乗ってから動いたほうがいいと判断した。
「…白軍は動かないか…ならば接近する。全軍、低速で足並みをそろえて敵に向けて北上。ノンナ、エリカ」
「Да」
「はい!」
「既に二人ならば射程内だと思うが…確実に安斎に当たると思う距離まで近づいたら、撃っていい」
現在のお互いの戦車の距離は600m強。
狙撃するのは十分可能な距離だ。
だが、弾を放ってから相手が回避行動、または援護行動をとれる時間も生まれる距離。
安斎であれば、即座にエンジンをかけ回避することも可能かもしれない。
もしくは、隣の西住みほであれば…操縦手の冷泉麻子であれば、発射の気配を読み、かばうように動くことも可能かもしれない。
狙撃の瞬間に、横合いからシャーマンの奇襲があるかもしれない。
この距離の狙撃は、まだ確実ではないと言えた。
なので近づく。
エンジンが唸り、紅軍14輌の戦車がじわじわと白軍との距離を詰める。
あと500m。…まだどちらも動かない。
あと400m。……手前のゴルフコースを抜け、お互いの距離がロングホール1つ分となる。
あと350m。………白軍はまだ動かない。ノンナと逸見エリカが引鉄に指をかける。
あと300m。…………あと15m前進したら、外さない。ノンナと逸見エリカは呼吸を整えた。
あと290m。……………勝負が決する。
そして、あと286m。
ノンナと逸見エリカがほぼ同時に引鉄を弾くために指に力を籠めるという所で。
横合いから、砲撃音が鳴った。
―――アンブッシュだ。
「っ!全軍退避!!」
音だけで、自軍西側の森林から砲撃が来たと理解した西住まほは、すぐに指示を飛ばす。
予想通り、紅軍の西側、車体に密林用のカモフラージュを載せたシャーマンが2輌、紅軍の横っ腹めがけて榴弾を放っていた。
一発は紅軍の東側にいる車両の横っ腹に直撃し、爆炎と煙を盛大に上げて撃破せしめる。
もう一発はその横のバンカー上に着弾し、土砂と土煙をこちらも盛大に巻き上げた。
紅軍東側に濛々と煙が上がり、視界に不備が生じる。
ノンナと逸見エリカが狙いを定めていたスコープにも煙が舞い、狙撃を困難にさせた。
「1輌やられたか…だが敵は2輌だ!全軍、前方の敵機から集中を切るな!」
西住まほは指示を飛ばす。
ここで左の2輌を撃破するために全軍で西に向けば、今度は北にいる白軍10輌が満を持して吶喊してくるだろう。
そうはさせないぞ、安斎。
「ローズヒップ!」
「はいですわ!」
「クルセイダー2輌を連れて西の林に潜んでいる敵戦車を黙らせろ。できるか?」
「当ッ然ですわ!!」
「任せた。…他のクルセイダー部隊と全車輌は、改めて前方の敵軍に突撃!煙を抜けたら全軍砲撃開始!」
「「「「「「「「「「「「「「了解!」」」」」」」」」」」」」」
今は自軍のほとんどに、敵の榴弾による土煙が覆ってしまい視界が悪い。
しばらくすれば煙も晴れるだろうが、それまでここにとどまっているのは危険だ。
だからといって下がるのもそれは愚手だ。
ここは前進したうえで煙を抜け、そこで総攻撃あるのみ。
西住まほは、相手のアンブッシュを切り抜けたうえで、2輌には3輌を当たらせ、10対10の状況で総力戦に持ち込む。
そして、総力戦に持ち込めば勝てると確信していた。
だが、先ほどの榴弾は、アンブッシュは、安斎千代美の仕掛けた罠の最初の一手に過ぎなかった。
―――最初の榴弾が放たれてから、10秒が経過した。
※ ※ ※
少しずつ視界が晴れていく。
紅軍で最初にその異変に気付いたのは、部隊の最後尾を走っていたダージリンだった。
(……あら?)
目の前に見える景色がおかしい。
何がおかしいと言えば…最初はうまく言葉にできなかった。
敵戦車の放った榴弾による煙。これはおかしくない。
今にも晴れそうで、前を行く紅軍の車輌13輌はすべて目に入っている。
紅軍の車輌にも目をやる。
黒森峰のティーガー、パンターなどもおかしくない。あの学校の主力戦車だ。
その中に混ざるノンナのIS-2もおかしくない。長い砲塔が敵フラッグ車に再度狙いを合わせている。
そして自分の学校である聖グロリアーナもおかしくない。チャーチルに、残存したクルセイダ―1輌。
特に問題はない。
敵軍にも目をやる。
煙が少しずつ晴れてきた今、敵車輌も輪郭ならば目視できる。
安斎千代美が身を乗り出しているフラッグ車含め、10輌。そして横の林に2輌。問題ない。
横の林には目をくれなかったが…そちらにはローズヒップが2輌のクルセイダーを率いて撃破に向かった。彼女ならやってくれるだろう。
最後に、自軍の戦車13輌を目視しなおして。
ダージリンは、どっと冷汗が全身に流れたのを感じた。
動揺して紅茶のカップが手から落ちる。
…戦車の中で落としたのは、これで2度目だ。
―――――13輌!?
「っ――――まほさん!!」
紅茶のカップを拾うよりも先に、無線マイクに手を伸ばすダージリン。
紅軍が絶体絶命の状態にあるかもしれないことを、報告するために。
―――最初の榴弾が放たれてから、15秒が経過した。
※ ※ ※
『―――まほさん!!』
「…どうした、ダージリン」
西住まほは部隊の前側、クルセイダーを盾にするように前進していたところに、ダージリンからの無線を受けて首元に手をやった。
そして、後方から呼びかけてきたダージリンのほうを、僅かに身を捻って振り向いた。
前方に敵はいるが、まだエンジンすら始動していない。
だからこれは気まぐれだ。ダージリンの戦車を目に入れたらすぐに前に向き直る予定だった。
だが、その気まぐれが命を救った。
振り向く最中。全砲身が敵白軍に狙いを定めようとしている。
そんな中で―――黒森峰の戦車が、1輌。
明らかにこちら狙っていた。
「―――っ!?右に退避!!!」
撃たれる!
戦車の砲口を見た瞬間にそれを理解した西住まほは、足で操縦手の肩を蹴ることで急いで右に進路を変更させる。
常日頃の練習によりもはや条件反射レベルで指示に迅速に従ったフラッグ車の操縦手。
そして右に舵を切った戦車のすぐ脇を、黒森峰のパンターが放った砲弾がかすめていった。
砲弾は当然の結果として、西住まほのフラッグ車のすぐ前を盾として走っていたクルセイダーに被弾した。
前方からではなく後方からの砲弾の炸裂に驚くクルセイダーの乗員たち。
白旗が挙がる音が聞こえた。
「…なんだ!?何が起きている!?」
西住まほはそこで初めて後方を大きく振り返り、自軍の状況を確認した。
自分の目に映るのは味方の車輌12輌だ。
……………いや、待て。
おかしい。
明らかに、おかしい。
「…増えている、だと…!?」
紅軍の残存車輌数は、ゴルフ場に入る前まで14輌だった。
最初の横合いからの榴弾で1輌やられて、13輌。
その後ローズヒップ1輌とクルセイダー部隊2輌を対応にあたらせたから、残り10輌。
自分がいて、自分の前にクルセイダー部隊1輌がいた。
だから、後方を確認して、自分の目に写るのは8輌でなければならない。
ならないはずなんだ。
それが、なぜ12輌もいるのか!?
4輌も多いではないか!
西住まほは混乱した。
困惑した。
そして数瞬ののち、理解した。
安斎千代美の、第二の作戦を。
誰もが想像できない、思いつきもしないであろう作戦を。
※ ※ ※
「……ねぇ、姫。あれってさ…」
「うむ、懐かしきかな…鈴よ、我らもあれと同じ計略を弄したのう」
井頭公園の応援会場。
九七式軽装甲車に座りながら、観戦をしていた女子高生…鶴姫しずかと松風鈴が、大型スクリーンを見てため息をつく。
「でも、あの時は夕立で暗いところで、お手製の道具でそれっぽく見せるだけだったけど…」
「――恐ろしきはアンチョビ殿の用意周到さよな。戦車から大きな段ボールを取り出したときはなんぞ、と思うたが…まさかこれほどのものを準備しているとは」
観客からは、安斎千代美が計画した作戦が見えていた。
上空からのカメラと、各所に配置されたカメラで生中継されていたからだ。
安斎千代美が取った二つ目の戦略。
それは、
「…敵戦車の車体をカモフラージュした段ボールを自軍の戦車に被せて、榴弾の煙に紛れて森の中から敵軍に合流させるんだもんねぇ」
「すさまじき度胸也。そして、それを実際に実行に移すアンチョビ殿…どこか大切なネジが外れておらぬか?」
「…姫、それブーメランじゃない?」
松風鈴が苦笑を漏らし、そうか?と鶴姫しずかがぽかんとした表情を返す。
かつてタンカスロンにてこの二人が行った、敵軍の戦車に紛れるために戦車の外見をいじるという作戦。
それを、安斎千代美は戦車道で使えるレベルに焼き直し、実行に移した。
―――最初の榴弾が放たれてから、20秒が経過した。
※ ※ ※
「…そういう事か安斎!」
先ほど自分を狙った黒森峰の戦車、パンター―――否、それを模した段ボールを被っていた、シャーマン。
砲口付近の段ボールが焦げ付いたことで、明確にその存在を理解できた。
そしてそれと同時に、その戦車とその横にいた黒森峰の戦車の動きが豹変する。
さらに後ろにいるグロリアーナの戦車2輌も、踵を返す。
その動きは、間違いなく…他の戦車を撃破するための、砲撃の構えだった。
まるで、腹の中から食い破る寄生虫のように。
4輌の敵戦車が、自軍部隊に紛れ込んでいた。
…先ほどの煙幕を使われたか!
普段ならばすぐにばれそうなそれも、煙幕が張っている瞬間ならば、外見の多少の相違は見逃されるだろう。
そして煙が晴れる寸前に砲撃する。
こちらの混乱を誘う。
恐ろしい手だ。
「…獅子身中の虫がいる!味方同士の誤射に注意しつつ、よく動きを見て対応しろ!」
すぐに全軍に通達するも、自軍のど真ん中に現れた敵軍にすぐに対応するのは難しいだろう。
紅軍内は混戦の様子を見せていた。
それに、もう一つ疑問がある。
…目の前の白軍10輌だ。
あちらに10輌、西側に2輌配置していた時点で、敵戦車はすべて使っていたはずだ。
その事実があったからこそ、他に戦車がいないという理解があったからこそ、この敵の作戦がさらに効果を増した。
はたしてどこからもう4輌を持ってきたというのか?
だが、西住まほはそれに対しては、すぐに答えを出すことができた。
前回の戦車道大会の2回戦の映像データを、何度も何度も見返していたからだ。
そう、その中で出てきた、安斎千代美の作戦。
前に本人に作戦名を聞いた時、おいしそうだな、と思ったそれ。
「…マカロニ作戦か!10輌の内、4つは板でできたハリボテか…!!」
※ ※ ※
「どーだぁ!!マカロニ作戦、いまだ健在!使う人が使えばこんなモンだぜ!!」
「ペパロニ、それは自分をバカだって言ってるようなものだと思うけど…」
紅軍に模した4輌の内の1つ、ペパロニとカルパッチョが乗るセモヴェンテもまた、段ボールを被ったままで敵戦車を撃破せんと縦横無尽に動き始めた。
この作戦を――混乱を使って、私たちは絶対にアレを撃墜する。
そう、二人でさきほど約束していた。
安斎千代美の…アンツィオのドゥーチェ・アンチョビの、最後の戦いで。
私たち後輩が、しっかりと成長していた姿を見せたいから。
そして、撃破するべき対象を見据える。
今、恐らく最高潮の状態だろうその相手。
ちょうど今砲撃を繰り出し、潜入していた4輌のうち1つを的確に狙い撃って撃破したその相手。
鬼。
プラウダのノンナを、ここで堕とす。
「…意地があんだよね、後輩にもさぁ!!」
「勝負です、ノンナさん……!!」
後ろから砲撃された弾をペパロニ持ち前の操縦技術でギリギリ回避し、自身を包んでいた段ボールが爆風で剥がれ、セモヴェンテが顔を出した。
そしてセモヴェンテが見据えるその先。
IS-2が、ノンナが、次の標的と捉えたか……砲口を、こちらに向けようとしていた。
―――最初の榴弾が放たれてから、30秒が経過した。
※ ※ ※
「…まずいですわー!!」
西の敵シャーマン2輌を、自軍クルセイダー2輌を引き連れて撃破に向かっていたローズヒップは、大混乱に陥りかけている紅軍を見て、焦りの声を上げた。
既にこちらにいるシャーマン2輌は撃破した。
…もっとも、敵戦車も最後の戦いで気合が入っていたのか、こちらのクルセイダー2輌もやられ、生き残っているのは自分一人だが。
それでも、すぐに応援に駆け付けなければ。
「西住隊長!ダージリン様!!今行きますわよーー!!」
超進地旋回で踵を返し、紅軍に合流しようとするローズヒップ。
爆速で、最後のリミッター解除も使用し、一刻も早く救援に向かおうとした。
そして、その戦車の背中をスコープ越しに冷静に見つめる瞳には、誰も気づいていなかった。
※ ※ ※
「…ギリギリで、まほさんは気づいてくれたようね」
ダージリンは冷汗を拭い、ほっと安堵のため息をついた。
自分が気づくのが一瞬でも遅れれば、フラッグ車が撃破されていたかもしれない。
何とかそうはならずに迎えた今を神に感謝しつつ、空恐ろしい作戦を考えてくる安斎千代美に身震いした。
「…では、割れたティーカップの代償は払ってもらいましょう。アッサム、オレンジペコ。行くわよ」
「了解ですわ」
「ノンナさんが今1輌撃破しましたから…自分たちは、こちらに来ている1輌を…、っ!」
オレンジペコが装填し、アッサムが狙いを定めようとした瞬間。
躊躇いなく、こちらに砲撃を放ってくる敵車輌があった。
何とか操縦手の回避が間に合い、掠めるのみにとどまったが……狙いが正確だ。
そして戦車の動きもいい。こちらの狙いをうまく他の車輌の陰に隠すようにして、しかしこちらに躊躇いなく迫ってくる。
その技量。
砲撃で段ボールが剥がれ、露わになったM4シャーマン。
そして、圧倒的な猛者の気配。
「……ケイね。間違いなく」
ダージリンは、高校生活最後の試合、最後の相手になるであろう人物を見事に言い当てて。
そして、心の底から―――歓喜と闘志が溢れるほどに湧き上がるのを感じた。
※ ※ ※
………おかしい。
西住まほは、混乱中の紅軍の中で、そう感じていた。
おかしい。
何がおかしいと言えば、既にこの状態がおかしいのだけれど。
それでも、おかしい。
安斎千代美の性格は、私が一番把握している。
…彼女にしては中途半端ではないか?
西の森に2輌、紅軍内に4輌。
…12輌のうち、半分を搦手に使う。
既に搦手としては多すぎるくらいだが―――だが、ここまでやるなら、なぜこの好機に白軍本隊はこちらに突撃してこない?
北に見える10輌の内、4輌がハリボテなのは理解した。
エンジンを止めていたのは、ハリボテが気づかれないようにしていたということも。
だが、この機を逃す理由はないはず。
すぐにエンジンを始動し、こちらに突撃してくればいいものの…安斎千代美は、まだ動かない。
一歩も動かない。
それはすなわち……まだ、安斎千代美の奇策はすべてを終えたわけではないということではないか?
そこまで西住まほの思考が至ったところで、ぞくっ、と嫌な予感がした。
虫の知らせともいうべきだろうか。
すぐに、2つの無線が自分に入ってきた。
『西住隊長、すみません…!西側のシャーマン2輌を撃破し、こちらもわたくし以外のクルセイダー2輌がやられて、その後合流しようとしましたが…どこかから放たれた砲撃でやられてしまいましたわ!』
「…そうか。いや、ご苦労だった…後は任せろ」
一つは、ローズヒップからの被撃破報告。
シャーマン2輌の撃破には成功したようだが、その後どこかからの狙撃でやられてしまったらしい。
そして、さらにもう1つ。
今度は自分の副官である逸見エリカからだが…こちらの報告は、さらに肝が冷えた。
『…隊長っ!!』
「どうした、エリカ!」
『東側の森から、さらにシャーマン4輌が突撃してきましたっ!黒森峰部隊にて迎撃します!!隊長は退避を!!』
「……何、だと?」
さらに4輌、この混乱に乗じて突撃が来た。
東側に配置していたエリカが最初に気づいたそれは、シャーマン4輌による第3の奇襲。
西住まほは、この瞬間、生まれて初めて敵軍の戦車数が把握できないという感覚を味わった。
―――最初の榴弾が放たれてから、1分が経過した。
※ ※ ※
……落ち着いて冷静に考えろ。
一度整理しよう。
西住まほは、小さく深呼吸してから、現在の戦況を整理した。
―――まず敵は12輌だった。
こちらは14輌だ。
最初に、西側の森に敵が2輌。
これは榴弾を放ち、煙幕を張る役割だったのだろう。
既にローズヒップが撃破したが、ローズヒップも相打ちで撃破された。味方には3輌の損害が出ている。
そして紅軍内に敵が4輌。
変装していつの間にか忍んでいたそれは、フラッグ車を暗殺するための部隊だった。
なんとかその危機は乗り切ったが、最後のクルセイダーがやられて、さらに部隊に大きな混乱をもたらした。
その混乱の中で、紅軍の車輌はさらに2輌撃墜された
しかしノンナが既に1輌撃破、黒森峰の隊員が1輌撃破し、敵は残り2輌。
セモヴェンテとシャーマンだ。
セモヴェンテはノンナが、シャーマンはダージリンが今にも交戦を交えそうだ。
この時点で、紅軍は6輌、白軍は4輌の損害が出た。
まもなく白軍の残り2輌は撃破されるだろうが…そこで、先ほどのエリカから来た無線だ。
…混乱もおさまるかという今になって、さらに東から敵のシャーマンが4輌。
エリカ率いる黒森峰の部隊がこれの撃破に当たらせる…が、これで私以外の紅軍はすべて会敵中。
そして、そしてさらに恐ろしいことだが。
……最初に確認した、安斎千代美率いる白軍10輌。
そのうち、8輌がハリボテ。
たった2輌のみで、こちらの目を引くためだけに、エンジンすら止めて待っていた。
あそこにいるのは、安斎千代美のP40と、妹のみほが乗るⅣ号戦車のみ。
Ⅳ号戦車は車輪から煙が上がっているため動かさなかったのだろうが…たった2輌で。
囮として、紅軍の目を引いた。
―――最初の時点で、ノンナに狙撃を命じていれば勝負がついた。
だが、フラッグ車を囲む敵戦車がほぼすべてハリボテだと、誰が想像する?
12輌の内10輌を搦手に使い、一番守るべき対象であるフラッグ車をそのための囮に使ったと、誰が想像する?
西住まほは、安斎千代美のその捨て身の戦略をすべて理解して。
理解して―――誇らしさに、泣きそうになった。
これが安斎千代美なのだ。
この誰にも想像できない、誰も思いつかない戦略をとるのが、安斎千代美なのだ。
その安斎千代美と、こうして戦える。
私は幸せ者だ。
「………安斎ぃ…!!!」
西住まほは安斎千代美を見据えて、犬歯まで見えるような攻撃的な笑みを浮かべる。
いいだろう。
お前の誘いに乗ってやろうじゃないか。
フラッグ車同士の戦いだ。
やったことはあるか、安斎?
私は前にやったことがある。お前の隣のみほの戦車と。
―――最高に楽しかったぞ。
待っていろ、すぐに接近する。
まずは隣のみほを潰す。
愛する妹だが今は邪魔だ。
安斎と私の戦いの間に、みほはいらない。
車輪から煙を上げているような戦車は、すぐに撃墜してやる。
それが終わったらその時こそ、フラッグonフラッグだ。
安斎。お前と雌雄を決しよう。
高校生活最後の戦いだ。
西住まほは、自分の内に秘めた思いが暴走し始めたことを自覚した。
自覚して、そしてその衝動のままに、戦車を走らた。
自分の戦車、ティーガーⅠの乗組員に指示を出す。
「……全速前進!敵4号戦車を速やかに排除したのち、敵フラッグ車を撃破する!!」
―――最初の榴弾が放たれてから、2分が経過した。
その時、既に…後方では、逸見エリカ以外の戦車がすべて白旗判定を挙げていることに、西住まほは気づかなかった。
※ ※ ※
時間は少しさかのぼる。
東の森から白軍の3度目の奇襲が行われた時間とほぼ同時。
ノンナのIS-2に突撃する、ペパロニとカルパッチョが乗ったセモヴェンテの姿があった。
「…勝つんだ!絶対に勝つ!!ここで何もできずにやられたら、姐さんに顔向けできないんだ!!」
「見ていてください…ドゥーチェ…!!」
「…………」
IS-2に素直に正面から突撃するセモヴェンテを、ノンナは冷たい目で見据えた。
…とても稚拙な突撃。
戦車の戦力差を考慮すれば、どうあがいても勝てない相手であることは理解できているはずだ。
セモヴェンテの砲弾では、たとえ接射でもこのIS-2の装甲は貫けまい。
それなのに、この突撃。
ノンナは、僅かばかりの落胆を覚えつつも…速やかに狙いをセモヴェンテにつけて、そしてそこからミリ単位のブレも生せず、装填手の装填を待った。
次の射撃まで5秒。
敵戦車がこちらに届くまでは、6秒と言ったところか。
目の前で撃破されるセモヴェンテの姿を幻視しながら、ノンナは引き金に指をかけた。
対するペパロニとカルパッチョ。
もちろん、こちらの砲弾が敵の戦車を貫けないことなどわかっていた。
アンツィオ高校は、とにかく戦車の火力が足りない学校である。
まともに撃墜できる戦車のほうが少ない。
――逆に言えば、そういった戦車を相手にするための練習を、ずっと重ねていたのである。
「……見てろよ、追い詰められたペパロニは猫でも虎でもかみ殺すぞ!」
「……まだよペパロニ、計算ではあと…3秒」
二人には作戦があった。
アンツィオ高校で、そして今までの戦車戦で学んだ技術で、IS-2を撃破する作戦が。
そしてそのためには、相手の砲撃タイミングを完璧に把握する必要があった。
把握していたのは、カルパッチョだ。
来年度は新ドゥーチェとなるペパロニの優秀な副官である彼女は、自身が装填手であり、計算は早いほうでもあった。
カルパッチョは、今までのノンナの動きと砲撃のリズムを読み…正確に、次の敵の砲撃が来るタイミングを読み切った。
だが、それはこちらが敵戦車に突撃する寸前に放たれるタイミング。
全力で突撃しているが……敵の目の前で砲弾が放たれ、セモヴェンテは撃破されてしまうだろうタイミング。
それこそが、二人の狙い。
「――――今よ!!ペパロニ!!」
「…いっくぜぇ!!アンツィオ伝統芸能!!ナポリターン!!」
ノンナの戦車の目の前、ノンナが引き金を引く寸前。
ペパロニの素早い操作によって、セモヴェンテの車体がぐるりとその場で回転し始める。
アンツィオ高校でまず学ぶ操作技術、ナポリターン。
いわゆる超進地旋回を走行中にやるというその荒業。
回転しない砲塔で左右後方の敵に砲撃するための技術であるそれを、敵の目の前でペパロニが放つ。
「……
だが、その程度の動きに惑わされる今のノンナではない。
目の前で回転し始めたその車体に向けて、砲口をそらさずに一撃を加える。
セモヴェンテの履帯に直撃したその一撃は、さらにセモヴェンテに回転を加えるようにして突き刺さった。
確実に白旗判定が出るであろう一撃。
だが、ここでノンナの表情が変わる。
……敵戦車の勢いが、止まっていない。
「……まさか」
このまま、回転の勢いを加えての戦車自体を弾と見立てての、特攻。
それが、敵の狙いか。
ノンナは敵の作戦の全貌を理解し……今度は少なからずの落胆ではなく、大きな落胆を覚えた。
……面白い作戦だが、それではこちらの戦車の白旗判定には至らない。
確かに衝撃は大したものだろうが、物理的なエネルギーから計算して、IS-2の白旗判定に至るほどのダメージはこちらには来ない。
もはや戦車と一体化しているといっても過言ではない現在のノンナには、それが理解できていた。
…ノンナの予想は正しい。
ペパロニとカルパッチョ、二人が立てた作戦は、敵に突撃しつつナポリターン、さらに敵の砲撃を加えて回転力を強めての体当たり。
その作戦を事前に組み、そして実行に移した。
そして、この攻撃が白旗判定に至るかどうか、などという考えは二人は一切持っていなかった。
白旗は上がるはずなのだ。
自分たちのこの渾身の一撃が成功すれば、必ず上がるはずなのだ。
――なぜなら、狙いは敵の車体などではないのだから。
「…まだだ!!」
「ええ、まだよね!!」
砲弾を受けてから戦車に白旗が上がるまでは、1~2秒のタイムラグが発生する。
内部の損傷を計算してから旗が上がるというシステム上、それはどの戦車も避けられない運命。
そして、その数瞬の内は。
まだ、戦車の操作が効いた。
「……カルパッチョ、あとは任せた!!」
「了解よペパロニ!……たかちゃん…!!」
ペパロニの仕事は終わり、あとはカルパッチョの仕事だ。
セモヴェンテがすさまじい勢いで回転している中で、カルパッチョはただ一つに神経を張り巡らせた。
残り1秒もない操作有効時間の中で、セモヴェンテの砲口を操作する。
ぐるぐると高速で目の前の景色が流れていく中で…カルパッチョはタイミングだけを計っていた。
…セモヴェンテの、砲口の狙いを上につける、そのタイミングを。
残り0,5秒。
「……今っ!!!」
ぐい、とその一瞬のタイミングを見計らい、カルパッチョが自身の戦車の砲口の狙いを、上に向ける。
すなわち、それはセモヴェンテの砲身が上に動くという事でもある。
セモヴェンテの砲身は長くはないが、太い。
その砲身がギリギリまで上を向き、斜めの状態で固定された。
同時に白旗が挙がり……直後、IS-2に車体が衝突する。
ただし、最初にぶつかった個所は車体同士ではない。
――回転の勢いのままに、IS-2の長砲身にセモヴェンテの砲身が横から思い切り叩きつけられた。
「っ!」
この瞬間に、ノンナは自分の思考が浅はかであり、そして彼女たちがそれを上回る奇襲をかけてきたことを理解した。
突撃して体当たり。そこまではあっていたが、ぶつける部位が違った。
車体を狙ったのではなく、砲身だけに狙いを定めて。
そのための、こちらの砲撃タイミング。
そのための、相手の超進地旋回。
ノンナは、覗き窓から自分の戦車の砲身を確認した。
………への地に折れ曲がっている。
すなわち、IS-2が二度と砲撃できないということを表しており。
セモヴェンテに1秒ほど遅れる形で、パシュ、とIS-2に白旗が挙がった。
砲身へのダメージは、白旗判定の中で一番大きな要素となる。
ノンナは、お互い白旗が挙がっているこの状況で…しかし、自分の敗北を理解した。
「…………お見事でした」
回転と衝突の勢いで自分の目の前でひっくり返っているセモヴェンテに対し、目礼をする。
相手への敬意の籠った、あたたかな笑みと共に。
※ ※ ※
「……やったわね、ペパロニ」
「……ああ、やった。やってやった」
「たかちゃんとの勝負が生きたわ…鍔迫り合いなら慣れたものよね、私も」
「私のナポリターンを褒めてくれてもいいんだぞ?…ま、本当によくやったよ、私たちは」
「そうね…。……」
「ああ…。…………」
「…ねぇ」
「うん?」
「なんだか、私泣いちゃいそう」
「…私も。でも、姐さんが勝つまでは我慢するぞ」
「そうね。涙でドゥーチェの雄姿が見えなかったら、困るし」
「……頑張ってくださいね、姐さん」
「私たちは、ここで応援してますから」
―――最初の榴弾が放たれてから、1分20秒が経過した。
※ ※ ※
「…ダージリン!!決着をつけるわよ!!」
「こちらの台詞ですわ、ケイ。…貴女とは、はっきり勝敗をつけておきたいと思っていましたもの」
上部ハッチからお互いに顔をだし、正面から目を見据えながら、爆音の中で会話する。
ケイの乗るM4シャーマンと、ダージリン、オレンジペコ、アッサムの乗るチャーチル歩兵戦車Mk.Ⅶが砲火を交えていた。
先ほど決着のついたノンナとペパロニ&カルパッチョの戦いとは違い、こちらはお互いの戦車をまるで手足のように操り、巧みな技で応酬する。
戦車道の1対1の極みに近い戦闘が繰り広げられていた。
「…右に回避!左に回り込んで横から撃つわよ!」
「…外れね、追いかけるように左へ。オレンジペコ、装填急いで。アッサム、次は外さないように」
ギュルギュルとお互いの履帯が空転する。
ほとんどドリフトのように車体を滑らせながら、何度も自分の正面に相手を捉えようと、2台が絡みあう。
戦車の操舵が高いレベルの2人だからこそ繰り広げられる、芸術。
(……にしても、相変わらず嫌味なくらい強いわね。ダージリンは)
ケイはめまぐるしく変化する目の前の戦車の動きに舌打ちしながらも、自分の内で想いを馳せる。
……出会ったのは高校1年生の時。
戦車道大会で、紅茶を飲みながら戦車に乗る変な1年がいるという話を聞いて、見に行った。
そこで、ダージリンに出会った。
最初はいけ好かないイギリス被れかと思っていたが、戦場で会った時に評価は一変する。
…天才だ。
車長としての才能、戦車を動かす操縦技術、そして確かな作戦と確固たる意志を秘めたダージリンの戦車道に、ケイは魅せられた。
彼女に勝ちたいと思った。
彼女をもっと知りたいと思った。
戦車道を続けていく中で……ずっと、一緒にやっていきたい。
そんな想いを抱いた。
(……それにしても、相変わらず気に障るくらい強いですわね、ケイは)
ダージリンはちょこまかと動きを変えるケイのシャーマンにやきもきしつつも、自分の内で想いを馳せる。
……出会ったのは高校1年生の時。
戦車道大会で、紅茶を飲んでいたら「一杯くれない?」と声をかけてきた、スタイルのいい女性がいた。
それが、ケイとの出会いだった。
最初は貞操観念の無いアメリカ被れかと思っていたが、戦場で会った時に評価は一変する。
…天才だ。
車長としての才能、戦車を動かす操縦技術、そして確かな作戦と確固たる意志を秘めたケイの戦車道に、ダージリンは魅せられた。
彼女に勝ちたいと思った。
彼女をもっと知りたいと思った。
戦車道を続けていく中で……ずっと、一緒にやっていきたい。
そんな想いを抱いた。
「――そんな貴女だから!」
「――そんな貴女でしたから」
「――絶対に、負けられない!!」「――絶対に、負けられませんの!!」
お互いの射線が一致する。
履帯を引きちぎりながらも、急激な方向転換を行い向かい合った2輌。
ケイの砲口はダージリンを。
ダージリンの砲口はケイの。
お互いの、車体中心部を確かに狙った。
「「……
全く同じタイミングで放たれたお互いの砲弾は、吸い込まれるようにお互いの車体に命中し、同時に爆炎を挙げた。
……1秒後、パシュ、と白旗の上がる音が1つだけ聞こえる。
しかし、その1つの音は、2つの車輌から旗が上がる音が綺麗に重なったものだった。
「………これで、2勝2敗、2引き分け…ですわね」
「………そうねぇ。あーもう、SHIT!!気持ちよく勝って大学行けると思ったのに!!悔しくて反吐が出るわ!」
「汚い言葉を使うあたりが、貴女の嫌いなところです。――こんな格言を知ってる?」
「貴女の格言に頼ろうとするところが私も嫌いよ、ダージリン。貴女の言葉で言ってほしいわ」
煤まみれの顔で、しかしお互い僅かに口論を交わした後―――くすっ、と笑いがこぼれた。
どうも、高校時代で決着がつくことはなかったらしい。
この、スラングを使う/格言を使うところ、それ以外のすべてが大好きな友人とは。
「…決着は大学に持ち越しね」
「そうですわね。今度こそ、わたくしが勝ってみせますわ」
「HA、上等!今度こそ紅茶を送らせてあげるんだから」
…でも、大学でも仲良くやっていきたいな。
そんな思いを抱えつつ、白旗が挙がった戦車の上で、二人で気持ちよく笑いあうのだった。
―――最初の榴弾が放たれてから、1分40秒が経過した。