【完結】西住安斎大学受験物語   作:そとみち

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西住安斎卒業壮行試合 5

 

 逸見エリカは、この怒涛のように押し寄せる白軍の奇襲、およびそれに応じて次々と撃破されるお互いの戦車を見て、敵の繰り広げる戦術に生まれて初めて―――恐怖を覚えた。

 

 恐ろしい。

 これを実行できる度胸が恐ろしい。

 成功すると読んだ慧眼が恐ろしい。

 成功させた技量と豪運が恐ろしい。

 

 最初の接敵で自分かノンナさんが狙撃していれば終わっていた。

 誰かがマカロニ作戦に気づいていれば終わっていた。

 敵の西からの榴弾による奇襲に対し、全軍を以て潰しに行けばその後の変装作戦は功を為さず終わっていた。

 紅軍内に紛れ込んだ4輌に誰かがもっと早く気付いていれば終わっていた。

 

 あまりにも雑な、しかし確かな確信をもって繰り広げられた白軍の作戦。

 逸見エリカは、恐怖と、それ以上に尊敬を覚えていた。

 

 

 だが、しかし。

 

 

「……負けるもんですか!!」

 

 

 東から奇襲をかけてきたシャーマン4輌、その最後の1輌を撃破した。

 白軍のシャーマン部隊はすさまじい気迫で紅軍本隊に吶喊をかけ、自分に追従した黒森峰のパンター4輌と互角以上の勝負を繰り広げた。

 それが背水の陣によるものか、最後の戦いとしての気迫の差かは不明だが、そのまま戦っていれば難なく紅軍の心臓、西住まほのティーガーⅠに食らいついたであろう。

 

 ――だが甘い。

 私がいたのが運の尽きだ。

 私は黒森峰次期隊長。

 この程度の奇襲に負けるようでは、黒森峰の隊長は務まらない。

 

 逸見エリカは、大洗騒動の際にも見せた猟犬としての溢れる才覚で、西住まほを守るためにシャーマン部隊を狩り殺す。

 お前たちは狩る側ではなく狩られる側だとわからせてやると言わんばかりの精密な射撃により、シャーマン部隊を次々と白旗判定に導いた。

 

 …4輌のシャーマンと黒森峰5輌の接敵から30秒。

 榴弾が放たれてから1分50秒が経過した時。

 そこに生存している戦車は、エリカのティーガーⅡのみであった。

 

 

「……甘いわね」

 

 

 見下ろすような形で敵車輌を一瞥し、そしてエリカは自軍の状況を確認するためそちらに目をやった。

 …自分以外の生存車輌は、0。

 

 ノンナの駆るIS-2は、何があったかは不明だが砲身が折れ曲がり、白旗を挙げている。

 ダージリンの駆るチャーチル歩兵戦車Mk.Ⅶは、敵のM4シャーマンと重なり合うような形で、白旗を挙げている。

 ローズヒップもまた、こちらに合流しようとしたところで弾を受けたか、横転して白旗を挙げている。

 …白軍の、内部に潜り込んでいた4輌も撃破されているようだ。

 西の2輌も撃破報告がローズヒップからあったし、東の4輌は私が今撃墜した。

 

 お互い、残るは2輌。

 

 フラッグ車である西住まほのティーガーⅠと、安斎千代美のP40。

 そして、大洗の二年生のみで構成された戦車、西住みほ率いるあんこうチームのⅣ号戦車と、同じく二年生のみの構成である逸見エリカ率いるティーガーⅡ。

 

 

「…いいシチュエーションじゃない」

 

 

 にぃ、と逸見エリカの顔に深い笑みが浮かんだ。

 何よりも、敵軍に西住みほが生存しているのが最高だ。

 

 恐らく隊長――西住まほは、安斎千代美との一騎打ちを望むだろう。

 それに水を差すほど私は空気が読めない人間ではない。

 ならば私は、その一騎打ちの邪魔をさせないように、西住みほと戦うだけだ。

 

 ……痺れるわね。

 逸見エリカは内心で、驚くほどの多幸感を、脳内麻薬物質の分泌と同時に感じた。

 テンションは最高潮だ。

 だから頭は驚くほどよく回る。

 戦車を乗る上では最高の状態だろう。

 敵戦車の細かなパーツ、戦場の些細な部分まで見える。

 感じ取れる。

 

 

 そう、今まさに敵フラッグ車に突撃をかけようとする西住まほの戦車も履帯の一枚一枚の動きも見える。

 それを待ち受ける安斎千代美のポニーテールが風に揺れる様も見える。

 その横で、西住みほのⅣ号戦車が増加装甲を施した履帯付近から煙が上がっているのも――――――

 

 ―――――待て。

 

 

「……!?」

 

 

 逸見エリカは心臓が口から飛び出そうなほど、その光景に違和感を感じた。

 …Ⅳ号戦車の車輪付近から煙が上がっている。それはおかしくはない。

 その前に戦車――いや、マカロニ作戦のハリボテ、それがいるため煙の出処は正確には見えないのだが、そこから煙が上がっていること自体はなんら不思議ではない。

 なぜなら、Ⅳ号戦車はそこに被弾したからだ。

 それは私が一番よく把握している。

 

 何を隠そう、Ⅳ号戦車の履帯に砲弾を当てたのは私、逸見エリカなのだ。

 先ほどの八幡山公園での殲滅戦、白軍から見れば撤退戦であるその交戦の際に、隙を見て狙撃した逸見エリカの砲弾は、Ⅳ号戦車の履帯付近をかすめた。

 撃破できなかったことは心残りだが、それでも当てることはできた。

 あんこうチームの機動力が少しでも削げていますように、と心から願ったものだ。

 

 そう、あの時に被弾した個所から煙が出ている。

 おかしくはない……違う、よく思い出せ。

 あの時の光景を。

 あの時、私が放った弾は――――

 

 

※    ※    ※

 

 

『―――カシュン!と敵の砲弾があんこうチームの戦車、4号戦車の履帯をかすめた』

『―――黒森峰戦で増加装甲を施したシュルツェンの片側が吹き飛び、煙を上げる』

 

 

※    ※    ※

 

 

「―――っ!!」

 

 

 息を呑んだ。

 今、目の前に見ているⅣ号戦車の、履帯。

 そこには、増加装甲であるシュルツェンが。

 自分が吹き飛ばしたはずの装甲が。

 確かに存在していた。

 

 

 

「……――――――!!!!!」

 

 

 

 逸見エリカはすべてを理解した。

 そして、それは西住まほには理解することはできない事実だった。

 なぜなら、この最終戦が始まる前に逸見エリカが西住まほに伝えた戦果報告が以下のようなものだったからだ。

 

 

『…一発、みほの…あんこうチームの履帯付近に着弾し、煙を上げさせましたが…撃破には至りませんでした。ただ機動力は削げたかと』

 

『そうか…よくやった。とはいえみほの事だ、履帯がちぎれても油断はできないがな』

 

 

 ……隊長は、あんこうチームの強化装甲が吹き飛んでいることを知らない。

 煙が上がっているその事実だけを知っている。

 そして整合性が取れている以上、あそこにいるのは西住みほだと疑わない。

 だから突撃している。

 煙をあげて機動力の落ちたⅣ号戦車を先に撃墜し、安斎千代美と決着をつけるために。

 

 だが。

 その西住みほは――――偽物だ。

 

 

 

 逸見エリカはさらに思考を伸ばす。

 ならば彼女はどこにいるか?

 今までの幾度となく行われたアンブッシュには参加していない。

 少なくとも紅軍内に潜入した4輌、及び東からの4輌にはいなかった。

 ならば最初に榴弾を放った2輌のどちらかか?

 否。

 どちらかにあんこうチームがいれば、ローズヒップが特記すべき点として報告するだろう。

 彼女もあんこうチームの恐ろしさは理解して……いや、待て。

 それだ。

 

 ローズヒップはすでに撃破された。

 西の2輌を撃破した後に、どこからかの狙撃により撃破されている。

 この報告を西住まほが受けた時には、自分が被せてさらなる報告をしたせいで流されてしまったが。

 その狙撃こそが、あんこうチームだ。

 間違いない。

 ならば……今もこの瞬間、あんこうチームは、みほは……安斎千代美の隣ではなく、どこからかこちらを狙っているとすれば。

 

 

 逸見エリカは現状を正しく把握したうえで、白軍の絶体絶命を理解した。

 このままでは――――隊長が。

 

 

「……っ隊長!!」

 

 

 西住みほの潜伏先を推理しつつも、先を走る――安斎千代美に向けて突撃する西住まほに追いつくために、操縦手に指示を飛ばした。

 エンジンが焼け付いてもいい。

 全速力で隊長を追え。

 

 

「―――今行きます!!待っててください隊長!!!」

 

 

 エリカが放つ『あの時』と同じ悲痛な叫びは、しかし目の前の安斎千代美に心を奪われた西住まほには届かない。

 

 それでも、『あの時』みたいにはやらせない。

 

 

 西住みほには――――やらせない。

 

 

 

 

 

―――最初の榴弾が放たれてから、2分20秒が経過した。

 

 

※    ※    ※

 

 

 

「………………」

 

 

 安斎千代美は、自分に迫りくる西住まほのティーガーⅠを、自分でも驚くほど冷静に見つめていた。

 すべて作戦通り。

 今、こちらに迫るティーガーⅠの砲身が、自分のわずかに左…西住みほのⅣ号戦車に向いているのを確認して、作戦の成功を確信した。

 

 ――フラッグ車が1輌で敵の目を惹きつけ、4重のアンブッシュを仕掛ける。

 安斎千代美がゴルフ場前で白軍に説明したコンパス作戦の全貌は、一言で纏めるとこうなる。

 

 まず敵は10輌しか見えない白軍を警戒して、確実に撃破できる距離までは狙撃してこない。 ―――だろう。

 その後左からの榴弾による煙幕で、狙撃部隊の手を止める。 ―――事が出来れば。

 4輌の変装した戦車を、煙幕に隠して忍び込ませる。 ―――忍び込ませられる、はずだ。

 そして敵のフラッグ車を狙い、失敗しても混乱させた内に4輌、さらに東から奇襲。 ―――を、囮として。

 

 そこまでに、西住みほのⅣ号戦車は雑木林の奥で姿を見せなければ、

 この私の隣にあるⅣ号戦車の書かれたハリボテを。

 足元に発煙筒を置いてあるだけのハリボテを。

 西住まほは本物だと思い込む。

 

 そして、突撃してくるだろう…Ⅳ号戦車は容易く御せると考えて。

 私との決着をつけるために。

 そこを横合いから思い切りガツンだ。

 

 …とはいえこの作戦には懸念もあった。

 まず、最後の一手を担うべき西住みほが、履帯の増加装甲を失い、事前に用意していた絵と違う外見になってしまっていたことだ。

 発煙筒で煙はごまかしたが、双眼鏡で覗けばシュルツェンの有無はすぐにわかるだろう。

 見るものが見れば、一発で偽物だとばれてしまう。

 

 安斎千代美は発煙筒の煙、及びⅣ号戦車の前に他の戦車の絵を置くことで履帯付近をできる限り隠してこれを妥協した。

 

 さらにもう一つの懸念、それはローズヒップがしぶとく生き残ったことだ。

 あのまま紅軍に遅れて合流されては、戦力の均衡が崩れる。

 最後に突撃してくるのが西住まほではなく、その前をローズヒップが走る形になる可能性すらある。

 どうしても紅軍合流前に撃破する必要があった。

 

 それを察し、狙いを定めていた五十鈴華――西住みほに、渋々ながらも指示を出した。

 そして撃破後、ローズヒップから報告が行くようなタイミングで東からのアンブッシュを繰り出して、無線を混乱させた。

 

 ……どちらも、いい方向に転がったのは結果論だが。

 だが、それが結果だ。

 

 

「…敵をコンパスの両足で貫き、自由な判断を奪う。そして、コンパスの軸となるネジは一本でいい」

 

 

 安斎千代美はこの時を待った。

 たった1輌の自分と、9枚のマカロニ…戦車の精巧な絵が印刷された板と共に。

 この瞬間こそが、最後のチャンス。

 

 

「…今だ、みほ」

 

 

 安斎千代美は無線マイクに、自軍部隊への最後の指示を出した。

 若干の、寂しさと共に。

 

 

 

※    ※    ※

 

 

 西住まほは狙いを外さない。

 西住流は撃てば必中。

 ―――だが、その狙った先が必ずしも正しいものだとは限らない。

 

 

「…撃て!」

 

 

 西住まほは、まず安斎千代美の隣のⅣ号戦車を撃破するため、砲手に指示を出した。

 おおよそ200mまで接近したが、結局のところⅣ号戦車はエンジンをかけなかった。

 故障が白旗判定にまでは響かないが、しかし走れないところまで影響していたか。

 残念だったな、みほ。しかしここは戦場だ…悪く思うな。

 

 そう考えながら……放たれた砲弾は正確に西住みほのⅣ号戦車に吸い込まれ、そして。

 

 

 木っ端微塵に、砕け散った。

 

 

「―――!?」

 

 

 西住まほは、一気に血の気が引いたことを自覚した。

 眩暈さえ覚えた。

 

 ―――あのⅣ号戦車は、偽物だった。

 安斎千代美は、最初から……たった1輌で、あそこにいた。

 僚機もつけず、狙撃されれば即敗北となるリスクを負っても、エンジンをかけることもせずに。

 

 西住まほは一瞬で、しかしだいぶ遅れて理解した。

 発煙筒による煙のカモフラージュ。

 ローズヒップが狙撃されたという報告。

 安斎千代美がエンジンを始動しなかった理由。

 

 ――――そして、現在自分が恐ろしいほどの窮地に立たされているという事実。

 まるでお釈迦様の手の平の上の孫悟空のように、すべては安斎千代美の作戦だった。

 

 

「……あ、」

 

 

 西住まほの首が、左を向く。

 それは西側、グリーン周辺の一番林が濃くなっている部分。

 

 なぜそちらを向いたかは、西住まほは理解できなかった。

 ただ、彼女の思考がこの後導き出す結論を先取りして体は動いていた。

 

 ローズヒップを狙撃できる位置。

 今までこちらの視界から、見つけることのできない位置。

 それら全ての理由から計算した、Ⅳ号戦車の存在する位置は―――

 

 

 

「……撃てぇ!」

 

 

 林から砲身だけが姿を現すような形で。

 そこに、西住まほのⅣ号戦車が、正確にこちらに狙いを定めて、存在していた。

 砲撃の指示を、出しながら。

 

 

「………あ…」

 

 

 ――――回避できない。

 西住まほは確信した。

 

 こちらは安斎千代美に突撃した勢いのまま、単調な吶喊となっている。

 偏差射撃でもっとも狙いやすい、直角のライン。

 さらに向こうの砲手は五十鈴華。狙撃の達人。

 外さない理由がない。

 

 …ならばこちらも応戦するべきか――無理だ。

 先に、砲撃を行ってしまった。Ⅳ号戦車の姿を模したハリボテに向かって。

 必死に砲手が照準を…砲身を敵Ⅳ号戦車に合わせようとしているが、間に合わない。

 

 …装填が、間に合わない。

 『あの時』のように。

 

 

 『あの時』も、迫りくるⅣ号戦車との戦いで、こちらの装填が間に合わず敗北した。

 そして、今もまた。

 

 

「……みほぉ…!!!」

 

 

 西住まほは、最愛の妹の名前を呼ぶ。

 しかしその声色は、聞いた者誰もが肝を冷やすような、地獄の底から響くような声。

 

 

 西住まほは、生まれて初めて、妹に恨みという感情を抱いた。

 

 

 ―――やめてくれ。

 私は安斎と戦いたいんだ。

 こんなところで終わらせないでくれ。

 私たちの約束を、壊さないでくれ。

 

 

 …自分の落ち度から目を反らすような、女々しい思考を西住まほは抱いた。

 自分にこんな感情があることに西住まほは驚いた。

 泣きそうになりながらも―――自分の敗北、それを告げる砲撃音が響く寸前。

 

 西住まほは、安斎千代美の顔を見たくなった。

 自分に勝利した安斎千代美が、どんな顔をしているのか見たかった。

 

 西住まほは、あえてⅣ号戦車から、西住みほから目をそらして安斎千代美を見据える。

 その、表情は。

 

 

「…………」

 

「………なん、で」

 

 

 苦虫を噛み潰したような、苦渋の表情だった。

 

 

 

※    ※     ※

 

 

 西住みほは、自分の視界から姉である西住まほの乗るティーガーⅠが現れ、砲撃を行うのを待った。

 右側の視界は深く覆われた雑木林で見えなかったが…同時に、南側からは絶対に見えない位置。そこで息を潜めて待った。

 最後の一発をこちらが撃つ、その瞬間を。

 

 

 

「……来た」

 

 

 視界の右側を覆う雑木林から、ティーガーⅠが突撃してくるのを目視した。

 だがこちらからの砲撃はまだだ。

 万が一にも相手が反撃できる体勢でこちらの殺気を気取られてはいけない。

 こちらから撃つのは、ティーガーⅠが一度砲撃を行い、装填の最中にやらなければいけない。

 

 

「…安斎さん…お姉ちゃん…」

 

 

 既にⅣ号戦車の履帯は限界にきている。

 煙は袋を破損付近に被せることで隠したが、冷泉麻子曰く「あと5m動いたら奇跡」という状態まで被弾の損害がひどくなっていた。

 ここで狙撃を外してはいけない。

 だが、その前に放たれるティーガーⅠの砲弾が、フラッグ車である安斎千代美に向けて放たれてもいけない。

 

 これは賭けなのだ。

 姉である西住まほが、私を―――『偽物の』Ⅳ号戦車を先に撃つことに賭ける。

 安斎千代美よりも先に、損傷しているⅣ号戦車を撃破することに賭ける。

 

 …西住まほが、安斎千代美とのフラッグonフラッグに固執することに賭ける。

 

 

 そして、賭けは勝利。

 その寸前に安斎千代美より入った『…今だ、みほ』という指示に従い。

 西住みほはタコマイクを持つ。

 

 狙いはこちらの視界の中、右側を覆う雑木林から2mほど突出したティーガーⅠ。

 こちらの砲手は五十鈴華。

 …必中の確信をもって、西住みほは命令する。

 

 

「……撃てぇ!」

 

 

 その命令を出す寸前。

 こちらを見た西住まほの顔が、ぐにゃりと歪んだのを西住みほは目視した。

 …ひどく、居た堪れない気分になった。

 

 だがこれは安斎千代美が望んだこと。

 安斎千代美の戦術の、最後の一手。

 完遂しないわけには、行かなかった。

 

 

「…っ!」

 

 

 五十鈴華がトリガーを弾く。

 大会最後の引き金になるはずのそれは、Ⅳ号戦車から砲弾を射出し、ティーガーⅠに向かって吸い込まれるように飛んでいく。

 その様子を西住みほは見ていた。

 弾の当たる、その先だけを、見ていた。

 …それ以外の、特に姉の顔を、見ていたくなかったからだ。

 

 

 だから、西住まほが安斎千代美に向き直ったのも見えなかったし。

 安斎千代美が西住まほに向けて、苦い表情を作っているのも見えなかったし。

 

 ―――逸見エリカが、右側の視界を隠す雑木林から、ティーガーⅠの盾になる様に飛び出したのも、見えなかった。

 

 

 

 

―――最初の榴弾が放たれてから、2分40秒が経過した。

 

 

 

※    ※    ※

 

 

 

「…や!」

 

 

 あと20m。

 

 

「…ら!!」

 

 

 あと10m。

 前を行く車輌が、砲撃で若干減速した。

 

 

「…せ!!!」

 

 

 あと5m。

 目の前の戦車の上部ハッチに佇む人が、とても悲しそうな表情をするのが見えた。

 あの人のそんな顔は、見たくない。

 

 

「――――ないわよー!!!!」

 

 

 あと1m。

 西側から砲撃音が聞こえて。

 

 

 ―――そして、逸見エリカの駆るティーガーⅡに着弾した。

 

 

 

※    ※    ※

 

 

 

「…エリカさんっ!?」

 

 

 西住みほは、驚愕した。

 

 

「…エリカ!?」

 

 

 西住まほも、驚愕した。

 

 

「…逸見…」

 

 

 安斎千代美は、納得した。

 

 

 

 逸見エリカは、盾となった。

 西住まほの駆るティーガーⅠ、フラッグ車を守る盾に。

 西住まほよりも先に敵の手に気づき、西住まほよりも先にⅣ号戦車の位置を予想し、西住まほよりも速く戦車を走らせることで追いついて。

 

 そして、ティーガーⅠに砲弾が直撃する寸前に、その間に自身の戦車を割り込ませて。

 代わりに砲弾を受けた。

 

 ―――『あの時』は果たせなかった任務を、遂行した。

 

 

 

 パシュ、と逸見エリカのティーガーⅡから白旗が挙がる。

 

 

「…隊長!!」

 

 

 しかし逸見エリカはそれを全く意にせず、西住まほに向き直る。

 言葉で説明はしなかった。

 不要だった。

 ただ、その眼が強く西住まほに意志を伝えた。

 

 

『…今のうちに、みほを!』

 

 

「っ!!」

 

 

 ドクン、と強く心臓が鳴った。

 

 西住まほは明確に逸見エリカの意図を理解し、同時に自分の戦車が装填を終えたのを認識した。

 そして、あらかじめ狙いをつけていた砲手。

 砲口の最終調整を終えて、砲手が引き金を引いた。

 

 

「…っ!麻子さん!」

 

 

 そして事態を把握し、次に狙われるのは自分だと理解した西住みほは即座に指示を飛ばす。

 操縦手である冷泉麻子に、回避を求めた。

 しかし彼女から返ってきた言葉はそっけないものだった。

 

 

「駄目だ、西住さん。…もう動かない」

 

 

 ガコ、と操舵レバーを動かす音。

 最後の砲撃で命を燃やし尽くしたか、それでもまったく動かないⅣ号戦車。

 そして、着弾の爆音。

 

 

 …1秒後、Ⅳ号戦車から白旗が挙がる。

 ティーガーⅠの砲弾により、完全な撃破判定を食らったのだ。

 

 

 

※    ※    ※

 

 

 

 ―――最初の榴弾が放たれてから、3分が経過した。

 

 

 後に、この3分間の死闘を人々は『奇跡の3分』と呼んだ。

 

 

 

 

※    ※    ※

 

 

 

「…………駄目だった、か」 

 

 

 安斎千代美は、最後の交戦を見届けて、そうつぶやいた。

 ―――作戦は失敗した。

 

 すべては上手くいっていた。

 自分が立てた作戦を、白軍のみんなは完璧に遂行してくれた。

 非の打ちどころなどあるものか。

 安斎千代美は、白軍29輌、そのすべての乗組員たちに、感謝した。

 

 …だが、それでも決着はつかなかった。

 私は撃破されていないが、相手のフラッグ車も生存している。

 止めには至らなかった。

 …紅軍の技量が、団結が、執念が、私の作戦を上回った。

 

 

「……ふぅ―――――――」

 

 

 安斎千代美は空を仰ぎ見た。

 透き通るような青空が広がっていた。

 春の予感を感じさせる、あたたかな風も吹いていた。

 

 ……安斎千代美の中で、何かが変わった。

 それは自分のために尽力した白軍の仲間たちのせいか、それに食らいつき打ち破った紅軍のライバルたちのせいかはわからない。

 だが、安斎千代美は自分の心臓の音がどんどんと大きくなるのを感じ、そしてその変化に身を任せた。

 ……とても静かだな、と思った。

 

 

「……西住…」

 

 

 P40にエンジンがかかる。

 そしてゆっくりと、相手のフラッグ車に向けて微速前進を始めた。

 最後の決着をつけるために。

 

 …安斎千代美は、一言も指示を出していない。

 

 

 

 

※    ※    ※

 

 

 

 

「…助かったぞ、エリカ」

 

 

 西住まほは、自分のそばで横転したティーガーⅡ、その上部ハッチから顔だけを見せるエリカに労わりの言葉をかける。

 …最高の副官だ。

 逸見エリカに、これ以上ないほどの感謝の念を感じた。

 彼女が自分の副官でよかった。

 西住みほが転校したことでそうなった、隊長と副隊長の関係だったが…今は、エリカを副隊長にして心からよかったと思えた。

 

 

「…やっと、『あの時』の雪辱を晴らせました」

 

 

 逸見エリカは、西住まほからかけられた労わりの言葉に、ふっと笑顔を返した。

 ……ずっと気にしていた。

 『あの時』。

 戦車道大会の、決勝戦で。

 西住まほを、守れなかったことを。

 副官として、副隊長として、恥じていた。

 

 だが、今。

 逸見エリカは、成し遂げたのだ。

 西住みほの放つ砲弾から、西住まほを守るというその誓いを。

 

 

「…ありがとう」

 

「いいんです。では、隊長……ご武運を」

 

「ああ」

 

 

 ……西住まほの中で、何かが変わった。

 逸見エリカが横たわったまま、敬礼を西住まほに送る。

 西住まほはそれに頷き、それと同時にティーガーⅠが微速前進を始めた。

 最後の決着をつけるために。

 

 …西住まほは、一言も指示を出していない。

 

 

 

※    ※    ※

 

 

 

 P40とティーガーⅠがお互いに近づく。

 近づく。

 ただ、近づく。

 

 最後の決着を、つけるために。

 あの頃の約束を、果たすために。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 P40の車内。

 安斎千代美を除いた乗組員たちは、人生で初めての経験を味わい、しかし戸惑いはなかった。

 

 

(……不思議…)

 

 

 ドゥーチェの心臓の音がわかる、と操縦手は思った。

 ドゥーチェの呼吸が聞こえる、と装填手は思った。

 ドゥーチェの体温を感じる、と砲手は思った。

 

 

 不思議な一体感に、戦車全てが包まれていた。

 そして、それは安斎千代美を起点として。

 安斎千代美の意志のままに動くかのように。

 

 

 

 そして、同じ現象はティーガーⅠの車内でも起きていた。

 西住まほのすべてを、乗組員たちは感じ取っていた。

 同時に、西住まほの意のままに戦車を操れる、という確信も。

 

 

 58輌の犠牲の上に成り立った、この最終決戦で。

 二人の戦車に、何かが起きていた。

 

 

 

 

 

※    ※    ※

 

 

 

 

「………ふふっ、あははっ!傑作だね!」

 

「え、何?どしたのミカ、急にらしくない笑い声出して!?」

 

「……」

 

 

 井頭公園の観客席から少し離れたところでスクリーンを見守っていたミカは、急に笑い出す。

 それを訝しむアキと、画面に集中し続けるミッコ。

 アキの驚きに、しかし笑みは絶やさぬままミカが言う。

 

 

「いや、何ともね…まさか、あの二人がここで『こっち』に入るなんて思ってもみなかったからさ」(ポローン)

 

「…『こっち』?ねえミカ、大丈夫?興奮しておかしくなってない?」

 

 

 いつも以上に摩訶不思議な発言をするミカに、アキが真面目に心配そうに声をかける。

 ミカの笑顔は消えない。

 スクリーンを見ていた目を、ちら、と観客席の親子連れに移して。

 

 

「大丈夫さ。きっと大丈夫じゃないのは、あっちのほうじゃないかな」(ポローン)

 

「……やっぱりミカ、大丈夫じゃなさそうにしか見えないんですけどー?」

 

「――静かにしろ。…決着だぞ、もうすぐ」

 

 

 ミカとアキが会話を続けようとしたところで、ミッコが割り込み中断させる。

 そう、今は戦車道壮行試合の最終局面なのだ。

 一瞬たりとも見逃すわけにはいかない。

 

 

「ん、そうだね。見守ろうか、二人の戦いを」

 

 

 ミカは、カンテレを鳴らそうとして、やめた。

 決戦の始まりは、静寂こそが望ましい。

 そう思い…そして、これから始まるであろう2輌のフラッグonフラッグが、凄まじいものになるであろうと予想した。

 

 なにせ、戦車戦で初めての、ゾーンに入った者同士の戦いなのだから。

 

 

 

 

※    ※    ※

 

 

 

「……まさか」

 

「お母様…あれは、間違いありません」

 

 

 島田千代と島田愛里寿が、大型スクリーンに移るフラッグ車2輌を見て、驚愕と共に声を漏らした。

 あの状態。

 指示の言葉などなくとも、戦車を意のままに操れるあの状態。

 

 ―――島田流の矜持が、汚された。

 

 

「……入っているというの?ゾーンに…」

 

「ええ、疑いようがない。…西住さんも、安斎さんも、入ってる」

 

 

 島田千代は、目の前で起きている事実が理解できなかった。

 理解したくなかった。

 島田流の神髄でもあり、自分が開拓し、愛里寿が完成させた、戦車道の究極系。

 優秀な単騎こそが戦場を支配するという島田流の理念のために、必須の技術。

 ―――ゾーン。

 

 …スポーツなどでよく使われる単語である。

 簡単に言えば、調子が最高にいい。

 極限の集中状態とも言える、その理想的な心理状態。

 それらはゾーンと呼ばれ、そして戦車道におけるゾーンも同じ意味合いを持つ。

 

 ただし、島田千代が考える戦車道におけるゾーンはもう一つの意味を持つ。

 すなわち、現在の西住まほと安斎千代美に言える状態。

 ―――車長の意志が、言葉もサインも必要とせず、乗組員全てに伝わる状態。

 文字通り、車長の意のままに戦車を操ることができる状態だ。

 

 

 過去に、この状態まで到達したのは3人。

 

 島田千代。

 彼女は、現役時代の戦車道大会、西住しほとの決勝戦でこの領域に目覚めた。

 

 島田愛里寿。

 彼女は、親から継いだ類稀なる才覚と、そこから生み出したハンドサインのみの指示で戦車を動かすことで、疑似的なゾーンを経由し、真にゾーンに至る。

 

 そして、ミカ。

 彼女はカンテレの音色を利用し、乗員のテンションを向上させることで強引にこのゾーンに至る。

 …なお、彼女がこの領域に目覚めたのは、高校1年の時。

 ゾーンへの扉を開くことができないのを理由に親元から勘当を言い渡され、その開放感にて目覚めたというのは因果な話か。

 

 

 …他にも、ゾーンに入りかけた者はいた。

 大学選抜と大洗高校の試合、最終局面の時の西住みほと西住まほ。

 あの二人は、ゾーンにかなり近い状態にありながらも、二人で戦うという状況により扉を閉ざされた。

 

 また、先ほどのノンナ。

 彼女は精神状態こそゾーンを開ける境地にまで達していたが、車長と兼ねて砲手を行っていた。

 そのノイズが混ざることにより、真にゾーンの領域へ足を踏み入れるまでに至らなかった。

 

 

 ……しかし、今。

 

 西住まほは、自身の極まった集団戦の技術、それを上回る安斎千代美への敬意から。

 安斎千代美は、自身が練りに練った奇策をすべて打ち破った西住まほへの敬意から。

 さらに二人とも、高校最後の試合――

 

 ―――『あの頃の約束』を果たす、その状況にて。

 

 

 島田流皆伝。

 ゾーンの領域に、入門した。

 

 

 

※     ※      ※

 

 

 

 50mの距離を置いて。

 西住まほと安斎千代美は、お互いの戦車を停止した。

 

 もはやお互いの目には、お互いの戦車しか映っていなかった。

 お互いの姿しか映っていなかった。

 それ以外の物を見る必要はなく、それ以外の物は存在しない。

 ただ、二人だけの時間が流れる。

 

 

「……西住」

 

「……安斎」

 

 

 お互いの名前を、慈しみ合うように呼び合った。

 安斎千代美の目元は、微笑んでいた。

 西住まほの口元も、微笑んでいた。

 

 

「……あの頃の約束を、果たそう」

 

「……ああ。果たせなかった約束を」

 

 

 

 

―――『高校でも、また試合をしよう』

 

 

 

 

 安斎千代美が瞳を閉じる。

 西住まほも瞳を閉じる。

 それは、それを見る者の目に、とても大切な儀式のように写った。

 

 

 ――――――5秒間。

 栃木県全体が、無音となった。

 

 

 

 ……お互い、同時に目を開く。

 そして、始まる。

 2分間の、最後の戦いが。

 

 

 

 

「―――――――――アーヴァンティー!!」

 

「―――――――――パンツァーフォー!!」

 

 

 

※     ※      ※

 

 

 

 先ほどまでの、安斎千代美の魅せた3分間が『奇跡の3分』なら。

 今から始まる、安斎千代美と西住まほの2分間の戦いは、『幻の2分』である。

 

 2分間。

 その戦闘を見守っていた両軍の生徒、および観客からは、一言も声が発されなかった。

 

 ただ、魅入った。

 その余りにも美しく、余りにも高度で、余りにも儚い二人の戦いに。

 

 そして、決着がつく。

 各学園の三年生たちの、後輩たちの、西住まほの、安斎千代美の。

 すべての人の想いがこもった、壮行試合の決着が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※    ※    ※

※    ※    ※

※    ※    ※

 

 

おまけ

 

 

 

「……ふぅ」

 

 

 逸見エリカは横転したティーガーⅡのハッチから西住まほを見送った後、小さくため息をついた。

 …私の試合は終わったのだ。

 それでも、フラッグ車以外の最後の一人まで残ったことは自慢できるし、仕事もきちんとこなせたと思う。

 試合の決着はまだ決まっていないが、試合の内容には満足していた。

 

 …まぁ、あの二人が順当に戦ったら、隊長が勝つでしょうし。

 そんな風にも考えつつ、自分を撃破せしめた戦車のほうに目を向ける。

 

 

「……何やってんの」

 

 

 逸見エリカがそこで見たのは、撃墜されたⅣ号戦車から降りようとして、しかしまた足がしびれでもしたのだろうか、こてん、と尻もちをつく西住みほだった。

 相変わらずドジね…、とため息交じりに眺めていると、西住みほと視線が合った。

 ん、と逸見エリカは少し逡巡して。

 そして、作った表情は笑顔だった。

 

 …西住みほもまた、逸見エリカに笑顔を返してきた。

 現在、二人の仲はとてもいい。

 戦車道大会が終わった後、逸見エリカが強く心がける形で関係の修復を図った結果、現在はよくメールや電話のやり取りをする仲になっている。

 早くスマホを一緒に見に行って、新しい機種に交換したらLINEの使い方を教えてあげないと。

 そうひそかに決意している逸見エリカだった。

 

 

「……とはいえ、この距離じゃあね」

 

 

 お互いの奮戦を称えあいたいが、距離はだいぶ離れている。

 この距離では大声でなければ通じないだろう。

 …そして、今の状況で大声を上げるやつがいたら、バカだ。

 逸見エリカはそう思考を巡らせて、ふっと息を漏らす。

 

 ―――今、まさにクライマックスではないか。

 これを見守らずして、何が後輩か。

 

 

 逸見エリカはそのように得心し、西住まほがゆっくりと進む先、安斎千代美との対決を見守ろうとした。

 

 

 が、そこで無線が入る。

 

 

「…はぁ?」

 

 

 自分以外の紅軍の戦車はフラッグ車以外全滅した。

 だから自分の戦車に入る無線はありえないはずなのだが――と思ったところで、逸見エリカはもう一つの可能性に思い至る。

 そして西住みほに視線を戻して、彼女が戦車の中に戻っているのを確認し、自分の予想が的中したことを理解した。

 

 

「…いやいやいや。試合中には緊急事態以外使わないって言ったでしょうに!まったく…」

 

 

 逸見エリカの戦車に入った無線――それは、西住みほの戦車から飛ばされてきたものだった。

 敵軍同士は、基本的に無線を交わすことはできない。

 だが、今回のエキシビションに限り、逸見エリカは西住みほと直通の無線を設置することにしたのだ。

 

 理由はとても簡単で、今回の試合を主催、準備したのがこの二人だったからだ。

 一応、大会責任者として名前を連ねてある。

 もし万一、緊急事態が起きた時にお互いの軍に連絡できるよう、緊急用の回線として用意していたのだ。

 また、試合が始まる前、お互いのフラッグ車および隊長の報告にも使用した。

 この2輌の回線以外、使用できるものは無かった。

 

 だが今回の試合、大きな事件は起きず、決着も今にもつこうとしている。

 なのでこの無線の出番はないかと思っていたが…みほったら。

 逸見エリカは頼れない友人の無線に、しかし「しょうがないわね」とまんざらでもなさそうに無線を取った。

 

 

――

―――

 

 

「…みほ、この回線は緊急時以外は使わないって言ったでしょ?」

 

『うん、ごめんねエリカさん…でも、やっぱりどうしても話したくって』

 

「何よ、私からいう事は何もないわよ?せいぜい「前の借りを返せたわね」ってところかしら」

 

『はは…前の時には「次は負けないわよ」って言われたからね。うん、勝てなかったなぁ…エリカさん、流石だね』

 

「褒めても何も出ないけど褒め言葉として受け取っておくわ。それに、負けなかったけど勝ったわけじゃないしね…貴女にも、試合にも」

 

『私は負けちゃったなって感じてるけど…うん、でも、やっぱり悔しい。次は私が勝つからね!』

 

「ええ、楽しみにしてるわ。来年こそは貴女を、大洗を…黒森峰が、私が打ち破ってみせる。いい勝負を、またしましょ」

 

『うん!』

 

 

※    ※    ※

 

 

 

「…まぁそれはそれとして、最後の決戦を見守る……」

 

 

 ―――わよ、と続けようとした言葉が逸見エリカの口からは出なかった。

 西住みほもまた、無線の向こうで狼狽している様子が分かった。

 

 …尋常ではない空気が、対峙している西住まほと安斎千代美から溢れている。

 呼吸をするのも躊躇われるほどの緊張感が、辺り一面を支配する。

 

 

『……これ、愛里寿ちゃんのときと、まったく同じ…!!』

 

「…隊長も、安斎さんからも…!?……でも――――」

 

 

 大洗騒動の時、敵の総大将、島田愛里寿からも感じた、圧倒的な存在感。

 それを、二人は感じ取った。

 

 …だが、それと同時に、もう一つ感じたことがあった。

 あの時の島田愛里寿の気配とは違う、もう一つのそれは。

 

 

「……なんだろう。温かい…?」

 

『…なんていうか……すごく、優しい感じ…?』

 

 

 二人の気配を最も近い距離で受けているエリカと、かつて何度か同じ領域に肩を並べかけた経験のある西住みほは、同じ感想を口にした。

 張り詰めた緊張感。

 絶対的な存在感。

 在り得ないほどの猛者の気配。

 

 だが、そこにあわせて。

 感謝の気持ちが、西住まほと安斎千代美からは放たれていた。

 

 自チームへの感謝。

 他チームへの感謝。

 この試合にかかわるすべての人への感謝。

 高校生活への感謝。

 戦車道への感謝。

 

 西住まほへの、感謝。

 安斎千代美への、感謝。

 

 

 それを、逸見エリカは「温かい」と表し。

 西住みほは、「優しい感じ」と表した。

 

 

「…絶対に、目を離せないわね」

 

『…お姉ちゃんと安斎さんが、私たちに見せてくれるこの戦いは、見守らなきゃ』

 

「……通信、切るわ。みほ、言い忘れてたけど―――今日は、お疲れさま」

 

『うん、エリカさんも。それじゃあ、また』

 

 

 

 プツン、と無線が切られる。

 

 逸見エリカは、上部ハッチを締めて今にも始まる戦車戦から身の安全を確保してから、覗き窓より注視する。

 西住みほは、森の中…砲弾が飛んできても木に当たるようなスペースに身を隠し、上部ハッチから注視する。

 

 二人は、この後に始まる『幻の2分間』を。

 特等席で、見学することになった。

 

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