―――この試合は、殲滅戦ではない。
試合開始から3時間17分と、3分が経過したとき。
両軍の残存車輌は、それぞれ1輌のみだった。
フラッグ車である西住まほのティーガーⅠ。
フラッグ車である安斎千代美のP40。
僅か2輌のみによる、最終決戦が行われようとしていた。
…殲滅戦ではない。
白熱のレースの後、スリップストリームアタックを敢行したナカジマ達も。
宇都宮城址公園で奇襲を受けて撃墜されたカチューシャたちプラウダも。
栃木県庁に必死に敵斥候部隊をおびき寄せた西絹代率いる知波単部隊も。
その誘いに乗ったフリをして敵の目を欺いたローズヒップ達クルセイダー部隊も。
それらを狙撃するために八幡山中腹で待ち構えたナオミとアリサも。
作戦の裏をかかれ撤退を余儀なくされ、その中で煌めく様に殿を務めた角谷杏らも。
ゴルフ場内でも敵の奇策に惑わされず、しかし想いの強さに敗北したノンナも。
敬愛する自校の先輩のため、死力を尽くしこれを撃破したペパロニとカルパッチョも。
奇策にいち早く気付き、そして永遠のライバルとの決着をつけられなかったダージリンも。
そんなダージリンと相対し、全力を籠めた1on1で雌雄を決しきれなかったケイも。
敵の奇策、その最後の一手を務めた西住みほも。
そしてその奇策をすべて読み切って、最後の一手を阻んだ逸見エリカも。
……全員が、ただ必死に、勝利に向けて邁進した結果。
自軍の勝利を求めて、死力を振り絞った結果。
必然として、フラッグ車同士の戦いという帰蝶に至った。
『奇跡の3分』が終了し、今から始まるのは『幻の2分』。
島田流の秘伝ともいえる「ゾーン」に入門した2人が魅せる、戦車戦。
―――改めて伝えておこう。
これは殲滅戦ではない。
※ ※ ※
「―――――――――アーヴァンティー!!」
「―――――――――パンツァーフォー!!」
お互いのフラッグ車が、それぞれの車長から最後の激が飛ぶ。
これ以降、二人は一言たりとも乗組員に指示を飛ばすことはなかった。
指示は不要だった。
二人とも、それを戦車と一体になるような不思議な感覚の中で、理解していた。
小回りと速度はP40が若干の有利。
火力と装甲はティーガーⅠが有利。
P40の旋回性を生かし、砲塔の回転が遅いティーガーⅠの裏を取るか?
それとも装甲を信頼し、迎撃する形でティーガーが火力をぶち込むか?
安斎千代美は奇策を主とする戦術の持ち主、だが操縦手の腕は確かだ。
しかし西住まほは全ての技量が高い分、西住まほに僅かに分があるか?
―――そういった机上の理論は、今の二人の戦いの中では意味をなさない。
既に頭のネジはすべて吹っ飛んだ。
リミッターは振り切れている。
ゾーンに選ばれた人間が操舵する戦車は、もはや戦車ではない。
1個の生命体である。
「……西住!!」
「……安斎!!」
50mの相対距離をお互いが直進することで0に近づく。
そして衝突の寸前、まるで打ち合わせでもしたかのようにお互いの戦車は右に舵を取る。
こすり合わさって火花を散らすお互いの戦車前面装甲。
西住まほは安斎千代美から目を離さない。
安斎千代美は西住まほから目を離さない。
ティーガーⅠの砲塔が、戦車道大会の決戦の時の2倍以上の速さでP40を補足しようと向きを変える。
それを回避するように、しかし砲塔はやはり敵を狙うように常に動き続けるP40。
そのお互いの戦車の動き、そして砲塔の正確な狙いに、それを見た人間は畏れすら抱く。
…あまりにも、理想的すぎる操縦。
かつて、大洗騒動の際に島田愛里寿が見せた戦車撃墜のシーン。
あの時の彼女の戦車もまた、気持ち悪いくらいに正確に敵を捕らえ、次々と撃破していた。
それと同じ。
それと同じ動きをする戦車が、2輌。
「…くっ!」
しかし西住まほは舌打ちする。
僅かに敵の狙いがこちらより速い。
ティーガーⅠが砲撃を行う前に、P40の砲口がこちらを向く。
ならば、と西住まほは戦車を動かす。
こう動かせば、と思考するだけで思い通りに戦車は動いた。
お互いの横腹を取り合うように動いていたティーガーⅠの動きが、一瞬変化する。
その一瞬は、安斎千代美が砲撃する瞬間。
P40の砲口が火を噴いた。
「……くそ!」
安斎千代美は砲撃を放った瞬間に、相手の白旗が挙がらないことを理解した。
この距離ならばP40の砲弾でもティーガーの装甲を貫くことは可能だ。
かつてティーガーⅠの装甲を貫いたあんこうチームのⅣ号戦車、あれには及ばないがこちらの砲弾は500m以内なら92mm装甲まで貫く。
ティーガーⅠの装甲は88mm。
貫けるはずだった。
だが、西住まほが砲撃を受ける一瞬前に取った行動は、車体の横回転。
超信地旋回。
―――ティーガーⅠによる、超信地旋回だ。
ガコン!!と大きな音がして、P40の放った砲弾は弾かれた。
垂直に貫けば確かに92mmの装甲は貫ける。
だが、それが斜めの装甲となれば弾丸は弾かれる。
安斎千代美から見えるティーガーⅠの車体は、右斜めを向いた状態になっていた。
安斎千代美は西住まほの行為に震えた。
こちらの砲撃を弾こうとしたその行為にではない。
ティーガーⅠで超信地旋回をした、その行為にだ。
…定説では、ティーガーⅠは超信地旋回を行えない。
先述した戦車道大会の決勝戦でも、その弱点を攻めた大洗学園が勝利した。
……だが、近年になって都市伝説のように耳に入った噂。
ティーガーⅠは、超信地旋回が『理論上は可能』であるという、噂。
――それを為したか。
流石だな、西住!!
※ ※ ※
西住まほも、自分の戦車のその動きに、内心軽い驚きを感じた。
今までは、できると考えたこともなかった。
だが、できると思った。
今の状態ならば、一度も練習したことのない、練習を試みたことすらないこの超信地旋回が、できると感じた。
だから、やった。
操縦手は、西住まほのゾーンの影響で一体となり、ある意味では夢遊病の患者のように、勝手に手が動いたと思った。
その時行った操作を、後になって思い出すことはできなかった。
なぜなら、通常の戦車戦では絶対にありえない操舵だからだ。
――「動力用クラッチを切り、即座にステアリング用クラッチを繋ぐことで、両方のキャタピラを逆に動かす」など。
常に動くことを求められる戦車戦の、しかも接敵の最中で動力用のクラッチを一度切るなど、誰が出来ようか。
すさまじい衝撃と共に、しかしP40の砲弾は弾くことに成功した。
意識が戦車と一体となったまま、すぐに動力用クラッチに再度切り替え、発進するティーガーⅠ。
P40は装填の時間があり、すぐに次の弾を撃つことはできない。
ティーガーⅠの狙いがまたこちらに向く前に、P40も走り出した。
「…やるな」
「…これからだ」
ニッ、とお互いの上部ハッチから上体を見せている二人が、笑みを浮かべた。
そして戦車は走る。
走り、回る。
狂ったように、回る。
お互いに砲撃する隙を探して、狂々と回る。
2輌の砲口は常に、お互いの車体を、心臓を捉えようと動き続けていた。
※ ※ ※
…まるで陰陽紋のように黄金回転の軌道を描きながらも、2輌は少しずつ戦場を移動する。
先ほどまではゴルフコースのグリーン上だったが、次第に傾斜のあるフェアウェイのほうへ。
傾斜により戦車の軌道に若干の変化が生じるここで、決着をつけようとした。
そして次のチャンスを掴んだのは、西住まほ。
安斎千代美の戦車が、傾斜を上る形で回り込もうとしたところで、動きを変える。
「…っ!?」
「…行くぞ!」
安斎千代美はそれを見て、西住まほの狙いを理解する。
傾斜を上るように動くP40は、若干だが速度が落ちる。
P40の最高速度は40km/h。ティーガーⅠは38km/h。
僅かにP40の方が上であり、そのおかげでこの均衡した状態を作っていた。
だが、P40が斜面の登りに差し掛かった瞬間。
西住まほは、P40に突撃するように、ティーガーⅠが斜面の下りる様に針路を切り替えた。
斜面を登り、回り込もうとするP40。
斜面を下り、吶喊するティーガーⅠ。
この瞬間、2輌の速度差は逆転し。
西住まほの砲口が、初めてP40を正面に捉えようとしていた。
「……―――!!」
安斎千代美は理解する。
ほんの僅か……コンマ1秒よりもさらにわずかな差で、こちらの砲撃が遅い。
お互い狙いを相手の戦車に定めるように砲口を動かし、それはほぼ同時に捉えるように見えるが。
だが、こちらがほんの1瞬。
文字通りの刹那、1/10000000000000秒ほど、遅い。
そしてそれは同時に、このまま撃ち合ったらP40が敗北することを意味した。
先ほどのケイとダージリンの戦いの時とは違い、こちらはフラッグ車同士の戦いだ。
フラッグ車でなければ、お互い放った砲弾がお互いに着弾し、白旗をそれぞれが挙げることもあるが。
フラッグ車同士ではそれがない。
お互いがフラッグ車同士である場合、電子制御で旗判定を行っている白旗判定では、先に判定が下ったほうの敗北である。
0.1秒でも早く被弾したほうの負けなのだ。
たとえお互いが白旗判定を食らうほどの損害を負ったとしても、1瞬でも先に判定の下ったほうが負ける。
―――だから、このままでは負ける。
安斎千代美は、それを理解する。
そして、理解した上で対応する。
負けないために。
勝つために。
西住まほは吶喊の中で、砲口を左から右に回すようにしてP40の車体に合わせようとしていた。
自分の感覚で貫けると思った瞬間に――撃つ。
そして今の西住まほの感覚は、最速で射撃を行えることが保証されている。
目の前で、自分から見て同じように左から右に、相手から見れば右から左にP40も砲口をこちらに合わせようとしているが…こちらが一瞬速い。
それを西住まほは理解していた。
勝てる。
安斎千代美に、勝てる。
――――はずだった。
両者の砲弾が、放たれた。
「っ!!」
「くぁ…!!!」
爆音。
あまりにも爆音。
通常の砲撃で聞こえるその音を何十倍にもしたかのような、甲高い衝撃音。
そして、爆炎。
確かに砲弾同士は着弾した。
―――しかし、どちらの車輌も白旗判定を受けていない。
何があった、とそれを見ていた人々は思った。
何ということをしたのだ、とそれを見ていた島田千代、島田愛里寿、ミカは思った。
やってくれたな安斎、と西住まほは理解した。
やったやったぜ西住、と安斎千代美は得意げな顔を見せた。
その時、お互いの砲弾が捉えたのは。
―――――――お互いの砲弾だった。
安斎千代美は、この交戦でこちらの砲撃がほんのわずかに遅れることを悟り。
狙いを、敵車輌から別の物に移した。
――相手の砲弾、それそのものに。
こちらを狙い、そしてゾーンによる効果で正確に的確に最適に完璧に放たれるであろうティーガーⅠの砲弾の軌道。
それをゾーンに入っている安斎千代美は読んだ。
そして、迎撃した。
――尋常ではない。
―――正気の沙汰ではない。
――――奇跡が起きても在り得ない。
故に、幻。
正面よりもやや斜めに入る形でティーガーⅠの砲弾を捉えたP40の砲弾。
それによる爆音と爆炎、硝煙がお互いの戦車の間、中空に舞う。
その爆破点を見ることで、それを見ていた人々はこの事態を理解した。
人外の領域に入った2輌の恐ろしさに心から震えた。
だが、止まらない。
2輌は、止まらない。
※ ※ ※
「…まだ、だ!」
西住まほは思考を切り替えた。
爆煙に、吶喊した勢いのままに突撃する。
お互いの装填、その時間すら惜しい。
車体を巨大な砲弾と見立てて、ぶつける。
幸いにしてこちらが斜面の上、向こうが斜面の下だ。
この勢いのまま突撃すれば、白旗判定を食らわせることも可能。
それができなくとも、装甲の薄いP40の方が損傷が大きくなる。
西住まほは煙が晴れる前に、その中に身を翻した。
だが、当然のように。
煙の向こうには、P40はいなかった。
「…甘い!」
安斎千代美は、西住まほの次の手を読んでいた。
この状態で突撃されれば、こちらが不利。
だから回避。
回り込むように動いていたP40を砲撃の余韻で停めることなく、全速。
突撃したティーガーⅠのすぐ横をすれ違うようにP40が掻い潜る。
そして僅かにナポリターン、超信地旋回を行い、態勢を整える。
何のために態勢を整えたか?
当然、こちらの番だからだ。
敵の車輌に突撃するのが、こちらの番だからだ。
お互いの戦車の位置が入れ替わる。
P40が上、ティーガーⅠが下。
位置エネルギーの都合により、この状態での突撃で被害を食うのはティーガーⅠのほうだ。
先ほど西住まほがしたように、安斎千代美が敵戦車に向かって突撃する。
今度はこちらが速い。
ティーガーⅠに追従するように走り、そして捉えた。
今度こそ衝突が決まる。
勝敗が決まる。
安斎千代美は震えた。
だがそこで諦めるほど西住まほも耄碌していない。
対抗策は、打てる。
砲身は正面を向き、そして後方からの突撃が加わらんとするこの一瞬。
打つ手がないわけでは、ない。
「…何!?」
P40がティーガーⅠに追いつき、斜面を全速力で下った勢いを生かしてぶつける寸前に。
ティーガーⅠは、『加速』し、そして『砲撃を放った』。
結果、何が起こるか。
ティーガーⅠの加速。これは敵の速度に対抗するためのものではない。
もはやその程度で逃げられるほど、P40は遅くはない。
だからこの加速は別の意図。
……速度を上げることで、少しばかり、ティーガーⅠの車体後方が、下を向く。
自動車などでも見られる現象だ。
力学的エネルギーと慣性の法則により、車体前方が上を向き、車体後方が下を向く。
これがまず布石の1つ。
そして同時に、砲撃を放つ。
狙いは正面。
そこに敵はいない。
だからこの砲撃は別の意図。
……前方に砲弾を放つことで、少しばかり、ティーガーⅠの車体後方が、下を向く。
同時に、加速した勢いを一気に留めることになる。
加速ではなくむしろ減速、相手の突撃に勢いを加えるようなその動きに。
しかし、この2個の布石が何を生むか。
全速力でティーガーⅠの後方から突撃したP40。
それに対し、思い切り車体の後方を下げることで迎え撃ったティーガーⅠ。
P40が上。ティーガーⅠが下。
…結果。
P40はティーガーⅠの車体の上によじ登り。
突撃の勢いを、綺麗に殺された。
※ ※ ※
「……終わりだ!」
そしてここからが西住まほの次の策。
まず西住まほは上部ハッチから自分の体を車内に滑り込ませ、ハッチを閉じた。
そして自身の戦車の上に登ったP40に対し、ティーガーⅠの履帯を一気に逆方向、後進するように回転させる。
同時に、自分の車体前方から砲身を横にずらして、折れないようにする。
ティーガーⅠの上で、前方に走ろうとするP40の運動エネルギー。
それに対し、P40の下で、後方に走ろうとするティーガーⅠの運動エネルギー。
二本の運動エネルギーの矢印は綺麗に平行となり、そして。
ティーガーⅠの戦車上部を、P40が走る。
お互いの車体の重量差は、ティーガーⅠがP40の二倍重い。
戦車の上を転がるP40の衝撃を、ティーガーⅠは堪えきった。
「…うわぁ!?」
「堕ちろ…安斎!!」
まるで足をすくったかのように、P40がティーガーⅠの上を抜け、前方に放り投げられる。
既にP40の車体は大きく前傾している。
P40の砲身は―――安斎千代美が一瞬速く察したか、横に向けていたので折れることはなさそうだが。
だが、これで終わりだ。
そのままひっくり返り、白旗判定を受けろ。
西住まほは、今度こそ自分の勝利を確信した。
だが、同時にわかっていた。
安斎千代美が、この程度で勝利をあきらめる女ではないことを。
安斎千代美が、どこまでもしぶとい女であることを。
…西住まほは、P40をやり過ごした後でまた上部ハッチから体を起こす。
安斎千代美の姿は、見えなかった。
P40の前傾によるものではない。
―――今度は安斎千代美が、ハッチの中に潜ったからだ。
「…負けるかぁぁ!!」
安斎千代美の叫び。
現在P40はティーガーⅠの車体の上から前方に放り出され、前傾姿勢のまま前転を今にも繰り出さんとする姿勢。
…普通の時なら、そのまま倒れこみ、いつかのカール自走臼砲の時のように、履帯をさらけ出して停止するだろう。
……だが、私は勝ちたい。
私は奴を破りたい。
だから、こんなことで負けるわけにはいかないんだ!!
その一念。
安斎千代美の執念ともいえるその一念が、またしても奇跡を起こす。
P40の前輪が着地した。
既に車体は直角90度。
当然、勢いのままに前方に転がる…前転する。
自分の身はハッチの中に隠した。
砲身は横に向けることで、折れるのを防いだ。
…ぐらん、と車体がさらに前方に傾いた。
既に天地は180度逆転しており、履帯が空を切る状態だ。
普通ならここで終わり。
普通ならこれでゲームオーバー。
……だが、まだだ。
4つの要素。
この瞬間、4つの要素が混ざり合うことで、安斎千代美はこの窮地を脱出する。
1つ。
安斎千代美がゾーンに入っていること。
それにより、砲塔が折れるのも回避できたし、車体がどんな状態にあるのか、車内からでも理解できた。
どのように履帯を動かせば重心が動かせるのかも理解していたし、どの程度の勢いが車体についているかも理解していた。
だから、勢いのままに前転した車体を、さらに前転させて元の状態に戻すためにはどうすればいいか、理解していた。
2つ。
戦車がP40であること。
P40は戦車の上部が台形、いうなればピラミッドのような形になっている。
その形のおかげで、最初に戦車が前転したとき、ほとんど勢いを殺さないままに転がった。
そしてその勢いを、今度は車体を持ち上げるときに使うことができた。
3つ。
斜面を下っていること。
P40が飛び出した方向は傾斜を下る向き。
前方にはおおよそ15度ほどの傾斜が存在した。
戦場である宇都宮カントリークラブは平地に作られたゴルフ場だが、あらゆる所にコースの難易度を上昇させるための傾斜が盛られている。
それが今P40の前方にあり、そして戦車を前に一回転させるのに絶妙のシチュエーションだった。
4つ。
装填が終わったこと。
ティーガーⅠに乗り上げ、その勢いのまま敵戦車の上を走り抜け、そして放り投げられて前転する。
その間に、P40の装填手は装填を終えていた。
安斎千代美がゾーンに入り、その影響で最適な装填を行える状態だったからこそ、為せた業。
…すなわち、一発撃てる弾が残っている。
その勢いを最後に利用し、安斎千代美は奇跡を遂げる。
「…!?」
西住まほは直感した。
こちらに砲弾が飛んでくる。
すぐにティーガーⅠは右に全速で離脱し、そして次の瞬間、先ほどまでティーガーⅠがいた空間に砲弾が飛んできた。
……P40から放たれたものだった。
あの体勢から放ってくるか、安斎!
西住まほは相手のその執念に驚愕しながら、しかしひっくり返ったP40に視線を戻す。
……いや。
ひっくり返ったP40に視線を戻すはずだった。
それが、視界に入るはずだった。
しかし、そこにいたのは。
両の履帯を確かに地につけ、こちらに砲口を向けているP40。
傾斜と、履帯操作による重心の移動、そして最後の砲撃の勢いを加味し……前転した状態からさらに前方に半回転し、見事に態勢を立て直したP40の姿だった。
奇跡としか言えない。
だが、この戦いは奇跡を超えた戦い。
なればこそ為された、神の一手。
安斎千代美は上部ハッチから顔を出した。
西住まほと、また正面から向かい合った。
そして、お互いが。
とても愛おしいものを見るように、微笑んだ、
※ ※ ※
「……安斎ぃ…!!」
「……西住ぃ…!!」
―――次で決める。
お互いすさまじい攻撃を放ち、そして尋常ではない手段でそれをいなす。
そんな戦いも、まもなく決着が近づいていた。
戦いが始まってから1分と45秒。
既に、お互いの戦車は限界を迎えようとしていた。
西住まほのティーガーⅠは、最初の砲弾を弾きはしたが身に受けたことと、P40に馬乗りされた衝撃で。
安斎千代美のP40は、当然、先ほどの前転の衝撃で。
車体全体に、ダメージが蓄積されているのを感じた。
自分の身を通して。
生身の肉体に痛みすら感じるほどに。
だが、それでも。
決着はつける。
「……私は、負けない!!!」
「……私が、勝つんだ!!!」
それを放った口は、西住まほか、安斎千代美か。
お互いが、親友に勝ちたいがために。
最後の一瞬に向かって、加速する。
お互いの距離をゼロにするため、加速する。
…ティーガーⅠの装填手が、最期の砲弾の装填を終えた。
…P40の装填手が、最期の砲弾の装填を終えた。
……ティーガーⅠの操縦手が、完璧な操舵により敵を真正面に捉えた。
……P40の操縦手が、完璧な操舵により敵を真正面に捉えた。
………ティーガーⅠの砲手が、敵の車体に狙いを定めた。
………P40の砲手が、敵の車体に狙いを定めた。
―――――――――――私の方が速い。
二人は、そう感じた。
「―――――」
「―――――」
そして、重なり合う2つの砲撃音が、鳴った。
戦車道三年生壮行試合の、最期の音が、鳴った。
※ ※ ※
壮行試合の審判を務めていた蝶野亜美は、その瞬間を見た。
そして、手元の白旗判定の結果が示されるタブレットを見た。
このタブレットには、無線によって撃破された車輌、その白旗判定が挙がった時間が表示される。
蝶野亜美は、壮行試合の決着を告げるはずの、送られてきた情報を確認し。
――――全身が総毛だった。
※ ※ ※
『白旗判定:紅軍 ティーガーⅠ 判定時刻 13:24:23.743』
『白旗判定:白軍 P40 判定時刻 13:24:23.743』
※ ※ ※
西住まほは、お互いの砲撃の爆音と煙で視界を奪われつつも、しかし確信していた。
……撃破した。
間違いなく、撃破した。
安斎千代美を、破った。
それを確かめるために…煙で見えないP40の車体ではなく、自分のティーガーⅠの車体を見る。
P40の砲弾が車体前部に直撃し、煙を上げている。
間違いなく白旗判定を受ける損害。
だが。
ティーガーⅠに、白旗は立っていなかった。
安斎千代美もまた、お互いの砲撃の爆音と煙で視界を奪われつつも、しかし確信していた。
……撃破した。
間違いなく、撃破した。
西住まほを、破った。
それを確かめるために…煙で見えないティーガーⅠの車体ではなく、自分のP40の車体を見る。
ティーガーⅠの砲弾が車体前部に直撃し、煙を上げている。
間違いなく白旗判定を受ける損害。
だが。
P40に、白旗は立っていなかった。
お互い、自分が勝利したことを理解した。
撃破判定になるであろう損害があっても、白旗が挙がっていない。
それはすなわち、相手の白旗が自分よりも先に挙がったという事。
僅かな差で、自分が勝ったという事。
……気がつけば、涙が零れていた。
「………!!」
「………!!」
西住まほは、瞳を閉じて静かにその涙を受け入れた。
安斎千代美は、天を仰いで静かにその涙を受け入れた。
――――だから、二人とも。
煙が晴れても、相手の戦車に白旗が挙がっていないことには気づかなかった。
※ ※ ※
蝶野亜美は安堵した。
自分が、この試合の審判で本当によかった、と安堵した。
自分は戦車道に精通している。
並みの審判では目を通さないような、細かな戦車道の条項まで覚えている。
そして、今回の試合。
かつて一度も使われたことのない、しかし確かに戦車道総則に記載されている条項に該当した結果を、伝える。
高らかに、二人を祝福するように。
「――――両フラッグ車、同時撃破!!これにより、戦車道総則に基づき――――この試合、引き分けとする!!!」
…引き分け。
通常の戦車道大会で、万が一、フラッグ車同士が全く同じタイミング、コンマ3桁まで同じ時間に撃破されたときにのみこの条項は適応される。
戦車道大会であれば、三日の猶予を以て再試合とする。
だが、この壮行試合に再試合はない。
※ ※ ※
―これで決着。
――3年生壮行試合の、決着。
―――西住まほと、安斎千代美の、高校生活の、決着。
――――Enter Enter MISSION!
早く ここにおいで
一生懸命 追いかけたいよ
だから一緒…Come on!!
※ ※ ※
「…よー、愛里寿ちゃん!いや、愛里寿先輩と言った方がいいかなー?」
「……角谷、杏……さん」
「杏でいいよー、前の時はお世話になったね。いや、変な皮肉じゃなくて、素直にね?」
「…こちらこそお世話になったわ。…こっちの大学に入学してたのね」
「まぁーねー。一番お世話になった人がいるし、実家からも近かったしねー。ま、これからもよろしくねー」
「…杏。それは、戦車道でも、という意味で?」
「…そっ。大洗の生徒会メンバーも何とかみんな入学できたしね。かぁしまだけは後期試験でギリギリだったけど。つまりは私ら3人で、また戦車道をやれるってわけ」
「そう。……期待、してるわね」
「りょーかーい。…期待されるのにも慣れたしね、あの試合で。私も本気で戦車道、始めてみたくなったのさ」
「…あの、最後の2分間を見たから?」
「……かもね」
※ ※ ※
失敗して 落ち込んだ?
元気出せ 気にしないっ
小さい× 乗り越えて
進化ですよ みんなで、ね!
※ ※ ※
「…あ、そう言えば。ねぇみほ…ねぇ、…聞いてる?」
「あ、ごめんエリカさん…スマホって色々種類があるから、見てたら夢中になっちゃって…」
「はぁ…あんたって陳列されてる品物見るの好きよね。まぁいいわ、それよりもあんた…知ってる?」
「え?知ってる、って?」
「戦車道よ。私たちと同期の、ナオミやローズヒップ、ペパロニに西…プラウダは2年のニーナだけど。それぞれが、ほとんど全部の学校に練習試合の申し出、出してること」
「…えぇ!?そうなの!?」
「知ってなさいよ…というか昨日、黒森峰や大洗にも連絡が言ってたと思うんだけど…」
「あは、あはは…練習に集中してて気づかなかったかも…」
「……はぁ。ま、いいわ。後でちゃんと返事しておきなさいよね。みんな、強くなりたいのよ。『あれ』を見たら…ね」
「…うん。私も、『あれ』を見てから…なんだか、もっと戦車が楽しくなっちゃって。練習にも熱が入ってるんだ。もちろん、他のみんなも」
「うちもよ。黒森峰の隊員が熱血っぽい感じで練習してるのよ?想像できる?…それを纏める隊長の苦労も想像できる?」
「はは……エリカさんならできるよ、頑張って!」
「他人事みたいに言わないでくれる!?もう…まったく。…いい、みほ。今年こそ私が勝つわよ」
「ううん、今年こそ…じゃないや、今度こそ、私が勝つもん」
「…あの試合の時は、引き分けだって言ったじゃない」
「…私が勝ってないから」
「あんたねぇ…」
※ ※ ※
誰かを信じたら 倍になるHappy
全力でぶつかれば 憧れが現実になる
真剣にほら走って
※ ※ ※
「…ナカジマ!ちょっと!速すぎるわよ!!」
「えー、そうかなぁ?じゃあちょっとスピード緩めるねー」
「流石にこの速度では、学園艦ならともかく国内なら警察に捕まるのでは?」
「大丈夫だってノンナさん、ちゃんとオービスの位置は把握してるから」
「そういう問題じゃないわよ!それに入学式にはまだ時間があるんだから、ゆっくり安全運転よ!ノンナの肩車の10倍は怖いわ!」
「はいよー、そいじゃ法定速度+10キロで。いやーしかしドライブ日和だねぇー」
「…そうですね、いい天気です。こんな日は花見でもしたいものですね」
「桜の開花はもう少ししたらじゃないかしら?まだ4月の頭よ?」
「カチューシャ、プラウダと違って内陸だったらもう咲いてるところもあるよー」
「…このあたりの開花時期は今週末だそうです。自動車部の皆様も誘って、みんなでお花見に行きますか?」
「おー、いいねぇノンナさん!それじゃ、大学でも戦車道頑張ろうパーティでも開こうか!」
「いいわね!!あ、エーリカとツチヤも連れてくるのよ!二人だけ仲間外れじゃ寂しいでしょうしね!」
「もっちろん。後で連絡しておくよー」
「……大学生活も、楽しくなりそうですね」
※ ※ ※
――――Enter Enter MISSION!
早く ここにおいで
一生懸命 追いかけようね
チカラいっぱい!
※ ※ ※
「……なんであんたと」
「……なんで貴女と」
「「同じ大学に入ったのかしら…」」
「…というかダージリン、あんた前期の時に受験会場にいた?」
「いませんでしたわ。私、推薦ですもの」
「……Oh…」
「…これでは、大学生活であなたと決着をつける夢が叶いませんわね」
「……え?何?ダージリンそんなこと思ってたの?」
「っ!ち、違いますわ!今のはそう、言葉の綾で…そう、そうねケイ、こんな格言を知ってる?『人の心は――」
「知らない」
「私の話を聞いてくださらないかしら!?」
「いいのよ。だって、私も同じ夢持ってたし!」
「……え?」
「あんたと決着つけたかったのよね、私も!もう何ていうか、終生のライバル?みたいに思ってたし。まほとアンチョビみたいにね」
「……それ、は…とても、光栄ですわね」
「うん、でも実はもう一つ夢があったのよね。そっちは叶ったわ」
「あら…それは、どんな夢ですの?」
「……聞きたい?」
「……遠慮しておきますわ」
「あれ、つれないわね。なんで?」
「――だって、きっと私のもう一つの夢と同じですもの」
※ ※ ※
――――Enter Enter MISSION!
いつも 手をつないで
つらくても平気!
明日の太陽 光る太陽 目指して――――
※ ※ ※
「……やっと、だな」
「ああ、やっと、だ」
安斎千代美は、左手に西住まほの手を握り、目の前の光景を改めて見渡した。
自分たちが入学する、大学。
これから私たちは、ここで戦車道をやる。
約束を、果たす。
『―――いつか一緒に、戦車道をしよう』
「…まー大変だろうな、立て直すのは。まず部員集めからかなぁ…」
「…大丈夫だ。私と安斎がいれば…どんなに大変でも、平気だ」
「…だな」
西住まほは、顔を横に向け、安斎千代美に笑みをこぼす。
安斎千代美は、その笑顔を向けて、西住まほに笑顔を返した。
まるで、太陽のように明るく輝く笑顔だった。
「…行こうか」
「ああ、行こう」
――――――ずっと一緒の未来――――――