【完結】西住安斎大学受験物語   作:そとみち

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まほチョビの大学生活の閑話的なものとなります。


酒の席の一幕

「にぃしぃずぅみぃ……もうだめだぁ……フットーするぅ…」

 

 

 季節は秋口、大学生戦車道大会の1回戦を突破した祝賀会の2次会。場所はチェーン系列の飲み屋。

 私の横に正座したまま突っ伏して、酔いどれの言葉を吐き捨てる安斎千代美がいた。

 いったい何が沸騰するのかは全く分からないが、少なくとも表情からは幸せそうであると読み取ることはできた。

 安斎千代美は酒に弱い。大学でともに過ごして、初めてわかった彼女の一面だった。

 

 

「……安斎さんはどんな夢を見ているのかな。少し…気になるね?」

 

 

 そして私の前、テーブルを挟んで向かいに座る女もまた、酒が入り赤くなった顔で、いつものように瞳を閉じていた。

 長い睫毛が女性らしさとミステリアスさを含んだ、妙な色気を醸し出している。

 普段から身に着けている帽子は脱ぎ、愛用の楽器は後ろの壁に立てかけてある。

 こういった表情を、酔いの回らない頭で眺められたのは、これもまた初めてだ。

 気になるね?という語尾の上がった言葉には、私への質問の色を含んでいるようだ。

 

 

「…大方、昨晩のカレーの夢でも見ているんだろう。昨日は私がカレーを煮こみ過ぎて焦がしそうになったからな」

 

「おやおや。西住さんのカレー好きも大したものだけど…食べ物は大切に扱わなきゃね。カレーは人生に大切なものがすべて詰まっているからね…」

 

 

 若干発言が怪しくなりながら、テーブルの上に女の指先がゆらゆら、と見ようによっては妖しく動く。

 だが、それは私や安斎など、彼女を知る者から見れば見慣れた指の動き。

 愛用の楽器…カンテレを演奏するときに見せる、指の動きだ。

 だが彼女のカンテレは今は壁に立てかけられており、当然エア弾きでは音が出るはずもなかった。

 

 

「おかしいな…今日のカンテレは鳴りが悪いよ。酔ってるかな?私は」

 

「…ミカにしては珍しいくらい、酔っていると思う。ほどほどにしておいたらどうだ」

 

 

 私―――西住まほはそう言って、グラスに入っていたビールをぐい、と1/4ほど開けた。

 私の頭はまだ冷静に回っている。というより、安斎を家に連れて帰る必要があるため、これ以上酔いを深くすることはできなかった。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

 あの壮絶な壮行試合の後、私の同世代がみんな高校を卒業して、そして大学に入学した。

 私と安斎千代美は、中学の頃にした約束の1つを果たし終えて――今は、もう1つの約束を果たしている途中だ。

 「いつか一緒に、戦車道をやろう」。

 

 私のわがままが多分に含まれたこの大学に、安斎千代美は猛勉強することで入学してくれた。

 勉強のコツがわかった、と安斎千代美は言っており、大学の勉強にもついていくことはできていた。

 私も勉強をおろそかにすることはなく、しかし一番の目標である戦車道に…安斎と共にやる戦車道に、全力でのめりこんだ。

 ちなみに生活は2LDKの部屋を安斎とルームシェアしている。金銭的にも食生活的にも大変にありがたい。

 

 …さて、何を隠そう私たちが入学した大学は、戦車道が弱い。

 少なくとも私たちが入学する前まで、ここ数年は大学生戦車道大会で1回戦負けだし、戦車の数も多くはない。部員も少ない。

 だが、だからこそ私がここに来る理由になる。安斎と共に、やる理由がある。

 私も妹のみほや安斎千代美のように、戦車道を復興させた上で勝利をつかんでみたい。

 そのための、戦車道大会で優勝するための努力を、入学してからずっと安斎千代美と共にやってきた。

 この、目の前で酔いを回している女…ミカを捕まえたのも、その一環だ。

 

 

 入部して一か月で、部員の少なさに驚いた。

 大洗のほうがマシではないか、とは口には出さなかったが、その程度に感じられる程度には、人員不足だった。

 私と安斎千代美は、まず入部してくれる学生を探した。

 どこぞの小説にあるような、バニースーツを着ての勧誘などもしてみた。

 ちなみにそれで釣れたのは男子学生のみだったので、これは案を出した安斎が悪い。

 

 …さて、そんな勧誘を続けている中で、私たちは聞き覚えのあるカンテレの音と出会った。

 継続高校の戦車乗りとして黒森峰と何度か試合をし、その度に力量に唸らされた相手。

 大洗騒動の時は高校生混合チームに参加し、1輌のみの参加とはいえすさまじい技術と戦法で敵戦車3輌を撃破せしめた同級生。

 …継続高校のミカが、同じ大学構内にいた。

 

 

「やぁ、久しぶりだね西住さん…安斎さんも」

 

 

 声をかけた彼女は、高校生の頃に感じた印象そのままに、飄々とした雰囲気を纏ったままだった。

 大学そばの裏山で、人知れずカンテレを弾くその姿は、しばらくして大学内で「美人のスナフキン」という通り名ができた。

 当然、私たちは彼女に声をかけた。

 戦車道をと一緒にやってくれないか、と。

 だが、彼女の返事はとてもシンプルだった。

 

 

「遠慮するよ。私は戦車道が廃れたと聞いたから、この大学を選んだのさ」

 

 

 ポローン、とカンテレを鳴らしながら、何か言いたいことはあるか、とでも言わんばかりの拒絶だった。

 

 

 だが私たちはあきらめなかった。

 いや…正確には安斎千代美が諦めなかった。

 私は無理強いするのもなんだと思い、それ以降は強く呼びかけることはしなかったが…私のあずかり知らぬところで、安斎千代美はずっとミカを勧誘していたらしい。

 初めて顔を合わせた5月からおよそ1か月半が経った頃、彼女は入部届をもって戦車道の部室を訪れた。

 

 

「…西住さん、君はとてもいい副官を持っているよ。果報者だね」

 

 

 驚いた様子で入部届を受け取る現部長の私に、困ったね、というような笑顔を向けたミカの顔は、印象深く記憶に残っている。

 それ以来、私、安斎千代美、ミカの3人で戦車道をすることになった。

 なんだかんだ言って、ミカも一度始めてしまえば実力も相まって大変貴重な戦力になる。

 安斎千代美の強烈な育成理論も手伝い、私たちの大学の戦車の実力は見る見るうちに上がっていった。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「いつもは西住さんが先に潰れていたと思うのだけれど。今日の私は少しおかしいのかな」

 

「どうかな…」

 

 

 自分のグラスに残ったビールをゆらゆらと揺らしながら、ミカに目を向ける。

 相変わらず瞳は伏せられたままで、穏やかともキザともとれる、口元だけ少し上がった笑みを浮かべている。

 だが、その笑みを携えた顔はいつもより3割増しで赤い。

 酒が回っているのがよくわかる。

 

 

「加減を知らないのは愚かな人間のすることだよ。安斎さんは賢いね。私は愚者になれているかな?どうだろう」

 

「…さぁ」

 

 

 安斎が酔うと、まず饒舌になり、その後泣き上古になり、さらにはろれつが回らなくなり、最終的に私に抱き着いて寝る。

 今も安斎が私の肩を定位置の枕と見据えたか、頬ずりを繰り返しながらおねむな表情だ。

 たぶんあと1分もしないうちに寝るだろう。

 今夜もおんぶして帰らなければ。

 

 

「…………不思議だね。こんなにお酒を飲みたくなるような気分は初めてなんだ。もう一杯いいかな、西住さん」

 

「……」

 

 

 私は無言で店員呼び出しボタンを押す。店員がやってきたところで、ミカはウイスキーの水割りを注文した。

 飲み放題なので金銭的には特に痛くもない。私は自分の酔いを醒ますため、ノンアルコールのビールを再度注文する。

 今日は安斎だけじゃなく、もう一人お持ち帰りする必要がありそうだからだ。

 

 

「……………」

 

「……………」

 

 

 ウイスキーが届き、それをまたコップ半分ほど一気に飲み干すミカ。若干の静寂が場を包む。

 ミカが呷るその様子を、安斎に肩を枕として預け、片手に安斎のリボンをほどいて三つ編みをしながらじっと眺める。

 私の手は慣れた様子で安斎の地毛を三つ編みにさらに三つ編みをかけて髪形を後ろにまとめていく。

 最近覚えた手芸だ。安斎は「これじゃまるでセイバーだ!」とかなんとか言っていたが、私は割と気に入っている。

 …だが、手は安斎の髪をいじりつつも、私の瞳は紅潮したミカの顔を注視していた。

 

 …たまにはこの、飄々としてつかみどころのない女のあられのない姿でも見てみたいものだ。

 ミカは、普段は飄々としていながらも…しかしどこかで周りに対して一線を引いている。

 少なくとも、私にはそう感じられた。

 私がかつて、安斎やみほ以外の人間に対してそうしていたように。

 

 じっと観察すると、今まで気づかなかったことも気づくようになった。

 先ほども見たが、まず睫毛が長い。女性的と言っていいだろう、瞳を閉じたいつもの表情が映えるのはそのためか。

 それと、目つきは少し狐目というか、吊り目気味であることにも改めて気づく。

 もっとも、それはミカの雰囲気とも合わせて、一層美形であることを強調する素材のようなものだが。

 

 そして髪だ。私のように深い色ではない、しかし逸見エリカや安斎千代美のように明るい色もそこまで強くはない。

 染めているのかとも思ったが、こうして観察するとどうやら地毛のようだ。

 …その髪の色は、誰かに似ていた。

 誰だったか…そう、それは昨年の大洗騒動で出会い、そして戦車道家元同士の交流の場でも出会い。

 また…今日の大学生戦車道大会の会場でも、挨拶を務めたあの少女に――

 

 

「…西住さん、さっきからそんなに見つめられると――少し照れるな」

 

 

 いつのまにか瞳を開いていたミカと視線が合った。

 彼女は自分の顔がじっと見られていたのを知ると、珍しく照れた様子で視線をそらした。

 何かをごまかすように、ウイスキーをさらに煽る。

 ごく、と動く白い喉元が紅潮した顔との対比で、艶かしく私の目に映った。

 

 

「西住さんみたいに綺麗な人にじっと見られる経験というのは慣れていないんだ。今度安斎さんにしてあげたらどうかな」

 

「…私は、そんな」

 

 

 綺麗な人、という言葉に対する否定の返事でもあり、そんなに見ていたか、という疑問の言葉でもあるそれを返す。

 とはいえ、確かにさっきからじっと見過ぎてはいたか。

 相手が酔っているとはいえいい気分でもあるまい。自重しよう。

 

 …それはそれとして、ほろ酔い気分の私の頭に、一つ疑問が浮かんだ。

 ミカの髪の色と、心当たりのある少女の髪の色を思い出し。

 また、ミカから受け取った入部届に書かれていた、彼女の本名を思い出し。

 ――酒の場で、ミカが酔っているというこのチャンス。

 私は、一つの問いを意を決してミカに放った。

 

 

「なぁ、ミカ」

 

「なんだい西住さん」

 

「……島田愛里寿とは、どんな関係な――」

 

 

 んだ、と続けようとしたところで、ミカがダン!と強くテーブルにコップを叩きつけた。

 

 

「…その問いに意味があるとは思えない」

 

 

 ミカの声が、酔いと同時に――確かな苛立ちを孕んで、私に突き付けられた。

 なるほど、図星か。

 私もほろ酔いで気分が大きくなっている。この程度でひるむほど、西住流はやわではない。

 とはいえ彼女も大切な戦車道の部員であり、友人だ。

 高校生活の、特に3年生の期間に友人の大切さを学んだ私からの返事は、これだった。

 

 

「………良ければ聞かせてほしい、純粋な興味だ。…嫌なら無理しなくてもいい。不快にさせたなら謝る」

 

「……………」

 

 

 閉じられていたミカの瞳がゆっくりと開く。

 長い睫毛を伴った栗色の瞳が、私の瞳を見つめ返してきた。

 彼女の瞳の中に、私と安斎の姿が見えた。

 

 

「………西住さんは、縛られた人生をどう思う?」

 

「…難しい問いだ。私は、縛られていると感じたことはない――示された道と私の望む道が、ほとんど一緒だったから」

 

「羨ましい限りだね。――でも、私はそうはなれなかったのさ」

 

 

 ミカの指先がまた机の上でゆらゆら揺れる。

 カンテレを弾きたい気分なのだろうか。

 彼女の口は酔いも重なり、さらに言葉を紡いだ。

 

 

「君が察しているであろう内容を否定もしないし肯定もしない。ただ、付け加えるならば―――」

 

「……」

 

「―――私は、自分の妹の才能を………妬んだ」

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 大学対抗戦車道大会、一回戦。

 私と安斎とミカがそれぞれの戦車に乗り込み、相手チームと試合開始前のあいさつを交わし、いざ戦場へ、と言ったところで。

 

 

「…お、西住、ミカさん。見てみー、観客席になんだか見たことある顔が勢ぞろいだぞー?」

 

「ん?…ああ、なるほどな。私たちの試合を見に来たわけだ。弱小校に光栄の限りと言ったところか」

 

 

 安斎千代美に指摘を受けて私が観客席に目をやると、一角にひどく見知った顔があった。

 そこにはカチューシャ、ノンナ、元大洗の自動車部の3人、そしてケイとダージリン、アッサム、杏ら大洗生徒会メンバーがいた。

 また、少し離れたところには、それぞれの大学の戦車道で先輩として在籍する、メグミ、アズミ、ルミも。

 さらに―――その一番前には、大学戦車道選抜の隊長を務める、飛び級の――

 

 

「ふっふっふ、あの壮行試合を魅せた私と西住が組んだらどんな試合になるか興味があるんだろ。見せつけてやろうぜー」

 

「勿論だ。少なくとも、見て損はさせない試合にしなければ、みんなに顔向けができないしな」

 

「―――――安斎さん、西住さん」

 

 

 ポロン、とミカがカンテレを鳴らして、私たちの注意を引いた。

 普段ならば彼女も戦車上部ハッチから体を乗り出すタイプだが、その時はなぜか戦車の中にこもったままだった。

 

 

「もうすぐ試合が始まるよ。油断せず行こうじゃないか」

 

「ん…そうだな、私たちは気を緩められるほどの立場でもない。安斎、やれ」

 

「ここは部長のお前がやるところじゃないの!?…まあいいや、それじゃーみんな、鉄壁の攻めで楽しくいくぞっ!アーバンティー!」

 

 

 安斎の鬨の声により、戦車が前進し試合が始まった。

 私――西住まほは、その時のミカの様子に…若干の奇妙は感じつつも、目の前の試合に集中することにした。

 なお、1回戦は順調に勝利し―――ミカの活躍が、中でもひときわ目立ったことを後述しておく。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

「…可笑しいかい?私が。笑ってもいいんだよ、狭量な姉だと。自分の実力のなさを認められない姉だと」

 

「………ミカ」

 

「私は最初、君みたいにやるつもりだった、君みたいになりたかった。でも駄目だったのさ、私よりも妹に目をかける母に、私は……」

 

「…飲み過ぎだ、ミカ。…私が妙な質問をしたのが悪かった」

 

「だから質問に意味があるとは思えないと言ったんだ。正直なことを言わせてもらおう、君が心から羨ましい。妹に負けない才能を持つ君が――」

 

「…ミカ!」

 

 

 私は身を乗り出し、テーブルの向こう、さらに酒を煽ろうとするミカの手を掴むことで止める。

 その勢いで肩に頭を預けていた安斎がそのまま下に滑り落ち、ふにゅー、という謎の寝言を漏らす。

 

 

「ぬぁー………にしずみのぉー…胸がこんなに…たいらにー……」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 板張りに顔を思いっきり突っ伏した安斎から気楽な寝言が聞こえる中、私とミカはじっと目を見つめあう。

 いや、にらみ合うという方が正しいか。

 ミカは自分の酔いの勢いのまま―――私に、驚くほど素直に感情をぶつけてきた。

 

 

「……………」

 

 

 私は、かなりの驚愕と共にその瞳を見つめ返した。

 ミカの…生の感情を。

 飄々とした笑顔に隠された素顔を、垣間見て。

 私の中のミカへの印象は、大きく揺らいだ。

 

 

「お客様、ラストオーダーになりますが……お客様?」

 

 

 いつの間に来ていたのか、店員の女性がラストオーダーを取りに来ていた。

 時間は既に11時過ぎ。終電はもうない時間だ。

 

 

「………出ようか、西住さん。今日は悪酔いしすぎたよ」

 

「………そう、だな」

 

 

 私はミカの言葉に同意し、一度空気を切り替える選択肢を選ぶ。

 自分の荷物を整え、安斎に靴を履かせて、おんぶの形で背負う。

 ミカはカンテレを楽器バッグの中に入れ、あれほど飲んでいたのにそこそこ確かな足取りで、自分の後を追って店を出た。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

 

 秋口の夜は、冷える。

 私は背中の安斎をカイロとして、ミカは酒の酔いでまだ体は温かいが、長く外にいると芯から冷え込む寒さだ。

 いつも二次会は私たち3人でやる。基本的に電車通学のミカは既に終電もないため、私たちの家に一泊することが多い。

 二つあるベッドの内一つを貸し、残る一つで酔いどれ安斎を抱き枕にしながら寝るのが私のささやかな楽しみだ。

 

 …普段ならば、私も酔いが回り、酔っぱらった安斎と戦車道の話でもしながら帰る道だが。

 今日の帰宅路は、いつもとは全く違う雰囲気を纏った。

 なにせ、私の酔いは既にすっきりと覚めてしまっている。

 安斎を背負った私の隣を歩くミカもまた無言だ。時折酔いのせいか、少し体が揺れる。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

 無言の場だ。

 安斎が意識を保っていれば、こういう時に場をとりなしてくれるのだろうが、私にそんな会話スキルはない。

 頼みの綱の安斎は私の耳元で幸せそうに寝息を立てており、救援は皆無だと悟った。

 

 …私は後悔していた。

 ぶしつけな質問を友であるミカにしてしまったことを。

 酒の場とはいえ、していい質問としてはいけない質問があった。

 普段の様子を見て入れば、ミカが自分の家の事を語りたくない雰囲気は見て取れただろうに。

 興味本位で、私は一番立ち入ってはいけないところに土足で踏み込んだのだ。

 

 ……謝ろう。

 いつかのクリスマスでも、自分に非があると感じたら謝ることの大切さを学んだじゃないか。

 自分の謝意を載せて言葉を伝えればいい。

 そう私は決意し、しかし重い口を意識して開いて、言った。

 

 

「……すまなかった」「……ごめんね、西住さん」

 

 

 が、その言葉とちょうど重なるようにして、ミカからも言葉が漏れたのは、まったく意図していなかった。

 ミカもそうだったのだろう。驚いたようにこちらを見る。私もミカを見た。

 そして一瞬の間の後に、くすっ、とお互い苦笑がこぼれた。

 

 

「…いや、本当にすまなかった。妙な質問で、お前を怒らせてしまった…」

 

「それを言うなら、酔いが回った頭で西住さんに当たり散らした私も同罪かな?涼しい風で、少しは頭が冷えたけどね」

 

「……私のほうが悪い。気にしていたのは知っていたのに、興味本位で聞いたのだから」

 

「気にしているなんて私は一言も言っていないよ?それに、いいんだ。西住さん、少しまた聞いてくれないかな」

 

 

 お互いがお互いに謝罪を繰り返しながら…ふと、ミカが言葉を遮り、そして新たに言葉を紡ぐ。

 私は、その言葉を、酔いがさめた頭で一字一句聞き逃すまいと、集中する。

 

 

「今日言った事は…私の本心でもあるし、既に風に流したことでもある。でもね、私は今の現状を結構気に入っているのさ。…気に入らせてくれたのは安斎さんだけどね」

 

「安斎が?…どういうことだ?」

 

 

 初耳だ。

 安斎は…ミカの家事情を知っていたというのだろうか?

 その上で一か月半も勧誘し、挙句の果てには入部させた安斎千代美を、改めてすさまじい奴だと思った。

 

 

「実はね、しつこく安斎さんから戦車道のプロポーズを受けていたときに…最後に安斎さんが言ったんだ」

 

 

『――ミカさん。ここでまた逃げたら、きっと一生後悔する』

 

 

「…ってね。ずるいよね安斎さんは、そんなことを、心底心配そうな顔で言われたら……大抵の人は堕ちてしまうと思う。天然の人たらしだよ、この子は」

 

「………こいつらしい」

 

 

 私とミカは、私の背中で幸せそうな笑顔で眠っている安斎をちらりと見て、同時に笑いを零した。

 この私の背中に収まる小さな友人は…しかし、人間的な大きさで言えば、誰よりも大きく、輝いている。

 少なくとも私はそう感じるし、そんな安斎千代美と親友でいられることを誇りに思う。

 

 

 

「…だからね、今日西住さんに言ってしまった事は私の中に残っているしこりだけど…それを解消するために、私は今君たちと戦車に乗っているのさ。酔いも回って西住さんに強く当たってしまったのは、本当に申し訳ないよ」

 

「いや、いいんだ。…私も反省しているし、そういうことなら。いつでも私に愚痴をこぼしてくれていい」

 

「――恥ずかしいな、そんなことを言われると。余計来週の試合に勝ちたくなってしまうね。でも、いいことなのかな。きっとそうなんだろう」

 

 

 いつもの口調で煙にまこうとしているようだが、酔いと照れのせいもあるのか、うまくいかない様子が見て取れる。

 …ミカの新たな一面をまた発見し、私は妙に――温かい気持ちになった。

 

 

「すまないね、西住さん。今日はもう本当になんだか私らしくないから、一度リセットしていつもの風に吹かれる私に戻りたい。―――今日も、泊めてもらえるかな?」

 

「言われなくても、もちろんだ」

 

 

 その後、私たちのシェアルームにミカを招いて。安斎をまずベッドに寝かせた。

 冷たい水を一口飲んだ後、ミカはふらりと倒れるように安斎の横に身を横たえて…すぐに静かな寝息を立てた。

 

 私はシャワーを浴びてから、空いたベッドと二人並んで寝息を立てているベッドを見て。

 ―――今日くらいは、安斎抱き枕を貸してやろう。

 そんなことを思って、妙におかしくなって笑みをこぼしながら、空のベッドに横になって、すぐに眠りに落ちた。

 

 …きっと、来週の戦車道大会2回戦も、勝てるだろう。

 そんな漠然とした予感を、抱きながら。

 

 

 







未成年飲酒はだめだよ(正論)

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