まほチョビの大学生活の閑話的なものとなります。
「…それだ安斎。ロン……で、いいんだよな?」
「げぇ!西住!」
「……4順目でその手はちょっとひどいね?三麻と言えども」
今安斎千代美が場に切った何も書かれていない白い牌が、西住まほの手に直撃した。
メンホンチートイドラドラ、親も含めて18000点だ。一本場なので+300点。
これで安斎千代美の点数は残り6700点である。
…西住まほは自分のアガリに、しかしそんなにすごいのか?と首を捻るだけだ。
彼女は初心者だ。
今、安斎千代美と西住まほと、そして大学の同級生であるミカがやっている遊戯、麻雀を西住まほが覚えたのは一か月前。
今もまだルールのすべてを覚えきってない西住まほだが、運だけはすごい。ヤバい。ゲロヤバ。
「…安斎さん、これで私とだいたい並んだね」(ポローン)
「だいたいな…というよりももう西住に追いつけない感じだけどな…?」
「…まだ始まってから2局しかやっていないだろう?二人ならすぐに追いつける」
「どの口が」
「言うのかな」(ポローン)
ジャラジャラと次の局に向けて牌をかき混ぜつつ、西住まほに二人して反論する。
……なぜこうなったのか。
安斎千代美は、西住まほに麻雀を教えたことをひどく後悔していた。
…最初は、本当に好奇心だった。
事の始まりは一か月前。
安斎千代美の弟が高校生活の夏休みに、姉の顔を見に西住まほとルームシェアをしている部屋に遊びに来た時だ。
歓迎した安斎千代美と西住まほだが、じゃあ何をして遊ぼう、という話になった。
安斎千代美の弟は当然男子ということもあり、戦車道をする姉を持っていながらも戦車に興味は持っていなかった。
乙女のたしなみである戦車道を弟に手ほどきしても、ということで何をするか悩んでいたときに、安斎千代美が提案したのだ。
「…じゃ、麻雀でもやるか?実家にいたころはよくやってたしな、家族で」
安斎千代美は、高校生活に入る前、実家に暮らしていた頃は姉弟と両親で家族麻雀をよくやっていた。
ミカを呼んで、4人で麻雀をやればそこそこ楽しんで時間を過ごせるかも、と安斎千代美は思ったのだ。
西住まほは麻雀などやったことがないという話だったが、大学生なら嗜んでおいてもよい、と安斎千代美がその場で簡単にルールを説明し、西住まほもそこそこに呑み込みがよく、すぐに覚えた。
そして暇そうにしていたミカを呼び出し、4人で麻雀をすることになったのだ。
―――結果、西住まほがおのれの資質に目覚め、3人はボッコボコにやられてしまった。
さすがに弟もいたので金銭の賭けなどは無かったが、それでも精神的にひどく打ち負けるほどに完敗だった。
それを受けてミカは西住まほの豪運に辟易し、安斎千代美の弟は西住まほに心酔することになる。
なお安斎千代美の弟だが、最後に脱衣麻雀を提案しようとしたところで姉の鉄拳を食らったことを後述しておく。
「……あの時から思ったけど…西住のヒキが頭おかしいんだよ…」
「私もそう思うかな。だからなおの事、三麻なんてやるべきじゃあなかったんじゃないかな」(ポローン)
「…言い出したのは安斎なのに、そこまで言われると私も困るぞ」
「いや…いや、運がないのを愚痴ってるだけなんで気にするな。麻雀は戦術と読みだ」
「私は勘が重要だと考えているんだけどね。でも西住さんの豪運の前には勘も読みも意味があるとは思えない」(ピロリーン)
ミカのカンテレの音もどんどんさえなくなっていく。
当然だ。既に三麻で4回半荘を行い、そのすべてが東場、西住まほがどちらかをハコらせて終わっているのだから。
テンションが下がるのも仕方ないだろう。
しかし安斎千代美は西住まほに対しては特に負けず嫌いなところがある。
一回くらいは裏をかいて上がってやりたいという気持ちがあった。
チャッ、と安斎、ミカが自分の山を積む。
ワンテンポ遅れて、西住まほが拙い手つきで山を積み終えた。
「では私が連荘、だな。…サイコロを、と」
「…7。んで、ドラは……東か…」
「私たちの手には一生こなそうな牌だね。西住さんが初手でカンしても驚かないよ」
東1局3本場。
西住まほの親の連荘が止まらず、それぞれ親ッパネを直撃されているミカと安斎千代美は崖っぷちだった。
(…いい配牌来い…!!)
安斎千代美が祈りながら自分の手牌を開けていく。
三人麻雀なので、萬子の2~8は存在しない。
筒子と索子が手のだいたいの構成となる三麻では、手役が四麻と比べて軽く高くなっていくのが特徴だ。
配牌で1シャンテンなどは珍しくない。
そして安斎千代美が開いた配牌は、筒子が11枚、大変に好配牌だった。
2シャンテンだが、かなり高めが狙える配牌。
いけるか、と安斎千代美は心の中で破顔した。
だが、早速絶望を告げる西住まほの声が鳴り響く。
「すまん、本当に来た…カンだ」
「……おい!!」
「困ってしまうよね?あ、西住さん、暗槓の時は二枚裏にして出してくれまいか。明槓の時とは開き方が違うからね」
「ああ、すまない…えっと、こうでいいのか?」
4枚表にしようとして、ミカの忠告を受け2枚の牌を裏返す。
そしてそこに見えている牌は東だった。
…ダブ東、ドラ4。
跳満確定。
ツモられれば、三麻という都合上9000オールになるので、安斎千代美もミカもハコテンになることが確定した。
「…リンシャン牌を持ってきて、と。…うん、これを切る」
「………ミカさん、新ドラめくってくれる?」
「安斎さん、何が出ても私を恨まないでほしいものだね?――――――ああ、うん。知ってたよ」
ミカがその細い指先で新ドラを捲った。
牌に書かれた文字は『北』だった。
つまり新ドラは東。
西住まほの手がドラ4からドラ8にレボリューション。
「……なんだろう。私は謝ったほうがいいのか?」
「何も言うな。何も言わずにやってくれ」
「どんなに手が高くても、上がれなければ意味がないからね」(ポロロン)
既にいろいろと諦めの境地で、打牌を続ける安斎千代美とミカ。
安斎千代美の手はなぜか欲しい色である筒子が全くツモれず、手が進まない。
ミカの方を見ても、ツモ切りが目立つ。三麻では大変珍しい光景だ。
そもそも安斎千代美もミカも、麻雀の相手の手牌、及びアガリ牌の読みについてはそこそこ自信を持っていた。
大学生レベルのそれではあるが、しかしよく回る頭を持っている安斎千代美はよほどのことがなければリーチには絶対に振り込まない。
ミカも持ち前の勘の良さで、当たり牌をドンピシャで止めることがままある。
…だが、それよりも西住まほが早すぎる。
そして高すぎる。
さらに、彼女はリーチをあまりしないのだ。
まったく気配がなくテンパっている西住まほに、安斎千代美もミカも跳満を振り込んでいた。
とはいえ5順以内に字牌の単騎で待っているのを察せというのは大変に酷なことだが。
…話を卓上に戻そう。
3巡目。西住まほがツモった牌を入れ替えて、捨て牌を出す。
6索。
あまりにも濃厚な牌が切られたことで、安斎千代美もミカも、西住まほがテンパイしたことを察した。
(………ミカさん)
(解ってるよ安斎さん。まずは西住さんの親を止めないと話にならない)
安斎千代美とミカは目線だけで、お互いの意思を確認する。
この程度のアイコンタクトは戦車道で既に慣れたものだ。
安斎千代美は自分の手の方がミカよりも進んでいることを理解し。
ミカもまた、安斎千代美へのアシストに回ることが先決だと直感した。
「……どうかな?」(ポロン)
「それ、ポンだ!」
「ふむ、鳴かれてしまったね。では…次は、これを切ってみようかな」
「それもポンだ!!」
「む、私のツモ番が来ない…」
ミカは、安斎千代美が筒子で染めているのを察し、また西住まほが索子で張っていることを勘で捉え、筒子を場に出すようにした。
これを的確に食いあげた安斎千代美は、ここでテンパイに至る。
…なお、ミカが安斎千代美の鳴きによって次にツモった牌は赤5索と2索。
西住まほの本来のツモ牌の食い下がり。
間違いなくこの2枚が当たり牌だろうとミカは察した。
「…怖くなってしまったね。私はもう降りることにするよ」(ピーン)
「充分な働きだったぞミカさん…!さあ西住、勝負だ!」
「勝負、と言われてもな…私は安斎が何をしているか全くわからないぞ」
そのあまりの豪運のせいで、相手の手牌を読むことを必要としなかった西住まほは、安斎千代美の手が何をしているのかを読めなかった。
麻雀をかじる者ならば一目見ればわかるその染め手すら、ピンとこない。
読む力がないわけではないが、読むことを必要としなかったせいで、西住まほの雀力は鍛えられる機会がなかったのである。
そんなことをしなくても、勝ってしまうのだから。
「やっとツモ番が来た……む、ハズレか」
…とはいえ、このミカと安斎千代美が決死の覚悟で起こした場を荒らす鳴きに、流石に西住まほも次のツモでアガリ牌をツモることはできなかった。
西住まほが次にツモったのは6筒。
安斎千代美の筒子の2鳴きに、この牌はド危険牌だ。
だが、西住まほはそんなこと露とも知らず、
「いらないな」
タン、と場に6筒を躊躇わず切り捨てた。
安斎千代美からロンの声はない。
「…っ!(なんでそれが切れるんだよ西住!)」
「……(安斎さん、それで上がれないのかい…頼むよ…)」
「(そんな目で見ないでくれないかミカさん…普通は、どう考えても上がれる手なんだよ…)」
場に切られた6筒を恨めしい目で見つめる安斎千代美。
現在、安斎千代美の手牌は、1筒と9筒をポンし、残り7枚。当然すべて筒子で構成されている。
内訳は―――『3334567』だ。
待ち牌は5種、2,5,8,4,7。
ほとんど最強の手と言っても過言ではない。
だが、上がれなかった。
西住まほはおのれの豪運で、ほぼ5/7で当たる状況をすり抜けた。
「くそぅ…なら自分でツモる!」
「頑張って、安斎さん」(ピーンズ)
「ミカ、今どうやってカンテレ鳴らした…?」
安斎千代美がうおー!と次のツモ牌に手を伸ばした。
そして目で確認する前、自分の指の腹が牌の面を触れた瞬間に、絶望した。
指の腹に、縦の1本伸びたスジを感じる。
……2索だ。
「…………………」
「……ダメだったんだね…」(ソーズーン)
「カンテレの音がおかしくないか!?」
ミカもまた、安斎千代美の表情を読み取り絶望を共有した。
しかし安斎千代美はその牌を切るだろう。
切るしかないのだ。
そうしなければ上がれないのだ。
「……通せ!」
パーン、と思い切り卓に牌を叩きつける安斎千代美。
西住まほはその牌を見て――――――手牌を倒さなかった。
一瞥して、興味がないとでもいうかのようだった。
…当たり牌ではなかったのか?2索と5索が本命だと思っていたのに。
安斎千代美もミカもその様子には驚きつつ、しかし牌が通ったことに安堵した。
「……一牌一牌がヒヤヒヤするね。戦車道でもこんなにヒヤヒヤすることはないんじゃないかな」
ミカは無造作に次の牌をつもり、安斎千代美に合わせて2索を切る。
既にミカは自分のアガリは見ておらず、安斎千代美が西住まほから直撃するか、ツモるかしか望んでいない。
流石に安斎千代美にわざと振り込んではミカの点数がなくなってトんでしまうため、それはできなかった。
そして西住まほの次順。
――――難なくツモアガリを見せる、西住まほの姿があった。
その牌は、5索。
「来たな、ツモだ。…えーっと、一盃口?だな」
西住まほの手は以下の通りである。
2233445789 東東東東 5 ←ツモ牌 ドラ:東東
…全て索子で構成されているのは言うまでもないだろう。
メンホンツモ、ダブ東ドラ8、一盃口。
数え役満であった。
「なっ…おま、おまー!!西住お前―!!これ2索でもアガれてるじゃないかー!」
「え、そうか?……あ、そうか。気づかなかった」
「……安斎さんの2索を見逃すことに意味があるとは思えない…」(ウーソーン)
安斎千代美は西住まほが自分の手のすさまじさに全然気づかないままにアガった事実に憤慨し。
西住まほは安斎千代美の2索でアガっても役満であったことには全く気付かず。
ミカは安斎千代美の振り込みをスルーされたことにより自分に被害が出たことに悲しみを覚えた。
西住まほが約10万点を稼ぎ、他二人がハコテンになったことで半荘が終了した。
「……もうやめだやめ!!西住とやるとダメだ!麻雀をやってる気分にならない!」
「同感だね」(ピロリーン)
「………そんなことを言われても…」
がー!とふてくされて床に横になる安斎千代美と、いつも以上に深く目を閉じるミカ。
西住まほは困ってしまう。
そう言われても、教わった通りにやっているだけなのだが。
何が悪いのだろうか。
「…西住が悪いとは言わないんだけどさ、いやホントは言いたいけど結局自分が弱いのが悪くて…もぅだめだ…」
「誰も私たちを責めないさ、安斎さん。西住さんは麻雀プロでも食べていけると思うよ」(ポローン)
「戦車道のプロの道に進もうとしている人間に言うべき事かそれは…?あと、安斎…えっと、すまない…」
「謝られてもなお辛いだけだからやめてくれ…」
「………ふぅ」(ポリンキー)
安斎千代美は負けず嫌いだ。
だから策を練り考える。勝つために。
戦車道でもそうだった。
しかし麻雀は結局は運が強いほうが勝つ。
どんなに頑張っても全く勝てない現状に嫌気がさしたか、若干すねるような感じでごろんと横を向き、西住まほに背を向けた。
そしてその様子で思わず謝罪してしまう西住まほだが、敗者にそれは傷口に塩を塗り込むようなものだ。
安斎千代美がよりすねてしまうのは仕方ないことだろう。
ミカは、口にした小さなため息よりも大きな大きなため息を心の中で吐いた。
この二人は割とこういう状況になることがある。
周りから見ればとても仲のいい二人だが、その分衝突も意外とあることにミカは最近気づいていた。
戦車道でお互いの意見が食い違った時。
お互い思い通りの連携ができなかったとき。
晩御飯をカレーにするかパスタにするか口論になったとき。
二人はお互いの意見をぶつけ合い、そして時々、こじれる。
…もちろん、放っておけばすぐに仲直りするのだが。
それでも仲直りするまでの間、周囲に不機嫌をまき散らすことは事実であり。
それを、より二人に近い位置にいるミカはよく煽りを食らっている。
正直なところとっとと仲直りしろと言いたい。
今回は安斎さんが麻雀のリベンジをする、と言い出したのが悪いとは思うが。
だがやはりこうなったか、という結果を受けて、ミカは二人の仲を取り持つために動く。
「……私は頭を使ったから少し甘いものが食べたくなったかな」(ポローン)
「ん、そうか…確かに、夕飯を食べてから結構経つな」
「……………私も甘いもの食べたい」
「…麻雀はこの辺にして、コンビニにでも買い出しに行こうよ。コンビニには人生に必要なものがすべて詰まっているからね」
「そんなにコンビニに入れ込むのはお前とみほくらいのものだと思う。…が、そうだな。軽いつまみでも買ってくるか」
「…私はいい…」
「安斎さんもそんなこと言わずに、さ。みんなで買い出しに行った方が楽しいよ。勝ち頭の西住さんが甘いものを奢ってくれるらしいし」
「いや待てミカ、私はそんなこと一言も…」
「……西住がメルティーキッス奢ってくれるなら行く…」
「う……わ、わかった。安斎の好きなお菓子を1つまでなら奢るぞ」
「…なら行く」
「決まりだね。行こうか」(ポローン)
てきぱきと卓を片付けて、しっかり押入れの奥にしまうミカ。
場に残しておいたら、またやろうとか言い出しかねない。
できる限り速やかに片付け、そして出来れば二度とやらないのがいい、と考えるのであった。
その後安斎千代美も西住まほに奢ってもらったメルティーキッスで機嫌を直した(ちょろい、とミカは感じた)。
3人で軽く晩酌を呑み、ほどよく酔っぱらったところで3人で川の字に眠り、一日が終わる。
大学生によくあるような、何でもない夏休みの一日であった。