【完結】西住安斎大学受験物語   作:そとみち

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西住安斎大学受験物語 5

 

 

 

 12月も中旬を迎え、寒さが本格的に世間を脅かし始める季節。

 安斎千代美は、最近はほぼ毎週行われている西住家での勉強合宿に、今週も参加していた。

 

 

「しかし西住。ここの大学はなんで二次試験で普通に五科目なんだ…?普通は二次試験って面接とか小論文じゃないの?」

 

「それは安斎が教育学部に進学を希望したからじゃないのか?文学系の学部なら小論文が試験になっているはずだ」

 

「マジか。何の考えもなしに教育学部を希望したのは間違いだったかなー?小論文とかのほうが点取れそうな気がして…」

 

「……ふむ。私は安斎が教師をやるのは、結構お似合いだと思うのだが」

 

「んー、まぁ…夢としちゃ、やっぱりそうかなって。私はどーも、一度引き受けたらやり遂げないと気が済まないタイプっぽい」

 

 

 勉強時間の休憩中、そんな話を安斎千代美と西住まほは語っていた。

 教育学部を希望する安斎千代美。

 その目的と目指しているものは、機微に疎い西住まほにもたやすく想像することができた。

 

 おそらく安斎千代美は、アンツィオ高校の教師になるつもりなのだろう。

 高校生活中も相当な努力により戦車道を復興させたが、彼女の中ではまだ足りないらしい。

 アンツィオ高校を、戦車道大会で優勝させる。

 その日まで、彼女は努力をやめることはないだろう。

 

 

「…いいんじゃないか。手伝えることがあれば言ってくれ」

 

「はぁ?今こうして勉強会やってもらってると思うんだけど!?なにこれ私のためじゃなかったの!?」

 

「違うそうじゃない…が、まぁ気にするな」

 

 

 若干言葉足らずだったな、と自戒する西住まほ。

 だが、あえて言葉にして語るものでもあるまい。進学先については、自分の希望によるところが大きいのだ。

 安斎千代美の夢を言葉として形にするのは、野暮というものだ。

 私はただ、彼女のために勉強を教えてやればいい。今は、それで。

 

 

 ――対して、安斎千代美もまた、西住まほに聞かずにいることがあった。

 それは、『なぜこの大学を選んだのか?』…だ。

 

 二人が進学を目指している大学は、中部地方の有名な大学だ。

 …学力的な意味で。

 戦車道的な意味ではない。

 

 そう、二人が進学しようとしている大学。戦車道の大学公認のサークルはあれど、それが実力を持っているというわけではない。

 もちろん戦車道連盟には登録されてあるし、大学間対抗試合等にも参加している。だが、成績はここ数年、低迷の一途をたどっている。

 そういう意味では、高校で表すならアンツィオ高校や大洗高校に近い存在なのかもしれない。

 なぜそんな大学を、西住まほは選択したのか?

 

 

「…まぁ、わかりやすいよな。西住は」

 

「なんだ急に…?そんなに私はわかりやすいか…?」

 

「そりゃわかるよアミーコ。こんだけ顔をあわせてりゃー嫌でもな!」

 

 

 アミーコ、イタリア語で友人の意味を持つ言葉で返す。

 どうも黒森峰の隊員や、他の高校の生徒たちからはクールビューティーな女だと思われているようだが、安斎千代美から見ればこれほどわかりやすい人間もいない。

 特に、大学を選んだ理由なんて明白だ。

 

 つまるところ、西住まほは。

 私こと安斎千代美や、妹の西住みほのようなことを…してみたいのだ。

 ゼロから、自分の戦車道を試してみたいのだ。

 

 中学や高校時代のように、強豪と呼ばれる学校に入ってのそれではなく。

 強きをより強きにするのではなく。

 弱きを、強きに。

 そんな経験を、してみたいのだ。

 

 なんてわがままな友人なのだろう、と安斎千代美は思案する。

 そんな身勝手な理由で入ろうとしている大学に、その上一緒に来ないかと来た。

 おかげで私は学年1位を取れるほど勉強しなきゃいけない羽目になるし。

 こうして毎週、他人の家で合宿して勉強をしなきゃならない。

 ここまで勉強付けの日々は、私の人生にはかつてなかったものだ。

 すべては西住まほのせいである。

 

 そもそも、西住まほは本当に自分の力で大学戦車道を復興させられると思っているのか?

 いっちゃなんだかコミュニケーション力が大変に切ないこの友人が、ちゃんと指導できるとでも?

 というかお前、黒森峰でもあんまり部下とコミュニケーション取れてなかっただろ。

 録画で今年の大会の決勝戦観たぞ。隊員の動き、わりとバラバラだったじゃないか。

 戦車の質が高いからいいものの。ずるいぞ。みんながお前と同じように動けるはずがないんだ。

 

 …とまぁ、そんなどうしようもなく我儘で身勝手な友人だが。

 それでも、親友なのだ。

 私の憧れであり、目標であり、好敵手…と思ってくれている相手であり、ともだちなのだ。

 

 だったら、そんな親友が大学生活を謳歌したいというのであれば。

 私が後ろから支えてやらなきゃ、だめだろう。

 

 

「………ということで、私はこうして無常さを噛み締めながら再度勉強を始めんとペンを握るのであった」

 

「…あん☆ちよみ先生の来月の原稿か?」

 

「ちがうわー!というかなんでお前が私のペンネーム知ってんだー!秘密にしてるはずなのに!?」

 

「バレてないと思っていたことが驚きだ…」

 

 

 余談にはなるが、戦車道大会が開催される前に安斎千代美に襲い掛かった記者の群れの中に、コラムを書いてもらえないか、という誘いがあった。

 気乗りはしなかったが原稿料がもらえたため、安斎千代美は物は試しに、と戦車道に関するコラムを月間戦車道で掲載することになった。

 そして、初回の掲載で編集部の想像をはるかに超えるファンを獲得してしまったのである。

 

 編集部もこれでは切るに切れず、戦車道大会が終わった後も、いろいろな話題に触れたコラムを安斎千代美に依頼していた。

 安斎千代美も人気が出れば悪い気分ではない。受験勉強の合間、コラムを適当に考えては投稿し、そして適当だったはずのコラムがなぜかさらに人気になる、という不思議なループにはまっていた。

 なお、原稿料はP40の修理費用に充てている。この分なら来年度に入る前には修理も完了するだろう。たぶん。

 

 

 

 

※    ※    ※

 

 

 

 その日も勉強が捗り、昼食を家元、西住しほも加えて3人で食べる。

 西住まほと西住しほの間で自然と会話が生まれることは少なかったが、そこは最強の潤滑油安斎千代美の話法により、かなり友好的な会話を広げることができた。

 そして午後の勉強も終え…夕食を取りお風呂に入り、寝る前の戦術議論も終えたところで、ふと安斎千代美が思い出したかのように話題を切り出した。

 

 

「あ、そういえば西住。来週のサンダースで開かれるクリパ、どうする?」

 

「来週の?……ああ、そういえば」

 

「忘れてたのか!?いや私も今思い出した口だけど!先月くらいに通知きてたなー」

 

 

 クリパ。クリスマスパーティの略語である。

 そう、クリスマスパーティだ。

 サンダース大学付属高校において、クリスマスパーティとは一年の中でも1,2を争う一大行事だ。

 学園艦すべての人員・資材を総動員し、夜中騒ぐお祭りである。アルコールが含まれる飲み物は出ないので実際健全。

 

 今年も当然開催され…そして、サンダース大学付属高校の戦車道の元隊長であるケイから、二人に招待状が届いていた。

 もちろん安斎千代美と西住まほだけではない。毎年、戦車道連盟に所属する全ての高校には招待状が送られているのである。

 よって、このパーティはある意味では、戦車道大会参加者が集う場でもあった。

 

 

「ケイさんもマメだよなー、戦車道を履修してる全部の高校に送ってるんだから。…去年は大会に参加できてなかったから私は出なかったけど…」

 

「うむ。…私も昨年は遠慮したが…どうするかな」

 

「今年は出ろよなー、私だけ行くのも寂しいし!それに、3年で今年卒業する元隊長はみんな参加するんじゃないか?」

 

 

 それに、3月の練習試合の話とかもできそうだしな、と安斎千代美が続ける。

 それは大洗高校も参加し、その上で西住まほの妹である西住みほも参加するであろうという意味にも取れて。

 西住まほの答えを、参加になるよう強いるものであった。

 参加を強いられているんだ…!と集中戦が集まりそうな思考になった西住まほは、しかし少し気分は面白くない。

 よって、安斎千代美に意趣返しをすることにした。

 

 

「…わかった。お前が出るなら私も参加する」

 

「…なんかその言い方!…いや…うぅん、いいけど」

 

 

 西住まほのカウンターに対し、顔を少し赤くしつつも、しかし最後には嬉しそうに顔をほころばせる安斎千代美。

 西住まほはその顔を見て「してやったり」と思いながらも…参加する意思が決まってしまえば、妙にパーティを楽しみにしている自分がいることに気づいた。

 

 前までは…みほと戦う前の、安斎千代美と連絡を取り合っていなかった頃の私なら、人が集まる場など面倒以外の何物でもなかったのだが。

 それでも、安斎千代美と共に、見知った各高校の戦車道の隊長たちや、妹の西住みほたちと会話することが。

 とても――――楽しそうだな、と感じる。感じられる。

 西住まほは、自分の変化にわずかに驚きつつも、よいものだと捉えることにした。

 

 自分も、みほも、家元…いや、母さんも。いろいろと変わっている。

 それが『成長』であると西住まほが理解できるのは、もうしばらく後の事だった。

 

 

 

※    ※    ※

 

 

 

 

 

 そしてクリスマスパーティ当日。

 天気は見事に初雪を観測し。これ以上ないほどにクリスマスパーティとしては最高の日和であった。

 

 

「…冷えるな」

 

「そうですね。流石にここは海の風が強く吹き込んでいますから」

 

 

 黒塗りのコートで身を固めた西住まほが、サンダース大学付属高校のヘリポートに降り立つ。

 安斎千代美とは別行動だ。迎えに行くとは提案したのだが、そこまでしなくてもいい、と断られた。

 なので今回助手席に座っていたのは、頼れる副官、来年の黒森峰の隊長を務める逸見エリカだ。

 

 彼女もまた西住まほに合わせてなのか、黒森峰の校風なのか、黒を基調としたコートを上に羽織っている。

 とはいえ逸見エリカのコートの下は、派手すぎず下品にならない簡素なドレスタイプの私服である

 コートの下は制服のワイシャツという、色気も何もない西住まほよりは場の空気を読むことに成功していた。

 

 

「…少し遅れてしまったかな。夜の雪だから流石にこれ以上の速度でヘリは飛ばせなかったが…」

 

「まぁ立食式のパーティということですから…それに、サンダースの隊長さんはそういうところ気にしなさそうですし」

 

 

 自分の懐から探り当てた懐中時計を見て呟いた西住まほに、逸見エリカが答える。

 言われてそれもそうだな、と思い、西住まほはパーティ会場に急ぐことにした。

 

 そこで、西住まほは自分の思わぬ一面を発見することになる。

 …大変な苦悩と共に。

 

 

 

※    ※    ※

 

 

 

 

 

「ケーイさーん!!今年は胸張って参加できたよー!おっひさしぶりー!!」

 

「ハァイ、アンチョビ!貴女が来るのを心待ちにしてたわよ!今日もツインテールが最高にキュートね!」

 

 

 パーティ会場に到着した西住まほが、最初に目にした光景がそれであった。

 とても親しそうに…前に自分が安斎千代美に受けたものよりも、熱烈なハグをお互いに交わす、安斎千代美とケイ。

 

 

「あんたたちの挨拶は相変わらずハデね!アンチョビも久しぶりね、ここであんたに会ったのは初めてかしら?」

 

「…カチューシャ、あのハグに混ざりたそうな顔をしていますが…行かないのですか?」

 

「バカ言わないでノンナ!私はあんなにべたべたしないわよ!!」

 

「そうですか。お望みなら私が、とも思いましたが」

 

 

 近くにカチューシャとノンナもいた。相変わらずの肩車状態であるが、カチューシャは器用にノンナの頭にこぼさないように両手に骨付きチキンを持っている。

 ノンナはカチューシャの脚をしっかりホールドしつつも、両手でチキンの大箱を抱えている。まるでカーネルサンダースのポーズである。

 …さらに、

 

 

「美味しいですわー!!サンダースの料理、超っっっ美味しいですわー!!ウチとは全然違いましてよー!?なんですのこれ!!」

 

「落ち着きなさいローズヒップ。…こんな格言を知ってる?『イギリスの料理は世界遺産に指定し、誰の手にも触れられるべきものではない』」

 

「ダージリン様、その格言、多分ですけど褒め言葉ではないです…」

 

「知っているわオレンジペコ。…美味しいわね、ターキー」

 

 

 聖グロリアーナの面々。ローズヒップ、ダージリン、オレンジペコもいた。

 ローズヒップが立食の皿から皿に突撃し、あらゆる料理に舌鼓を打っている。

 それを窘めるダージリンは片手に紅茶、片手にチキン。絶妙に絵になっているようでなっていない。

 その様子をオレンジペコが苦笑いで見守っている。

 

 …アッサムは少し離れて、紅茶セットをお世話になった学校に配っているようだ。

 その相手というのが、

 

 

「あ、悪いねーまたもらっちゃってー。おーい西住チャン、またグロリアーナから紅茶もらったよー」

 

「え、いいんですか?あの、ありがとうございます、アッサムさん!いつもいつもグロリアーナの皆さんにはお世話になって…」

 

 

 今アッサムから紅茶を受け取ったのは…大洗高校の会長、角谷杏だ。

 そしてその横には、西住みほもいた。ぺこぺこと、大きく頭を下げてお礼を言っているようだ。

 大洗はその二人だけの参加のようだったが…あまり大人数で来るのをよしとしなかったのだろう。

 今見える中にいるどの高校も、元隊長クラスか次期隊長関係の人員を引き連れているのみだった。

 無論、今会場に到着した黒森峰も、元隊長と次期隊長の二人の参加ではあったので、暗黙の了解のようなものだろう。

 

 

「はぁ…まったくあの子は、いつもああなんだから。もっとシャキっとしなさいよね…」

 

 

 ため息をつきつつ、西住みほを見て苦笑を漏らした逸見エリカの感想がこれであった。

 だが、そこに刺々しい雰囲気はない。かつて散見された、相手に敵意を感じさせる色の語意は姿を消している。

 戦車道大会を終えて…さらに大洗騒動も過ぎ。その後、少しずつお互いに歩み寄りを「再開」した西住みほと逸見エリカ。

 今はだいぶ関係も修復され、前のように名前で呼び合う程度の仲になっていることを、西住まほは知っていた。

 

 

 

 

 だが、今の西住まほの目に映るものは、ただ一つであった。

 

 

「でもやはり、もうすでに始まってしまっていましたね…隊長、早く中に…」

 

 

 動悸が抑えられない。

 ケイとハグしあう「彼女」を見て。

 その後、親し気に会話する「彼女」を見て。

 さらにカチューシャにも笑顔であいさつし、ノンナからチキンを分けてもらっている「彼女」を見て。

 

 

「…隊長?」

 

 

 なんだ、この感情は。

 「彼女」の笑顔を見ていると、よくわからない黒くてもやもやしたようなものが、胸から喉へ押し上げるようにこみあげてくる。

 しかしそれは喉を超えてこぼれてくるものではなく、ただただ喉をぎゅっと圧迫せしめんとする。

 ダージリンに笑顔を向け、ローズヒップとハイタッチし、お疲れ、とオレンジペコの肩を叩く「彼女」を見ていると。

 何かがこみあげ、苦しくなる。

 あんな顔を、私以外の誰かに見せているというのがたまらなく、たまらなく……なんだというのだ?

 

 

「隊長、どうかされました―――」

 

 

 そして入口から眺めていること、十数秒。

 「彼女」は、同じ髪型で少し身長の低い角谷杏に名前でからかわれた後。

 私の最愛の妹と――西住みほと、とても砕けた様子で両手を広げながら近づいて…

 また、抱きしめるように。

 

 

「……隊長、大丈夫d」

 

「エリカ」

 

「はっ、はい」

 

 

 心配のあまり叫びだしそうになっていた隣の逸見エリカの声で、はっと正気に戻る。

 すぐに名前を呼び、逸見エリカの台詞を止めた。

 

 しかし、あふれ出してこぼれそうで、しかししこりのように残る自分の胸の中の黒いもやもやには、答えが出せないでいた。

 なんだ。なんなのだ、これは。

 ……わからない。わからないが、苦しい。

 

 西住まほは、自分が初めて感じる感情の正体を理解することができなかった。

 なぜか急にいたたまれなくなって、ここにいるのが辛くなって。

 

 

「エリカ、すまないがヘリに忘れ物をしてきた。先に皆とやっていてくれ」

 

「え、そうだったんですか?…でも私たち手ぶらのほうが身軽だからって荷物は黒森峰に…って、隊長!?」

 

 

 西住まほは、目の前に広がるパーティ会場に背を向け、歩き出した。

 後ろでエリカが何か言っていたようだが、耳に入らない。

 ただ、目をそらしたかった。

 自分以外の誰かに、あんなにも笑顔を向けている「彼女」から。

 「彼女」………安斎千代美から。

 逃げたかった。

 

 

 廊下の角を曲がり、足は自然と早足になり、外の空気を吸うために建物を出た。

 雪がしんしんと降る、夜の闇に街灯がまばゆく光るサンダースの街並み。

 その街灯さえ、今はうっとうしいと感じてしまった。

 

 

 

「あれ、そんなところでどうしたの、エリカさん?」

 

「ん、黒森峰の。西住は一緒じゃないのか?」

 

「あ、みほ…と、あー…安斎さん、でいいのかしら。……それが…」

 

 

 

※    ※    ※

 

 

 

 30分も経っただろうか。

 そう思った西住まほは、雪の降る夜空を見上げていた顔を下ろして、懐から懐中時計を取り出して時間を確認する。

 …10分も経っていなかった。自分の体内時計が壊れていることを西住まほは自覚した。

 握った時は冷たかった船腹の手すりが、今は冷たく感じない。自分の体温で温まったか、それとも自分が冷え切ったか。

 

 冷えた空気で顔と体を冷ましたところで、西住まほは努めて冷静に、先ほどの自分を思い返した。

 ……やはり、よくわからない。

 なぜ親友の安斎千代美の姿を見て、あんな気持ちになってしまったのだろう。

 嬉しいはずなのに。

 一緒にパーティに出席しよう、と約束していたはずなのに。

 

 

「…何をやっているのだろうな、私は」

 

 

 そう、一人夜空に愚痴をこぼした。

 白い息と共にそれは空にこぼれて、誰の耳も拾い上げることはなかった。

 

 …エリカが心配しているだろうか。

 そもそも自分はヘリポートに向かっていない。全く反対の方向に歩いて行ってしまったのだから、探されても見つからないだろう。

 そうすると少し困ったことになったが…まぁ、エリカなら少しくらい甘えてもいいだろう。

 もう少し、一人でいたい。

 身も心も冷め切ったら、パーティ会場に戻るとしよう。さっきの妙な感情も、冷え切るまで待ってから――――

 

 

「……西住っ!!」

 

 

 そんなアンニュイな気分に浸っている西住まほの背中に、遠くから大きな声がかけられた。

 その声は、西住まほがよく知る人物の声で……思わず振り向くと、

 

 

「なにやってんだそんなところで!この時期に風邪でも引く気か!」

 

「…安斎!?」

 

 

 そこには、息を切らして走ってくる、安斎千代美の姿があった。

 赤のドレスに身を纏った彼女はどう見ても薄着であり、しかし吐く息は白く…走ってきたことが遠目からもわかった。

 

 

「お前の副官が心配そうにしてたから探しに来てみたらこれだよ!」

 

「探したって…私はヘリポートに向かってなかったのに、どうして…」

 

 

 西住まほのもとにたどり着き、ふぅー、と大きく息をつく安斎千代美。

 西住まほは、安斎千代美に風邪を引かせてはいけない、と慌てて自分のコートを脱いで、羽織ってやる。

 安斎千代美の方に掛けようとしたその手を…しかし、逆に握り返された。

 冷え切った自分の手を握り返す安斎千代美の小さな手は、とても熱かった。

 

 

「ほら、こんなに冷たくなってるじゃないか!お前これで受験に支障が出たらどう責任とってくれるんだ!?アホか!?」

 

「あ、アホとはなんだ…!私は大丈夫だ、それよりお前が…」

 

「だったらこうすりゃいいんだこうすりゃー!!」

 

 

 コートの端に手を伸ばし、お互いの肩にかけるようにして…さらに距離を縮めて、ほとんど密着するような姿勢を取る安斎千代美。

 香水でも使っているのだろうか、目前にある安斎千代美の髪からふわりと甘い匂いがして…西住まほは少々のめまいを覚えた。

 

 

「はー、まったく世話が焼けるったら。…んで、なんだ。ホントにどした?」

 

「っ…安斎、私は……その…」

 

 

 安斎千代美の言葉に、先ほどの黒い感情がまたゆらり、と頭をもたげる。

 何者とも知れないこの不気味な感情が、西住まほはひどく不愉快に感じられた。

 

 だが、安斎千代美はそんなものは気にも留めず、パーティ会場に向けて歩き出す。釣られるように西住まほもまた歩き出した。

 途中で西住まほが足を止めていたのもあって、会場との距離はそんなに離れてはいない。5分も歩けば到着するだろう。

 それまでに―――――

 

 

「安斎…私は、お前に謝らなければならない」

 

「…なんだよ、私に今更謝るようなことがお前にあったっけ?聞くから言ってみ」

 

 

 振り返らず、ふわふわとツインテールを揺らしながら自分の2cm前を歩く安斎千代美の頭を見下ろしながら、西住まほは言葉を紡ぐ。

 

 

「…わからないんだ。自分の……気持ちが」

 

「………」

 

「さっき、パーティ会場に入った時に…ケイに抱き着き、カチューシャやノンナ、ダージリンと親しくしているお前を見て…」

 

「…………」

 

「私にも見せたことがないような笑顔を向けて…みほと仲良くしていたお前を見ていると、胸が苦しいんだ」

 

「……………」

 

 

 安斎千代美は言葉を返さない。

 続きを促されているような気分になり、歩みを止めないままに、西住まほは贖罪する。

 

 

「私にはわからない…なぜ私がこんな気持ちになるのか。この、切なくなるような、怒りのような、それでいて沈み込むような悲しい気持ちで、発散すら許されない…この気持ちは、なんなのか……私には……」

 

「西住」

 

 

 声色に涙が滲みそうになったところで、不意に安斎千代美から返事が返ってくる。

 西住まほはその声に驚き、心臓の鼓動が1オクターブ上昇するのを感じた。

 そしてそれは、密着している安斎千代美にもたやすく感じ取れることだろう。

 はらはらと雪が舞う夜道を歩く二人を、街灯が照らす。

 

 

「っ……なん、だ?」

 

「西住、その感情はな。私もよぉぉぉぉぉおく知ってるやつだ。若干趣は違うけどな」

 

 

 安斎千代美の言葉に、西住まほは驚きを隠せないでいた。

 バカな。いつも笑顔で、明るさこそが最大の魅力であるこの親友に、今の私と同じ黒い感情があったというのか?

 

 

「高校に入学してからいつも感じてたよ。お前に」

 

「それは…どういう」

 

「お前が月間戦車道にでかでかと載ってるのを見つけた時。お前が一年生の癖に隊長に抜擢されて、戦車道大会で優勝したとき。お前がアンツィオ以外の高校と戦車道で戦っているとき。お前が…例の大洗騒動、最後の5分に見せた妹さんとの連携を見てた時」

 

「……そんな」

 

 

 こんな黒い感情を、私に対して安斎千代美も感じていた。

 西住まほは、その残酷な真実を、実の安斎千代美の口から言い渡されて、死刑宣告を受けたような気分になった。

 ……嘘だ。

 今までの…私が友情と感じていたものは、すべて嘘だったのか?

 

 自然と、西住まほの脚が止まる。

 それに合わせるように、安斎千代美も足を止める。

 そして、僅かな静寂。

 しかし、それを打ち破る形で安斎千代美の口からこぼれた言葉は―――救済として、雪と共に降り注いだ。

 

 

「いいか西住。その気持ちは、嫉妬っていうんだ」

 

「…嫉、妬?」

 

「そう、嫉妬。羨ましいな、とか口惜しいな、かな…私の場合は。お前の場合だと、自分以外の女にデレデレしやがって、ってところか?まー確かにさっきの私はテンション上がってて普段の5割増しのボディランゲージだったからなー」

 

「……こんなにも、苦しいものなのか?嫉妬というのは」

 

「そりゃ苦しいさ。何よりも苦しい、自分から生まれる黒い感情だからな。でもな、西住」

 

 

 ゼロ距離で、安斎千代美が振り返る。

 ツインテールが軽く目にかかり、西住まほは瞬きを数回した。

 白い息が触れ合うほどの至近距離で、顔を真っ赤にした安斎千代美が、覗き込むように西住まほの目を見つめる。

 

 

「…嫉妬ってゆーのは、相手の事が他の誰よりも気になるから生まれるものなんだよ!私にとってお前がそれで、お前にとって私がそれってこと!!」

 

 

 その言葉を耳から脳に送り込み、そして噛み砕いて理解した西住まほは……安斎千代美に負けず劣らず、顔が真っ赤に…驚くほど真っ赤になった。

 熱い。暑いではなく熱い。真冬の海風が吹き込んでいるはずなのに、お互いの体温がひどく熱く感じる。

 

 

「……う…安斎…」

 

「あーもー、この距離で名前を囁くな恥ずかしい!!それと、言っておくが変な意味じゃないぞ!!」

 

 

 言い捨てるように安斎千代美が叫び、また前を向く。西住まほに背中を預ける形になり、1枚のコートでお互いの体を覆う。

 ぎゅ、と安斎千代美がコートを握る手に、少し力が加わったように西住まほには感じられた。

 

 

「…お前が一番の親友って意味だよ、言わせんなバカ!だからお前はアホなんだ!あと、心配かけんな…バカ」

 

「……安斎……」

 

 

 西住まほは…氷結した自分の黒い心が、まるで溶かされたように楽になっていくのを感じた。

 そうか。

 これが、嫉妬か。

 私は、他の人間に笑顔を向ける安斎千代美に…そして安斎千代美の笑顔を受けるみんなに、嫉妬していたのか。

 ……ああ、なんて恥ずかしいのだろう。顔から火が出そうだ。

 こんなに強く嫉妬を感じるほどの仲なのに、それに自分で気づくこともなく、さらにみんなに心配までかけるとは。

 まるで子供だ。

 

 深い反省と共に…自分の感情を理解できた西住まほは、冷静な思考を取り戻すことに成功した。

 既に過ちは犯した。エリカには後で何か埋め合わせをせねばなるまい。戦車で一日中タイマンを張ってやろう。

 だが、その前に、いの一番に謝るべき人間がいる。

 

 

「安斎」

 

「なんだ、西住」

 

 

 安斎千代美の背中越しに声をかける。今更ながら、赤いドレスとツインテールがとても綺麗だな、と感じた。

 そしてその後姿を、両手を回すようにしてぎゅ、と抱きしめる。

 またしても二人の歩みが止まる。

 

 ―――なんだか、すごい贅沢をしている気分だ。西住まほは少し高揚した。

 だが、まずは謝罪しよう。

 なんといって謝ろうか…何せ自分は口下手だ。できる限り謝意が伝わる言葉はないものか。

 3秒ほど悩んで、出した結論がこれだった。

 

 

「…心配かけて、ごめん。ありがとう」 

 

 

 とてもシンプルで一番わかりやすい表現に頼ることにした西住まほ。

 そして、その言葉を受けた安斎千代美の応えも、とてもシンプルなものだった。

 

 

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※    ※    ※

※    ※    ※

※    ※    ※

 

 

 

 

その後 どうでもいい閑話休題

 

 

 

 

「…そういえば、あの時なんで私が向こうにいるとわかったんだ?エリカにはヘリに忘れ物、と伝えてきたはずだが…」

 

「匂い」

 

「…………嘘だろう?」

 

「嘘だよ、エイプリルフールだもん!やーい騙された!本当は雪に残った足跡からだよ、パーティ会場から出ていくような足跡はお前のだけだったし」

 

「……安斎…!」

 

「4月バカ!だからお前はアホなのだー!」

 

「お前のほうが学力的にはアホだろう!」

 

 

 

 

 

 

「あっ、隊長!おかえりなさい…というのも変ですが。忘れ物は見つかりましたか?」

 

「…ああ、うん」(そういえば言い訳を考えてなかった…安斎…)

 

(しょうがないな!)「…あー、西住ならちゃんとヘリの鍵見つけたってさー。鍵を中に入れたままで会場に来ちゃうんだもん、抜けてるよなー!」

 

「…………あ?」

 

「フォローしたのに殺されそうなんだけど!?」

 

「エリカ、ステイ。ステイだ」

 

 

 

 

「アンチョビさん…お姉ちゃんがまたご迷惑をかけてすみませんでした…」

 

「あーいいっていいって、もう慣れてるというか、アンツィオでは日常茶飯事というか…うん、気にしないでいいぞー」

 

「アンチョビさんには本当に普段からお世話になっていて…これからも、お姉ちゃんをよろしくお願いしますね?」

 

「うん、任せろ。大学生活でのあいつのフォローをする覚悟はできてるから」

 

「いえ、その後の生活もできれば…末永く…」

 

「そんなに!?」

 

 

 

 

「ねぇカチューシャ、あの二人どう思う?」

 

「どうと言われても…見たままよねあれ!」

 

「羨ましい関係だと思います。私とカチューシャほどではないにせよ」

 

「アッツアツですわよー!!雪が解けてしまいそうですわー!!」

 

「こんな格言を知ってる?『恋愛的な友情は恋愛よりも美しい。だがいっそう有毒だ』」

 

「『なぜなら、それは傷を作り、しかも傷の手当てをしないからだ』…ロマン・ロランの言葉ですね。でも、私はあの二人、お似合いかと」

 

「まーチョビ子はダメ男に貢ぐタイプだよねー、知ってた」

 

「会長…いえ、反論できないのが辛いところなんですけど…」

 

「そこは反論しなさいよ!?あなたのお姉さんでしょう!?うちの隊長はダメ男じゃないわよ!?!??!!?!」

 

 






この話を某所に投稿したのがエイプリルフールだったためそれ関連のネタがあります。

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