【完結】西住安斎大学受験物語   作:そとみち

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西住安斎大学受験物語 7

 

「……本当に、マークの間違いとかはしていないんだろうな?」

 

「しーてーなーいー!!」

 

 

 今日は大学二次試験を翌々日に迎えた、2月の半ばを過ぎたころ。

 西住まほと安斎千代美は、まほの自宅でもある西住総本家の屋敷内で、一次試験の答案を再度確認していた。

 

 

「…だが、自己採点でまさかこのような結果になるとは…すまない、まだ若干信じられない」

 

 

 西住まほは安斎千代美の一次試験の答案(実際に回答したマークシートは提出するので、丸印のついた問題用紙だが)を再度確認し、訝し気な視線を作る。

 それに対して、ぷんすか、と擬音の似合いそうな、頬を膨らませた表情の安斎千代美。

 今二人が話しているそれは、おそよ一か月前に行われた一次試験の自己採点結果である。

 

 

「だーかーらー、本当に9割5分超えたって言ってんだろー!お前と同じ点数だよ!信じろよ!」

 

「にわかには信じがたいものだとはわかってくれないか…すまん、もう一度確認してみよう…」

 

 

 これで4度目となる解答と答案の見比べを始めた西住まほに対して、はぁ、とため息をつく安斎千代美。

 そう、安斎千代美の一次試験の結果だが…自分でも自己採点して昇天しかけるほどの高得点だった。

 後日、西住まほの点数と比べたら、なんと同点だったということも拍車をかける。

 もちろん、自分で塗りつぶしたマークシートの回答を問題用紙に記入したもので、誤記もあるかもしれない。

 それでも、ほぼほぼ9割5分の点数が一次試験でとれたとなれば。

 二次試験でよほどの失敗がない限り、合格は確実と言えた。

 

 安斎千代美はその点数を7度ほど再確認したうえでようやく自覚し、あまりの出来に学園艦ではほぼありえない交通事故に会うのではないかと危惧した。

 確かに出来過ぎなのは自分でもわかっている。だが、一次試験の前日に、とある相手からのとあるメールによって妙な喝が入ったのか、とんでもない集中力で試験に臨めたのもまた事実だ。

 自分一人の力ではない、西住まほという親友がずっと付き添ってくれたからこその結果だということは、安斎千代美が一番よく理解していた。

 

 

「…○、○、○、○……○、ここも○。回答率35%の問題も○。私が間違えた問題も、○…」

 

「……………むぅ」

 

 

 それはそれとして、今のこの状況は面白くない。安斎千代美はそう感じていた。

 

 西住まほとは前から最後の勉強会の約束をしていた。

 二次試験は希望している大学の構内、中部地方で行われる。

 お互い学園艦から大学に向かうのも手間ではあるし、なんなら数日前から西住まほの実家に宿泊し、一緒に試験を受けに行かないか、と。

 

 どうせこの時期はどの高校でも、大学の試験のためと名目を立てれば自主休校も容易に取得できる。

 そもそもが3年生は授業などほとんどなく、教師に改めて試験範囲の教えを乞う以外に学校に行く理由も特にない。

 安斎千代美は自分で学園艦を下りて大学に試験を受けに行き、また学園艦に戻るという手続きを済ませる手間も考え、西住まほの誘いにありがたく乗ることにした。

 結果、熊本県にアンツィオの学園艦が一番近づくのが2日前だったので、そのころにヘリで迎えに来てほしい、と伝えたのであった。

 

 最初にこの約束を交わしたときは、主に安斎千代美の二次試験の最後の追い込みのために頑張ろう、という話だった。

 …はずだ。

 

 それなのに、西住まほは安斎千代美の一次試験の結果を知ったとたん、再度回答をチェックするから問題を持ってくるように、と安斎千代美に言ったのだ。

 そして促されるままに回答を持って来たらこれである。

 心配してくれているのはわかるのだが。わかるのだが、そこまで露骨に疑わなくてもいいじゃないか。

 …なんだかむかむかしてくるぞ。

 

 安斎千代美は決意した。

 かの心配性な友人に一度ガツンと言わねばなるまいと決意した。

 つまり、一番ダメージが通る言葉を吐いてやる必要がある。

 くらえ西住。我が渾身の一撃。

 

 

「………それとも…なんだよ西住、私がいい点数を取ると困るのか…?」

 

 

 ……涙目で、上目遣いで、とても申し訳なさそうに、安斎千代美が西住まほを見上げて、言った。

 答え合わせに夢中になっていた西住まほが顔を上げ、安斎千代美のその表情を見た瞬間……さぁ、と顔が青くなる。

 自分のしでかしていることの重大さに気づいた、といった感じだ。

 西住まほは、慌てて言葉を紡ぐ。

 

 

「なっ、違う!安斎がいい点を取れたのは本当に嬉しいし、褒めてやりたい気持ちでもある!ただ心配で…すまない、だからそんな顔をしないでくれっ…!」

 

 

 開いていた問題用紙を閉じて、何とか言葉を取り繕うように目の前の安斎に謝罪の言葉を返す。

 とても慌てている様子が手に取るように分かる。

 その西住まほの表情を見て満足した安斎千代美は、内心にんまりとしながらも顔を伏せる。

 もうちょっと引っ張ってやろう。西住からどんなセリフが返ってくるのかも興味ある。

 

 

「すまない…ごめん安斎、お前を疑った私が馬鹿だった。…お前があんなに頑張ってたのを一番知ってる私が…本当にすまない。許してくれ…」

 

 

 どんどん、洪水のように謝罪の言葉が西住まほから安斎千代美に降り注ぐ。

 なんだか声が少しずつ涙の色をつけるようにすらなってきた。

 流石にこれには安斎千代美も罪悪感がむくむくと頭をもたげてきた。

 

 …いや、私が怒るのは当然の権利のような気もするが。しかしやはり、この親友には私は甘い。

 顔を伏せて前髪で表情を隠していた状態から……安斎千代美はすいっと顔を上げる。

 ほとんど涙目の西住まほが見た安斎千代美の表情は、にんまりとした笑顔だった。

 

 

「…んっふっふー、冗談だ冗談!いやちょっとムッとしたのはホントだけど、そんなに怒ってないよ!西住は心配性だなー!」

 

「っ…!あ、安斎!私は本当にお前に嫌われたんじゃないかと思ったぞ!心臓に悪い…」

 

 

 目元をごしごしこすりながら、西住まほは安斎千代美の笑顔を見てほっと胸をなでおろす。

 安斎千代美も、ごめんごめん、とテーブルの向こうに動いて、西住まほと肩が接する程度の距離で、慰めるようにぽんぽんと頭をなでる。

 

 

「お前のおかげでいい点数がとれた、でいいじゃんか。もう終わった問題を見直してる時間があるなら、二次試験の勉強をやったほうがいいだろー?」

 

「うん…そうだな、安斎の言う通りだ。私は妙に動揺していたようだな…安斎を信じよう。すまないな」

 

 

 とても簡単に仲直りを済ませた二人は、一次試験の問題用紙と回答を仕舞い、二次試験の対策に移行するのであった。

 もっとも、二人とも今の時点で二次試験対策の勉強はきっちりと済ませていたため、このまま変なことでも起きなければ、合格は確実だろうと思っていた。

 

 ……変なことでも、起きなければ。

 

 

 

 

※  ※   ※   

 

 

 

 

『ジャーンジャンジャーンジャンジャッジャジャッジャジャージャン、ジャーンジャンジャーンジャンジャッジャジャッジャジャージャン……』

 

 

「…む。この着信音は」

 

「ん、電話か?」

 

 

 翌日。二次試験を明日に控えた午前中、最後の見直し程度の勉強を行っていた二人の耳に、着信音が入った。

 その音楽はイタリアの大衆歌謡『フニクリ・フニクラ』であり、安斎千代美のスマホから鳴り響くものであった。

 

 

「すまん西住、取るぞー」

 

「ああ」

 

 

 安斎千代美はペンを動かす手を止め、スカートのポケットからスマホを取り出す。西住まほは特に気にせず、問題を解き続けた。

 安斎千代美がこの着信音を設定しているのは、アンツィオ高校の知り合いだ。

 着信画面には想像通り、『ペパロニ』の名前が表示されていた。

 

 

「なんだあいつは、こんな時間に?授業中じゃないのか…?」

 

 

 明日に試験を控えているのは知っているし、西住の家にお世話になることも伝えてある。

 激励の電話でも来たのだろうか。それはそれとして授業はちゃんと受けろよ。

 西住まほの勉強の邪魔にならないように、安斎千代美は部屋を出て、中庭に面する縁側の縁に腰かけてから通話ボタンを押した。

 

 

「おーぅ、どうしたペパロニー。お前授業中じゃないのかー?」

 

 

 ゆるい感じでスマホを耳に当て、軽いあいさつを交わす安斎千代美。

 ……だが、安斎千代美の緩んだ空気は、通話口から洩れる後輩の嗚咽によって、一瞬でかき消された。

 

 

『あ、姐さ(ザザッ)!よかった、つなが(ザッ)て、助けてください!!もう姐(ザーッ)んしか、頼れる人が…!!』

 

 

 戦車道の試合中でも聞いたことのないほど切迫したペパロニの声。

 時折漏れる嗚咽。

 そして、明らかにおかしい電波障害。

 途切れ途切れのペパロニの声に、安斎千代美は自身の心臓が飛び跳ねるような感覚を受けた。

 

 

「な、なんだ!?どうしたペパロニ!?何があった、落ち着いて話せ!!」

 

『……(ザーーーーッ)て、学園艦が(ザザーッ)ったんスよぉ!!』

 

「聞こえない!!きーこーえーなーい!!ゆっくり、大きな声で!!!」

 

 

 電波が悪い。ペパロニの涙声が、途切れ途切れにしか聞こえない。

 そしておそらく、自分の声も向こうにはなかなか届いてないのだろう。

 そう判断した安斎千代美は、自分も務めて大声で、ゆっくりと話すことにした。

 どうなっている。

 なにがあったんだ!

 

 

『だーか(ザザッ)らー!!学園艦が!(ザーーーッ)ツィオが!』

 

「アンツィオがどうした!?どうなってるんだ!?!」

 

 

 どうやら学園艦に何かがあったらしい。

 電波障害も、その何かのせいなのか!?

 そして、その後に続くペパロニの言葉に、安斎千代美は眩暈を感じ、吐き気を覚えることとなる。

 

 

『アンツィオが!昨日か(ザー)全艦が停電になっ(ザッ)ゃって!!どこにも通信でき(ザザッ、ザッ)し、船も止まって孤立状た(ザザー)んスよぉ!!』

 

 

 

 

 

※  ※   ※   

 

 

 

 

 その後、1分ほどで何とか安斎千代美が聞き出した情報は以下の通りだ。

 

 昨日の夕方過ぎから、アンツィオ高校の学園艦は全体が停電状態であり、復旧のめどが立っていない。

 当然この時期に必須である暖房も利かず、水の浄化装置も作動していないため、水の確保もできない状態である。水道ガスも止まってしまった。

 原因究明に動いてはいるが、なにせアンツィオ高校である。何かあった時にすぐ対応できるほどの知識はない。

 電波塔もダウンしているため、外部に通信を取ることすらできなかった。

 学生みんなが携帯電話で外部に通話を試みたが、海上から連絡できる範囲には誰もいなかった。ほとんどの親戚、知り合いが東日本在住であることを考えると仕方のないことだろう。

 今朝、ペパロニが思い立って、学園で一番高い場所に上り、直線距離で一番近くにいるであろう安斎千代美に電話したところ、やっと繋がったということである。

 

 

『姐さんすみま(ザーーッ)!!本当は心配かけたくな(ザーーーーーーッ)う姐さんしか頼れる人が(ザーーーーーーーッ)』

 

「謝るな!!よく伝えてくれた、今学園艦はどこにいるんだ!?わかるかペパロニ!!!」

 

『今(ザーーーーーーーーッ)まもとの近(ザーーーーーーーーーーーーーーーーッ)姐さん、助(ザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……プツッ)

 

「おい!?ペパロニ、おい!!返事しろぉ!!!」

 

 

 だんだんと電波障害の音が長くなり、そして…ついには、通話が切れてしまった。

 何度か呼びかけたが、通話口から返ってくるのはツー、ツーという冷たい機械音だけであった。

 

 

「………そんな…」

 

 

 へたり、と力なく両手を下ろす安斎千代美。

 自分の大切な後輩たちが。

 自分の愛した学園艦が。

 今日という日に窮地に陥っているという事実に、目の前が真っ暗になるような感覚を覚えた。

 

 どうする。

 今、ペパロニから電話を受けた内容から想定すると、すでにかなりまずいことになっている。

 まず電気ガスが止まっている。これだけで、学園艦の上では致命的だ。暖房が使えない。

 数日もこのままで放置していれば、餓死には至らなくとも体温を確保する手段が乏しくなり、体調不良が多発するだろう。凍死の可能性は考えたくない。

 そして、それ以上にまずいのが…水道だ。水だ。

 

 学園艦はどの高校でも、水が生命線となる。基本的に海水を濾過して作ってはいるが、それ以外の補給手段がほぼない。

 なので、温泉などの飲食用ではない水は海水のまま使用するなどして、水の確保に十分な注意を払っている。

 それが、今のアンツィオには、ない。

 

 水がないのである。水道も電気も動いていないとなれば、蛇口をひねっても水は出ないだろうし、濾過する機械も当然動いてはいまい。

 特に料理に水を大量に使うアンツィオでは、非常用に確保している水などはない。少なくとも安斎千代美は聞いたことがない。

 毎日何気なく水道をひねれば出てくる水が、ある日突然一切使えなくなるなど、誰が想像しようか?

 

 ちなみに、どの学園艦も本土への定期連絡を行っている。こういった非常事態に備えてだ。

 ただし、アンツィオの本土への定期連絡は3日に一回。

 安斎千代美は把握していないが、定期連絡は昨日の午前中に本土に送られた。

 つまりはあと2日、アンツィオの異変に本土は気づくことができないのである。

 

 

「…………どう、」

 

 

 しよう、という言葉を漏らしそうになり、しかし弱気な発言を零しそうになった自分を叱責する安斎千代美。

 どうしよう、じゃない。

 どうにかするんだ。

 私がどうにかしないといけない。

 

 …でも、ならばどうする?

 すぐにでも西住にヘリでも飛ばしてもらって、アンツィオに乗り込むか?無駄だ。私一人が行ってどうにかなるものではない。

 というより、熊本の(恐らくだが)近くにいるという情報だけで、具体的にどのあたりに学園艦が漂流しているかもわかったものではない。

 しかし、しかしどうにかしなければ。

 ペパロニが繋いでくれたこの情報を、どうにかして…誰かに、伝えて…動いてもらうしか……

 

 

「安斎」

 

 

 思考がめまぐるしく負の方向へ進みかけていた安斎千代美の後ろから、声がかけられた。

 その声で、ようやく自分が西住の実家にいることを思い出し、振り返る。

 その表情がとてもひどい顔をしていることに、安斎千代美は気づいていなかった。

 

 

「西、住…」

 

「何があった?全部教えてくれ。そして私は何ができる?何でも言ってくれ」

 

 

 先ほどまで大声で話していたことをまた思い出す。

 当然障子一枚を隔てた向こうにいる西住まほにも、自分の怒鳴り声が聞こえていたことだろう。

 とても心配そうな様子で…しかし、その顔には強い芯を感じさせる表情で、西住まほがそこにいた。

 安斎千代美は西住まほのその表情に…安堵を覚えた。

 結果、自分では気づかずにこらえていたらしい涙が、ぼろぼろと安斎千代美の目から零れ落ちた。

 

 

「……西住ぃ…!」

 

「…安斎、大丈夫だ」

 

 

 西住まほは安斎千代美に歩み寄り、先ほどそうされたよりもより強く、ぎゅっと安斎千代美を抱きしめる。

 幼子を安心させるかのように、安斎千代美の頭を優しくなでる西住まほ。

 

 

「私たちにできることをしよう。私たちなら…できるはずだ」

 

「うん……うん…!!」

 

 

 西住まほの豊満な胸に顔をうずめ、何度も頷く安斎千代美。

 泣き止むまでには、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

「…まず、この事を国に伝えないと。すぐに救援…自衛隊を送ってもらうのが一番だと思う」

 

「そうだな…となると、そちらにつながりのある人に連絡を取る必要がある」

 

 

 安斎千代美から簡単に現状を伝えられ、西住まほもまた事の重大さを改めて知らされた。

 既に二人の頭からは受験の事は吹き飛んでいた。目の前に救いを求めるものがいるのだから、行動する。

 そしてお互い落ち着いてから、何をするべきかまず案を出す。

 最初に出た案はまず最初に踏むべき一手だったが、それでも続く疑問は出た。

 

 ……誰に連絡する?

 

 

「警察に電話すればいいのかな?でも、女子高生の言う事を信じてくれるかな…」

 

「安斎の懸念は尤もだな…それに、警察に伝えたところですぐに事が動くとは考えにくい。もっと直接的に国の上部に働きかけねば…」

 

「だよな…ああもう、くそっ!どうすればいいんだ!!」

 

「落ち着け安斎。…ここをどこだと思っている」

 

 

 安斎千代美の思考が空回り気味になっているところを、西住まほが冷静な判断で落ち着ける。

 ある意味では他人事という立場の西住まほのほうが、冷静に状況を見ることができ、そしてより適切な一手を打つことができた。

 

 

「まずお母様に連絡しよう。あの人なら文部省など国の上層機関との繋がりもあるし、発言力も強い」

 

「あっ、そうか!!しほさんに伝えればよかったのか!!」

 

 

 言われてああ!と思い至る安斎千代美。冷静でないということはとても怖い。大人に頼るという発想が出なかった。こんなに身近に権力者がいたではないか。

 今は誰かに頼ることにためらいを持つ段階ではない。頼ることすらできないアンツィオ高校のみんなを助けるためにも、こちらは下げられる頭、使える人脈はすべて使って事の対処に当たる必要がある。

 安斎千代美はそう考え、そして考えられるだけの思考を取り戻した。

 

 西住まほもまた、安斎千代美の強い想いに答えるため、出せる案はすべて出す。

 まずは母だ。西住しほは今日も戦車道のプロリーグ関係の打ち合わせで家を開けているが…電話には、出てくれるだろうか。

 自分のガラケーを取り出し、数少ない登録済みの連絡先の中から、母親の名前を見つけてCALLする。

 

 

『……………はい、西住しほです』

 

「まほです。お母様、火急の用件です」

 

『…何がありました?』

 

 

 数回のコール音の後、電話に応答した西住しほ。

 母が電話に出られない状況ではなかったことを、幸運だと西住まほは思った。

 

 

「今うちにいる安斎千代美の携帯に、アンツィオ高校の後輩から電話が入りました。現在アンツィオ高校は、昨日から学園艦全体の電気が止まり、完全に漂流状態にあります。至急の救援が必要です」

 

『安斎さんに?………まほ、それは本当ね?』

 

 

 ここで西住しほの聞く『本当』かどうか、という問いに、西住まほは若干の思考を働かせる。

 大人であり、また基本的に細かいことに気を配るお母様だ―――おそらく、こういう意味だろう。

『女子高生の言う、冗談とかそういうものではないのね?』と。

 

 確証は、ない。

 西住まほは実際に救援を求める電話を受けたわけではない。確証はなかった。

 それに、安斎千代美の後輩であるペパロニが嘘をつく理由はないが、嘘をついていない理由もなかった。

 事実確認が確定で取れたわけではない。

 そのことをどう伝えるか…。西住まほは、少しばかり逡巡した。

 

 

「……西住ぃ……」

 

 

 西住まほは、顔を声のしたほうに向ける。

 安斎千代美の、心から後輩を、学園艦を心配しているのが見て取れる表情がそこにはあった。

 西住まほは、それで事実確認としては十分だと感じた。

 確証は、今とれた。

 

 

「本当です、お母様」

 

 

 

『―――そう』

 

 

 西住しほは、電話口から返ってきた、実の娘の強い意志の籠った言葉に、嘘の色が一切ないことを確認し、委細承知した。一切を、承知した。

 

 

『わかりました。会議をすぐに中断して文科省と自衛隊に連絡するわ』

 

「っ…ありがとうございます!」

 

 

 西住しほから返ってきた希望の言葉に、西住まほは思わず電話だというのに頭を下げてしまう。

 その様子を見ていた安斎千代美もまた、こらえきれずに涙をぽろりと零した。

 

 

『ですが、まほ。ここからは私の想定という話になるけれども』

 

「は、はい。その…どういった…?」

 

『私はすぐに動くし、当然学園艦の救助に今から尽力する。それでも』

 

 

 西住まほは、母から続けて紡がれる言葉に、まだ安心するのは早かったことを痛感する。

 

 

『…大人の世界は複雑なの。事実確認がどうである、などといったくだらない理由で初動が遅れる可能性は高いでしょう。恐らく、実際に救助艦がアンツィオに到着するまでには、早くて6時間、遅ければ…1日はかかるかも』

 

「…そん、なに」

 

 

 早くて6時間。遅くて1日。

 母の冷静な判断のもと宣告されたその数字に、西住まほは呆然とした

 しかし、続いた言葉は。

 西住まほが生まれて初めて聞いた、母親からの激励の言葉であった

 

 

『だから、まほ。よく聞きなさい』

 

「…は、はい。なんでしょうか」

 

『貴女も動きなさい。私に連絡する以外にもやれることはあるはず。例えば…黒森峰の学園艦に連絡する。学園艦の速度なら、自衛隊よりも早く救助に向かえる可能性がある』

 

「………それは」

 

『友人の為に、人命救助のために動くのもまた戦車道。それを忘れるような娘を育てた覚えはありません』

 

「…!!」

 

 

 その一言は。

 自分が大洗の冷泉麻子を助けた時にも言った言葉であり。

 そして、西住みほの…『あの試合』の時の行動を、肯定するものでもあった。

 

 

『……返事は?』

 

「…はい!西住流に後退の文字はありません」

 

『結構。では、今わかる範囲で詳しい状況を教えなさい。すぐに動きます』

 

 

 その後、現状をできる限り伝え、西住親子の通話は終わった。

 これで自衛隊らへの…国の上層部へのアプローチは大丈夫だろう。

 母親との関係がある程度修復出来ていて本当によかった。西住まほは、少し胸が温かくなるのを感じた。

 

 

 しかし、まだ事は終わらない。

 母に言われたように、自分にはまだやれることがある。やるべきことがある。

 

 

「西住!その、しほさんは…どうだった?」

 

「大丈夫だ、すぐに動いてくれる。自衛隊と文部省にかけあってくれるそうだ」

 

「本当か!!よかった、本当によかった…!!」

 

 

 心配そうにする安斎千代美に、西住まほはまず作戦の第一段階が成功したことを報告した。

 涙を零しながら、胸に手を当てて安堵する安斎千代美に…しかし。心を鬼にして、西住まほは言葉を紡ぐ。

 

 

「まだだ、安斎。お母様が言うには、どんなに早く事が進んでも自衛隊の救助は1日はかかるかもということだった」

 

「え、1日も!?そんなにかかったら、みんなが…!」

 

「そうだ、だから私とお前でここからはやる。まだ終わってない…やれることがある」

 

「やれること?それって…」

 

「…私は黒森峰に連絡し、学園艦を動かす。安斎、お前もアンツィオ以外の学園艦に連絡し、救援を求めるんだ」

 

 

 続けざまにガラケーを操作し、次の連絡先を探す西住まほ。

 その言葉にハッとした安斎千代美は、自分も慌ててスマホを取り出し操作しだす。

 

 

「もしかしたら、安斎の後輩が電話を受けられるように待っているかもしれない…安斎は定期的に後輩にも連絡しろ」

 

「あ、ああ…わかった!まずペパロニとカルパッチョに試してみて、ダメだったら…他の学園艦に、だな!」

 

「そうだ。…あと、電話を掛ける相手は選ぼう。学園の事務部に直接電話するのはまずい、悪戯と取られる可能性もなくはない」

 

 

 ぴ、ぴ、と慣れない手つきで、西住まほは次に電話をかける連絡先を見つけた。

 登録名は『逸見エリカ』となっている、その電話番号。コールボタンを躊躇いなく押す。

 今はエリカは授業中だろうか?だが知るか。黒森峰を率いる次期隊長ならば、私の意のままに動いて見せろ。

 

 

「私はエリカに連絡を取る…戦車道を修める生徒が一番学園艦で権力を持つからな。プラウダやサンダース、グロリアーナもその傾向が強い」

 

「なるほど…それじゃ、まずは長崎県が母港のサンダースだな!ケイさんに電話してみる!でもその前にペパロニとカルパッチョに…」

 

 

 自分のやれること、やるべきことを示された安斎千代美は、先ほどの消沈していた雰囲気は消え去り、目標に向けて全力で突き進むいつもの調子を取り戻していた。

 こういう所が安斎のいいところだな、と横目にその様子を見ていた西住まほは思った。

 耳に当てたガラケーからは少し長いコール音の後、聞きなれた声が返ってきたのであった。

 

 

『はい、逸見です。こんな時間にどうされました、隊長?』

 

「元、だ。それとしてエリカ、至急動いてもらいたいことがある。今から言う内容は冗談ではない、よく聞いてくれ――」

 

 

 

 

※    ※    ※

 

 

 

 

 

 時間は少し遡る。

 

 黒森峰の戦車道隊長室。

 そこに、逸見エリカはコーヒーを飲みながら、応接用のソファに座っていた。

 今日は来訪する客人がいたため、その対応に当たっていたのである。

 もっともその客人はエリカにとって大変親しい仲であり、肩ひじ張らずに接することができるため、気苦労などは特になく楽しい時間を過ごせていた。

 

 

「…というか、あんたまだそのガラケー使ってたのね…。お姉さんとお揃いとはいえ、そろそろ買い替えたら?なんなら今度一緒に見に行く?」

 

「えへへ、愛着もちょっと湧いちゃって…でも確かに最近は充電が切れるの早いかも。よかったらお願いしていいかな?」

 

「いいわよ別に。私としては無理やり操作方法を覚えさせられたそのガラケー、正直見たくもないってのあるし。メールを打つたびに毎回顔文字の出し方聞かれる私の気持ち、わかる?」

 

「はは…お姉ちゃん、ケータイの操作苦手だからね…」

 

 

 重要な話は先ほど済ませたので、今は他愛のない話に花を咲かせている状態である。

 他の高校の生徒ではあるが、とある事情により昔に色々あって、今ではこうして楽しく話せる同級生の友人と過ごせる時間は、逸見エリカにとってかけがえのない時間でもあった。

 もちろん、戦車道ではライバルであり目標でもあるため、今年の戦車道大会では絶対に負けまい、という克己心も持ち合わせているが。

 

 そしてそんな逸見エリカの幸せな時間を破壊する瞬間がやってきた。

 デッテレーデレーテッテレッテー、とドイツ国家である『我が栄光』の着信音がエリカのポケットから流れ出す。決して某18禁ゲームのエロシーンの挿入曲ではない。

 

 

「あら、電話だわ…ちょっと悪いわね」

 

「うん、大丈夫」

 

 

 逸見エリカは客人に詫びを入れてから自分のスマホを取り出して、誰が電話をかけてきたのか確認した。

 そこに表示されていた名前は、

 

 

「あれ、隊長?こんな時間に…?明日は試験だと聞いたけど…」

 

「え、お姉ちゃん?」

 

 

 黒森峰の元戦車道隊長、西住まほだった。

 意外な人物から意外な時間にかかってきたなと思いつつ、電話に出る。

 

 

 

「はい、逸見です。こんな時間にどうされました、隊長?」

 

『元、だ。それとしてエリカ、至急動いてもらいたいことがある。今から言う内容は冗談ではない、よく聞いてくれ――』

 

 

 簡単に挨拶をしたら、少し早口で捲し立てられ、逸見エリカは少々の驚きを感じた。

 相手の声の主、西住まほがここまで切迫した様子で喋るのを、逸見エリカは見たことがなかった。

 それはすなわち、相当な事情があるということで。

 事の大きさを素早く察した逸見エリカは、戦車に乗るときのように鋭く凛々しい目つきになり、続きを促した。

 

 

「わかりました。どういったご用件でしょうか」

 

『簡潔に言う。現在アンツィオ高校の学園艦が熊本県北部海上で漂流中だ。昨日から艦全体の電気が止まっている。至急救援に向かうよう、学園艦に働きかけてくれ』

 

「…………っ、了解です!!詳しい説明をお願いします!」

 

 

 逸見エリカは、西住まほから告げられた言葉の内容に、はじめは戸惑いを覚えた。

 なんだ?どういう冗談だ?と一瞬考えて――西住まほが冗談を言わない人間であることを改めて思い出す。

 つまりは事実なのだ。事態は切迫していることを悟り、ソファから立ち上がる。

 

 しかし、ここで逸見エリカは、スマホを耳から離した。

 あれ?どうしたの?と首を捻る目の前の客人…電話の相手の妹である西住みほにも聞こえるように、スマホを操作してスピーカーモードにする。

 スマホの操作に精通している逸見エリカだからこそのファインプレイであった。この情報は…西住みほにも伝えるべきだと。

 逸見エリカはそう判断した。

 

 

『ああ。今うちに泊まっている安斎の携帯にアンツィオの後輩から電話があって事態が発覚した。昨日から電気が止まり、復旧のめどが立たないらしい。熊本近辺にいる安斎だからこそ電話がつながったのだろう。どこに漂流しているか詳しい場所はわからないからソナーでもなんでも使って探すように言ってくれ。私も駆けつけたいがヘリに乗って学園艦に戻る時間が惜しい。お母様には連絡して自衛隊には働きかけてもらうよう伝えている。エリカ、お前にすべて託す―――』

 

「……お姉ちゃん、それ本当!?」

 

『っ、みほか!?なぜそこにいる!?』

 

「隊長、みほは戦車道3年生壮行会のエキシビジョン試合の打ち合わせで今日たまたま黒森峰に来艦していたんです。…この事を、伝えておこうと思いまして」

 

 

 そばになぜ妹がいるのか!?と西住まほはかなり驚いたが、逸見エリカの続く言葉にああ、と納得を覚えた。

 確かに壮行会の試合については、各学園艦の二年生が中心として動いている。エリカに一任している部分であった。

 エリカも壮行会の開催にあたり、みほの支援を自ら進んで精力的に動いていたようだから、不思議な組み合わせでもないだろう。

 

 そして、なるほど。

 自分の副官はやはり、頭の回転は早いらしい。

 西住まほは、どうやったのかは知らないが自分の電話を妹と共有した逸見エリカに対し、感激すら覚えた。

 これで脳内で描いていた図が、完成する。

 

 

『そうか、いい判断だエリカ。みほ、聞こえているな?事の重大さはわかるな?』

 

「うん、大丈夫だよお姉ちゃん。私はどうすればいい?」

 

『すぐに大洗の角谷にこの事を伝えてくれ。その上でエリカと同じように学園艦を動かすよう打診するんだ。大洗の学園艦は今どこにいる?』

 

「今は…確か日本海側にいるから熊本からそう離れてないよ!」

 

「隊長、黒森峰も寄港予定があったので熊本の近くです。このまま捜索に向かえます」

 

『幸運だ。エリカ、みほ、お前たちはそこでお互い情報のやり取りをしてまずアンツィオ学園艦の捜索、発見したら物資の支援を早急に。自衛隊にも連絡するんだ。学園艦の名前で連絡すればより速く動いてくれる』

 

 

 

 一隻では漂流した船の発見は難しくても、二隻なら。連携が取れれば、発見率は格段に上がるはずだ。

 西住まほは、黒森峰にたまたま来艦していた妹に感謝した。

 この二人ならば。きっと、なんとかしてくれるだろう。

 

 

『事態は一刻を争う。人命がかかっている。戦車道のように…全速で行動しろ!!』

 

「「了解!!」」

 

 

 

 

 

※  ※   ※ 

 

 

 

 

―――ん、西住ちゃーん?どったのー、黒森峰でなんかあったのかい?向こうの隊長と喧嘩でもしたー?

…ごめん西住ちゃん、落ち着いてもう一回、詳しく。

……うん………うん、そっか。わかった、すぐ動くよ。

んー?気にすんなってー、河嶋はともかく、私や小山は推薦でもう合格してるしねー。あーもちろん河嶋も動かすよー?生徒会だもん当然じゃん!

ああ、わかってる。安心しなよ、チョビ子のためにも私も頑張らないとね。こっちは任せて。

 

―――かぁーしまー、すぐ黒森峰とオープン回線開いてー。ん、試験勉強ー?諦めろー。割とマジにな。

こーやまー、船舶課に至急連絡。針路を熊本県北部海域に向けろー。全速前進だ。

そんでもって全校放送準備。……マジな話なんだ。急げー!

 

 

 

 

 

―――ハァイ、アンチョビ!どうしたの急に!明日の試験は大丈夫そう?

…え?なにそれイタリアンジョーク?アーハー?……ごめん、嘘嘘、泣かないで。

というか…ヤバいわねそれ!オーライ!任されたわ!すぐに私も動くわ!

と言っても、学園艦はちょっとすぐにはそのあたりには行けない距離なのよね…あぁ、ノー、そんな声出さないで!

忘れたのアンチョビ?私の高校はサンダース『大学付属』よ?

ええ、佐世保に大学がある。…すぐに連絡して捜索船を出させてもらうわ。私から言えば動いてくれるでしょう。

……いいのよ、そんなの。貴女は友達だもの、友達が困ってるときに力になれないくらいなら、大学試験なんてホーリーシット、糞食らえ。

それに、明日までに決着着ければいいんでしょ?さっきまほも動いてるってあなた言ってたし、余裕なんじゃない?

私たち戦車道の隊長が力を合わせたら、どんなミラクルが起きるのか。世間に知らしめてやるわ!

うん、そっちも頑張って。伝えてくれてありがとうアンチョビ。嬉しかったわ。それじゃ、バァイ!

 

―――あ、先輩。今大丈夫です?ああ、大学試験の準備で授業が休み?なによりです。

至急動いてほしいことがありまして…ああいや、それを聞いてくれても大学進路は変えませんよ?…というか、そんな冗長な話ではなく。

はい、緊急です。先ほど、私の親友から入った確かな情報なんですが―――

 

 

 

 

 

―――あら、珍しいわね、どうされたのかしら。西住まほさんはお元気?

…だって、あなたたち最近はいつも一緒にいるじゃない。てっきり今日なんかも一緒にお泊りされているのかと…

ごめんなさい、からかいすぎたわね。こんな格言を知ってる?「ジョークは人の心を和ませ――…………何が、あったのかしら?

……そう、ええ、なるほど。そんな事態に…わかりました。わたくしもすぐ動きます。妙なことを言ってごめんなさいね。

とはいえ、学園艦は今はちょっと熊本には遠いですわね…いえ、そうではありません。「人はあらゆる状況において、打てない手はない」…という格言を知ってる?

私たち聖グロリアーナのOGは、政界に大変顔が利く方が多いの。そちらの方々にお願いして、この情報を政界に流してもらいましょう。

先ほどの話ですと、西住流家元からも話は上がっているのでしょう?自衛隊が動く時間を大幅に短縮できると思いますわ。

…ふふ、お気になさらないで。持ちつ持たれつ、ですもの。わたくしに何かあった時は、貴女も助けてくださるでしょう?

こんな格言を知ってる?「友の窮地に救いの手を伸ばさないものは、それは知性の持たぬ獣だ」…わたくし共が獣でないこと、証明して差し上げましょう。

大学試験にまでこの事件が響いたら、大学であなたと戦車道で戦う楽しみがなくなってしまいますもの。

無事にすべての人が平和な明日を迎えられるよう、尽力いたします。それでは。

 

―――オレンジペコ、最高級の紅茶を準備しなさい。

私は少し、お茶会に向かいます。…いえ、戻りは本日中になりますわ。そのように、させます。

 

 

 

 

 

―――あらマホーシャ、珍しいじゃないの!元気?私は元気よ!ノンナも!

…は?緊急の用件?なによ、貴女がそんなにまくしたてるの珍しいじゃない。……詳しく聞くわ。

うん、うん……かなりヤバいわね。この時期の日本海は極寒よ。シベリアほどではないけど、時間との勝負になるわ。

わかったわ、私も学園艦に指示して動いてもらうようにするわ!…なによ、マホーシャがお礼を言うなんて!似合わないったらありゃしないんだから!

今は青森に受験関係もあって停泊してるけど、すぐに動けると思うわ。なんならジェット機でも飛ばして上空から探し出してやるわ!カチューシャに不可能はないわよ!

うん、大丈夫、わかってる。プラウダは食料とか水の支援はあんまりできないけど、機械系に強いから修理のための人員を手配しておくわ!

意外とそういう大きな事故って原因は些細なことも多いし、修理に何日もかかるものじゃないと思うけど。まぁまずはアンツィオを見つけてからね!

アンチョビは?近くにいる?そう、ちょっと耳から携帯を話しなさいマホーシャ。いいわね? すぅーーーーーーー

アンチョビー!!!私たちもすぐに応援に行くから、安心しなさいよーーーー!!!!

…うん、これでいいわね!え?耳がキーンとする?離さなかったの?ドジね、マホーシャったら!

ええ、任せなさい。このカチューシャ様が動いて、解決しない事件なんてないんだから!それじゃあね、ピッロシキ~!

 

―――ノンナ、聞いていたわね。

ええ、すぐに動くわ。まず全校放送で機械系に強い二年生以下を招集。遅れた者はシベリア送りよ。

それから他の学園艦と通信を取って。日本の全部の学園艦で動くわよ!社会主義的にね!!

 

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

『…この時間は、臨時でニュースをお伝えします。

 

 本日午前11時、熊本県北部海域にてサンダース大学の捜索艦が発見した、全艦が停電した状態で発見されたアンツィオ高校学園艦についての続報です。

 

 黒森峰女学園、および県立大洗女子学園の学園艦にて支援が続けられていましたが、その後午後0時30分に、プラウダ高校学園艦より派遣された船舶工学科の生徒たちによる修理が始まりました。

 

 同日午後2時には自衛隊からの救援隊も合流。この自衛隊の迅速な動きに対し、文科省は以下のようにコメントしています。

 

『各学園艦、および戦車道連盟からの連絡を受け、その後の政界の迅速な対応により、早急に救援隊の出動が出来たことを心より感謝いたします――』

 

 また、先ほど入りました情報として、午後5時には学園艦の修理も完了し、現在はアンツィオ高校の学園艦の機能はほぼ復旧しているとの情報が入っております。

 

 では現場での中継に移ります。現場の田中さん、状況をお願いします。』

 

 

 

『ハイ!現場の田中です!こちらアンツィオ高校の学園艦、グラウンドに来ています。

 

 現在は電気、水道、ガスなどのライフラインも復旧し、街灯の光が学園艦を照らしています。

 

 発見当初は水不足などにより生徒達の疲労が見えましたが、現在はグラウンドで元気に炊き出しを行えるほどとなっております。

 

 なお、この事件による学園艦内の死者、重傷者などは無く、何名かが熱をだし体調不良で他の学園艦の病院に運ばれましたが、命に別状はないとのことです。』

 

 

 

『ありがとうございます。―――続けて情報が入ってきました。

 

 この事件の影響が懸念された、翌日の国公立大学の二次試験ですが、通常通り行うとの発表が文科省より出されました。

 

 しかし、続く文面に、『なお、アンツィオ高校およびそちらの救助にかかわった学生に関しては、理由書の提出により二次試験を後日に受験することを可能とする』という記載がございます。

 

 詳しい情報は文科省HP等で発表するとのことです。

 

 また新しい情報が入り次第、詳しい内容をお届けします。では続いては次のニュース―――――』

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 ――――安斎千代美は、眠れなかった。

 午前中に後輩から受け取った一本の電話。涙声で、電波障害によって飛び飛びだったあの声が、まだ耳の奥に残っているような感じがした。

 

 …すべてはよい方向に向かった。

 私と西住まほの早急な連絡により、各学園艦が動いてくれた。しほさんも、自衛隊や国に呼びかけてくれた。

 サンダースの捜索艦によって、ペパロニから電話を受け取った1時間後に、アンツィオ高校が漂流しているのが見つかった。

 その30分後、大洗と黒森峰の学園艦が到着して。物資の支援を行い、体調不良の生徒はそれぞれの学園艦の病院に運ばれた。

 さらに1時間後、プラウダから来てくれた修理班によって電力も復旧した。

 グロリアーナも、政界に働きかけてくれた結果、自衛隊の出動も素晴らしく早く、支援は万全の態勢にて行われた。

 その後の事は、国がやるだろう。今後は学園艦からの本土への定期連絡を毎日行うとかそういう対応がとられるかもしれない。

 

 …だが、とにかく助けられたのだ。

 午後5時になりアンツィオの電力が復旧したとたんに、ペパロニから電話が来た。

 

 

『姐さん!!本当にありがとうございましたっ!!姐さんが助けてくれたんスよね!?』

 

『明日は試験なのに、こんなことに巻き込んじまって…本当にふがいないっス…』

 

『でも、応援してますからね!西住の姐さんも一緒に、頑張ってきてくださいね!』

 

 

 電話を受けて、また泣いてしまった。

 どうも、今日は感情が高ぶってしまっているようだ。

 いつも通り10時に布団に入ったのに、目がばっちりさえてしまって眠れない。

 

 

「…………」

 

 

 やれることはやった。

 その結果、アンツィオは助かった。

 なのに……………まだ、震えが止まらない。

 

 

(……なんでだ…?)

 

 

 これではよくない。

 一次試験の夜も西住のメールのせいですぐには眠れなかったが、それでも西住の事を考えているうちにまどろみの中に堕ちることができた。

 でも、今夜は全然だめだ。眠れない。

 

 すぐ隣に、同じく横になっている西住まほに、安斎千代美は顔を向けた。

 端正な顔立ちの横顔は、深く瞳を閉じている。眠っているのだろうか、と安斎千代美が思案していると、

 

 

「…………眠れないのか?」

 

「…わぁ!?…おまっ、え、なんで…?」

 

 

 西住まほがゆっくりと目を開け、言葉をかけた。

 安斎千代美は、起きていたのか、という驚きと…重ねて、別の意味を載せて言葉を返す。

 

『なんで、私が眠れないことが分かったんだ?』と。

 

 そしてその意図も綺麗にくみ取った西住まほは、首だけ横に向けて、安斎千代美を見て、返事を送った。

 

 

「わかるさ。お前の眠っているときの呼吸は、特徴的だからな」

 

「…あれ、もしかして私、イビキかいてたか…?」

 

「違うよ。そうだな…なんていうか、静かで綺麗な呼吸の音とでも表現しようか。聞いているだけでこちらも眠くなるような、な」

 

 

 寝息を綺麗、と表現されて、暗闇の中で安斎千代美は赤面した。

 くす、と笑みをこぼす西住まほ。

 そして、布団からそっと手を出して、隣の布団の安斎千代美の手を握る。

 

 

「…今日は色々あったからな。無事に済んで、本当に何よりだったが…気が高ぶるのも、仕方ない」

 

「う…西住も、眠れないのか?」

 

「そうだ、な…お前の寝息を聞きながら寝ようと思っていたんだが、いつまで経っても聞こえないものだから、少し困っていた」

 

 

 またしても赤面させるようなことを、柔らかい笑顔でこちらを見据えて言う。

 安斎千代美は、コイツ私を眠らせる気がないんじゃないか、と少しおかしい気持ちになった。

 …だが、それでも心の奥の不安は消えない。

 思わず、ぎゅ、と強く西住まほの手を握り返してしまう。

 

 

「…なんだか、怖いんだ」

 

「……どんな?」

 

「…また私が眠っているうちに、アンツィオで…後輩たちが、ヤバい事態に陥っているんじゃないかって…そんな気がして…」

 

 

 西住まほの手を握ることで、安斎千代美は自分の中の妙な恐怖の理由を、理解できた。

 そうだ、怖いんだ。

 ……怖い。こわい。コワイ。

 ペパロニから、カルパッチョから、またあんな声で電話がかかってくるんじゃないかって。

 そう思うと、眠ることができない。

 怖かった。いずれは解ける恐怖とはわかっていても、本日受けたあの声の恐怖は、すぐに拭う事は安斎千代美にはできなかった。

 

 

「…そうか…」

 

「………」

 

 

 西住まほは、自分の友人が抱えるそんな恐怖を、言外の部分まで十分に理解した。

 そのうえで、自分に何かできることはないかを考えて。

 一つ思い当たったので、すぐに行動することにした。

 

 

「安斎、少しお邪魔するぞ」

 

「え、西住……えぇえええ!?ちょっ、おまっ」

 

 

 自分の布団を這い出て、そのまま安斎千代美の布団に潜り込む西住まほ。

 目を見開いてびっくりしている安斎千代美にゼロ距離になるまで近づき、そして。

 ぽす、と。自分の胸に抱え込むように、安斎千代美をかき抱いた。

 

 …西住の心臓の鼓動が聞こえる。

 安斎千代美は、普段ならば絶対に赤面の上脱出するであろう現在の状況に、しかし。

 とくん、とくんという一定のリズムを耳にすることで。

 西住まほの、体温を直に感じることで。

 自分の恐怖がだんだんと薄らぎ…安心が、胸の内から生まれるのを感じた。

 

 

「……すまん、私はあまり口が上手じゃないから、言葉ではあんまり安斎を安心させられない、と思って」

 

「………西住……」

 

「…嫌だったら、言ってくれ」

 

「……ううん、嫌じゃない…このままで…」

 

 

 西住の体温を感じる。

 安斎の匂いを感じる。

 西住の心臓の音が聞こえる。

 安斎の心臓の音が聞こえる。

 西住を、感じる。

 安斎を、感じる。

 

 

 ゆっくりと、お互いの恐怖を溶かしあい。

 母に抱かれる赤ん坊のように、安心をお互いの熱から生み出す。

 安斎千代美は、少しずつ自分の内から生まれる安心という名の睡魔に、身をゆだねることにした。

 

 

「安斎…みんなが、アンツィオのために、お前のために頑張ってくれたんだ。それは全部、お前に人徳があるからだ」

 

「…うん…」

 

「安斎だから、みんながあんなにも一生懸命に助けてくれた。誇っていいことだと思う」

 

「………うん……」

 

「みんな、お前が好きだから……」

 

「……………うん……」

 

「……だから―――」

 

「……………………すぅ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――――――――誰にも、渡したくない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 西住まほの最後の言葉は、眠りの世界に落ちていた安斎千代美の耳には届かなかった。

 

 

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