【完結】西住安斎大学受験物語   作:そとみち

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西住安斎大学受験物語 8

 

 

 3月初頭。本日は、全国の高校三年生の人生の運命が決まる日。

 具体的には、大学入学試験合格発表の日である。

 

 安斎千代美は西住まほと共に、自分が進学を希望し、ともに受験した大学の構内にいた。

 理由はもちろん、合格発表を見る為である。

 

 朝の10時に合格発表の掲示板が張り出される。

 現在時刻は9時45分。

 9時に大学についてから、1分ごとに時計を見ている気がする、と安斎千代美は自身の行動を振り返った。

 

 

「うー……落ち着かない……」

 

「無理に落ち着けとは言わないが…二次試験は自信があったのだろう?きっと大丈夫だ、安斎」

 

 

 隣に立つ友の肩に手を置いて、柔らかい言葉を投げかける西住まほ。

 西住まほもだが、安斎千代美は例の事件があった翌日の大学二次試験、普段以上の実力を発揮することができた。

 恐らくは知人に迷惑をかけた(と知人たちは感じていないだろうが)せいもあり、ここで自分が事件のせいで二次試験の調子が悪くなった、と周囲には感じさせたくなかったのだろう。

 安斎千代美は、二次試験を終えた後、満面の笑みで西住まほにVサインを返せる程度に、答案には自信があった。

 

 お互いほぼ完璧とも言える一次試験、二次試験だったのだ。

 これで合格していない理由はない。

 私たちは桜咲く。

 

 

「それでもさー…それでもさー!」

 

「私は絶対に信じているぞ。お前の番号と私の番号が、あと10分で張り出される紙に書かれていることを」

 

「う…私だって信じてるけどー!胸のどきどきは止まらないんだよー!ああ早く発表されてくれ…!」

 

 

 うー、あー、とせわしなげに時計を見たり、西住まほの横顔を見たり、空を見上げたりする安斎千代美の様子を見て、西住まほは少しおかしく感じてしまう。

 そんなに心配するほどの出来でもなかっただろうに。

 戦車道をやるときみたいに、自信あふれる笑顔を見せてくれればいいのに。

 

 西住まほは、落ち着かない様子の安斎千代美に感化されたか、手の中に握っていた受験票を改めて確認した。

 自分の受験番号、743番。

 安斎千代美の番号は2423番だ。

 

 この二つが、合格発表の紙に書かれていないはずがない。

 心からそう信じられる程度には、私は努力してきた。

 安斎千代美は、努力してくれた。

 人事は尽くした。あとは天命を待つ。

 

 

「あと一分…!今までの人生でこれほど長く感じた一分があろうか…いやない…」

 

 

 まるで知波単学園の隊長のような口調で反語を使う安斎千代美。

 目の前の掲示板の下では、発表までの目隠しのため覆い隠されたビニールを今にもはがそうとする用務員の姿がある。

 あと30秒。それで自分と安斎千代美の大学生活が決まる。人生が決まる。

 西住まほも、自身の緊張を溶かすため、ふぅー、と小さく深呼吸をした。

 

 

 そして、その時は来た。

 ビニールがはがされ、合格番号が衆目にさらされる。

 

 

「……!」

 

「……!」

 

 

 安斎千代美は、まず743番を探した。

 西住まほは、まず2423番を探した。

 

 

(……あった!)

 

(……あった!!)

 

 

 お互いがお互いの合格番号があったことを確認し、小さく握りこぶしを作った。

 そしてその数秒後。お互いが自身の合格番号を確認できた瞬間――――

 

 

「……ぃやったぁああああああああああああああ!!!!!西住ぃぃ!!!Evvvviiiiiiva!!!二人とも合格だーーーーー!!!ビバ!!ヴィーーーヴァ!!!ひゃっほーーーー!!!!」

 

「よしっ!…っと、こら、安斎!!抱き着くなっ、周りが見てるだろう!!……まったく…」

 

 

 安斎千代美は感極まり、西住まほに飛びついてドゥーチェホールドを食らわせて、さめざめと感動の涙を零した。

 西住まほはそれに少し驚きつつも…じんわりと、合格の喜びが胸中から染み出してきて。

 安斎千代美の頭を優しくなでながらも、つう、と自分の頬を涙が一筋流れるのを自覚した。

 

 

 二人は、成し遂げたのである。

 交わした約束の、一つを。

 

 

 

 

※     ※     ※

 

 

 

 

 

「…だがな安斎。流石にいきなりはどうだったかと思う…」

 

「……………返す言葉もありましぇん…」

 

 

 その後、大学構内で入学案内の書類を受け取った二人は、大学の近くのカフェで軽い昼食を取っていた。

 夜は西住まほの実家で合格祝いのパーティを開いてくれるとのことで、昼食は軽く入れておこうというものだった。

 安斎千代美はパスタを、西住まほは小ライスのカレーをそれぞれ食べながら、先ほどの合格発表を思い出す。

 

 

「いや、別に悪いとは言わない…変な意味ではなく、嬉しかった…違うな、そうじゃなくて。時と場所と行為の問題でな…」

 

「はい…ドゥーチェ反省してます…。何だろう、私もテンションおかしかった…」

 

 

 カレーのスプーンで安斎千代美を指さしながら、カレーの辛さのためだけではない赤面を見せる西住まほ。

 そして、食べているナポリタンの赤よりも顔を真っ赤にしながらうつむく安斎千代美がいた。

 

 

「イタリア風の学校で過ごしたんだからボディランゲージが熱烈なのは安斎のいいところだと思う。だが」

 

「もうそれ以上言わないでくれ西住ぃぃぃ…恥ずかしくて消えちゃいそうなんだ…うわぁぁ」

 

 

 ああー、と顔を手で隠しながら天井を仰ぎ見る安斎千代美。

 そんな友人の様子を見て、ため息をつく西住まほ。

 さっきから正直なところ、好物のカレーの味がわからない。このカフェには大学に入ったら味の吟味のためにもう一度くる必要があるだろう。

 …原因は、先ほどの合格発表の一幕である。

 

 

 感極まり西住まほに抱き着いた安斎千代美は、涙まみれで西住まほの頬にほおずりを繰り返した後…思わず、唇に熱烈なヴェーゼを送ってしまったのである。

 ヴェーゼ。フランス語である。イタリア語でバーチョ、ドイツ語でクス、日本語で接吻。英語でキスだ。つまりはちゅーだ。

 

 それを受けた西住まほは戦慄し、棒立ちのまま10秒硬直した。

 自分のしでかしたことに気づいた安斎千代美もまた、唇を離してから10秒硬直した。

 合格の嬉しさも吹っ飛ぶほどの強烈な体験により、二人の脳、海馬には永遠にこの記憶が刻まれてしまったことだろう。

 

 

「…まぁいいさ。合格したのは間違えようのない事実だし、もう私も蒸し返さない。………嬉しかったし…」

 

 

 ぼそり、と最後のほうはつぶやくように零した西住まほ。

 そのつぶやきは安斎千代美の耳には入らなかったらしく、

 

 

「本当にすまない…忘れてくれると嬉しいぞ、私も必死こいて忘れる、うん。ファーストキスをお前で消費したとは考えたくない…」

 

 

 と返し、顔を手でもみもみして熱を覚ました後、パスタを摂取する作業に戻った。

 西住まほもつられてカレーを食べる手を再開させる。

 しばらくそうしてお互いの好物を食べていれば、ぎくしゃくしかけた雰囲気は直り、いつも通りのお互いがいることに安心を覚えられる空間が広がる。

 

 ―――しかし、西住まほの耳には、安斎千代美の最後の一言が残った。

 

 

「……………」

 

 

 しばらくカレーを食べた後、つ、と指先を自分の唇に触れさせ、ふと思案顔になる西住まほ。

 それに気づいた安斎千代美は、

 

 

「ん、どうした?ここのカレー、微妙なのか?」

 

 

 食べたカレーがおいしくなかったのかな?と首をかしげる。

 西住まほはカレーにはうるさい。

 安斎千代美は、前に好みの食べ物の話になった時に、カレーのルーの違いやスパイスなどなど20分くらい語り続けた友人の姿を思い出した。

 その大変にずれた安斎千代美の問いに対し、西住まほはふるふると首を横に振り、言葉を貸す。

 

 

「…甘いんだ」

 

「甘口かー。まー女子大生とかも使いそうなおしゃれな雰囲気の店だし、あんまり辛口にできないのかもなー」

 

「…そうだな、甘い。すごくな」

 

 

 西住まほは、甘みの理由…自分のファーストキスを奪ったファーストキスについて、これ以上思考を巡らせることは危険だと判断し。

 今度こそ、カレーに集中することにした。

 相変わらず、カレーの味はよくわからなかったが。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

 そのころ、ちょうど同時刻。大洗学園艦の、生徒会室にて。

 

 

「エリカさん、壮行試合の案内の文面…これで大丈夫かな?」

 

 

 西住みほは、ライブチャットの画面の向こうにいる逸見エリカに話しかける。

 黒森峰の隊長室でメールで送られてきた試合の文面を読み返して、逸見エリカは返事をする。

 

 

「悪くないけど、開催場所が決定した経緯について一文入れておいたほうがいいんじゃない?なんでここで、って思う人もいるでしょうし」

 

「あ、そうだね…うん、じゃあちょっと直すね、えーっと…」

 

「私のほうで修正したのを送るからみほは座って待ってなさい!正直言うけどあなたタイピング遅すぎるわよ!?まったくもう…」

 

「あはは…ごめんね、あんまりパソコンとか得意じゃなくて…」

 

「知ってるから。えー…『今回の開催場所について、先日のアンツィオ事件では、皆様方にご尽力いただき誠に…』」 

 

 

 二人は今、各高校に通知する『戦車道三年生壮行試合』の開催通知の文面の最終チェックを行っていた。

 開催の日程は本日から一週間後に決定していたが、開催にあたり試合の場所をどこにするかで難航しており、最終案内が遅れたのである。

 

 戦車道の試合を行う上で、試合会場の決定は大変難航する。

 何せ戦車道の試合である。実弾を使う以上、周囲の建物や道路に与える損害はすさまじいものとなる。

 もちろんスポンサーや保険などの各種営利厚生は万全の体制としているが、それらを整えるためにも、開催させてもらう地方自治体からの強力なバックアップが必要であった。

 毎年定期的に開催されている戦車道大会後のエキシビジョンについては、優勝校の地元という決まりがあるうえ、他の戦車道を修める高校を有している地域は金銭的な支援をするという制度もあるため、すんなりと事は進んだのだが。

 

 ―――西住みほと逸見エリカが中心となり企画した、戦車道三年生壮行試合。

 試合の会場の候補となる地方自治体や学園艦はいくつかあったが、それらも少々の資金難などにより、満足いく戦場を借り受けることはできなかった。

 戦闘地域が狭かったり、建物がほとんどない山地で行う必要があるなど、戦車道の試合のフィールドとしては点睛を欠く部分が多かったのだ。

 妥協という選択肢を二人が考えていたところで……ある事件を境に、予想外の県から、壮行試合の戦場の借り受けをすることができたのである。

 

 

「『…件のことより、栃木県教育委員会並びに戦車道連盟栃木支部より、皆様へのお礼も兼ねて、壮行試合の試合会場を出資いただきました。お含み置きの上ご承知願います。―――』…と。こんな感じでいいんじゃない?」

 

「有難うエリカさん。…宇都宮ってどんなところなんだろうね。私、大洗しか行ったことないから楽しみだなぁ」

 

「熊本よりはビルがいっぱい建ってるんじゃないかしら。…関東平野だから地面も平らなのかもね」

 

 

 そう、海がなく、アンツィオ高校の地元でもある栃木県。

 これまで一回も戦車道の試合会場として立候補したことのないそこで、壮行試合が行われる運びとなった。

 

 経緯は逸見エリカの書いた文面の通り、先日のアンツィオ高校にまつわる騒動である。

 あの騒動で、アンツィオ高校の救出のため、各学園艦が尽力した。

 そちらの返礼として、栃木県教育委員会ならびに戦車道連盟栃木支部より、試合会場としての利用を是非に、という話が西住みほの元に来たのである。

 戦車道履修生達の活躍があったことが原因か、それとも栃木県もこの戦車道ブームに乗じ、県内の戦車道の評価を高めるために誘致してるのかは定かではないが。

 費用も安く済み、試合会場の広さ、立地も申し分ない。西住みほは逸見エリカと相談し、この話を受けることにしたのであった。

 

 

「はい、できたわよ。データ送り返すから、各高校にメールと郵便でそれぞれ送ってちょうだい。…メールの送り方はもう大丈夫よね?」

 

「うん、前にエリカさんに教えてもらったもん。それじゃ、これで事前の準備はあらかた終了だね」

 

 

 逸見エリカが完成した文面を西住みほに返し、それを印刷したものを西住みほより各学園艦戦車道隊長へ速達で通知する。

 同時にメールによる文書の送付も行い、これで案内にかかる最終通知が終了した。

 

 

 

 

 内容を簡単にまとめると、以下の通りとなる。

 

 

 試合日時 : 一週間後の土曜日、朝9時戦闘開始 集合8時

 試合会場 : 栃木県宇都宮市内全域

 開始位置 : 紅軍…宇都宮自衛隊駐屯地南部

        白軍…宇都宮自衛隊駐屯地北部

 試合形式 : フラッグ戦

 

 

 

 チーム分け

 

 紅軍

 ・黒森峰女学院    10輌

 ・プラウダ高校    11輌

 ・聖グロリアーナ    9輌

 

 白軍

 ・大洗高校       3輌

 ・アンツィオ高校    2輌

 ・サンダース大学付属 21輌

 ・知波単学園      4輌

 

 欠席

 継続高校・マジノ女学院・――――――――

 

 

 

 

 参加車輌 レギュレーション

 ・各学園とも、基本的に3年生の参加を推奨する

 ・3年生を含む車輛に1、2年生の乗員が混合する車輌の参加の是非は問わない

 ・各学園とも、2年生以下のみで構成された車輌は1輌までの参加を認める

 ・カール自走臼砲、マウスの使用については禁止とする

 ・以下、戦車道大会のレギュレーションに沿うものとする

 

 

 

「…めぼしい紅軍の参加車輌としては、西住隊長、私、カチューシャ、ノンナさん、KV-2のニーナ、ダージリンさん、ローズヒップ率いるクルセイダー部隊…といったところかしら」

 

「白軍だと…有名な人は、カメさんチーム、レオポンさんチーム、アンチョビさん、ペパロニさんとカルパッチョさん、ケイさん、ナオミさんとアリサさん、西さん…かな?もちろん、他の3年生の皆さんも強そうだけど…」

 

「…あんた、自分が抜けてるけどいいの?」

 

 

 

 紅軍VS白軍。

 3年生たちの最後の試合が、まもなく開催されようとしていた。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「……このチーム分け、絶対サンダースの参加台数が多いからだよな…!」

 

 

 安斎千代美は自室で、コピーを取った三年生壮行試合の最終通知に目を走らせていた。

 戦力差としては、正直なところ紅軍が有利なように見えなくもない。優勝校の大洗はともかくとして、他の学園は戦車道大会では2回戦以内で負けている学園だらけだ。

 とはいえ、サンダースの戦車が白軍に大量に含まれているため、戦車の性能だけで言えば互角ではあるが。

 

 

「…まぁいいさ。戦車道はノリと勢いと、それを生み出す戦略だ。……そんなことよりも…」

 

 

 安斎千代美は再度、チーム分けの票を見る。

 自分は白軍。

 「あいつ」は紅軍。

 それだけで、自分の中でふつふつと戦意の炎が大きくなり、無数の戦略の案が生まれてきた。

 

 そう。

 この試合で、私は初めて高校生活で「あいつ」と戦うことができる。

 お互いの学園を背負うそれではないが、それでも。

 

 中学時代に「あいつ」とした2つの約束のうち、2つめを。

 果たすことができる。

 

 

「……西住…!」

 

 

 西住まほ。

 高校生活の最後に親友と戦えるというその事実に、安斎千代美はかつて戦車道で味わったことのないレベルの高揚感を感じていた。

 

 そうと決まればじっとしてはいられない。

 あいつと戦うための戦略を練らなければ。

 幸いにして試合会場は栃木県宇都宮市。アンツィオ高校に在籍するものとして他の学園よりも地理の明るさに一日の長がある。

 自分が練った戦略ならば、他の学園の人も耳を傾けてくれるだろう。

 少しくらいは、戦略に口を出せると思うのだ。

 …少し、くらいは。

 

 

「……いや、わかってる。わかってるんだ…私が大隊長になれないことくらい」

 

 

 安斎千代美は、この紅白戦で自分が白軍の隊長にはなれないことを予想していた。

 そもそも自分には戦績がない。せいぜい戦車道大会で一回だけ、二回戦まで進んだ程度である。

 優勝経験のある大洗や、部隊の7割を占めるサンダースのほうが隊長としてふさわしいことは百も承知である。

 

 西住みほ…は、流石に3年の壮行試合だから隊長は勤めないかもしれないが、角谷杏が大洗にはいる。

 あいつは重要な場面においては、西住みほを凌駕するほどの頭の回転を見せることがある。

 それに、ケイさんだって堂々たるサンダースの元隊長だ。彼女が隊長を務めることにどこから不満が上がろうものか。

 

 …西住まほは、紅軍の隊長を務めるだろう。

 私はなれない。

 

 ―――それでも。

 

 

「私が打てる手を全力で練っておいて、損はないしな!!」

 

 

 安斎千代美は持ち前の明るさと、友情を重んじるやさしさで、そんな悩みを吹き飛ばす。

 そうさ、私が隊長になれないからなんなんだ。

 その分、中隊長でもなんでも頑張ればいいじゃないか。

 私が勝つために努力すれば、それは白軍の勝利に貢献することになる。

 隊長じゃなくていい。ただ、西住まほに一泡でも吹かせられれば、それでいいのだ。

 

 

「よし!それじゃあまずは地理の把握からだな!g○○gleアースで地形図を確認して…ああペパロニに宇都宮の事聞いておくのもいいな…こないだ初詣に行った時の地理を思い返して…黒森峰だけじゃなくて他の学園の戦車もおさらいして…懇意の段ボール製作所にまた発注して…」

 

 

 安斎千代美は、高校時代に西住まほと戦える最初で最後の試合に悔いを残さないために、できることを全力でやろうと奮起した。

 その翌日。ペパロニより、P40の修理完了の報告を受け、さらに戦意は燃え上がるのであった。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 試合当日、朝8時。

 南北に点在する自衛隊駐屯地のちょうど中心にある、宇都宮県立雀宮中央小学校のグラウンドにて、紅軍と白軍の試合前の挨拶が行われた。

 

 今回は三年生の壮行試合ということもあり、それぞれのチームの三年生が先頭列、二列目に二年生以下が並んでいた。

 定刻通りに、蝶野教官による号令が響く。

 

 

 「一同、礼っ!!」

 

 

「「「「「「「「よろしくお願いしますっ!!!」」」」」」」」

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 そしてその様子は、大型スクリーンに映像として観客達の目にも映っていた。

 観客用の会場として栃木県が準備したのは、宇都宮市から南東にある真岡市、広い公園と遊水地、1万人プールを有する井頭公園。

 ライブイベント等でも使用されるこの公園内は、本日は戦車道一色であり、出店や応援に来た人たちでにぎわっていた。

 

 

「ねーミカ、なんで壮行試合に参加申し込みしなかったの?」

 

「壮行試合は人生にとって本当に必要なものなのかな」

 

 

 大型スクリーンが見下ろせる開けた高台で、画面の中であいさつをする見知った顔たちを眺める3人の女子高生の姿があった。

 ミカ、アキ、ミッコ。継続高校で戦車道を修める、大洗騒動の時にも参加した3人組である。

 ミカはいつものようにカンテレを鳴らす。アキはその様子を呆れた感じで横目に見て、ミッコは出店のフランクフルトを頬張りながらスクリーンを眺めていた。

 

 

「前の時は一緒に戦ったじゃん!私たち1輌だけでもぜひ参加ください、って西住さんも言ってたのにー」

 

「実はね、私は留年したから今年で卒業じゃないんだ」

 

「えっ、ウソでしょ!?」

 

「そうだね、嘘だよ」

 

 

 ポローン、とカンテレを鳴らして飄々とした風のミカ。騙したー!と憤るアキ、その様子を眺めるミッコ。

 なんとも珍妙なバランスである3人だが、その中でもアキは、なぜこの試合にミカが参加しなかったのか、気になっていた。

 

 

「んもー、本当の事を教えてよー。ミカだって言ってたじゃん、戦車道には人生において大切なものが詰まってるって!」

 

「言ったさ。でも、それが私にとって本当に有意義な試合になるのか…大切なものがあるのか。それは、私が決めてもいいと思うんだ」

 

「……どういうこと?」

 

「………」

 

 

 ミカの発言の意図を図りかねて、アキが質問を重ねる。

 ミッコは、ミカの言葉とその様子を、ただじっと見つめていた。

 

 

「前回のエキシビジョンには、それがない。大洗騒動の時には、『それ』が『いた』。今回のエキシビジョンには、それはなかった。それだけのことさ」(ポローン)

 

「…はぁ?なにそれ全然わかんない。ミカは本当に、何考えてるんだか…」

 

「…………ミカ。それは――」

 

「ミッコ」(ポローン)

 

 

 

 アキが首を70度ほどかしげて頭上にクエスチョンマークを生み出す横で、ミッコがミカに対して何かを察し、言葉にしようとする。

 そしてそれは、カンテレの一鳴りとその後に続くミカの言葉で遮られた

 

 

「…ミッコ。フランクフルト美味しいなら、私にも一本くれないかな。実は早起きしたから、私は朝ご飯を食べ忘れたのさ」(ポローン)

 

「…………ん。ほれ」

 

「あーミカずるーい!私に一本ちょうだいよーミッコ!」

 

 

 あーん、とミッコから直にフランクフルトを頂戴するミカ。それを羨ましそうに眺めるアキ。

 ポローン、とまたカンテレの音が鳴り響く。それ以上、その話題についての追及はなかった。

 

 最後に…ちら、とミカが目下に広がる観客席に視線を向ける。

 親子連れと、仲のよさそうな女子大生たちが、そこには見えた。

 

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

「ねぇ愛里寿。この試合…どっちが勝つと思う?」

 

「…おかあさま、その質問は卑怯だと思うの」

 

 

 ミカ達から遠く離れた、スクリーンを正面に見ることができる観客席。

 そこに、島田流家元である島田千代と、その娘である愛里寿が座っていた。

 その傍には、大学選抜チームの副官であるメグミ、アズミ、ルミも座っている。

 

 

「…戦績と総合力で言えば紅軍が勝っていると思うけど。でも、『そんなもの』は、戦車道では…みほお姉ちゃんの前では、意味がない」

 

「そうね。私も貴女も、それを目の当たりにし、体感した。島田流としての矜持はともかく、手痛い目は見たわね」

 

 

 島田千代の言葉に、耳が痛い副官3人であった。

 あの試合もまた変則で組まれた30対30の勝負と言えど、大学生チームが高校生チームに負けたのである。

 その後、事件の真相を知った世間からは「大学生チームが手を抜いたとは言わないが、親心はあったのだろう」という世論を獲得し、必要以上に大学選抜の名が堕ちることはなかったが。

 それでも、負けは負けだ。

 

 そしてその奇跡を起こした高校生チームが、今度はエキシビジョンでお互い全力で対峙する。

 今回の壮行試合には、戦車道に関係する人間すべてからの注目が集まっていた。

 

 

「戦車道は想いを載せて奔るものだもの。想いが強いほうが勝つわ」

 

「そうね。果たしてどちらの想いが強いかしらね」

 

 

 今回は完全に部外者である島田家の2人、および大学生の3人は。

 観客として、心の底から自分たちの後輩の雄姿を楽しもうと、試合開始を心待ちにしていた。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

「ねぇ、しずか姫。この試合、どっちが勝つかな」

 

「…鈴、その質問は愚問なるぞ。戦車道において勝敗とは決するまで不明が常也。タンカスロンでも更なり」

 

「…だーよねー」

 

 

 同じく大型スクリーンが設置された公園内。

 九七式軽装甲車に乗って観戦に来て、同じようなやり取りをしている女子高生二人もまた、戦車に志を持つものだった。

 

 

「とはいえ…戦歴だけ見れば紅の色が強きなりや」

 

「黒森峰、プラウダ、グロリアーナだもんねぇ…タンカスロンで戦うってなったら帰りたくなるような面々ばっかり…」

 

 

 タンカスロンという競技において、各学園から一目を置かれている楯無高校。

 そこで戦車を操る二人、鶴姫しずかと松風鈴もまた、この試合の観客として栃木に集っていた。

 

 

「しかし鈴よ、この宇都宮という戦場…どこかタンカスロンの風体を為していると思わぬか?」

 

 

 しずか姫と呼ばれたほう、学生服から黒ストッキングを着用した脚がすらりと美しく伸びる少女が、配られていた宇都宮市内パンフレットを手にして言った。

 それを戦車内から顔を出して、長い金髪を携えた少女が覗き込む。

 

 

「んー…確かに、ビルや建物で射線は中々通らないし、市街地で戦うならゲリラ的な戦略になりそうだよね。…で、それが?」

 

「解らぬか?戦車道の強さとタンカスロンの強さは別物なる故に」

 

 

 つぃ、と地図上をすべるように、鶴姫しずかの指が動く。

 

 

「この戦場で会いまみえるのであれば…我が恐ろしいと思うは2組なり」

 

「…その、2組って?」

 

「一つは大洗のアヒルさんチーム。あの練度にて奇襲作戦を敢行されるは我も致命也。尤も…戦車道で在れば装甲の都合で脅威もひだるくなるが…」

 

 

 ふんふん、と松風鈴は納得した。

 確かに、前に戦ったことがあるがアヒルさんチームは強かった。一応面目上は引き分けたが、それでもあの練度でゲリラ戦をまたやるのはごめん被る。

 大洗騒動の時でも、フ○ンネルみたいに知波単学園の戦車を率いて、すさまじい戦果を挙げてたなぁ、バレー部の皆さん。

 …だがそこで、あれ?と松風鈴は首を傾げた。

 確か今回の壮行試合のレギュレーションは、二年生以下のチームは各学園1輌までのルールのはずだ。大洗は西住みほ含むあんこうチームが参加しているため、アヒルさんチームの出番はない。

 

 

「あれ、でも姫、この試合ってアヒルさんチームは出場してないんじゃない?」

 

「左様。成ればこそ、恐ろしいのはもう1組のほう也。…更に云えば、その1輌を駆る者の戦略ぞ」

 

 

 松風鈴は、ごく、と喉を鳴らす。

 鶴姫しずかが恐怖を抱くもう1輌とは、それは。

 

 

「アンツィオ高校の、アンチョビ殿。かの者こそ奸計にて最強…と我は睨んでおる。地元ということでもあるしのう」

 

 

 その一言と共に、大型スクリーンに目をやる鶴姫しずか。

 かつて戦場で合間見た、特徴的なツインテールをした気の良い先輩の姿が、そこにはあった。

 どうやら…紅軍の大将らしき人物と何か話しているようであるが。

 

 

「アンチョビさんかー、確かにあの人の戦車道ってタンカスロンに通じるところ多そうだよね。大洗騒動の時もすんごい動きしてたし」

 

「今回の死合…どういった戦を魅せてくれるのか、今から楽しみ也」

 

 

 鶴姫しずかと松風鈴は、屋台で買ったたい焼きを二人で分けて食べながら。

 他の観客同様、試合開始を告げる音を待ち望むのであった。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 

「……西住」

 

「…安斎か…」

 

 

 試合前のあいさつの後、お互いのメンバーは初期配置地点に戻り今回の試合における部隊長、およびフラッグ車の設定を行い、戦略を練る時間を充てることになっている。

 その前に、安斎千代美は相手チームの西住まほに声をかけた。

 西住まほもまた、声をかけられるのを待っていたかのように、安斎千代美に向き直る。

 

 

「前に言ってた、妹さんが…っての、この事だったんだな」

 

「ああ。エリカから先んじて情報をもらっていてな。お前と私が違うチームになることはわかっていた」

 

 

 安斎千代美は西住まほのその言葉を聞いて、ため息をつく。

 知ってたら教えてくれれば――、とは思わない。安斎千代美はこれを知らなかったからこそ、もう一つの約束を果たすために全力だった。

 

 

『いつか一緒に戦車道をしよう』

『高校に入ったら、また戦おう』

 

 

 一緒に戦車道をしよう…という約束は、先日確約した。

 今日は、もう一つの約束を果たす。

 

 

「…西住。今日は負けないからな。今日こそお前に勝つ!!」

 

「言ってくれるな安斎。だが、私も同じ気持ちだ…今日こそ、お前の策を上回る」

 

 

 びしっと人差し指を突き付けて安斎千代美が宣言し、西住まほはそれを好戦的な笑みで受ける。

 そこには相手への敵意だけではなく、友としてのお互いの力比べといった、優しい様相をした雰囲気が生まれていた。

 

 

「いい返事だ西住!そして今日の私は安斎ではない…ドゥーチェ・アンチョビだ!高校生活最後のな!!」

 

「……そうかわかった安斎千代美」

 

「アーンーチョービー!!」

 

「…チョビ子」

 

「お前がそれで私を呼ぶ!?」

 

 

 試合前の二人のその様子を、ケイが、ダージリンが、カチューシャとノンナが、角谷杏が、ほほえましいものを見るような目で眺めていた。

 そしてそれぞれがアイコンタクトを交わしていることに、西住まほと安斎千代美は気づくことはなかった。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 試合前の紅軍チームの戦術会議が開かれている。

 出席者は黒森峰からは西住まほ、逸見エリカ。

 プラウダからはカチューシャ、ノンナ。

 聖グロリアーナからは、ダージリンとローズヒップが参加していた。

 

 

「…では、紅軍の隊長ですが。どなたが適任か、意見などはありますか?」

 

 

 紅軍での壮行試合の運営に携わったものとして、逸見エリカが隊長が決まるまでの司会を取っていた。

 横目に自分の元上官である西住まほをちらりと見たが、西住まほは口を開かない。

 

 

「………………」

 

 

 西住まほは、今回の試合、自分が隊長になりたいと考えていた。

 高校生活で安斎千代美と戦える、最初で最後の試合である。

 全力で戦いたい。

 私の出せるすべての力を用いて、安斎千代美と雌雄を決したい。

 そう、考えていた。

 

 だが、それを表に出すのは押しつけだ。

 西住まほは、今ここに集うメンバーを一目する。

 ダージリン。カチューシャ。ノンナ。

 3年生の他の学園の隊長たち。

 彼女たちも、私にとって大切な友人たちだ。

 

 …自分から隊長を希望するようなことは言うまい。

 皆に選ばれれば勿論望んでやらせてもらうが、押しつけはしたくない。

 西住まほは、皆の口から意見が出るのを待った。

 

 

「…こんな格言を知ってる?」

 

 

 待っていたら、格言製造機から格言がこぼれてしまった。

 いきなりか。

 

 

「『完全な愛というものは、もっとも美しい欲求不満だ』…チャップリンの言葉よ」

 

「欲求不満ですの!?それならわたくし心当たりがありましてよー!」

 

「そうねー、この中に若干一名、欲求不満な人がいるみたいだし」

 

「そうですねカチューシャ。ショーウインドウのおもちゃが欲しくて、だけどねだるのはみっともないからじっと見て親が買ってくれるのを待っている子供のような人が」

 

「…………くすっ」

 

 

 なんだかみんなが私を横目に見てそんなことを言い出した。

 なんだ。なにこれ。なんだこれ。どういうことだ安斎。

 あのエリカが最後吹き出したぞ。安斎と付き合っているうちにもしや私の威厳が損なわれているのではないか?

 

 

「…では、西住まほさんが隊長でいいと思う人、挙手を」

 

 

 逸見エリカがいきなり代表者の決をとる。

 エリカ、と西住まほが抗議の声を上げる前に……他の全員の手が挙がった。

 

 

「……なんだ、これは。どういう…」

 

 

 西住まほが驚いた様子で、挙げられた手を見た。

 それに対し、周囲からは口々に、

 

 

「貴女、自分の顔がどんな表情を作っていたか、わかりませんの?」

 

「まるでハイエナのようでしたわー!もう少し言えばもう『絶対に私だ!』とでも言わんばかりの思いつめた表情!」

 

「流石にあんな顔されちゃ隊長をやりますなんて言えるわけないでしょ!にらめっこはマホーシャの勝ちよ!」

 

「まぁ、元々まほさんを隊長にしようと私たちの中では話し合いがついていたりするのですが」

 

 

 大変思いやりのこもった言葉が返ってきたのである。

 逸見エリカはその様子を見て、必死で腹筋の痙攣を抑える努力を強要された。

 

 

「いや、しかしだな…私は確かに隊長をやりたかったが、それはみんなも同じでは―――」

 

「まほさん」

 

 

 西住まほが反論しようとしたところで、紅茶を飲みながらダージリンがその名前を呼ぶことで遮った。

 

 

「貴女、安斎さんと試合で戦うのは、高校時代ではこれが最初で最後なのでしょう?」

 

「っ!!」

 

 

 ダージリンの言葉に、西住まほは心臓が鷲掴みにされそうな気分になった。

 さらにカチューシャとノンナが続ける。

 

 

「あのねマホーシャ、あんたアンチョビと戦いたいって前にも月間戦車道で言ってたじゃない!ここで隊長にさせないほど、私たちは情け知らずじゃないわ!」

 

「月間戦車道にはライバルという記事しか無かったですが…それでも、行間は読めるものです。ここ最近のお二人の関係を見ていれば、より強く」

 

 

 うっ、と自分の本心をあらわにされて、西住まほは狼狽した。そして考える。

 …ここまで理解されてしまったのならば、もはや妙に格好をつける必要もないか。

 

 

「…本当にいいんだな?西住流に付き合わせることになるぞ?最後の試合を」

 

 

 最後に、西住まほから零れた本音に対して、

 

 

「4月からはまた鎬を削りあう仲ですもの。大学戦車道の試合の参考にさせてもらいますわ」

 

「私も今年の高校戦車道で黒森峰と戦うときの参考にしますわー!今年は負けませんのよー!!」

 

「私だってマホーシャの指揮には興味あるわ!プラウダの戦略と比べてどれほどの違いがあるのか勉強させてもらうわよ!」

 

「皆、まほさんと安斎さんを応援したい気持ちなのです」

 

 

 とても小気味の良い笑顔で、それぞれが言葉を返した。

 …西住まほは、安斎以外にも、自分には友がいるのだという事実を再認識して。

 感謝で胸がとても熱くなるのを感じた。

 

 

「…では、隊長は西住まほさんということで決定しました。これ以降の作戦指揮の進行をお願いいたします。……隊長」

 

 

 逸見エリカが、かつて呼んだ時と同じ呼び方で、西住まほを呼ぶ。

 西住まほは深く頷き――――紅軍の勝利のために。

 安斎千代美の戦車道に勝つために。

 戦略を、かけがえのない友たちと、練るのであった。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「……まー隊長はアンチョビでいいわよね」

 

「さーんせーい」

 

「ちょっと待てよ!?」

 

 

 同時刻、白軍の戦略会議室。

 紅軍と同じようなやりとりが、ここ白軍でも繰り広げられていた。

 

 その場にいるのは大洗からは角谷杏。

 アンツィオからは安斎千代美。

 サンダースからはケイ。

 知波単学園からは、既に昨年度から二年の西に隊長が移行していること、特に隊長を望む3年生もおらず、隊長が決まってから話を通してくれればいいとのことで、誰も参加していなかった。

 

 また、西住みほとペパロニ、カルパッチョも隊長を決める場には立ち会わなかった。

 西住みほとカルパッチョは正しく、ペパロニは真逆に、誰が隊長に選ばれるのか理解していたからである。

 なので、最初の隊長を決める会議の場には、3人しかいなかった。

 

 

「どういうことだよケイさん、角谷!私はてっきりお前たちのどっちかが隊長になるもんだと思って…!」

 

 

 会議が始まった途端にいきなり二人にそう切り出されて、安斎千代美は早くも狼狽した。

 私はどちらかが隊長をすると言えば、納得しようと思ってたのに!

 

 

「えー?だってチョビ子、西住さんとやりたかったんだろー?」

 

「アンジィの言う通りよ。アツアツじゃない、貴女達。どこまでいったの?」

 

 

 角谷杏が西住に「さん」の丁寧語をつけるときは、姉のほうを指す時だ。

 角谷杏の言葉にうんうん、と大きくうなづいたケイは、楽しそうに安斎千代美を茶化しにかかる。

 

 

「いってないー!!一緒の大学に合格したくらいで全然関係なんかないー!!」

 

「顔を赤くしてるのがますますあやしいよねー」

 

「Bくらいまでは行ってそうよね。私は同性愛には寛容だから安心して?」

 

「はーなーしーをーきーけー!!!!」

 

 

 バンバン!と机を叩いて流れを元に戻そうと必死な安斎千代美であった。

 

 

「はぁはぁ…そもそも!戦術的にまずいんじゃないのか、私が隊長は!一番参加戦車数が少ない学校だぞ自慢じゃないけど!」

 

「あら、別に私は気にしないけど」

 

「私も気にしねーなー、大洗だって人のこと言えないしねー参加車輌数で言うと」

 

 

 干し芋を食べながら、角谷杏が言葉を続ける。

 

 

「じゃーチョビ子が納得する理由をつけてやろうか?私が隊長を希望しない理由」

 

「…なんだよ、言ってみろよ」

 

「私さー、戦車道始めた昨年は西住ちゃんに全部投げっぱなしジャーマンだったから、全然戦車の指揮なんてわからないんだよねー。西住ちゃんは2年生だからこの試合で隊長を任せるわけにはいかないし。だからパスで」

 

「それは……その、んんん…!!」

 

 

 安斎千代美は、角谷杏から突き付けられた一応理屈の通った理由に対して、うまい反論を返せなかった。

 なので、もう一人のほうに反撃を試みる。

 

 

「それじゃあ、ケイさんはなんでさ!!ケイさん21輌も参戦してるんだから、一番隊長として適任じゃないか!?」

 

「あら、私に振る?私はもっとシビアな理由になるわよ?」

 

「…へ?」

 

 

 こちらはもはや返せる道理などないだろう、と期待してケイに振った話題に、しかし続いた言葉は安斎千代美の期待していたものとは180度違う色のものであった。

 

 

「私が隊長で率いたら、紅軍の隊長…たぶんまほになると思うけど、彼女に勝つのは限りなく目が薄い。シャーマン軍団は均一的に高火力の部隊だからこそ、私が動かしたら西住流の模倣に近くなってしまうのよね」

 

「……ケイさん…」

 

「勝てないとは言わないわ。だけど勝てるとも断言できない。少なくとも、私には自信がない…西住まほに勝つ自信が」

 

 

 ケイの独白に、安斎千代美はなぜだかひどく胸を打たれる心境となる。

 ケイは続ける。

 

 

「だけどね、私の学校より戦車の火力がなくても、それを創意工夫でなんとかしようとした学校が二つある。そのうち一つがあなたなの、アンチョビ」

 

「……」

 

「みほもそうだけれど…貴女達の戦術は、西住流にとっては天敵のような存在じゃないかと思うのよね。アンブッシュあり、奇策あり。タンカスロンにも似た、独特のストラテジーなら…」

 

 

 安斎千代美の目を正面から見据えて、ケイは紡ぎきる。安斎千代美を隊長に推す理由を。

 

 

「まほに勝つ可能性が、少なくとも私よりはある。私はそう思っているわ。…だから貴女を隊長に選ぶの。もちろん、別の意味合いも多分に含んでいるけどね?」

 

「…ケイさん」

 

 

 ぱちっ、と綺麗なウインクを安斎千代美に送るケイ。

 安斎千代美は、顔を伏せて呟く。それはまるで祝詞のように。

 

 

「…ずるいよ、角谷もケイさんも。そんなこと言われたら…私、自分の気持ちに正直になりたくなるじゃないか」

 

 

 そして、友のそのつぶやきを受けて、清々しいほどに安斎千代美の感情を汲み取れる二人は言葉を返す。 

 

 

「…いーんじゃなーい?正直になってもさ」

   

「3年間頑張ったご褒美が最後の最後で来たと思いなさいよ、アンチョビ。私たちはあなたを応援するし、信頼する」

 

 

 安斎千代美を温かい目と言葉で包む、角谷杏とケイ。

 試合が終わるまで泣かないと決めていたはずの安斎千代美は、その決意がすでに揺らぎそうになる自分を、泣きそうになる自分を強い意志でこらえた。

 

 …私は、私らしくあればいい。

 かけがえのない友人たちが、そう言ってくれている。

 ―――ならば。私のやることは一つじゃないか。

 

 安斎千代美がゆっくりと顔を上げる。

 そこには、勝利への確かなイメージを持った、ドゥーチェ・アンチョビが存在していた。

 

 

「…わかった。ならば、このドゥーチェ・アンチョビが隊長となって白組を勝利に導くっ!!ノリと勢いで、全身全霊でな!覚悟はいいかっ!」

 

「格上とのバトルにおいて大洗の右に出る学校はないよー?任せなチョビ子、お前の作戦にそのまま全力で乗っかってやるから」

 

「私の学校の練習はあらゆる局面を想定してる。貴女の独創的(クレイジー)な戦術にも付き合えるわ!貴女にすべてを託すわよ、アンチョビ!」

 

 

 白軍の隊長は、安斎千代美。

 紅軍の隊長は、西住まほ。

 その報告が無線で西住みほと逸見エリカの間でやり取りされたのは、その1分後であった。

 

 

 

 






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「西住安斎卒業壮行試合」
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