──物心がつく前に親に捨てられた。
祖父と祖母の家に預けられ、物心がついた頃にはすでに両親という存在はいなかった。自分は捨てられたと認識している。育ての親である祖父と祖母はどう考えても年齢が合わないし、なにより本人達から生みの親ではないと教えられた。ただ、たまに祖父と祖母が自分の両親と思しき相手と電話をしているのを盗み聞きしているので存在だけは知っている。自分を捨てた分際で、なんで今更連絡を取っているのかと思うから基本的には無視だが。
そんで家の話になるが、まぁ裕福とは言えないだろう。飯は食わせてもらえたのはありがたいが、ほとんど放任。好き勝手自由に走って生きる。農家だったのでたまに手伝いに駆り出されたぐらいか。駄賃も貰えたし悪いものではなかった。
「働かざる者食うべからず。おめさも働け」
「……チッ」
つっても祖父は常にムスっとして機嫌悪そうにしているし、祖母も祖父に何も言わない。ま、手を上げられないだけマシってヤツか。
しかも敷地も狭かった。全力で走ったらすぐに端に到達してしまう。広いとこで走りたいといっても断られるだけ。
「我慢しろ」
その一言だった。住んでいるところがクソ田舎だったので道路を走るわけにもいかない。狭い敷地をずっと走っている日々だ。
人間関係も最悪だった。
「あら?ずい分とみずぼらしいかっこうをしているのね!」
「せまいところを走らされてかわいそ~。わたしのひろ~いお家で走らせてあげましょうか?」
「ま、どげざしたらの話だけど!」
「「「キャハハハ!」」」
みずぼらしい恰好に加えて親無し。虐めるのには格好の的だったのだろう。他のウマ娘はこぞって自分を虐めていた。クラスの連中は見てみぬふり。ウマ娘の力を考えたら当然か。
「そ・れ・に~?あんた親にすてられたんでしょ?」
「ま~あんたみずぼらしいからね~!しかたないのかしら!」
「ほら、さっさとどきなさいよ!わたしたちがつか「フンッ!」ぷぎゃ!?」
先公は何も言わないし口を出さない。だったらどうするかって?殴ってかたをつけてきた。そして始まる取っ組み合いの大喧嘩。儂の全勝だったが。
ただ、喧嘩をすると保護者に矛先が向く。いつも祖母が呼び出され先公に叱られていた。やれ教育が悪いだのもっと厳しく叱った方がいいだの好き勝手言いやがる。手前の責任を放り投げて、良く言えたものだ。祖母は頭を下げるばかりであり、なにも口を出さない。
でも、ただの一度も祖母が自分を叱ったことはなかった。何故だろう?と思いつつも、またいつものように取っ組み合いの喧嘩。その日は珍しく祖父が呼び出されていた。
「あなたのところのイマイちゃん、どうにかしてください!また相手のウマ娘と喧嘩したんですよ?おたくの教育が悪いんじゃないですか!?」
無言の祖父。先公はカチンときたのかヒートアップ。顔を真っ赤にする先公に、祖父はただ一言。
「おめさの責任放り出して、イマイが悪いと決めつけやがる。そんな相手さ下げる頭はねぇ」
「んな!?」
「けぇるぞイマイ。時間の無駄だ」
戸惑いながらも祖父に連れられて帰る。後ろでは先公が喚いていたけど、祖父は無視して帰った。
帰り道、祖父が口を開く。
「イマイ、喧嘩は勝ったか?」
「あ゛?……かった」
「なら、えぇ。覚えとけイマイ。売られた喧嘩は買え。そして絶対に負けるな。お前の負けん気の強さは、立派な武器じゃ」
叱られるかと思ったら、祖父は思いの外怒っていなかった。むしろ、喧嘩に勝てと言ってくるぐらいだったしな。
「あの先公もイマイが悪いと決めつけやがる。どうせ相手が難癖つけてきたんじゃろ?」
「……なんで分かんだよ?」
「おめさが理由もなく暴力振るうような童じゃないことは分かっちょる。これでも手前の育ての親だ」
頬を掻きながら告げる祖父の言葉は、温かかった。揶揄ったら拳骨食らったけど。
そんな日々も悪くないと感じている頃、そのウマ娘は突然やってきた。
「へ~、君がそうなのかい?」
「あ゛?んだ手前」
この辺じゃ見たこともないウマ娘。少なくとも、儂に突っかかってくるヤツらの親じゃない。つーか制服?ってヤツだから学生なのだろう。警戒していると、謎のウマ娘は怪しい笑みを浮かべながら儂に近づいてきた。
「手前!近寄んじゃねぇ!」
「おっと、中々やんちゃな坊主だね。ま、無駄だけど」
振るった拳は虚しく空を切り、逆に手を掴まれて捻りあげられた。
「イダダダダッ!?は、離せ手前ェッ!」
「ヤだよ。それにしても……細いねぇ。ちゃんと食べてるのかい?お前さん」
「余計なお世話だ!」
無理矢理振りほどいて睨みつける。睨みつけても目の前のウマ娘は飄々としているだけだ。なんつーか、掴みどころがない。玄関で騒いでいるのが聞こえたのか、祖父と祖母が駆けつけてくる。祖父と祖母の姿を確認すると、そいつは恭しくお辞儀をした。
「お初にお目にかかります。私、日本ウマ娘トレーニングセンター学園の生徒会長をしているものです」
「に、にほ……あんだって?」
「日本ウマ娘トレーニングセンター学園。ま~長いのでトレセン学園でいいよ、イマイちゃん」
「誰がイマイちゃんだ!」
客人ということで上がってもらうことに。祖父の横で生徒会長?ってヤツの話を聞いていたが……どうやら儂をトレセン学園?とやらにスカウトしに来たらしい。なんで儂を?
「君の走りを偶然見かけたスカウト班が興味を示してね。あたしはその使いってわけ」
「へ、生徒会長?って割には使いっ走りかよ」
「失礼な口を利くでねぇイマイ」
「へいへい」
スカウト班?とやらのヤツが言うには、儂の走りに光るものを見たらしい。それでこの生徒会長とやらを使い走りにしてきたのだとか。
それにしても、トレセン学園ねぇ。
「んだけども、トレセン学園っちゅうとあれじゃろ?凄く有名な……」
「ん?あぁ、そうですね。日本では最大規模の競走ウマ娘育成機関ですね。全国から集められたエリート中のエリートが鎬を削る舞台です」
祖母はやたらと驚いていた。儂はよく知らんからピンとこないが。
「イマイ!こんな話は滅多にねぇ!おめさトレセン学園に「イヤだね」い、イマイ!」
「ふ~ん……ちなみに理由は?」
「理由?決まってんだろ」
鼻を鳴らして答える。儂がトレセン学園に入らない理由なんて決まっていた。
「エリートが集まる舞台ってのが気に入らねぇ。話を聞く限り、名門に良血のお嬢様が集まる舞台なんだろ?」
「ま~中にはそんな子もいるね。けど「一般家庭出身だとしても、だ。倶楽部で名を馳せた連中ばかり。名門のエリートどもと何ら変わりねぇ」……ふぅん?」
「そんなヤツらがいるところに行くわけねぇだろバカバカしい。とっとと帰れ」
儂はエリート連中が嫌いだ。お高くとまって人を見下すようなヤツを好きになれるはずがない。嫌いな連中がいるところに好き好んでいくわけがねぇ。なにより、話を聞いている限り結果を残してきたのは大体が名門か俱楽部とやらで有名だったウマ娘ばかりだ。たかが知れてる。
だが、生徒会長は儂に向かって笑いながら告げた。
「つまりお前さんは怖いってわけだ。負けるのが」
「……あ゛ぁ゛?」
「そうだろう?学園に入ってもどうせエリート連中には敵わない。なら、最初っからいかなきゃいい。そんだけの話だ。いやはや、負けん気の強い子だと思っていたのに……とんだ臆病もんだったとは。あたしの勘も鈍ったものだねぇ」
「手前ェッ!」
「よさねぇかイマイ!お客人が正論だ!」
祖父に諫められて拳を下ろす。正直我慢の限界だったが、祖父の眼光に怯んで動けなかった。
バカにされて、黙っていられない。けど祖父になにをされるか分からない。どうしようもなくただ睨みつけるだけの儂に、生徒会長は告げた。
「トレセン学園に来たまえ、ヒカルイマイ。君ならば──今の学園に新しい風を吹かせることができる」
「……んだと?」
「あたしは君の負けん気の強さを買っているんだ。どうだい?エリートと呼ばれている連中に、一泡吹かせてやりたくはないかい?」
「ちょっとしか会ってねぇだろ……つか今日が初対面だろうが」
「それでも大体分かるさ。あたしはね」
不敵に笑う生徒会長。結局、返事は保留にしてもらいその日は帰ってもらった。
その日の夜、祖父からぴしゃりと一言。
「イマイ、おめさトレセン学園に行ってこい」
「ハァ!?なんでだよ!?」
学園に入学しろと言われる。どんなに嫌だといってもまともに聞いてもらえない。結局押し問答を続けてその日は終わる。
夜。ふと目が覚めて廊下を歩いていると電話で話声が聞こえた。主はどうやら祖父のようだ。
「あぁ。トレセン学園のスカウトさ来た。おめさも一目見たかろ?じゃから絶対に入学させる」
会話の内容から察するに、どうやら儂の生みの親らしい。祖父は儂の親と話す時は口調が柔らかくなる。それで判別した。
この時、儂に1つの考えが浮かんだ。あまりにも歪んだ考えが。
(儂が有名になれば、両親に会えるかもしんねぇ)
両親に会って儂は──復讐する。勝って勝って勝ちまくって。手前が捨てた娘はこれだけ強いのだと証明し、その上で絶縁宣言し絶望に叩き落してやると。自分を捨てた報いを受けさせてやると。そんな考えが浮かんだ。
そこからの行動は早かった。後日また訪ねてきた生徒会長にトレセン学園に入学する旨を伝える。
「へぇ?随分と早い心変わりだ。何かあったのかい?」
「別に。手前に関係あるかよ」
「……まぁいいさ。それじゃ、これが入学案内の紙だ。目を通しておきな」
生徒会長にパンフレットとやらを貰って入学の日に備える。ま~色々とあったがそれは良いだろう。儂は無事にトレセン学園に入学することができた。地元のウマ娘どもは儂がトレセン学園に入ることを妬んでおり、あることないこと吹きこんで糾弾していた。
「なんであんたが天下のトレセン学園に入れるのよ!?」
「なんかズルしたんでしょ!そうだって言いなさい!」
「あんたなんかが入学しても無駄よ!尻尾巻いて返ってくるのがオチだわ!」
ヤツらにはただ一言、とびっきりの笑顔で言い放ってやった。
「スカウトすらされねぇ雑魚の言葉が気持ちいいの~う!憐れじゃな手前ら!」
あの時のヤツらの表情は痛快だった。忘れることはないだろう。
旅立ちの日は……当たり前だが祖父と祖母しか来なかった。嫌われ者だし当然だろう。
「イマイ、あっちでも元気にやるんだよ」
「ったりめぇだババア。心配すんじゃねぇ」
「イマイ。尻尾巻いて帰ってくんじゃねぇど」
「抜かせ。エリートどもをぶっ潰してやる」
「それじゃあ行こうかイマイ。君の門出だ」
それにしても、府中とやらまで新幹線とやらに乗ったがこれまた凄かった。
「は、はえぇ!世の中にはこんなにはえぇもんがあったのか!」
「驚いてるねぇ。というか、新幹線乗ったことがないんだ?」
「電車すら滅多に通らねぇのに乗れるわけねぇ!」
感じたことのない衝撃にガキみたいにはしゃいでいた。トレセン学園に着いても興奮が収まらないほどに。
新幹線の中で儂は生徒会長から学園の話を聞いた。総括すると……大方予想通り、名門のウマ娘や倶楽部で有名だったヤツらが活躍するのが常らしい。当然だ。エリート連中は専用の先公を雇ったり、倶楽部で他のウマ娘と競い合ったりしている。名門ともなれば先祖代々伝わるトレーニング法もあるだろうしな。
「家柄や入学までの実績が評価され、指標となっている。ま、当然の理ではあるね」
それが生徒会長の弁だ。中央に入学するようなウマ娘は総じてエリート。一般家庭出身のヤツでも、最低限トレーニングだけは積んでいる。
儂にはなんもねぇ。親無しの儂には家柄なんてもんは関係ねぇし、なにより農家上がりのウマ娘。まともなレースに出たこともなければ、トレーニングを積んできたわけでもねぇ。まさしくどん底からのスタートってヤツだ。
(……上等だ)
儂はエリート連中が嫌いだ。人のことを見下し、手前の勝手な論理を押し付けるアイツらが嫌いだ。
どん底からのスタートがなんだ?そんなもん関係ねぇ。いつだって見下されてきた、いつだってバカにされてきた。今までの屈辱は忘れはしない。
(儂1人の力で勝ちまくって……)
これは復讐だ。儂をバカにしてきたエリート共に対する復讐。そして、儂を捨てた親に対する復讐だ。
「
そう決意を固めるのだった。
◇
「え~それでは。トゥインクル・シリーズ出走の条件についてですが。
ヒカルイマイ
身長:156cm
体重:やや細め
スリーサイズ:78/51/76
北海道の片田舎に生まれたウマ娘。ボサついた黒鹿毛の髪を後ろでひとまとめにしているセミロング。
物心つく前に両親に捨てられたと本人は解釈している。地元にはヒカルイマイ以外のウマ娘はそこそこにおり、1人ではなかった模様。ただ、いじめの対象となっていたので仲は最悪である。
喧嘩っ早く、気に入らないことがあればすぐにへそを曲げる。また地頭もそんなに良くない(トゥインクル・シリーズ出走にトレーナーは必須なことを本人は知らなかったが、彼女が渡されたパンフレットにちゃんと書いてある)。結構純粋。