──そのウマ娘に目を惹かれた。
「す、凄い……!」
誰もいないターフの上でただ1人駆け抜ける彼女の姿。細い脚からは想像できないほどの豪脚が発揮され、さながら電が走ったかのような末脚。荒々しく、暴力的な速さを見せつける。
目が離せなかった。先程の光景が焼き付いて離れなかった。ずっとずっと見ていたい、近くで感じたいと思った。
「……あぁ?なんじゃ手前」
気づけば彼女はこちらを睨みつけている。のけ反ってしまうほどの圧に気の強そうな目つき、風貌だけ見れば不良と言ってもおかしくないであろう彼女の姿。ボサついた黒鹿毛の髪にところどころ傷んでいるジャージ、みずぼらしさを感じさせる。
彼女の走りを見たのはこれが初めてじゃない。ただ、その時見た彼女の走りとはまるで別人のようだった。思い出すのは今日の選抜レースのこと──
◇
トレセン学園には年に4回、まだトレーナーがついていないウマ娘だけが出走できる選抜レースという舞台がある。生徒達の実力を測る大切な場所であり、トレーナー達は基本的にここでスカウトする。有望な子がいればトレーナー達がこぞって声をかけるし、良い結果ではなくても才能を見出されることもある……らしい。滅多にそんな子はいないけど。様々な条件で施行されるけど、基本的には芝のレースばかりだ。
「よ、よし!今日こそはスカウトできるように頑張るぞ!」
そんな俺は、まだトレーナーになりたての新人。最近ようやく独り立ちを許されたレベルのド新人だ。ついでに、スカウトが成功せず、連敗しているトレーナーでもあるんだけど……。やはり新人というのがネックなのだろうか?
(けど!だからこそ、今日こそはスカウトを成功させるんだ!そして俺も、先輩トレーナー達のように!)
「おーっす、今日も気合入ってんなぁ」
「あ、先輩!」
選抜レースには他のトレーナーも来る。今俺に声をかけた先輩も、有力なウマ娘をスカウトしようとここに来た。チラホラと辺りを見回すと、ぞろぞろとトレーナー達が集まってきていた。
先輩はまだまだ新人の俺を色々と指導してくれてる人だ。スカウトの仕方とかもこの人に教わった。だから、俺にとっては頭の上がらない人でもある。
「先輩、おはようございます!」
「おう、おはよう。その様子だと……まだスカウトは成功してないみたいだな?」
「う゛っ」
「お前もそろそろ、スカウト成功しないとマズいんじゃないのか?同期のヤツ、もう担当持ちなんだろ?」
さ、さらに痛いところを突かれた。先輩の言うように、同期のトレーナーがいるのだが……そいつはすでにスカウトに成功して担当ウマ娘がいる。まだ担当がいない俺としては焦るばかりだ。
「これでも頑張ってるんだけどな……熱意をもって相手してるし。なにがダメなんだろう?」
きちんとその子に失礼がないように接しているし、新人でもやる気はあります!と頑張ってアピールしているつもりなんだけど、どうにも結果に結びつかない。何故だろうか?
「お前の場合熱がありすぎるのが問題なんだけどな」
「なにか言いましたか?先輩。小声でなにか言ってたような気がしますけど」
「いや、なんでもねぇよ。それよか始まるぞ、選抜レース」
「あ、待ってくださいよ!」
先輩の後をついていく。選抜レースが始まろうとしていた。
先輩と一緒にレースが良く見える位置に陣取ることができた。とりあえず、今日注目すべき子について確認しておこう。
「お前、ちゃんと覚えてるか?注目すべきウマ娘」
「あ、はい!えっと、入学前の実績とか親戚に結果を残した子はいるかを調べるんですよね?」
スカウトで重要視されていること。レースの内容もそうだが、潜在的な能力も見極めないとダメだ。だから入学前でどんな子だったか、後はその子の親戚にトゥインクル・シリーズなんかで結果を残した子がいるのかは大事な指標となっている。名門のお嬢様とかもそうだ。
先輩はというと、俺の答えに満足しているのか笑顔だった。
「よしよし、よく覚えているようだな。いいか、クラブで有名な子だったり親戚に有名なウマ娘がいたりは大事なことだ。そういう子達は大体結果を残すからな」
「そうですよね。たまに期待値から外れた子もいますけど」
「そういうのは稀だ。堅実な結果を残すには、これが一番だよ」
新人の俺にはつかないだろうけどね。クラブで有名だった子とか。でもワンチャンあるかもしれないからチェックだけはしている。
そしてターフへと視線を移すと。
「……ん?なんだ、あの子」
「どうした?気になるウマ娘でもいたのか?」
気になる、というか。明らかに他の子とは違うオーラを放っている子がいた。なんて言えばいいのか……とにかく、触れるものみな傷つけるみたいなオーラを放っている子がいる。加えて、格好がなんて言うか他の子に比べてみずぼらしい。ボロボロのジャージがみずぼらしさを際立たせていた。
少なくとも、今までの選抜レースで彼女を見たことはない。彼女に指を差しながら先輩に尋ねる。先輩なら知っているんじゃないかと思って。
「先輩。あの子知ってます?ボロボロのジャージの子」
「あん?……げっ、まだいたのかよ」
驚いたような、嫌悪感を感じるような言葉。先輩は顔をしかめていた。それほどのウマ娘なのだろうか?というか。
「確かに猫背で見栄えは他の子と比べてよくないかもしれませんけど、その反応はあんまりじゃないですか?先輩」
「あ~……そういうわけじゃねぇんだ。つーか、お前アイツのレース観たことねぇんだな?」
「そうですね……一回も観たことないです」
「んじゃ、仕方ねぇか」
溜息を吐く先輩。そ、そんなに不味かったかな?ただ先輩は気にすることはない、と言ってくれた。
「アイツの名前はヒカルイマイ。学園側のスカウトで入学してきたウマ娘だ」
「へ~……え゛っ!?じゃあ滅茶苦茶凄い子じゃないですか!」
トレセン学園のスカウト班が直々にスカウトしたってことは、それだけの才能を認められた子ってことだ。そんな子が選抜レースに!となると凄く注目されているはずだ!俺も声をかけてみようかな……と思うが、先輩の反応は芳しくない。かなり渋い表情だ。
「ど、どうしたんですか?そんな顔して。スカウト班が見つけた子が走るのに、どうしてそんな「アイツな、結構な数選抜レースで走ってんだよ」へっ?」
「結構な数走って、全部ドベかブービー。最初の1回だけま~良かったが、それ以降はてんでダメだ。てか、最初の時点でアイツの脆さを俺達は感じ取ったんだよ」
「彼女の脆さ?それって……なんですか?」
「
先輩の言葉でターフへと視線を向けると、もうウマ娘達がゲートに入っていた。ヤバい、始まる!有力な子とかちゃんとまとめてたのに!今何レースだっけか!?そう思う暇もなく始まったので肩を落としつつも見守ることにした。
そして──早々に先輩の言葉を理解した。ヒカルイマイは真ん中の枠番からの発走となったのだが、完全に出遅れていた。
「あちゃ~出遅れ。しかも」
「あぁ。
「いつもの!?選抜レースの度に!?」
無言で頷く先輩。で、でもまだ分からないからとレースを見守る。ヒカルイマイは掛かりながらも先行集団につこうとした、が。
「あれ?カーブでめっちゃ減速してません?コーナリング……あれ?」
「……もう大体分かっただろ?なんでヒカルイマイにトレーナーがいないのか」
ヒカルイマイはコーナーでかなりの減速をしたのだ。というより、減速しているのに外に振らされている。ポジション争いが熾烈だとかそんなことは全くない。他のウマ娘は綺麗に曲がっているのに、ヒカルイマイはコーナーを上手く曲がれていない。彼女だけかなり外を回っていた。
これだけでヒカルイマイのコーナリングが絶望的に下手なことが分かった。けど、直線での動きは悪くない。ならまだ挽回の余地はあるかもしれない……と思うが。
「あちゃ~……まぁ出遅れに掛かり、加えてあのコーナリングだとそりゃスタミナが尽きますよね」
「当然だな。これでまたドベかブービーだろ」
最後の直線。ヒカルイマイは──後方。それも一番後ろだ。先行集団につくことに躍起になって、ペース配分も何も考えていない。スタミナが尽きて当然の走りだった。
(確かに、これは……)
「自分でも分かるぐらい、ヤバいですね」
「だろ?ま、
それだけじゃない?どういうことだ……と思うが。
ゾクリと。背筋に冷たいものが走る。思わず最後方を見ると──ヒカルイマイが前方を睨みつけていた。
「クソ……ッ、クソッ!」
誰の目から見ても分かるぐらいバテバテだ。それでもヒカルイマイは勝負を諦めていない。最後まで食らいつこうとしている。その姿から、俺は目が離せなかった。
《──今7番が1着でゴールイン!2着は3バ身差で11番、3着は2着から遅れること半バ身差で2番です!》
結局、ヒカルイマイは最下位に沈んだ。さすがにあそこから勝てるほど勝負は甘くない。膝をつき、息を荒げている。先輩は、呆れ顔でヒカルイマイを見ていた。
「コーナリングは下手糞、加えてスタートも下手、掛かって前に行く。そりゃ契約しようなんてトレーナーはいねぇよ」
「……」
確かにそうだ。あんなレース内容を見せられたらスカウトしようなんてトレーナーはいないだろう。でも……気になる。
「先輩、どうしてヒカルイマイはあんなにコーナリングが下手なんですか?それになんというか……技術も他の子と比べて明らかに拙いというか」
ヒカルイマイの技術が他の子と比べてあまりにも劣っているという点だ。そりゃ優劣はつくだろうけど、彼女はあまりにも度を過ぎている。まるで、適切な指導を受けなかったかのような。
「俺はさっき、それだけじゃないって言ったよな?」
「は、はい。技術の問題だけじゃないってことですよね?」
「そうだ。ヒカルイマイはな──農家上がりなんだよ」
「の、農家上がり?」
深く頷く先輩。彼女は元々農家だったのか?
「アイツがスカウトされたのは片田舎でな。ウマ娘もま~少ない。まともに指導できるヤツもいなけりゃ大会に出たこともない。しかもアイツの家は狭くてな。まともに走る環境すら整ってなかった」
「……ってことは」
「適切な指導を受けないまま、この学園に入学してきた。それだけで他のウマ娘と比べてアイツが劣っていることの証明になる」
……となると、あの拙さにも納得がいく。でも、それだけなら学園に入学してからなんとでもなりそうなものだけど。
「加えてアイツは生粋のエリート嫌いでな。教官の言うことは聞かねぇ、トレーナーの言うことも聞かねぇ、他のウマ娘なんてもってのほか。アイツは全部独学でレースに出走してんだよ……あんな様でな」
「全部独学で!?」
「あぁ。レースも弱けりゃ誰の言うことも聞かない。そんな気性難、誰だって担当したくねぇだろうよ」
そう吐き捨てる先輩。どうやらヒカルイマイのことを良く思っていないようだ。今の話を聞いていたら当然かもしれないけど。
「全く、スカウト班も何考えてんだが。あんなヤツをスカウトするなんてな」
「こ、こう……なんか凄い素質があるんじゃないですか!?他のウマ娘をアッと驚かせるようなヤツ!」
「持ってたとしても、あんな気性難誰も相手にしねぇよ。学園を辞めて去るのがオチだ」
良い結果を残した子にはスカウトの声が掛かっているが、ヒカルイマイには誰もいない。ヒカルイマイは舌打ちをして去っていく。その姿から、どうにも目が離せなかった。
選抜レースが終わり、すでに夕刻。それにしても……。
「ま、またスカウトできなかった……!」
あの後全然レースに集中できなかった!先輩にも「お前大丈夫か?」って心配されたし、やっちゃたなぁ。貴重なスカウトの機会を1つ失ってしまった。
「……いやいや!くよくよしてても仕方ない、次に活かそう!」
選抜レースはまだまだあるんだから、チャンスはあるはず!前向きに行こう!
それにしても、どうもヒカルイマイという子のことが気になる。確かに技術は拙いし、他の子と比べたら劣っているだろう。でも……最後の直線。
「彼女は勝とうとしてた。最後の最後まで闘争心を失わない姿勢は凄く良いと思うけど」
でもそれを帳消しにするぐらい他が……もう気にしないでおこう。済んだことだし。
歩いて運動場へ。どうやらまだトレーニングしていた子がいるらしく、地面を力強く蹴る音が聞こえる。気になって足を運ぶことに。音の発生源は──ヒカルイマイだった。
◇
選抜レースの時とは見違えるほどの鋭い末脚。本当に同一人物なのか?と疑いたくなるような速さ。俺の心は──一瞬で奪われた。
(す、凄い……!本当に凄い!)
「おい手前。人の言葉を無視してんじゃねぇ」
信じられないほどのスピード。あの末脚を発揮できたら、選抜レースなんてあっという間に勝てるだろう!それだけじゃない、トゥインクル・シリーズでも結果を残せる!先輩はスカウトの目が節穴だったって言ってたけどそんなことはない!スカウトの目は確かだった、彼女は……圧倒的な才能を持っていたんだ!
まだ身体が歓喜で震えてる。彼女の走りをもっと見たいと思ってしまう。
「だから!無視してんじゃねぇ!なんだ手前は、儂に何の用だ!?」
憤っている彼女。俺は──そんな彼女を無視して、彼女の両手を取る。
「き、君ッ!」
「はっ?」
俺は自分の気持ちを抑えることができずに、ありったけの思いを伝える!
「君に惚れたッ!!」
「……はっ?」
「俺は君のトレーナーになりたい!俺と一緒に、トゥインクル・シリーズを駆け抜けよう!」
──静寂。カラスの鳴き声が虚しく響くターフ。ヒカルイマイは……軽蔑するような目で俺を見ていた。
「気色悪っ。何だ手前」
その言葉で我に返る。そして、自分の言葉を思い返して……やってしまった!?
(いくらなんでも言葉を端折り過ぎた!これじゃあ俺、変態じゃないか!?)
「ち、違う!惚れたってのはそういう意味じゃなくて!」
「とりあえず離せ手前」
ヒカルイマイに手を振りほどかれる。彼女はそのまま無言で去っていった。
「……やっちまった」
自分の中の気持ちを抑えきれず、思うがままに言葉を出してしまった……!そりゃあんな反応になるよ……。
──俺とヒカルイマイのファーストコンタクトは、最悪だった。
そりゃあ断られるどころか無言で去られるわ。