成り上がりの英雄譚   作:カニ漁船

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あれからちょっと経った。


トレーナーの叫び

 ヒカルイマイとの関係は良化傾向にあった。

 

「今日もトレーニングを見に来たよ!」

「フン。好きにせぇ」

 

 練習を見に来ても何も言わなくなったし、どちらかというと歓迎ムードを出してる、気がする。いかんせんいつも不機嫌そうにしているので分かりづらい。深追いはせず、いつかはスカウトできたらいいな~と適切な距離感を保っている。存在感をアピールすのは大事だ。

 それで、この数週間ヒカルイマイを見てきて分かったことだけど、彼女は何も無差別に喧嘩を吹っ掛けるわけじゃないってことが分かった。

 

「あ~あ、時間の無駄なのに何やってんだか」

「いっつも1人でトレーニングしてるよね~。ま、やってくれる相手がいないからしょうがないか!」

「乱暴者だからね~。当然よ」

「また選抜レースで負けるのがオチよ!」

 

 トレーニング中、ヒカルイマイをバカにする声が多々あったが、彼女は一度たりとも言い返さなかった。必死に歯を食いしばり、自分を律しようと努力していた。ひたすらに堪え忍び、黙々と練習に励む。これはヒカルイマイに関わらなければ分からなかった。

 

(誰にでも喧嘩を吹っ掛ける野生児、なんてみんな言ってたけど)

 

 噂はあてにならないものだなぁ。

 ただ、そんな彼女にも琴線に触れることがある。それが……家族に関してだ。

 

「ま、あの子親無しだもんね!みずぼらしいから捨てられたんでしょ、きっと」

「ッ!手前ェ!」

 

 ヒカルイマイには両親がいないらしい。それのせいかは分からないけど、親無しという言葉に過剰に反応する。後は格好。彼女はよくスカジャンを着ているのだが、ボロボロだと貶されると烈火のごとく怒り狂う。

 

(彼女にとって余程大切なものなんだろうな)

 

 総じてヒカルイマイが喧嘩を吹っ掛けるのは親について触れられた時と恰好をバカにされた時ぐらいだ。ヒカルイマイ自身がバカにされても彼女は堪えるだけで、むしろ偉いと思った。噂とはえらい違いである。それにしても……いくらヒカルイマイに親がいないからといって、それでバカにするのはあんまりじゃないだろうか?

 

(親にだって何か事情があったはずだ。人の家族の問題を抉るのは、正直どうかと思う)

 

 一度だけ口頭で注意したことがあった。いくら何でもあんまりじゃないか?と。それに対する生徒達の答えはこうだ。

 

「でも~、事実じゃないですか?それともなんですか?あの子の親が彼女を捨てた理由、御存じで?」

「知らないけど……でも、だからってバカにするのは間違ってるよ」

「とはいってもね~。親がいないってことは、御先祖とかも不明じゃないですか?どうせ弱いに決まってますよ彼女」

 

 親がいない、分からないってことは彼女の家について何も分からないということ。有名なウマ娘とか、その辺の繫がりが分からないことになる。それだけでも不利なのに、ヒカルイマイは農家上がり。勿論クラブに所属していたという経験もなし。まともなトレーニングだって積んでこなかった。そんなヒカルイマイが強いとは到底思えないのだろう。ぶっちゃけた話、俺だってそう思っていた。あの日、彼女の本当の走りを見るまでは。

 一応注意はしたものの、効果はなし。一応また注意するか?とも思うが。

 

「手前。余計なことをすんじゃねぇぞ。儂の問題は儂がかたをつける」

 

 ヒカルイマイに睨まれたため、どうすることもできず。この話はここで終わった。

 

(中央で大きな指標になるのは親とクラブでの実績。この2つがどっちもないヒカルイマイはかなり不利だ)

 

 親が分からないので親戚との繫がりが分からない。周りにどんな実績を出したウマ娘がいるのか不明。それだけならまだいいだろう。ただ、ヒカルイマイは親がいないのに加えて農家上がりだ。まともなトレーニングを積んできておらず、中央に来てからまともに訓練するようになった。トドメとして、彼女がスカウト生であるということ。

 

(しかも、めんどくさがりの生徒会長が直々にスカウトしたって触れ込みがデカい。彼女、カリスマ性がとんでもないからな)

 

 他の生徒からすれば我慢ならないのだろう。偉大なる三冠ウマ娘、シンザンに見初められたヒカルイマイという逸材が。どう考えても自分達より劣っているヒカルイマイが、特別待遇で学園に入学したことが。つまり、嫉妬だと俺は判断した。

 一応、彼女に普通に接するウマ娘もいるにはいる。だが、ヒカルイマイが拒絶するので敬遠しがちというのが生徒達の言葉から分かった。なんで拒絶するのかは分からないけど。

 

 

 ……と、ここまででいいだろう。あまり気分の良いものじゃない。後彼女の特筆すべき点と言えば、相当な負けず嫌いという点だ。

 

(他の子達と比べても抜けて負けん気が強い。これは大成するぞ)

 

 最後の最後まで勝負を諦めない姿勢はあの選抜レースで実感した。練習に関しては癇癪を起こしてやらない時もあるものの、マメにこなしている。本も結構使い込まれているし、自分1人でなんとかやろうという努力が垣間見える。

 ただ……やっぱり1人では限界がある。でも俺が何を言っても聞かない。なので。

 

(……よし!トレーニングに集中してこっちを見てないな!)

 

 彼女が集中している時を見計らって、彼女が投げ捨てた教本を手に取る。そして、自分が感じ取った直すべき点を書き記して、その後元の位置に戻す。こうすれば、俺が直接言葉を交わさなくても何をすればいいのか分かってくれるはずだ!ヒカルイマイは付箋が増えようが文字が書き足されようが気にしない質だ。最初に書き記した時も疑問に思ってはいたものの。

 

「こんな文字書いたか?……まぁええじゃろ」

 

 と、気にしていなかったからね!これで少しずつ改善していくだろう。

 

(ヒカルイマイの問題点は多々あるけど、特に致命的なのはコーナリングだ。コーナリングが最低限どうにかなれば、選抜レースも勝てる!)

 

 そしてその時スカウトすればいい!……受けてくれるとは思わないけど。でも可能性がミリでもあるならやるべきだ!

 ヒカルイマイとの関係は、出会いを考えれば良好である……会話すらままならないけど。

 

 

 

 

 

 

「で?お前まだヒカルイマイをスカウトしようとしてるわけ?」

 

 お昼時。先輩からそう切り出された。

 ヒカルイマイのスカウトか。

 

「勿論です。彼女のことが良く分かってきた気がするので!」

「お前なぁ……本当に止めとけって?茨の道だぞ?」

「わ、分かってますよ。だから「分かってねぇよ、お前は」」

 

 俺の言葉を遮り、先輩はまた俺を諭してくる。

 

「いいか?ヒカルイマイが噂とは違う悪いヤツじゃなかったとしてもだ。アイツの評判……聞いてんだろ?」

「は、はい。親無しだとか、色々と」

「アイツは大勢の学園生からよく思われてねぇ。生徒は勿論、トレーナー陣からもだ」

 

 と、トレーナーからも、か。相当だな。けど、俺は諦めるつもりはない!

 

「けど!あの子は凄い素質を持ってるんです!それは間違いありません!」

「……お前が前見たっていうスピードか?」

「はい!それに、彼女は負けん気も強い。きっと大成しますよ!」

 

 俺は力説する。ヒカルイマイの魅力を、多くの人に分かってもらいたいから。けど、先輩の目は変わらない。咎めるような、諫めるような目だ。

 

「……それで?アイツが本当にトゥインクル・シリーズを勝てると思うのか?」

「も、勿論です!それだけの才能が有りますから!」

()()()()()()()()()()()()()?」

「うぐっ!?」

 

 ……痛いところだ。ヒカルイマイには、中央に入学してきたウマ娘が積んできた下地というものがなにもない。それだけで他の子より明らかに遅れている。加えて親戚関係も不明な親無し、さらには農家上がり。トレーナーが10人いたら10人が見放すレベルの酷さだ。

 先輩と口論になり、気づいたら周りにいた人達が俺達の周りに集まって……というよりは俺のところに寄ってくる。その目は先輩と同じ目、異常者を見るような目だ。

 

「お前、ヒカルイマイをスカウトしようとしてんの?止めとけって新人」

「そうだ。いくらなんでもヒカルイマイは止めとけって。アイツはやべぇよ」

「お前新人か?だからアイツの悪名を知らねぇんだろ」

「あ、あなた方だって!ヒカルイマイの実力を「分かってるからいってんだよ」せ、先輩?」

 

 子供を窘めるような声で、諭すような目で見てくる先輩。

 

「仮に、お前の言うようにヒカルイマイがすげぇスピードだったとしよう。けど、それでどうにかなるようなタマか?技術も他のウマ娘に劣っているアイツが?」

「そ、それは……これからのトレーニングで!」

「トレーニングで矯正するとして、アイツが素直に聞くと思うか?アイツは生粋のエリート嫌い、俺らトレーナーのことも勿論嫌いだ。そんなアイツが、トレーナー(俺ら)の言うこと素直に聞くはずねぇだろ」

「うぐっ」

 

 た、確かにそうかもしれないけど。けど、それで諦めるのは違うはずだ!

 その後も周りの人達から止めておけと言われる。ヒカルイマイの悪評、どうせ走るわけがないと断言し、別の子をスカウトした方が俺のためだと口を揃える。もっと賢い選択をすべきだと理屈を押し付ける。

 

「な?だから止めとけって。ヒカルイマイはやべーヤツなんだよ」

「関わらない方が身のためだ。なにされるか分かったもんじゃねぇ」

 

 違う。あの子はなにもしない。ちゃんと自分の信念を持って行動している子だ。本当に野生児なら、自分がバカにされている段階で手を出すし、なにより学園側も対処する。

 それに、なにが彼女は走らないだ。どうせ結果を残すことができないだ。そんなの、そんなの!

 

「俺達の勝手な思い込みで、最初っから諦めるのは違うだろ!俺達のことを嫌ってるのだって、何か理由があるはずだ!それが分かればきっと!」

「分かってどうする?それに、アイツはエリート嫌い。エリートしか集まらない中央にいるよりも、片田舎で静かに暮らしている方が「それを決めるのはあんたらじゃない!あの子自身だ!」お前……」

 

 誰も彼も、それが個人の幸せだと決めつける。そんなの、あの子に聞いてみなきゃ分からないことなのに!

 

「あんたらはあの子を理解しようとしたことがあるのかよ!彼女がどういう時に喧嘩を吹っ掛けて、どんな思いでここに来たのか!あんたらは知ってるのか!?」

「「「……」」」

「あの子は、自分がどれだけバカにされてもやり返さなかった!彼女にだってちゃんと自制心はあるんだ!」

 

 もう止まらない。彼女がバカにされているのが、許せなかった。

 

 

 

 

 

 

 最近、トレーニングに変なヤツがつきまとうようになった。そいつはトレーナーらしいが、急に儂の手を握って惚れたとか言ってくるやべー変態。ただ、世話にはなったので練習を見るのは許可している。つーか、いちいち反応するのもバカらしくなった。

 

(なんか最近、教本に文字が増えてる気がすんだよなぁ)

 

 オススメだからと祖母から送られてきた教本。使わないのももったいないのでちゃんと読み込んでいる……あんまり理解できてる気がしねぇけど。

 そして、書いた覚えのない文字に関しては凄いの一言だ。いつ書いたかは分からないが、アドバイス通りにやると改善しているような気がしている。さらに、理解できなかった箇所にもかみ砕いた説明を載せており、理解できるようになった。ありがたい限りである。

 

「……まさか、あの変態がやってんのか?」

 

 なんのために?本当におかしなヤツだ。手前の得にならないというのに。

 昼時に散歩をしていると、その喧騒は聞こえた。

 

「……止めとけって。アイツはやべーヤツなんだぞ?」

 

 大の大人がたくさん集まって何やら話している。中心にいるのは……あの変態だ。

 

(何話してんだ?)

 

 気になって聞き耳を立て──後悔する。

 もう何度聞いたか分からない、自分に対する悪評だ。やれ喧嘩っ早いだの授業はサボるだのウマ娘を病院送りにしただの散々なものだ。つーか、病院送りにした覚えなんかねぇよ。そこまでやった覚えはねぇわ。後授業はサボんねぇよ。サボるとトウメイのババアがうるせぇし。

 ただ、その大多数があの変態を説き伏せる言葉だ。儂をスカウトするのは止めとけだのほざきやがる。

 

(……まぁいい。そのまま精々吠えてろ)

 

 アイツのスカウトなんか受ける気はねぇ。つーか、誰のスカウトも受けねぇ。トゥインクル・シリーズ出走のために名義貸しのトレーナーにでも身を寄せて「俺達の勝手な思い込みで、最初っから諦めるのは違うだろ!」……は?

 その後も聞き耳を立てる。アイツは、儂に関わるなという言葉に対して真っ向から反対した。

 

「俺達のことを嫌ってるのだって、何か理由があるはずだ!」

「あんたらはあの子を理解しようとしたことがあんのかよ!」

「なにも分からないくせに、彼女の幸せを決めるな!あの子の気持ちを代弁しようとするな!」

 

 理解不能だった。あの変態みたいな反応は、初めてだった。

 入学してからずっとそうだった。トレーナー共は儂がなんの実績もない小僧だと分かると、掌返すように見放した。生徒会長直々のスカウト生でもてはやされていたが最初だけ。すぐに興味を失う。

 

「親が不明、目立った実績もなし……なんでお前みたいなのがスカウトされてきたんだ?」

「身の程をわきまえろよ」

 

 腹立たしかった。苛立たしかった。けど……選抜レースに出走するたびに、力の差を思い知らされた。最初は勝ったが、それ以降は一度も勝てずじまい。ドベかブービー、力の差を思い知った。

 

(諦めるか……死んでも諦めんぞ、儂は!)

 

 アイツらの思い通りになってたまるか。儂をバカにしたアイツらの鼻を明かしてやる。その一心で努力する……結果には結びつかないが。

 誰も彼もが儂をバカにする。親無しだと、なんの実績もないスカウト生の恥さらしだの罵りやがる。あの変態も、実情をすれば掌を返すだろう。そう思っていたのに。

 

「あの子がレースで勝てない?勝たせるようにするのが俺達トレーナーの仕事だろ!最初から彼女が勝てないだなんて決めつけるな!」

 

 アイツは真っ向から立ち向かっている。

 

「あの子は凄い才能を秘めているんだ!俺はそれを感じ取った!だから絶対に諦めない!」

 

 儂のことをバカにしたりせず、むしろ儂のことを庇うように発言しやがる。儂はつっけんどんな態度を取っているのに。

 

「親がいないからなんだ!入学までの実績がないからなんだ!大事なのは彼女の今を見ることだろ!」

 

 アイツは──儂のことを諦めようとしなかった。

 

(……なんだ?アイツは)

 

 今まで見たこともないトレーナーだった。儂のことをバカにしたりせず、儂と真摯に向き合おうとしていた。初めてだった。そんなトレーナーは。

 

「……行こうぜ。何言っても無駄だよコイツ」

「本当だよ。せっかくのトレーナー生活を棒に振るなんてな」

 

 結局、アイツは他のトレーナーから見限られるように捨てられた。だが、()()()()()()どうでもいい。

 

「アイツ……」

 

 儂はアイツの姿から、目を離せなかった。

 

 

 

 

 

 

 放課後。いつものように練習場へと向かうと。

 

「手前、儂のトレーニングを見ろ」

「へっ?」

 

 思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。




少しずつ仲が進展する2人である。
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