色々な要因が重なった結果、始まることになったイマイの模擬レース。
(原因が俺にあるから凄く心苦しい……!)
柔軟をしているイマイに近づいて作戦を照らし合わせる。向こう曰く。
「それぐらい別にいいよ」
らしい。多分だけど、イマイのことを舐めているんだろう。確かに選抜レースの結果が散々なうえに、授業でもろくな結果を出してないみたいだから舐められて当然、か。その慢心が命取りになるわけだけど。
「い、イマイ。今回の作戦についてだけど」
「作戦?いらんだろそんなもん」
イマイはまさかの作戦拒否。いや、それは困る!今の状態でやりあったらイマイは負けるんだから!
「だ、大丈夫!作戦っていうよりはこう走ろう!ってものだから!」
「こう走ろう?……なんだ?」
「今回はレース場をぐるっと1周する模擬レースだ。最低でも4回カーブを曲がることになる」
イマイのコーナリングは多少マシになったけど、それでも不安が残る。どうしてもコーナーで差がついてしまうだろう。なので必要なのは……我慢すること。
「コーナーできっと差が開くと思う。でも、
「……どういうことだ?それじゃあいつまでたっても追いつけねぇだろうが」
訝しむイマイ。確かに差が開いてもどこかで追いつかないといけない。差が開くばかりだろう。だから、大事なのはここからだ。
「最後の直線だ。最後の直線で一気に躱そう」
「最後の直線?なんだってそのタイミングなんだよ?」
「最後の直線ならカーブはもうない。後は加速するだけだ。イマイのスピードを存分に発揮できる」
「成程ねぇ……んで?滅茶苦茶離されてたらどうすんだよ?」
「
ハァ!?と、戸惑った声を出すイマイ。そりゃそうか。どんなに離されても無理に追いかけることなく、最後の直線だけで躱せってのは結構無茶苦茶言ってる自覚がある。だけど、イマイならやれるはずだ。彼女のスピードならば。
「手前、それで追いつけなかったらどうすんだよ!?」
「大丈夫だ、君なら追いつける」
「何を根拠に言ってんだよ!あぁクソ……!あんなヤツらに土下座するのなんざ御免だぞ!」
「なになに?仲間割れ?謝るなら今の内よ~」
向こうは煽るぐらいには余裕があるみたいだ。こっちの意見が割れてるからそりゃそうか。
「大丈夫だイマイ!道中はひたすらに抑えて、闘争心を閉じ込めるんだ!」
「何言ってんだ手前!もしこれで負けたりでもしたら「
「最後の直線、全部食らいつくすつもりで走れ!ずっとずっと我慢して、最後の直線で全部解放するんだ!そうすれば必ず勝てる!」
選抜レースで感じた闘争心、夕暮れ時に見た電撃のような脚。この2つが合わさればヒカルイマイは必ず勝てる!自信をもって送り出せる!
目の前のイマイは何か言いたげだったが、最終的には舌打ちをしてターフへと向かう。
「手前ッ!これで負けでもしたらターフに埋めてやるからな!」
「自由にしていいよ~!」
「……ったく、調子狂うぜ本当」
どうやら納得してくれたみたいだ!
「あら?作戦会議は終わったみたいね。ま、なにしようと無駄だけど」
「ほざけ。手前をぶちのめして、地べたに這いつくばらせてやる」
「やってみなさい落第生。勝つのは私よ」
今回のレースは一騎打ち。コースを1周して先にゴールした方が勝ちのシンプルなルール。
(心臓がうるさいくらいに鳴ってる……この勝負に、凄くドキドキしている!)
両者が位置について、審判役の子が投げるコインが下に落ちたらスタート。今、コインは投げられて──下に落ちた。
「ッ!」
「ッく!」
綺麗なスタートを切る相手と、少し遅れてスタートするイマイ。最初の勝負は、向こうに軍配が上がった。
◇
クソ、クソ、クソ!毎度思うがカーブが曲がり辛くてかなわん!あのボンクラトレーナーの指導でマシにはなったが、それでもうざったいことこの上ない!
「あれ?ちょっとマシになってんじゃんカーブ曲がんの」
「それでも拙いけどね~キャハハ!」
うるせぇ!これでもマシになった方なんだよ!ぶん殴ってやろうか!?
儂のイライラの原因はそれだけじゃない。レース前、アイツから指示されたこと……最後の直線までひたすらに我慢しろということだ。道中どれだけ離されようが構わない、最後の直線までずっと我慢しろとアイツは言った。それだけで勝てると。けどよぉ。
(それは勝利の定石ってヤツからは外れてんじゃねぇのか?少なくとも、儂は見たことねぇぞ!)
今回みたいな一対一の戦いなら、マークするかされるか。儂のスタートは……まぁ置いといて。現時点で相手が前を走っている。その後ろをピッタリとキープする方がグッと勝ちは近づくんじゃねぇのか?と思う。つーか、それが普通だ。
(なんだって我慢する必要があんだよ?マークして、最後に躱せば勝ちじゃねぇか!)
第2コーナーを曲がるが……クソ!相変わらずめんどくせぇ!どうしても外に膨らんじまう!そんな儂とは打って変わって、相手は綺麗なコーナリングで曲がっていた。
「ま、多少やれるようになったみたいだけど。それでもまだまだね!」
こっちを小バカにするように煽りやがって……後悔させてやらぁ!
直線に入ってアイツとの差を詰めようとする……が。トレーナーの言葉を思い出す。
「道中はひたすらに抑えて、闘争心を閉じ込めるんだ」
ボンクラが何を考えているのかは分からん。ただ、コーナリング……これまでのトレーニングもそうだが、アイツの指示は的確だった。少なくとも、儂が1人でやっている時よりもはるかに効率は良かったと断言できる。
(アイツの言うように、コーナリングがマシになったのもトレーナーのおかげだ。そんなトレーナーが、こうすれば勝てると言っていた……)
少しだけ迷う。このままアイツを追いかけるように走るのがいいのか、それともトレーナーの言う通り我慢した方が良いのか。1人でやっていた頃の記憶と、トレーナーの指導を受けていた時の記憶を天秤にかけ……アイツの表情を思い出す。
「ずっとずっと我慢して、最後の直線で全部解放するんだ!そうすれば必ず勝てる!」
自信に満ちた顔、儂の勝利を微塵も疑わない表情が頭に浮かぶ。本当に不思議なヤツだ、トレーナーは。
さっきから我慢がきかねぇ。目の前の相手を追い越せという飢えを、全員蹴散らせという衝動をなんとか抑え込む。クソ、本当に腹立たしい!だけど、なんとか我慢する。それが
(儂の悪評なんざ腐るほど聞いてるだろうに、それでも儂について回る。儂のことを庇い、儂の才能を愚直に信じている)
あんなトレーナーには会ったことがねぇ。儂の知っているトレーナー共は、儂に才能はないと見切りをつけて諦める道ばかりを突きつけてきた。コーナーもろくに曲がれねぇ、頭の出来も悪い、実績もなけりゃ農家上がり、乱暴者の儂に居場所はねぇとのたまいやがった。
だけどアイツは違う。儂の力を信じ、こうすれば勝てると断言した。最初の選抜レース以外、ドベかブービーしかとったことのない儂を。誰からも見放された儂を。アイツはどこまでも信じていた。本当のバカだぜ、あのトレーナーは。
「……やってやる、乗ってやろうじゃねぇか。手前の策に!」
さっきから対戦相手に追いつこうと必死になっていた。すぐにでも追い越して、間抜け面を拝んでやろうと躍起になっていた。だけど、それは一旦忘れてやる!それに、これで負けたとしてもトレーナーをターフに埋めてりゃ済む話だ!自由にしていいって言ったからな!
(覚えておけよボンクラめ!)
不思議とニヤけそうになる面を抑え、内なる衝動を必死に抑えながら第3コーナーのカーブを曲がる。相変らず不格好なコーナリングに腹が立つが、それでもまだ我慢だ!アイツと儂の差はどれくらいか分からん。少なくとも10は開いているだろう。
本当に間に合うのか?できるだけ早く差を詰めた方が良いんじゃないか?とも思うが、ここまで来たらもう自棄だ。最後まであのトレーナーの言うことを
◇
第4コーナーを走るヒカルイマイ。前を走るウマ娘との差は実に15バ身程。かなりの差がついていた。
「キャハハ!あんだけ差がついてたらもう無理でしょ!」
「ま、どの道これがアイツの限界でしょ。詰められても5バ身とかその辺じゃない?」
「もっと差がつきそうだけどね~アハハ!」
対戦相手のウマ娘の友達はもう追いつくことはないだろうと勝利を確信したムード。ここから先、縮めることはできても追い抜くことはできないだろうと自信を持っていた。
それは対戦相手のウマ娘も同じである。内心、勝ちを確信していた。
(こんだけ差がついてたらさすがに無理でしょ!最後の直線は大体400、追いつけるはずがない!)
向こうのスピードがどれだけ早くても、こちらもそれなりに脚を残している。自分の勝利は揺らがない……そう信じていた。
最後の直線に入る。ギアを上げよう、そう思った彼女の背中に走る悪寒。
「ッ!?え。な、なに?」
後はもうゴールまで走り抜けるだけ。心配事など何もない。なのに確かに感じる、なにかが迫りくる予感。その予感は、少しの時間を置いて現実となった。
「よぉやく最後の直線だァ……!」
獣のような鋭い視線。目は血走っており、遥か前方にいる獲物を前に、ヒカルイマイは深く沈み込む。
「ここまで我慢し続けたんだ……手前を──ぶち抜いてやらぁッ!」
そして、一気に爆発させた。
「……はぁっ!?ちょっ!」
そのスピードは、常軌を逸していた。観客席で応援していたウマ娘も驚きで目を見開く。それほどまでにヒカルイマイのスピードは飛び抜けていたのだ。
一歩進む度に前との差が縮まる。400mしかない最後の直線、ヒカルイマイは前のウマ娘との差をグングン縮めていた。一度目を離せば見失いそうなほどの速さ、観戦していたウマ娘達は驚きに目を見開く。
「……は?」
「あ、アハハ。ウチの目がおかしくなったみたい……え、え~っとヒカルイマイのヤツは~っと……」
「現実見なよ!あれヤバいって!?」
10バ身以上は開いていた差。残り200mを切った頃には6バ身近くまで縮まっていた。前を走るウマ娘は恐怖する。
(ま、待ってよ……さっきまでどれくらい差があったと思ってんの!?)
焦り、困惑する。どうしてここまで差が縮まっているのかと、必死に脚を動かしながら考える。
(
後ろを振り向いて──後悔する。気づけばヒカルイマイは。
「どけやっ」
「ひィッ!?」
自分を食い破らんばかりの眼光で睨みつけ、すぐ後ろまで迫っていたのだから。怖気づき、
「……あっ」
気づいた時にはもう遅い。ヒカルイマイはすでに彼女を抜き去り──ゴール板まで一直線に駆け抜けていった。
◇
気づいたらゴール板を駆け抜けていた。だが、それは重要じゃねぇ!
(対戦相手は!アイツはどこ行った!?)
前を向くが……誰もいねぇ。次に後ろを振り向くと、アイツが走ってきていた。
(儂が前にいて、アイツが後ろにいる……ってことは!)
「儂が、勝ったのか……?」
なんつぅか、あまり実感が湧かねぇ。本当に自分が勝ったのかと思いたくなるような、そんな気持ちになってきやがる。けど。
「や、やったなイマイ!君が勝ったんだー!」
観客席から嬉しそうに駆け寄ってくるトレーナーの声で、自分が勝ったのだとようやく実感できた。
「勝った……勝ったんだな、儂は!」
「そうだ!君が勝ったんだ!」
今まで勝てなくて悔しい思いをした。1人でもがいて、足掻いて。結果を出せずにいた。
それが、今日は勝てた。きっと……儂を指導してくれたトレーナーのおかげなのだろう。
(……コイツがいれば)
儂の目的を、儂の復讐を果たすことができる。それに、コイツ以外にはどうせ嫌われている身だ。なによりコイツ自身、儂に惚れたとか抜かすようなヤツだしな。確定でいいだろう。つか選抜レースで勝とうがどうせコイツのとこに行くつもりだったし、ちょっと早くなるだけだ。何の問題もねぇ。
いまだに儂以上に喜んでいるトレーナーに向き直り、正面に見据える。
「おい、手前」
「な、なにかな?イマイ。もしかして、この程度で喜ぶなって?」
「違う。そうだな……一度しか言わねぇからよく聞け」
姿勢を正すアイツ──トレーナーに。儂は指を突きつける。
「手前、儂のトレーナーになれ」
素っ頓狂な面をしてやがる。間抜け面で笑えてくるぜ。ただ……悪い気はしねぇ。
模擬レースの勝利とトレーナーになれ宣言!