「手前、儂のトレーナーになれ」
「へっ?」
え、え~っと。とりあえず今何が起こってるんだ?状況を整理しよう。
まず、イマイが学園生と模擬レースをしていた。道中で10バ身……推定15バ身ぐらい差がついていて、結構絶望的な状況。観戦している対戦相手の友達も勝ちを確信して笑っていたのを覚えている。けど、ヒカルイマイはその15バ身差を最後の直線だけで覆した。
イマイの勝利を祝うために彼女の下へと急いだところまでは覚えている。おめでとうと、君が勝ったんだと伝えて……イマイから告げられた言葉が、自分のトレーナーになれという言葉。
(え、え?なんで?どういう心変わり?)
そりゃ彼女を担当するのは嬉しいよ?指導している内にトレーナーになれたりしないかな~なんて願望も抱いてたりした。けど、いざ言われるとさすがに戸惑うというか。彼女トレーナー嫌いみたいだし、どうにかならないかな~なんて思ってたところにこれだ。喜びよりも先に困惑が出てしまう。
(な、なんて返事するのが正解なんだ?というか、さっさと返事しないと……っ!)
「おい手前、なんでさっさと返事しねぇ?」
ほらやっぱり!イマイ怒ってるよ!しかめっ面で早く答えろって催促してるし、考えるのは後回しだ!
「も、勿論!君のトレーナーにならせてもらうよ!」
「フン。最初からそう言えばいいんだよ」
「で、でもなんで急に?イマイ、トレーナーは好きじゃないんだろう?」
「あ?んなもん単純な理屈だ」
単純な理屈……あ、何となく察しがついたぞ。
「儂はトレーナーからも嫌われている田舎もんだ。スカウトしてくれるヤツなんざ、それこそ名義貸しトレーナーしかいねぇだろ」
「確かにそうだね……イマイの評判はアレだし、名義貸しトレーナーすら……いてっ!?」
またイマイに蹴られた……事実なのに。
「うるせぇよバカ。……なんにせよ、儂をスカウトしようなんてもの好きは手前しかいねぇ。だから、選抜レースで結果を出そうが手前のとこに行くつもりだった。それが早まっただけの話だ」
「そ、そうなんだ。どの道俺のとこに来る予定だったのか」
「そういうこった。手前も嬉しいだろ?なんせ、儂に惚れてるんだからなぁ?」
その話を蒸し返すのは止めてほしい。最初に出会った時、いくら衝撃的だったとはいえ手を掴んで惚れた宣言はクビにされてもおかしくない事案だぞ。イマイとしてはからかってるだけなんだろうけど。
「その話を蒸し返すのは止めて欲しいな……とりあえず、正式な契約書類を「ねぇ、ヒカルイマイ」あれ?君は……」
「あん?なんじゃ手前。まだおったのか」
「いたわよ!というか、まだ終わってないでしょ!」
トレーナー契約を結ぼうとしたら、対戦相手の子と友達が並んでいた。全員、バツが悪そうな表情しているけど……まさか!?
(そういえば、レースで負けた方は土下座だったよな!?)
もしかして、土下座しようとしているのか!?
「だ、大丈夫だよ土下座しなくても!イマイだって売り言葉に買い言葉だったんだろうし、今更気にしないって!」
「あ゛ぁ゛?んなわけねぇだろ。とっとと土下座しろや」
「イマイ!?なんでそう自分から評判を下げるようなことするかなぁ!?」
ここで許せば君の評判だってちょっとはマシになるだろうに!でも、対戦相手の子はすでに覚悟を決めているのか準備を始めていた。あぁ……もうダメだ。
「それでいいわ。こっちが最初に言い出したこと……あんたをバカにしていたのは事実だもの」
「ね、ねぇやっぱりしない方がいいって!」
「そうだよ!土下座なんてしたって知れ渡ったら……」
「あんたたちは黙ってなさい!私は勝負に負けた、どの道すぐに話は広まる!それに……」
イマイの方をチラリと見た相手の子は目を伏せる。
「最後の末脚、凄かったわ。あんたの走りに恐怖を抱いた……その時点で、私はすでに負けてたのよ」
「……フン」
膝をつく彼女。手のひらを地面につけ、額を地に伏せ、ヒカルイマイに平伏する。
「私の浅慮な考えであなたを愚弄したこと、深くお詫び申し上げます」
「……」
無言のヒカルイマイ。土下座している子はいつまでたっても顔を上げない。きっと、イマイが良いというまで下げ続けるつもりだろう。彼女の友達もハラハラとした様子で見守っている。
イマイは、頭を掻いてやり辛そうに、バツが悪そうに声を上げた。
「~~~ッ!止めじゃ止めじゃ!さっさと顔を上げろ鬱陶しい!」
「けど」
「第一!そこまで申し訳なさそうにせんでもいいわ!ただ土下座すれば満足だったんだよこっちは!」
自分から要求したのに、イマイは滅茶苦茶なことを言ってる。顔を背けて表情が見えないようにしていた。
「おいトレーナー!さっさと帰るぞ!契約書類?ってヤツを書くんだろ!」
「え?そりゃそうだけど……って、待ってよイマイ!置いてかないで!?」
この状況で置いていかれるのは勘弁だ!急いでイマイの後をついていく。
こうしてイマイの模擬レースは終わった。結果は勝利。そして。
「ヒカルイマイ……認識を改めないといけないわね」
「で、でも!あんなの1回こっきりの「そんなわけないでしょう?」あうっ」
「実力は認めないといけないわ。彼女は決して落第生なんかじゃないってね」
ヒカルイマイに対する認識も、少し改まっていた。
◇
1人のウマ娘が怒り心頭といった様子で廊下を歩く。周りのウマ娘は何事かと思う者、近づかないようにする者と様々だ。
「ねぇ、メイズイ先輩どうしたのかな?」
「さぁ……なんか、凄く怒ってるね」
「
ウマ娘──生徒会副会長であるメイズイは足音を鳴らしながら生徒会室の扉を乱暴に開く。開口一番、声を張り上げた。
「シンザンはどこだッ!?」
廊下に響き渡るほどの大声。中にいたウマ娘──同じく生徒会副会長であるカネケヤキは溜息を吐く。
「さぁ?あの子は神出鬼没ですから。どこにいるかなど見当もつきません」
カネケヤキはシンザンの居場所は分からないと答える。だが、それでメイズイの気が収まるはずもなかった。地団駄を踏む勢いで怒る。
「ア!イ!ツ!め~!自分の仕事をほっぽり出して、すぐにどっかに行きやがった!先輩を敬うって気持ちがないのかよ!?」
「多少はあるでしょうが、それでも仕事は面倒くさいのがあの子の気持ちでしょう。いつものことではないですか」
「確かにいつものことだが、それじゃ困るんだよ!アイツ、仮にも生徒会長だぞ!?」
メイズイが探しているシンザンというウマ娘はこのトレセン学園の生徒会長である。カリスマ性、レースの実力、家柄……どれをとっても相応しい逸材であり、現在2人しか達成者がいないクラシック三冠ウマ娘の1人でもある。彼女の名前を冠したレースも創設されるほどの偉大なウマ娘。それがシンザンだ。
ただ、シンザンには困った悪癖があった。それがこのサボり癖。
「いつも気を張ってたら疲れちまうよ。適度に手を抜いて、やるべき時にやればいいのさ」
本人はそう語っているが、彼女の場合サボりの方が圧倒的に多い。そのしわ寄せは彼女以外の生徒会メンバーに押し寄せてくる。
カネケヤキはいつものことだと諦め切っているが、メイズイはそうはいかない。彼女のサボり癖を何とかしようと毎日奮闘している。結果は……御覧の有様だが。
「これじゃあ先代の生徒会に合わせる顔がない!なんとしてでもアイツを引っ張り出さないと……!」
「別にやるべき時はちゃんとやりますからいいと思いますけどね」
「アイツを甘やかすなカネケヤキ!だからつけあがるんだ!」
やるべきことはやっているから見逃す方針のカネケヤキと、甘やかすべきではないというメイズイ。これもまたいつもの構図である。
「探しに行くぞカネケヤキ!シンザンが行きそうな場所をしらみつぶしに探すんだ!」
「……まぁ仕事もひと段落しましたし別にいいですよ。それよりも聞き込みして探しましょう。その方が効率的です」
作業を中断し、カネケヤキは立ち上がる。メイズイと共にシンザンを探すことにした。
が、シンザンは思いの外楽に見つかった。
「シンザン会長なら練習場の方で見ましたよ?」
「本当か!?」
「は、はい。今模擬レースやってみるみたいで……面白そうだからって見に行ってました」
「ありがとうございます……それではメイズイ先輩、行きましょうか」
「あぁ!待ってろよシンザンのヤツ!」
校舎を出て聞き込みを開始すると、複数の生徒から練習場の方で見たという目撃証言を得る。メイズイとカネケヤキはすぐさま練習場へと向かった。
練習場に着くと、すぐにシンザンの姿を発見する。観客席で寝そべり、レースを見守っていた。
「おいシンザン!お前、こんなとこでなにをしている!?」
「あ~ちょい待ち。今いいとこだからさ~、仕事は後でするから放っておいてくんない?」
「~~~ッ!」
シンザンの頭に拳骨を落とすメイズイ、が。シンザンはひょいっと躱して寝そべるのを止める。
「避けるな!」
「え~?ヤダ。避けないと痛いじゃん?」
「痛くすんだから当たり前だろうが!お前、こんなとこでなに油売ってんだ!仕事しろ仕事!」
「だ~から後でやるってば。今はこのレースを観させてメイズイさん」
レースをしている場所を指差すシンザン。メイズイとカネケヤキも視線を移すが……意外な相手がレースをしていることに2人とも驚く。
「アイツは確か……ヒカルイマイ?」
「本当ですね。学園でも屈指の劣等生だと認識していますが……また喧嘩ですか?トウメイはなにをしているのです?」
メイズイもカネケヤキも、ヒカルイマイにはあまり良い感情を抱いていない。学業もレースの成績もよいとはいえず、多くのウマ娘から苦情を寄せられる問題児。苦情に関しては、メイズイとカネケヤキは半信半疑の姿勢を貫いているものの、ヒカルイマイの態度からやや疑い寄りの態度を取っている。
ただ、シンザンは違った。
「いや、なぁに。さっきも言ったように、面白いことになりそうだからねぇ」
「面白いこと?どうせヒカルイマイが負けるだろう?彼女、選抜レースの結果も振るわなかったはずだ」
「……現状、対戦相手との差は15バ身程ですか。最後の直線で巻き返すつもりでしょうが、あれだけ開いているともう無理でしょう」
冷静に状況を分析するカネケヤキ。ヒカルイマイの勝利を信じてはいなかった。実績も何もない彼女が勝つなど思ってもいない。シンザンは──笑う。
「だったら、観ておくといい。トレセン学園に新しい風を呼ぶ、彼女の走りをね」
懐疑的な視線をシンザンに向けるメイズイとカネケヤキ。彼女の言うように、レースを見守ることにする。
最後の直線。前との差は15バ身で変わらず。最早これで終わりだろう……そう思っていた2人の目に飛び込んできたのは、驚くべきものだった。
「なっ!?」
「……ほう」
「ハッハッハ!こりゃ凄い!とんでもない脚だねぇ!」
メイズイは目を見開き、カネケヤキは感嘆の息を漏らし、シンザンは手を叩いて笑う。ヒカルイマイが繰り出したすさまじい末脚に、驚嘆する他なかった。
結果、レースはヒカルイマイの勝利で終わる。メイズイは口を開けて固まっていた。しばらく経ってから、ようやく声を絞り出す。
「……おいおい、アレが劣等生だと?学園のトレーナー連中は節穴か?」
「あれほどの末脚、学園でもトップレベルではないですか?今までこの末脚を見逃していたと?」
「ま~選抜レースは悲惨な有様だったからねぇ。あの末脚を発揮させたのは……間違いなく彼だ」
シンザンが送った視線の先には、ヒカルイマイを指導したであろうトレーナーが立っていた。新人なのか、とてもあわあわとしている。
「彼……確か、新人だったか?名前は中島だった気がするねぇ」
「新人……新人がヒカルイマイの才能を見出した、と」
「偶然か、はたまた慧眼の持ち主か……いずれにせよ、落第生という認識は改めねばなりませんね」
目を細めるカネケヤキ。シンザンはいまだに楽しそうにしている。
「うんうん。彼女ならば、この学園に新しい風を吹かせることができる。あたしの目に狂いはなかったね」
「新しい風、だと?」
「そうさ、メイズイさん。今の学園は正直、退屈だろう?」
シンザンは今の学園を憂いている。その理由は、現在活躍しているウマ娘達にあった。
「名門や倶楽部での実績で評価が固まり、無名だった子達はほとんどチャンスがない。ま~頑張ってこなかった報いと言えばそれまでだが、
「……何が言いたいんです?シンザン」
「単純さ、カネケヤキ。レースってのはさ──血や家柄で決まるもんじゃねぇ」
シンザンは笑う。これから先の時代に思いを馳せて。
「全てのウマ娘には平等にチャンスが与えられるべきであり、勝ったウマ娘こそが讃えられるべきだ。血や家柄なんて関係ねぇ、勝者こそが正義なんだよ」
「……それこそ、ヒカルタカイ*1のようにか?」
「そうだ!なのに無知蒙昧なトレーナー共はいまだに目を向けやしねぇ!ヒカルイマイのような雑草には見向きもしねぇのさ!」
メイズイやカネケヤキも思うところがあるのか、反論はしない。シンザンはなおも語る。
「ヒカルタカイの実績があっても尚、トレーナー共が重視するのはこれまでの実績に家柄だ!大事なのはウマ娘の今を見ることなのにな!」
「それも仕方ないでしょう。誰しも安牌を求めるものです」
「だからさカネケヤキ!ヒカルイマイというウマ娘の出現は、これからの学園に革命をもたらす!」
「革命、か。具体的には?」
「ヒカルイマイは農家上がりに家柄不明の親無しだ!10人のトレーナーがいれば10人のトレーナーが袖にする、そんなウマ娘!彼女がもしクラシックを取れば──世間様はひっくり返ると思わねぇかい?」
楽しそうに笑うシンザンと黙るメイズイとカネケヤキ。彼女達も、今の学園には思うところがあるのだろう。
「彼女は間違いなく新しい風を呼び込む!このトレセン学園に蔓延る常識とやらを打ち砕くウマ娘だ!……あたしはそう確信しているよ」
「……成程な。お前の考えは分かった」
「そうだろうそうだろう?素晴らしい考えだと思わねぇかい、メイズイさん」
シンザンの考えに一定の理解を示すメイズイ。だが、次の瞬間にはシンザンを睨みつける。
「だが、それとこれとは話が別だ!とっとと仕事に戻れシンザン!」
「っち、騙されてくれなかったか。じゃあね~メイズイさんにカネケヤキ。あたしはおさらばさせてもらうよ~」
「待てシンザン!追いかけるぞカネケヤキ!」
「……はいはい」
シンザンとメイズイ、カネケヤキの追いかけっこが始まる。生徒会は今日も平和だった。
シンザン 生徒会長。ただ自由気ままな放浪人なので仕事は基本任せ気味。
メイズイ 生徒会副会長。サボり癖のあるシンザンをいつも追いかけている。
カネケヤキ 生徒会副会長。2人のやり取りを呆れた目で見ている。