「おい、ボンクラ」
機嫌が悪そうなイマイの声。答えを間違えたら即座に拳か蹴りが飛んでくるであろう圧を我慢してなんとか答える。
「な、なにかな?」
「なにかな、じゃねぇよ」
もう我慢ができない。イマイは声を張り上げた。
「手前、いつになったら儂をレースに出すんだよ!」
現在9月も半ば。メイクデビューが始まっている中で、イマイはまだデビューを迎えられずにいたのである。そりゃ怒りたくもなるよね。イマイとしてはさっさとデビューしたいところだし、勝ち上がって結果を残したいと考えているんだから。
ただ、ここはイマイを諭す。
「そうは言うけどさ、イマイはやっとこさ技術がなんとかなってきた状態でしょ?コーナリングだってまだまだだし」
「うぐっ。け、けど!」
「模擬レースを勝てたのだって、1対1かつ相手が油断してたってのが大きい要因だ。レースは最低でも5人はいるし、今の状態で出走しても勝ち負けには絡めない。だからもうちょっとどうにかしないと」
「~~~ッ!だ~クソ!やりゃいいんだろやりゃ!」
イマイはやけくそ気味に叫んでトレーニングへと向かった。もうちょっとコーナリングがどうにかなれば、なんだけどなぁ。
(一応デビュー日は決めてあるし、なんなら10月……来月にはデビューする予定なんだけどね)
想定よりもペースが早いし、飲み込みも悪くない。身体も仕上がってきて、勝つには問題ないくらいにはなった。さっき勝ち負けに絡めないといったのは、イマイに発破をかけるためだ。彼女のやる気を出させるにはこれが効果的だろう。
正直イマイのコーナリング技術がまだまだなのは本当だ。それでもそれなりにやれるようにはなったし、模擬レースの時のような末脚を発揮できればまず負けないだろう。ゲート試験もなんとか突破したし、細かい技術を覚えていって、後は位置取りの勉強もしないとだ。
(コツコツとやってきたおかげでイマイは格段に成長している!これならメイクデビューは問題ないだろう!)
後は出走するメンバー次第だ。イマイが出走する予定のレース、京都1200mの情報を集めておかないと!
トレーニング終了後。イマイとのミーティングでメイクデビューの日が決まったことを教える。早めに教えていかないと今度はへそを曲げそうだし。
「トレーニングお疲れ様、イマイ。コーナリングもまずまずになってきたね」
「っち。毎日毎日コーナーを走る練習ばっかやらされてたら嫌でも様にならぁ」
悪態をつくイマイ。申し訳なく思うが、それだけ拙かったということだ。後悔はしていない。全部勝つために必要なものだから。
「それでイマイ。コーナリングも様になってきたし、ゲート試験も突破したし。ここいらで1つ、俺達も挑もうじゃないか!」
「……へぇ。ついに重い腰を上げたってわけかい、手前も」
「そんなつもりじゃなかったんだけどね。というわけで、イマイのデビュー日が決まったよ!来月の京都レース場、芝1200mのメイクデビューだ!」
「ようやくデビューかよ。待たせやがって」
悪態をつくイマイに苦笑いを浮かべる。待たせ過ぎたかもしれない、か。
「技術とか戦法とか色々と覚えてきたからね。ここまで待たせちゃってごめん」
「……いーよ別に。勝つためだ。勝たなきゃ意味ねぇんだからよ」
「そうだね、デビューしても、勝たなきゃ意味がない。勝たないと君の目的は達成できないんだから」
イマイはそっぽを向いているけど、尻尾が嬉しそうにブンブン動いている。デビュー戦を迎えることができて嬉しいんだろうな。イマイの目的でもある世間を見返すために勝ち続けること……その第一歩を踏み出すことができるのだから。
「さて!メイクデビューが控えているわけだから、これからはさらに気合を入れて頑張ろう!今まで以上にビシバシ行くよ!」
「暑苦しいねぇ。ま、よろしく頼むぜトレーナーよぉ」
「うん、任せて!」
メイクデビューまで後一ヶ月。頑張っていこう!
◇
ようやく儂のメイクデビューが決まった。10月の京都レース場で開催される芝1200m……それが儂のデビュー日であり、儂にとっての復讐の始まりだ。
(ま、こればっかりは仕方ねぇ。トレーナーと会うまで全部独学でやってたせいで、基礎ってもんはないに等しい状態だったからな)
トレーナーの心配も分かるってもんだ。アイツも儂が勝つために必死に頭を絞っている。その結果、デビューがここまで遅れたってことだ。ここまで長かったってもんだ。
そして今だが、アイツから渡された教本を呼んでいる。レースの展開……つまり有利なコース取りの仕方とかが色々と書かれている本だ。
「……クソ、アイツに読めって言われたから読んでいるが、難しすぎんだろ!」
いや、まぁ分かっている。教本にはアイツの字で丁寧にかみ砕いた説明が書かれている。だから、普通よりも分かりやすく書いているのだ。けど、生憎と勉強は苦手なので読むだけで頭が痛くなってくる。
(そもそもが、夏の期間もあんまりトレーニング出来なかったしな……儂の補習のせいで)
本来なら夏休みもミッチリトレーニングする予定だったのだが、テストの成績が良くなかったので補習を食らった。そのせいでトレーニングの時間を少しばかり削られたのである。アイツはあんまり心配していなかったが……もし夏休みもトレーニングができていたらと思わずにはいられない。
けど、読まないとなぁと思いつつページをめくる。……わ、分からん。
「あらぁ?なにかと思えば……なに読んでんのよ、イマイさ~ん?」
誰かから声をかけられ、読んでいた本を取り上げられる。誰だよ、人様が勉強している時に邪魔しやがって……。
顔を上げると、ま~いつもの連中。儂が気に食わんヤツらだ。本の中身をぺらぺらとめくっては小バカにするような笑みを浮かべている。
「今更こんな勉強してるの?イマイさん。もうすぐデビューなのに?」
「うっせぇ。手前に関係あるかよ。とっとと返しやがれ」
本を取り返そうとするが、ひょいっと躱される。身長も向こうがデカいため、取り返すのは容易じゃねぇ……クソッ!
「そ・れ・に~?勉強したって無駄よ。どういう手を使ってトレーナーと契約したのか知らないけど」
「あなたじゃメイクデビューも勝てないわ。早く田舎に帰った方がマシなんじゃない?」
「赤っ恥かく前に尻尾巻いて逃げたら?アハハ!」
いつも通りの罵倒、くだらない言葉、そんなものはどうでもいい。その本を返しやがれ!
「いいから返せってんだよ!儂が何しようが、手前らには関係ねぇだろ!」
「え~?無駄だって分かってることを止めさせてあげてるのよ?むしろ感謝「止めなさい、あなた達」は?」
気づけば儂の本を奪ったヤツから本を取り戻したヤツがいた。そいつは……大分前に儂が模擬レースで負かしたウマ娘。な、なんでだ?
取り戻しただけじゃない。
「はい、イマイさん」
「お、おぉ……」
儂に、素直に渡しやがった。訳が分からん……今まで儂を小バカにしたような、それこそ今本を奪ったヤツのような反応をしていたのに。
立ちすくんでいると、非難するような声が上がる。
「な、なにすんのよ!?」
「なにって……人の勉強を邪魔する輩がいたから止めただけなんだけど?」
「はぁ!?そいつは勉強したって無駄なの!だから止めさせてあげたのに!」
仲間から同調するような声が上がるが、溜息1つ吐き。たった一言呟く。
「無駄なことしている暇があったら、自分の実力を磨いたら?そんなんじゃイマイさんに負けるわよ」
それだけ言ってアイツは自分の席に戻っていった……な、なんじゃアイツ?様変わりし過ぎだろ。つーか、儂を庇うような態度を取ったらアイツも……と思ったが、いつもの取り巻きと一緒に話していた。何も変わっちゃいない。え~……ますます意味が分からん。なんでぇ?
さて、本を奪ったヤツだが。顔を真っ赤にしていた。お~茹蛸みたいじゃな。これはこれで面白い。
「な、なによアイツ……!今更良い子ちゃんぶって!」
「いーのよ。また本を奪え「本を、なんですか?」決まってるでしょ!ヒカルイマイの本を……」
そしてまた現れる第三者。今回は大盤振る舞いだな。やってきたのは、トウメイである。別のクラスだというのに何で来たんだ?
「イマイの怒号が聞こえたもので。それで……何をやっていたのですか?」
「……ふん!なんでもないわよ!」
トウメイ相手では分が悪いと思ったのか、ヤツらは足早に去っていった。ただ、コソコソと陰口を叩いているのが聞こえる。
「むかつく……邪魔してくれちゃって!」
「でも、トウメイさんを怒らせるのはまずいよ。生徒会にバレちゃう」
「生徒会にバレたらさすがにマズいもんね~。ま、ヒカルイマイが勝てないのは事実だし。もう少しの辛抱よ」
……まぁいい。まだ儂はデビューをしていない。デビューしてからのアイツらの反応が楽しみだ。
「それにしてもイマイ。あなた本当に何もやってないでしょうね?」
「してねぇよ!アイツらが勝手に本を奪っただけだ!儂は取り返そうとしただけ!」
「冗談ですよ。それでは、私はこれで」
トウメイは儂の様子が気になっただけなのかそのまま帰った。質の悪い冗談を言いやがって……本当におせっかいなヤツだ。気を取り直して勉強を続ける……相変わらずちょっとしか分からん。トレーナーのメモがなけりゃまず理解できんな、これ。
メイクデビューを控えているからか、トレーニングもキツくなってきた。
「ペース落ちてるよイマイー!もう疲れたのー?」
「抜か、せッ!まだ、まだ……いけんっ、だよ!」
いつもよりも多いトレーニングメニュー。かなりキツいが、それでも勝つために数をこなす。本番は近づいてきている、勝たなきゃ儂の目的は果たせない。
(儂を見下すヤツらを全員跪かせ、儂を捨てたクソ親を探し出す!絶対に、絶対にだ!)
その一心でトレーニングを続けた。
トレーニング終わりにはストレッチ。トレーナーに正しいやり方を教えてもらい、疲労をできるだけ残さないように筋肉をほぐす。頭に浮かぶのはデビュー戦のことばかりだ。不安も多少はあるが、それでも湧き上がるのは見返すという思い。負けるわけにはいかないという気持ち。
準備は着々と進んでいる。メイクデビューの日が、少しばかり楽しみだ。
次回はデビュー戦。