エルマルは……終わらねえっ! 作:ONE DICE TWENTY
第16話 激震! さらばワノ国、そして暗殺へ
かかった声は、求めていたものではなかった。
「よよ、よよ~~! お嬢さん、お嬢さん! どうしたんだいそんなに俯いて。折角の美人が真下ぁ向いてちゃ、輝くモンも輝けないですよ! アハハハ!」
「……確か、トノヤスさん、だったかしら」
「おやどうしてあっしの名を? と思ったら、おやおやおやまぁ、確か茶屋にいた……」
「ええ、あの時は……顔を隠していたから、あまり記憶にないと思うけれど」
「いやいや、覚えてますよ。オロチの支配下にあったえびす町で、こっそりと、けれど堂々と光月家のこと聞いて回るなんて自殺行為する人、アハハ! そんなにいやせんからね、イヨーッ!」
トノヤス。
彼はロビンがえびす町で聞き込みをしている時に出会った人物であり、その陽気さにアテられて一度は身を引いたものの、他人とは明らかに持っている情報量が違う、ということで「話を聞いた」人物。
その身体に、耳を咲かせてまで。
わかったのは──トノヤスが、どこまでも明るく、どこまでもワノ国を想っている、ということだけだったが。
「何か悩み事かい? あっしでよければ、なんだってきくよ! なんたって、ワノ国はもう平和になったんだからね! アハハハ!」
「いえ。……いえ、そうね。……少し抽象的な話になるけれど、聞いてくださる?」
「勿論、話してみなさいよ。それで、解決とまでは行かなくとも、楽になることもあるからね!」
何にアテられたのか。
それとも、ロビンのストレスが余程だったのか。
彼女は……途切れ途切れに、それを話を始める。
「……旅を、しているの」
「旅かぁ。旅はいいね。色んな所の、いろんな景色を見れる」
「ええ。そう。……秘境と呼ばれる場所。天空。常識の通じないオモチャ……絡繰だらけの島……ふふふ、それにはこのワノ国も含まれるわ」
そこまで長い期間一緒にいたわけじゃない。
彼女が"逃げ回っていた"時間の方がよっぽど長い。
ただ。
「最初は……良い傘だと思ったわ。注目を集めやすい行動を取って、それでいて人との繋がりに頓着が無い。友情とか、愛情とか……そういうものがまるっきりない、身軽で、空を飛ぶ鳥のように自由な傘」
「傘かぁ。ひらりはらりと風に舞って、飛んで行っちまいそうだね、そりゃ!」
「ええ。だから、掴んでおく必要があると……初めは思っていた」
ロビンを隠す傘。降りかかる火の粉を防ぐ傘。空まで飛べる傘。
そうだと思っていた。利用するものだと思っていた。けれど。
けれど、だ。
「その傘は……自分だけで飛べたの」
「へぇ! そりゃ凄い傘だ! でも持ってる奴がいなかったら、お空の途中でぼっきり折れちまうんじゃないのかい?」
「……折れなかった。どんな大嵐を前にしても、自分で向かって行って、その嵐を解消してしまうような傘だった。だからそれは、傘じゃなくて」
「帆だったんだねぇ」
ああ──そうだ。
彼は、帆だ。同じ風を受けるものでありながら、その在り方次第で、向かい風へも進んでいけるもの。
傘ではなく幕。傘ではなくベール。傘ではなく帆。
船の無い、帆。
「お嬢さんは、船じゃないのかい?」
「私は……せいぜいが、その帆に張り付いた汚れ程度。強い嵐が来るたびに洗い流されて……もう、掴んでいられなくなっている」
「アハハハ! じゃあ簡単だ。船をこさえちまえばいい。それさえあれば、帆も固定されるよ!」
「……」
「だけどね、お嬢さん。アンタには帆に見えてるかもしれないけれど……実はそうじゃないかもしれないよ」
「え?」
明るく、朗らかに。
──芯を捉える。
「
「旗……」
「何か、どっしりと強く。強く強く、どっかに刺さってる。折れねえように見えるのは傘や帆の骨組みじゃなく、竿の方だよ。風を受けてしなり、けれどいつしか戻り。進んでんのは風のおかげでも持ち手のおかげでもない、その刺さってる何かが前に進んでるから、旗のあの人も
砂嵐だろうと。大雷だろうと。毒ガスの中だろうと。大蜘蛛の巣だろうと。竜巻だろうと。
進まなければならない。
理由があって、目的があって、彼は進んでいる。
ロビンはその理由を、目的を、知らない。
「だからこそ、あっしは心配でならないよ」
「心配?」
「だってそうだろ? 目的地があって進んでるその何かは、けれど目的地に着いたら進むのをやめちまう。そうなったら旗はどうなると思う?」
「ようやく休める……のではなくて?」
「いやいや。旗はね、用が無くなったら
「それは……誰に?」
「誰だろうね! アハハ、そいつはあっしにゃわからないことさ。お嬢さんでもわからないなら、神様仏様でもわからないかもしれない。でもね、でもね。わかるための努力はできる。それに」
トノヤスは、少しだけ溜めて……言う。
「あっしには彼がまるで、
「彼は……死ぬつもりだと?」
「未練は無ぇと! そう言っているように見えたよ」
未練。
エルマルという場所を何よりも大事にする彼が……そんなものは必要ないと。
そうではない。
そうではないのだ。
「そうじゃないよ、お嬢さん。それを守んのに命を
だから。
「半端な覚悟じゃ、ついてはいけないよ」
「……」
「お、いたいたニコ……おロビ。と……ああ康イエか。なら取り繕う必要なかったな」
来た。いつの間にか、この路地裏に。えびす町の、こんなところに来るはずがない、と思っていた場所に。
花の都でけがの治療をしていたはずの彼が。
「あんれまぁ! 兄さん、どうしたんだいその腕! 包帯から血が滲み出てるよ、大丈夫かい!」
「お匙さんの看病の隙をついて抜け出して来た。見つかったら連れ戻されると思う」
「ダメだよダメだよ、治るまでは安静にしていなきゃあ。わははは、この国を救ってくれた恩人なんだから!」
「いや、いいよ。痛いだけだし。ニコ・ロビンに言いたい事言ったら戻る予定だし」
「言いたいこと……?」
ん、と。
レコダは軽く頷いて、いつもの調子で、言う。
「カイドウにさ、死に場所を求めてる、って言われたんだ。でもそれってちょっとした勘違いでさ。死に場所を求めてるんじゃなくて、死に時を定めてる、って方が正しい」
「それ、は」
「噓吐きレコダ君が今だけは正直なこと言うけどさ。俺、知ってんの。──まだエルマルが救われてないって事実。だからそれを変えるために今奔走してて、ついでに償いもしてる。だから──」
降る。
降り注ぐは──暖かな、日の光。
「すまん。最初から、アンタを永遠に連れまわしていけるようなタマじゃねーんだわ。五年後。そこが俺の死に時で、今はそれまでにやっておきたいことをやってるだけ。目的地はそこなんだ」
「ありゃ兄さん、あっしらの話を聞いてたのかい? 盗み聞きは良くないよ!」
「すまねーな、耳が良いんでね。……アンタが俺に何を期待してるのかは薄々気付いてるし、まあ、俺の甲斐性が無いってことも自覚してる。たださぁ、こりゃ親心なんだわ、勝手なね。……五年後、いきなり俺がいなくなったらさ、アンタぶっ壊れるだろ。知ってるだろ? 行く先々の住民と一週間くらい過ごした程度で、俺がそいつらと仲良くなっちまうような流されやすい性質だってこと」
知っている。
どこでも、そうだった。
「だからトーゼン、アンタにも似た感情を抱いてる。口では何とでも言うけど、ちゃんと……アンタにゃ救われて欲しいと思ってるし、助けたいとも思ってる。けどなぁ、アンタの問題は根深いし根強いしで、その救いとかいうのを齎せる奴を俺は一人しか知らねーんだわ」
「……それは、誰?」
「三年後。東の海を出航する男」
「……赤鞘の侍たちから聞いたわ。……あなたは、未来から来た、って話」
「ん! ……んー……んんん-」
「その真偽はどうでもいい。あなたが咄嗟に嘘を吐くことなんて、よく知っているから。けれど……今は正直、なんでしょう?」
「まぁ……そうだな。うん。……だからこれは、本当のことだ。未来の話だけど、本当のこと」
花が降る。桜の花だ。
陽光と共に降り注ぐ花弁は、はらはらと。
「私に独り立ちをしてほしい、というのは、伝わった」
「……概ね、そうだな。言いたいことはそれだ」
「
「そうかい。それじゃ」
「けれど──今、離れるつもりはない」
「おう、置いていくとか言わ」
「そして、五年後。あなたを死なせるつもりもないことは、覚えておいて」
さて、最後に降りたのは沈黙である。
もはや決別にさえ近い応酬。
それを打ち破るは──勿論、この男。
「イヨーッ! それじゃあ話もまとまったってことで、お二人さんは仲良し同士! 人間いがみ合ったって良い事ないんだから、仲良く行こうよ、折角平和になったんだから!」
「ああ、すまんな康イエ。思春期少女のメンケアってのは俺にはどーも難しくてさ。とりあえずキラキラしたモンと花を降らせてみたんだけど、雰囲気出たかね?」
「……」
「兄さん、アンタちょっと馬鹿だね? アハハハ! そういう舞台裏は、言っちゃあおしまいよ!」
「いやいや、こんなクセー演出後から指摘される方が恥ずかしいって。ああそうだ、花の都でおトコに会ったよ。カイドウの封印とオロチの死をちゃんと理解できてなかったみたいだから、それとなく伝えておいた。そしたら
「お父ちゃ──────ん!!」
「って具合だ。……ま、カイドウがいなくなったことで、この国を守るモンは消えちまった。光月家はこれから世界政府からの圧力を退ける、外患の方を気にしなきゃいけなくなる。とっとと体制整えて、光月家を守ってやんなよ、霜月の大名」
知るはずのない話を知る男。
秘されたはずの物を知る男。
「吐いちまった嘘は、まーその国出るまで吐き通すのが一番だからな。未来人からの餞別ってことで」
「……ワハハハ! アンタ、とんでもない
「お互い様だろねずみ小僧」
して――辿り着く。
「いた!! アンタ、重傷患者の自覚を持てって言っただろう!! その腕、どんだけ治療が必要だと思ってんだい! 早く治りたかったら安静安静あと安静!! さぁとっとと帰るよ!!」
「帰るのは良いけど引っ張るの左腕にしてくれないかそこ患部患部痛い痛い」
「やっぱり痛いんじゃないか! 大人しくしないからだよ!!」
「ちげーよアンタが掴んでるからだって痛テテテテ!!」
……して、辿り着く。
「お父ちゃんお父ちゃんお父ちゃん……いた! お父ちゃん!!」
「おお、おトコ。アハハ、そんなに急がなくたって、あっしはどこへも行かないよ。大丈夫……これからはずっと一緒だから」
「うん! 一緒!」
トノヤスは。
いいや、康イエは……ロビンに、目礼をする。
倣い、彼女も目を伏せた。
そうして、彼女は陽光と桜の降る路地裏で……静寂に浸ることになるのである。
*
結構な日数をワノ国で過ごして、とりあえず「ナントカ」なった右腕。ごっそり削げ落ちた肉はどうしようもないので「ちょっとした」ことをしてもらって、あと一週間も経てば退院、って段階まで来た。
ので、俺はまた病院を脱走している。
「海釣り……になんのかね、これ」
釣り竿。釣り糸。
その先端につけるのは、巻貝。
それをジーっと垂らしていく。
しばらくして、引き上げたそれの殻長をカチ、と押すと。
『ウォロロ……心配しなくても、暴れたりしねぇよ。だが、ジョイボーイか。本当に来るんだな、この国に。ウォロロロロ……いいぜ、約定を結んでやる。そいつが来るまでは、大人しく。だが……五年後。お前が言ったその時間に現れなかったら……この国がどうなるか、わかってんだろうなァ?』
はい、やっぱり死んでないね。
声を吹き込み直して、もう一回垂らす。
『ウォロロロロ! 良い啖呵だ。やっぱり気に入ったぜ、お前のこと。ジョーカーが海軍にお前のことをほとんど話さなかった理由も頷ける。……安心しろ、五年間、首に槍が刺さり続けてるくらいじゃ俺は死なねぇし、心臓の刀もいつか圧し潰してやる。ウォロロロロ……これでも楽しみにしてんだぜ、俺は』
ただの録音なのに。
──伝わる、殺気。いや……覇気か。
『ジョイボーイと、お前。どっちもを同時に相手にできるかもしれねぇってことだろ? ウォロロロロ……! そん時はお前も初めから全力で来い。おれもそうする。……あァ、それと……名前、教えろ』
覚えてなかったんかい! って突っ込もうとしたけど、そういえば名乗ったっけ。いや名乗ったような。
……名乗った気がするけど、まぁ名乗る。
名乗ってジー。
釣り上げて、を繰り返して会話する。
『レコダ。レコダ……まさかとは思うが、ロジャーと同じじゃねェよな、お前』
「誰がレコ・Dだ。なワケねーだろこじつけが過ぎるわアホ。そういうふざけた事言うんならお前実はカイ・D・オウって名前だったんだってこの五年をかけて広めまくってやるぞ」
『ウォロロロロ……おれぁDじゃねェよ。だがまぁ、確かにお前もDには見えねェな。……ウォロロロ、ふざけただけだ。……しかし、五年間酒が飲めねェのは、思う所あるぜ……』
「カイドウ封印の供え物として、一か月に一回酒をこの海に投げ込んでもらうとかする? 俺そういうこじつけの嘘吐くの得意だけど」
『そりゃぁいい! ウォロロロロ!! ぜひそうしてくれ!』
「あいよ。ま、普通に封印しただけだと民草は不安だろうからな。そういう供え物があるから暴れずに済んでる、って言った方が安心もできるだろ」
まるで、気軽な、気の置けない仲であるかのように。
『レコダ……おまえは、
「──ああ」
『ウォロロロロロロ!! そうか、そういう運命か! ……それでもおれは、お前との再戦を期待してるぜ』
「ちなみに言うけど俺はもうぜーったいお前とは再戦したくない。もう勝てる気しないし。今回のも勝ったって思ってないし」
『つれねェこと言うなよ……ウォロロロロ! あア、まずは酒だ。今月分の酒が欲しい。でなけりゃ──尾の方を動かして、海を荒れさせてもいい』
「じゃあ酒の話は無かったってことで」
『待て、悪かった悪かった。……それと、できるなら……この
「元からそのつもりだよ。んじゃーな、カイドウ」
『ウォロロロロ……!! あァ、じゃあな、運び屋』
……名前教えたんだから最後くらい呼べよ。
最後と思ってない、ってか?
うるせー。初見殺しできねー奴とはもう戦わねえよ!!
渡す。
「え、ぼくに?」
「おう。使い方はこれをこうしてこうしてああしてこうだ」
「……前のイイ感じの時もそうだったけど、もう少し詳しく説明してほしいかな……」
簡単に
「へぇ……面白い貝もいるものだね」
「おう。んで、カイドウとの話し合いで、大人しく封印されてる代わりに月一で酒をあの天鋲の刺さった海に放り込むことが決まった」
「……アイツまだ生きてるのか」
「ありゃ死ぬかわかんねーよもう。その上でこのトーンダイアル。なんでも"たまにでいいから息子と話がしてェ"だそうで」
「……絶対嘘だ。何か企んでるに決まってる!!」
「まぁまぁ。いいじゃねーか、逆に。鬱憤溜まってんだろ? 対してあっちは動けねぇ。なんでもかんでも言い放題だ」
「それは……確かに」
「そして! これは俺流の嫌がらせっつーか煽りなんだけどさ」
フフーフ。
カイドウのお願いを叶えつつ、あいつに苦虫を嚙み潰したような顔をさせられる鬼手。
「おでんのどこがカッコいいとか、日誌のどこが良かったとか、とにかくおでんに関するお前の好きなところ、とことん語ってやれよ」
「……それはいいな!」
「あぁ、アイツがどんだけ"もうやめろ"とか"おまえはおでんじゃない"とか"聞きたくねえ"とか言ったって関係ない。孤独な水底で聞く唯一の声。その肉親の声から出てくる一番嫌な記憶の秘話秘話秘話。いやー、
絶対良い画が撮れたのに!
「ま、おでんのことだけじゃなく、今日あったこととか、なんでもいいから時々話してやれよ。情を湧かせたいわけじゃねェけどさ。モンスターペアレントになったアイツを見てみたいという俺の勝手な願望げふんげふん」
「よくわからないけれど……わかった。つまりおでんになるためには、拒絶だけじゃなく、受け入れる寛容な心も必要、ってことだよね」
「そう! いやーヤマトは頭が良いな! 俺の言いたいこと全部わかるじゃん!」
「他の人がきみの言う言葉を理解できないのだとしたら、それは多分君が思わせぶりで無駄に意味深で、そして説明下手で説明不足で一言多いだけだと思う!」
「いきなり刺すじゃん」
致命傷じゃんそれは。
「つーわけで、色々頑張れよ鬼姫様」
「そ……その呼び名は、大切だけど、ぼくは男だ!! 姫じゃない!!」
「はいはい、乳臭いガキには変わりねーのよ」
「だから! きみの方が年下だって……いないし!!」
ってワケだ。
──こんなんでいいか、ワノ国は。……光月スキヤキとかは、ま、当人同士がなんとかするだろー。
そして、出国の日。
ニコ・ロビンは……普通に来た。着物じゃなく、普通の服で。
「相変わらず別れは告げないのね」
「言うほど相変わらずか?」
「ええ、相変わらず。……そういえばヒョウ五郎さんに覇気……流桜の手ほどきをしてもらっていたみたいだったけれど、成果は?」
「皆無。すげー申し訳なさそうな声で、"才能が……かも、しれん。いや、浜色の髪の人を貶めるつもりはないが、……その"みたいに言われた」
「ふふ、センスが無いのね」
「ばっさり言うじゃん。また海に落とすフリするぞお前」
「でも拾ってくれるのでしょう?」
ケッ。
「次はどこへ?」
「言っただろ、白ひげのトコだよ。その後またシャボンディ諸島へ行って、魚人島」
「あら、じゃあ
「海賊じゃないんでな、ラフテルに興味はないし、エッグヘッドにも用が無い。エルバフは……多分俺の天敵な気がするんで行きたくない。それと、白ひげの船でやることやったら一回
「……西の海、ね」
「オハラには行かないけど。なに、行きたいの?」
「いいえ。あそこにはもう、誰もいないもの」
「あらそう。──んじゃ行くぞ。実はまだ退院日迎えてないんだ」
一日くらいえーやろ、ってぶっちって来たからな。
ニコ・ロビンを──また、姫抱きにして。
「アデュー、ワノ国。残った内憂は自分たちでどーにかしてくれ。俺は知らん」
「待つでござる!! はぁ、はぁ……!」
「絶対来ると思ったのでサラバ!
「ちょ、改めて礼くら──」
砂岩ウォークじゃ追いつかれそうだったので、落ちて飛ぶ。
礼なんか要らないし、貰ったところで返せるモンが何も無いんでね。
さいならさん。
そして、四か月くらいが過ぎた。
……いやあのね、特定の島ならともかく、海賊船がどこにいるか、なんてわからんのよ。
白ひげの船は見なかったか、ってのを周辺の島で聞いて回って、あっちいったこっちいったの情報が何日前か計算して、ようやく辿り着いたと思ったらただの傘下だったり、ようやく当たりだと思ったら隊長だったり。
むしろ四か月で見つけられた俺を褒めてくれレベル。
……まぁ聞き込みはほとんどニコ・ロビンがやったんだけど。
「それにしても……あなたは本当に世俗に興味が無いのね」
「何いきなり」
「歌よ。さっきの大型電伝虫から流れていた歌。今じゃ世界中で大人気」
「……マジか」
マジで興味なかったから聞いてなかったけど、本当だ。
この歌は。
え、ってことは……俺がアラバスタ出てから一年経っとるやんけ!
あと二年で来るよ! 麦わらさァん! へけ!!
「それより集中してくれ。相手大海賊だぞ」
「その大海賊の船員をどういうわけか暗殺しようとしている。加えて……彼もいる」
「狙い通りなんだけど狙い通りじゃないというか。……手の内知られてんのキチー」
双眼鏡で見る先。
そこにいるのは、胸毛をこれでもかと生やした男と──未だ、談笑するような仲にある、エース。
揶揄うメガネに剣客、銃器を持った侍に……どでけェ爺さん。
ひ、一人になってくれたりしないかね。
「でも、今日を逃せば」
「ああ、出航するらしいな。出航したらもっと集まる。……エグ」
むしろ少ない方だ。
超精鋭なだけで。
……自然災害……装ってみる?
*
「グラララ……ティーチも、エースも、まだまだ若ェよ、おれからすりゃァな」
「そりゃオヤジからしたらそうだろうよ! けどおれは、カイドウとだってやりあったんだぜ?」
「エース、そういうのは言えば言うほど嘘くさくなっていくモンだよい。お前を疑うわけじゃねぇが、四皇を落としたってのはお前が思ってるより遥かにでけぇニュースで……ん?」
「ゼハハハハ! あァ、曇って来たなァ。──痛デっ!?」
コツン、と。
胸毛の男……ティーチの頭に、小石のようなものがぶつかる。
いたずらか、と思って周囲を見渡しても……誰もいない。
いるのは仲間だけ。
「……投げたか?」
「何を?」
「グラララ! 鳩の糞でも当たったんじゃねェか、ティーチ」
「それにしちゃ……おお!?」
自身の髪に絡まっているもの。それが甲板にコツンと落ちる。
それは──紛れもない硬貨だった。
「1ベリー硬貨?」
「鳥が光り物欲しさに運んでたのを落としたのか?」
「なんにせよ儲けだ、ゼハハハハ! 運が良い!」
コツン。
コツンコツン。
じゃらじゃら。
「……おいおいおい、こりゃ」
「グラララ!! 流石だな
「言ってる場合じゃねぇよい親父! 樽だのなんだの、船室にしまわねえと割れちまう! 手伝えエース、イゾウ!」
「おう!」
「いやいや、降るベリーを集める方が先だろう! ゼハハハ、その樽とこれだけの金! どっちの価値が勝るかなんて、ガキでも──」
ティーチの頭上で、音がする。硬い音だ。ガン、と。
降って来た砂岩。それを、白ひげの薙刀が砕いた音。
「グラララ……まだまだ気骨のある奴もいたらしい」
「オヤジ? 今なにが」
「ティーチ、お前……命狙われたぞ」
「は!?」
氷が降る。
それはマルコが止めた。
槍が降る。
それはビスタが止めた。
ガラス片が降る。
それはイゾウがすべて撃ち砕いた。
「……ウソだろ」
「グラララ!! どぉやら奴さんはティーチに御執心らしい。──開戦だァ!!」
「襲撃か。久しぶりだな」
「どこのどいつか知らないが、不意打ちとは卑怯な」
「おいティーチ、お前何したんだよ!!」
「ゼハハハ!! ……心当たりばっかでどれか判断できねぇな!!」
不意に立ち上がり、上を見上げ……おもむろに、白ひげがその薙刀を構える。
そのほぼ直後だった。
ぐわん、と暗雲が退いて──幾つもの燃える岩石が降り注いだのは。
「隕石!?」
「天候で片付けられる話じゃねェぞ!!」
薙刀が──降り抜かれる。
そこから放たれる震動。
充分だった。隕石を粉々に打ち砕く威力には。
「な……」
充分だった。
──"
それは威力を目的としない、ただただ素早いだけの槍。
狙いに気付いた誰もが防御に入ろうとして──その腕を、剣をすり抜けていくことに驚いた、大気の槍。
「え」
狙いはただ一人。
今は何もしていない胸毛の男、マーシャル・D・ティーチ。
ではなく。
「サッチ!?」
甲板の、船縁に座っていたサッチが、落ちる。的確に脳を揺らされたからだ。そのまま海に落ちて。
追い打ちをかけるように、雷が落ちた。
「……」
それで終わり、と言わんばかりに引いてく暗雲。落ちていたベリー硬貨も消え、雹も槍もガラス片も、どこにもなかったかのように去って行く。
嵐が過ぎ去るように。
ただ──。
「おい、早くサッチを引き上げろよい! 頭小突かれて雷に打たれた程度なら、まだ蘇生の可能性はある!」
「あ、ああ!」
「馬鹿エースお前能力者だろ!!」
「イゾウ! 頼む!」
「わかってる!」
ただ、嵐が過ぎ去っても……この男の心内は。
「おれを……狙ってたんじゃねェのか……?」
「今の"気砲"! 飛んできたのはあっちだったな!」
「ビスタ」
「ええ、行って参ります。ただ……深追いはしません。そうですね?」
「ああ。お前を大事にしろよ、ビスタ」
「では」
ぐらぐらと、煮え滾って──。
*
どうせならゼハハも殺したかったけど、当初の目的は果たせた。
「彼も……何か、未来で悪事を働くの?」
「いや? 海賊であることに目を瞑れば、普通に良い奴だよ。気さくでフランクで話しかけやすい人物像。特に恨みはない」
「……ではなぜ、彼を?」
「何その目。もしかして俺が悪政敷いてる奴が嫌いで悪政敷いてる奴だけを殺す正義のヒーローかなんかだとまだ思ってたりする?」
違うぞ、俺は。
目的のためなら──善人でも殺すぞ。
「……よし、ここまで離れたら大丈」
「火拳ンンン!!!」
轟、と燃え盛る炎を、
「ハァ……ハァ……!!」
「よぅ、四か月ぶりだなポートガス。どうしたよ、そんな鬼気迫る顔で」
「……どうしたは、こっちのセリフだ!!」
だよなぁ。
そうなるよなぁ。
だから共闘なんかしたくなかったんだよなぁ。
「アンタは……まだルーキーもルーキーなおれに、食料を分けてくれた。アンタは、ワノ国で悪ィことしてた将軍オロチを殺し、カイドウまで抑えてみせた!!」
「あぁ、そうだな。合縁奇縁、よくもまぁ同時期に同じ場所にいるってモンで」
「アンタは──!」
「まぁそうカッカすんなよ、ポートガス。俺の悪政嫌いは知ってるだろ? あのサッチもそうだったんだよ、だから」
「サッチはそんな奴じゃねェ。……それはおれが一番知ってる」
こんくらいか。
こんくらいでいいな。
これで、仮に不死鳥の蘇生が間に合って、サッチが生き残ったとしても……ヤミヤミの実を手に入れるほどの戦線復帰は無理だろう。そうなるように頭を揺らしたし、一部天空も体内に残してきた。
ゼハハハがヤミヤミを手に入れるのはもう仕方ないことかもしれないけれど、エースの標的が俺に移ってくれりゃあそれでいい。
「目的はなんだ。サッチに……どんな恨みがあった!」
「恨みがあったら、人を殺すのが正当化されんのかよ、ポートガス」
「されねェ! けど、おれはアンタを理由も無く人を殺す奴だとは思ってねェ!」
「信頼高いねぇ、ありがたい。けど俺はそういう奴だよ。大した理由も無く王下七武海クロコダイルを殺し、大した理由も無く空島スカイピアの神を殺し、大した理由も無く世界政府お抱えの研究者を殺した。何にもやってねぇ、問われる罪なんざ一つも無ェ奴らをな。たまたま直近に殺した奴らが悪政敷いてたってだけだ」
「……っ」
「知ってるだろう、ポートガス。俺は噓吐きなんだよ」
技名はない。
ただ、火が来た。
丁度いいカーテンだな。そんじゃ。
「運び屋レコダ、ってのは海に出る前の名前でね。──出た後は、ただの殺人犯だ。アデュー、ポートガス。サッチの命が助かることを祈ってるよい」
……都合が良い。
ワノ国での康イエとの会話。それで回復した俺への信頼も、今地に落ちただろう。
これでニコ・ロビンが──自ら決別を選んでくれるのなら。
あるいはなんらかの力が働いて、史実通りに麦わらの一味とエース、そしてニコ・ロビンが一堂に会した時も、「決別したの」で済ませられるだろう。
さて、じゃあカームベルト方向へ──
直後、さっきまで俺達のいた場所を突き抜けて行った、超巨大な衝撃波。
……怖いれす。でもあそこでエース突き放してたらそれはそれでなんか衝突起きてそうで怖くてぇ!
ただ天秤……白ひげ海賊団全部敵に回すのもヤバかったかなぁとは。
「……わからない人ね」
「ただの馬鹿って言えよもう。わかってるよ」
「言ったら海に落とすのでしょう」
「……まーだ根に持ってら」
着実に、だ。