そこが、楽園ではないとしても 作:テクニカル古則おじさん
桐藤ナギサには、幼い頃に将来を誓い合い結婚を前提にした婚約者が居た。
「ナギサの淹れてくれる紅茶はやっぱり美味しいよ」
名前は
「そこまで素直に言われると恥ずかしいですね……」
将来、トリニティのティーパーティーの席に座れる様にと、そういう教育を受けたというのもあるが、彼に美味しいと言ってもらうために練習した甲斐もあり、なおさら嬉しい。
親が決めたこととはいえ、初等部入学頃に出会った二人は最初は何処かぎこちない二人であったが日々の小さな積み重ねが少しずつ距離を縮めた。
「目の前でそんなに堂々とイチャイチャされるこっちが恥ずかしいんだけど?」
「ミカが着いてくるって言ったんだよね?」
その日は中等部卒業間近で、アルマの親戚の聖園ミカもその場に同席していて、アルマとナギサが二人の世界に入りかけると待ったを掛けるのがいつもの役割だった。
親戚ではあるものの、ミカもやんわりとした恋心をアルマに抱いていた。せめてもの妨害として、二人の茶会に混ざることも少なくない。
「まぁ、ナギちゃんが茶葉から一週間くらい厳選して、寝る間も──」
「ミカさん! ロールケーキまだありますから好きなだけ食べていってくださいね!」
ナギサ的にはあまり知られたくない淑女の努力をべらべらとミカが口にするものだから、手作りのロールケーキをまるごと彼女の口に突っ込み物理的に口を封じた。
「あはは……私の大切なお姫様に何してるの」
アルマがナギサとミカが喧嘩していると決まって発言する決まり文句がこれである。
最初は結婚を前提にした婚約をミカが弄ってナギサが困っているところを見た時に言った言葉なのだが、ミカが私はお姫様じゃないんだね。と嘘泣きまでしたせいで生まれた決まり文句だ。
「んぐぐぐ、えー、この場合私かなぁ? ロールケーキ押し込まれて可哀想だと思わない?」
ロールケーキを完食して飲み込んだミカが露骨な可哀想アピールをしながらアルマに同意を求める。
「ミカがそう思えば、そうなんじゃないかな……」
「アルマもちゃんと否定してくださいね?」
お姫様がどちらに傾くかで、ナギサの機嫌を損ねてしまうため、決まり文句でもあるが同時に爆弾を抱えている言葉でもある。
アルマからしてみれば、どちらがお姫様なのかは言わなくても察してほしいところではあるのだが、どちらかがそうと思ってしまえば、そうなってしまうらしく、これからは封印するべきなのかもしれない。
「そういえば……今度、仲良くなったゲヘナの人に会うんだ。きっかけはモモフレンズのイベントだったんだけど……トリニティとゲヘナって仲良くないって聞くから、私とその人から仲良く出来れば良いなって」
旗色が悪くなったアルマは話題を強引に切り替えた。
トリニティとゲヘナは昔から犬猿の仲で、トリニティだから。ゲヘナだから。という理由だけでお互いを憎んでいる人達も一定数は居る。
「あんまりオススメしないけどなぁ。向こうの騙し討ちかもよ?」
「だけど、共通の好きな物があって、そこに生きているのだから、取り合える手があるなら、私は諦めたくない。
私はね。そういうところに楽園があるんじゃないかなって思うんだ」
ミカの問いに自信を持って考えを言うアルマをナギサは止められなかった。
「七つの古則の五つ目。楽園に辿り着きし者の真実を、証明することはできるのか。という話ですね」
ナギサ自身もミカの言うようなことがあったら。という不安はある。
「至上の満足と喜びがあると言われる楽園から外に出る者はいないはずであり、楽園から外に出る者がいるならばそこは楽園ではない……でも、アルマの言う通りなら、私も見てみたいです」
それでも、アルマの言う『楽園』がそこにあるなら、それを信じたいと、支えたいと思って、背中を押した。
「うん。だから、待っていてほしい。そうしたらナギサにもミカにも紹介するから」
それから数日が経って、アルマが帰ってきた。
楽園など到底証明できない。死だけを証明する冷たい死体として帰ってきた。
手を伸ばして彼の手に触れると冷たさだけが伝わり、もうお互いの温かさが交わることはないということがナギサに突き付けられる。
「アル、マ……?」
最後まで使われた痕跡の無い銃と丁寧に個装紙とリボンでラッピングされていたであろうモモフレンズの羽根飾りだけが遺留品として発見されていた。
ゲヘナの友に贈るものとして用意したモノは、ゴミと見違う程に汚されていたのに、抵抗するための武器の銃は傷一つ付いていなかった。
遺体は今は綺麗にされているが、発見された時はブラックマーケットの片隅でボロ雑巾のような状態で発見されたらしい。
「あ、ああ……ぁぁぁぁぁぁ!!」
それが、どういうことか。理解できてしまったせいでナギサは頭が真っ白になる。
『楽園』はアルマにも証明できないことも知らずに、無責任に背中を押してしまったことをナギサは一生後悔することになった。
それがナギサが中等部から高等部へ上がろうとしていた春のことだった。
●
「明日からは……しばらくは来れそうにありません」
ナギサは数年以上の日課になっていた墓参りをしていた。
墓の下に眠っているのは『あの日』冷たくなって目が覚めない状態で帰ってきた彼である。
何度も過去を引き摺る様に、ここに来るのは止めようと決意しても止めることが出来ずに、毎日毎日繰り返してそれが千回以上積み重なったのが、どうしようもなく終わってしまった『今』である。
「そう言って、何度もここに来てしまってますが、今回は本当です」
しばらく会えない。
死人に対して使うのも妙な話ではあるが、そうでもしないと、ナギサは狂ってしまいそうだった。
『あの日』からナギサは精神が安定せず、ミカにも迷惑を掛けながらも、日常生活に復帰するのもかなりの時間を必要とし、現在は何とかティーパーティーとして活動出来ている。
「……でも、ようやく、エデン条約が……貴方の理想が叶いそうなんです……それまで待っていてくださいね」
彼はトリニティとゲヘナの和解を願っていた。
それこそ、全てが狂った『あの日』はゲヘナの友達が出来るかもしれないと胸を踊らせていたことは覚えている。
故に、トリニティとゲヘナ。両学園の協力関係を構築するエデン条約は何としてでも調印させねばならない。
「寂しがらないでください。この子達も置いていきますから……」
その日は特別にいくつか購入していたモモフレンズのキャラクターのぬいぐるみを彼の墓前に供える。
彼が特に気に入っていたペロロとペロロ博士を用意していた。これで多少長い間顔を見せなくても許してほしいと、ナギサなりの考えだった。
「……絶対にエデン条約だけは、調印させてみせます。
何を犠牲にしてでも、必ず──」
まだエデン条約という手段が残されているのなら、アルマの目指した『楽園』がそこにあるのなら、愚かな空想でも、ナギサはその夢の痕を目指す。
しばらく馴れ初めからの話をやるか、エデン条約中の話をやるか悩みどころです。
どっちやろうか
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馴れ初め
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エデン条約