そこが、楽園ではないとしても 作:テクニカル古則おじさん
「ナギちゃんはさ。補習授業部を……ヒフミちゃん達を退学させた後どうするつもりなの?」
長らくナギサ一人だけだった茶会に久しぶりにミカが出席して、二人で紅茶を嗜んでいた。
またしても茶葉は彼が好んでいたものをナギサが選んでいた。こんなことで故人を引き摺っている彼女にミカはいつまでこんなことを続けるのかと、嫌気が差す。
「エデン条約を締結するだけです。それ以外何かあるとでも?」
「そのエデン条約は結んだだけで終わりじゃないよね? ナギちゃんはまた同じことを繰り返すよ。エデン条約を壊そうとする生徒を排除しようとする。今度はETOっていう公的な暴力によってね」
実際にそうなるかは別として、抑止力によってETOに加盟している自治区には争いのない、それこそ楽園のような平和が訪れる。
しかし、そうなると不都合がある勢力も出てくる。その勢力の息が掛かった生徒達は条約を破棄させようと動くだろう。
そういう生徒達がトリニティから出たことを事前に察知した場合。ナギサはまた補習授業部にしたことと、同じような手段を取ることは手に取るようにわかる。
「大昔の魔女狩りってやつだね。疑わしきは罰せよ。魔女に慈悲なき鉄槌を。そうやって皆退学させて、その楽園には何にも残んないのにね」
「……何が言いたいのですか?」
最後に残るのは、ナギサしか居ない空虚な仮初めの楽園。
古則に則るのであれば、楽園から追放された者が居る時点で、罪を赦すことができない。万人を幸せにする楽園足り得ない。
「だから、やっぱり楽園を信じるなんて……エデン条約なんて私には無理。今でも殺したいくらいゲヘナは憎いし、赦すなんてできない」
ティーカップをソーサーに置いたミカは別れを惜しむような表情を作りながら、声と決意の揺れを必死に抑える。
ナギサがそうしなければならないように、ミカももう選んだ。ならば、その道を行く他に無い。
「……ミカさん」
「ナギちゃんはアルマのこと何も分かってないよ。あの人が目指した楽園はそこにはない。そんなものは楽園なんかじゃない」
だから、そんなディストピアをミカは壊すことにした。今日、ここで。
「どうしても、私を怒らせたいようですね……!」
何としてでも楽園を証明しなければならない。
あの日、彼が土の下で眠りについてから、自身に課してきた。それを邪魔するのであればミカであろうと、排除するしかない。
激昂したナギサが立ち上がり、彼の銃に手を掛けようとする。
が、ミカの動きの方が早く、同じモデルの銃を持った彼女がナギサの急所を外した部位に三発当てた。
たかだか数発受けただけなら、キヴォトスの生徒は死にはしないが、不意打ちが直撃すれば立つことも難しく、受け身を取れず重々しい音を立てながらナギサは床に横たわる。
「その銃は撃っちゃ駄目でしょ……もう会うこともないだろうけど……バイバイ。ナギちゃん」
「……待っ、て……ミカ……さん……」
ミカに明確に敵意を向けられて、薄れゆく意識の中で初めて彼女の表情が見えた。
これから死にに行くような、これから地獄に落ちることがわかっていて、もう二度と会うことはない。
自分がそれだけのことをしようというのに、咎を受ける覚悟もある。
そんな表情のミカをここで行かせてしまったら、またあの日と同じ繰り返しになるような気がして、先程までの気持ちが嘘みたいに、塗り変わっていく。
逝かないで。独りになりたくない。と。
「……私も、連れて──」
ナギサの言葉はミカに届いていたが、彼女にそれを受け入れる理由はなかった。
テラスを出たミカは敢えてナギサを拘束せずに、パテル分派の生徒を連れて、補習授業部の居る合宿所に向かう。
(最後にナギちゃんのロールケーキ食べたかったな……ま、仕方ないか……)
●
(痛いのにすっとする……あついのに、さむい)
ブラックマーケットの路地裏のごみ溜めに放り捨てられ、血も大量に流した。雨に打たれてそれと混ざった血が羽を染めていく。
もう助からないのは自分でも理解できる。
怖いかというと、そうでもない。この結末は自分自身が選んだ結果で、それ自体に後悔はない。
一歩ずつ死に近づいていくうちに、未練だけが思い浮かぶ。
(……あの子、は大丈夫だったかな……ミカは……怒るだろうなぁ。止めたのにって……また、ナギサと喧嘩した時、たいへん……)
ゲヘナ生に連れ去られる前に一緒に居た少女の心配そうな表情や、ミカにまた怒られることや、彼女に本を貸したままだったなとか、ナギサと仲良くやっていけるのか。ポツリポツリと心配ごとは絶えず出てくる。
(ナギサ……ごめんね……ナギサには、つらいこと、押し付けて……)
この選択に後悔は無くとも、未練がない訳じゃない。
色々あるにはあるが、やっぱり最後にはナギサの顔が浮かんでくる。
これから先の未来。
春には満開の桜の木を。
夏には潮風を受けて海を。
秋には紅に染まった山を。
冬には白い雪が彩る夜を。
その全てをナギサと歩む。
そんな未来を捨てることになったとしても、彼女が生きる今を選んだ。
その結果が彼女を苦しめるのも、分かっている。誰にも相談せずに、共に居る未来を否定しなければいけない。
「ナギ……さ……ごめ──」
最期に絞り出した声ですら、雨音に掻き消され届かないまま、終わりを迎えた。