そこが、楽園ではないとしても 作:テクニカル古則おじさん
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「──ミカさん!」
ナギサが目を覚ますと、テラスではなく自身のセーフハウスだった。
目の前に居たのはアズサとハナコで合宿所で三次試験前最後の夜を過ごしているはずの彼女達が何故ここに居るのか、状況が飲み込めずにいた。
「目を覚まされましたか……勝手ながら私とアズサちゃんの二人で貴女をここに運ばせていただきました」
真面目な様子で淡々と状況を説明をするハナコの話より、ミカの状況が気になるあまり彼女の言葉は耳に入ってこなかった。
「ミカさんを! ミカさんを助けてください! 彼女の目的は!」
気絶する前に見たミカの表情がまだ鮮明に残っている。
まだ、間に合うかもしれない。ハナコ程の才媛ならばミカを救えるかもしれない。形振り構わずに縋って救えるならいくらでも何にでもナギサは縋りたかった。
「貴女という人は……!」
ナギサのあまりの身勝手さにハナコも怒りを抑えきれなかった。しかし今ここで彼女と争っても仕方がない。
一つだけ仕返しをすることで、手打ちにすることにした。
「……愛は敵を友人に変える唯一の力と誰かが口にしていた気がします。しかし、どうでしょう? 今のナギサ様に愛はおありですか? その愛のためにヒフミちゃんは地獄に堕ちて良いということでよろしいでしょうか?」
いつもの調子に戻ったハナコは笑顔でサクラコに調べてもらった彼の資料にあった言葉を思い出す。
エデン条約と、彼の目指した楽園はとても無関係には思えなかった。
故に彼女のやり方の先にあるものが楽園であるのなら、大切な友人を切り捨てた上で築かれる楽園など、ハナコは許せなかった。
「──」
ミカの件があって重くなっていたナギサの身体が重力が無くなったように軽くなって立ち上がる。
「貴女に、何が分かる」
幽鬼のように消え入りそうな声を震わせてナギサが遺品の銃を取り出しながら、ハナコの首を掴み壁に押し付ける。
「ハナコ!」
アズサがハナコからナギサを引き剥がそうとするも、あまりの力強さに苦戦していると、ハナコからアイコンタクトを送られる。
いくらなんでもやり過ぎた。という自覚はハナコにもあったのだろう。その上で今のナギサを刺激すると、何をするかわからない。この後のことも考えると、今アズサを消耗させる訳にはいかなかった。
「求められる立場から逃げれず、期待を裏切ることも許されなかった──」
ずっと、立場に相応しい振る舞いという物を求められてきた。
彼と会う日に、道中で浮かれることも、茶会は息苦しい政治の場だったけれど、彼が寄り添ってくれたから耐えられた。
しかし、彼が棺桶に入って、ティーパーティーのホストになってから悲しみに暮れることもできず、ずっと、立場というモノに押さえ付けられて窒息しそうな日々だった。
「悲しむ暇も与えられなかった私を! 好き勝手に生きようとする貴女が、あの人の言葉で私を否定するな!!」
勢いのまま銃をハナコの眉間に突きつける。彼女が一切表情を崩さずに聞いている余裕が、逃げないという意思の表れに見えて、悲しみから逃げて楽園という夢を見ている自分が間違っているように感じて虚しさが込み上げてくる。
「私は……私は!」
もう、本当に死んでしまいたい。そう思ったナギサは銃口を自身の顎に押し当てて引き金を引いた。
弾丸一発で死ねるわけもなく、ただ脳が揺れる感覚がするだけである。
(……ごめん、なさい……アルマ、私は……楽園を──)
ミカが死にに行こうとしていることも止められず、彼の理想を裏切っていたのは自分自身だったと突きつけられて、辛うじて残っていた生への気力はなくなってしまい意識を手放した。
●
「おっそいなぁ。早くしてよね」
ミカはパテル分派の行軍を退屈そうに眺める。
全ての戦力を出した訳ではないが、アリウス分校から半数近い戦力を借りるのだから、こちらも出さない訳にもいかない。
出来ればアリウスの戦力をもう少し削っておきたかったのだが、問題はない。後か先かになるくらいの差でしかない。
「……ミカ様、申し訳ありません」
「何が? トラブルでもあった?」
パテル分派の生徒の一人がミカに声を掛けて頭を下げた。
「いえ……進行に問題はないのですが……」
「早くしてくんない?」
進行に不具合でも起きたのかと思ったが、そうではないらしく、何か言いづらそうにしている彼女に、ミカは直前にナギサとのこともあって苛立っていて、どうでも良いことに時間を取られている余裕はなく、笑顔のまま声が低くなってしまう。
「申し訳ありません! 桐藤ナギサの婚約者の墓に汚して供えてあったマスコットをミカ様にお渡して何かに活用してもらおうと思ったのですが──ぁ」
「……あぁ、そっか。やっぱり、こうなるんだ……ゲヘナなら、素直に憎めたんだけどな……貴女みたいのが居るから楽園なんて存在しないんだね」
口より先に手が動いていた。
彼女の首を掴んだミカの手が加減を忘れそうになる。口の端から流れてくる唾液とパチパチと明滅するヘイローを見て、それがどういうことか考えるともう今更な気もしてきた。
直接手はくだしていないものの、セイアを殺してしまった。既に手は血で染まっているのに、気にするのもおかしな話だと自嘲する。
各分派はトップに良くも悪くも影響される。彼女も良かれと思ってやったことなのだろう。
だから、知らずに踏み躙った。ミカも散々楽園を否定してきたから、当然の結末だと決めつけた。
「……いや、いいや。どうせやることは変わんないし、死んで終われる方が楽だもんね。許さないけど、地獄は見てもらおっか」
彼女の首から手を放して、金魚みたいに大きく口を開いて酸素を取り込んでいる彼女を無視して、手に付いた唾液をハンカチで拭く。
そのハンカチは彼から誕生日に貰ったものだった気がするけれど、毎年自分の好きなモモフレンズに関する何かを選んでいたせいで、少しだけセンスが無いと思っていたことも懐かしい。
「……楽園を瀆すモノは全部私と一緒に地獄に送ってあげるから……待っててね。ナギちゃん」
絶対に撃たないという覚悟と撃ったからには逃げないという覚悟が刻印された彼の遺品の銃。
相反する覚悟は名の通り何度でも選び続けることを選ぶ彼なりの決意。
結局彼は引き金に指をかけなかったが、引き金に指をかけたナギサが選ぶものは──。
ミカも同じモデルの銃を持っているが、そちらは特に何も装飾も刻印も刻まれていない。