そこが、楽園ではないとしても   作:テクニカル古則おじさん

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死んだのがアルマではなく、ナギサだったら。アルマの中でそれが耐えられなかったら。
という上での超絶バッド世界線。
のざっくりダイジェスト
アイディアが降りてきたので書かざるをえなかった。


Die out eden (死別反転IF)

 高等部入学が迫ろうとした頃、アルマは喪服を着て葬儀に参列していた。

 昔からどこの家の現役を退いた誰かが亡くなって、これから選定される次期当主候補と仲良くしておけ。

 こういう場に慣れておけば、何が起きても平静で居られる。

 そんな理由で会ったこともないか、話したこともない老人の葬儀に参列することはあっても、今回ばかりはそんなことを言ってられるほど、アルマに余裕はなかった。

 

「どうして……」

「……アルマ」

 

 絞り出した声は両親や、大人達には届いておらず、隣で心配しているミカにしか届いていなかった。

 ミカもどうして良いかわからない。と言った様子で隣に居ることしか出来なかった。

 

「行こう。辛いと思うけど……お別れはちゃんとしなきゃ」

 

 献花の順が巡り、アルマの番になっても立ち上がれず、ミカに支えられてようやく歩ける有り様だった。

 

「……こうならないために、私は、私は──」

 

 一歩一歩の足取りが鉛の様に重たい。

 棺桶の中に居る彼女の顔を見てしまったら、それを認めなければいけない。

 それが嫌で身体が歩くことを拒む。それでも、葬儀の進行を妨げないためにも、ミカの介添えで棺桶に近づく。

 

「……ナギサ」

 

 棺桶の中で安らかに瞳を閉じているナギサの姿を見て、本当に彼女が死んでしまったことを実感してしまう。

 誰もが無理だと決めつけた楽園を、誰よりも応援して支えてくれた彼女が、ゲヘナに殺された。

 何が理由かは分からない。だけども、殺されてしまった。その事実だけが重く心にのし掛かる。

 献花も大きく進行を遅らせることもなく、何事もなく葬儀は終了した。

 

「……ナギサのロールケーキが食べたい」

「……ちょくちょく私に押し付けてたくせに」

 

 葬儀を終えた二人は集まって何かを話している大人達の声すら聞こえない場所でぽつりぽつりとアルマがナギサとの日々を振り返っているのをミカが聞いていた。

 

「アレだけ食べさせられて……ちょっと飽きてたのに、こうなったら食べたいだなんて烏滸がましいよね」

「……私もちょっと食べたくなってきた」

 

 ことあるごとに、ナギサがロールケーキを作ってくるのが日常だった。初めて作ったロールケーキの出来に満足いかなかったナギサが毎日毎日練習して、それを美味しいと毎回食べていたのはアルマとミカだった。

 それで嬉しくなったナギサがロールケーキを作って……というループに陥っていたのも、もう過去の話でしかない。

 

「ごめん。ちょっとだけ一人になりたいかも……今日はありがとう」

「……そっか。うん、また明日様子見に来るね」

 

 誰かが居なくなっても、誰にでも明日はまたやってくる。

 明日も明後日も、アルマはナギサが居ない明日を迎えなければならなかった。

 だけど、それからの彼は何事もなかったように振る舞い続けた。

 ずっと落ち込んでいたら周りが心配する。ミカにも迷惑は掛けられない。そう思ったアルマは気丈であり続けた。

 

 高等部に進学したアルマとミカはトリニティのティーパーティーとして、自治区を取り仕切っていた。ミカはパテル分派、アルマはナギサの元婚約者として、フィリウス分派を預かることになる。

 制服も本来の白を基調としたものではなく、黒の喪服をイメージさせるものを着用している。

 最初はミカに似合ってないと言われていたが、徐々に慣れてきたのか、誰も何も言わなくなった。

 亡き婚約者のために遺されたモノを継いで理想を謳う。聞こえだけ良い立場は息が詰まりそうだった。

 

「……急に筋トレなんて始めてどうしたの?」

「強く、ならないと……そのために、身体は鍛えておいた方がいい。ミカみたいに強くはなれないかもだけど、ナギサを狙った人達が、私やミカを襲わないとは限らない、しね」

 

 ある日を境にアルマは身体を鍛え始めた。元々戦いに向いている気質ではないが、強くならなければならない理由があった。

 自身の神秘で未来を視た。その未来ではまた何も守れなかった。だから、そのための力を欲した。

 もちろんその事は誰にも伝えていない。信じてもらうことが怖くなって、誰かを頼れなくなったから。

 

「無理してない? アルマらしくないよ?」

「してないよ」

「……なら、いいけど、あのさ。私──」

 

 ナギサのロールケーキが食べたい。その願いを叶えようと思い、ミカは記憶の中のロールケーキを再現しようと菓子作りの勉強を始めた。

 飽きるほど食べたロールケーキの味は忘れることはなく、再現には至っていないもののロールケーキとして食べられるモノになった。

 それを食べてもらおうとミカはロールケーキを差し出そうとした瞬間、アルマのスマホに着信が入る。

 

「ごめん。そろそろ連邦生徒会に行かないと、話はまた今度しよう」

「……それってエデン条約の?」

「うん。内容はともかくとして、もう二度とあんなこと起こしちゃいけないからね」

 

 筋トレでかいた汗を流すために、シャワールームに向かったアルマに置いていかれたミカは勝手に彼のベッドにダイブする。

 

「あーあ……やっぱり、私にお姫様になる資格なんてないのかな」

 

 ナギサが居なくなって、アルマの婚約は破棄された。

 その結果、次にアルマを手に入れようとする大人達が増えて、彼の心はわからないが、平常通りだとわかった途端に縁談の話がここぞとばかりに増えた。

 そんな汚い大人達に利用されるくらいなら、まだナギサに心を残しているアルマを奪ってでも守りたいと思った。

 

「……なれるわけもないか……でもさ、ナギちゃんが居なかったら誰がアルマを支えられるの……?」

 

 二人は心の底からお似合いだと思っていた。それ以外考えられない程で、ミカも嫉妬はしたものの、奪おうなどとは考えたことはなかった。

 なのに、今それを望んでいる自分にミカは嫌気が差す。

 

 それから一ヶ月、アルマは帰ってこなかった。

 その間、ミカはもう一人のティーパーティーのセイアに追及されたが、相性が悪く、関係を悪化させるだけになってしまっている。

 アルマが居れば仲裁してくれるのだが、行方を眩ましていた彼がそんなことも出来るわけがない。

 

「アルマ! これ誰にやられたの!? やっぱりこういうの向いてないよ!」

 

 そして、病院のベッドの上で包帯を身体の至るところに巻いて寝かされているアルマを見て、ミカは良くないとわかっていながらアルマの元まで駆け寄る。

 

「本当にそうかも……でも、ようやく見つかったんだ」

「何が……?」

 

 アルマが見つかったのは、連邦生徒会からの帰りとは思えないほど、かなり距離が離れたブラックマーケットの路地裏だった。

 ゲヘナの不良生徒がトリニティの生徒に絡んでいるところをたまたま見掛けて、それを仲裁しようとしたら、戦闘になってしまったのが原因だと、記録には記されていた。尤も、それが正しいかは定かではない。

 幸い命に関わる怪我はしなかったが、それでもミカを不安にさせるには十分過ぎる。

 

「……羽沼マコト。ゲヘナの生徒会長がナギサの暗殺を指示したんだ……会議で本人がそう匂わせてた。多分こっちを挑発してたんだと思う」

 

 復讐。という考えはそれこそらしくないと思って、考えないようにしていた。

 

「そんなのとエデン条約だなんて……今からでも止めようよ。もう良いじゃん。なんでアルマはそこまで傷付いてまで楽園を信じようとしてるの? このまま行ったら……ナギちゃんみたいに……」

 

 ただ、アルマがこれ以上傷付いていくのを見ていたくない。ミカは彼の手にそっと触れて、少しでも自分の想っていることを伝えようとする。

 

「……エデン条約は締結させたい。そうしたら、全部終わるから」

 

 ナギサが殺された。それだけがずっと残り続ける。そんな世界でも、まだ信じたいと思っている。

 心が残り続けて、もう誰も受け入れる気力すら今のアルマには無かった。

 ミカはそんな彼に掛けられる言葉は何一つ持ち合わせていない。

 

 そして、アルマの入院が思っていた以上に伸びて、退院して、ミカが次に会えたのは半年も先のことだった。

 

「久しぶり、元気だった?」

「身体は丈夫なの、知ってるでしょ? それよりはセイアちゃんと上手くやるのが難しくてねー……」

 

 二人はアルマのセーフハウスのテラスで茶会を開いていた。

 ティーパーティーのテラスでも良かったのだが、この時を待ちわびていたミカはどうしても邪魔はされたくなかった理由がある。

 

「それよりさ……私、ナギちゃんが居なくなってから、結構お菓子作り頑張ったんだ。それで、あの……気を悪くしたらごめんだけど、ナギちゃんのロールケーキ……再現出来たんだ。言ってたでしょ? 食べたいって」

 

 血の滲むような日々だった。

 遺品のナギサの日記を親友として借りて、彼女の菓子作りと紅茶の淹れ方について書かれた痕跡を探しながら、彼との思い出を綴ったそれを読み込むのは、精神的な負荷が凄まじいことになったが、そうまでしてでも、彼のナギサのロールケーキを食べたいという願いは叶えてあげたくて、長い期間を掛けて遂に再現に至った。

 

「…………そっか……そうなんだ。ありがとう」

「そう思うなら食べて、すっごい苦労したんだから」

 

 そのロールケーキを出されたアルマはミカが数年振りに見た嬉しそうな笑顔を溢して、一口に切り分けて口の中に運んだ。

 これが見たかった。喜ぶ彼の笑顔が見たくてここまでやったのだから、そうなってくれれば、ミカはようやく報われた気がした。

 

「美味しい? 素材の違いとかでちょっと味が違うかもだけど……」

「あはは……」

 

 咀嚼して飲み込んだアルマの表情が次第に曇っていく。

 

「ごめん」

 

 

 

 

「ごめん。ミカ……」

 

 

 

 

 

「本当にごめんなさい……」

 

 

 

 

 

「……私はね。もう──」

 

 今まで見たこともない。ナギサの葬儀ですらしなかったような色の抜け落ちた表情のアルマに絶句して、耳を塞ぐことさえ忘れて、続く言葉を耳に入れてしまった。

 

「……もう、味覚が無いんだ」

 

 水分を含んだ柔らかい砂。というのが今のアルマの舌が感じられる限界だった。

 

「ぇ──」

 

 アリウス分校の存在を知ったアルマは、トリニティに復讐を企てる勢力に対抗するため、今度こそ何も失わないために、投薬や手術、魔術的な措置ありとあらゆる手段で自分の肉体を改造を施した。

 その結果、いくつかの感覚器官が機能しなくなってしまった。

 それがミカの努力を全て否定してしまった。

 そんな自分が許せない。でも、それ以上に許せないモノもあって、自分の中の大切なモノを自分自身で蔑ろにし続ける自分自身が許せなくて、自己嫌悪が止まらなくなる。

 

「……私、私は……そんな、じゃあ、なんで……」

 

 それからミカの記憶は無かった。

 しばらくしたら急に自分のベッドで寝ていて、独りになってしまった気がして、また泣いて。

 そんな日を何回か繰り返した気がする。

 

 

 ●

 

 

「羽沼、マコト……!」

 

 そして、不穏分子を実力行使で排除していって、遂に迎えたエデン条約調印式当日、燃え盛る瓦礫山の中でアルマは愛銃を怨敵に突きつけた。

 

「アリウスと手を組んで、ナギサを殺して! エデン条約まで……! どこまでゲヘナは私達を否定すれば気が済むんだ!」

 

 調印式でのテロは事前にアルマは神秘によってある程度先読みしていた。手口からタイミングまで全て把握したいた彼はテロの渦中に居ながら安全地帯を確保して、その後のアリウス分校の動きもシスターフッドや正義実現委員会と連携して全て封殺していた。

 

「どうせ、最期だ……私は助かるまい……だから、一つ、聞いて良いか?」

「余計なことを言えば撃つ」

「お前の、婚約者の顔も、名前も、知らんが……そいつはこれを喜ぶのか……?」

「──っ!」

 

 衝動的に引き金を引いたアルマはすぐにその場を去る。

 

「基督アルマだな?」

「……アリウスのリーダーか……もう君らに──」

 

 用はない。という言葉を遮ってわざわざマスクを外してクリアーな声をアルマの耳に届ける。

 

「滑稽だな。復讐を終えたつもりか? 残念だが、桐藤ナギサ暗殺は私がやったことで、ゲヘナは無関係だ。

 それを調印式でゲヘナを皆殺しとはな。大したモノなのだな。お前の語る楽園は」

「は──?」

 

 今回のテロ自体はゲヘナが起こしたのは確かだが、ナギサの件に一切関与していない。

 罪の無い者を殺して、作り上げたこの地獄にはもう楽園など存在している訳がなかった。

 

 

 ●

 

 

「……ん」

「──ルマ! アル──」

 

 アルマはその日の天気が心地よく、お気に入りの庭の木の下で眠ってしまっていて、その眠りを妨げたのは、不安そうな表情をしたナギサだった。

 

「魘されてましたよ? 何か悪い夢でも見ましたか……?」

「夢? あぁ……確かにそうかも……悪い夢だったと思う」

 

 今見た内容が夢であるのなら、夢と言えるだろう。

 だが、もう見たのなら、問題はない。

 

「ねぇ、ナギサ」

 

 日が当たる場所から手を伸ばしたナギサの手を借りて立ち上がる前に、木陰の中でアルマは願う。

 

「私はね。どんなことがあっても、ナギサには笑顔で生きていてほしいな」

「何ですか急に?」

「幸せは何時だって願ったって良いなって、思っただけだよ」

 

 そう言うと、短く溜め息をついたナギサに腕を引っ張られ立ち上がらせられて、腕に抱きつかれた。

 

「願われなくたって、私は今幸せですよ。それより、アルマが好きそうなリラックスできる茶葉を淹れたので一緒に飲んでみてください」

「……じゃあ、いただこうかな」

 

 あの夢の先は、きっと彼だけの未来だから、今はまだ選べる未来を彼女の紅茶を味わいながら考えることにした。

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