そこが、楽園ではないとしても 作:テクニカル古則おじさん
トリニティ総合学園、生徒会ティーパーティーはナギサ、ミカ、百合園セイアの三名が各派閥のフィリウス、パテル、サンクトゥスから代表者として選出され、実質的なトップが三人存在する。
「……本日の議題は先日連邦生徒会から提案されたエデン条約についてです。トリニティとゲヘナの間で不可侵条約を結び、エデン条約機構……ETOを設立し、両者間での紛争が発生した場合にはETOが解決をすることによって──」
連邦生徒会長がトリニティとゲヘナの問題を解決するために提案された条約についての説明をナギサがしていると、その話を少し聞いただけのミカから殺気のようなモノが発せられていた。
「エデンなんて大層な名前引っ提げてやることが仲良しごっこしながら平和を守りましょう? できるわけないでしょ!?」
「……このエデン条約はETOという抑止力による不可侵条約であり、友好条約ではありません」
表向きはあくまでもこれ以上の関係悪化を防ぐ条約としてエデン条約を推し進めるナギサだが、ミカからすればこんな条約を結ぶということはあり得ない話だった。
「アイツらが何したか分かってる!? どうせ裏切られる! 踏み躙られる! あの人みたいに!!」
二人がヒートアップする前にセイアが止めるべきだったが、彼女の知らない『あの人』というミカの一言によって踏み込めないセンシティブな話題であることを察してしまい下手に口を挟めなくなってしまう。
「っ……! それでも、あの人は最後まで信じました。一番近くに居た私が信じなければ、そうでなければ……報われません」
「報われない? それって誰の話? ナギちゃんが勝手にそうなりたいだけでしょ!? そういうのもううんざりなんだよ! あの人はバカみたいな夢に浮かされて、ゲヘナに騙されて死んじゃったんだよ!」
「ミカさん!!」
ナギサとミカの今まで聞いたことのない声と見たことのない形相に、セイアはある種の恐怖と驚愕によって全身の毛が逆立つ。
「あんな奴らの手を取るくらいなら、こっちから戦争でも何でも仕掛けちゃえばいい!」
「そんなこと! あの人の理想を裏切るだけで何も意味はないじゃないですか!」
「騙し討ちをした相手に我慢して良い顔する方があの人に対する裏切りだよ!」
気に入らない。
そんなことで怨みを忘れることなど、できるわけがない。
「二人とも、止めないか。少し落ち着いて──」
「うるっさいなぁ! 外野は口出さないで!」
「セイアさんは黙っていてください!」
頭に血が上り、本気の怒鳴り合いをする二人をセイアが窘めようとするも、怒号で返される。
セイアの力も言葉も届かない以上どうしようもない。彼女が直接止めることを諦め、三人が居るテラスと繋がっている扉を叩いて、サンクトゥス派の生徒を呼ぶ。
「先ほどから騒がしいようですが……」
「すまない。救護騎士団のミネ団長と正義実現委員会のツルギ委員長も呼んでほしい。大至急で頼むよ」
扉越しにも二人の怒声が聞こえていたのだろう。待機していた生徒達は皆不安そうな表情をしていた。
まだそうなっていないだけで、取っ組み合いの喧嘩でもするんじゃないかという二人を見せないために、セイアは極めて冷静に、テラスを見せないようにトリニティの最高戦力を呼ぶように頼む。
そうでなければ二人を、主にミカを止めることは出来そうになかった。
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(最悪、こんなことになるんだったら最初にもっと反対しておけば良かった……いや、それでもエデン条約なんて嫌だな)
セイアが呼び出したミネとツルギによって引き剥がされたナギサとミカは簡単な事情聴取を終えた頃には、もう日が暮れていた。
恐らく、セイアなりの気遣いで鉢合わせをしないように二人を解放する時間をズラしたのだろう。
「やっほ、久しぶり」
そろそろ湯船に浸かっていたい時間だというのに、ミカは今は使われることのない合宿所の近くにある墓地に一人で訪れていた。
騒動のせいでパテル分派の生徒達が心配していたが、この場所を知られたくないというのも本音で、少しだけ彼女達には申し訳ないことをした。
「色々思い出しちゃうから、あんまり来ないようにしてたのに私もダメだね……」
墓石に刻まれたかつての想い人の名前を見て、自嘲気味に笑いながら墓前に供えられたペロロとペロロ博士のぬいぐるみが倒れていたのを立てて直す。
「君が居たら、今日も私はお姫様になんかなれなかったんだろうね」
かつて、口癖のように彼が口にしていた言葉を思い出す。
人は忘れる時に聴覚から忘れるらしい。どこかの何かでそんなことを聞いた覚えがある。
どうやらその通りで、今は彼の声がどんなものだったか、上手く思い出せない。
思い出せたとしても、それが美化されたモノなのか、その当時のままなのか、ミカには分からなかった。
「……本当は、私もエデン条約に賛成するべきだったんだろうなぁ。ナギちゃんの言う通り、私は確かに裏切り者だよね」
ナギサの言葉がずっと脳裏にこびりついて離れない。
最後まで、彼が楽園の可能性を信じていたことは、ミカにだって分かっていることだ。
それでも、手を差し出した相手を、騙し討ちして殺してしまうような相手と和解しようとは思えない。
「喧嘩しちゃったんだよね。君のことでさ。いつものじゃれ合う感じじゃなくて、本気で、怒鳴り合ってさ……取っ組み合い一歩手前までヒートアップしちゃってさ」
懺悔のつもりはない。だけど、こんな話を出来るのも彼しか居ないが、そんな彼ももうこの世には居ない。
「ズルいよね。一方的に私が話してばっかでさ」
ぬいぐるみの両脇に小枝や花を添え、倒れないように補強する。
強い風が吹いたら倒れてしまうかもしれないが、その時は専用の籠を用意するのも可愛らしくて良いかもしれない。
昔と変わらず、何度見ても可愛いかどうかと聞かれると肯定は出来ないが。
「だからさ、約束。次来る時はナギちゃんと仲直りして、二人で来るよ。どうせナギちゃんはしばらく来ないとか言ってたんでしょ。そんなの寂しいだけじゃんね?」
その約束が果たせるまでは、ミカも来ないようにする。一番会いたいであろうナギサが来ないのに、自分ばかりが来ても困らせてしまうかもしれない。
「じゃあね。また今度」
それでも三人でテーブルを囲ったあの茶会は、まだミカの中では綺麗な思い出にしておきたかった。
次は多分セイア