そこが、楽園ではないとしても 作:テクニカル古則おじさん
ナギサはヒフミのお陰でほんの少しだけ勇気を貰えた気がして、ミカと面会することを決めて、その前日に準備をするためにとある屋敷を訪れていた。
「ナギサ様、お待ちしておりました。葬儀以来ですね」
庭園を抜けて玄関先に到着したナギサを一人の生徒が出迎える。
彼女の名前は基督リリ。現基督家の当主で現在この屋敷を管理しているのも彼女である。
元々は基督の分家の娘だったのだが、血筋で言えばミカより近縁で、亡くなった彼程の神秘は持ち得ないが、優秀であったためにリリに白羽の矢が立った。
「……私は貴女に、不義理な婚約者だと罵られても──」
「関係ありませんよ。アレだけイチャイチャしてた相手が亡くなって、落ち込むなというのも無理があります。
それを引き摺っていても仕方のないことだと、私は思います」
頭を下げるナギサをリリがバッサリと切り捨てる。
確かに本家の人間がナギサを本人の見えないところで悪く言うことはあったが、そういう大人にはきっちり制裁を加えた。
生前の彼と交流が多かった訳ではないが、彼の口や遠巻きに見ている分にも大変仲睦まじいことは把握している。
だから、別にナギサのことを悪く思う理由がリリにはない。
「……今、なんと?」
「あの人、隙あらばモモフレンズとナギサ様の話をする方でしたし……違いましたか?」
それはそれとして、イチャイチャという単語が涼しい顔をしたリリの口から出てきたことにナギサは戸惑いを覚える。
確かに彼にはそれらしい理由をつけてそういう悪戯をしたことはあるが、彼が全方向惚気をしていたと思うと恥ずかしさが込み上げてくる。
「……今度話し合わないといけないかもしれませんね」
「言ってやってください。私よりナギサ様にお参りしてもらった方が喜ぶでしょうし」
雑談もそこそこに中に案内されたナギサは生前彼が使っていた部屋に通された。
中は綺麗に清掃されていて、待っていたら彼が帰ってくるのではないかと思えるくらいには、彼が最後に部屋を出たままの状態が維持されている。
だけど、もう、彼が帰ってこないことを一番よく理解しているナギサは置いていかれたように感じて、胸が締め付けられる。
「……では、私は席を外しますので……気が済むまで、ゆっくりしていってください」
「……ありがとうございます」
そんなナギサの様子を見たリリがその場を離れる。
今日は獄中のミカに会う前に、未だに手がつけられていなかった銃以外の遺品整理を行うためにナギサはリリに許可を取り、彼の部屋を訪れた。
「……何もあの頃と変わってないですね」
ベッドの端に座って枕元に置いてあるペロロのぬいぐるみを抱き上げる。
そのぬいぐるみは生地を含めた素材はメーカーの商品と遜色ないどころか量産を考えていない水準のもので、もし商品化した場合金額の桁が跳ね上がるような代物だった。
しかし、そのぬいぐるみが他に置いてあるぬいぐるみよりも一番出来が悪かった。目の位置は揃っておらず何処か不気味で、縫い目も慣れない人の手で行った跡が見受けられる。
「……こんなものを一番大切にしていてくれたのですね」
それはナギサが彼と出会って一年目の日に渡した手製のぬいぐるみだった。
彼の好きなモモフレンズはキャラの多さに困惑しつつ、一番それっぽいキャラを選び、見本を見ながら慣れない手付きで針を縫って完成させたそれを彼に渡すと喜んでくれたのを忘れることはない。
センチメンタルな気分に浸って、ぬいぐるみを抱き締めながら横になる。
昔、この部屋で待たされ過ぎて不機嫌になって寝たふりをしたことを思い出す。その時は彼のベッドの上だからか、ドキドキし過ぎて彼に肩を触られた瞬間に飛び起きてしまい、すぐに寝たふりだということを見破られてしまった。
「私はいつまで待っていれば……良いんですか……」
最後に聞いた彼の言葉に対する文句が溢れる。
彼の代わりに楽園を目指しているのだから、今更な文句であることは分かっている。
既にミカに自分が進む道の先に楽園はないと否定されている。もう自分の進むべき道がナギサには見えなくなっていた。
「これは……」
このままでは何も進まずに一日を浪費することになってしまうと、ぬいぐるみを元の場所に戻して彼の使っていた机から遺品整理に手を付ける。
亡くなる前日も書いてあったであろう日記帳が目に入り、良くないことだと思っても、彼なら笑って許してくれそうだということと、普段何を感じていたのか、そこに楽園へのヒントがあるかもしれないと思い表紙を捲る。
○月○日
お母様からこれからは日記を書くようにしなさいと言い付けられたから日記を書くことにした。
そうしないと、私の神秘は現実と夢の境界を曖昧にするから、その方が良いと思う。
あんまり神秘について人に話したり、日記に書くのも駄目だった。明日から気を付けよう
どうやら自発的に書き始めた物ではないらしい。
彼の神秘については婚約者のナギサですら把握しておらず、本人に聞いてもはぐらかされていた。
親ですら隠そうとする神秘について気になりもするが次のページを捲る。
○月△日
昔から、トリニティとゲヘナは喧嘩をしていて、仲良くなれない。お母様に聞いてもお父様に聞いても昔からそうだからとしか言ってくれない。
そういう大人が居るから、そういう事をいつまでも繰り返す。
私が終わらせる。
七つの古則に書かれている楽園の証明をしてみせれば、それを終わらせられるかもしれない。
だから、楽園を証明するためにも……皆が気持ち悪いと言うモモフレンズを流行らせるためにも、やってみせる。
「そんなことのために楽園を……」
モモフレンズのために、そんなことを考えていたというのはナギサですら初めて聞いた話だった。
主目的はそうではないとは思うが、始まりはそうだっただけなのか、誰にも言わなかったのか。どちらにしても、それくらいのこと、自分には話してほしかったと思うと、呆れつつも少し頬が膨れる。
○月●日
ミカは強い。物理的に。
どれくらい強いかっていうとリンゴを手で握り潰してジュースを作れるくらい強い。凄い。
だからか、それを見た子にゴリラと呼ばれていたけど私はゴリラよりミカの方が強いと思っている。だから大声でゴリラを悪く言うなと言ったらミカにそっちじゃないと強めに叩かれた。
その後必死に謝って一緒にお茶をしたら機嫌を直してくれた。
「何をやってるんですか……」
思っていることはわからないでもないが、ミカに対する気安さというか、お互いにそういうことを言える関係が羨ましくも思う。
○月□日
どうやら婚約者ができるらしい。
桐藤ナギサ。というらしい。神秘でも見たことがないからちょっと楽しみだ。早めに寝よう。
○月✕日
顔合わせという名の大人達の縄張り争いに何の意味があるのだろうか。
そんな大人達に付き合っているからか、暗い顔をしてる彼女を茶会から連れ出して、一緒にお菓子作りをしたら笑ってくれた。
その笑顔が妙に忘れられなくて、胸の辺りがドキドキしてる。
○月■日
ミカにナギサのことを話したら、からかわれた。
その後にナギサが屋敷に来て、ミカと話していたけど会う度にちょっと喧嘩してしまう。
二人とも大切な人だから、仲良くして欲しいのにな。
キスとかは……いつか大人になれたら……したいかもしれない。
ナギサと出会ったばかりのことが数ページ分書かれていた。
こうしてどれだけ愛されているかを彼の視点から見させられると、悶絶しそうになる。
それを抑えて何とかページを捲ると中等部くらいの日付になった。
△月□日
どうやら私は大人になる前に居なくなるらしい。
どうなるかわからないけれど、それまでに楽園は実現させたい。
そんな風に考えていたら、ナギサが……不意打ちでキスをしてきた。
大人になったらとか、もっと手順を踏んでとか、考えていたのにナギサはこういう時悪戯っ子になるからドキドキさせられる。私だって……その男なのだから、気を遣ってほしいというか……
「そんなこと……話してすらくれなかった……」
居なくなる。というのが何を意味するかはわからない。
けれど、実際に大人になる前に亡くなってしまったのは真実で、薄々そうなることが分かっていたのかもしれない。
その胸の内を話してくれなかったことと、そんなことを察することも出来ずに、あんなことをしていた自分にショックを受ける。
✕月○日
モモフレンズ好きの女の子に会った
ヒフミちゃんというらしい。ナギサもミカも好きになってくれなかったモモフレンズを好きな子が悪い子な訳がない。
それ以上に……いや、よしておこう。
私にはナギサから貰ったペロロがあるから、今回イベント限定のペロロを譲っても……後悔しない。ナギサの作ってくれたペロロがあるならそれで良い。本当に後悔なんてしてない。
やはり、モモフレンズについて共感を得られなかったことは気にしていたらしい。
後日その話を聞いた時にボーッとしていた理由が分かった気がする。
「物凄く後悔してるじゃないですか……」
この日記を読んでいると感情がぐちゃぐちゃになりそうだと思うが、ここで読むのを止めるのも、それは違う気がしてきた。
長くなりそうだから分割。
(感情)でかくねぇって。
ナギサ様の脳ミソはぐちゃぐちゃにする!(ディアナカウンター並感)