そこが、楽園ではないとしても 作:テクニカル古則おじさん
流石に数年分の日記を読むのは時間が掛かってしまっていて、数分の休憩を終えたナギサは再び彼の日記を開いた。
(所々知らないことはありましたが……大体は私の知っている内容でしたね……大半がモモフレンズか私の話なのは……思った以上に恥ずかしいですが……)
毎日のように会いに行ったり、呼び出したのはナギサなので、自業自得とも言えなくはないが、思いの外はしたないことをする自分に顔から火が出そうになる。
■月○日
今日はちょっとだけ疲れた。 ミレニアムまで行ってきて、車椅子に乗ってる子と話をさせてもらった。
何でも超天才清楚系病弱美少女ハッカーらしく、色んなことを教えてくれた。
でも、最後には超天才清楚系美少女ハッカーだということだけ覚えて帰ってほしいとだけ言われた。だから、超天才清楚系美少女ハッカーだということは書いておこうと思う。
ナギサやミカとも違うタイプの子だったからちょっと新鮮だった。
■月✕日
百鬼夜行の縁日に行った。
トリニティにはないタイプのイベントでなんだか楽しかった。
百鬼夜行もトリニティと似たような成り立ちなのに、どこの自治区ともいがみ合ってる訳でもなく、内部の争いでギスギスした雰囲気もなくて良かった。昔は大変だったらしいけど、どうにかなったなら良いことだと思う。
■月■日
あまりにも外の自治区に行くものだから外出禁止を言い渡された。
ゲヘナとアビドス以外は大体足を運べただけ良いとしよう。
雨も降っていたから部屋に籠って本を読んでいるとナギサが来てくれた。
いつかの日みたいに読書に熱中していると悪戯されそうで、気が気じゃ無かった。
それでやっぱり悪戯された。
少しだけ用事があって部屋を離れていて、戻ってきたらナギサがベッドの上で寝ていた。すぐに寝たふりだってわかったけど、起こしたらびっくりして飛び起きてたのは可愛らしいなと思った。
何でも無い日常が続いていく。
色んな場所に行って、色んな物や人を見てきたのだろう。その一部はナギサも彼本人から聞いていたことでもある。
日記にも書いて、他人にも話して、余程楽しかったのだろう。
だから、この日々が二度と帰ってこないことに胸が締め付けられる。
△月△日
やり残したことは一杯ある。
どんな未来を見ても、ナギサがああなってしまうなら、私が死ぬ方がいい
△月✕日
ゲヘナの子と仲良くなれた。
モモフレンズのイベントに行ったらたまたまゲヘナの生徒を見掛けたから声を掛けてみたら、モモフレンズに興味はなかったらしくて、近くを通ったから覗いてみただけらしい。残念。
それはそれとして、今度ゲヘナに行ってみたいと話したら、トリニティの生徒が一人で歩くのは危ないから。という理由で当日付き合ってくれることになった。
ようやく、一歩を踏み出せた気がする。
△月○日
ナギサとミカにゲヘナに行くことを話した。
多分これが最後になると思う。
何を書いて良いか分からない。
ナギサやミカが見ることになると思うからちょっと恥ずかしいな。
そこで日記は途切れていた。
読了後のナギサの感情はぐちゃぐちゃになっていた。
自分に向けられていた感情の大きさに対する嬉しさや恥ずかしさ。
自分に隠し事をしていたことに対する無力感や怒り。
それら全てがナギサの中を満たしていく。
「私だって、こんなもの読みたくなかった……」
立っていられそうになく、ベッドの上に横たわる。
一番ショックだったのは、彼が自ら死を選んだように見えたこと。
誰もが手を取り合える楽園を思い描いていた彼自身が誰に頼ることもなく、求めれば差し伸べられる手を拒んだことが何よりも嫌だった。
思考が坩堝にハマっていくと同時に周囲が見えなくなっていって、時間だけが無意味に過ぎていった。
●
「で、そんなひっどい顔して私に会いに来たんだ」
翌日、この機会を逃したらしばらくは面会の時間が取れそうにないため、ナギサは重たい身体を引きずってミカとの面会に赴いた。
ミカは以前矯正局でガラスを拳で粉砕した前科があるため、両手を拘束された状態での面会だった。
「……条約の調印まで時間がありません。だから、こうして会うことももう……」
「ふーん。ま、なんだって良いけどね」
補習授業部や先生の活躍とはいえ、エデン条約を守ることができたナギサとクーデターに失敗して、投獄されているミカ。
二人の結果と表情の色は反比例している。
「ミカさんは……まだゲヘナのことを許せませんか?」
多少はヒフミのお陰で持ち直したと看守から聞いていたが、根本的には彼の死から立ち直れた訳ではない。
ヒフミから許されただけで、エデン条約がきっかけでミカの怒りや憎しみが爆発したことは変わっていない。
そんな自分を許せないでいた。
「……許したくない。かな」
きっと、許せないことはない。
ゲヘナが彼を殺したという事実は覆ることもなく、憎しみが癒えたということもない。
可能であれば全員殺してやりたいということも変わっていない。
許せたとしても表面上の話でしかなく、そんな人間は楽園に必要はない。
「ねぇ、ナギちゃん。もし、あの人が生きてたらどうなってたと思う?」
彼が居れば楽園に辿り着けていたのか?
あの日記を読んだ後のナギサは具体的なアンサーを持ち合わせていない。
セイアが居れば聞くことはできたかもしれないが、今はそれも叶わない。
「もっと酷いことになってた。私は何となくそう思うんだよね」
ミカは何かを見てきたような表情で語る。
どこで見てきたのか、どうしてそう思うのか、まるでミカに記憶はないが、確信に近しいものがあった。
「……私はあの人の隣に居られればそれで──」
「無理だよ」
あの日記のような日々が続けば何も要らない。
どんな困難があっても乗り越えられる。ミカの憎しみもアリウスを受け入れる理由もなく、平穏に過ごせれば良い。
そんなささやかな願いをミカは遮った。
「だって、そこにナギちゃんは居ないんだもん。アリウスに殺される。あの人と入れ替わるだけ、結局意味がない。虚しい問いでしかないよ」
「ミカさん……?」
「アレ? ごめんね。そんな話がしたかったんじゃないんだけど……流石に疲れちゃってたのかな……?」
ミカの様子がおかしい。
本当は彼が生きていれば、また三人で笑い合って茶会をできた筈で、そこにセイアも加わっていたかもしれない。という話がしたかったのに、ミカは自分でもわからない何かにそうならないと否定された気がした。