そこが、楽園ではないとしても 作:テクニカル古則おじさん
「……ふむ」
補習授業部の目的は果たされ解散した。それでも各々の日常は続いていく。
アズサは夏休みも間近という時期に登校時の悩みが一つだけあった。
「今日もか」
自身が使用しているロッカーの異変に気づき、鞄から爆薬を取り出してロッカーに取り付ける。
その様子を見た周囲のロッカーを使用している数人の生徒は自身のロッカーから出せるだけ荷物を避難させていた。
「おはようございます。アズサちゃ──って何してるんですか!?」
「おはよう、ヒフミ。危ないから私と一緒に離れよう」
「アズサちゃん。一回ストップです」
肩を掴んで避難するように促すアズサからいつものことだと察して逆に肩を掴み返す。
「ヒフミ……?」
「ロッカー爆破しようとしてませんか?」
「そうだが?」
当たり前のことを聞かれて不思議に思っているアズサにため息が漏れそうになる。なるが、彼女の素性を知った今ではあまりヒフミは驚かなくなった。
「とりあえず、訳をお話してもらっても良いですか?」
「さっき私のロッカーから防犯用に仕込んでおいた毛が抜けていた。
私に恨みを持っている生徒がロッカーを開けたら即座に毒ガスを噴射する装置を仕掛けた可能性がある。今日だけの話じゃない。ここ最近数日に一度の頻度だ」
「ないですからね! 普通にロッカー開けてください! というか最近の爆発騒ぎってアズサちゃんのせいだったんですね!」
流石のキヴォトスでも、そこまで殺意全開の復讐をする生徒は少ない。
渋々爆弾を撤去してアズサがロッカーを開けると僅かな隙間から差し込まれたであろう、便箋に包まれている手紙が入っていた。
「む、手紙か。差出人の名前は……無いな」
「あ、アズサちゃん……!?」
今どき手紙というのも珍しいが、それ以上に誰が送ったのか検討もつかずクエスチョンマークを頭に浮かべているアズサより、貰った本人でもないヒフミの方が動揺していた。
「……いつも貴女を見ています。朝も昼も夜も貴女の事ばかり考えています。この想いを直接貴女に伝えたい。放課後、旧校舎裏まで……なるほど、過激なパテル派か……
「違いますよね!? これ男の子の筆跡ですし、便箋も相当良い物を使ってますし、これってアレですよね!?」
内容を読み上げるアズサの肩をぐわんぐわんと揺らすヒフミが何を気にしているのか全く検討が付かない。
送り主の正体がアズサが推測した前者であれば、隠すつもりのないお粗末過ぎて、後者であれば、カモフラージュが雑な未熟な人材を寄越すとは舐められたモノだと内心悪態をつく。
「アレとは……?」
「そ、それは……あれ、あの……ラブレターみたいな? 恋文的な……?」
「そうなのか?」
「そうなんですよ」
補習授業部の面々から色恋の話が出てきたことはなく、一般の女子高生並みにはその手の話に飢えていたヒフミの圧にアズサは気圧される。
男子生徒と話したことにはあるが、アズサは普段起こす騒ぎのせいでどちらかと言えば人に敬遠されているタイプであり、今までは任務の都合もあって、その方が都合が良かった。
「……私はどうしたら良いんだ」
そんなことをしている暇はアズサの人生にはなかった。
補習授業部やアリウスに抱く感情を赤の他人に向けられる訳もなく、ただ困惑するしかなかった。
「アズサちゃんは恋愛漫画とかそういうの読んだことないんですか?」
「ないな。トリニティに来る前にその手の映画を見せられたことはあったけど……よく分からなかった」
編入準備の際にトリニティで流行った映画として色々見せられたが、結局は創作上のモノとして認識していたアズサにとって何が正解なのか一切が分からずにいる。
「逆にヒフミは分かるのか?」
「え、私ですか……? 私は……うーん」
この場にコハルが居ればそれはないとツッコミをしていただろうが、平々凡々な自分にそういう感情を向けられるという状況にヒフミは想像が付かなかった。
「で、でも! アズサちゃんにこの手紙を渡した人は物凄く勇気を振り絞って渡したと思います! だから、放課後旧校舎裏には絶対行きましょう! ね! 私も付いていきますから!」
「そこまで言うなら……」
なんだかんだで一度スイッチが入ったヒフミを止められないことはアズサも友人として理解しているので、放課後に旧校舎裏には行くことはほぼ確定したようなものだと諦める。
「お昼休みに対策会議しましょう! ではまたお昼休みに!」
そう言って自身のロッカーに向かっていったヒフミを見送ったアズサは自分のカリキュラムを確認して、移動教室へと向かう。
(今の用意できる装備にも限界はある。そんな状況でヒフミを守り切れるだろうか?)
授業の合間にも手持ちの装備と頭の中にある旧校舎の地図を頭の中で確認して、脳内でシミュレートを行う。
相手の規模も少数なのか多数なのか。それらを踏まえて何度もシミュレートを授業を受けながら繰り返していく内に、午前の授業の時間もあっと言う間に過ぎていった。
「という訳で! 今日はアビドス高等学校の砂狼シロコさんをビデオ通話でお呼びしました!」
『ん、よく分かんないけど来た』
そして昼休みになり、食堂を兼ねたカフェテラスで合流したアズサとヒフミの二人が座るテーブルの真ん中にビデオ通話を繋いだヒフミのスマホが置かれていた。
「よく分からないのに来たのか……」
『話は聞いてる。アズサがラブレターを貰ったって』
「間違いない」
スマホの画面に映るシロコの表情はあまり動いておらず、何となく自分と近しいモノがあると感じ、恋愛沙汰に精通しているとは思えないアズサはヒフミの方に視線を送る。
「シロコさんにはなんと彼氏さんが居ます! なので、私達より恋愛に詳しいはず! ですよね?」
『ん、恋愛マスターって呼んでもらっても良い』
得意気になったシロコがふふんとでも擬音を鳴らしていそうだったのが、画面越しにも伝わってくる。
マスターを自称するのであれば、一安心である。
「今、アズサちゃんは恋愛というのが何か分かってないんです。なので、シロコさんは普段どういうことを彼氏さんとしてるのか、教えてあげて欲しいんです」
ヒフミがそう伝えると、少しだけ考えてから難しそうな表情をしたシロコが口を開いた。
『200kmサイクリングするために練習したり、囲碁やったり、銀行強盗……ごっこしてる』
「……それだけか?」
『ん、それだけ』
「今明らかにそれだけじゃすまないのがありましたよね!? まさか本当にしてないですよね! 銀行強盗!」
さらっとそれを流してしまう二人を会わせてしまって良かったのか、自分でやっておいて今さらちょっと後悔しているヒフミだった。
「それは私が補習授業部の皆と遊びに行くのと何か違うのか?」
『私もそこはよく分かってない。彼も他の対策委員会の皆も好きなことには変わらない』
好きにも種類はある。
結局シロコもその区別はしていないらしく、友情なのか恋愛なのか。線引きは曖昧だった。
しかし、恋愛マスターが言うのだから間違いない。何にも知らない相手を補習授業部と同列に扱うことは出来そうにない。
「そうか……なら私の答えは決まった。ありがとうヒフミ!」
その日、一人の男子が失恋したことは語るまでもないことだった。