そこが、楽園ではないとしても   作:テクニカル古則おじさん

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届かなかった手

「──以上が、トリニティから提示されたエデン条約の詳細になります」

 

 ゲヘナ学園風紀委員会委員長、空崎ヒナはトリニティのティーパーティーからゲヘナに持ちかけられた調印式が間近に迫ったエデン条約について、同じく風紀委員会の行政官の天雨アコから説明を受けていた。

 何度目かの説明を聞いても現実味の無い条約だとヒナは思う。

 

「もし仮にETOが成立してトリニティとのトラブルが無くなるんだったら、それに越したことはないけど……万魔殿が、というより、マコトが良からぬことを考えて実行してもしなくてもどちらにしても……」

 

 ゲヘナの治安が悪く、そういう目で見ている他校の生徒は少なくない。その治安維持もヒナ一人の武力で抑止されていることも有名である。

 それ故にゲヘナが何か他校と政治的な動きをするとなると、必然的にそれに乗じた動きをヒナが鎮圧、ないしは牽制する必要が出てくる。

 それに加えてゲヘナの生徒会である万魔殿のトップがヒナに何かしらの嫌がらせをすることは分かりきっていたため、思わず溜め息が漏れる。

 

「アコ、七つの古則って知ってる?」

「あの禅問答みたいな問い掛けものですね。それが何か?」

 

 トリニティ。という単語で思い出すことがあったヒナはアコにキヴォトスに伝わる古則について訊ねてみた。

 そもそも、七つの古則はアコの言う通り、何を目的としているのか分からないものや、前提がおかしいものになっており、禅問答と言われているようにその問い自体に意味がない。

 普段そういう言葉遊びをするタイプではないヒナの口から出た単語にアコは不思議そうにしていた。

 

「……やっぱり、何でもない。少しパトロールに行ってくるから留守番してて」

 

 少しだけ一人になりたくてヒナは適当な言い訳を付けて風紀委員の執務室から外に出た。

 

(トリニティ……私がとやかく言う資格なんて、ないかもしれないけど……)

 

 昔、たまたま通りがかったイベントで出会った少年が居た。

 そのイベントの主役のマスコットには興味がなくて、本当に何となく立ち寄っただけなのだが、その少年から勘違いはされてしまったまま、次に会う約束まで取り付けられてしまったことがあった。

 それが嫌だったかと言われるとそうではなかったので断ることはしなかった。

 

(……理解できないものを通じて、私たちは理解を得ることはできるのか。何を理解したいのか、それともその何かを理解するために理解できないものに触れるのか……)

 

 ヒナが情報部に居た頃、彼について調べたことがある。結果、彼は事故で亡くなったということになっていた。

 事故の原因になったゲヘナの生徒は矯正局送りになっていて、未だに釈放されておらず、事故ということにしておいて、当時起きたことを封じておきたい何者かの意図が見え透いている。

 

(矯正局送りになった生徒は名前すら分からないし……万魔殿に聞いたところで──)

「トリ公がこんなとこまで何しにきたってんだよ?」

「貴方達に用などありませんわ」

 

 考え事をしながら歩いていても風紀委員長という立場であるせいか、トラブルというモノは目に入ってしまい、ゲヘナ自治区まで来ていたトリニティ生にゲヘナ生が絡んでいるところを見つけてしまった。

 風紀委員長としては、今調印直前まで進んでいるエデン条約の妨げになるようなトラブルは出来るだけ避けておきたい。

 

「理解できるできないじゃなくて、理解しようとしないのなら、答えが出るわけがない」

 

 ヒナなりの答えを呟きながら、周囲の視線を集め始めているトラブルの原因のもとに向かって歩いていくと、それに気づいたゲヘナ生が血相を変える。

 

「げっ、空崎ヒナぁ!? に、逃げろ!」

 

 いくらなんでも同じ学園の生徒から何かしらの妖怪のように言われて逃げられると、思うところがないわけではないが、そんなことを気にしていたらキリがない。

 

「人を何だと……貴女も、うちの生徒が迷惑掛けてごめんなさい。ここではトリニティの生徒を良く思わない生徒も多いから、早く帰ること」

「……ありがとうございます」

 

 彼女は軽くお辞儀をしてヒナに感謝を告げ、そそくさと何処かに行ってしまった。

 空崎ヒナという存在は良くも悪くも『力』として認知されている。今のトリニティ生もそうであったように、助けられた生徒は感謝される時もあるが、ヒナを見たら怯える生徒も多い。勿論そういう生徒だけではないが、気にしないのも限度がある。

 

(もし、仮に──いや、意味ないか……急ごう)

 

 ゲヘナの生徒がトリニティの生徒を嫌う理由にいつも笑っていて何を考えているのか理解出来ない。というものがある。

 理解出来ないものが不気味だと思うのは人として当たり前のことだし、その笑みの下で政治的な意図が隠れていることだってある。

 だけど、そこで一歩踏み出すことの大切さを教えてくれたのも少年だった。

 

(こんな力。あったところで何の意味もない)

 

 見晴らしの良い場所にあるベンチに座ったヒナは、あの日のことを回想する。

 約束の日に男の子と会うのだから多少おめかしをして、ゲヘナが噂ほど悪い場所ではないと紹介していて、一日過ごして何事もなく終わった筈だった。

 だけど、彼の顛末はヒナが調べた通りで、結局力だけあっても手の届かないのなら、それに意味なんてない。

 

(……ETOが抑止力として成立したって、全部が守れる訳じゃない。だけど、手を伸ばせる範囲が広がるなら……)

 

 きっと、最後まで送り届けなかった後悔はずっと消えない。

 だから、もう二度とそんなことが起こらないように出来るのであれば、それが一番良いに決まっている。




一旦今作については用意してた話を吐ききったので、充電期間になります。

それで、前回唐突に出てきたシロコの話ですが、書かないのはちょっと勿体ないので書きました。https://syosetu.org/novel/350271/
しばらくはそちらの方の更新をするかもなので、興味があれば是非お願いいたします。

一区切りしたらこちらに戻ってきます。
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