そこが、楽園ではないとしても 作:テクニカル古則おじさん
セイアは自身の神秘を応用することで、他人の夢に干渉することができる。
それは時間を問わず可能であり、現実で深い眠りについていて、時間はいくらでもあるとすれば、干渉するべき人間は決まっていた。
「ようやく君の夢に入り込めた。話をしようか。時間は無限にあるはずだ」
夢の中に知らない人物が出てきて、必死に記憶を辿ってみるも、トリニティの社交界で会った記憶もなく、本当に思い出せないのだが、不思議と少年には覚えがあった。
「私にとっては初めましてだね。百合園セイア。君がこっちに来るとは思わなかったかな」
「この間は君から来ておいて……私も勝手に来ているのだから人の事も言えないがね」
今この場に来るまで、この夢の主のアルマと接触したことがあるということは朧気にしか覚えていなかったが、徐々に霧が晴れるように思い出してきた。
あの時、セイアと接触した彼がどの時間軸の彼かはわからないが、少なくとも未来視特有の齟齬が発生していることは理解した。
「本来であれば君の神秘について色々聞くつもりではあったが……どうせ答えるつもりはないのだろう。
だから、別のことを聞かせてもらおう。君は、君の未来はアレで良かったのか?」
未来視に近しい神秘を持っているのなら、未来を見たという事実だけあればいい。
その上でその選択をした彼は
「私はね、別の未来も見た。ナギサが殺されて私が絶望する未来。ミカと逃げて全て投げ捨てた未来。君と未来を変えようと踠く未来もあったけど、どれも最悪の結果に終わるくらいなら、ナギサに未来があるなら、私はそれで良い」
ナギサを幸福にしてあげられないのであれば、その未来と自身に価値はない。
セイアにもその価値観自体に一定の理解はあるが、それ以上に思うことがあった。
「君は薄情だ」
時間はまだある。
現実で活動できないセイアは彼との対話を続けることにした。
●
いつかの日をナギサはまた夢に見る。
二人が出会って二年ほどが経った頃。ミカに唆されたナギサは、アルマが出掛けている最中に彼の家に忍び込んでメイド服を着て玄関で待ち構えていた。
「お、お帰りなさいませ。ご、ご主人、様!」
扉が開くと、ぎこちない動きでカーテシーをしてアルマを出迎える。
「…………えーと、何してるの?」
あまりの突飛のなさにアルマが硬直すること数秒、脳の処理が追い付いて、原因を察しながらも一応ナギサに訳を尋ねる。
「ミカさんから殿方はこういう物が好きだと聞いたので、その……」
「やっぱりそうなんだ」
アルマは呆れで、ナギサは羞恥で、顔に手を当てる。
「すぐ着替えて来ますので……」
「ちょっと待って」
耐えきれずナギサが逃げるように着替えに行こうとするのを彼女の前に出て止めてから、頭から靴の爪先まで見る。
どこで調達してきたのかは、一旦置いとくとして、服装に合わせてポニーテールに髪を纏めていたり、普段着けている髪飾りもホワイトプリムと喧嘩しない様に調整していて、彼女を恥ずか死させるだけかもしれないと思いつつも、それを伝えないのは何か違うなという気持ちで口を開く。
「あんまり、メイドさんとかにそういう事考えたことないけど、今のナギサは凄く可愛いと思う」
「ふぁ……」
元々紅潮していたナギサの顔が更に紅くなる。
家柄上、桐藤家の家督を継ぐための教育を受けてはいるものの、年相応に可愛い服を着てそれを婚約者に褒められるということに憧れがないとは言い切れない。
「も、もう少しだけ、この格好で居るので、お部屋に連れて行ってください」
そういう意味では乙女心は単純なもので、一度褒められてしまってはすぐに着替えてしまうのは勿体無く思えて、もう少しだけ着ていたくなってしまった。
「それは良いけど、ナギサは着替えなくて良いの?」
「早くしてください」
アルマに手を差し出して、早くエスコートしろと催促すると、優しく手を取ってくれて、そのまま彼の部屋へと向かう。
「あ、二人とも意外と早かったね」
アルマの部屋に入ると、ミカが自分で手土産として持ってきた筈のクッキーをベッドの上で齧りながらゴロゴロして雑誌を読んでいた。
「ミカ。家に来る時はせめて連絡ほしいんだけど……というか、自由すぎない?」
「これくらい良くなーい?」
「良くないよ。とりあえずちゃんと椅子に座って、あと、食べ滓服に付いてない? ベッドに落とす分にはいいけど、折角お洒落してるなら気を付けてね」
(それで言うと、私もアルマに連絡はしていないのですが……)
二人きりだと思っていたのにミカが居て、ほんの少し残念に思うことはあっても、三人で仲良くお茶ができるのなら、それはそれで嬉しいことである。
「ナギちゃん、何喜んでるの?」
幸せを感じて頬を緩ませているナギサを首だけ曲げて顔を向けたアルマとミカから表情の色が抜け落ちる。
「私を追い出した楽園で」
「私の思い描いた楽園で」
「裏切り者がなんで笑っているの?」
「え……?」
二人の発言で現実に呼び戻される。
ここで初めてこれが夢だとナギサは気づく。実際には二人はそんなことを言わなかった。
だけど、自分がそう思ってしまっていることに相違はない。
「あ、あ……あぁ……」
誰かを許すことはできても、誰でもない自分だけは許せない。
ヒフミに許してもらえて、自分の痛みを理解してもらっても、それが癒えるわけじゃない。
ここで楽になって良いわけがない。誰かに罰して貰ったとしても一生解けないであろう呪いにナギサは苦しめられて、いつも目を覚ます。
●
(……ついに、この日が来ましたね)
エデン条約調印式、当日。
この日を待ち望んでいた筈なのに、ナギサの心は沼の底に向かっていくように沈んでいた。
今朝に見た夢のせいもあるが、あれくらいの夢はあの日から毎日見ている。
慣れて良い筈がない傷みに慣れきってしまったナギサはトリニティ側の待機所で独りで意味のないリラックス効果のある茶葉を使った紅茶を飲む。
(今日でようやく終われます……待っていてください。すぐに──)