そこが、楽園ではないとしても 作:テクニカル古則おじさん
誰かが憎いわけじゃなかった。
今更そんなことを言っても、感情に任せて引き金を引いて、大切だった人が応援してくれていた夢を歪んだ形で叶えた自分にそんな事を言う資格はない。
「貴方の言う楽園に、私達の居場所はないんだね……貴方なら手を取り合うことだって……できた筈なのに……」
夢の果てで、追い詰めたアツコがそう言った。
愛しい人を奪ったと思い込んでいた仇を討って、それが間違いと知った時には既に手遅れで、またアリウスという新しい仇を作って、自身と誰か血か混ざってシルエットをどす黒い赤に染める。
「私の夢も! 愛も! 楽園も全部!」
吐き気がした。
かつて自分が吐いた言葉が胸の奥を締め付ける。
愛は敵を友に変える唯一の力だと言っておきながら、何処かで失くしてしまった。
「君達が、全部……全部奪ったんだ。それを今更……!」
どんな形であれ、ナギサの命を奪ったくせに今更だと吐き捨てる。
彼女が居たらこんなことにはならなかったのか? という疑問は既に否定した。
どうなったとしても、楽園は否定される。犯される。
「存在するかわからない楽園なら、私達が教えられた虚しいものと変わらないね……」
「……もう、良い。喋らないでくれ」
これ以上アツコと話していたら頭がおかしくなりそうだった。
この先に楽園が無いのだとしたら何のために血を吐きながら進んで来たのか。何のために涙を流す暇も無く、止まらないでいたのか。今までの全てを否定されたくなくて、彼女の胸に銃口を押し付けて引き金を引いた。
「──」
銀色の弾丸に貫かれた彼女は絶命した。
これでもう、この世界のアリウスという思想は絶滅した。
何もかもようやく終わったのに、心が晴れることはなく、誰も帰りを待っていない何処かに向けて歩くために立ち上がった。
「……帰ろう」
愛した人も、愛してくれた人も、愛を共有できる人も居ない。
失ったモノを取り戻すには、蒼さを失った紅い空の下では不可能だった。
血で足を滑らせて、その場に倒れるも血を流しすぎたアルマにはもう動く気力すらない。
(痛いのにすっとする……あついのに、さむい)
未来が提示されない。どう足掻いても死ぬのだろうと確信した。
力を手に入れるために、失った神秘が多すぎた。
これが人を殺めてきた罪に対する罰と言うのなら、ただ死ねるだけでもありがたいくらいである。
肉体の限界を迎えたアルマは血を吐きながら息絶えた。
「……そのまま死ぬなら、使わせてもらうね」
その瞬間、再び意識が呼び戻される。
声の主の姿に見覚えはなかったが、死者を呼び起こす神秘の存在は知っていたが故に正体には察しが付いた。
「……会いたい人が居る」
失意に囚われた瞳をしているのに、何処か諦めることもできずに何かに縋ろうとしているような彼女からその人がもうこの世には居ないことがわかる。
●
「結局はこうなるのか」
戦場と化した古聖堂に一人の男が現れる。
誰かの壊れてしまった夢の痕を忌々しげに睨み付けながら、その夢をこの地獄に変えてしまった少女を下敷きにしている瓦礫を撤去する。
自分がやらなくとも、どうせ他の誰かがやることではあるのだが、もう会えないと思っていた彼女の顔を少しくらいは見ておきたかった。
(向こうは会えてるのかな……私にはどうでも良いことか)
感傷に浸る暇はない。
彼女を狙うアリウスに使役された過去のユスティナ聖徒会を模倣したミメシスが彼に銃を向ける。
この戦場に来た理由も連れてきた彼女はこの場には居られない理由も理解している。きっと、何処かに身を潜めているのだろう。
「悪いけれど、まだ討たれる訳にはいかないんだ……一応、約束だからね」
懐のホルスターから抜いた拳銃をミメシスの眉間に二発撃ち込むと、五人分の目と銃口が彼に集中した。
その視線の全部が感情の乗っていない殺意が籠っている。
「無駄だよ」
未来が三つ見えた。
ミメシスが放った銃弾が身体を貫く未来。
銃弾を避けて背後に居るナギサに当たる未来。
そして最後の一つは──。
「……」
背中から生やした翼を巨大化させて身体を覆って防御姿勢を取る。
間髪入れずにミメシスが携行しているサブマシンガンから放たれた銃弾が彼の翼に直撃するものの、全て弾かれる。
本来であれば戦闘に用いる機能は備わっておらず物を格納できる神秘を持つ程度の物だったのだが、彼は自身の肉体を改造していった結果、銃弾を弾く硬度を持つ盾としても活用できようにした。
戦闘に使わない身体の一部ですら、改造して戦闘に適した身体にしてしまった。
「次」
また複数の未来が提示される。
このまま守りに徹していても仕方がない。スクワッドが参戦してしまった場合、ナギサを守りながら戦う余裕が無くなる。
「次……!」
弾幕が止んだ瞬間に羽を広げて、邪魔にならない大きさまで小さくする。
無限に選択肢とその結果が脳に流れ込んで来る。
その結果という未来をカンニングしながら、戦闘を優位に運ぶことが彼の戦闘スタイルである。
「一手目」
始めに一番距離が近いミメシスの前まで距離を詰めて肩を掴んで、射線が通っている遮蔽のない位置に居る個体の元まで投げつける。
「二手目……」
投げつけたミメシスとは逆方向に居る個体に向けて翼の中から取り出したサブマシンガンを急所に寸分違わず直撃させる。
背後からどさりと人が地面に落ちた音が耳に入った瞬間に腰に着けた手榴弾をノールックで背後に投げる。
きちんと狙いをつけていない投擲など、本来当たるわけがないのだが、それも神秘による未来視でノールックでも当たる結果を知っておけば問題なく仕留められた。
「三つ。あと、二つ……!」
翼に格納された武器を取り出そうとすると、別の方向から飛んできた弾丸がミメシスを貫いた。
「アルマ!」
「……来たんだね──」
今、この世界のナギサの姿は『あの時』とは違う成長した姿で、見覚えはなく、その目で見れなかった。その未来をあげられなかったことに自身への無力感が込み上げてくる。
「ミカ。久しぶり」
お姫様にはしてあげられなかったけど、最期まで傍に居てくれた。なのに守れなかった。そんな姿のままのミカがナギサを守るように立ち塞がった。
「やっぱり、アレは……私の夢の中に出てきたアルマは貴方だったんだね」
胸元のティーパーティーの証、黒い制服と、それに合わせた黒いマントを羽織った星の無い夜のような風貌に、自分を忘れたような白い髪と濁った瞳の彼をミカはこの場でようやく思い出した。
「そうだよ。私は楽園なんて言う愚かしい夢に溺れて何も守れなかった。そんな世界から来た……色彩の手駒だよ」
「……はぁ、わざわざ脱獄してきたのにこれかぁ」
アルマはサブマシンガンを下ろしたのと対照的にミカは何とか持ち出せた拳銃の銃口を彼に向ける。
夢の中ではなく、現実で実際に相対してみると彼がアルマであってアルマで無いことが嫌でも理解できる。
ミカが好きだった彼は、誰が相手でも憎しみを向けることはなかった。
誰かに騙されて馬鹿を見ることがあっても、愛を失わなかった彼とは大違いだ。
「アルマらしくないアルマなんて、私は見たくなかった。ナギちゃんにも見せられない。見せちゃいけない。色彩だか何だか知らないけど──」
別世界の存在でも、もう二度と会話ができないと思っていた相手なら、嬉しいと思うのが普通だろう。
だけど、愛も夢も捨てて、虚しさと憎しみだけを抱えたような彼に会えて嬉しいとは欠片も思えない。
「私に喧嘩で勝てると思わないでね」
守るために楽園を裏切ったはずのミカと、守れなかったもののために楽園を捨てたアルマ。
かつて平和を願って、その願いを、祈りを、呪いに変えてまで手にするのは誰かを討つための武器だった。
別世界のアルマが持っているのはミカが使っているサブマシンガンの原型。
ミカが持っているのはアルマの遺品の銃の原型。
一種の武器交換をして対峙するという状況だけ見れば逆だったかもしれねぇ。みたいな感じ。