そこが、楽園ではないとしても 作:テクニカル古則おじさん
時は少しだけ遡ること数十分前。
(大きな揺れの後から外が騒がしい。いつもこの時間に来る看守ちゃんも来ないとなると……調印式で何か起きたとしか思えない)
ミカは冷静に中継をもう一度見ようとしても電波が乱れているのか、ロクにインターネットへ接続できなくなっているのを確認した。
(……なら、行って確かめるしかない)
夢の中で見た。という曖昧な理由だが、それでもあの光景が現実になるのであれば、動かない理由はない。
「……こんなので縛り付けようだなんて、甘いよね」
鉄格子を片腕で引き千切ってミカは牢獄を出る。
特殊合金でもない鉄格子で収容しておけるほど、か弱く見られていると思うと、指示したであろう人物に腹が立つ。
「武器は……流石に置いてないよねぇ」
すぐにカメラがミカの姿を捉えて警報が鳴り響くが、誰も来る様子はない。
万が一のことを考えてられていたのか、武器らしい武器は当直室のどこを見ても存在しなかった。
このままでは素手で殴り込みを掛けることになってしまう。
それは流石に避けたいところだった。
「ミカ様……お戻りください」
当直室から出たミカを拳銃を構えた看守が出迎える。
彼女にも何かあったのだろう。制服は少し焼け焦げていて、髪も乱れていた。
それなのに、看守としての使命を全うしようとする彼女の生真面目さが出ていて、ミカは嫌いではなかった。
「遅かったね。外で何かあった?」
「……戻ってください。今、貴女が外に出れば、もう……戻れなくなります」
「別に良いよ、それで。政治に関わらないで普通の子みたいに放課後に喫茶店巡りしたり、可愛いもの探しにいったりするのも悪くないかな……いや、そんなことももう無理になっちゃうのかな」
クーデターを起こした上に、繋がっていたアリウス襲撃と同時に脱獄したとなれば、トリニティを追放されるだけで済んだとしても罰としては優しい方だろう。
そうなれば、彼やナギサとの思い出の品も、セイアとは二人ほど仲が良いわけではないが、彼女がくれた物も、きっと処分されることだろう。
「私はそれを望んでるんだ。ごめんね」
結果として地獄に落ちようとも、守りたいものがある。
それだけの話だった。
徐々に看守に近づいて自ら額に銃口を押し立てても引き金を引かなかった彼女にボディブローを入れて気絶させる。
看守の持っていた拳銃と予備弾倉を拝借したミカは急いで古聖堂へと向かった。
●
時は戻り、ゴング代わりにミカの銃撃がアルマの頬を掠める。
「自分から終わらせてって夢の中で泣きついてきたくせに随分と抵抗するじゃん!」
「今じゃない! 私にはまだやることがある!」
武器の射程ではアルマに、純粋な身体能力ではミカに分がある。
距離を取りつつ引き撃ちをするアルマの弾丸を食らってもダメージがまるで入らず、ミカは遮蔽も使わずに一方的に距離を詰めてくる。
血を全て抜き取って入れ替えるような苦痛を味わってまで肉体改造を施したというのに、アルマに提示された未来は死か敗北のどちらかだった。
(追い詰めたら頭が吹き飛ぶレベルのパンチしてくるってなんなんだ……! それ以上に未来を視てる暇がない!)
未来を視たからといって必ず成功するわけではない。何かしらのイレギュラーが起これば、観測した未来とは別の事も起き得る。
確実にほしい未来があるのなら観測する結果を増やす必要があり、そうするには時間が掛かる。
最善手を打っても覆される。とはいえ、ミカを殺したいわけでもなく、ただ目的を果たしたいだけのアルマに取って、勝てもしなければ負けることもできない厄介な状況だった。
「あー、もう! 自分は話し合いがーとか言ってた癖に自分がワケ有りになったら話さなくなるの普通に悪いとこだからね!」
一応、ナギサには聞かれたくない事情かもしれないことを考慮して、未だに気絶している彼女とは距離が離れていっているが、ミカとアルマとの距離が縮まらない。
拳銃の有効射程に届いたとしても翼を盾にして防がれてしまう。
拳で黙らせに行くのが一番早くて楽だとわかっているが、アルマもそれを理解しているせいで、瓦礫や他のトリニティ生と交戦しているミメシスをミカに押し付けて無理矢理距離を離してくる。
(この幽霊みたいなやつ、こっちが攻撃しても全然効かない! 鬱陶しい!)
ミメシスの特性上、通常の弾頭ではダメージを与えることができず、アルマは一方的にダメージを与えてくるため、何か細工をしているのだろうが、それも後で問い質す事にしておいた。
「あー、もう。ちゃんと私の銃も探してくるんだった!」
使い慣れた自身の銃であれば、さっさとアルマを殴って捕まえることができるのにと、歯噛みするミカが拳銃のリロードを行うと同時に、アルマが好機と攻勢に転じようとした瞬間に複数見えた未来のせいか一瞬動きが止まる。
(やっぱり、フェイントが絡みそうになると動きが雑になるんだ。多分今までは下準備で確定状況を作ることでどうにかしてたんだろうな……何にしても大したことない)
その隙を見逃す訳もなく、ミカはリロードした空の弾倉を全力でアルマに投げつける。
元々戦闘に向いていない気質の人間が、無理矢理戦闘に適する身体にして、夢まで捨てた結果がこれだとしたら百年の恋だったとしても冷めてしまいそうだった。
「くっ……」
投げつけられた弾倉の質量とミカの腕力から繰り出される投擲で生み出されたパワーに、アルマは咄嗟に盾にした翼ごとよろけて態勢を崩してしまう。
その瞬間を狙っていたミカの視界の端に、ゲヘナの生徒の姿が映る。
特に顔に覚えもない、階級も特にない一般の生徒が、ミメシスに襲われているのが見えてしまったせいで、思考が鈍る。
(ゲヘナを助ける……? 私が……? でも、今、あの子の周りには誰も──)
ゲヘナなんて根絶やしにしてしまえば良い。
そう言ったこともあるミカだが、目に映る姿は人の形そのもので、調停式にだって、ちょっと遊びに来ただけかもしれない。
そうやってゲヘナに行って戻ってこなかった人をミカは知っている。
「あー、もう!」
彼を殺したゲヘナの生徒を助けようという気持ちは欠片もない。少しの足しにもならない行為だということも頭では理解している。
だけど、身体は勝手に動いてゲヘナ生とミメシスの間に割って入り、効きもしないことは承知で銃を向けた。
「さぁて、どうしようっかなぁ」
有効打がない以上、至近距離で攻撃をくらい続ければ、流石のミカもただでは済まない。
「ミカ……!」
ゲヘナのために死ぬつもりはないため、最悪の場合のことを考えながらもにらみ合いを続けていると、アルマの放った弾丸がミメシスを貫いた。
「どういうつもり?」
「……邪魔はしてほしくないけど、死んでほしい訳じゃない」
アルマがサブマシンガンと弾倉のいくつかをミカの前に投げる。
「この銃の弾なら、ミメシスにもダメージが入る。使うなら勝手に使って……私は行くところがある」
背中を向けた彼を撃ってしまうこともできたが、拳銃ではなく、ミカが使い慣れたモデルだったせいか、サブマシンガンを拾う判断をした瞬間に、彼は霧のように何処かに消えてしまった。
「……物騒なモノ私に渡さないでよ。バカ」
シスターフッドがヘイローを破壊することも可能である弾丸を作っているという話は噂程度の話だが、ミカも耳にしたことがある。
それに類する弾丸が、アルマの置いていった銃に使われているとなれば、彼がそんな物を求めてしまう程のことが起きたのだろう。
「仕方ない。もう少し頑張るか」
遠目にゲヘナの風紀委員長と主犯のアリウスの生徒達が双方撤退していくのが見える。
そのせいか、多少はミメシスの行動も緩やかになっているが、それでも安全には程遠い。
ナギサや他の生徒が回収されるまで、どうせ脱獄扱いで戻るところもないミカは最後くらい幼馴染を守るためにと、ぐちゃぐちゃになった心のまま立ち上がった。